Microsoft Word - タイ水害報告書DPRI

Similar documents
Microsoft Word - タイ水害報告書RIC

Microsoft PowerPoint - 宇治災害2

Microsoft PowerPoint ThaiFlood_UT-IIS03_final_sn.pptx

Microsoft Word - RM最前線 doc

<4D F736F F F696E74202D20819A937996D88A7789EF92B28DB895F18D9089EF5F8CE08F4388EA D8791E3979D94AD955C816A>

近畿地方整備局 資料配付 配布日時 平成 23 年 9 月 8 日 17 時 30 分 件名土砂災害防止法に基づく土砂災害緊急情報について 概 要 土砂災害防止法に基づく 土砂災害緊急情報をお知らせします 本日 夕方から雨が予想されており 今後の降雨の状況により 河道閉塞部分での越流が始まり 土石流


<4D F736F F D208BD98B7D92B28DB88EC08E7B95F18D908F915F96788CA42E646F63>

写真 豊岡第一樋管地点 ( 久慈川側 ) 写真 豊岡第一樋管地点 ( 堤内地側 ) 写真 水路擁壁の転倒 写真 水路擁壁の転倒 b) 地点 1-2( 湛水防除事業豊岡排水場, 河口から約 1.0km, 右岸 ) 堤外側法面におけるごみ

水防法改正の概要 (H 公布 H 一部施行 ) 国土交通省 HP 1

2. 急流河川の現状と課題 2.1 急流河川の特徴 急流河川では 洪水時の流れが速く 転石や土砂を多く含んだ洪水流の強大なエネルギー により 平均年最大流量程度の中小洪水でも 河岸侵食や護岸の被災が生じる また 澪筋 の変化が激しく流路が固定していないため どの地点においても被災を受ける恐れがある

22年5月 目次 .indd

平成 29 年 7 月 20 日滝川タイムライン検討会気象台資料 気象庁札幌管区気象台 Sapporo Regional Headquarters Japan Meteorological Agency 大雨警報 ( 浸水害 ) 洪水警報の基準改正 表面雨量指数の活用による大雨警報 ( 浸水害 )

Q3 現在の川幅で 源泉に影響を与えないように河床を掘削し さらに堤防を幅の小さいパラペット ( 胸壁 ) で嵩上げするなどの河道改修を行えないのですか? A3 河床掘削やパラペット ( 胸壁 ) による堤防嵩上げは技術的 制度的に困難です [ 河床掘削について ] 県では 温泉旅館の廃業補償を行っ

気象庁技術報告第134号表紙#.indd

資料 -5 第 5 回岩木川魚がすみやすい川づくり検討委員会現地説明資料 平成 28 年 12 月 2 日 東北地方整備局青森河川国道事務所

Microsoft PowerPoint - 参考資料 各種情報掲載HPの情報共有

<4D F736F F F696E74202D20824F E518D6C8E9197BF32817A835E83438D5E908582C982C282A282C >

<4D F736F F D208B4988C994BC DBB8DD08A5195F18D908F >

目 次 桂川本川 桂川 ( 上 ) 雑水川 七谷川 犬飼川 法貴谷川 千々川 東所川 園部川 天神川 陣田川

<4D F736F F F696E74202D AC95F189EF8DE98BCA91E58A F4390B3>

1. 湖内堆砂対策施設の見直し 1.2 ストックヤード施設計画 ストックヤードの平面配置は 既往模型実験結果による分派堰内の流速分布より 死水域となる左岸トラップ堰の上流に配置し 貯砂ダムから取水した洪水流を放流水路でストックヤード内に導水する方式とした ストックヤード底面標高は 土木研究所の実験結

ダムの運用改善の対応状況 資料 5-1 近畿地方整備局 平成 24 年度の取り組み 風屋ダム 池原ダム 電源開発 ( 株 ) は 学識者及び河川管理者からなる ダム操作に関する技術検討会 を設置し ダム運用の改善策を検討 平成 9 年に設定した目安水位 ( 自主運用 ) の低下を図り ダムの空き容量

【参考資料】中小河川に関する河道計画の技術基準について

避難開始基準の把握 1 水害時の避難開始基準 釧路川では 水位観測所を設けて リアルタイム水位を公表しています 水位観測所では 災害発生の危険度に応じた基準水位が設定されています ( 基準となる水位観測所 : 標茶水位観測所 ) レベル水位 水位の意味 5 4 ( 危険 ) 3 ( 警戒 ) 2 (

平成 29 年 12 月 1 日水管理 国土保全局 全国の中小河川の緊急点検の結果を踏まえ 中小河川緊急治水対策プロジェクト をとりまとめました ~ 全国の中小河川で透過型砂防堰堤の整備 河道の掘削 水位計の設置を進めます ~ 全国の中小河川の緊急点検により抽出した箇所において 林野庁とも連携し 中

InterRisk Report Form(2010.7改定)

鬼怒川緊急対策プロジェクト 鬼怒川下流域 茨城県区間 において 水防災意識社会 の再構築を目指し 国 茨城県 常総市など 7市町が主体となり ハードとソフトが一体となった緊急対策プロジェクトを実施 ハード対策 事業費合計 約600億円 ソフト対策 円滑な避難の支援 住民の避難を促すためのソフト対策を

あおぞら彩時記 2017 第 5 号今号の話題 トリオ : 地方勤務の先輩記者からの質問です 気象庁は今年度 (H 29 年度 )7 月 4 日から これまで発表していた土砂災害警戒判定メッシュ情報に加え 浸水害や洪水害の危険度の高まりが一目で分かる 危険度分布 の提供を開始したというのは本当ですか

避難を促す緊急行動 被災した場合に大きな被害が想定される国管理河川において 以下を実施 1. 首長を支援する緊急行動 ~ 市町村長が避難の時期 区域を適切に判断するための支援 ~ できるだけ早期に実施 トップセミナー等の開催 水害対応チェックリストの作成 周知 洪水に対しリスクが高い区間の共同点検

22年2月 目次 .indd

1 兆 3,6 億バーツ ( 約 3.5 兆円 ) になり 年の経済成長率は 3.7 % から 2.4 % に減速するとの見通しをまとめた 図 1 チャオプラヤ川流域図 ( 左図 ) および 年 11 月 1 日時点の浸水状況 ( 右図 : UNITAR/UNOSAT の資料を引用 ) 3. チャオ

<30352D88E9924A81458BB48B6C90E690B62E706466>

新川水系新川 中の川 琴似発寒川 琴似川洪水浸水想定区域図 ( 計画規模 ) (1) この図は 新川水系新川 中の川 琴似発寒川 琴似川の水位周知区間について 水防法に基づき 計画降雨により浸水が想定される区域 浸水した場合に想定される水深を表示した図面です (2) この洪水浸水想定区域図は 平成

4

佐賀県の地震活動概況 (2018 年 12 月 ) ( 1 / 10) 平成 31 年 1 月 15 日佐賀地方気象台 12 月の地震活動概況 12 月に佐賀県内で震度 1 以上を観測した地震は1 回でした (11 月はなし ) 福岡県 佐賀県 長崎県 熊本県 図 1 震央分布図 (2018 年 1

平成 29 年 7 月九州北部豪雨における流木被害 137 今回の九州北部における豪雨は 線状降水帯 と呼ばれる積乱雲の集合体が長時間にわたって狭い範囲に停滞したことによるものである この線状降水帯による記録的な大雨によって 図 1 に示す筑後川の支流河川の山間部の各所で斜面崩壊や土石流が発生し 大

目次 1. はじめに 1 2. 協議会の構成 2 3. 目的 3 4. 概ね5 年間で実施する取組 4 5. フォローアップ 8

府民公募型安心 安全整事業 ( 市町協働型 府民型 ) 番号審査番号 422( 受付番号 419 ) 二級河川川上谷川 京丹後市久美浜町市野々地内 ブロック積 河床が洗掘している 河床ブロック等で補修 対象箇所 対象箇所 根固工 延長 4m 対象箇所 川上谷川 尉ヶ畑布袋野線 尉ヶ畑布袋野線 延長

河川工学 -洪水流(洪水波の伝播)-

ÿþ

< F2D91E6824F82558FCD2E6A7464>

2008

<4D F736F F F696E74202D208E518D6C8E9197BF325F94F093EF8AA98D CC94AD97DF82CC94BB92668AEE8F8082C98AD682B782E992B28DB88C8B89CA2E B8CDD8AB B83685D>

たり 80mm 以上の雨 ) となり, 佐賀では 14:26 までの 1 時間に観測史上第 2 位の 91mm を記録した ( 図 9.2). 白石では 14:39 までの 1 時間に 72mm と 7 月の観測史上最大を記録した. その後, 全域で雨はいったん弱まったが, 夜遅くに再び南部を中心と

目 次 最上小国川 赤倉地区の 2015 年 9 月洪水の実態から 被害防止には河道改 修が最も効果的であることが あらためて明らかになった 1,2015 年 9 月 10 日赤倉雨量は1/50 年確率に近い豪雨であったが 洪水流量は1/11 年確率流量だった 2, 赤倉地区では外水被害と内水被害が

<30365F30305F8E9197BF365F C7689E682CC F5F >

東日本大震災における施設の被災 3 東北地方太平洋沖地震の浸水範囲とハザードマップの比較 4

資料7

NMM-DDAによる弾塑性解析 およびその適用に関する研究

Microsoft PowerPoint - ◯06_出水期における防災体制

Title2011 年タイ洪水とその被害 : 実地調査に基づく報告 Author(s) 木口, 雅司 ; 中村, 晋一郎 ; 小森, 大輔 ; 沖, 一雄 ; 沖, 治, 光一郎 第 7 回南アジアにおける自然環境と人間活動に関する研 Citation 究集会 : インド亜大陸 インドシナの自然災害

<93FA8CF590EC B290AE97768D6A8250>

<4D F736F F F696E74202D E9197BF A90EC95D390EC8EA CE8DF488C42E B93C782DD8EE682E890EA97705D>

距離標地点名撮影説明 11km トビアス堰下流方向トビアス堰越流後の河道状況 距離標地点名撮影説明 14km GP8 道路橋付近下流方向橋から下流方向を望む 72

1 1 4

タイ政府洪水防止事業の現状――タイ政府治水プロジェクト、工業団地洪水防止堤防および2013年の洪水について

< 外力条件 > 海面上昇量 0.10 m 0.30m 0.50m 0.90mについて検討 詳細検討モデル地区の選定 各詳細検討モデル地区において検討対象となる施設等の整理 各施設毎の影響評価方法 ( 影響評価の判断基準 ) 影響評価 各詳細検討モデル地区の影響評価結果及びその特徴の分析 各詳細検討

<4D F736F F D2097A790EC90858C6E89CD90EC90AE94F58C7689E65F E646F63>

東北地方太平洋沖地震への 気象庁の対応について ( 報告 ) 気象業務の評価に関する懇談会 平成 23 年 5 月 31 日 気象庁 1

<4D F736F F D2091E E8FDB C588ECE926E816A2E646F63>

<4D F736F F F696E74202D E9197BF2D32817A92B489DF8D5E908591CE8DF E815B C A >

津波警報等の留意事項津波警報等の利用にあたっては 以下の点に留意する必要があります 沿岸に近い海域で大きな地震が発生した場合 津波警報等の発表が津波の襲来に間に合わない場合があります 沿岸部で大きな揺れを感じた場合は 津波警報等の発表を待たず 直ちに避難行動を起こす必要があります 津波警報等は 最新

本文(横組)2/YAX334AU

Microsoft Word - H 記者発表_名張川3ダム演習_ .doc

資料 2 東海管内における農業水利施設の防災 減災の取組 ( 農村地域防災減災事業 海岸事業 ) 平成 27 年 2 月東海農政局整備部防災課

Microsoft PowerPoint 豪州水害報告案.ppt [互換モード]

浸水深 自宅の状況による避難基準 河川沿いの家屋平屋建て 2 階建て以上 浸水深 3m 以上 緊急避難場所, 近隣の安全な建物へ水平避難 浸水深 50 cm ~3m 緊急避難場所, 近隣の安全な建物へ水平避難上階に垂直避難 浸水深 50 cm未満 緊急避難場所, 近隣の安全な建物へ水平避難 自宅に待

Microsoft PowerPoint - Ikeda_ ppt [互換モード]

.....u..

Microsoft Word - 報告書.doc

台風23 集約情報_14_.PDF

<4D F736F F D20819B322D302D318E9197BF AD8DF489EF8B C8E862E646F63>

Microsoft PowerPoint タイ洪水説明資料

Microsoft PowerPoint - 新津地区協議会(第1回)_0314ver02 [互換モード]

PowerPoint Presentation

Microsoft PowerPoint ThaiFlood_UT-IIS02_final.pptx

図 -3.1 試験湛水実績図 平成 28 年度に既設堤体と新設堤体が接合された抱土ゾーンにおいて調査ボーリングを実施し 接合面の調査を行った 図 -2.2に示すように 調査ボーリングのコア観察結果からは 新旧堤体接合面における 材料の分離 は認められなかった また 境界面を含む透水試験結果により得ら

1.2 エーヤワディー川流域の洪水ハザード エーヤワディー川はミャンマー中央部を縦断している河川で流域面積は 411,km 2 全長は 2,17km あり マンダレーを経由してヤンゴンに近いエーヤワディーデルタに到達します 多くの河川港を有する経済的に最も重要といわれる同川は洪水が一番多く発生してい

重ねるハザードマップ 大雨が降ったときに危険な場所を知る 浸水のおそれがある場所 土砂災害の危険がある場所 通行止めになるおそれがある道路 が 1 つの地図上で 分かります 土石流による道路寸断のイメージ 事前通行規制区間のイメージ 道路冠水想定箇所のイメージ 浸水のイメージ 洪水時に浸水のおそれが

平成16年度 台風災害調査報告書(WEB).indd

7/5 4:00 7/5 8:00 7/5 12:00 7/5 16:00 7/5 20:00 7/6 0:00 7/6 4:00 7/6 8:00 7/6 12:00 7/6 16:00 7/6 20:00 7/6 24:00 7/5 4:00 7/5 8:00 7/5 12:00 7/5 16:

Microsoft Word 最終【資料-4】.docx

流域及び河川の概要(案).doc

ハザードマップポータルサイト広報用資料

フィリピン周辺で高く 太平洋高気圧とチベット高気圧が強まり 日本付近で偏西風が北寄りに蛇行したことが 各地の豪雨の原因であると分析している このような現象は テレコネクション( 遠く離れた場所の気象データが相関を持って変動する現象 ) と呼ばれ 世界各地の異常気象と関連し ていると考

2019 年1月3日熊本県熊本地方の地震の評価(平成31年2月12日公表)

<4D F736F F D CB48D65817A90E195F68CBB8FDB82CC8AEE916282C98AD682B782E98B5A8F708E9197BF816988C4816A5F >

4. 堆砂

Microsoft PowerPoint - 【741仙台】平成29年10月23日出水(第2報) ver.pptx

『鬼怒川の河道形態に学ぶ;何故、常総市に氾濫が集中したのか?』  

<4D F736F F D20E9ACBCE68092E5B79DE6B0BEE6BFABE6B5B8E6B0B4E6B7B1E B88145AABFE69FBB5F E646F6378>

本文/序章

H19年度

2018 年 12 月の天候 ( 福島県 ) 月の特徴 4 日の最高気温が記録的に高い 下旬後半の会津と中通り北部の大雪 平成 31 年 1 月 8 日福島地方気象台 1 天候経過 概況この期間 会津では低気圧や寒気の影響で曇りや雪または雨の日が多かった 中通りと浜通りでは天気は数日の周期で変わった

1

気象庁 札幌管区気象台 資料 -6 Sapporo Regional Headquarters Japan Meteorological Agency 平成 29 年度防災気象情報の改善 5 日先までの 警報級の可能性 について 危険度を色分けした時系列で分かりやすく提供 大雨警報 ( 浸水害 )

- 14 -

災害時にも関わらず 通常の業務を行うことが出来た自動車メーカー Volvo は 今回の洪水の最中でも タイにある大型トラック組立工場では通常通りの業務を行った これは 十分な部品を確保できたためであるが その一方で他の自動車メーカー ( 日野 いすゞ 三菱など ) は部品不足に陥った 同社のサムット

6. 現況堤防の安全性に関する検討方法および条件 6.1 浸透問題に関する検討方法および条件 検討方法 現況堤防の安全性に関する検討は 河川堤防の構造検討の手引き( 平成 14 年 7 月 ): 財団法人国土技術研究センター に準拠して実施する 安全性の照査 1) 堤防のモデル化 (1)

Transcription:

2011 年タイ北部水害調査速報 1. はじめにタイ北部を中心に長期間降り続いた雨により,2011 年 9 月頃から発生した河川氾濫および土砂災害は,11 月 5 日現在, 446 名の死者,2 名の行方不明者となっている 1). また アユタヤ県内及びパトゥムタニ県内では, 工業団地にある日系企業がチャオプラヤ川及びノイ川の増水により洪水被害を受けており,11 月 11 日時点で 447 社の日系企業の工場が浸水被害を被っている 2). 河川氾濫や土砂災害は, チャオプラヤ川流域全体の多くの場所で発生し, 今なお多くの地域が冠水した状態となっている. 本調査は, 防災研究フォーラム先遣調査団及び土木学会タイ水害調査先遣調査団として,2011 年 11 月 27 日 ~ 12 月 2 日に現地調査を実施し, その調査結果の概要を示すものである. 調査メンバーは, 北海道大学 清水康行 ( 団長 ), 京都大学 竹林洋史,Sanit Wongsa 先生 (King Mongkut's University of Technology ),Adichai Pornprommin 先生 (Kasetsart University),Wandee Thaisiam 先生 (Kasetsart University),Supapap Patsinghasanee 氏 (Ministry of Natural Resources and Environment) である. 主な調査地を図 1 に示す. バンコク都北部 西部 東部では外水氾濫, アユタヤ地区では外水氾濫とともに, 河岸浸食や土砂の氾濫が発生していた. 京都大学防災研究所流域災害研究センター流砂災害研究領域 竹林洋史 3) 2. 気象条件図 2にインドシナ半島の主要都市における2011 年 6~9 月の4か月降水量平年比の分布と主な地点の月降水量の経過 図 1 主な調査地 3) 図 2 東南アジア地区における 2011 年 1 月 ~9 月までの降水量

(f) 河岸浸食 上流 (g) 河岸浸食と復旧 パサック川 (a) 破壊された船着き場 チャオプラヤ川 下流 (b) 最高水位 (e) 河岸浸食 (d) 船杭に引っかかった布団 (c) 寺院を囲んだ土嚢 図 3 アユタヤ世界遺産地区における被災状況 を示す 3). インドシナ半島では, 夏のモンスーンによる雨季にあたる 6 月から 9 月にかけて, 平年より雨の多い状況が続き, チャオプラヤ川流域では大規模な洪水氾濫が発生した.6 月から 9 月までの 4 か月降水量は, タイ北部のチェンマイで 921mm( 平年比 134%), タイの首都バンコクで 1251mm( 同 140%), ラオスの首都ビエンチャンで 1641mm ( 同 144%) になるなど, インドシナ半島のほとんどの地点で平年の約 1.2 倍から 1.8 倍の多雨となった. 主な地点の月降水量の変化に見られるように, 本年度の降雨は, 河川流域全体に雨季の期間を通して平年よりも多く降り続いたという特徴がある.10 月上旬にも, チャオプラヤ川流域の広い範囲で 100~200mm 程度の降水量が観測されており, 多雨の状態がさらに続いた. 3. 河岸浸食 3.1 アユタヤ世界遺産地区図 3 にアユタヤ世界遺産地区における被災状況の写真及び発生したと思われる現象について示す. 図 3(b) 及び (c) に示す寺院は, 西からのチャオプラヤ川と東からのパサック川の合流点に位置している. 寺院の周りには, 約 2m 程度の高さで土嚢が積まれており, 寺院の敷地からは川が見えない状態であった. 最高水位は,10 月中旬に記録しており, 土嚢による堤防の天端まで残り約 30cm の高さまで達したようであるが, 破堤には至らなかったとのことである. 現在は, 最高水位よりも約 2m 程度下がっていた. 図 3(d) に見られるように, 至る処に生活用品やゴミが引っかかっていた. 河岸浸食や構造物の被害は, 湾曲の外岸側に集中していた. 図 3(a) は破壊した船着き場であり, チャオプラヤ川が西から南に流向を変える外岸側に位置している. 図 3(e),(f),(g) の地点においても河岸浸食が発生していた. これらの地点も全て湾曲の外岸側に位置しており, 湾曲部による流れの外岸側への集中に起因した典型的な

土嚢の奥が河川 パイピング発生地点 図 4 ボランティアによる清掃作業 図 5 パイピング発生地点 流れ (f) 破壊された柵 (a) 破壊された水門周辺 (e) 河岸浸食 流れ (b) 暗渠水路の出口 流れ 流れ 流れ (d) 浸食された左岸 (c) 水門から下流域 図 6 バングチョムスリ地区における被災状況 現象と考えられる. なお, 本地区内の写真で示されていない地点については, 目立った河岸浸食は見られなかった. また, 図 3(a),(e),(f) の地点のように, 被災後, 手つかずの状態となっている被災地もあるが, 図 3(g) のように, 復旧作業が既に始まっている場所もあった. さらに, 図 4 に示すように, 寺院については, 土砂等によって汚れた柵をボランティアが清掃を行っていた. タイにおいても, 日本と同様に, ボランティアによる災害復旧活動

最高水位 a ホンダ自動車の工場 c 堆積した土砂 b 搬出される自動車 d 陸軍による清掃作業 図 7 ロジャナ工業団地における被災状況 が活発なようである 図3 d と f の河川水の色を比べると 図3 d のパサック川は黒っぽいが 図3 f のチャオプラヤ川は茶 色であることがわかる つまり チャオプラヤ川流域ではパサック川に比べて 土砂の生産が活発であったことが 予想される 図5は 図3 b 及び c で示した寺院の敷地内の写真である 土嚢が川沿いだけでなく 地面にも敷かれてい ることがわかる これは 河川の水位が高い時期にパイピング現象で水が地面から吹き出してきたため 土嚢で水 の噴出を止めた跡とのことである 水が噴出した地点は 川から約10mの位置である 3.2 バングチョムスリ地区 図6にバングチョムスリ地区における被災状況の写真及び発生したと思われる現象について示す バングチョムス リ地区は アユタヤ世界遺産地区から北に約70kmの場所に位置しており チャオプラヤ川の左岸域である 南西に 延びる農業用水路がチャオプラヤ川と繋がっている 対象地点は 非常に複雑な水路構造となっている 北西から 南東に流れている水路は 南西から北東に流れている水路と交差する地点で管路になっており 南西から北東に流 れている水路の下を通っている また 南西から北東に流れている水路は 水門の南東側に小水路があり この小 水路は 北西から南東に流れている水路と交差する地点で管路になっており 北西から南東に流れている水路の下 を通っている 9月中旬頃 チャオプラヤ川の水位が上昇し 水門を南東側から迂回するように水が流れ 河岸浸食 河川構造物 及び家屋の破壊が発生したようである 南東側から迂回した流れの一部は 図6 b に示す管路の出口の構造物に よって北向きの流れとなり 図6 e に示すような河岸浸食を発生させたようである また 図6 e の河岸浸食地 点の北に位置する図6 f の家屋の柵は 堤防を越流した流れにより大きく曲げられていた 本現象により 1名の

(a) 浸水した AIT キャンパス (f) 排水作業 (b) 浸水したタマサート大学キャンパス (e) 土堤決壊地点 (d) 浸水痕跡 図 8 タマサート大学と AIT における被災状況 (c) 浸水防御のための土堤 命が失われたとのことである. 水門の南東方向に伸びる水路沿いも多くの河岸浸食が発生していた. タイ国内には多くの農業用水路が存在する. これらの中には, 河岸材料の粒径が細かくて粘着性を示すためか, 図 6(c) や (d) に示すように, 護岸が全く行われていないものがある. そのため, 今回の調査地点以外でも多くの河岸浸食が農業用水路内で発生しているものと推察される. 4. 浸水被害 4.1 ロジャナ工業団地図 7(a) にロジャナ工業団地内のホンダ自動車工場を示す. ロジャナ工業団地はチャオプラヤ川 (3.1 のアユタヤ世界遺産地区 ) から東に約 5km の場所に位置している. ここでは, 図 7(a) に示すように, 最高で約 2m の浸水があったようであるが, 調査時点では完全に水は排水されていた. 工場内では, 復旧作業が始まっているようであり, 図 7(b) に示すように, 工場から次々と水没した自動車が搬出されていた. 氾濫に伴って土砂等も輸送 堆積しており, 図 7(c) に示すように, 非常に細かい粒径の土砂が数 mm の厚さで一面に堆積していた. 道路に堆積した土砂については, 図 7(d) に示すように, 陸軍による放水によって清掃されていた. ここで放水されている水は真水のようであったが, 地区によっては殺菌作用のある薬を混ぜた水を使用しているとの事である. 4.2 タマサート大学,AIT( アジア工科大学 ) 図 8 にタマサート大学と AIT における被災状況の写真を示す. タマサート大学と AIT は, アユタヤ世界遺産地区から南に約 30km の地点に位置しており, チャオプラヤ川からは東に約 5km の位置である. タマサート大学では, 図 8(d) に示すように, 最高で約 1.3m の浸水があったようである. キャンパスの中は, 完全に排水されていたが, キャンパスの外の道路の一部は, 図 8(b) に示すように, 未だに冠水している. タマサート大学は, 当初, 避難所としての

最高水位 (a) 水資源工学科の建物に残された痕跡水位 (b) 水資源工学科の建物内図 9 カセサート大学水資源工学科における被災状況 役割を果たしていたため, キャンパス内に水が入ってこないように, 図 8(c) に示すように, 柵沿いのキャンパス内の地面を掘り, その土で土堤を築いていた. しかし, 図 8(e) に示すキャンパス北部の地点で破堤し, 浸水したとのことである. タマサート大学は, 調査時点では休講となっており, 数日後から清掃活動が始まるとのことであった. また, 講義は, 一時的に別の地区で実施する予定とのことである. タマサート大学に隣接する AIT は, 図 8(a) に示すように, キャンパス全体が冠水しており, 建物に近づける状態ではなかった. また,AIT のキャンパスの横には, 国土交通省中部地方整備局の排水車が停まっているのが見られた. この度のタイの水害に対しては, 国土交通省からの多くの排水車がタイに送られ, 排水作業を行っているようである. 4.3 カセサート大学図 9 にカセサート大学の被災状況の写真を示す. カセサート大学は, タマサート大学から南に約 20km の地点に位置しており, チャオプラヤ川からは東に約 6km の位置である. カセサート大学水資源工学科の建物は, 最高で約 70cm の浸水が発生したようである.1 階にあった机や椅子などが水に浸かっており, 再利用できない状態であった. 調査時は, ボランティアで参加した学生によって清掃作業が行われていた. 4.4 ドンムアン空港図 10 にドンムアン空港の被災状況の写真を示す. ドンムアン空港は, タマサート大学から南に約 15km の地点に位置しており, チャオプラヤ川からは東に約 7km の位置である. ドンムアン空港内は, 図 10(a) に示すように, まだ水が残っており, 運行を再開していなかった. 写真に示されている飛行機は, 浸水時からそのままの状態とのことである. ドンムアン空港は国内線専用の空港であるが, 現在, 浸水しなかったスワナプーン空港で国内線の代替運行が行われているとのことである. ドンムアン空港の周辺の道路は, 図 10(b) に示すように, 未だに冠水している. ドンムアン空港は, 図 10(c) に示すように, 最高で約 1.5m の冠水があったようである. 図 10(d) に示すように, 冠水した多くの自動車が放置されていた. また, 図 10(e) に示すように, 空港の西側に沿った擁壁が倒壊し, 土嚢が積まれている地点が数カ所で見られた. これは, 西側に位置するチャオプラヤ川からの氾濫水の水圧によって, 擁壁が倒壊したものと推察される. なお 図 10(f) に示すように, ドンムアン空港は, 現在, 避難所として利用されている. 4.5 スワナプーン空港図 11 に, スワナプーン空港の排水ポンプ施設及び土堤の状況の写真を示す. スワナプーン空港は, バンコクの東に位置しており, チャオプラヤ川からは東に約 15km の位置である. スワナプーン空港内は, バンコクの周辺に設置されている King s Dike の外側に位置しているため, 図 11(a) に示すように, 土堤が設置されている. 図 11(a) は, スワナプーン空港の南東の端の土堤であり, 応急的に約 1m の嵩上げが行われていた. 図 11(b) は, 南東の端に位置するポンプステーションであり, 南西の端に位置するポンプステーションと合わせた 2 カ所で, 空港内の水を排水するシステムとなっている. 今回の洪水では, スワナプーン空港では浸水被害は発生していない. 5. 排水, その他 5.1 海岸付近の水路図 12 に海岸付近に設置された高架型水路の写真を示す. この水路は, 上流からの水を海に排水するために, ポン

(a) 取り残された飛行機 (b) 冠水している道路 (c) 痕跡水位 (d) 冠水した自動車 (c) 倒壊した擁壁 (d) 避難所としての利用図 10 ドンムアン空港における被災状況 プで 14m 揚水し, 道路の上を高架させているものである. ポンプは 4 機設置されており, 調査時は 1 機のみ動いていた. 上流域では多くの地区が冠水しているが, 高架型水路が位置する海岸付近は冠水で困っている様子はなかった. また, この地区には, 海岸線に平行に水路が設置されており, 上流からの水は, 海に直接流れ込むのではなく,

a 嵩上げされた土堤 b 南東のポンプステーション 図 11 スワナプーン空港における浸水対策 b 高架型の排水路 a 高架型の排水路 c 揚水用のポンプ 図 12 海岸付近の高架型水路

(a) 水門 上流 下流 (b) 海軍の軍艦 図 13 チャオプラヤ川のショートカット水路 排気口 吸気口 図 14 高速道路に避難している自動車 図 15 吸気口と排気口を上げた自動車 海岸線に平行な水路に一旦流れ込み, その後, ポンプで海に排出しているようである. これは, 農地への塩水の進入を抑制するための対策の一つとのことである. 5.2 チャオプラヤ川のショートカット水路図 13 にバンコク西部に位置するチャオプラヤ川のショートカット水路の写真を示す. この水路は, 洪水の流下促進と発電を目的として建設されているとの事である. タイ国内の河川の多くは迂曲状態の蛇行水路であり, 平面形状は自然に発達した流路形状に非常に近いものとなっている. つまり, 日本の多くの河川とは異なり, 洪水の流下促進を目的とした人工的なショートカット ( 河川の直線化 ) は非常に少なく, 洪水流が平野部に滞留しやすく, 海へ流れ込むまでに時間がかかるという特徴がある. ショートカット水路の幅は約 70m, 長さは約 500m である. ショートカット水路の上流端から下流端までの本川に沿った長さは約 18km であるため, 流路長が約 1/36 となっている. 調査時においては, 水門は全開の状態であった. また, ショートカット水路の下流端付近に図 13(b) に示すように, 海軍の軍艦が右岸に 3 隻, 左岸に 3 隻, 横断方向に並んでおり,3 隻ずつロープで結んで固定されていた. 軍艦は, 水の流下を促進させるためか, 下流に向かってスクリューを回転させていた. このような方法による水の流下促進については, スクリューが水面付近に位置しているため, 川底付近の水が逆流して効果を発揮しない可能性はある. しかし, 川幅が狭く, さらに流速が速いショートカット水路を選定しており, 少なくとも水表面付近については逆流が発生しない場所で実施している.

5.3 自動車図 14 に高速道路に駐車している自動車の写真を示す. バンコク周辺の高速道路は高架橋となっているため, 浸水していない. そのため, 高速道路の空いたスペースに多くの自動車が避難していた. 図 15 に吸気口と排気口の位置を上げた自動車の写真を示す. タイ国内では図 15 の様な自動車を多く見かけた. これは, 冠水した道路でも走行可能なように改良されているとのことである. 6. おわりに 2011 年 9 月頃から発生したタイ北部における河川氾濫および土砂災害に対する防災研究フォーラム先遣調査団及び土木学会タイ水害調査先遣調査団による災害調査の結果を報告した. 本調査により, チャオプラヤ川及び農業用水路で多くの河岸浸食及びそれに起因した災害が発生していることが明らかとなった. また, 低平地における氾濫水の長期停滞の実態が明らかとなった. 本報告は速報版であり, ここに記載された内容の一部は, 現時点では十分に検討できていない. これらについては, 今後, 更なる現地調査と河床変動解析等を用い, 詳しく検討が行われる予定である. 謝辞本調査では,Sanit Wongsa 先生 (King Mongkut's University of Technology),Adichai Pornprommin 先生 (Kasetsart University),Wandee Thaisiam 先生 (Kasetsart University),Supapap Patsinghasanee 氏 (Ministry of Natural Resources and Environment) には, 被災からの復興にお忙しい中, 調査にご同行頂き, 現地の詳細な情報をご提供頂いた. また, Kraiwood Kiattikomol 先生 (Former EIT's President, Former KMUTT's President),Suwatana Chittaladakorn 先生 (Directer of Water Resources Engineering, EIT), 竹谷公男氏 (JICA), 沖大幹先生 ( 東京大学 ), 小森大輔先生 ( 東京大学 ), 佐山敬洋先生 (ICHARM), 手計太一先生 ( 富山県立大学 ) からは, 調査の前に現地の状況について情報をご提供頂いた. なお, 本報告は防災研究フォーラムから先遣調査 ( 団長 : 北海道大学 清水康行 ) として研究費をサポート頂いている. ここに記して, 関係各位に御礼申し上げます. 参考文献 1) タイ政府 :http://disaster.go.th/dpm/flood/floodeng.html. 2) 日本貿易振興機構 :http://www.jetro.go.jp/world/asia/th/flood/. 3) 気象庁 :http://www.jma.go.jp/jma/press/1110/12a/world20111012.html.