サルコペニアと介護予防 山田実 京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻 元気な高齢者であっても 無為に過ごせばサルコペニア さらには要介護状態になってゆく可能性は非常に高い 現在我が国としては 要介護を上手く予防しながら健康に老いていくこと (successful aging) を目指している そこで今回はサルコペニアの発症メカニズム 要因 評価基準を概説するとともに その予防 治療における運動 栄養 特にビタミン D の効果を述べる サルコペニアの発症メカニズムと要因サルコペニアとは 筋肉が著しく萎縮し脂肪量が増えている状態であり 転倒 骨折 移動能力の低下 ADL( 日常生活動作 ) 制限 死亡 各種疾病発症などの様々な悪影響を及ぼし 要介護の主要な原因となっている 筋肉は骨代謝と同様に 筋たんぱくの合成と分解とのバランスで維持されているが サルコペニアは加齢に伴い 筋たんぱく合成因子 (IGF-1: インスリン様成長因子 運動 テストステロン ビタミン D アミノ酸など) が減少する一方で 各種疾病の増加により炎症性サイトカイン (TNF-α IL-6 など ) が増加し 筋たんぱく分解が合成を上回ることで発症すると考えられる ( 図 1) この中で 加齢とともに筋たんぱく合成因子が減少し 疾 運動 分泌調整 GH 成長ホルモン IGF-1 インスリン様成長因子 増殖 サテライト細胞 テストステロン 男性ホルモン 蛋白合成 蛋白分解 VDR ビタミン D レセプター TNF-α 蛋白合成 炎症性サイトカイン IL-6 アミノ酸 Vitamin D 図 1. サルコペニアのメカニズム
病などにより筋たんぱく分解因子である炎症性サイトカインが増加し その結果 サルコ ペニアが発症すると考えられる この中で 我々が介入できうるものとしては 合成因子 の運動と栄養が挙げられる サルコペニアのアルゴリズムと有病率我々はサルコペニアの診断について SSCWD(Society on Sarcopenia, Cachexia and Wasting Disorders) の基準を参考に BIA(bioelectrical impedance analysis: バイオインピーダンス法 ) による1 筋肉量 (SMI: 骨格筋指数 = 四肢筋肉量 (kg)/ 身長 (m) 2 ) と 2 歩行速度を基に判定し 1) この 2 項目に該当した者をサルコペニア 筋肉量低下のみに該当した者をサルコペニア予備群と定義している BIA を用いたサルコペニアの SMI 基準値は 我々のデータ調査 (16 ~ 100 歳 約 8 万人 ) では女性で 4.88kg/m 2, 男性で 6.61 kg/m 2 以下となっている このアルゴニズムに基づくサルコペニア有病率は 一般高齢者 1,100 名中 サルコペニア 20% サルコペニア予備群 23% に対して 要支援 要介護認定者 636 名では サルコペニア 89% サルコペニア予備群 8% に達した また 近年特に問題視されている肥満 (BMI25 以上 ) を伴うサルコペニアは 一般高齢者で 3% に過ぎなかったが 要介護高齢者では 21% に及んだことから 肥満を伴うサルコペニアは要介護リスクが高いと考えられる 我々はサルコペニアをより簡便にスクリーニングできる方法も考案中である サルコペニアに関連した約 30 の質問項目とサルコペニアの関連性を調べたところ 1 BMI<21 2 年齢 75 歳 3 以前と比べて手足が細くなってきたと感じる の 3 項目との関連性が強く この 3 項目中 2 項目に該当する場合 サルコペニアに該当する可能性は 81.9% であった また 1 項目該当でサルコペニア予備群と評価すべきとの結果を得ている 未だ完成途上ではあるが こうした極めて簡便な指標を用いることで 今後誰もが容易にサルコペニアを判定できるシステムを構築できればと考えている ( 表 1) 表 1. サルコペニア簡便判定法 ( 案 ) 1. BMI < 21 2. Age 75 3. 以前と比べて手足が細くなってきたと感じる 2 項目該当でサルコペニアに該当する可能性 81.9% 1 項目該当でも予備具として扱うべき 0 項目該当ではサルコペニアの該当者なし サルコペニアへの運動および栄養介入の効果 高齢者における筋肉トレーニングによる筋肉量や筋力の増大効果についての報告が増え つつある 2)3)4)
要介護支援者 (75.8±4.5 歳 n=324) を対象に 我々が実施した筋肉トレーニング ( 週 3 回 ) では 3 ヵ月後では筋肉量の増加は認められず 9 ヵ月後 2.7% 1 年後 5% の増加が認められた 5) ( 図 2) 要介護者は一般高齢者に比べ筋肉量が概ね 5% 少ない ( 図 3) ことから 1 年間のトレーニングで一般高齢者に近づくことになるが かなり長期間の介入が必要といえる 75.8±4.5yr N=324 6.00 5.50 ** 5.5% up ** 2.7% up * 1.3% up n.s 5.00 4.50 4.53 4.56 4.59 4.64 4.78 4.00 3.50 1 2 3 4 5 pre 3M 6M 9M 12M Yamada M, et al. Age Ageing 2011 図 2. 筋肉量の増加速度 female male ** ** 4 % 6 % 一般高齢者 n=1531 要介護者 n=483 一般高齢者 n=480 要介護者 n=886 図 3. 一般高齢者と要介護者の SMI
最近 栄養介入による効果が注目されてきている中で 炭水化物と必須アミノ酸からなるアミノ酸補助食品摂取による筋力および歩行能力の改善が報告されている 6) 一方 70 歳以上の施設入所高齢者を対象に 栄養群 運動 ( 週 3 回 ) 群 栄養 + 運動群の 10 週間の介入効果を調べた研究では 栄養 + 運動群に最も筋力 運動機能の向上が認められ 栄養 運動併用の重要性が示唆された 7) ビタミン D の筋力増加と転倒抑制効果近年 ビタミン D 投不による筋力増加および転倒抑制効果が無作為化比較対照試験において報告されている Bischoff HA らは 高齢女性 122 例を無作為にカルシウム+ビタミン D(Ca+VD) 補充群とカルシウム (Ca) 補充群に割付け 12 週間投不したところ Ca+VD 群では Ca 群に比べ転倒回数が 49% 減少し (p<0.01) 骨格筋機能も有意に改善することを認め (P=0.0094) ビタミン D の転倒抑制効果が骨格筋機能改善によるものと示唆した 8) Neelemaat F らも 高齢者を対象とした無作為化試験において 栄養 +ビタミン D 補充により転倒件数が対照群に比べ有意に減少したことを報告している 9) ビタミン D は日光に当たることにより皮膚から合成される経路と 食物摂取からの経路とがあるが 加齢に伴う皮膚のビタミン D 前駆体の合成能低下や 肝臓 腎臓経由で生成される活性型ビタミン D の合成能低下も報告されている 10) 日本人のビタミン D の食餌摂取基準は 5.5μg/ 日であるが よりビタミン D 摂取が必要と考えられるサルコペニアで 1 日のビタミン D 摂取量が 6.5μg 以下の者が多いことも調査で明らかにされている 高齢者におけるビタミン D 丌足が懸念され 食物からの摂取量を増やす必要があると考えられる 要介護者における栄養補助食品の効果高齢者ではたんぱく質やビタミン D などを豊富に含む食事を摂取することが望ましいが 特に独居の多い高齢者が日々摂取するのはなかなか困難であると予想される こうした高齢者の栄養の観点から リソース ペムパルアクティブ ( ネスレ日本社 ) などの栄養補助食品が非常に有用と考えられ 最近注目が集まっている 本品は 1 パック 200 kcal(125 ml) 中 ビタミン D 12.5μg たんぱく質 10.0g(BCAA: 分岐鎖アミノ酸 バリン ロイシン イソロイシン 2,500 mg) の他 主要ミネラル ビタミンを含む そこで 栄養補助の効果を調べるため 筋力低下が認められる要介護者 77 名を運動 + 栄養補助群 (n=38) と運動のみ群 (n=39) に分け 3 ヵ月間介入を行った 運動は筋肉トレーニングを週 3 回 栄養補助はリソース ペムパルアクティブ 1 パックを週 3 回服用とした その結果 運動 + 栄養補助群では 運動のみ群に比べ筋肉量が有意に上昇し (5.4%) 歩行速度も改善した 11) ( 図 4) 既に図 2 図 3 でも見たように 要介護者は一般高齢者に比べ筋肉量が概ね 5% 少ないが 運動のみの場合はその 5% の筋肉量増加に 1 年間を要している 本試験において 3 ヵ月間で 1 年分相当の筋肉量増加を観察できたことは特筆すべき
である Skeletal muscle mass 6.00 5.50 5.00 4.50 4.00 3.50 ** n.s. 5.4% up Group time interaction F=8.61 P=0.004** 3.00 1 2 Pre Post S/Ex group Pre Post Ex group Yamada M, et al. Journal of Frailty & Aging 2012 図 4. 栄養補助の効果 おわりにサルコペニアにおけるアミノ酸 たんぱく質 ビタミン D などの成分の効果が次第に明らかになってきており これらの成分を含む栄養補助食品は運動との併用により より高い効果が期待される 今後我が国では 医療費 介護費の急速な増大が予想されることから その抑制の意味でも こうした予防介入が介護現場だけでなく 一般高齢者にまで広く展開されることを願いたい 参考文献 1. Morley JE, et al. Sarcopenia with limited mobility : an international consensus. J Am Med Dir Assoc. 12 (6) : 403-409 (2011). 2. American College of Sports Medicine Position Stand. Exercise and physical activity for older adults. Med Sci Sports Exerc. 30 (6) : 992-1008 (1998). 3. Hunter GR, et al. Effects of resistance training on older adults. Sports Med. 34 (5) : 329-348 (2004). 4. Peterson MD, et al. Resistance exercise for muscular strength in older adults : a meta-analysis. Ageing Res Rev. 9 (3) : 226-237 (2010). 5. Yamada M, et al. Effect of resistance training on physical performance and fear of falling in
elderly with different levels of physical well-being. Age Ageing. 40 (5) : 637-641 (2011). 6. Scognamiglio R, et al. The effects of oral amino acid intake on ambulatory capacity in elderly subjects. Aging Clin Exp Res. 16 (6) : 443-447 (2004). 7. Fiatarone MA, et al. Exercise training and nutritional supplementation for physical frailty in very elderly people. N Engl J Med. 330 (25) : 1769-1775 (1994). 8. Bischoff HA, et al. Effects of vitamin D and calcium supplementation on falls : a randomized controlled trial. J Bone Miner Res. 18 (2) : 343-351 (2003). 9. Neelemaat F, et al. Short-term oral nutritional intervention with protein and vitamin D decreases falls in malnourished older adults. J Am Geriatr Soc. 60 (4) : 691-699 (2012). 10. Yamada M, et al. in preparation. 11. Yamada M, et al. Nutritional supplementation during resistance training improved skeletal muscle mass in community-dwelling frail older adults. The Journal of Frailty & Aging. 1 (2) : 64-70 (2012). 略歴 2005 年 神戸大学医学部保健学科卒業 2007 年 神戸大学大学院医学系研究科博士前期課程修了 2008 年 京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻助手 2010 年 神戸大学大学院医学系研究科博士後期課程修了 ( 保健学博士 ) を経て 同年から京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻助教