上原記念生命科学財団研究報告集, 31 (2017)

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犬の糖尿病は治療に一生涯のインスリン投与を必要とする ヒトでは 1 型に分類されている糖尿病である しかし ヒトでは肥満が原因となり 相対的にインスリン作用が不足する 2 型糖尿病が主体であり 犬とヒトとでは糖尿病発症メカニズムが大きく異なっていると考えられている そこで 本研究ではインスリン抵抗性

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第6号-2/8)最前線(大矢)

上原記念生命科学財団研究報告集, 30 (2016)

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前立腺癌は男性特有の癌で 米国においては癌死亡者数の第 2 位 ( 約 20%) を占めてい ます 日本でも前立腺癌の罹患率 死亡者数は急激に上昇しており 現在は重篤な男性悪性腫瘍疾患の1つとなって図 1 います 図 1 初期段階の前立腺癌は男性ホルモン ( アンドロゲン ) に反応し増殖します そ

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博第265号

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No. 2 2 型糖尿病では 病態の一つであるインスリンが作用する臓器の慢性炎症が問題となっており これには腸内フローラの乱れや腸内から血液中に移行した腸内細菌がリスクとなります そのため 腸内フローラを適切に維持し 血液中への細菌の移行を抑えることが慢性炎症の予防には必要です プロバイオティクス飲

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図 1. MG による mtorc2 依存的 Akt のリン酸化 (A) マウス前駆脂肪細胞 3T3-L1 ならびに筋芽細胞 C2C12 を MG で処理した細胞における Akt の turn motif 内の Thr 450 ならびに hydrophobic motif 内の Ser 473 のリン酸化状態を それぞれのリン酸化部位特異的リン酸化抗体を用いて検出した (B)3T3-L1 細胞を mtorc1 特異的阻害剤であるラパマイシン (Rap) あるいは mtorc1 ならびに mtorc2 を阻害する Torin 1 存在下で MG で処理した際の Akt(Ser 473 ) のリン酸化状態を 特異的リン酸化抗体を用いて検出した 2. インスリンシグナル経路に及ぼす MG の影響糖尿病患者では恒常的に血中 MG レベルが上昇している MG により mtorc2 依存的に Akt のリン酸化が起こったことから 糖尿病患者ではインスリンシグナル経路も活性化しているのではないかと考えられた しかしながら インスリンシグナル経路が常に活性化していると グルコースの過剰の取り込みにより低血糖状態になるおそれがあるため 血糖値を一定レベルに維持するため インスリンシグナル経路はネガティブフィードバック機構により制御されている すなわち Akt は低分子量 G タンパク質 Rheb の GAP(GTPase activating protein) である Tsc1-Tsc2 複合体のうち Tsc2 をリン酸化することでこれを不活性化し 結果的に Rheb の活性化を引き起こす Rheb は mtorc1 を活性化し 活性化された mtorc1 は S6K1 をリン酸化する 2-4) 活性化された S6K1 は IRS-1 の Ser/Thr 残基をリン酸化することでインスリン受容体と IRS-1 との相互作用を阻害し 結果的にインスリンシグナルを遮断する 5) そこでまず IRS-1 の Ser 307 のリン酸化が MG により亢進するかどうかを検討した その結果 MG 処理により Ser 307 のリン酸化が起こり そのリン酸化はラパマイシン処理により抑制された ( 図 2A) IRS-1 の Ser 307 をリン酸化するのは S6K1 であるが S6K1 は mtorc1 により Thr 389 がリン酸化されることで活性化される そこで MG 処理による S6K1 のリン酸化を検討したところ Thr 389 のリン酸化が起こり そのリン酸化は mtorc1 阻害剤であるラパマイシンにより阻害された ( 図 2B) 以上の結果から MG は mtorc1 の活性化を介して S6K1 の Thr 389 のリン酸化 さらに S6K1 による IRS-1 の Ser 307 のリン酸化を引き起こしていることが明らかとなった mtorc1 の活性化は アミノ酸の他に インスリンなどの成長因子により mtorc2 シグナルの下流でも起こる 2-4) MG が mtorc2 依存的に Akt をリン酸化したことから MG による mtorc1 の活性化が mtorc2 シグナルの下流で起こっているかどうかを検討した すなわち mtorc1 を活性化する Rheb の GAP である Tsc2 のリン酸化が起こっているかどうかを検討した その結果 MG で処理しても Tsc2 の Thr 1462 のリン酸化は認められなかった ( 図 2

2C) 従って MG による mtorc2 を介した Akt Ser 473 のリン酸化は 少なくとも Tsc1-Tsc2 Rheb を介した mtorc1 の活性化に結びついていない可能性が考えられた そこでこのことを確かめるため Akt 阻害剤 (Akti) 存在下で MG で処理した際の S6K1 のリン酸化を検討した その結果 Akti 存在下でも MG による S6K1 の Thr 389 のリン酸化が起こることを確認した ( 図 2D) これらのことから MG は mtorc1 を mtorc2 シグナルの下流ではなく 別経路で活性化していると考えられた 図 2. MG がインスリンシグナル伝達経路に及ぼす影響 (A)3T3-L1 細胞を MG で処理した際の IRS-1 の Thr 307 のリン酸化状態を 特異的リン酸化抗体を用いて検討した ラパマイシン (Rap) で処理する際は 予め Rap で 30 分処理した後に MG で処理をした (B)(A) と同様に処理した 3T3-L1 細胞の S6K1(p70 S6K) の Thr 389 のリン酸化状態を 特異的リン酸化抗体を用いて検出した (C)3T3-L1 細胞を MG で処理した際の Akt(Ser 473 ) Tsc2(Thr 1462 ) ならびに S6K1(Thr 389 ) のリン酸化状態を それぞれに特異的なリン酸化抗体を用いて検出した (D)Akt 阻害剤 (Akti) 存在下で MG による S6K1(Thr 389 ) のリン酸化を特異的なリン酸化抗体を用いて検出した 3.MG によるインスリン抵抗性モデル MG 処理により mtorc1 依存的に S6K1 の活性化が起こり その結果 IRS-1 の Ser 307 のリン酸化が起こった S6K1 や JNK による IRS-1 の Ser や Thr 残基のリン酸化は IRS-1 とインスリン受容体との親和性を低下させ 結果的にインスリンシグナルを減衰させる 5) そこで 予め MG で処理した細胞をインスリンで刺激した際の Akt Ser 473 のリン酸化を検討した その結果 MG で前処理した細胞では 前処理しなかった細胞に比べ インスリンによる Ser 473 のリン酸化レベルの上昇が抑制された またこのリン酸化レベルの上昇の抑制は ラパマイシンによりキャンセルされた ( 図 3A) 前駆脂肪細胞はインスリンの刺激により脂肪細胞へと分化する インスリン刺激により mtorc2 依存的に活性化された Akt は FoxO1/3 をリン酸化し リン酸化された FoxO1/3 は核外輸送され不活性化されるとともに PPARγ により ap2(fabp4) の発現が誘導されるなどして中性脂肪の合成が行われる 6) そこで MG で前処理した細胞にインスリン刺激を与えた場合の FoxO1/3 のリン酸化を検討した その結果 Akt のリン酸化の場合と同様に MG で前処理した場合 インスリンによる FoxO1/3 のリン酸化の上昇が抑制され それはラパマイシンによりキャンセルさ 3

れた ( 図 3B) またこの時 脂肪細胞分化のマーカーの一つである ap2(fabp4) の発現レベルも MG の用量依存的 に減少した ( 図 3C) 以上のことから MG はインスリンシグナル経路に対して阻害的に作用している可能性が示唆さ れた 図 3. MG によるインスリンシグナル応答の阻害 (A)3T3-L1 細胞をインスリン (Ins) MG MG で前処理した後にインスリンで処理 あるいは予めラパマイシン (Rap) で処理した後に MG を添加し その後インスリンで処理した際の Akt(Ser 473 ) のリン酸化状態を 特異的リン酸化抗体を用いて検出した (B)(A) と同様に処理した 3T3-L1 細胞の FoxO1/3(Thr 24 /Thr 32 ) のリン酸化状態を検討した (C) 3T3-L1 細胞を予め種々の濃度の MG で処理した後にインスリンで処理した際の ap2 の発現を 定量的 RT-PCR を用いて比較検討した 考察 2 型糖尿病患者において 肥大化した脂肪細胞から産生される遊離脂肪酸やマクロファージに由来する炎症性サイト カイン TNFα は JNK の活性化や IKKβ といったシグナル伝達経路を介して IRS-1 の Ser 残基をリン酸化し イン スリンシグナル伝達を減弱させる 5) 一方 糖尿病患者では恒常的に血中 MG レベルが亢進している 7) 本研究で得 られた結果から 空腹時の血糖値が低くインスリンが分泌されていないような状態でも血中の MG レベルが高いと MG は mtorc1 を介して IRS-1 の Ser 307 のリン酸化を引き起こし インスリン受容体と IRS-1 とのアフィニティーを 低下させる そのため 血糖値が上昇してインスリンが分泌されてもインスリンシグナルが適切に流れず 結果として インスリン抵抗性が惹起されている可能性が考えられた 共同研究者 本研究は 京都大学大学院農学研究科の野村亘博士と共同で行った また 培養細胞に関連する研究設備の使用を快 くお認めいただいた京都大学大学院農学研究科教授 河田照雄先生に感謝いたします 最後に 本研究にご支援を賜り ました上原記念生命科学財団に深く感謝申し上げます 文献 1) Nomura W, Inoue Y. Methylglyoxal activates the target of rapamycin complex 2-protein kinase C signaling pathway in Saccharomyces cerevisiae. Mol. Cell. Biol. 2015;35(7):1269-1280. doi: 10.1128/MCB.01118-14. PMID: 25624345. 4

2) Durán RV, Hall MN. Regulation of TOR by small GTPases. EMBO Reports 2012;13(2):121-128. doi: 10.1038/ embor.2011.257. PMID: 22240970. 3) Menon S, Dibble CC, Talbott G, Hoxhaj G, Valvezan AJ, Takahashi H, Cantley LC, Manning BD. Spatial control of the TSC complex integrates insulin and nutrient regulation of mtorc1 at the lysosome. Cell 2014;156(4):771-785. doi: 10.1016/j.cell.2013.11.049. PMID: 24529379. 4) Ben-Sahra I, Manning BD. mtorc1 signaling and the metabolic control of cell growth. Curr. Opin. Cell Biol. 2017;45:72-82. doi: 10.1016/j.ceb.2017.02.012. PMID: 28411448. 5) Pederson TM, Kramer DL, Rondinone CM. Serine/threonine phosphorylation of IRS-1 triggers its degradation. Possible regulation by tyrosine phosphorylation. Diabetes 2001;50(1):24-31. DOI: 10.2337/ diabetes.50.1.24. PMID: 11147790. 6) Zhang X, Tang N, Hadden TJ, Rishi AK. Akt, foxo and regulation of apoptosis. Biochim. Biophys. Acta 2011;1813(11):1978 1986. doi: 10.1016/j.bbamcr.2011.03.010. PMID: 21440011. 7) McLellan AC, Thornalley PJ, Benn J, Sonksen PH. Glyoxalase system in clinical diabetes mellitus and correlation with diabetic complications. Clin. Sci. (Lond) 1994;87(1):21-29. DOI: 10.1042/cs0870021. PMID: 8062515. 5