特別寄人員構成推移 研究職員 事務職員 招聘研究員 客員研究員 クロスアポ 特定集中専門員契約職員 合計その他 ( 派遣等 ) 契約職員特定集中専門員クロスアポ客員研究員招聘研究員事務職員研究職員 H27 H28 5

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産業技術総合研究所人工知能研究センターと特許情報処理 AIRC at AIST and AI application in Patent Management 国立研究開発法人産業技術総合研究所人工知能研究センター長 辻井潤一 人工知能研究センター研究センター長 英国マンチェスター大学客員教授 国際計算言語委員会 (ICCL) 委員長 AAMT / Japio 特許翻訳研究会委員長 j-tsujii@aist.go.jp 1 はじめに 産業技術総合研究所の人工知能研究センターは 2015 年 5 月に発足し 1 年半が経過した センターは 日本の人工知能研究の核として この分野の人材を集約することで 大学などの研究機関ではできなかったボリューム感のある研究を遂行することを目的としている 現在の人工知能研究は 研究のための研究というよりも 現実の課題に技術を適用し 解決していくことが重要である このことから 本センターでは 実世界に埋め込まれる人工知能 を目指し 実世界での挑戦的な課題に人工知能技術を適用していくこと 社会実装を目指した産業界との連携を重視した研究 開発を行っている 本稿では 産業技術総合研究所人工知能研究センターの現況を報告し センターでの研究が特許情報処理にどのような貢献をするかについて 私見を述べることにする 在する 私が専門とする言語処理やテキストマイニングの研究においても 数十億語を超える大規模なテキスト集合を処理する必要があり このためには並列分散処理を可能とする計算機環境とその環境を使いこなす技術者が必要となる また 大量のテキスト集合から言語の使用に関するモデルを構築するためには 機械学習の専門家や大規模グラフの探索アルゴリズムに強い専門家との協力が必要となる 縦型の 特定の研究課題を深堀り的に追及していくのに適した日本の大学の研究体制では 分野の異なる専門家が緊密な研究協力を構築していくことがむつかしい このことは 私自身が東京大学とマイクロソフト研究所という2つの体質が異なる研究機関に所属して痛感したことである 後者の研究所がもつ人材と技術の集積が 現在の人工知能技術の急速な進展を支えている このような技術と研究者の集積を作ることが 人工知能研究センターの初年度の課題であった 図 1に 過去 1 年半の人員増加の様子を示す 図が示すように 現在は 研究員 90 名 総勢が 348 名となっ た フルタイムの研究員が 33 名から 90 名に増加した 2 センターの現況 2015 年 5 年 センターは研究員 33 名 ポスドクやエンジニア 事務部門の人員を合わせて 77 名という小所帯で発足した 現在の人工知能研究は 大規模なデータとそれを処理 だけではなく 客員研究員 招へい研究員 クロスアポイントなど大学からの参加が 60 名超に増加したこと また 企業からの研究員 ( 特別集中専門員 ) が0 名から 17 名に増えたことが この急激な増加を支えている 図 2に センターの体制を示す するための計算技術 機械学習 探索アルゴリズム 言 語や画像処理の技術など 様々な技術の集積体として存 10

特別寄人員構成推移 348 350 300 250 200 150 100 50 0 33 77 90 研究職員 事務職員 招聘研究員 客員研究員 クロスアポ 特定集中専門員契約職員 合計その他 ( 派遣等 ) 契約職員特定集中専門員クロスアポ客員研究員招聘研究員事務職員研究職員 H27 H28 5.1 9.1 発足時 現在 研究員 33 90 事務職員 3 6 招聘研究員 0 16 客員研究員 13 41 クロスアポ 0 5 特定集中専門員 0 17 契約職員 18 91 その他 ( 派遣等 ) 稿図 10 82 合計 77 348 1 図 2 YEAR BOOK 2O16 11

3 実世界に埋め込まれる人工知能 人工知能は (1) 外界からのデータの取得 ( センシング ) (2) 外界の認識 (3) 外界のモデル構築とその上での推論 (4) 外界への働きかけ ( 行動 ) の計画 ( プランニング ) (5) 外界での行動の実行という5つの技術により構成されている ( 図 3) この 5 つの処理は 必ずしものこの順序で実行されるものではないが 基本的にはこの 5 つの技術に分けて考えてよい この中で 人工知能の中核的な研究は (2) から (4) と考えられてきた しかしながら 現実の問題解決においては (1) や (5) の外界とつながる部分に大きな問題がある 現在の人工知能の隆盛には ビッグデータ解析の流れから大規模なデータを使う機械学習 深層学習の技術が大きく寄与している この機械学習の進歩が 人工知能の中核にあるモデリングの手法を大きく変革させることとなった 以前の人工知能 例えば エキスパート システムは人間の専門家による知識の整理を前提にしていた 医療診断のエキスパート システムでは 専門の医師が診断のためのルールを丹念に記述し システムに与える必要があった この人間によるルール作成が大変にコストがかかる作業となり いわゆる知識獲得のボトルネックと呼ばれる 人工知能システムを構築する上での障害となった 実際 人間が作成する知識 ( ルール ) には 例外も多く 複雑に絡み合うルールの集合の維持 管理がむつかしい また 専門家であっても どのようなルールで診断をしているかを明示的に書きだすことはむつかしい 同じ患者についての最終的な診断は 経験のある医師たちの間で一致しても 診断に至った過程の説明は経験のある個々の医師たちの間で異なっている場合も多い 診断に至る過程の説明が 個々の医師によって異なることが多くあるという事実は 経験を積んだ医師による診断には 明示的な医学知識だけでなく いわば意識下にある暗黙の経験知が大きく関与しているということであろう このような暗黙的な経験知の関与は 医師によ 人工知能の要素と技術的な基盤 データの獲得と認識 知識 オントロジー 動の実 と制御 IoT Robotics 実世界 センシング 認識モデリング行動計画 行動 実世界 推論 機械学習 シミュレーション 図 3 12

別寄稿る診断だけでなく 経験により獲得されていく専門家の 技能や判断力に広く見られる現象であろう エキスパート システムと呼ばれた 一世代前の人工知能が直面した知識獲得のボトルネックは この規則化しがたい経験知の存在にあった 現在の人工知能は この知識獲得のボトルネックを大きなデータを収集することとそれに基づく機械学習 深層学習による克服を目指している 患者の検査や診断 治療履歴に関する大規模なデータから その中に潜む規則性を計算機がモデル化し そのモデルに基づいて 診断や治療法を計算機側が提案する 大規模なデータから その内部に潜む規則性を獲得する過程は 医師が長い治療経験から規則性を体得していく過程に対応していると考えられる このデータから知識を自動的に獲得する技術の進展が 現在の人工知能ブームを支えている 4 データ獲得のボトルネック 大規模なデータから知識を紡ぎだす機械学習 深層学習の出現で 知識獲得のボトルネックが解消されつつある また これらの技術は データに見られる規則性を確率論的にとらえることから 人間が作成する記号的な規則に見られた例外 あるいは 一見矛盾する規則の相互関係をスムーズに取り扱える利点を持っている 規則と例外という2 元的な分け方でなく 確率分布という連続量の領域で規則の相互関係をとらえることができる しかしながら データさえ大規模に集めれば あとは人工知能が学習する というほど 問題は単純ではない 患者の検査データのみが大量にあるだけでは 病疾患の診断はできない 検査データと病疾患の判断との相互関係をモデル化するためには 患者の検査データだけでなく その患者に対する医師の診断結果 ( 病疾患名 ) がつけられたデータが必要となる このような観察データとそれに対する人間の判断の相互関係が与えられていない場合には 観察データに人間による判断を付け加える必要がある このデータに対する判断は データを解釈し判断という作業であり データに 意味を与える 作業ということで 意味アノテーションと呼ばれる 意味アノテーションは 人間の専門家がデータを解釈し与える必要があるために コストが かかる作業となる 現在の人工知能では この意味アノテーションがシステム構築のネックとなっている 知識獲得ボトルネックが 観察データに人間の判断を付け加えるデータ獲得ボトルネックに置き換えられたことになる 判断の過程に暗黙的に関与している規則を明示化してシステムに与えるという困難は避けられるが 大規模な観察データに判断結果を付与しなければならないという データ獲得のボトルネックに遭遇することになった 5 オントロジーの構築 意味アノテーションは データに対して人間の判断を付加する作業である この人間の判断は 多くの場合 それほど安定したものではない 人間が明示的に規則を与えるエキスパート システムでは 判断の過程に言語化できない エキスパートが経験から獲得する直観 暗黙の知識に支えられた直観があり これが明示化できないことが問題となった 医療診断のエキスパート システムには 判断の結果として有限の病疾患の集合があった ただ 判断結果の有限集合があるという前提は 多くの応用では前提にならないことも多い 病疾患の集合が固定的にあるように思えるのは 長い医学研究の結果 病疾患の集合がきめられてきたことによる この病疾患の集合でも 過去には一つの病疾患と捉えられてきたものが医学研究の進展により 実は複数個の異なった病疾患であると認定されたり 逆に全く別の疾患が同じ疾患の異なる表れであることが認識されたりとか 必ずしも安定したものではない 観察データに意味を与える意味アノテーションでは 病疾患の有限集合のように判断結果の有限集合 意味の分類が必要となる このデータに意味を与える分類の体系が オントロジーと呼ばれるものである データに意味を付与するためには このオントロジーを規定する必要がある 病疾患の場合には 医学という科学分野の長い研究の過程で 医者のコミュニティに共有されるオントロジーがあったことになる 与えられた写真から その写真に写されている物を認識する一般画像認識というタスクがある 深層学習の進展によって その精度が格段に向上したと呼ばれるタスクである このタスクで深層学習が大きな成果を挙げら 特YEAR BOOK 2O16 13

れたのは インターネット中から膨大に収集された写真に 物の分類コードを振った すなわち 意味アノテーションが付与された膨大な写真データが準備できたことによる この写真に付与された意味コードは 言語処理の研究グループが構築してきたワードネットと呼ばれる 分野 また 仮にオントロジーがあったとしても 観測データにそのオントロジーからの分類コードを振る意味アノテーションが専門家にのみ可能で コストが非常に大きくなる分野も多い これが 現在の人工知能が抱えるデータ獲得のボトルネックである オントロジーの一部を使ったものであった ワードネットというオントロジーは 普通の一般人としての人間が持つであろう一般的な分類体系を目指したものであったため 写真にこの分類体系のコードをふる作業は 一般の人間にも作業可能であったために 一般画像認識タスクのための意味アノテーションは 一般人が行うクラウド ソーシングで実行が可能となった このように一般画像認識というタスクにおける深層学習技術の成功は ワードネットという汎用オントロジーを使うことで 大規模な画像データに意味コードを付与する作業がクラウド ソーシングできたこと これによって大規模な意味アノテーションが低コストで実現できたことにある 機械学習や深層学習を使いたい応用分野には そもそもその分野の専門家が共有するオントロジー自体がない 6 End-To-End の人工知能 観察データを認識し その認識結果をもとにとるべき行動を決定するという2 段階の構成は必ずしも必然的なものではない 特に 認識の結果が 病疾患のクラスのようにオントロジーのような明示的な体系 人間にも理解可能な体系である必要はないたとえば 世界トップクラスのプレイヤーに勝ったという Google の AlphaGo では 与えられた碁の局面が Player にとってよいものであるかどうかを評価する関数 および 与えられた局面でよいとされる Move を列挙する関数の2つの関数を 過去の棋譜データ および 計算機の中で2つのプログラムが碁をうつ模擬ゲームから得られる棋譜データを使って学習させる ( 図 4) AlphaGo(2016) Machine Learning and Simulation A game of perfect information DNN v(s) Database of Games in the past p(a s) Training Data Complete Simulation 図 4 14

AIRC, 九工大,名大, etc. 特別寄稿 目的 自動運転における危険予測 回避行動判断 提案方法 二種のAI組合せの最適 化からハイブリッドAI設計法を得る データ駆動型AI 検証法 AI実用に必須となる車メーカ の製造者責任担保を可能にする 多種の実車計測データを活用し ハード化により ADAS支援の基準 10ms-500ms実装を可能にする オントロジー分枝構造から得られた 状況複雑度指標 を一般 熟練者ド ライバー技能と比較 定量的に検証 理論知識型AI 見えにくい目標 データ駆動型AIと理論知識型AIで 高速 かつ 推論の説明責任 が可能になり AIの自動運転分野での実用化が図れる 異常行動 死角目標 巻込防止 レーダ領域 5 図5 人と共存して行動する知能体 人モデル 顔 体形 動作 場所 移動モデル 地図 経路 変化 使い方 環境モデル 形状 場所 変化 使い方 計画 モデル生成手法 知覚 制御 インターフェース インタラクション 自律動作 人と生活環境 環境 図6 YEAR BOOK 2O16 2016イヤーブック寄稿集-1.indb 15 15 2016/10/26 19:44:27

この場合には 患者の病疾患を推定するという データをオントロジーで定義されるクラスに分類するというステップはない 言い換えると 局面を有限個数のクラスに分類して その結果を使ってとるべき行動を決定するという2 段階の過程は必要がない センサーからのデータを使って 車の動作を決定する自動運転の技術も 明示的な認識を経ることなく データから行動までを直接つなぐ End-to-End のシステムも可能である 自動運転が AlphaGo の場合と同じように 深層学習と強化学習の組み合わせでできるというデモも提供されるようになった ただ オントロジーに基づく明示的な理解を経ることなく観察データから行動までを End-to-End でつなぐことが可能かどうかは 議論が分かれるところであろう 現在の明示的な認識を経ない End-to-End のシステムでの自動運転のシステムが 例えば 図 5のような現実世界に見られるような複雑な状況での自動運転まで拡張できるかどうかは 疑問であろう 産業技術総合研究所人工知能研究センターでは 例えば 展示会会場のように多くの人がロボット周辺に存在するような状況下での自動走行のロボットの研究を行ってきた このような自動走行ロボットでは おかれた周辺環境や周辺の人間の存在 移動可能なルートなどを明示的に認識し それをモデル化することで 人間のような他の移動体の動きを予測する必要がある ( 図 6) 我々は 自動運転の場合においても 周辺状況が複雑化 多様化すればするほど End-to-End のシステムには限界があり おかれた状況の明示的な理解と解釈が必要になるだろうと考えている なく データに基づく End-to-End の人工知能システムが構築できる可能性が高い これに対して たとえば 特許の審査官 法律家 医者が行うような知的な判断機能を引き受ける人工知能への期待も高い ここでは 反射的な行動というよりも 人間の知的な思考を代替する人工知能への期待である たとえば 特許審査官の業務では 関連する先行特許をまず同定し 申請特許と先行特許の差異を自覚的に理解することが必要となる これら2つの過程が オントロジーや対象技術の深い理解を経ずに End-to-End の行動選択で実現できるとは考えられない 関連する先行特許の同定では 特許文献を IPC や F-term といった特許分野のオントロジーに対応付けることが不可欠であろうし 先行特許と申請特許の差異の認定には これらの粗いオントロジーだけでは不可能で 当該特許が対象とする分野の知識が不可欠となろう また 医療分野への応用では 患者への治療過程を網羅的に収集したデータベースがあれば ( この仮定自体が大きな仮定である ) それに基づいて 所与の患者への治療法を選択する End-to-End のシステムも可能という主張もある ただ 患者の状態の明示的な理解を経ずに 治療手段を決定する人工知能システムの適用範囲は極めて限定されよう 医者や患者に対して 治療手段の選択の理由を説明する機能が不可欠であり この説明機能の実現には End と End を結ぶ中間段階に 状況の明示的な認識が必要となる データに基づく人工知能 特に End-to-End を機械学習で直接結ぶというパラダイムには限界がある 図 3 で 人工知能の基盤技術に 機械学習とともに オント ロジーやシミュレーションの技術を置いた理由である 7 特許審査と人工知能 現在の人工知能に対する期待には 本質的に性質が異なる様々な期待が入り混じっている 人工知能への期待として頻繁に取り上げられる自動運転は 状況を認識しその結果を行動に瞬時に移すこと この自律的な判断と行動の結合を人工知能で実現しようとするものである 確かに このタスクは 状況に合わせた適切な行動の選択という人工知能の典型的な例になっている 経験のある運転者の行動選択は いわば自動化された反射行動の側面が強い 自覚的な思考が強く関与するタスクでは 8 産業界 実務者との連携 現在の人工知能研究は 知能研究のための人工知能研究から 実世界の問題を解決するための人工知能技術の研究に向かっていると考えている 人工知能研究者が単独で研究できる時代から 解決すべき課題をもつ分野の技術者 実務者との共同が不可欠となっている 特許審査官や知財管理者の仕事を軽減するための人工知能を実現するためには 特許審査官や知財管理者との共同作業が不可欠である 16

別寄稿人工知能の技術は 知的な能力を代行するための技術 である このためには 代行すべき知的な能力の実態を把握することが不可欠となる また 前節で述べたように 現在の人工知能研究は 多様な技術を集積することが不可欠である 筆者は 自然言語処理や自然言語理解の研究からテキストマイニングへと研究を進めてきた 現在 テキストマイニングの技術を開発しようとすると 大規模なテキスト集合を処理するための分散並列処理の技術 大規模テキストに基づくモデル構築を行うための機械学習の技術 テキストが持つ構造を取り扱う言語処理の技術 テキストや著者の間の相互関係を取り扱う大規模グラフ処理の技術などの集積が必要となる 大学をはじめとする日本の研究機関には このような技術の集積を作るための体制を持っていない 日本の人工知能の研究者や技術者が個々の技術や理論の理解には深い造詣を持ちながら 日本全体としてスケール感とインパクトがある研究開発ができていない原因である 産業技術総合研究所の人工知能研究センターは このような技術やデータの集積点となることを目指して設立された 今後 様々な研究機関 産業界との連携を積極的にすすめていく予定である 協力と支援をお願いしたい 特YEAR BOOK 2O16 17