報道発表資料 2007 年 4 月 12 日 独立行政法人理化学研究所 電流の中の電子スピンの方向を選り分けるスピンホール効果の電気的検出に成功 - 次世代を担うスピントロニクス素子の物質探索が前進 - ポイント 室温でスピン流と電流の間の可逆的な相互変換( スピンホール効果 ) の実現に成功 電流

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スピン流を用いて磁気の揺らぎを高感度に検出することに成功 スピン流を用いた高感度磁気センサへ道 1. 発表者 : 新見康洋 ( 大阪大学大学院理学研究科准教授 研究当時 : 東京大学物性研究所助教 ) 木俣基 ( 東京大学物性研究所助教 ) 大森康智 ( 東京大学新領域創成科学研究科物理学専攻博士課

図は ( 上 ) ローレンツ像の模式図と ( 下 ) パーマロイ磁性細線の実際のローレンツ像

PRESS RELEASE (2015/10/23) 北海道大学総務企画部広報課 札幌市北区北 8 条西 5 丁目 TEL FAX URL:

背景と経緯 現代の電子機器は電流により動作しています しかし電子の電気的性質 ( 電荷 ) の流れである電流を利用した場合 ジュール熱 ( 注 3) による巨大なエネルギー損失を避けることが原理的に不可能です このため近年は素子の発熱 高電力化が深刻な問題となり この状況を打開する新しい電子技術の開

配信先 : 東北大学 宮城県政記者会 東北電力記者クラブ科学技術振興機構 文部科学記者会 科学記者会配付日時 : 平成 30 年 5 月 25 日午後 2 時 ( 日本時間 ) 解禁日時 : 平成 30 年 5 月 29 日午前 0 時 ( 日本時間 ) 報道機関各位 平成 30 年 5 月 25

高集積化が可能な低電流スピントロニクス素子の開発に成功 ~ 固体電解質を用いたイオン移動で実現低電流 大容量メモリの実現へ前進 ~ 配布日時 : 平成 28 年 1 月 12 日 14 時国立研究開発法人物質 材料研究機構東京理科大学概要 1. 国立研究開発法人物質 材料研究機構国際ナノアーキテクト

互作用によって強磁性が誘起されるとともに 半導体中の上向きスピンをもつ電子と下向きスピンをもつ電子のエネルギー帯が大きく分裂することが期待されます しかし 実際にはこれまで電子のエネルギー帯のスピン分裂が実測された強磁性半導体は非常に稀で II-VI 族である (Cd,Mn)Te において極低温 (

共同研究グループ理化学研究所創発物性科学研究センター強相関量子伝導研究チームチームリーダー十倉好紀 ( とくらよしのり ) 基礎科学特別研究員吉見龍太郎 ( よしみりゅうたろう ) 強相関物性研究グループ客員研究員安田憲司 ( やすだけんじ ) ( 米国マサチューセッツ工科大学ポストドクトラルアソシ

平成18年2月24日

令和元年 6 月 1 3 日 科学技術振興機構 (JST) 日本原子力研究開発機構東北大学金属材料研究所東北大学材料科学高等研究所 (AIMR) 理化学研究所東京大学大学院工学系研究科 スピン流が機械的な動力を運ぶことを実証 ミクロな量子力学からマクロな機械運動を生み出す新手法 ポイント スピン流が

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体状態を保持したまま 電気伝導の獲得という電荷が担う性質の劇的な変化が起こる すなわ ち電荷とスピンが分離して振る舞うことを示しています そして このような状況で実現して いる金属が通常とは異なる特異な金属であることが 電気伝導度の温度依存性から明らかにされました もともと電子が持っていた電荷やスピ

平成**年*月**日

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コバルトとパラジウムから成る薄膜界面にて磁化を膜垂直方向に揃える界面電子軌道の形が明らかに -スピン軌道工学に道 1. 発表者 : 岡林潤 ( 東京大学大学院理学系研究科附属スペクトル化学研究センター准教授 ) 三浦良雄 ( 物質材料研究機構磁性 スピントロニクス材料研究拠点独立研究者 ) 宗片比呂

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報道機関各位 平成 30 年 5 月 14 日 東北大学国際集積エレクトロニクス研究開発センター 株式会社アドバンテスト アドバンテスト社製メモリテスターを用いて 磁気ランダムアクセスメモリ (STT-MRAM) の歩留まり率の向上と高性能化を実証 300mm ウェハ全面における平均値で歩留まり率の

概要 東北大学金属材料研究所の周偉男博士研究員 関剛斎准教授および高梨弘毅教授のグループは 産業技術総合研究所スピントロニクス研究センターの荒井礼子博士研究員および今村裕志研究チーム長との共同研究により 外部磁場により容易に磁化スイッチングするソフト磁性材料の Ni-Fe( パーマロイ ) 合金と

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共同研究グループ 理化学研究所創発物性科学研究センター 量子情報エレクトロニクス部門 量子ナノ磁性研究チーム 研究員 近藤浩太 ( こんどうこうた ) 客員研究員 福間康裕 ( ふくまやすひろ ) ( 九州工業大学大学院情報工学研究院電子情報工学研究系准教授 ) チームリーダー 大谷義近 ( おおた

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高校電磁気学 ~ 電磁誘導編 ~ 問題演習

PRESS RELEASE (2017/6/2) 北海道大学総務企画部広報課 札幌市北区北 8 条西 5 丁目 TEL FAX URL:

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物性物理学 I( 平山 ) 補足資料 No.6 ( 量子ポイントコンタクト ) 右図のように 2つ物質が非常に小さな接点を介して接触している状況を考えましょう 物質中の電子の平均自由行程に比べて 接点のサイズが非常に小さな場合 この接点を量子ポイントコンタクトと呼ぶことがあります この系で左右の2つ

背景 現代社会を支えるコンピューティングや光通信では, 情報の担い手として, 電子の電荷と, その電荷を変換して生成した光 ( 光電変換 ) を利用しています このような通常の情報処理に用いる電荷以外に, 電子にはスピンという状態があります このスピンの集団は磁石の性質を持ち, 情報の保持に電力が不

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スピントロニクスにおける新原理「磁気スピンホール効果」の発見

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非磁性体を用いた強磁性体細線中の磁壁移動の検出 Detection of magnetic domain wall motion by using non-magnetic material 1. 序論近年の情報入力端末の市場は情報転送技術の向上により i-phone, i-pad に代表されるよう

磁気でイオンを輸送する新原理のトランジスタを開発

報道発表資料 2008 年 1 月 31 日 独立行政法人理化学研究所 酸化物半導体の謎 伝導電子が伝導しない? 機構を解明 - 金属の原子軌道と酸素の原子軌道の結合が そのメカニズムだった - ポイント チタン酸ストロンチウムに存在する 伝導しない伝導電子 の謎が明らかに 高精度の軟 X 線共鳴光

酸化グラフェンのバンドギャップをその場で自在に制御

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マスコミへの訃報送信における注意事項

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第1章 様々な運動

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< 研究の背景と経緯 > ここ数十年に渡る半導体素子 回路 ソフトウェア技術の目覚ましい進展により 様々なモノがセンサー 情報処理端末を介してインターネットに接続される IoT(Internet of Things) 社会が到来しています 今後その適用先は一層増加し 私たちの日常生活においてより多く

【最終版・HP用】プレスリリース(徳永准教授)

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1. 背景強相関電子系は 多くの電子が高密度に詰め込まれて強く相互作用している電子集団です 強相関電子系で現れる電荷整列状態では 電荷が大量に存在しているため本来は金属となるはずの物質であっても クーロン相互作用によって電荷同士が反発し合い 格子状に電荷が整列して動かなくなってしまう絶縁体状態を示し

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報道機関各位 平成 29 年 7 月 10 日 東北大学金属材料研究所 鉄と窒素からなる磁性材料熱を加える方向によって熱電変換効率が変化 特殊な結晶構造 型 Fe4N による熱電変換デバイスの高効率化実現へ道筋 発表のポイント 鉄と窒素という身近な元素から作製した磁性材料で 熱を加える方向によって熱

と呼ばれる普通の電子とは全く異なる仮説的な粒子が出現することが予言されており その特異な統計性を利用した新機能デバイスへの応用も期待されています 今回研究グループは パラジウム (Pd) とビスマス (Bi) で構成される新規超伝導体 PdBi2 がトポロジカルな性質をもつ物質であることを明らかにし

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報道発表資料 2008 年 11 月 10 日 独立行政法人理化学研究所 メタン酸化反応で生成する分子の散乱状態を可視化 複数の反応経路を観測 - メタンと酸素原子の反応は 挿入 引き抜き のどっち? に結論 - ポイント 成層圏における酸素原子とメタンの化学反応を実験室で再現 メタン酸化反応で生成

平成 30 年 1 月 5 日 報道機関各位 東北大学大学院工学研究科 低温で利用可能な弾性熱量効果を確認 フロンガスを用いない地球環境にやさしい低温用固体冷却素子 としての応用が期待 発表のポイント 従来材料では 210K が最低温度であった超弾性注 1 に付随する冷却効果 ( 弾性熱量効果注 2

電気基礎

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( 図 ) IP3 と IRBIT( アービット ) が IP3 受容体に競合して結合する様子

RLC 共振回路 概要 RLC 回路は, ラジオや通信工学, 発信器などに広く使われる. この回路の目的は, 特定の周波数のときに大きな電流を得ることである. 使い方には, 周波数を設定し外へ発する, 外部からの周波数に合わせて同調する, がある. このように, 周波数を扱うことから, 交流を考える

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実験題吊  「加速度センサーを作ってみよう《

図 B 細胞受容体を介した NF-κB 活性化モデル

ナノテク新素材の至高の目標 ~ グラフェンの従兄弟 プランベン の発見に成功!~ この度 名古屋大学大学院工学研究科の柚原淳司准教授 賀邦傑 (M2) 松波 紀明非常勤研究員らは エクス - マルセイユ大学 ( 仏 ) のギー ルレイ名誉教授らとの 日仏国際共同研究で ナノマテリアルの新素材として注

4. 発表内容 : 1 研究の背景と経緯 電子は一つ一つが スピン角運動量と軌道角運動量の二つの成分からなる小さな磁石 ( 磁 気モーメント ) としての性質をもちます 物質中に無数に含まれる磁気モーメントが秩序だって整列すると物質全体が磁石としての性質を帯び モーターやハードディスクなど様々な用途

トポロジカル絶縁体ヘテロ接合による量子技術の基盤創成 ( 研究代表者 : 川﨑雅司 ) の事業の一環として行われました 共同研究グループ理化学研究所創発物性科学研究センター強相関物理部門強相関物性研究グループ研修生安田憲司 ( やすだけんじ ) ( 東京大学大学院工学系研究科博士課程 2 年 ) 研

物理演習問題

詳細な説明 研究の背景 フラッシュメモリの限界を凌駕する 次世代不揮発性メモリ注 1 として 相変化メモリ (PCRAM) 注 2 が注目されています PCRAM の記録層には 相変化材料 と呼ばれる アモルファス相と結晶相の可逆的な変化が可能な材料が用いられます 通常 アモルファス相は高い電気抵抗

磁性工学特論 第6回 磁気と電気伝導

フィードバック ~ 様々な電子回路の性質 ~ 実験 (1) 目的実験 (1) では 非反転増幅器の増幅率や位相差が 回路を構成する抵抗値や入力信号の周波数によってどのように変わるのかを調べる 実験方法 図 1 のような自由振動回路を組み オペアンプの + 入力端子を接地したときの出力電圧 が 0 と

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: (a) ( ) A (b) B ( ) A B 11.: (a) x,y (b) r,θ (c) A (x) V A B (x + dx) ( ) ( 11.(a)) dv dt = 0 (11.6) r= θ =

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スピンの世界へようこそ!

研究成果報告書

数値計算で学ぶ物理学 4 放物運動と惑星運動 地上のように下向きに重力がはたらいているような場においては 物体を投げると放物運動をする 一方 中心星のまわりの重力場中では 惑星は 円 だ円 放物線または双曲線を描きながら運動する ここでは 放物運動と惑星運動を 運動方程式を導出したうえで 数値シミュ

1 薄膜 BOX-SOI (SOTB) を用いた 2M ビット SRAM の超低電圧 0.37V 動作を実証 大規模集積化に成功 超低電圧 超低電力 LSI 実現に目処 独立行政法人新エネルギー 産業技術総合開発機構 ( 理事長古川一夫 / 以下 NEDOと略記 ) 超低電圧デバイス技術研究組合(

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電磁気学 A 練習問題 ( 改 ) 計 5 ページ ( 以下の問題およびその類題から 3 題程度を定期試験の問題として出題します ) 以下の設問で特に断らない限り真空中であることが仮定されているものとする 1. 以下の量を 3 次元極座標 r,, ベクトル e, e, e r 用いて表せ (1) g

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2. コンデンサー 極板面積 S m 2, 極板間隔 d m で, 極板間の誘電率が ε F/m の平行板コンデンサー 容量 C F は C = ( )(23) 容量 C のコンデンサーの極板間に電圧をかけたとき 蓄えられる電荷 Q C Q = ( )(24) 蓄えられる静電エネルギー U J U

s と Z(s) の関係 2019 年 3 月 22 日目次へ戻る s が虚軸を含む複素平面右半面の値の時 X(s) も虚軸を含む複素平面右半面の値でなけれ ばなりません その訳を探ります 本章では 受動回路をインピーダンス Z(s) にしていま す リアクタンス回路の駆動点リアクタンス X(s)

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非磁性原子を置換することで磁性・誘電特性の制御に成功

AlGaN/GaN HFETにおける 仮想ゲート型電流コラプスのSPICE回路モデル

0 21 カラー反射率 slope aspect 図 2.9: 復元結果例 2.4 画像生成技術としての計算フォトグラフィ 3 次元情報を復元することにより, 画像生成 ( レンダリング ) に応用することが可能である. 近年, コンピュータにより, カメラで直接得られない画像を生成する技術分野が生

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スピントランジスタの基本技術を開発   ― 高速・低消費電力、メモリにもなる次世代半導体 ―

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予定 (川口担当分)

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Transcription:

60 秒でわかるプレスリリース 2007 年 4 月 12 日 独立行政法人理化学研究所 電流の中の電子スピンの方向を選り分けるスピンホール効果の電気的検出に成功 - 次世代を担うスピントロニクス素子の物質探索が前進 - 携帯電話やインターネットが普及した情報化社会は さらに 大容量で高速に情報を処理する素子開発を求めています そのため エレクトロニクス分野では さらに便利な技術革新の必要性が日増しに高まっています この答えの一つが これまであまり目を向けられていなかった電子の スピン を活用したエレクトロニクス スピントロニクス 世界で激しい研究開発競争が始まったばかりですが 大容量の情報を記憶するメモリー 量子コンピュータ 高速光素子などを可能にし 情報化社会に新たなパラダイムを提供すると注目されている研究分野です 理研フロンティア研究システム量子ナノ磁性研究チームは このスピントロニクスの源である スピン流 を電気的に検出し 計測することに成功しました 理研フロンティア研究システム量子ナノ磁性研究チームは このスピンエレクトロニクスの源である スピン流 を磁石を使わずに発生させ 計測することに成功しました スピン流は 電子の自転運動 スピン の拡散現象を通じて生じますが 大きさが極めて小さく 流れる領域がナノスケールであるため 電気的な検出が困難でした 研究チームは ナノスケールの白金細線に電流を流して生じるスピンの蓄積 ( スピンホール効果 ) を検出することに成功しました その結果 電流からスピン流への変換効率が これまで知られていたガリウム砒素化合物半導体に比べて 1 万倍以上も大きいことが明らかとなりました これは スピントロニクス素子の探索を可能とした成果で より大容量 高速を求める社会のニーズに応える結果を導くことになります

報道発表資料 2007 年 4 月 12 日 独立行政法人理化学研究所 電流の中の電子スピンの方向を選り分けるスピンホール効果の電気的検出に成功 - 次世代を担うスピントロニクス素子の物質探索が前進 - ポイント 室温でスピン流と電流の間の可逆的な相互変換( スピンホール効果 ) の実現に成功 電流からスピン流への変換効率 ガリウム砒素化合物半導体に比べ 1 万倍以上 ナノスケールのスピン流回路の設計手法の確立独立行政法人理化学研究所 ( 野依良治理事長 ) は 室温で伝導電子に対して強いスピン軌道相互作用 1 を示すナノスケールの白金細線に電流を流し 生じるスピン蓄積 ( スピンホール効果 ) を 電気的に検出することに成功しました この研究は 非局所手法 2 を用いてスピン流 3 を顕在化させ 三次元的に流れを制御する手法を確立したことで可能となりました これは 情報を大容量で高速に処理することができる記憶媒体などを 強磁性体を使わずに実現する次世代金属スピントロニクス 4 素子の開発に新たな手法を提供します 理研フロンティア研究システム量子ナノ磁性研究チームの大谷義近チームリーダー ( 東京大学物性研究所教授 ) と木村崇客員研究員 ( 東京大学物性研究所助教 ) らによる研究成果です 現在 世界でしのぎを削る競争が繰り広げられているスピントロニクス研究の中で 大容量のハードディスクを可能にした巨大磁気抵抗 (GMR) 効果 5 に代表されるスピン依存伝導現象を支配するものがスピン流です スピン流は 非磁性体中に蓄積されたスピンの拡散現象として生じる ( 電流を伴わない ) スピンの流れを意味し 等量の上向き電子スピンと下向き電子スピンが各々逆向きに流れているものとして理解されます これまでのスピン注入 6 では もっぱら強磁性体と非磁性体から成る積層構造に電流を流すことで 上述のようにスピン偏極した電流が生成されてきました 本研究では 強いスピン軌道相互作用を示す白金などの貴金属を用いることにより 磁性体を用いずに室温でスピン流を生成できることを電気的に検出し その実態を明らかにすることに成功しました 今回の結果より得られた電流からスピン流への変換効率は これまで報告されていたガリウム砒素化合物半導体に比べ 1 万倍以上も大きいことが明らかとなりました さらに本研究で開発した素子を用いて電流からスピン流 その逆のスピン流から電流に可逆変換できることも実験的に検証しました 本研究成果は 米国の科学雑誌 Physical Review Letters ( 4 月 13 日号 ) に掲載されます 1. 背景近年 電子の スピン という特性を活用して生まれるスピン依存伝導現象の理解が進み 電子が持っている電荷を活用した半導体デバイスに替わり 電子スピンの性質を積極的に利用した新規なスピントロニクス素子の開発が急速に進んでい

ます 特に 情報を大容量で高速に処理することができるスピンデバイスなどが開発のターゲットとなっています また 最近では 漏れ磁場や熱 エネルギー損失の問題を低減できることから 伝導電子スピンと局在電子スピンの間に働くスピントルク 7 を利用する研究が注目され 外部磁場を用いない磁化方向制御技術が確立されつつあります この次世代スピントロニクス実現の鍵を握るスピントルクの主役がスピン流です 強磁性体内では 自発磁化が存在し 電子の移動度である動きやすさは 電子が持っている 小さな磁石 スピンに依存するため 電流を流すだけでスピン流が発生します 一方 非磁性体に電流を流しても スピン軌道相互作用による散乱で 電流に対して垂直方向にスピン流が発生する現象が起こることが 以前より理論的に指摘されていました この現象は スピンホール効果 として知られており 強磁性体を使わない新しいスピン流の生成手法として 近年 非常に注目されています スピンホール効果の研究は 理論計算が大半でしたが 最近になって 化合物半導体を用いた素子で 実験的に観測され始めてきました ごく最近では 金属系でも実験的に観測されつつありますが 電気的な検出が困難であったことや 電気的検出ができても極低温下のみで実験が可能であることや 小さなスピンホール伝導率のために発生するスピン流が少ないことなどから 現実の素子に応用するには程遠く 数多くの課題が残されていました 研究グループは これまでの系統的な実験により スピン流を三次元的に制御する手法を確立してきました 今回 強いスピン軌道相互作用を起こす白金細線内のスピン流に同様の手法を適用することで 室温でのスピンホール効果の観測に成功しました 2. 研究手法と成果物質中を伝導する電子の軌道は スピン軌道相互作用によって 電子が持つスピンの方向と伝導する方向に垂直な方向へと曲げられます 電子のスピンの方向が反転すると 作用する力の方向も反転します そのため 図 1(a) のように 非磁性体に電流を流すと 上向きスピンは奥側に 下向きスピンは手前側に曲げられ スピン流が電流と垂直方向に発生します 研究グループは 強いスピン軌道相互作用を示す白金を用いて このスピンホール効果によるスピン流を電気的に検出することに成功しました (1) 測定した素子図 1(b) に本研究で用いた素子の電子顕微鏡写真と概念図を示します 素子構造の詳細は 次の通りです スピン注入源あるいは検出器として用いられるミクロンサイズで厚さ 30 ナノメートルの強磁性体パーマロイ 8 矩形パッドに 線幅 100 ナノメートル 厚さ 80 ナノメートルの十字型の銅ナノ構造を接続し その反対側の腕には銅細線と直交するように幅 80 ナノメートル 厚さ 4 ナノメートルの白金ナノ細線を接合しています 図中の番号 1,2,3 は 素子中の位置を示し 以下に用いるグラフ中の番号に対応します (2) スピンホール効果の実験図 2(a) 左図は 位置 3( 図 1 の (b)) 近傍の拡大図を示します 白金細線の長手

方向 (y 方向 ) に沿って電流 Ie を流すと スピンホール効果により 基板面に対し垂直方向 (z 方向 ) にスピン流 Is が発生し 白金細線の上表面近傍に +x 方向の上向き ( 青丸 ) スピン そして下表面には -x 方向の下向き ( 赤丸 ) スピンが掃き寄せられて蓄積します このスピン蓄積を検出するため 白金細線の上部にスピン緩和の小さい銅細線をスピン蓄積情報の引き出し線として接続しました このことで 銅細線内にもスピン蓄積が誘起されます スピン蓄積の大きさは それぞれ蓄積した上向きスピンと下向きスピンの数密度で与えられる全エネルギー ( 電気化学ポテンシャル ) の差に相当します 図 2(a) 右図はこの電気化学ポテンシャルの空間分布を示し 青は上向きスピン 赤は下向きスピンの電気化学ポテンシャルを示します 図中の番号 1,2,3 はそれぞれ図 1(b) で示した番号の位置に対応します 例えば位置 1 と 3 の間は銅細線でスピン蓄積情報が引き出されているので上向きと下向きスピンの電気化学ポテンシャルは大きく異なり これをスピン分極するとも言います 接合面からの距離の増加とともにスピン緩和のため減衰しますが これまでの実験から 銅細線内ではサブミクロン以上の距離にわたってスピン分極が伝播することが確認されています 図 1(b) の 1 の位置でスピン分極している銅細線に強磁性パーマロイ細線を接続すると 電気化学ポテンシャルの連続性から 両細線の間に電位差 ΔV が発生します 通常これをスピン分極電圧と呼び その大きさは 検出器として働くパーマロイの磁化の方向に依存します 磁化 M が銅細線内のスピン分極の方向と平行なときに電圧は正になり 反平行なときには負になります 本研究では x 方向に沿って磁場を掃引し パーマロイの磁化方向をスピン分極と平行および反平行に配向した場合のスピン分極電圧の変化を調べました (3) スピンホール効果の検出結果図 2(b) に 室温 および 77 K( ケルビン ) での電圧の磁場依存性を示します 上述したようにスピン分極の大きさは電圧として測定されますが その大きさは投入された電流の大きさ Ie に依存してしまうので ここで縦軸は 電圧 ΔV を白金細線内に流す電流 Ie で除することで抵抗の単位 (ΔV/Ie) に変換して示しています また 横軸は外部から印加した磁場の大きさを表します 磁場を x 軸正方向に加えてパーマロイの磁化をスピン分極と平行に配向させると抵抗が最大に また 負方向の磁場を加え磁化を反転させると抵抗が最小になりました つまり 前述の通り 白金細線のスピンホール効果によって 銅細線にスピン分極が生じていることが確認できます この抵抗変化の大きさから 電流からスピン流への変換の指標となるスピンホール伝導率を計算すると 2.4 10 4 (Ωm) -1 となりました この値は これまでに報告されている半導体の値に比べて一万倍以上も大きい値であり 室温でこのような大きな値が得られたことは スピンホール効果で発生するスピン流を 現実のスピントロニクス素子に将来的に十分適用できる可能性があることを示しています (4) 逆スピンホール効果の実験また 同一試料において 電流 電圧端子を入れ替えると 図 3(a) に示すように パーマロイ細線から発生したスピン流を 銅細線を介して白金細線に注入

することができます この場合のスピン軌道相互作用を考えると 上向き (+x) と下向き (-x) のスピンを持つ電子は 前述の電気化学ポテンシャルの勾配に沿って互いに逆方向に流れているため 両方とも同じ -y 方向に曲げられます その結果 白金細線に沿って電流が流れることになり 電荷が細線の両端で蓄積し 細線両端に電位差を生じます これは 前述のスピンホール効果と逆の現象であり 逆スピンホール効果 として知られています (5) 逆スピンホール効果の検出結果図 3(b) に 白金細線に生じる電圧の磁場依存性を示します ここで縦軸は 白金細線に発生した電圧です やはりこの場合もスピンホール効果の実験と同様の理由で 素子に投入した電流で除することにより抵抗換算してあります さらに 前の実験と同じく印加磁場を掃引することで パーマロイ細線の磁化方向に対応した抵抗変化が観測でき 白金細線に注入したスピン流が電流に変換され 上述の電圧が発生していることが確認できます ここで 注目すべき点は スピンホール効果と逆スピンホール効果の実験で得られた抵抗変化の大きさ (ΔRSHE ) が同じであることです このことは 電流からスピン流 およびスピン流から電流の変換において オンサーガーの相反定理 9 が成り立つことを表しています 3. 今後の期待研究グループは スピン軌道相互作用の大きな物質におけるスピンホール効果の電気的検出法を確立しました これにより 様々な物質のスピンホール伝導率を実験的に算出することが可能となり 今後のスピン RAM 10 をはじめとするスピントロニクス素子に用いる物質探索に大きく貢献すると考えられます また 本研究で確立した技術を発展 応用すると 消費電力の少ないスピン流を用いた演算回路などを作製することも可能となります さらに 研究グループは 白金細線が室温ではこれまでにない大きなスピンホール伝導率を持つことを発見しました このことは スピンホール効果が単なる興味深い物理現象としてだけでなく 現実のスピントロニクス素子に利用可能であることを示しています 今後 より大きなスピンホール伝導率を持つ物質を探索するとともに 強磁性体を用いない新しいスピントロニクス素子の実現も目指していきます ( 問い合わせ先 ) 独立行政法人理化学研究所フロンティア研究システム量子ナノ磁性研究チームチームリーダー大谷義近 ( おおたによしちか ) Tel : 048-467-9605 / Fax : 048-467-9650 ( 報道担当 ) 独立行政法人理化学研究所広報室報道担当 Tel : 048-467-9272 / Fax : 048-462-4715 Mail : koho@riken.jp

< 補足説明 > 1 スピン軌道相互作用電子の持つスピン角運動量とその電子の軌道角運動量の間に働く相互作用 2 非局所的手法通常電流の流れている部分に生じる電圧を測定する方法を局所的 今回のように電流の流れていない部分に電子の拡散伝導を生じさせ スピン分極によって発生する電位差を測定する手法を非局所手法という 3 スピン流スピンとは 電子の磁石としての性質である スピンは 地球の自転に似た運動量のことで 電気を帯びた電子が一定の速度で自転することで磁力が発生する 電子の電荷の運動である電流に対して スピンの運動をスピン流と呼ぶ 4 スピントロニクス従来の電子の電荷を用いたエレクロトニクスに加えて 電子のスピンの性質も工学的に利用する新しいエレクトロニクス分野 5 巨大磁気抵抗 (GMR) 効果ナノメートル程度の強磁性薄膜と非強磁性薄膜の積層構造に電流を流しながら磁場を印加すると 磁性層の磁化配置を反映して電気抵抗は数 10% 以上の変化を示す このような現象を巨大磁気抵抗効果と呼ぶ この効果を用いて ハードディスクのヘッドが実用化されている 6 スピン注入上向きスピンと下向きスピンの数に偏りがある状態 すなわちスピン分極した電流を強磁性 非磁性金属や半導体に流し込む事を 一般にスピン注入と言う 7 スピントルク強磁性体の磁化を作る局在電子のスピンが 強磁性体中を動き回る伝導電子のスピンと交換相互作用することで 磁化が伝導電子のスピンと平行になるように作用する力のモーメント 8 パーマロイ鉄とニッケルの合金 結晶粒が小さく 結晶磁気異方性が小さいため 磁区構造が制御しやすく ナノ構造の磁性体によく用いられる 9 オンサーガーの相反定理磁場 H が存在する系で ある輸送係数 Li,j (H) について Li,j (H) = Lj,i (-H) が成立すること 今回の場合 スピン流誘起の電荷ホール伝導率と電荷流誘起のスピンホール伝導率の間に 上記関係が成立する

10 スピン RAM RAM( ラム :Random Access Memory) はコンピュータで使用する記憶装置の一分類であり 複数の情報を記録し 記録順 記録位置等に関係なく読み出せる装置である 主に半導体トランジスターで構成され 電力供給を止めると記憶保持ができなくなる揮発性の問題を抱えていた この問題を克服する不揮発メモリーの一つが磁気トンネル接合 (GMR の非磁性層を絶縁体に置き換えた構造で数 100% の磁気抵抗変化を示す ) を用いた磁気記憶素子 MRAM( エムラム :Magnetic Random Access Memory) である 新たにスピントルク効果を書き込み手法として改良された次世代磁気記憶素子をスピン RAM と呼び MRAM と区別する 図 1 スピンホール効果 (a) スピンホール効果によるスピン流発生の概念図 非磁性体に電流を流すと 電流に垂直な方向にスピン流が発生する 図中の赤丸と青丸はそれぞれ下向きと上向きの異なるスピンの向きを有する電子を表す (b) 白金細線を用いたスピンホール効果観測のための試料の電子顕微鏡写真 ( 左 ) とその模式図 ( 右 )

図 2 スピンホール効果の電気的検出 (a) 白金細線内の電流によるスピン蓄積の発生と銅 パーマロイ細線を用いたスピン蓄積検出の概念図 ( 左 ) Is はスピン流を Ie は電流を表す 素子中の電気化学ポテンシャルの空間分布 ( 右 ) 図中の番号 1,2,3 はそれぞれ図 1(b) に示した番号の位置に対応する (b) 室温 および 77 K でのスピンホール効果によるスピン蓄積電圧の測定結果 縦軸は 抵抗換算したスピン蓄積の大きさ 横軸は 外部から印可した磁場の大きさを示す また 挿入図は測定に用いた素子の概略図で それぞれ M は灰色で示したパーマロイの磁化 H は印加磁場方向 Vs は測定したスピン分極電圧を示す

図 3 逆スピンホール効果の電気的検出 (a) パーマロイ細線からのスピン流により白金細線内に発生する電流の概念図 ( 右 ) 素子中の電気化学ポテンシャルの空間分布 ( 左 ) 図中の番号 1,2,3 はそれぞれ図 1(b) に示した番号の位置に対応する (b) 室温 および 77 K における逆スピンホール効果による電荷蓄積電圧の測定結果 また 挿入図は測定に用いた素子の概略図で それぞれ M は灰色で示したパーマロイの磁化 H は印加磁場方向 Vc は測定したスピン分極電圧を示す