ウイルス性胃腸炎の現状と対策 ノロウイルスの電子顕微鏡像 微生物部ウイルス研究科森功次
食中毒とウイルス ウイルスによる食中毒がなぜ減らないか ウイルス性胃腸炎の発生要因 食材の汚染調理従事者の関与汚染箇所に残存したウイルスからの感染 発生予防 拡大防止に関するポイント
東京都で発生した食中毒事例の胃腸炎ウイルス ノロウイルス サポウイルス ロタウイルス ノロウイルスサポウイルス ロタウイルス 報告年 1972 1979 1974 潜伏期間 約 36 時間 40 数時間 約 3 日
ヒトのノロウイルスは現在のところ人工的に培養できない ノロウイルスの検出 電子顕微鏡でウイルス粒子を探す 特異抗体によりウイルス抗原を検出 陰性 陽性 ウイルス粒子の殻の中にあるウイルス遺伝子を検出
( 件 ) 90 80 70 60 50 40 30 20 10 0 ( 件 ) 2000 1800 1600 1400 1200 1000 800 600 400 200 0 事件数 2000 年 2002 年 2004 年 2006 年 2008 年 2010 年 2012 年 患者数 2000 年 2002 年 2004 年 2006 年 2008 年 2010 年 2012 年 ウイルス性食中毒と細菌性食中毒の推移 ( 東京都 :2000 年 ~2012 年 ) : ウイルス性食中毒 : 細菌性食中毒 ( 東京都福祉保健局 東京都食中毒概要 より )
120 100 集団胃腸炎事例におけるウイルス検出状況 ( 東京都 :2009-2012 年 ) 2009 年 2010 年 2011 年 2012 年 80 60 40 20 0 No V SaV RVA RVC No v+ SaV Nov+AstV NoV;AdV NoV+RVC AstV RVA+AstV SaV+AstV SaV+RVA AstV+AdV NoV+SaV+AstV negative
集団胃腸炎事例におけるウイルス検出状況 ( 東京都 :2013 年 ) 事例数 ( 件 ) 80 70 60 50 40 30 20 10 0 Jan. Feb. Mar. Apr. May Jun. Jul. Aug. Sep. Oct. Nov. Dec. NoV SaV RVA NoV;AdV negative
ウイルスによる食中毒がなぜ減らないか
ノロウイルス患者 1 人から何人に拡がるか? 再生産数 再生産数 (reproduction number) 感染者 1 人から発生する感染者数 経過日数ノロウイルス感染時における再生産数の推移 Heijne JCM ら Emerging Infectious Diseases, 2009 より引用
施設別平均発症者数および発症率 高齢者 保育園 医療 小学校 全施設 施設 機関 施設数 60 49 28 21 166 平均発症者数 ( 利用者 ) 24.4 ±12.9 27.9 ±14.5 20.9 ±11.5 45.7 ±38.7 28.1 ±20.4 ( 職員 ) 6.2±4.7 3.0±3.3 5.1±3.9 0.8±0.9 4.3±4.2 平均発症率 ( 利用者 ) 37.4 31.6 29.4 25.4 32.3 ( 職員 ) 21.6 10.6 20.3 2.4 14.6 ( 東京都健康安全研究センターノロウイルス対策緊急タスクフォース調査研究に関する論文 2009 より )
ノロウイルス感染の特徴 ノロウイルスは食品中や環境では増殖しない 大量のウイルス (1 億個以上 /g) が含まれる糞便を排出する時期がある 複数の人を感染させる感染源となる 人には少量 (100 個以下 ) のウイルスで感染が成立 ( 腸管出血性大腸菌 O157 より少ない ) わずかに汚染されたところも感染源となりうる
ノロウイルスをはじめとしたウイルス性食中毒がなぜ減らないか ウイルス自体が変化していく まだあまり認識されていない 夏季でもウイルス性胃腸炎は発生ふけんせい症状のない不顕性感染者が感染源となる可能性 不顕性感染者 : 下痢や腹痛などの胃腸炎症状はないが ウイルスに感染しているため 糞便中にウイルスを多量に排泄する 予防および拡大防止に関する正確な情報が伝わっていない
ウイルス性集団胃腸炎の発生要因
ノロウイルス食中毒における発生要因 事例数 ( 件 ) ( 東京都 2000 年 ~2011 年 2011 年東京都食中毒概要より ) 70 60 50 40 30 20 10 0 2000 年 2002 年 2004 年 2006 年 2008 年 2010 年二枚貝類調理従事者由来不明
ウイルス性胃腸炎の発生要因 食材そのものがウイルスに汚染されていた 二枚貝類 : 生息する水中でウイルスを取り込み体内に蓄積 a a a a b b 山本ら : 日本食品微生物学会雑誌 2006,21-26 より引用 a : 上皮組織にあるウイルス粒子 b : 結合組織にあるウイルス粒子 ノロウイルスに汚染された二枚貝類の生食や加熱不足により感染 発症 その他 表面汚染された果物 野菜類でも感染の報告
ウイルス感染価 (TCID 50 /100μL(log)) 8 7 6 5 4 3 2 1 0 沸騰水によるウイルスの感染力の減少 ( 代替ウイルスを用いた検討 ) 1 3 5 10 15 20 30 経過時間 (sec) ウイルスは熱がとおった時点から感染力が減少
加熱によるウイルスの感染力の減少 ( 代替ウイルスを用いた検討 ) 設定温度 ( ) 55 60 65 70 75 80 85 到達時 経過時間 ( 分 ) 0.5 1 3 5 10 :100 万分の 1 以下に減少 :1 万分の 1 以下に減少 : 減少は 1 万分の 1 未満
加熱温度 ( ) 温度と加熱時間による感染価の減少 100 90 90 80 85 70 60 50 10 100 1000 10000 : 感染価 1/10000 に減少 加熱開始からの経過時間 (sec) : 感染価 1/10000000 以下に減少 : 中心温度が設定温度に到達
ノロウイルス食中毒における発生要因 ( 東京都 2011 年食中毒概要より ) カキなどの二枚貝類の生食 42.9% カキフライ等の加熱不足を含む 調理従事者が症状がありながら従事 16.3% 調理従事者からウイルスを検出 40.8% 調理従事者の関与する割合が大きい 多くは不顕性感染していた調理従事者の関与が推定される
ウイルス性胃腸炎の発生要因 調理従事者の関与 症状がありながら調理作業に従事 調理従事者がウイルスに不顕性感染していた 調理場を汚染させた 手洗い設備の不備 調理の過程で食品を汚染させた 共用する施設の器具等を汚染し 二次的に食品を汚染させた
調理従事者の関与 * 不顕性感染者 下痢や腹痛などの胃腸炎症状はないが ウイルスに感染しているため 糞便中にウイルスを多量に排泄する
不顕性感染者の出現 ウイルスに汚染された食品の喫食 生カキ等ウイルスに汚染されていた食品の喫食 ウイルスを保有する調理従事者や施設などから二次的に汚染された食品の喫食 日常生活を通じた接触 育児 介護 清掃 看護 ( 感染者やウイルスに汚染された器具 施設などを介する ) ウイルスの暴露 感染して発症 感染しても発症しない不顕性感染 非感染
発症者と不顕性感染者における糞便中のウイルス遺伝子量の比較 10 11 10 10 10 9 10 8 10 7 10 6 10 5 10 4 10 3 ノロウイルス 10 7 10 6 10 5 10 4 10 3 サポウイルス 100 100 未満発症者不顕性未満発症者不顕性感染者感染者
調理従事者の関与 * 手洗いの不備
ウイルスはトイレットペーパーを通過するか 1 枚 検出数 親指人指し指中指薬指小指
ウイルス汚染されたドアノブを介して食品が汚染されるか? ウイルスをつけた手でドアノブを操作してドアノブをウイルス汚染させる 別の人にドアノブを操作してもらう その人にキャベツの千切りをとりわけてもらう (10 回 ) キャベツのウイルス検査
手をきれいにするには? 石けん等で泡立てて 流水により手をすすぐ 速乾性消毒剤を手にすりこむ ウェットティッシュ等で手をぬぐう ノロウイルスを対象とする場合 速乾性消毒剤よりも石けん類を利用した手洗いが有効な対策である
遺伝子量 石けん類による手洗い 10 7 10 6 速乾性消毒剤による擦式消毒 10 7 10 6 10 5 10 5 10 4 10 4 10 3 10 2 10 3 10 2 10 10 1 未満 10 7 1 未満 10 10 2 10 3 10 4 10 5 10 6 TCID 50 /100μl 手洗いなし流水のみ消毒用 EtOH クロルヘキシジンヨード化合物トリクロサン第四級アンモニウム化合物フェノール誘導体 ウェットティッシュによる清拭 1 未満 1 未満 10 10 2 10 3 10 4 10 5 10 6 TCID 50 /100μl 手洗いなしクロルヘキシジン第四級アンモニウム化合物ヨード化合物 10 6 10 5 10 4 10 3 10 2 10 1 未満 1 未満 10 10 2 10 3 10 4 10 5 10 6 TCID 50 /100μl : 処理なし : クロルヘキシジン : 安息香酸 : 第四級アンモニウム塩 :PHMB
効果的に手をきれいにするには (%) 100 10 1 0.1 石けんによるもみ洗い 10 秒 + 流水すすぎ 15 秒 0.1% 石けんによるもみ洗い 30 秒 + 流水すすぎ 15 秒 0.05% 石けんによるもみ洗い 10 秒 + 流水すすぎ 15 秒 2 セット 0.002% 0.01 0.001 手洗いなし 流水すすぎ 15 秒 1% 石けんによるもみ洗い 60 秒 + 流水すすぎ 15 秒 0.003%
ウイルス性胃腸炎の発生要因 汚染箇所に残存したウイルスからの感染 施設内でおう吐 その汚染箇所に残存したウイルスから 歩行等により発生する塵埃を介した感染 従事者の衣服の汚染 施設へのウイルスの持ちこみ その他に水を介して ( 簡易水道による事例 ) 塩素滅菌機の故障
ふきとり によるウイルス除去効果の比較 市販の塩化ビニール製床材にウイルス液をスポット ふきとり操作後に床材に残った量を比較 1 スポット直後および乾かした後に水でぬらしたペーパータオルでふきとる ふきとり 1~3 回 ウイルス検査 2 乾かした後に水や塩素系漂白剤を噴霧してペーパータオルでふきとる 噴霧 (1.2mL) ふきとり 1~3 セット ウイルス検査
水でぬらしたペーパータオルを用いたふき取り操作によるウイルス除去効果 ふきとり前 スポット直後 100 乾かした後 100 ふきとり後の残存率 (%) 1 回目 2 回目 3 回目 0.4 0.005 0.003 5.7 1.4 0.8 残存率 (%) 100 10 1 0.1 : スポット直後 ( ぬれた状態 ) : 乾かした後 0.01 0.001 ふきとり前 1 回目 2 回目 3 回目
塩素系漂白剤の噴霧によるウイルス除去効果 ふきとり前 水 100 次亜塩素酸ナトリウム溶液 100 100 ふきとり操作後の残存率 (%) 残存率 (%) 10 1 0.1 0.01 : 水 : 塩素系漂白剤 (200mg/L) 0.001 ふきとり前 1 回目 2 回目 3 回目
ウイルス性胃腸炎の 発生予防 拡大防止に関するポイント
食中毒予防の3 原則 病原体をつけない 病原体をふやさない 病原体をやっつける 食中毒予防 6つのポイント 食品の購入 食品の保存 下準備 調理 食事 残った食品
ウイルス性胃腸炎の発生予防 拡大防止に関するポイント 確実なウイルスの不活化 (85~90 90 秒の加熱 塩素系漂白剤処理など ) 手洗いなど手指衛生の徹底 ウイルス除去による施設 器具の清浄化 不顕性感染者が関与する可能性の認識