アスリートに対する鏡視下バンカート法の手術成績とスポーツ復帰プログラム 福岡大学筑紫病院整形外科 櫻 井 真 柴 田 陽 三 篠 田 毅 福岡大学医学部整形外科学教室 伊 崎 輝 昌 寺 谷 威 内 藤 正 俊 福岡大学病院リハビリテーション部 藤沢基之 福岡大学救急救命センター 熊野貴史 ClinicalResultsandSportsReturnofArthroscopicBankartRepair forathletes ArthroscopicBankartrepairwasperformedonathleteswhohadshoulderinstability,inordertoforthem toreturntothe athleticfield.forthispurpose,athleticrehabilitationwasdeveloped.thisprogram consistsof4stages.thefirststage(0-8 weeks)isthemostprotectiveperiodfortheshoulder,thesecondperiod(9-16w)isamildprotectiveperiod,thethirdstage(17-24 w)isaslightprotectiveperiod,theforthstage(after24w)isthereturntosports. Thesubjectsinthisstudywere74athletes(76shoulders)whohadshoulderinstabilityandhadarthroscopicBankartrepair. Therewere67malesand7females,theaverageagewas22yearsold.Theresporteventswerebasebal(20),basketbal(9), rugby(6),karate(7),judo(6),voleybal(6),sking(5),soccer(3),surfing(2)andothers(10). 13shoulders(17%)werere-dislocated.TheaverageJOA scorewas73.1pointspre-operativelyand93.8pointspost-operatively. -765- TheaverageJSSinstabilityscorewas48.2pointsand90.9points,JSSsportsscorewas44.8pointsand87.9points,pre-andpostoperativelyrespectively.Re-dislocationratewas62.5% inthosewhoreturnedtosportsactivitywithin4monthsafterthe operationandwas9% inthosewhodidsoatgreaterthan6monthsafteroperation.theathleteswhocouldwaittoreturnto sportsactivitylongerthan6monthsafterthesurgery,coulddecreasetheirimpairmenttosomedegreeaccordingtothis program. by SAKURAIMakoto,SHIBATA Yozo,SHINODA Tsuyoshi Orthopaedics,FukuokaUniversityChikushiHospital IZAKITeruaki,TERATANITakeshi,NAITOMasatoshi DepartmentofOrthopaedicSurgery,FacultyofMedicine,FukuokaUniversity FUJISAWA Motoyuki DepartmentofRehabilitation,FukuokaUniversityHospital KUMANO Takafumi DepartmentofEmergency,FukuokaUniversityHospital Keywords: 肩関節不安定症 (shoulderinstability), 鏡視下バンカート修復術 (arthroscopicbankartrepair), リハビリテーションプログラム (rehabilitationprogram) * 原稿受付日 2010 年 11 月 8 日受付
Katakansetsu(TheShoulderJoint),2011;Vol.35, 3:765-769 はじめに 結 果 肩関節は人体の中で最も脱臼しやすい関節であり, 全外傷性脱臼の 45% を占めている.10 代 ~ 20 代前半の外傷性肩関節脱臼は 66~94% と高い脱臼再発率を示し, 初回脱臼により肩関節前方安定化機構の破綻を生じ, 反復性肩関節脱臼 亜脱臼となり, 繰り返す脱臼や強い疼痛によってスポーツ継続が困難となる 1-3,6,8-10). 選手をスポーツ復帰させるために, 鏡視下 Bankart 修復術が行われるが, スポーツ復帰には半年を要し, 選手のモチベーションの維持に困難を覚える. そのため, 当院では選手のモチベーションの維持 向上のために, 術後の復帰プログラムを作成し選手に提示している. 本研究の目的は, 現在までに施行した手術症例結果および, それに基づき作成した術後復帰プログラムを提示することである. 対象と方法同一術者が現在までにアスリートに対して鏡視下 Bankart 手術を施行した症例を対象とした. 反復性肩関節脱臼 初回の外傷性肩関節脱臼による脱臼 脱臼不安感 疼痛などによってスポーツに支障をきたしている 74 例,76 肩で, 男性 67 肩, 女性 7 肩, 平均年齢 22 歳である. 初回脱臼例が 3 例あり, 全例プロ野球選手であった. 競技種目は, 野球が 20 例 ( プロ野球 ;3 例, 硬式野球 ;9 例, 軟式野球 ;7 例, ソフトボール ;1 例 ) ともっとも多く, 次いでバスケットボール 9 例, 打撃系格闘技 7 例, ラグビー 柔道 バレーボルがそれぞれ 6 例ずつ, スキー スノーボード 5 例, サッカー 3 例, サーフィン ジェットスキー 2 例, その他が 10 例であった. 手術方法は通常の鏡視下 Bankart 修復術を行った. 術後再脱臼及び脱臼不安感の再発例は 76 肩中 13 肩,17% に認められた ( 表 1).13 肩中の 10 肩は, 再受傷もしくは早すぎる復帰が原因と考えられ, 再発症例の 77% を占めていた. 復帰時期と再脱臼の関係を見てみると,3か月で復帰した 3 肩は 100%,4か月で 40% の再脱臼を呈しており,6か月以内での復帰で再脱臼率が高くなっていた.( 表 2) スポーツ復帰せずにリタイアした症例には再脱臼を認めなかった. 可動域をみると, 挙上は術前 156.6 度から術後 163.8 度, 水平外旋は 79.6 度から 98.2 度と有意に可動域の増大を認めた. 外旋に関しては健側と比し, 約 5 度の制限が残存した ( 図 1).JOA score は術前 73.1 点から術後 93.8 点,JSSinstabilityscore は48.2 点から90.9 点,JSSsportsscore は44.8 点から 87.9 点と, それぞれ有意に改善した ( 図 2)( 表 3). 表 2 復帰時期と再脱臼との関係表 3 JSSSportsscore の選手としての能力 表 1 再脱臼例の検討 -766-
図 1 可動域 図 2 JOAscore,JSSinstabilityscore,JSSSportsscore -767-
Katakansetsu(TheShoulderJoint),2011;Vol.35, 3:765-769 考察外傷性肩関節脱臼は, 脱臼時に前下関節上腕靭帯 - 関節唇複合体が関節窩から剥離し (Bankart 病変 ) 肩関節前方安定化機構の破綻を生じる 1-3,6,8-13). そのため, 再脱臼や亜脱臼 脱臼不安感を生じ, スポーツ継続に支障をきたす.Bankart 病変は自然修復が期待できず,Bankart 病変により失われた上腕骨頭の求心性は, 他の組織により完全に補うことは困難である 4,6).Habermayer らは肩関節脱臼により Bankart 病変の損傷形態は次第に進行し,3 回以上の再発では前関節上腕靭帯複合体が非可逆的な変性をきたす症例が多いことを報告しており, 若年者の初回脱臼は反復性肩関節脱臼に移行する例が多いことは周知の事実であり,10 代 ~ 20 代前半の外傷性肩関節脱臼は 66~ 94% と高い脱臼再発率を示す 1,2,8,11,14). 初回脱臼に対してなんらかの手術療法を行うと再脱臼率が低くなることは証明されており, 初回脱臼の時点で適切な治療を選択することが重要となる 3). 選手をスポーツ復帰させるためには, 破綻した肩関節前方安定化機構を再建する必要がある. スポーツ選手が受傷前のパフォーマンスを再獲得するためには, コンタクトスポーツでは強固な安定性, オーバーヘッドスポーツでは術後可動域制限を少なくなることが重要である. 直視下法では正常組織にも侵襲を加えるために術後の可動域制限が大きくパフォーマンスが低下することとなる. 近年では再脱臼率の高さ (3 ~20%) が問題点とはされているが, 侵襲や術後可動域制限の少ない鏡視下 Bankart 修復術が行われる 5,13). しかし, スポーツ復帰には半年を要し, 選手のモチベーションの維持に困難を覚える. また, リハビリテーションの重要性や治癒機転を軽視し, 早期に自己復帰を行う症例もしばしば経験する. 当院での手術結果から, 術後再脱臼及び脱臼不安感の再発例は 76 肩中 13 例,17% に認められ, そのうちの 10 例,77% は早すぎる復帰もしくは再受傷が原因と考えられた. 復帰時期と再脱臼の関係を見てみると,3か月 で復帰した 3 肩は 100%,4か月で 40% の再脱臼を呈しており,6 か月以内での復帰で再脱臼率が高くなっていた. これらの結果から, 我々は術後の早期復帰が再脱臼のリスクファクターの一つと考えている. このため術後半年間は復帰を待機させざるを得ず, その期間を選手がモチベーションを維持できるように, 術後復帰プログラムを作成 運用している. これは 4 段階に分けられ, 術後 ~ 8 週までを第 1 段階とし, 最大限肩関節を養護する時期 ( 表 4), 9~ 16 週を第 2 段階, 軽度肩関節を養護する時期 ( 表 5),17~ 24 週を第 3 段階, わずかに養護する時期,25 週以降を第 4 段階とし, 野球の場合であれば制限のない投球開始を開始させ, 本格的なスポーツ復帰時期としている ( 表 6). 本研究で述べている手術結果は, 上述した術後復帰プログラムは全例に適応できているわけではなく, 初期の症例の手術結果を基に本プログラムを作成した. 本プログラムは選手のモチベーションの維持 向上, リハビリテーションに対する理解を深めるために有用であると考えられ, 今後さらなる修正 改定を行っていく所存である. 表 4 第一段階 : 動きを制限し 最大限 肩関節を擁護する時期 -768-
表 5 第二段階 : 軽度肩関節を擁護する時期 表 6 第三段階 : ごくわずかに肩関節を擁護する時期 第四段階 : 復帰 まとめ外傷性肩関節不安定症に対する鏡視下バンカート修復術は有用である. 競技への復帰時期は半年を見込む必要性がある. その間, 選手のモチベーションの維持 向上, リハビリテーションに対する理解を深めるために, リハビリテーションプログラムを充分に理解させることが重要である. 文献 1)CarterReddRowe,etal.:Factorsrelatedtorecurrencesof anteriordislocationsoftheshoulder.clinorthop,1961;20:40-48. 2)CarterReddRowe,etal.:PrognosisinDislocationsofthe Shoulder.JBJS,1956;38:957-977. 3) 伊崎輝昌ほか : プロ野球選手に生じた外傷性肩関節前方脱臼の治療経験. 整形外科と災害外科,2008;57:159-161. 4)KazarB,etal.:Anteriorglenohumeraldislocations:whattodo andhowtodoit.actaorthopscand,1969;40(2):216-224. 5) 菊川和彦ほか. スポーツ選手の反復性肩関節前方脱臼に対する鏡視下バンカート修復術の治療成績. 中部整災誌,2007;50: 717-718. 6) 皆川洋至ほか : 肩関節 ( 肩甲上腕関節 ) の外傷性脱臼, 亜脱臼の管理.MBOrthop,2008;21:1-8. 7) 西中直也ほか : 外傷性肩関節前方不安定症に対する術後後療法の実際.MBOrthop,2003;16:62-67. 8) 岡潔ほか : スポーツ選手の外傷性肩関節前方不安定症に対する鏡視下バンカート修復術. 整形外科と災害外科,2003;52:504-506. 9) 岡村健司 : コンタクトアスリートにおける外傷性肩関節前方不安定症 Bankart&Bristow 法について. 臨床スポーツ医学, 2008;25:725-730. 10) 翁長正道ほか : 外傷性肩関節前方不安定症に対する鏡視下 Bankart 修復術の治療成績. 整形外科と災害外科,2009;58(2): 218-223. 11)SimonetW T,etal.:Prognosisinanteriorshoulderdislocation. AmericanJournalofSportsMedicine,1984;12(1):19-24. 12) 鈴木一秀ほか : アスリートの初回外傷性肩関節前方脱臼に対する鏡視下 Bankart 法. 臨床整形外科,2008;43:1085-1088. 13) 鈴木一秀ほか : スポーツ選手の外傷性肩関節前方不安定症に対する鏡視下 sutureanchor 法の術後スポーツ復帰. 整スポ会誌,2008;370-373. 14)VermeirenJ,etal.:Therateofrecurrenceoftraumaticanterior dislocationoftheshoulder.a studyof154casesandareview oftheliterature.intorthop,1993;17:337-341. -769-