健常者の座位における矢状面胸椎アライメントと腹横筋筋厚の関係 森井康博 要約 座位姿勢と腰痛には何らかの関係があるとされている. 座位姿勢と体幹筋筋活動の関係を示した研究は数多くあるが, 胸椎部のアライメントについて着目した研究はほとんどない. 本研究の目的は座位における胸椎矢状面アライメントと体幹の安定性に寄与すると言われている腹横筋との関係を調べることとした. 異なる 3 姿勢 ( 通常座位 :N-sit 胸椎伸展を強調した座位 :T-sit 胸椎後弯を強調した座位 :S-sit) における胸椎角度, および吸気時と Draw-in 時の腹横筋筋厚を測定し筋厚変化率を算出した. 結果, 吸気時の腹横筋筋厚に各姿勢間で有意差は認めなかったものの,Draw-in 時の筋厚及び筋厚変化率では T-sit が他の 2 姿勢に比して有意に高値を示した. また S-sit においては, 他の 2 姿勢に比して有意に低値を示した. 本研究により, 腹横筋の筋厚に対する胸椎角度の重要性が示唆され, 伸展でより筋厚は増加し, 後弯に伴い筋厚が減少することを示した. Ⅰ. はじめに近年, ライフワークの変化から座位での生活時間が増加している 1 ). 長時間の座位保持で腰痛を訴えるものが多く 2 ), 座位姿勢と腰痛には何らかの関係があり, 長時間の座位保持は腰痛増悪の一因であるとされてきた. 座位姿勢に関して,O Sullivan ら 3 ) は一般的に不良姿勢であると言われている円背座位姿勢では, 表面筋電図における体幹筋筋活動が通常座位姿勢と比して低値を示したと報告している. このように座位姿勢と体幹筋筋活動の関係を示した報告は数多くあるものの, それらの多くが腰椎あるいは骨盤のアライメントに着目している. しかし腰椎と胸椎は連続した構造体であり, 胸部アライメントの変化は腰部への力学的ストレスを変化させたという報告がある 4,5 ). また, 体幹には数多くの筋群が存在するが, 外腹斜筋や脊柱起立筋などは一般的にアウターマッスルと呼ばれ体幹の運動方向を調整する筋であるのに対し, 腹横筋などはインナーマッスルと呼ばれ脊柱の分節単位で付着し体幹の安定化に寄与する筋として注目されている 6 ). 腰椎部に対する胸椎部のアライメントの変化は腹横筋の筋活動を変化させ得ると考えられるが, 胸椎部のアライメントに着目した研究は我々が渉猟し得た限りない. 腹横筋の筋活動を捉える手段として, 従来針筋電図が用いられてきた. しかしその侵襲性や使用が簡便でないことから臨床応用が困難であるとされている 7 ). それに対し非侵襲的で簡便, かつ画像を見ながらフィードバックが可能であるなどの理由から, 近 年は超音波画像診断装置による腹横筋の筋厚計測が 行われている 7 ). よって本研究の目的は, 超音波画像 診断装置を用いて健常者の座位姿勢における胸椎矢 状面アライメントと腹横筋筋厚との関係を明らかに することとした. 本研究における仮説は, 胸椎屈曲を 強調した座位姿勢では腹横筋筋厚が小さく, 胸椎伸 展を強調した座位姿勢では筋厚が大きくなることと した. 1. 対象 Ⅱ. 対象と方法 本学に所属する健常男女各 1 名, 計 2 名を対象 とした ( 平均年齢 21±1.2 歳, 身長 164±9.7 cm, 体重 57.4±1. kg). 腰痛の既往があるもの, 何らかの疾患 を有するものを除外した. 本研究は本学倫理委員会 の承認を得て行い, 被験者には書面及び口頭でのイ ンフォームドコンセントを実施した. 2. 方法 (1) 座位姿勢 背もたれのない丸椅子に両下肢を肩幅程度に開き, 膝関節が約 9 になる姿勢を基本姿勢とした. 両上肢 は腹横筋の筋厚測定の妨げにならないよう, 胸の前 で組むように指示した. また, 姿勢を保持している間 は前方の黒点を見ることとした. 8) また, 先行研究に準じ, 胸椎角度の異なる 3 つの 座位姿勢を定めた. それぞれ, 通常座位姿勢 (Natural sitting: 以下 N-sit), 胸椎伸展を強調した座位姿勢 (Thoracic upright sitting: 以下 T-sit), 胸椎屈曲した 座位姿勢 (Slump sitting: 以下 S-sit) とした ( 図 1a-c). 1) 先行研究に準じて C7,Th7,L1 棘突起上に反射マー
カーを貼付し, 矢状面画像を取得した. 取得した画像 から画像処理ツール ImageJ を用いて胸椎角度を算 9) 出した. 角度は先行研究に準じ,Th7 と C7 を結んだ 直線に対する,C7 と Th7 を結んだ直線の角度として 算出した ( 図 1d). (a) (c) (b) (d) 筋筋厚計測には超音波画像診断装置を使用した (esoate 社 Mylab25, B-mode,7.5~12Hz, リニアプロー ブ ).Teyhen ら 12 ) は 7.5-1Hz 程度の周波数が側腹筋 の筋厚計測に適しているとしている. 超音波画像診 断装置では周波数が高いほど画像が鮮明になるもの の, 深部の画像が不明瞭になる. 腹横筋は体幹の深層 に存在する筋であるため, 腹横筋をより明瞭に画像 化することができるよう周波数は 7.5-12Hz の間で適 宜調整した. 腹横筋筋厚測定の際にプローブを当て 13) る位置は先行研究に準じ, 腸骨稜と下部肋骨の中 点と, 前腋窩下線の交点を基準とし, 各姿勢で 3 回測 定した. 取得した超音波画像からの腹横筋筋厚の測 定は, 腹横筋の筋腱移行部より 2cm の位置で行った ( 図 2). (3) 統計学的処理 解析項目は各姿勢における胸椎角度, 吸気時の腹 横筋厚,Draw-in 時の腹横筋厚, 及び腹横筋筋厚変化率 (Draw-in 時の筋厚 - 吸気時の筋厚 / 吸気時の筋厚 1) とした. 腹横筋筋厚および筋厚変化率の比較に は反復測定一元配置分散分析を使用した.post hoc に おける信頼区間の設定は Bonferroni 法を用いた. 有意 水準は 5% 未満とした. 胸椎角度及び腹横筋筋厚は同 一検者が 2 回測定を行い, その結果から級内相関係数 を算出した. 外腹斜筋 図 1 各座位姿勢 (a):natural sitting (b)::thoracic upright sitting (c):slump sitting (d): 胸椎角度の 計測方法 内腹斜筋 腹横筋 (2) 動作課題腹横筋は呼気終末で機能すると言われており, 腹横筋の筋厚を計測する際, 呼吸について規定することは重要である 1 ). 本研究では各姿勢において吸気終末および腹部引き込み運動 ( 以下,Draw-in) を行った際の呼気終末の腹横筋筋厚を計測した.Draw-in は呼気とともに腹部前後径を小さくすることで腹横筋を特異的に活動させる手法であり, 臨床において腰痛患者のリハビリテーションに利用される 11 ). 姿勢の順番は乱数表を用いることでランダム化し姿勢の順番が結果に影響しないようにした. 腹横 図 2 超音波画像装置より取得した画像左側 : 吸気終末, 右側 :Draw-in 時. 画像は上から順に外腹斜筋 内腹斜筋 腹横筋を示す.Draw-in により腹横筋の筋厚の増大が確認できる. Ⅲ. 結果 1. 検者内信頼性胸椎角度における級内相関係数は高値を示した (ICC>.99). 腹横筋筋厚においても級内相関係数
は高値を示した ( 吸気時 :ICC=.96,Draw-in 時 : ICC=.92). 2. 胸椎角度 ( 図 3) T-sit(1.6±5.7 ) における胸椎角は N-sit (18.8±5.1 ),S-sit(3.6±6. ) における胸椎角度に比して有意に低値を示した ( それぞれ p<.1).n-sit における胸椎角度は,S-sit における胸椎角度に比して有意に低値を示した (p<.1). 4 35 3 25 2 15 1 5 ( ) N-sit T-sit S-sit 図 3 各姿勢における胸椎角度 3. 腹横筋筋厚 ( 図 4) 吸気時においては, 各姿勢間の腹横筋筋厚に有意差は認められなかった.Draw-in 時においては, T-sit(4.8±1.1mm) における腹横筋筋厚が N-sit (4.3mm±.9mm),S-sit(3.7±1.mm) における腹横筋筋厚に比して有意に高値を示した ( それぞれ p <.1).N-sit における腹横筋筋厚は S-sit における腹横筋筋厚比して有意に高値を示した (p<.1). 7 6 5 4 3 2 1 (mm) N-sit T-sit S-sit 4. 腹横筋筋厚変化率 ( 図 5) T-sit(7.1±38%) での腹横筋筋厚変化率は,N-sit (58±29.2%),S-sit(34±32.1%) での腹横筋筋厚変化率に比して有意に高値を示し ( それぞれ p<.1),n-sit での腹横筋筋厚変化率は S-sit での腹横筋筋厚変化率に比して有意に高値を示した (p<.1). 14 12 1 8 6 4 2 (%) N-Sit T-sit S-sit 図 5 各姿勢における腹横筋筋厚変化率 Ⅳ. 考察 1. 検者内信頼性本結果より, 胸椎角度と腹横筋筋厚の 2 回の測定結果の級内相関係数は高値を示した ( それぞれ ICC>.9). これにより本研究における胸椎角度及び腹横筋筋厚の測定は高い検者内信頼性をもって行われていたことが示された. また Teyhen 14 ),Hides ら 7 ) は先行研究において超音波画像診断装置を用いた腹横筋筋厚計測の検者内信頼性について検討し, 高い信頼性 ( 各々 ICC=.93-.98,.97-.98) を示している. 本研究は同様の結果を示し, 本研究における胸椎角度, および腹横筋筋厚計測値は信頼性があるといえる. 2. 胸椎角度本結果より,S-sit における胸椎角度は, 他の 2 姿勢における角度よりも有意に高値を示した. また,N-sit における胸椎角度は,T-sit における角度よりも有意に高値を示した. よって 3つの姿勢は胸椎角度によって適切に条件付けされていたことが示された. 図 4 各姿勢における腹横筋筋厚 ( 吸気時 :, Draw-in 時 : ) 3. 吸気時の筋厚 本結果より 各姿勢間で吸気時の腹横筋筋厚に有 意差は認められなかった. Reeve ら 15 ) は, 吸気時の腹
横筋筋厚が Slouched sitting( 腰椎を後弯した姿勢 ) では Erect sitting ( 通常座位姿勢 ) に比して有意に 低値を示したと報告している. 一般的に腹横筋は呼気時に活動すると言われており 1), 腹筋群は呼気筋として知られている. よって正常 な吸気運動では腹筋群の活動性は低いと考えられ, 姿勢間で腹横筋の吸気時の筋厚に有意差が認められ なかったのは妥当な結果であると考える. また, 腹横 筋は胸郭と腸骨稜の矢状面に付着部を有する一方で, 腹部前面の腹筋腱鞘と後面の胸腰筋膜の水平面の付 着部を有する 16 ). そのため様々な脊柱の運動方向に 対応することができ, 体幹の矢状面のアライメント 変化に際して皮下組織は受動的な形態の変化の影響 を受けるものの, 腹筋群は受動的な形態の変化を受 けにくいと言われている 17 ) さらに,Reeve らは,Erect sitting( 腰椎骨盤が中間位になった姿勢 ),Slouched sitting( 脊柱を屈曲した姿位 ) の 2 姿勢を定めている ものの, 脊柱のアライメントを計測しておらず, 本研 究とは設定した姿勢での脊柱のアライメントの違い があるかもしれない. 本研究の Draw-in 時の腹横筋筋厚において姿勢間 で有意差を認めた.Draw-in は腹横筋を特異的に収縮 させる手法である 11 ).Draw-in 時では安静時よりも多 くの腹横筋筋活動が要求されるため, 姿勢の変化, つ まり矢状面のアライメントの変化の影響を受けた可 能性がある. 増大につながったものと考えられる. 臨床においては腰痛患者への治療介入として腹横筋の特異的なトレーニングが着目されているが, その際胸部の伸展を意識して行うことの重要性が示唆された. Ⅵ. 限界本研究は健常者のみを対象としたものである. 一般的に腰痛患者において腹横筋の機能低下が報告されており 19), 腰痛患者においては更なる調査が必要である. また本研究では超音波画像による筋厚の測定を行ったが, 筋電図による筋活動の計測を行っていない. 腹横筋において筋厚と筋電図における筋活動の相関を示した報告はあるが 18),2), 金子らは骨盤前傾座位と骨盤後傾座位における呼気時の腹横筋筋厚を比較し, 骨盤後傾位で前傾位に比して有意に高値を示したと報告し, 骨盤のアライメントの変化による筋の受動的な形態変化の影響であるとした 21). 超音波画像診断に加え, 筋電図を用いることでより有用な知見が得られるかもしれない. 結語本研究より, 超音波画像診断装置を用いた腹横筋筋厚計測における検者内信頼性が示された. また腹横筋を特異的に活動させる際, 胸椎部の矢状面アライメントに着目することの重要性が示唆された. 4.Draw-in 時の腹横筋筋厚及び腹横筋筋厚変化率本結果より,S-sit が他の 2 姿勢と比して有意に低値を示した. O Sullivan ら 8 ) は, 表面筋電計を用いて,Slump sitting では Erect sitting に比して内腹斜筋などの体幹筋の筋活動が低値を示したと報告した. 本結果はこれらの報告を支持するものであり,S-sit は体幹筋筋活動に乏しい姿位であるかもしれない. しかし O Sullivan らの研究においては 2 姿勢における脊柱のアライメントを計測していないため, 本研究とは設定した姿勢での脊柱のアライメントの違いがあるかもしれない. また,T-sit の腹横筋筋厚および筋厚変化率は他の 2 姿勢に比して有意に高値を示した. 腹横筋は下部胸郭 (6~12 肋骨 ) にその停止部を有する.McMeeken ら 18 ) は腹横筋の筋長は胸郭や骨盤の位置によって影響されると報告した. 本研究において, 姿勢の変化による胸部や骨盤のアライメントの変化により腹横筋の筋長が変化し, 腹横筋の筋活動が増加し, 筋厚の 謝辞本稿を終えるにあたり, 御指導いただきました諸先生方, 本学保健科学院大学院生の三浦拓也氏, ならびに被験者を快諾していただきました被験者の皆様に深く感謝致します. 引用文献 1. Tatsuhiro Miura et al., Influence of different spinal alignment in sitting on trunk muscle activity. J.Phys.Ther.Sci. 25:483-487, 213 2. Paul Jarle Mork et al., Back postures and low back pain in female computer workers:a field study. Clinical Biomechanics 24:169-175, 29 3. Peter B.O Sullivan et al., The effect of different standing and sitting postures on trunk muscle activity in pain-free population. SPINE 27(11)1238-1244, 22
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