糖尿病性腎症の各病期と治療 佐賀大学医学部講座 宮崎博喜 hirokim@cc.saga-u.ac.jp
日本の透析患者数は年々増加し 現在約 30 万人である ( 人口 400 人あたりに 1 人 ) 平成 22 年末の透析患者数 297.126 人 ( 前年 + 約 6500 人 )
佐賀県における透析患者の数
日本の医療費 34 兆円のうち透析医療費は 1.4 兆円 (4.1%) を占める
新規透析開始となった患者の年齢分布 0.3% 5.7% 30.3% 少年期青年期壮年期中年期老年期 生産年齢人口 (15~64 歳 ) 36.3 % 老年人口 (65 歳以上 ) 63.5 % 腎臓病は発症から数年の経過で透析になることは稀である 壮年 中年期で腎臓病が見逃されている可能性が高い
日本の人口ピラミッド 2010 年
日本の人口ピラミッド 2040 年 2040 年に日本は 人類史上初の超高齢化社会へ突入する
腎臓 kidney 腎臓 尿管 膀胱 尿道 腎重量は 1 個あたり約 100-120g 位置は一般に第 12 胸椎から第 3 腰椎の高さ
腎臓の働きとその異常 腎臓の働き 腎不全の所見 老廃物の除去体液量の調節電解質バランスの調節血液を弱アルカリ性に保つビタミンDの活性化血圧の調節造血ホルモンの分泌インスリンの分解 老廃物の蓄積体液量が過剰電解質バランスの異常血液が酸性に傾くビタミンD 作用不足高血圧貧血になるインスリン効果の遷延
腎機能とは何か? 腎機能とは尿の元 ( 原尿 ) をつくる力 すなわち糸球体濾過量 糸球体濾過量 (GFR: 正常約 100 ml/min) 糸球体濾過量 クレアチニン クリアランス (Ccr) 測定 ( 蓄尿が必要 ) Ccr = ( 尿中 Cr 値 mg/dl) (1 日尿量 ml) ( 血清 Cr 値 mg/dl) (60min) (24 時間 ) Ccr 56ml/min 腎機能 56% 血清クレアチニン (Cr) の濃度 - 腎機能をよく反映 - 筋肉由来の老廃物であり 尿として捨てられるべき尿毒素 - 体格 ( 筋肉量 ) に依存する スポーツマンや大柄な人では高め
egfr: 推算糸球体濾過量 Estimated GFR 血清 Cr 値 年齢 性別で腎機能を推定する方法 インターネット上に早見表や自動計算器がある ( 愛腎協 HP http://www7a.biglobe.ne.jp/~aijinkyo/)
慢性腎臓病 (CKD) の定義 CKD:Chronic Kidney Disease
CKD は common disease である ( ありふれた疾患 ) ( 万人 ) CKD の患者数は推定 1330 万人
CKD のステージ ( 病期 ) 分類 末期腎不全 10 未満 自分の腎臓では生命維持できない
CKD 患者では 透析になるより 心血管病で死亡することが高い 腎機能 (GFR 糸球体濾過率 ml/min)
CKD 患者は心血管疾患を起こしやすい 腎機能 腎機能
CKD 患者は心血管疾患を起こしやすい
新しい CKD 分類
たんぱく尿は腎臓のなみだである 末期腎不全になった人の数 尿蛋白 3+ 尿蛋白 2+ 尿蛋白 1+ 沖縄県での住民健康診断結果を追跡調査したもの 追跡期間 尿蛋白 ± 蛋白尿が多いと, 腎機能は低下していく
U-P/Cr: 尿中タンパク クレアチニン比 24 時間蓄尿を行わず 随時尿で 1 日の尿タンパク量を推定 尿中クレアチニン排出量が約 1 日 1g であることに基づいている ( 尿中のタンパク質濃度 ) ( 尿中クレアチニン濃度 )=U-P/Cr 値 できるだけよく濃縮された早朝 ( 午前中 ) 尿を用いる タンパク尿量は CKD における腎障害の指標とされ 治療の目標でもある (U-P/Cr<1.0 あるいは 0.5)
糖尿病性腎症は透析導入原因の第一位 慢性糸球体腎炎 糖尿病性腎症 腎硬化症
糖尿病性腎症は透析導入原因の第一位 2009 年度透析導入 急速進行性糸球体腎炎 不明 Lupus 腎炎 慢性腎盂腎炎 多発性のう胞腎 腎硬化症 糖尿病性腎症 44.5% 慢性糸球体腎炎
腎機能低下は様々な原因で生じる 加齢 高血圧動脈硬化 酸 塩基異常 ( 高 Ca 低 K) 膠原病血管炎 糖尿病性腎症 高尿酸血症 慢性糸球体腎炎 心機能低下 貧血血液疾患 遺伝性疾患 ( 多発性のう胞腎 ) 慢性腎臓病の原因を一つの病態で説明するのは難しい
糖尿病性腎症 (DM nephropathy) 糖尿病による細小血管障害に起因する腎障害であり 微量アルブミン尿の出現により発症し 次第に腎機能が低下して腎不全に至る 全世界における末期腎不全 (ESRD) の原因疾患の第 1 位 糖尿病患者の 20~40% に発症
典型的な糖尿病性腎症 5 年以上の糖尿病歴 糖尿病性網膜症が認められる 顕微鏡的血尿を伴わない 徐々に増加する持続的蛋白尿 緩徐な腎機能障害の進行 晩期にネフローゼ症候群となる 腎生検は通常行わない
非糖尿病性腎臓病 経過の短い糖尿病 (5 年以内 ) 糖尿病性網膜症なし 顕微鏡的血尿を伴う比較的少量の持続的蛋白尿 (<3.5g/day) 急速な腎機能障害の進行 突然発症のネフローゼ症候群 腎生検を含めた精査が必要
食事療法 1 適正なカロリーの摂取推定エネルギー必要量 = 標準体重 基礎代謝基準値 (21.5-24kcal) 身体活動レベル肥満はCKDの進行リスク 30-35kcal/kg 標準体重 2 たんぱく質制限 1.0 0.8 0.6g/kg 標準体重 (0.3-0.6g/kg) たんぱく質制限は腎機能障害の進展を抑制する 3 食塩制限 6g/ 日未満 食事療法は糖尿病性腎症の治療に必須である
糖尿病性腎症の病期分類 病期 臨床的特徴 主な治療法 尿蛋白 ( 尿アルブミン ) GFR(Ccr) 第 1 期 ( 腎症前期 ) 正常 正常 ときに高値 血糖コントロール 第 2 期 ( 早期腎症 ) 微量アルブミン尿 正常 ときに高値 厳格な血糖コントロール 降圧療法 第 3 期 -A ( 顕性腎症前期 ) 持続性蛋白尿 ほぼ正常 厳格な血糖コントロール 降圧療法 蛋白制限食 第 3 期 -B ( 顕性腎症後期 ) 持続性蛋白尿 (1g/ 日以上 ) 低下 (60 未満 ) 厳格な降圧療法 蛋白制限食 第 4 期 ( 腎不全期 ) 持続性蛋白尿 著明低下 (Cr 上昇 ) 厳格な降圧療法 低蛋白食 透析療法導入 第 5 期 ( 透析療法 ) 透析療法中 腎移植 糖尿病性腎症に関する合同委員会 日腎会誌 44(1), 2002
GFR ( 腎機能 ) 糖尿病性腎症の経過図 過剰濾過第 3 期 -B ( 顕性腎症後期 ) 第 1 期 ( 腎症前期 ) 第 3 期 -A 第 4 期 ( 腎不全期 ) 第 2 期 ( 早期腎症 )( 顕性腎症前期 ) 第 5 期 ( 透析療法 ) 1 2 3a 3b 4 5 蛋白尿量 (1 日あたり ) 3500 腎機能 1000 蛋白尿 発症からの年数 500 300 30 微量アルブミン尿 DM 腎症の発症にはサイン ( 兆候 ) がある
過剰濾過とは何か? アンギオテンシン Ⅱ 腎症前期 (1 期 ) 腎症 (2 期 ) 糸球体内圧 不変 上昇 微量アルブミン尿 なし あり 糸球体濾過量 不変 上昇 血清 Cr 値 不変 低下 egfr 不変 上昇
糖尿病性腎症の早期診断基準 測定対象 必須事項 参考事項 尿中アルブミン排出率 尿中 Ⅳ 型コラーゲン値 尿蛋白陰性か陽性 (+1 程度 ) の糖尿病患者 尿中アルブミン値 30~299mg/g Cr 3 回測定中 2 回以上 30~299mg/g Cr 7~8μg/g Cr 以上 腎サイズ 腎肥大 随時尿 ( なるべく午前中 ) を用いる DM 腎症には特有の自覚症状がないため DM 腎症を早期に発見する という意図をもって 検査を行わないと見つけられない
糖尿病性腎症の各病期における治療 GFR ( 腎機能 ) 1 血糖管理 1 2 3a 3b 4 5 蛋白尿量 (1 日あたり ) 3500 腎機能 1000 蛋白尿 500 300 30 厳密な血糖管理 厳密な血糖管理 (Hb A1C 6.5%,FBS 110, 食後血糖 180
腎不全に投与禁忌の経口血糖降下剤 ビグアナイド薬 ( メルビン など ) 重篤な腎機能低下では禁忌 チアゾリジン薬 ( アクトス ) 重篤な腎機能低下では禁忌 スルフォニル尿素 ( アマリール 等 ) 重篤な腎機能低下では禁忌 ナテグリニド ( スターシス 等 ) 透析患者には禁忌 DPP-4 阻害剤 ( ジャヌビア ) Ccr30-50:1 日 1 回 25mg 使用可能な経口血糖降下剤ミチグリニド ( グルファスト ) 慎重投与 Ccr<30( 含 HD) 禁忌 α グルコシダーゼ阻害剤 ( セイブル ベイスン など ) DPP-4 阻害剤 ( ネシーナ )Ccr30-50:1 日 1 回 12.5mg Ccr<30( 含 HD)1 日 1 回 6.25mg ( エクア ) 中等度以上の腎機能障害で慎重投与
糖尿病性腎症の血糖管理戦略 食事 運動療法 経口血糖降下薬 ( 単剤 ) 経口血糖降下薬 ( 併用 ) インスリン治療 基礎インスリン + 追加インスリン ( 強化インスリン療法 ) 混合型インスリン インスリン導入 経口血糖降下薬 + 基礎インスリン egfr<50 腎機能
糖尿病性腎症の各病期における治療 GFR ( 腎機能 ) 2 血圧管理 1 2 3a 3b 4 5 蛋白尿量 (1 日あたり ) 3500 腎機能 1000 蛋白尿 500 300 30 厳密な血糖管理 厳格な血圧コントロール ARB ACE-I による厳密な血圧管理 (130/80 未満, 蛋白尿 1g 超 125/75 未満 )
推奨される降圧剤の併用法 Ca 拮抗薬 利尿薬 ARB β 遮断薬 ACE 阻害薬 咳 推奨される併用を実線で示す 高血圧治療ガイドライン 2009
糖尿病性腎症の各病期における治療 GFR ( 腎機能 ) 3 専門的治療 1 2 3a 3b 4 5 蛋白尿量 (1 日あたり ) 3500 腎機能 1000 蛋白尿 500 300 30 厳密な血糖管理 (Hb A1C 6.5% FBS 110 食後血糖 180 ARB ACE-I による厳密な血圧管理 (130/80 125/75) 専門的治療 3b 期以降は腎臓専門医と共同診察を受けるのが望ましい
CKD に対する集約的治療法 食事療法 脂質異常 スタチン製剤 コレステロール輸送体阻害薬 代謝性アシドーシス 炭酸水素ナトリウム ( 重曹 ) 減塩 減蛋白十分なカロリー K 制限など 血圧管理血糖管理 RAS 系阻害剤 (ACE 阻害剤 ARB) 高尿酸血症 尿酸降下薬 腎性貧血 EPO 製剤 活性炭投与 クレメジン
糖尿病性腎症 治療のチェックポイント ACE 阻害剤あるいは ARB が使われて 血圧 130/80 以下にコントロールされている 栄養士さんから食事指導をきちんと受け 塩分 カリウム 蛋白制限ができている 高カリウム血症の対策が取られている 高尿酸血症 腎性貧血が治療されている 透析療法についてきちんと説明を受けている