972 Vol. 128 (2008) 量分析 (GC-MS) 及び液体クロマトグラフィー 質量分析 (LC-MS) による一斉分析法を検討したので報告する. 実験方法 1. 分析対象化合物及び試薬分析対象とした指定薬物 36 化合物 ( トリプタミン系化合物 11 種類, フェネチルアミン系化合物

Similar documents
Microsoft Word Jはじめに36号version3.doc

982 Vol. 128 (2008) 方法については前報 (Part I) に記載した通りであるが, 3) 本研究では, 亜硝酸エステル類及び Salvinorin A を除く 29 種類の指定薬物を使用した. また, 麻薬である 2C-B [ 2-( 4-Bromo-2,5-dimethoxyp

Group A (2,5-Dimethoxyphenyl type) 25D-NBMe (1) 25B-NBMe (2) 25I-NBMe (3) 25C-NBF () 25B-NBF (5) Group B (Benzofuran-2-yl type) Group C (-Alkoxy-3,5-d

研究所報告2016.indb

0-0表紙から1章表紙

Microsoft PowerPoint - 薬学会2009新技術2シラノール基.ppt

表 1. HPLC/MS/MS MRM パラメータ 表 2. GC/MS/MS MRM パラメータ 表 1 に HPLC/MS/MS 法による MRM パラメータを示します 1 化合物に対し 定量用のトランジション 確認用のトランジションとコーン電圧を設定しています 表 2 には GC/MS/MS

JAJP

いわゆる健康食品の買上げ検査について-平成20年度、21年度-

<4D F736F F D F90858C6E5F C B B B838B>

細辛 (Asari Radix Et Rhizoma) 中の アサリニンの測定 Agilent InfinityLab Poroshell 120 EC-C µm カラム アプリケーションノート 製薬 著者 Rongjie Fu Agilent Technologies Shanghai

フェネチルアミン系薬物の鑑別方法の検討

平成26年度 化学物質分析法開発報告書

鳥取県衛生環境研究所報 第43号

ソバスプラウトのフラボノイド・アントシアニン分析法

本品約2g を精密に量り、試験液に水900mLを用い、溶出試験法第2法により、毎分50回転で試験を行う

Microsoft Word - p docx

すとき, モサプリドのピーク面積の相対標準偏差は 2.0% 以下である. * 表示量 溶出規格 規定時間 溶出率 10mg/g 45 分 70% 以上 * モサプリドクエン酸塩無水物として モサプリドクエン酸塩標準品 C 21 H 25 ClFN 3 O 3 C 6 H 8 O 7 :

2-3 分析方法と測定条件ソルビン酸 デヒドロ酢酸の分析は 衛生試験法注解 1) 食品中の食品添加物分析法 2) を参考にして行った 分析方法を図 1 測定条件を表 3に示す 混合群試料 表示群試料について 3 併行で分析し その平均値を結果とした 試料 20g 塩化ナトリウム 60g 水 150m

平成26年度 化学物質分析法開発報告書

HPLCによるUSP関連物質分析条件のUPLC分析への移管と開発

平成26年度 化学物質分析法開発報告書

薬事法第 2 条第 1 4 項に規定する指定薬物及び同法第 7 6 条の4 に規定する医療等の用途を定める省令の一部改正について ( 施行通知 ) -- 末尾 [ 付録 ] < 厚生労働省 2014 年 1 月 10 日 >

はじめに 液体クロマトグラフィーには 表面多孔質粒子の LC カラムが広く使用されています これらのカラムは全多孔質粒子カラムの同等製品と比べて 低圧で高効率です これは主に 物質移動距離がより短く カラムに充填されている粒子のサイズ分布がきわめて狭いためです カラムの効率が高いほど 分析を高速化で

日本食品成分表分析マニュアル第4章

LC/MS/MS によるフェノール類分析 日本ウォーターズ株式会社 2015 Waters Corporation 1 対象化合物 Cl HO HO HO フェノール 2- クロロフェノール (2-CPh) Cl 4-クロロフェノール (4-CPh) HO Cl HO Cl HO Cl Cl 2,4

食安監発第 号 食安基発第 号 平成 19 年 11 月 13 日 各検疫所長殿 医薬食品局食品安全部監視安全課長基準審査課長 ( 公印省略 ) 割りばしに係る監視指導について 割りばしに残留する防かび剤等の監視指導については 平成 19 年 3 月 23 日付け食安

Microsoft PowerPoint - PGC-MSアタッチメントアプリノートWec New原稿.pptx[読み取り専用]

第 回知事指定薬物のスペクトルデータと平成 8 年度薬物分析調査 長嶋真知子 *, 瀬戸隆子 *, 高橋美佐子 *, 鈴木仁 *, * 安田一郎 Spectrum Data of th Governor-designated Drugs and the Analyses of Illegal Dru

スライド 1

<4D F736F F D2089BB8A7795A88EBF82C68AC28BAB2E646F63>

合成カンナビノイドJWH-018、JWH-073、JWH-122及びそれらの異性体の識別

研究報告58巻通し.indd

low_ JAJP.qxd

東京都健康安全研究センター研究年報

< F2D C825093E A957A93AA8E862E6A7464>

Taro-試験法新旧

■ 質量分析計の原理 ■

J. Brew. Soc. Japan. Vol.101, No.7, p.519 `525 (2006) Simple Method for the Determination of Ethyl Carbamate in Alcoholic Beverages Tomokazu HASHIGUCH

4,4’‐ジアミノジフェニルメタン

( 別添 ) 食品に残留する農薬 飼料添加物又は動物用医薬品の成分である物質 の試験法に係る分析上の留意事項について (1) 有機溶媒は市販の残留農薬試験用試薬を使用することができる HPLC の移動 相としては 高速液体クロマトグラフィー用溶媒を使用することが望ましい (2) ミニカラムの一般名と

医療用医薬品最新品質情報集 ( ブルーブック ) 初版有効成分ベンフォチアミン B6 B12 配合剤 品目名 ( 製造販売業者 ) 後発医薬品 品目名 ( 製造販売業者 ) 先発医薬品 効能 効果用法 用量添加物 1) 解離定数 1) 溶解度 1 ダイメジンスリービー配合カプセル

本文-5.indd

研究22/p eca

Visual Evaluation of Polka-dot Patterns Yoojin LEE and Nobuko NARUSE * Granduate School of Bunka Women's University, and * Faculty of Fashion Science,

IC-PC法による大気粉じん中の六価クロム化合物の測定

5989_5672.qxd

法科学技術,22(2), (2017) 123 技術報告 イオントラップ型質量分析計を用いた 3 カルボニル N ( フルオロペンチル ) インドール骨格を有する危険ドラッグの位置異性体識別 春田祐輔 1, 森田敦 1, 大槻光彦 1, 中園陽子 2, 中山秀幸 2, 八ヶ代一郎 2,

% 1% SEM-EDX - X Si Ca SEM-EDX SIMS ppm % M M T 100 % 100 % Ba 1 % 91 % 9 % 9 % 1 % 87 % 13 % 13 % 1 % 64 % 36 % 36 % 1 % 34 46

Mastro -リン酸基含有化合物分析に対する新規高耐圧ステンレスフリーカラムの有用性について-

ゼリーこんにゃくの分析

<4D F736F F D C6E30385F A B B83932E444F43>

5989_5672.qxd

2009年度業績発表会(南陽)

平成24年度 化学物質分析法開発報告書

PowerPoint プレゼンテーション

清涼飲料水中のベンゼンの分析 藤原卓士 *, 宮川弘之 *, 新藤哲也 *, 安井明子 *, 山嶋裕季子 *, 小川仁志 *, 大石充男 *, 田口信夫 *, 前潔 *, 伊藤弘一 **, 中里光男 * ***, 安田和男 Determination of Benzene in Beverage T

有害大気汚染物質測定方法マニュアル(平成23年3月改訂)

練習問題

資料 イミダゾリジンチオン 測定 分析手法に関する検討結果報告書

ウスターソース類の食塩分測定方法 ( モール法 ) 手順書 1. 適用範囲 この手順書は 日本農林規格に定めるウスターソース類及びその周辺製品に適用する 2. 測定方法の概要試料に水を加え ろ過した後 指示薬としてクロム酸カリウム溶液を加え 0.1 mol/l 硝酸銀溶液で滴定し 滴定終点までに消費

バイアル新規ユーザー様限定 ガラス製容器 -Si-O H シラノール -Si-O H -Si O -Si イオン的吸着 疎水的吸着シロキサン logp pka + N 塩基性化合物 疎水的吸着 水溶液 P P 製容器, 7,7

を加え,0.05 mol/l チオ硫酸ナトリウム液で滴定 2.50 する.0.05 mol/l チオ硫酸ナトリウム液の消費量は 0.2 ml 以下である ( 過酸化水素として 170 ppm 以下 ). (4) アルデヒド (ⅰ) ホルムアルデヒド標準液ホルムアルデヒド メタノール液のホルムアルデヒ

Agilent A-Line セーフティキャップ : 溶媒蒸発の抑制 技術概要 はじめに HPLC および UHPLC システムの移動相は 独特なキャップ付きの溶媒ボトルで通常提供されます ( 図 1) 溶媒ラインは移動相から始まり ボトルキャップを通った後 LC システムに接続されます 溶媒ボトル

2004 年度センター化学 ⅠB p1 第 1 問問 1 a 水素結合 X HLY X,Y= F,O,N ( ) この形をもつ分子は 5 NH 3 である 1 5 b 昇華性の物質 ドライアイス CO 2, ヨウ素 I 2, ナフタレン 2 3 c 総電子数 = ( 原子番号 ) d CH 4 :6

しょうゆの食塩分測定方法 ( モール法 ) 手順書 1. 適用範囲 この手順書は 日本農林規格に定めるしょうゆに適用する 2. 測定方法の概要 試料に水を加え 指示薬としてクロム酸カリウム溶液を加え 0.02 mol/l 硝酸銀溶液で滴定し 滴定終点までに消費した硝酸銀溶液の量から塩化ナトリウム含有

はじめに ベイピングとも呼ばれる電子タバコが普及するにつれて 電子タバコリキッドに含まれる化合物の分析も一般的になりつつあります 電子タバコリキッドは バッテリ式加熱ヒーターで加熱するとエアロゾルになります 1 液体混合物中の主成分は プロピレングリコールとグリセロールの 種類です 主成分に加えて

医療用医薬品最新品質情報集 ( ブルーブック ) 初版 有効成分 ニカルジピン塩酸塩 品目名 ( 製造販売業者 ) 1 ニカルジピン塩酸塩徐放カプセル20mg 日医工 日医工 後発医薬品 2 ニカルジピン塩酸塩徐放カプセル40mg 日医工 日医工 品目名 ( 製造販売業者 )

第6巻第1号 - 鈴木氏_医薬品.doc

(Microsoft Word - \230a\225\266IChO46-Preparatory_Q36_\211\374\202Q_.doc)

248 Vol. 122 (2002) 方法 1. 試薬及び材料 DCPA, NAC, DCA は和光純薬工業より購入し, 標準試料として用いた. 添加回収用の血清は, ヒト標準血清 (Sigma Chemical Co., USA) を用いた. 血清中 DCPA, NAC, DCA の安定性試験に

YAKUGAKU ZASSHI 135(3) (2015) 2015 The Pharmaceutical Society of Japan 535 Note 薬物簡易スクリーニングキットを用いた危険ドラッグ成分である合成カンナビノイドの識別法の検討 内山奈穂子, 花尻 ( 木倉 )

Microsoft PowerPoint - SunArmor cat 11

資料 o- トルイジンの分析測定法に関する検討結果報告書 中央労働災害防止協会 中国四国安全衛生サービスセンター

酢酸エチルの合成

食品中のシュウ酸定量分析の検討

JASIS 2016 新技術説明会


イノベ共同体公募要領

JAMSTEC Rep. Res. Dev., Volume 12, March 2011, 27 _ 35 1,2* Pb 210 Pb 214 Pb MCA 210 Pb MCA MCA 210 Pb 214 Pb * 2

Microsoft PowerPoint - D.酸塩基(2)

Microsoft Word - 箸通知案 doc

HPLC UPLC JP UPLC システムによる 注入回数 3000 回以上 のルーチン製剤分析の実現 分析スループットの向上と使用溶媒量の削減 分析効率の向上 日本薬局方 (JP) は 薬事法第 41 条第一項の規定に基づき医薬品の品質を適性に担保するための公的な規範書であり 多くの医薬品の分析

大学における原価計算教育の現状と課題

Fig. 1 Trends of TB incidence rates for all forms and smear-positive pulmonary TB in Kawasaki City and Japan. Incidence=newly notified cases of all fo

06-平間ほか.indd

<4D F736F F F696E74202D204C435F B F8CF897A C C CC8A4A94AD8EE896405F F6E2E B8CDD8AB B83685D>

Microsoft Word - 酸塩基

中面 2 Hot News Vol 可能性 拡がる Nexera コアシェル リンク 3.6μmのコアシェルを用いれば アセトニトリル 水系で背圧10MPa 程度でご使用頂けます 1.7μm 2.6μm 3.6μm UFLC Prominence メソッド移管性

Microsoft Word - basic_21.doc

X線分析の進歩36 別刷

本報告書は 試験法開発における検討結果をまとめたものであり 試験法の実施に 際して参考として下さい なお 報告書の内容と通知または告示試験法との間に齪酷 がある場合には 通知または告示試験法が優先することをご留意ください 残留農薬等に関するポジティブリスト 制度導入に係る分析法開発 エンロフロキサシ

untitled

化学変化をにおいの変化で実感する実験 ( バラのにおいからレモンのにおいへの変化 ) 化学変化におけるにおいは 好ましくないものも多い このため 生徒は 化学反応 =イヤな臭い というイメージを持ってしまう そこで 化学変化をよいにおいの変化としてとらえさせる実験を考えた クスノキの精油成分の一つで

木村の理論化学小ネタ 熱化学方程式と反応熱の分類発熱反応と吸熱反応化学反応は, 反応の前後の物質のエネルギーが異なるため, エネルギーの出入りを伴い, それが, 熱 光 電気などのエネルギーの形で現れる とくに, 化学変化と熱エネルギーの関

Microsoft Word - 14_LCMS_アクリルアミド

品目 1 エチルパラニトロフェニルチオノベンゼンホスホネイト ( 別名 EPN) 及びこれを含有する製剤エチルパラニトロフェニルチオノベンゼンホスホネイト (EPN) (1) 燃焼法 ( ア ) 木粉 ( おが屑 ) 等に吸収させてアフターバーナー及びスクラバーを具備した焼却炉で焼却する ( イ )

本報告書は 試験法開発における検討結果をまとめたものであり 試験法の実施に際して参考 として下さい なお 報告書の内容と通知または告示試験法との間に齪酷がある場合には 通知 または告示試験法が優先することをご留意ください 食品に残留する農薬等の成分である物質の試験 法開発業務報告書 フルトラニル試験

グリホサートおよびグルホシネートの分析の自動化の検討 小西賢治 栢木春奈 佐々野僚一 ( 株式会社アイスティサイエンス ) はじめに グリホサートおよびグルホシネートは有機リン化合物の除草剤であり 土壌中の分解が早いことから比較的安全な農薬として また 毒劇物に指定されていないことから比較的入手が容

Decomposition and Separation Characteristics of Organic Mud in Kaita Bay by Alkaline and Acid Water TOUCH NARONG Katsuaki KOMAI, Masataka IMAGAWA, Nar

Transcription:

YAKUGAKU ZASSHI 128(6) 971 979 (2008) 2008 The Pharmaceutical Society of Japan 971 Articles 指定薬物の分析 Part I GC-MS 及び LC-MS 花尻 ( 木倉 ) 瑠理, 河村麻衣子, 内山奈穂子, 緒方潤, 鎌倉浩之, 最所和宏, 合田幸広 Analytical Data of Designated Substances (Shitei-Yakubutsu) Controlled by the Pharmaceutical AŠairs Law in Japan, Part I: GC-MS and LC-MS Ruri KIKURA-HANAJIRI, Maiko KAWAMURA, Nahoko UCHIYAMA, JunOGATA, Hiroyuki KAMAKURA, Kazuhiro SAISHO, and Yukihiro GODA National Inatitute of Health Sciences, 1 18 1 Kamiyoga, Setagaya-ku, Tokyo 158 8501, Japan (Received January 11, 2008; Accepted March 11, 2008) In the last 10 years, many analogs of narcotic substances have been widely distributed in Japan as easily available psychotropic substances and this has become a serious problem. They have been sold as video cleaners, incense and reagents via the Internet or in video shops. They are not controlled under the Narcotics and Psychotropics Control Law because their pharmacological ešects have not yet been proved scientiˆcally. As a countermeasure to prevrent the abuse fo these substances, the Ministry of Health, Labor and Welfare amended the Pharmaceutical AŠairs Law in 2006 so thet 31 non-controlled psychotropic substances (11 tryptamines, 11 phenethylamines, 6 alkyl nitrites, 2 piperazines and salvinorin A) and 1 plant (Salvia divinorum) are now controlled as ``Designated Substances (Shitei-Yakubutsu)'' as of April 2007. Five other compounds (4 phenethylamines and 1 piperazine) were also added to this category in January 2008. In this study, we developed simultaneous analytical methods for these designated substances using gas chromatographymass spectrometry (GC-MS) and liquid chromatography-mass spectrometry (LC-MS) and present retention times, UV spectra, electron ionization (EI), GC-MS, and electrospray ionization (ESI) LC-MS data. Key words psychotropic substances; GC-MS; LC-MS; designated substances; shitei-yakubutsu; drug abuse 緒 近年, 麻薬や覚せい剤などの代用として, 違法ドラッグ ( いわゆる脱法ドラッグ ) と呼ばれる様々な化学物質や植物が法律の規制枠を逃れて販売, 乱用されており, 健康被害や社会的弊害が問題となっている. 1 6) 違法ドラッグとは, 一般に, 麻薬又は向精神薬には指定されておらず, 麻薬又は向精神薬と類似の有害性を有することが疑われる物質 ( 人為的に合成されたもの, 天然物及びそれに由来するものを含む ) であって, もっぱら人に乱用させることを目的として製造, 販売等がされるものを示す. 違法ドラッグ市場で取り扱われる化合物は, 法的な規制を逃れるため多様化し, 一定の基本骨格を持つ様々な新規構造類似化合物が流通している. また, 含有成分がある程度判明した違法ドラッグ製品でも, 摘 国立医薬品食品衛生研究所 e-mail: kikura@nihs.go.jp 言 発をされると容易に販売名や包装形態等を変えて販売が行われるなど実態把握が困難である製品が多く, さらに, もっぱら乱用に供する目的で流通しているが, 目的を偽装 ( 芳香剤, ビデオクリーナー, 研究用試薬等 ) して販売されている製品もあり, 従来の薬事法では取締りの実効性に支障が生じていた. これらの問題に対処すべく, 平成 18 年に薬事法が改正され, 興奮等の作用を有する蓋然性が高く, 保健衛生上の危害が発生する恐れがある薬物や植物を厚生労働大臣が 指定薬物 として指定し, 医療等の用途以外の製造, 輸入, 販売等を禁止することになった. 本薬事法改正を受け, 平成 19 年 4 月より,31 化合物 1 植物 (Salvia divinorum) が指定薬物として規制されることになった. また, 平成 20 年 1 月 11 日には新たに 5 化合物が指定薬物に加わった. 本研究では, 現在までに指定薬物に指定された計 36 化合物について, ガスクロマトグラフィー 質

972 Vol. 128 (2008) 量分析 (GC-MS) 及び液体クロマトグラフィー 質量分析 (LC-MS) による一斉分析法を検討したので報告する. 実験方法 1. 分析対象化合物及び試薬分析対象とした指定薬物 36 化合物 ( トリプタミン系化合物 11 種類, フェネチルアミン系化合物 15 種類, ピペラジン系化合物 3 種類, 亜硝酸エステル類 6 種類及びサ ルビノリン A) の名称, 略称及び構造を Fig. 1-1 から 1-3 に示した.PMMP 塩酸塩及び BDB 塩酸塩 ( 1mg/ ml メタノール溶液 ) は Cereliant 社製, 4MPP 二塩酸塩, インダン 2 アミン (2 アミノインダン ) 塩酸塩, イソプロピルアルコール,tert- ブチルアルコール, イソブチルアルコール, ブチルアルコール, イソペンチルアルコール, シクロヘキシルアルコールは和光純薬社製,5-MeO-DMT, 亜硝酸ブチル (95%), 亜硝酸イソブチル (95%), 亜 Fig. 1-1. Structures of ``Designated Substances (Shitei-Yakubutsu)'' (tryptamines) No marked compounds have been controlled as designated substances since April in 2007 and asterisk-marked compounds from January 2008. Fig. 1-2. Structures of ``Designated Substances (Shitei-Yakubutsu)'' (phenethylamines)

No. 6 973 Fig. 1-3. Structures of ``Designated Substances (Shitei-Yakubutsu)'' (piperazines, alkyl nitrites and salvinorin A) 硝酸 tert- ブチル (90%), 亜硝酸イソペンチル (96 %) は Aldrich 社製,MDBP は東京化成工業製を使用した. また, サルビノリン A は徳島文理大学香川薬学部の代田修先生よりご供与頂いた. その他の化合物は, 国立医薬品食品衛生研究所において指定薬物分析標品として調製し,NMR 及び質量分析により構造を確認するとともに,HPLC 及び TLC により純度を確認したものを使用した. 7) LC-MS の移動相に使用したアセトニトリルは HPLC グレードを使用した. その他試薬は市販特級品を使用した. 2. 試料調製法 2.1. 亜硝酸エステル類以外試料をメタノールに溶解し,0.1 mg/ml の試験溶液を作成した. bk-mdea 及び bk-mbdb 以外のフェネチルアミン系化合物の塩酸塩を GC-MS で分析する場合は, 塩基として測定をした. すなわち,GC-MS 測定用の試験溶液 1mlを窒素気流下で蒸発乾固させたのち, 蒸留水 1mlで再溶解し, アンモニアアルカリ性として酢酸エチル 1mlで抽出した溶液を測定溶液とした. 2.2. 亜硝酸エステル類瀬戸らの方法 8,9) を一部修飾して分析を行った. 試料 100 ml にアセトンを加え正確に 10 ml として試験溶液とした. ガラスバイアル瓶に試験溶液 0.05 ml,1m リン酸緩衝液 (ph 7)0.5 ml, 蒸留水 0.45 ml を加え, タフボンドディスク ( シリコンセプタム ) で蓋をして密閉し, ヘッドスペース注入測定溶液とした. 3. GC-MS 分析条件 3-1. 亜硝酸エステル類以外装置 :Agilent 社製 6890N GC 及び 5975 MSD, カラム :HP-1MS ( 30 m 0.25 mm i.d., 膜厚 0.25 mm, Agilent 社製 ), キャリアーガス :He, 0.7 ml/min, 注入法 : スプリットレス, 注入量 :1 ml, 注入口温度 :200 C, カラム温度 :80 C(1 min hold) 5 C/min 190 C(15 min hold) 10 C/min 310 C(5 min hold), イオン化法 :EI 法, 検出器温度 :280 C 3-2. 亜硝酸エステル装置 :Agilent 社製 6890N GC,5975 MSD 及びヘッドスペース注入装置 G1888, カラム :AQUATIC-2(60 m 0.25 mm i.d., 膜厚 1.40 mm, GL sciences 社製 ), キャリアーガス :He, 1.0 ml/min, 注入口温度 :200 C, スプリット比 :15:1, 検出器温度 :220 C, イオン化法 :EI 法, カラム温度 :40 C(3 min hold) 15 C/ min 115 C(7 min) 20 C/min 240 C/min(3 min) 3-3. ヘッドスペース注入条件平衡化温度 : 45 C, ループ温度 :60 C, トランスファーライン温度 :80 C, 平衡化時間 :10 分, 注入 :1 ml. 4. LC-MS 分析条件装置 :Agilent 社製 1100 シリーズ LC/MSD, カラム :Atlantis T3(2.1 150 mm, 5 mm, Waters 社製 ), 移動相 A:10 mm ギ酸アンモニウム緩衝液 (ph 3), 移動相 B: アセトニトリル, グラジエント条件 :A/B 90/10(0 min) 80/20(50 min) 30/70(60 min, 10 min hold), 流速 : 0.3 ml/min, カラム温度 :40 C, 注入量 :1 ml, 検

974 Vol. 128 (2008) 出 : ダイオードアレイ検出器 (PDA, モニタリング波長 UV 210 nm) 及び質量検出器. 4-1. 質量分析条件イオン化 : エレクトロンスプレーイオン化 (EI) 法, ポジティブモード, フラグメント電圧 :100 V, 乾燥ガス流量 :N 2 13.0 l/min, 乾燥ガス温度 :330 C, イオン導入電圧 : 3500 V. 5. 亜硝酸エステル類の安定性の検討 5-1. ヘッドスペース注入測定溶液の化合物の安定性各ヘッドスペース注入測定溶液 (1M リン酸緩衝液 (ph 7)0.5 ml, 蒸留水 0.45 ml, 亜硝酸エステルアセトン溶液 0.05 ml) を調製し, 調製後, 室温下における 0, 4, 24 時間後の亜硝酸エステルのピーク面積及び分解生成物に対応するアルコールのピーク面積を求めた. 5-2. 試験溶液 ( アセトン溶液 ) における安定性各亜硝酸エステル類の試験溶液 ( アセトン溶液 ) について, 調製後 0, 3, 7 日後 (4 C 保存 ) にヘッドスペース GC-MS 用試料を作成して分析を行い, 各亜硝酸エステルのピーク面積及び対応するアルコールのピーク面積を求めた. 結果及び考察 1. GC-MS 分析結果亜硝酸エステル類を除く指定薬物 30 化合物について,GC-MS のカラムの種類, 昇温条件等を検討した結果, 実験方法の部で示した条件において, 最も良好な分離分析が可能であった.Table 1 に上記分析方法で分析した際の指定薬物 30 化合物の GC-MS 保持時間,5-MeO- DMT を 1 としたときの相対保持時間, さらにこれら化合物のマススペクトルのフラグメントイオンをそれぞれ示した. なお, 上記化合物のうち,5-MeO-DPT( 指定薬物 ) と既に麻薬に指定されている N,N ジイソプロピル 5 メトキシトリプタミン (5-MeO-DIPT) は異性体であり, それぞれ N,N ジプロピル基,N,N ジイソプロピル基を有するが, 土井ら 10) も報告しているように,GC-MS 分析において, 保持時間も近く, また極めて類似のフラグメントパターンを示した. そのため, これら薬物の識別には,TLC, HPLC, LC-MS などのその他の分析法も併せて行うことが重要であると考えられる. また,4-AcO- DIPT は, メタノール溶液中若しくは分析中に一部 が分解し, クロマトグラム上には少量ながら 4- OH-DIPT のピークが認められたので,4-OH-DIPT が検出される際は注意が必要であると考えられる. 一方, フェネチルアミン系化合物を塩酸塩のまま GC-MS 分析を行ったところ, 多くの化合物で割れたピークやブロードなピークが観察された. 塩基性水溶液にして酢酸エチル等の有機溶媒で抽出した溶液については良好なピークが得られることから, これら化合物について GC-MS 測定を行う場合は, 塩基として分析を行う必要があると思われた. ただし, bk-mdea や bk-mbdb 等の b-カルボニル基を有するフェネチルアミン系化合物は, 強塩基性条件下で一部分解が認められたため, 注意が必要であると思われる. 現在までに唯一指定薬物に指定されている植物 Salvia dvinorum( シソ科 ) の活性成分サルビノリン A の分析用標品のメタノール溶液について, 実験方法に示した条件下で GC-MS 分析を行うと, 同じ分子イオンを有するが conˆguration が異なる化合物と推測されるピーク ( 保持時間 50.4 分 ) が目的ピークの 10% 程度検出された. なお, 本分析用標品をジクロロメタンに溶解して GC-MS 分析を行うとほぼ目的ピークのみが検出され, また, 重クロロホルム中で 1 NNMR 測定を行っても,conˆguration の異なる化合物の存在は認められなかった (Data not shown). このことから, サルビノリン A は, 分析中, メタノールや水等の極性溶媒及び加熱により,conˆguration の異なる化合物に変化している可能性が示唆された. 一方, ヘッドスペース GC-MS 分析について,6 種類の亜硝酸エステルについて分析条件 ( 注入口温度, 使用カラム, カラムオーブン温度 ) を検討したところ, 実験方法の部に示した条件において, 各化合物は良好に分離し,17 分以内に定性分析が可能であった. 亜硝酸エステル類は光や熱などにより容易に分解することが報告されているが, 8,9,12) 本分析条件においても, 分解生成物に対応するアルコールがピーク面積にして 2 10% 程度, 各化合物のあとに同時に検出された.Table 2 に亜硝酸エステル類及びそれぞれの分解生成物に対応するアルコールの GC-MS 保持時間を,Fig. 2 に各亜硝酸エステルのマススペクトルを示す. 2. LC-MS 分析結果 GC-MS 分析と同様に,

No. 6 975 Table 1. Analytical Data of 30 Designated Substances (Tryptamines, Phenethylamines, Piperazines and Salvinorin A) Obtained from GC-MS and LC-MS Analyses Compounds Mol wt Rt. (min) GC-MS RRt. Rt. (min) HPLC RRt. Fragment ions of GC-MS mass spectra 4FMP 153 7.82 0.279 8.9 0.86 44(100), 109(17), 43(9), 83(8), 42(5), 45(4), (153[M + ](0.1)) Indan-2-amine 133 9.42 0.336 4.6 0.45 133 [M + ](100), 116(57), 91(53), 132(38), 115(33), 118(27), 117 (23) PMMA 179 14.76 0.526 10.6 1.03 58(100),121(7),78(4),56(4),59(4),77(3),91(3), 122(2),42(2), (179[M + ](0.2)) MBZP 190 15.79 0.563 4.5 0.44 91(100), 190[M + ](55), 119(44), 99(31), 56(28), 118(24), 43 (23), 42(22), 44(21) BDB 193 18.07 0.644 14.4 1.39 58(100), 136(25), 135(13), 77(9), 81(8), 41(7), 51(5), 164(4), (193[M + ](2)) HMDMA 207 19.70 0.702 18.1 1.77 58(100), 135(31), 207[M + ](14), 77(9), 176(8), 131(7), 136(6), 51(5) MMDA-2 209 19.94 0.710 14.0 1.36 166(100), 44(72), 151(28), 165(14), 167(10), 77(8), 135(7), (209 [M + ](3)) 2C-E 209 20.07 0.715 41.2 3.99 180(100), 165(52), 179(19), 209[M + ](19), 91(15), 181(12), 149 (8) 2C-C 215 21.15 0.753 24.3 2.35 186(100), 188(33), 171(30), 215[M + ](14), 187(12), 77(12), 155 (11) 4MPP 192 21.59 0.769 6.7 0.65 150(100), 192[M + ](38), 120(15), 135(15), 151(10), 56(6), 136 (6), 193(5) bk-mdea 221 21.96 0.782 8.1 0.79 72(100), 44(18), 70(8), 42(7), 149(7), 65(6), 73(5), 63(5), 121 (5), (219[M + -2](0.5)) TMA-6 225 22.01 0.784 28.0 2.72 182(100), 44(32), 181(30), 121(13), 136(11), 183(11), 151(8), (225[M + ](0.1)) bk-mbdb 221 22.23 0.792 10.8 1.05 72(100),57(6), 149(5),73(5),65(5),121(4),70(4),63(4),42(4), (219[M + -2](0.1)) MDBP 220 23.85 0.850 2.7 0.26 135(100), 220[M + ](21), 56(18), 85(17), 77(13), 178(12), 136 (11), 164(9) 2C-I 307 25.13 0.895 38.0 3.69 278(100), 263(19), 307[M + ](15), 77(10), 279(9), 91(8), 247(7) DOI 321 25.36 0.903 45.5 4.42 44(100), 278(36), 77(6), 91(4), 263(4), 279(3), 121(3), (321 [M + ](1)) 2C-T-2 241 25.97 0.925 38.4 3.72 212(100), 211(51), 183(38), 241[M + ](33), 197(19), 153(17), 213(15), 181(13) MIPT 216 26.01 0.927 18.4 1.80 86(100), 44(28), 130(8), 87(6), 144(6), 77(4), 143(3), 115(3), 43 (3), 216[M + ](2) 2C-T-4 255 26.17 0.932 52.8 5.11 183(100), 226(73), 184(37), 255[M + ](34), 225(28), 153(24), 169(21), 227(11) 5-MeO-AMT 204 26.93 0.959 12.1 1.17 161(100), 44(50), 160(45), 146(21), 145(15), 117(13), 162(12), (204[M + ](4)) 5-MeO-DMT 218 28.07 1.000 10.3 1.00 58(100), 218[M + ](11), 160(6), 117(4), 59(4), 145(3), 42(3) DIPT 244 30.02 1.069 33.0 3.20 114(100), 72(19), 130(11), 115(11), 144(6), 43(4), 56(3), (244 [M + ](0.3)) DPT 244 31.10 1.108 43.6 4.22 114(100), 115(10), 130(9), 144(7), 72(5), 86(5), 43(4), 143(3), (244[M + ](0.7)) 5-MeO-DET 246 34.02 1.212 18.6 1.82 86(100), 87(6), 58(5), 160(4), 246[M + ](3), 117(3), 145(3) 5-MeO-MIPT 246 34.71 1.237 18.9 1.85 86(100), 44(25), 87(6), 160(5), 246[M + ](4), 117(4), 145(4), 174(4) 4-OH-DIPT 260 40.99 1.460 17.5 1.70 114(100), 72(21), 260[M + ](11), 146(10), 115(9), 43(4), 160(4) 5-MeO-DALT 270 41.17 1.467 33.8 3.28 110(100), 41(11), 160(8), 111(8), 241(8), 145(5), 117(4), (270 [M + ](3)) 5-MeO-DPT 274 41.36 1.473 42.3 4.10 114(100), 115(9), 160(7), 86(5), 72(5), 174(4), 43(3), (274[M + ] (2)) 4-AcO-DIPT 302 43.43 1.547 36.7 3.55 114(100), 72(17), 115(9), 43(6), 146(5), 160(4), 56(3), (302 [M + ](0.3)) Salvinorin A 432 51.30 1.828 61.5 5.96 94(100), 43(45), 95(20), 273(20), 121(18), 107(15), 166(14), (432[M + ](7)) Rt.: Retention time, RRt.: Relative retention time (5-MeO-DMT=1), Each value in parenthesis shows the ratio of abundance of the fragment ion to that of the base peak ion (=100).

976 Vol. 128 (2008) 亜硝酸エステル類を除く指定薬物 30 化合物につい て,LC-MS のカラムの種類, 移動相の種類, グラ ジエント条件等を検討した結果, 実験方法の部で示 した条件において, 最も良好な分離分析が可能であ った.Table 1 に上記分析方法で分析した際の指定 薬物 30 化合物の LC-MS 保持時間, また 5-MeO- DMT を 1 としたときの相対保持時間を,Fig. 3-1 及び 3-2 に,LC-PDA-MS の UV スペクトルをそれ Table 2. Retention Times of Alkyl Nitrites and Their Related Alcohols Obtained from Headspace GC-MS Analyses Compounds Nitrite Rt.(min) Alcohol Rt.(min) Isopropyl nitrite 6.54 6.86 tert-butyl nitrite 7.78 7.27 Isobutyl nitrite 8.14 9.19 Butyl nitrite 8.96 10.03 Isopentyl nitrite 10.26 11.72 Cyclohexyl nitrite 16.63 17.64 ぞれ示した. 実験方法の部で示した条件下で LC-MS 分析を行うと, 各化合物においてプロトン化分子イオン [M +H] + が主に検出されたが, サルビノリン A については,m/z 373([M-59] + ) が主に検出された. また,LC のクロマトグラム上に, 脱アセチル体であるサルビノリン B のプロトン化分子イオンと推測される m/z 391のピークが 10% 程度検出された. GC-MS 分析及び重クロロホルム溶液における 1 N NMR 測定 (Data not shown) ではサルビノリン B は検出されなかったことから,HPLC の酸性移動相中で加水分解が生じ, サルビノリン B が生成したものと考えられた. 3. 亜硝酸エステル類の安定性違法ドラッグ市場に流通する亜硝酸エステル類の分析に関しては, 鈴木ら 11) が, 直接試料を GC-MS に導入する分析法及び NMR 分析による同定法を報告している. 今回, われわれは亜硝酸エステルが他の溶液に混在 Fig. 2. EI Mass Spectra of 5 Alkyl Nitrites Obtained from the Headspace GC-MS Analyses

No. 6 977 Fig. 3-1. UV Spectra of 30 Compounds (11 Tryptamines, 11 Phenethylamines, 6 Alkyl Nitrites, 2 Piperazines and Salvinorin A) Obtained from the Analyses of LC-MS Coupled with a Photodiode Array Detector Fig. 3-2. UV Spectra of 30 Compounds, Continued

978 Vol. 128 (2008) している可能性も考慮し, ヘッドスペース注入法による GC-MS 測定を行った. 亜硝酸エステル類は光や熱などにより容易に分解する. 8,9,12) アセトンのような極性有機溶媒中でも一部分解は進行するが, 特に水溶液中では容易に加水分解し, アルコールと亜硝酸を生じる. 8,9) また, ヘッドスペース GC-MS 分析中にも熱等によりその分解は進む. 8,9) 酸性溶液条件下では加水分解と逆の亜硝酸のエステル化反応も進行し, 加水分解とエステル化の平衡状態になるが, 8) 本ヘッドスペース GC- MS 分析条件は, 亜硝酸イソブチルの分解を最小限に, また逆反応のエステル化反応を完全に抑える条件であることが報告されている. 8,9) 本条件により, 各化合物を分析した結果, ピーク面積にして 2 10% 程度のアルコールが同時に検出された. 亜硝酸エステルとアルコールでは沸点が異なるため, 12) ヘッドスペース GC-MS で現れるピークの大きさはかならずしも両化合物の量比を反映したものではないが, 市販品の亜硝酸エステルの純度は表示量で 90 95% 程度であり, 少量ながら分解物のアルコールも含有することを考慮すると, 試料調製直後の分析では, 新たな分解はほとんど抑えられていると考えられる. 一方, 試料調製から時間を経ると各化合物の含有量がどう変化するかを確認するために, 各亜硝酸エステルのヘッドスペース注入測定溶液中における安定性及び希釈溶媒に用いた試験溶液 ( アセトン溶液 ) 中における安定性を検討した.Figure 4 に, ヘッドスペース注入測定溶液調製後 0 時間の亜硝酸エステルのピーク面積を 100% としたときの 4, 24 時間後のピーク面積の割合及びそれぞれの時間における亜硝酸エステル及び対応するアルコールの面積比の変化を示した. また,Fig. 5 に各化合物の試験溶液 ( アセトン溶液 ) 調製当日のヘッドスペース GC- MS のピーク面積を 100% としたときの 3, 7 日後のピーク面積の割合を示した. その結果, 亜硝酸 tert- ブチル及び亜硝酸シクロヘキシルは安定性が悪く, ヘッドスペース注入測定溶液調製後 4 時間ではピーク面積にしてそれぞれ 78% 及び 47%,24 時間では 34% 及び 1% と著しく分解が進んだ. また, 試験溶液 ( アセトン溶液 ) 中においても, 調製 3 日後にはそれぞれ 52% 及び 82%,7 日後には 30% 及び 51% まで減少した. 一方, 他の化合物では, ヘ Fig. 4 Degradation of Alkyl Nitrite in Sample Solution for the Headspace GC-MS The ratio of peak areas of alkyl nitrites 4 hours ( ) and 24 hours ( ) after sample preparation to 0 hour-alkyl nitrite ( ) was shown. The peak areas of 0 hour-alkyl nitrites are represented as 100. Fig. 5. Degradation of Alkyl Nitrite in Acetone Solution The ratio of peak areas of alkyl nitrites on the 3rd day ( ) and the 7th day ( ) after preparation to the 1st day-alkyl nitrite ( ) was shown. The peak areas of the 1st day-alkyl nitrites are represented as 100. ッドスペース注入測定溶液調製後 4 時間では 85 90 %,24 時間後では 42 62%, 試験溶液 ( アセトン溶液 ) 中では, 調製 3 日後には 87 90%,7 日後でも 75 80% であった. これらの結果から, 本分析法を用いた亜硝酸エステル類の定性分析においては, 試験溶液 ( アセトン溶液 ) では 1 週間程度の保存が可能であるが, ヘッドスペース注入測定溶液調製後は当日に分析することが望ましく, 特に亜硝酸 tert- ブチル及び亜硝酸シクロヘキシルは用時調製が望ましいと考えられた. 結論亜硝酸エステル類を除く指定薬物 30 化合物について,GC-MS 及び LC-MS による分析条件の検討を行い,GC-MS 及び LC-MS において 45 分以内

No. 6 979 ( サルビノリン A を除く, サルビノリン A はそれぞれ 51.3 分及び 61.5 分 ) に分離分析が可能な条件を提示し, 各化合物の GC-MS の EI マススペクトル,LC-PDA-MS の UV スペクトル及び ESI マススペクトルを示した. また, 亜硝酸エステル類 6 化合物について, ヘッドスペース注入法を用いた GC-MS による分析条件の検討を行い,17 分以内に分離分析が可能な条件を提示し, 各化合物の EI マススペクトルを示した. ただし, 亜硝酸エステル類の場合, 分解生成物に対応するアルコールが同時に検出されることがあり, アルコール分解物についても分析を行う必要があると考えられた. 以上, 本報告で示した分析法は, 指定薬物を分析する上で, 有用な参考資料になると考えられる. なお, 指定薬物のうち,2C-I, 2C-T-2, 2C-T-4 の 3 化合物は, 平成 20 年 1 月 18 日より麻薬及び向精神薬取締法の規制対象となったため, 指定薬物から削除された. 謝辞本研究を行うにあたり, サルビノリン A をご供与いただきました徳島文理大学香川薬学部の代田修先生に感謝申し上げます. 本研究は, 厚生労働科学研究費補助金並びに厚生労働省医薬品審査等業務庁費で行われたものであり, 関係各位に深謝致します. REFERENCES 1) Kuroki Y., Jpn. J. Toxicol., 17, 241 243 (2004). 2) Yamamoto J., Jpn. J. Toxicol., 17, 245 250 (2004). 3) Tabe M., Itoh E., Kawano Y., Jpn. J. Toxicol., 17, 251 258 (2004). 4) Kikura-Hanajiri R., Hayashi M., Saisho K., Goda Y., J. Chromatogr. B, 825(1), 29 37 (2005). 5) http://www.mhlw.go.jp/kinkiyu/diet/musyo unin.html, Ministry of Health, Labour and Welfare, 25 December, 2007. 6) Tanaka E., Kamata T., Katagi M., Tsuchihashi H., Honda K., Forensic Sci. Int., 163(1 2), 152 154 (2006). 7) Uchiyama N., Kikura-Hanajiri R., Kawahara N., Goda Y., Chem.Pharm.Bull.(in preparation). 8) SetoY.,KataokaM.,TsugeK.,TakaesuH., Anal. Chem., 72, 5187 5192 (2000). 9) Seto Y., ``Handbook of Practical Analysis of Drugs and Poisons in Human Specimens Chromatographic Methods '', eds. by Suzuki O., Yashiki M., Jiho, Tokyo, 2002. 10) DoiK.,MiyazakiM.,FujiiH.,KojimaT., Yakugaku Zasshi, 126, 815 823 (2006). 11) Suzuki J., Takahashi M., Seta, T., Nagashima M.,OkumotoC.,YasudaI.Ann. Rep. Tokyo Metr. Inst. P. H., 57, 115 120 (2006). 12) ``Patty's Industrial Hygiene and Toxicology 4thedition,''eds.byClaytonG.D.,Clayton F. E., John Wiley & Sons Inc, Hoboken, 1999.