北海道バスケットボール協会強化普及委員会医科学専門委員会レポート3 筋肉づくり 札幌医科大学医学部運動科学教室准教授岡野五郎氏
医科学専門委員会 スポーツ栄養学第 3 回目は筋肉づくりがテーマです 筋肉をつくるための大切な栄養素はタンパク質です タンパク質の必要量 効果的な取り方や時々ブームになるサプリメント ( アミノ酸製剤 ) の是非について述べられています 特にサプリメントについては食事の補助として使用することが基本ですが使用に際しドーピング禁止薬物が含まれているものや健康被害が報告されているものなどがありますので服用には十分注意していただきたいと思います
スポーツ栄養学 北海道バスケットボール協会 強化普及委員会医科学専門委員 岡野五郎 札幌医科大学医学部運動科学教室准教授 筋肉づくり 1タンパク質必要量タンパク質はアミノ酸が結合したもので その主要な役割は体構成成分 ( 筋肉 骨 内臓など ) の合成にあります 栄養学者の多くは長い間 タンパク質必要量は スポーツ選手と一般人で差がないと信じてきました しかし 近年 アミノ酸の一部は運動時 ( 特に持続性運動 ) に盛んに酸化されることが分かりました また 筋力トレーニングによってメチルヒスチジン ( 収縮タンパクであるアクチンとミオシンの分解産物 ) が 尿中に多量排出されることも示されました 従って選手のタンパク必要量は 一般人よりも高いと考えるのが自然です では 選手のタンパク質必要量は どれ位なのでしょうかー 一般成人の1 日の必要量は 体重 1kgあたり 0.8g~1.0gほどです 必要量の決定には 窒素出納法という方法が用いられます これは食事から取ったタンパク量 ( 窒素量に換算 ) から体外へ排出 ( 大小便 尿 汗 ) されたタンパク量 ( 窒素量 ) を引くことによって求めます この値がプラスの値になることが大切です この方法により カナダのターノポルスキー博士らは 筋力型と持続型選手のタンパク質必要量を求めました 筋力型で 1.2g/ kg体重 持続型で 1.6g/ kg体重 が 1 日の必要量でした タンパク必要量が筋力型よりも持続型で多いのは 持続型ではエネルギーの一部に タンパク質が利用されるからです さらに博士らは 高タンパク食 (2.4g/ kg体重 ) が筋力型選手の体タンパク質合成能力を一層高めるか 中程度タンパク食 (1.4g/ kg体重 ) 摂取と比較しました その結果 両者の体タンパク質合成能力には差がなく 高タンパク食では単にアミノ酸の酸化量が高まるだけでした 筋力型選手は 経験的に多量のタンパク質を摂取しています しかし 博士らの研究は これが必ずしも筋タンパク合成に寄与しないことを示唆します 成人選手の場合 あらゆる種目を通じて 1 日あたり 2.0g/ kg体重 のタンパク質が確保されていれば十分と考えられます
筋肉づくり 2 効果を高める3 要素効果的な筋肉づくりには 第一にタンパク質を 1 日 2.0g/Kg 体重 程度を取ることが重要です しかし せっかくタンパク質を十分に取っても それを筋タンパク質に合成する刺激がないとダメです 筋肉づくりへ刺激がないと タンパク質を構成しているアミノ酸はアミノ基を遊離し エネルギー源になったり糖あるいは脂肪へ変換されてしまうからです タンパク質を取ると 1 時間ほどで 血液中のアミノ酸濃度が高くなります この時 重負荷のウエートトレーニングで刺激を加え その後 睡眠を取ると効果的です すなわち タンパク質摂取 重負荷ウエートトレーニング 睡眠 を1セットにすることです 重負荷ウエートトレーニングが筋肉づくりに有効なことは経験的に知られています 内分泌学的に見ると 強力なタンパク同化作用を持つ成長ホルモンが 重負荷ウエートトレーニング直後に分泌されます また成長ホルモンは睡眠時 特に熟睡時 ( ノンレム睡眠時 ) に分泌されます 寝入りばなの1~2 時間が最も分泌が盛んです 成長ホルモンは 血中アミノ酸の筋細胞への取り込みを高め さらに筋細胞内リボソームでのタンパク質合成を直接的に促進します また 筋肉と骨の付着部である腱のコラーゲン合成を高めるなど筋肉 腱づくりに重要なホルモンです 昼食後にウエートトレーニングを行い昼寝を取る あるいは夕食後にウエートトレーニングをし 早めに床に就く こんな方法が ムキムキマン になるお勧めメニューです
筋肉づくり 3アミノ酸補助食品健康 スポーツブームと栄養学知識への関心 普及に伴い 不足がちな栄養素を簡単に補うことの出来る補助食品が いくつかのメーカーで作られ市販されています ひと昔前はビタミン剤が主流でしたが 今ではタンパク質 アミノ酸 カルシウム 鉄 β-カロチン ビタミンC 及びE カルニチンのほか 炭水化物 ( 糖質 ) を主体としたエネルギー供給食品など多種多様です この中のひとつに アミノ酸補助食品があります 良質のアミノ酸供給と ある種のアミノ酸が持つ成長ホルモン分泌作用を利用して 筋肉づくりに役立てようというものです アミノ酸には体内で合成できず必ず食物から取るべきアミノ酸があり これを 必須アミノ酸 と呼びます アミノ酸補助食品は 必須アミノ酸を豊富に含んでいます しかし 肉 魚 卵を十分取っていれば あえて必須アミノ酸供給のためアミノ酸補助食品を取る必要はありません また アルギニン リジン メチオニン フェニルアラニン及びヒスチジンなどのアミノ酸が成長ホルモン ( 強力なタンパク合成ホルモン ) の分泌を促すことから ウエートトレーニングと併用して筋肉づくりを進めようという試みがあります しかし これらアミノ酸による成長ホルモンの分泌の多くは 血管の中へ直接 アミノ酸を投与した場合 に見られる現象です 通常 私たちが服用するように消化管を経て吸収した場合はむしろ 否定的な研究データが多いのです また 経口的に摂取した時 成長ホルモンの分泌が高まる とする肯定派の研究においても その分泌量は重負荷ウエートトレーニング後のそれと比べると 著しく小さいことが分かっています 結論をいえば アミノ酸補足が重負荷ウエートトレーニングと結びつき 付加的なタンパク合成促進効果を持つとは考え難いのです 最近 傷ついた筋繊維の修復を早期に回復するアミノ酸補助食品が販売されています 通常の食事でたんぱく質を取るのと違いはあるのでしょうか- 筋繊維の修復過程でアミノ酸補助食品が効果的であることを 販売業者は次のように説明しています 筋繊維が傷つき修復される場合 最初の2 時間が大切 この時 素早くアミノ酸を補給しないと 赤血球が分解され 貧血やスタミナ切れを起こす可能性がある またアルギニンというアミノ酸は成長ホルモン分泌を高め 筋の修復を促進する 食事でたんぱく質を取ると 消化 吸収に時間がかかり筋修復に最適なタイミングを逸してしまう その結果 筋疲労回復が遅れ競技力も低下する これは一見 科学的にも見えます 断片的にはある程度 科学的事実に基づいていますが 全体としては大いに問題があります 第一に アミノ酸補助食品を用いないと 貧血やスタミナが落ちるほど赤血
球が崩壊するのでしょうか? 血中には常に遊離したアミノ酸が 35~65mg/dl 程度存在します 筋繊維が傷つきその補修が必要なときには とりあえずこの血中アミノ酸が利用出来ます 仮にそれが十分でない場合は 肝臓のたんぱく質のごく一部が分解して血中アミノ酸を供給します したがって 筋の修復に際して 素早く アミノ酸を取る必然性は感じられません 運動後あまり時間をおかずたんぱく質を含む食事を取れば筋たんぱくの過剰分解は進まないし 肝臓のたんぱく質がごく一部失われたとしても補充出来ます まして貧血やスタミナ低下を心配する必要はありません アルギニンがリジンと一緒に取られると分泌作用が高まると一部報告されていますが 多くのアミノ酸が混在していた補助食品でそれが起こるかは確認されていません 結論的にいえば アミノ酸補助食品を取ることが 食事としてたんぱく質を取ることに比べ より優れた結果を発揮するとは考えにくいのです トレーニング関係の雑誌には最近 様々なビタミン剤の広告が載っています そこでは スポーツ選手はストレスが大であり活性酸素の害にもさらされることから 身体防御やコンディション維持のため ビタミン剤の服用を勧めています また ビタミン剤の使用で疲労が緩和され 体調が良くなったという 情報 も耳にします 果たして ビタミン剤の服用はすべての選手に必要なのでしょうか? まず第一に トレーニングによりビタミンの必要量が劇的に増加するのかという疑問 学問的に見ると 運動により必要量が増加すると確認されているのはビタミン B1 と B2 それにせいぜいビタミン C ですが その付加量はわずかです ビタミンが不足すると 特有の欠乏症状が生じます しかし 現在の日本の食生活下では 選手を含めビタミン欠乏症の人は皆無に近い状況 したがって 3 食をしっかり食べれば 選手であっても必要量は確保されると考えるのが自然です ビタミンは元来 ごくわずかが必要なのであり 過剰摂取により その働きが強化されるわけではありません B 類や C の水溶性ビタミンは必要量を超えると尿中に排泄されます しかし脂溶性ビタミンの β- カロチンやビタミン E は脂肪に溶け体内に蓄積されます これらの酸化され易いビタミンを体内に蓄積すると かえって活性酸素の攻撃を受け易い身体を作るとの指摘もあります 唯一ビタミン服用が効果的なのは 減量中で食事量が減っている選手です しかし 急激な減量ではなく 食事のバランスを考えながら計画的に時間をかけて行う場合は ビタミン補給の必要性は少ない ビタミン剤の服用に熱心になるよりも 基本の食生活をいかに充実させるかを考えるのが本筋です