日臨外会誌 76( 4 ),671 676,2015 原 著 膵頭十二指腸切除術後の栄養状態について術後脂肪肝と再発が及ぼす影響 千葉市立海浜病院外科片岡雅章吉岡茂塩原正之若月一雄新井周華須田浩介宮澤康太郎三好哲太郎太枝良夫 目的 : 膵頭十二指腸切除術 (PD) 後の栄養状態の変化を, 術後脂肪肝発症と再発の有無で検討した. 方法 :PD 後 34 例を対象とし, 術後脂肪肝発症の有無で脂肪肝群と非脂肪肝群に分類した. アルブミン, 総タンパク値のほかに,CT で大腰筋面積を測定した. 結果 : 中央値 12カ月の観察期間でPD 後脂肪肝は 8 例 (23.5%) 認めた. 両群間で原疾患の再発率, 術前 術中 術後因子に差はなかった. アルブミン, 総タンパクは非脂肪肝群でPD 前後に有意差はないが, 脂肪肝群で低下を認めた. 大腰筋面積は両群とも術後に減少したが, 脂肪肝群でより減少を認めた. 再発の有無では, 再発ない症例はPD 前後で大腰筋面積に差を認めず, 再発ある症例では有意に低下した. 結語 :PD 後の術後脂肪肝症例や再発症例では筋肉量減少など栄養障害が認められ,QOLや予後の改善のために積極的な栄養サポートを行うことは重要と考えられた. 索引用語 : 膵頭十二指腸切除術, 術後脂肪肝, 再発, 栄養状態, 大腰筋面積 はじめに膵頭十二指腸切除術 (pancreaticoduodenectomy; PD) 後に非アルコール性脂肪肝が合併することは以前から知られているが 1)2), その臨床像や発症機構の詳細は不明な点が多い.PD 後の脂肪肝は栄養過多による生活習慣病の表現型としてではなく, 膵外分泌機能の低下と栄養障害が関与しているとされている 3)4). 今回われわれはPD 後の栄養状態の変化について, 術後脂肪肝発症の有無と原疾患の再発の有無で検討した. 対象および方法 2007 年 1 月から2013 年 9 月まで当科でPDを施行された35 例のうち, 術後 6 ~18カ月でCT 検査が可能であった34 例を対象とした. 複数回のCT 撮影を行っている場合は, 術後 12カ月に近いCTを採用した. 男性 22 例, 女性 12 例, 年齢中央値 69.5 歳 (47-83 歳 ). 原因疾患は, 膵癌 10 例, 胆管癌 15 例, 乳頭部癌 3 例, 膵管内乳頭粘液性腫瘍と十二指腸癌が各 2 例, 大腸癌十二 2015 年 1 月 13 日受付 2015 年 2 月 13 日採用 所属施設住所 261-0012 千葉市美浜区磯辺 3-31- 1 指腸転移と膵神経内分泌腫瘍が各 1 例であった. 手術術式は膵頭十二指腸切除術 8 例, 幽門輪温存膵頭十二指腸切除術 7 例, 亜全胃温存膵頭十二指腸切除術 19 例で, 膵切離は全例門脈左縁で行った. 膵癌に対しては上腸間膜動脈右半周の神経叢郭清を行い, 膵癌以外に対して上腸間膜動脈周囲神経叢郭清は行っていない. 消化管再建はChild 変法で行い, 経腸栄養チューブによる腸瘻を術後早期経腸栄養目的に造設した. 静脈栄養に加えて術後 2 日目から経腸栄養を開始し, 術後 5-7 日目に経口摂取を開始し, 術後 7 日目以降は経静脈的な投薬の必要がなければ経腸栄養のみとし, 十分な食事量を摂取できるまで継続した. 術後の血糖コントロールが必要な症例はインスリンを用い, 経口摂取が可能になった後は必要に応じて経口糖尿病薬を用いた. 脂肪肝の診断は肝の 4 区域および脾臓のCT 値を測定し, 肝 / 脾 CT 値比率が0.9 未満を脂肪肝とした. 術後脂肪肝発症例を脂肪肝群, 非発症例を非脂肪肝群とした. 術後脂肪肝のリスク因子の検討術後脂肪肝の発症に影響を及ぼす可能性のある因子として, 術前因子 ( 年齢, 性別, 原疾患, 糖尿病の有無,BMI), 術中因子 ( 手術時間, 出血量, 膵の硬さ ), 1
672 日本臨床外科学会雑誌 76 巻 Table 1 背景因子 非脂肪肝 (26 例 ) 脂肪肝 (8 例 ) P 術前因子年齢 68.5(47~83) 70.5(56~79) 0.6722 性別 ( 男性 / 女性 ) 18/8 4/4 0.3196 PDの原因疾患膵癌 7 3 0.5659 胆管癌 12 3 0.6664 IPMN 1 1 0.3630 乳頭部癌 3 0 0.3143 十二指腸癌 2 0 0.4178 その他 1 1 0.3630 糖尿病 8 3 0.7219 BMI 22.1(16.6~28.5) 20.7(17.1~26.5) 0.4506 術中因子手術時間 ( 分 ) 518(358~672) 470(425~632) 0.4202 出血量 (g) 1,292(352~2,520) 1,025(380~4,600) 0.7368 膵の硬さ (soft/hard) 21/5 5/3 0.2868 術後因子膵瘻 10 3 0.9610 消化剤内服の有無 9 2 0.6112 止痢剤を要する下痢 2 1 0.6750 糖尿病 (CT 撮影時 ) 10 4 0.5620 術後因子 ( 膵瘻の有無, 消化剤内服の有無, 止痢剤を要する下痢の有無,CT 撮影時の糖尿病の有無 ) について, 脂肪肝群と非脂肪肝群で比較した. 栄養状態の評価 CTやMRIの画像を用いて筋肉量を計測する方法は, 栄養状態の評価に客観性や正確性の点で優れているとされる 5)6). 筋肉量の測定のためCTでL4 上端レベルの横断像上で, 左右の大腰筋の輪郭をトレースしてregion of interest(roi) を設定し,ROI 内のCT 値 30~120HUの筋組織に相当する面積を大腰筋面積として術前と術後に測定し比較した. 2 群間のPD 前後での大腰筋面積変化の比較には, 術前大腰筋面積に対する術後大腰筋面積の比率を用いた. その他の指標として,CTと同時期のアルブミン, 総タンパクを測定した. 統計解析連続変数は中央値 ( 範囲 ) または平均 ± 標準偏差で表記し, 2 群間での比較はunpaired t-testと 2 分変 数の比較にはカイ二乗検定を用いた. 術前術後の比較は paired t-test を用いた.p <0.05を有意差ありとした. 結果 34 例中に術前の脂肪肝症例は認めなかったが, 手術からCTまでの中央値 12カ月 ( 8-16カ月) の観察期間で,PD 術後脂肪肝の発症は 8 例 (23.5%) 認められた. この間の原疾患の再発率は, 非脂肪肝群は26 例中 12 例 (46.2%), 脂肪肝群は 8 例中 4 例 (50%) で差は認めなかった (p=0.8488).pd 術後脂肪肝の発症に影響を及ぼす可能性のある術前 術中 術後因子についての比較では, 両群間でいずれの項目も有意な差は認められなかった (Table 1). PD 前後での栄養状態の変化を脂肪肝群と非脂肪肝群で比較すると, 非脂肪肝群ではアルブミン, 総タンパクともに術前に比べ術後に有意な低下を認めなかったが, 脂肪肝群ではともに有意な低下を認めた (Table 2). 大腰筋面積では非脂肪肝群は術前 12.5±5.2cm 2, 2
4 号 膵頭十二指腸切除術後の栄養状態と脂肪肝 673 Table 2 PD 前後でのアルブミン, 総タンパクの変化 アルブミン (g/dl) の変化 術前 術後 p 非脂肪肝群 (n=26) 3.7±0.4 3.5±0.9 0.3455 脂肪肝群 (n=8) 4.1±0.3 3.1±0.8 0.0186 総タンパク (g/dl) の変化 術前 術後 P 非脂肪肝群 (n=26) 6.7±0.6 6.6±0.7 0.7398 脂肪肝群 (n=8) 7.4±0.6 6.2±1.3 0.0285 Fig. 1 PD 前後の大腰筋面積の変化 : 非脂肪肝群と脂肪肝群の比較. 前後比 : 術前大腰筋面積に対する術後大腰筋面積の比率. 術後 10.5±5.2cm 2, 脂肪肝群は術前 11.4±5.0cm 2, 術後 7.1±3.6cm 2 で, 両群ともに術前に比べ術後に有意な減少を認めた (Fig. 1). 術前大腰筋面積に対する術後大腰筋面積の比率は, 非脂肪肝群 0.86±0.27, 脂肪肝群 0.64±0.11で, 非脂肪肝群に比べ脂肪肝群での減少が有意に大きかった (Fig. 1). 大腰筋面積をCT 施行時に原疾患再発の有無で比較すると, 再発なし群では術前 12.7±5.1cm 2, 術後 11.8 ±5.0cm 2 と差を認めず, 再発あり群では術前 13.3± 5.3cm 2, 術後 8.8±4.9cm 2 と術後に有意な減少を認めた (Fig. 2). 考察脂肪肝は通常はメタボリック症候群など栄養過多に伴うことが多いが, 栄養不良においても脂肪肝をはじめとした肝障害をきたすといわれている 7).PD 術後も栄養不良のリスクがあり, 術後に非アルコール性脂肪肝が合併することは以前から知られていて 1)2),PD 術後の23-37% の患者が脂肪肝になるとの報告がある 3)8). 臨床像や発症機構の詳細は不明な点が多いが, 膵外分泌機能の低下と栄養障害が関与しているとされ 3
674 日本臨床外科学会雑誌 76 巻 Fig. 2 PD 前後の大腰筋面積の変化 : 原疾患再発の有無での比較. 前後比 : 術前大腰筋面積に対する術後大腰筋面積の比率. ていて 3)4)9), 原因として腸管吸収の障害, 亜鉛欠乏による腸管バリアの不全などが挙げられており, 膵癌, 膵切離部位, 術後の下痢などがPD 後の脂肪肝のrisk factor とされている 3). 今回のわれわれの調査では,PD 術後の23.5% に術後約 1 年で脂肪肝をきたしていた. この間の脂肪肝群と非脂肪肝群での再発率には差はなく, 再発症例に脂肪肝が多いというわけではなかった. 膵癌は随伴性膵炎や膵の線維化を伴うことが多く, 膵管に沿って広がり膵切除量も多くなるため残膵機能低下から膵内外分泌機能の低下に陥りやすく, 神経叢郭清により下痢をきたしやすいため, 消化吸収障害から脂肪肝になりやすいと考えられている 3). われわれのケースでは, 胆管癌でも膵癌と同様に術後脂肪肝をきたし, 膵癌に多いというわけではなかった. 術後の下痢に関しては, 今回われわれが調べた範囲では関連が見られなかった. 多くの症例で軟便はきたしていたが術後の下痢の評価は患者の訴えによるため難しく, 今回われわれは, 止痢剤を要する下痢の有無を対象としたため軽度の下痢が見逃され差が出なかった可能性もある. 術後の消化吸収に関すると考えられる因子として消化剤内服の有無を検討したが, われわれの検討では脂肪肝群と非 脂肪肝群で差を認めなかった. 今回内服していた消化剤は胃切除後に処方される一般的な消化剤であったが, 膵消化酵素を多く含む pancrelipase が PD 術後の脂肪肝の改善に効果があるとの報告がある 3)4)10). 現在われわれもpancrelipaseを脂肪肝発生予防目的に使用しており, 今後はその効果について検討する必要があると考えられる. PD 前後の栄養状態の変化を評価する方法として, 採血でのアルブミン, 総タンパク値とCT 画像評価を用いた. アルブミン, 総タンパクでの評価は非脂肪肝群では術前に比べ術後に有意な低下を認めなかったが, 脂肪肝群では有意な低下を認めた. 採血でのアルブミン, 総タンパクは栄養状態を必ずしも反映していない場合もある. 一方,CTやMRIの画像を用いた筋肉量を計測する方法が, 客観性や正確性の点で優れており癌患者の筋肉減少の評価に有用とされている 5)6). 今回われわれは,CTを用いて大腰筋面積を測定し術前と術後で比較したところ, 脂肪肝群と非脂肪肝群ともに術前に比べ術後に減少を認めた. 術前大腰筋面積に対する術後大腰筋面積の比率では, 非脂肪肝群に比べ脂肪肝群で有意に低下しており,PD 術後脂肪肝に栄養障害が関与しているという報告に矛盾しない. 癌 4
4 号 膵頭十二指腸切除術後の栄養状態と脂肪肝 675 患者の筋肉量の減少や体重減少を抑えることが, QOLや予後の改善につながるとされる 11). 術後脂肪肝症例では大腰筋面積の減少が著明であり, 脂肪肝改善に効果の期待されるpancrelipaseなど高力価膵酵素剤の内服や亜鉛を含んだ補助栄養食品の投与, 下痢などの消化器症状のコントロール, 外来受診時の管理栄養士による栄養相談など積極的な栄養サポートを考えることは重要と思われる. また, これらは術後の栄養障害や脂肪肝の予防にも有効と考えられる. 原疾患再発の有無で大腰筋面積の変化を比べると, 再発なし群では術前と術後で大腰筋面積に有意な減少を認めなかったが, 再発あり群では有意な減少を認め, 再発による栄養障害を反映していると考えられる. 今後は再発を認めた症例に対する栄養管理を積極的に行っていくことが, 術後脂肪肝症例に対するのと同様に QOLや予後の改善に大切と考えられた. また, 再発あり群の中には脂肪肝群と非脂肪肝群も含まれており, このことは再発による栄養障害だけでは必ずしも脂肪肝にはならないことを示しており,PD 術後の脂肪肝発症には栄養障害だけでなく他のメカニズムも関係している可能性が示唆された. 結語 PD 後の栄養状態の変化を術後脂肪肝および再発の有無で検討した. 術後脂肪肝症例や再発症例では筋肉量減少など栄養障害が認められ,QOLや予後の改善のために積極的な栄養サポートを行うことは重要と考えられた. 文献 1)Nomura R, Ishizaki Y, Suzuki K, et al : Development of hepatic steatosis after pancreatoduodenectomy. AJR Am J Roentgenol 2007 ; 189 : 1484-1488 2)Yu HH, Shan YS, Lin PW : Effect of pancreaticoduodenectomy on the course of hepatic steatosis. World J Surg 2010 ; 34 : 2122-2127 3)Kato H, Isaji S, Azumi Y, et al : Development of nonalcoholic fatty liver disease (NAFLD)and nonalcoholic steatohepatitis (NASH)after pancreaticoduodenectomy : proposal of a postoperative NAFLD scoring system. J Hepatobiliary Pancreat Sci 2010 ; 17 : 296-304 4) 長屋匡信, 田中直樹 : 膵頭十二指腸切除術後の非アルコール性脂肪肝の特徴. 胆と膵 2011;32: 505-511 5) 森直治, 東口高志, 伊藤彰博他 : がん患者におけるCT 大腰筋面積測定の臨床的意義. 静脈経腸栄養 2014;29:1211-1217 6)Baracos VE, Reiman T, Mourtzakis M, et al : Body composition in patients with non-small cell lung cancer : a contemporary view of cancer cachexia with the use of computed tomography image analysis. Am J Clin Nutr 2010 ; 91 : 1133S-1137S 7)Tsukamoto M, Tanaka A, Arai M, et al : Hepatocellular injuries observed in patients with an eating disorder prior to nutritional treatment. Intern Med 2008 ; 47 : 1447-1450 8)Tanaka N, Horiuchi A, Yokoyama T, et al : Clinical characteristics of de novo nonalcoholic fatty liver disease following pancreaticoduodenectomy. J Gastroenterol 2011 ; 46 : 758-768 9)Song SC, Choi SH, Choi DW, et al : Potential risk factors for nonalcoholic steatohepatitis related to pancreatic secretions following pancreaticoduodenectomy. World J Gastroenterol 2011 ; 17 : 3716-3723 10)Nagai M, Sho M, Satoi S, et al : Effects of pancrelipase on nonalcoholic fatty liver disease after pancreaticoduodenectomy. J Hepatobiliary Pancreat Sci 2014 ; 21 : 186-192 11) 井田智, 比企直樹, 熊谷厚志他 : 癌患者における栄養管理. 消外 2014;37:1939-1946 5
676 日本臨床外科学会雑誌 76 巻 INFLUENCE OF FATTY LIVER DEVELOPMENT AND RECURRENCE OF PRIMARY DISEASE ON NUTRITIONAL STATUS AFTER PANCREATICODUODENECTOMY Masaaki KATAOKA, Shigeru YOSHIOKA, Masayuki SHIOBARA, Kazuo WAKATSUKI, Syuuka ARAI, Kousuke SUDA, Koutaro MIYAZAWA, Tetsutaro MIYOSHI and Yoshio OOEDA Department of Surgery, Chiba Kaihin Municipal Hospital Purpose : We evaluated nutritional status following pancreaticoduodenectomy (PD) in terms of fatty liver development and primary disease recurrence. Methods : Following PD, 34 patients were divided into a fatty liver group (FLg) and a non-fatty liver group (NFLg). We assessed albumin and total protein levels as well as the psoas muscle area via computed tomography. Results : Over a median observation period of 12 months, 8 cases (23.5%) developed a fatty liver. The rate of primary disease recurrence was the same in the FLg and NFLg, and there was no difference in preoperative, intraoperative, or postoperative factors between the two groups. In the NFLg, albumin and total protein levels after PD were not different from their preoperative values, while significant decreases were observed in the FLg. After PD, the psoas muscle area decreased in both groups, with a greater reduction in the FLg than in the NFLg. Regarding primary disease recurrence, the post-pd psoas muscle area reduced significantly in patients with recurrence but not in those without recurrence. Conclusion : Loss of muscle and nutritional deterioration was observed in patients with a fatty liver or primary disease recurrence after PD, and nutritional support was considered important for improving prognosis and quality of life. Key words:pancreaticoduodenectomy,fatty liver,recurrence,nutritional status,psoas muscle area 6