研究成果報告書

Similar documents
研究成果報告書

サカナに逃げろ!と指令する神経細胞の分子メカニズムを解明 -個性的な神経細胞のでき方の理解につながり,難聴治療の創薬標的への応用に期待-

nsg01-04/ky191063169900010781

研究成果報告書

Powered by TCPDF ( Title Sub Title Author 喫煙による涙腺 眼表面ダメージのメカニズム解明 Assessment of the lacrimal and ocular surface damage mechanism related

Powered by TCPDF ( Title 組織のスラック探索に関する包括的モデルの構築と実証研究 Sub Title On the comprehensive model of organizational slack search Author 三橋, 平 (M

Microsoft Word - 博士論文概要.docx

脳組織傷害時におけるミクログリア形態変化および機能 Title変化に関する培養脳組織切片を用いた研究 ( Abstract_ 要旨 ) Author(s) 岡村, 敏行 Citation Kyoto University ( 京都大学 ) Issue Date URL http

平成14年度研究報告

<4D F736F F D20322E CA48B8690AC89CA5B90B688E38CA E525D>

生物 第39講~第47講 テキスト

研究の背景社会生活を送る上では 衝動的な行動や不必要な行動を抑制できることがとても重要です ところが注意欠陥多動性障害やパーキンソン病などの精神 神経疾患をもつ患者さんの多くでは この行動抑制の能力が低下しています これまでの先行研究により 行動抑制では 脳の中の前頭前野や大脳基底核と呼ばれる領域が

生理学 1章 生理学の基礎 1-1. 細胞の主要な構成成分はどれか 1 タンパク質 2 ビタミン 3 無機塩類 4 ATP 第5回 按マ指 (1279) 1-2. 細胞膜の構成成分はどれか 1 無機りん酸 2 リボ核酸 3 りん脂質 4 乳酸 第6回 鍼灸 (1734) E L 1-3. 細胞膜につ

学位論文の要約

研究成果報告書

( 続紙 1 ) 京都大学 博士 ( 薬学 ) 氏名 大西正俊 論文題目 出血性脳障害におけるミクログリアおよびMAPキナーゼ経路の役割に関する研究 ( 論文内容の要旨 ) 脳内出血は 高血圧などの原因により脳血管が破綻し 脳実質へ出血した病態をいう 漏出する血液中の種々の因子の中でも 血液凝固に関

Powered by TCPDF ( Title 造血器腫瘍のリプログラミング治療 Sub Title Reprogramming of hematological malignancies Author 松木, 絵里 (Matsuki, Eri) Publisher P

<4D F736F F D A8DC58F4994C C A838A815B C91E5817B90E E5817B414D A2E646F63>

表紙.indd

第6号-2/8)最前線(大矢)

< 研究の背景 > 運動に疲労はつきもので その原因や予防策は多くの研究者や競技者 そしてスポーツ愛好者の興味を引く古くて新しいテーマです 運動時の疲労は 必要な力を発揮できなくなった状態 と定義され 疲労の原因が起こる身体部位によって末梢性疲労と中枢性疲労に分けることができます 末梢性疲労の原因の

60 秒でわかるプレスリリース 2008 年 8 月 21 日 独立行政法人理化学研究所 GABA 抑制の促進がアルツハイマー病の記憶障害に関与 - GABA 受容体阻害剤が モデルマウスの記憶を改善 - 物忘れに始まり認知障害へと徐々に進行していくアルツハイマー病は 発症すると究極的には介護が欠か

M波H波解説

博士論文 考え続ける義務感と反復思考の役割に注目した 診断横断的なメタ認知モデルの構築 ( 要約 ) 平成 30 年 3 月 広島大学大学院総合科学研究科 向井秀文

<4D F736F F D2091EE8B7D95D D95924A C83588CB48D6588C4816B8DC58F4994C5816C2E646F63>

様式 C-19 科学研究費補助金研究成果報告書 平成 22 年 6 月 16 日現在 研究種目 : 若手研究 (B) 研究期間 :2008~2009 課題番号 : 研究課題名 ( 和文 ) 心臓副交感神経の正常発生と分布に必須の因子に関する研究 研究課題名 ( 英文 )Researc

<4D F736F F D208DC58F4994C581798D4C95F189DB8A6D A C91E A838A838A815B83588CB48D EA F48D4189C88

図 B 細胞受容体を介した NF-κB 活性化モデル

1. Caov-3 細胞株 A2780 細胞株においてシスプラチン単剤 シスプラチンとトポテカン併用添加での殺細胞効果を MTS assay を用い検討した 2. Caov-3 細胞株においてシスプラチンによって誘導される Akt の活性化に対し トポテカンが影響するか否かを調べるために シスプラチ

研究成果報告書


Microsoft Word - tohokuuniv-press _01.docx

様式F-19 記入例・作成上の注意

( 様式乙 8) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 米田博 藤原眞也 副査副査 教授教授 黒岩敏彦千原精志郎 副査 教授 佐浦隆一 主論文題名 Anhedonia in Japanese patients with Parkinson s disease ( 日本人パー

‰²−Ô.ec9

学位論文名 :Relationship between cortex and pulvinar abnormalities on diffusion-weighted imaging in status epilepticus ( てんかん重積における MRI 拡散強調画像の高信号 - 大脳皮質と視

PowerPoint プレゼンテーション

Untitled

様式 C-19 科学研究費補助金研究成果報告書 平成 21 年 6 月 2 日現在 研究種目 : 若手研究 (B) 研究期間 :26 ~ 28 課題番号 : 研究課題名 ( 和文 ) 炭酸ガスおよび半導体レーザーによるオーラルアンチエイジング 研究課題名 ( 英文 ) Oral an

2015 年 11 月 5 日 乳酸菌発酵果汁飲料の継続摂取がアトピー性皮膚炎症状を改善 株式会社ヤクルト本社 ( 社長根岸孝成 ) では アトピー性皮膚炎患者を対象に 乳酸菌 ラクトバチルスプランタルム YIT 0132 ( 以下 乳酸菌 LP0132) を含む発酵果汁飲料 ( 以下 乳酸菌発酵果

報道発表資料 2001 年 12 月 29 日 独立行政法人理化学研究所 生きた細胞を詳細に観察できる新しい蛍光タンパク質を開発 - とらえられなかった細胞内現象を可視化 - 理化学研究所 ( 小林俊一理事長 ) は 生きた細胞内における現象を詳細に観察することができる新しい蛍光タンパク質の開発に成

スライド 1

( 図 ) IP3 と IRBIT( アービット ) が IP3 受容体に競合して結合する様子

化を明らかにすることにより 自閉症発症のリスクに関わるメカニズムを明らかにすることが期待されます 本研究成果は 本年 京都において開催される Neuro2013 において 6 月 22 日に発表されます (P ) お問い合わせ先 東北大学大学院医学系研究科 発生発達神経科学分野教授大隅典

一次サンプル採取マニュアル PM 共通 0001 Department of Clinical Laboratory, Kyoto University Hospital その他の検体検査 >> 8C. 遺伝子関連検査受託終了項目 23th May EGFR 遺伝子変異検

2019 年 3 月 28 日放送 第 67 回日本アレルギー学会 6 シンポジウム 17-3 かゆみのメカニズムと最近のかゆみ研究の進歩 九州大学大学院皮膚科 診療講師中原真希子 はじめにかゆみは かきたいとの衝動を起こす不快な感覚と定義されます 皮膚疾患の多くはかゆみを伴い アトピー性皮膚炎にお

オクノベル錠 150 mg オクノベル錠 300 mg オクノベル内用懸濁液 6% 2.1 第 2 部目次 ノーベルファーマ株式会社

平成20年5月20日

60 秒でわかるプレスリリース 2008 年 10 月 22 日 独立行政法人理化学研究所 脳内のグリア細胞が分泌する S100B タンパク質が神経活動を調節 - グリア細胞からニューロンへの分泌タンパク質を介したシグナル経路が活躍 - 記憶や学習などわたしたち高等生物に必要不可欠な高次機能は脳によ

Microsoft Word - 【確定】東大薬佐々木プレスリリース原稿

4. 発表内容 : 研究の背景 イヌに お手 を新しく教える場合 お手 ができた時に餌を与えるとイヌはまた お手 をして餌をもらおうとする このように動物が行動を起こした直後に報酬 ( 餌 ) を与えると そ の行動が強化され 繰り返し行動するようになる ( 図 1 左 ) このことは 100 年以

統合失調症発症に強い影響を及ぼす遺伝子変異を,神経発達関連遺伝子のNDE1内に同定した

共同研究チーム 個人情報につき 削除しております 1

Microsoft Word - 01.doc

血糖値 (mg/dl) 血中インスリン濃度 (μu/ml) パラチノースガイドブック Ver.4. また 2 型糖尿病のボランティア 1 名を対象として 健康なボランティアの場合と同様の試験が行われています その結果 図 5 に示すように 摂取後 6 分までの血糖値および摂取後 9 分までのインスリ

統合失調症モデルマウスを用いた解析で新たな統合失調症病態シグナルを同定-統合失調症における新たな予防法・治療法開発への手がかり-

研究成果報告書

日本標準商品分類番号 カリジノゲナーゼの血管新生抑制作用 カリジノゲナーゼは強力な血管拡張物質であるキニンを遊離することにより 高血圧や末梢循環障害の治療に広く用いられてきた 最近では 糖尿病モデルラットにおいて増加する眼内液中 VEGF 濃度を低下させることにより 血管透過性を抑制す

新規 P2X4 受容体アンタゴニスト NCP-916 の鎮痛作用と薬物動態に関する検討 ( 分野名 : ライフイノベーション分野 ) ( 学籍番号 )3PS1333S ( 氏名 ) 小川亨 序論 神経障害性疼痛とは, 体性感覚神経系の損傷や疾患によって引き起こされる痛みと定義され, 自発痛やアロディ

京都大学博士 ( 工学 ) 氏名宮口克一 論文題目 塩素固定化材を用いた断面修復材と犠牲陽極材を併用した断面修復工法の鉄筋防食性能に関する研究 ( 論文内容の要旨 ) 本論文は, 塩害を受けたコンクリート構造物の対策として一般的な対策のひとつである, 断面修復工法を検討の対象とし, その耐久性をより

抑制することが知られている 今回はヒト子宮内膜におけるコレステロール硫酸のプロテ アーゼ活性に対する効果を検討することとした コレステロール硫酸の着床期特異的な発現の機序を解明するために 合成酵素であるコ レステロール硫酸基転移酵素 (SULT2B1b) に着目した ヒト子宮内膜は排卵後 脱落膜 化


東邦大学学術リポジトリ タイトル別タイトル作成者 ( 著者 ) 公開者 Epstein Barr virus infection and var 1 in synovial tissues of rheumatoid 関節リウマチ滑膜組織における Epstein Barr ウイルス感染症と Epst

グルコースは膵 β 細胞内に糖輸送担体を介して取り込まれて代謝され A T P が産生される その結果 A T P 感受性 K チャンネルの閉鎖 細胞膜の脱分極 電位依存性 Caチャンネルの開口 細胞内 Ca 2+ 濃度の上昇が起こり インスリンが分泌される これをインスリン分泌の惹起経路と呼ぶ イ

フィードバック ~ 様々な電子回路の性質 ~ 実験 (1) 目的実験 (1) では 非反転増幅器の増幅率や位相差が 回路を構成する抵抗値や入力信号の周波数によってどのように変わるのかを調べる 実験方法 図 1 のような自由振動回路を組み オペアンプの + 入力端子を接地したときの出力電圧 が 0 と

Part 1 症状が強すぎて所見が取れないめまいをどうするか? 頭部 CT は中枢性めまいの検査に役立つか? 1 めまい診療が難しい理由は? MRI 感度は 50% 未満, さらには診断学が使えないから 3

補助事業者 研究代表者及び研究分担者所属研究機関氏名 部局 職名 同一機関に所属する補助事業者の間接経費譲渡額は 合計額のみを記入してください 間接経費の交付申請書に記譲渡額載の補助金額 13,000,000 13,000,621 5,500,000 大学 学部 准教授 20234

研究成果報告書

Microsoft PowerPoint - 熱力学Ⅱ2FreeEnergy2012HP.ppt [互換モード]

4. 発表内容 : 1 研究の背景 先行研究における問題点 正常な脳では 神経細胞が適切な相手と適切な数と強さの結合 ( シナプス ) を作り 機能的な神経回路が作られています このような機能的神経回路は 生まれた時に完成しているので はなく 生後の発達過程において必要なシナプスが残り不要なシナプス

PRESS RELEASE (2016/11/22) 北海道大学総務企画部広報課 札幌市北区北 8 条西 5 丁目 TEL FAX URL:

『標準生理学(第8版)』 第1刷 正誤表

報道発表資料 2004 年 9 月 6 日 独立行政法人理化学研究所 記憶形成における神経回路の形態変化の観察に成功 - クラゲの蛍光蛋白で神経細胞のつなぎ目を色づけ - 独立行政法人理化学研究所 ( 野依良治理事長 ) マサチューセッツ工科大学 (Charles M. Vest 総長 ) は記憶形

3. 安全性本治験において治験薬が投与された 48 例中 1 例 (14 件 ) に有害事象が認められた いずれの有害事象も治験薬との関連性は あり と判定されたが いずれも軽度 で処置の必要はなく 追跡検査で回復を確認した また 死亡 その他の重篤な有害事象が認められなか ったことから 安全性に問

Microsoft Word - ①【修正】B型肝炎 ワクチンにおける副反応の報告基準について

られる 糖尿病を合併した高血圧の治療の薬物治療の第一選択薬はアンジオテンシン変換酵素 (ACE) 阻害薬とアンジオテンシン II 受容体拮抗薬 (ARB) である このクラスの薬剤は単なる降圧効果のみならず 様々な臓器保護作用を有しているが ACE 阻害薬や ARB のプラセボ比較試験で糖尿病の新規

Kumamoto University Center for Multimedia and Information Technologies Lab. 熊本大学アプリケーション実験 ~ 実環境における無線 LAN 受信電波強度を用いた位置推定手法の検討 ~ InKIAI 宮崎県美郷

Microsoft Word - Ⅲ-11. VE-1 修正後 3.14.doc

脳卒中エキスパート 抗血栓療法を究める

Untitled

がんを見つけて破壊するナノ粒子を開発 ~ 試薬を混合するだけでナノ粒子の中空化とハイブリッド化を同時に達成 ~ 名古屋大学未来材料 システム研究所 ( 所長 : 興戸正純 ) の林幸壱朗 ( はやしこういちろう ) 助教 丸橋卓磨 ( まるはしたくま ) 大学院生 余語利信 ( よごとしのぶ ) 教

ータについては Table 3 に示した 両製剤とも投与後血漿中ロスバスタチン濃度が上昇し 試験製剤で 4.7±.7 時間 標準製剤で 4.6±1. 時間に Tmaxに達した また Cmaxは試験製剤で 6.3±3.13 標準製剤で 6.8±2.49 であった AUCt は試験製剤で 62.24±2

のとなっています 特に てんかん患者の大部分を占める 特発性てんかん では 現在までに 9 個が報告されているにすぎません わが国でも 早くから全国レベルでの研究グループを組織し 日本人の熱性痙攣 てんかんの原因遺伝子の探求を進めてきましたが 大家系を必要とするこの分野では今まで海外に遅れをとること

Microsoft Word - プレス原稿_0528【最終版】

厚生労働科学研究費補助金 (地域健康危機管理研究事業)

日本内科学会雑誌第98巻第12号

り込みが進まなくなることを明らかにしました つまり 生後 12 日までの刈り込みには強い シナプス結合と弱いシナプス結合の相対的な差が 生後 12 日以降の刈り込みには強いシナプス 結合と弱いシナプス結合の相対的な差だけでなくシナプス結合の絶対的な強さが重要であることを明らかにしました 本研究成果は

電気生理学実習解説第4版

Ø Ø Ø

2. 手法まず Cre 組換え酵素 ( ファージ 2 由来の遺伝子組換え酵素 ) を Emx1 という大脳皮質特異的な遺伝子のプロモーター 3 の制御下に発現させることのできる遺伝子操作マウス (Cre マウス ) を作製しました 詳細な解析により このマウスは 大脳皮質の興奮性神経特異的に 2 個

研究成果報告書

Powered by TCPDF ( Title フィラグリン変異マウスを用いた新規アトピー性皮膚炎マウスモデルの作製 Sub Title Development of a new model for atopic dermatitis using filaggrin m


<4D F736F F D208DC58F498F4390B D4C95F189DB8A6D A A838A815B C8EAE814095CA8E86325F616B5F54492E646F63>

シトリン欠損症説明簡単患者用

H

第192回市民医学講座


1

Microsoft Word - 運動が自閉症様行動とシナプス変性を改善する

Transcription:

様式 C-19 科学研究費助成事業 ( 科学研究費補助金 ) 研究成果報告書 機関番号 :12301 研究種目 : 若手研究 (B) 研究期間 :2010~2011 課題番号 :22791568 研究課題名 ( 和文 ) 一過性脳虚血に対する舌下神経前位核ニューロンの脆弱性 平成 24 年 5 月 14 現在 研究課題名 ( 英文 )Vulnerability of neurons in the prepositus hypoglossi nucleus against transient ischemia. 研究代表者紫野正人 (SHINO MASATO) 群馬大学 医学部 助教研究者番号 :20550015 研究成果の概要 ( 和文 ): 内側前庭神経核や舌下神経前位核ニューロンは一過性虚血 (5 分間 OGD 負荷 ) に対して その膜電位を過分極させて自発発火を停止し 生理的条件下に戻すことで脱分極して自発発火を回復した このことは ニューロン自身の内因性膜特性の変化によって生じる さらにその責任となるイオンコンダクタンスは ATP 感受性カリウムチャネルを介した外向きカリウム電流であることが薬理学的実験から明らかとなった 虚血に対して一過性過分極から自発発火の停止を導く内因性膜特性変化は 虚血に対する過剰な自発発火による細胞死から自身を守るためのニューロンの自己防衛機序ととらえることができる 研究成果の概要 ( 英文 ):The neurons in the medial vestibular and the prepositus hypoglossi nucleus are hyperpolarized due to transient outward potassium current through KATP channels during transient ischemia. This mechanism is thought to be a self-defense system which enables to prevent neurons from ischemic injury. 交付決定額 ( 金額単位 : 円 ) 直接経費 間接経費 合計 2010 年度 2,800,000 840,000 3,640,000 2011 年度 500,000 150,000 650,000 年度年度年度総計 3,300,000 990,000 4,290,000 研究分野 : 前庭科研費の分科 細目 : 外科系臨床医学 耳鼻咽喉科学キーワード : 舌下神経前位核 虚血 内側前庭神経核 パッチクランプ 1. 研究開始当初の背景近年の高齢化社会において メマイ 平衡障害は高齢者で頻繁に遭遇する病態である 高齢者のメマイ 平衡障害は 中枢代償機構の低下 長期臥床による筋力低下 改善意欲の低下など様々な要因により生活の質を著しく低下させる このようなメマイ 平衡障害の原因として CT MRI で器質性病変を検出 できない一過性脳虚血発作である椎骨脳底動脈循環不全症 (Vertebrobasilar Insufficiency; VBI) が挙げられる 椎骨脳底動脈系は末梢前庭器 蝸牛 第 Ⅷ 脳神経 脳幹 小脳などに広く血液を供給しているため 当該血管系の循環不全により理論上 その潅流域にあるすべての器官の機能障害が生じうる しかし 実際の日常診療の場では

メマイ単独の症状を呈することが少なくない VBI は中枢性メマイに分類されるものの生じる眼振は定方向性の水平回旋混合性眼振が多く 注視眼振のような いわゆる中枢性の眼振はまれである そこで 椎骨脳底動脈の潅流域に存在し 水平性眼球運動に関与する脳幹神経核である舌下神経前位核 (Prepositus Hypoglossi Nucleus; PHN) と内側前庭神経核 (Medial Vestibular Nucleus; MVN) の虚血耐性に着目した 舌下神経前位核と内側前庭神経核は 水平眼球運動において 外側三半規管からの頭部回転速度情報を眼球位置情報に変換するという神経積分器としての役割が報告されている したがって舌下神経前位核や内側前庭神経核を含む脳幹が脳梗塞などで不可逆性の障害を受けると 側方注視眼振がみられる ネコやサルなどの in vivo の報告からも 舌下神経前位核の物理的 化学的破壊により眼位が保持できず 側方注視眼振が出現することが証明されている 一方 in vitro の実験系から 舌下神経前位核と内側前庭神経核は多様な電気生理学的特性を持つニューロンから構成されることを申請者は報告した 臨床の現場で椎骨脳底動脈循環不全症に伴う水平性眼振が生じることにはしばしば遭遇するが ニューロンレベルでそれぞれの神経核が循環不全 すなわち一過性虚血に対してどのような反応を示すのかは十分に理解されていない そこで 水平性眼振解発の中心的役割をになう舌下神経前位核や内側前庭神経核の虚血に対する振舞いを調べるという研究テーマの着想に至った 2. 研究の目的本研究の目的は 舌下神経前位核 内側前庭神経核に虚血負荷を与えた時の反応を調べることである 神経核としての働きは その構成最小単位である個々のニューロンに反映されているため 本研究では舌下神経前位核ニューロン 内側前庭神経核ニューロンに着目し 一過性脳虚血によってのこれらニューロンの電気生理学的特性がどのように変化するのかを観察することで椎骨脳底動脈循環不全症の眼振出現のメカニズムを明らかにする これにより 新たな薬剤の開発やメマイ治療法の確立に有効であると考えられる 電気生理学的手法 なかでも代の脳科学分野においてニューロンの機能を調べるうえで 第一選択であり 同時に細胞内染色も可能で 形態学的な評価も可能なテクニックである スライスパッチクランプ法を採用してニューロンの膜特性変化を調べた また 虚血負荷としては 無グルコース無酸素刺激 (Oxygen-Glucose deprivation; OGD) を用いた この虚血刺激方法は すでに海馬 小脳 脳幹などで広く用いられている方法である 虚血時間は既存の論文や 人間における心肺停止時間 (= 脳虚血 ) のゴールデンタイムである 5 分間とした 具体的には まず生理的条件下でニューロンの自発発火を記録する 同時にスパイク後過分極の形 スパイク幅 スパイク生成閾値などのパラメータに関しても測定を行う その後 無酸素 無グルコースの細胞外液 (OGD) を脳幹スライスに還流させて一過性脳虚血状態にし 5 分後再び生理的条件下に戻す この一連の時間経過においてニューロンの膜電位が定常状態と比較してどのように変化するかを記録する さらに 虚血によって生じる変化の原因となるイオンコンダクタンスについても各種の阻害剤を用いて検討する 一方で 舌下神経前位核と内側前庭神経核を構成するニューロンは全く同一ではなく 膜特性が異なるものも存在する このことから 両者に特徴的な膜特性を持つニューロンについても検討する 4. 研究成果スライスパッチクランプ法の電流固定法にてニューロンの自発発火を記録した 内側前庭神経核ニューロンは自発発火をしていることが知られている 本研究でも同様に多くのニューロンで自発発火が記録できた 5 分間 OGD 負荷を与えると ニューロンの膜電位は速やかに過分極し その結果 ニューロンの自発発火が停止した 虚血後に生理的条件に戻す ( 酸素とグルコースを供給する ) とニューロンの膜電位は脱分極し 自発発火を再開した OGD 前 中 後でスパイク生成閾値を比較すると OGD 中は有意に低下していた また OGD 前後の比較では有意な差は認めなかった (Fig.1) Fig.1 虚血による自発発火と閾値の変化 3. 研究の方法本研究の目的は一過性虚血に対するニューロンの可逆性変化を機能的アプローチでとらえることである このためニューロンが生きている状態を維持することが必要不可欠である したがって申請者は実験方法として 次に 一過性過分極がどのような要因に起因

するのかを調べるため 二つの仮説を検討した 第一にニューロンへの外因性要素の影響である 内側前庭神経核や舌下神経前位核に限らず ニューロンには多くの興奮性 抑制性神経線維入力があり ニューロンの活動性を規定している 虚血によりプレシナプスからの抑制性入力が増大し ニューロンの過分極が生じる可能性を検討した (Fig.2) Fig.2 外因性要素の仮説シェーマ ニューロンへの興奮性入力を阻害剤で遮断した状態で OGD 負荷時の自発性抑制性シナプス後電流 (spontaneous inhibitory postsynaptic current; sipsc) を記録した 阻害剤として グルタミン酸性シナプス伝達は 2mM キヌレン酸を用いた 生理的条件下での sipsc が一過性に増大するものもあった (Fig.3A) が 全体としては OGD により sipsc の頻度 (Fig. 3B) 振幅 (Fig. 3C) ともに有意な変化は認めなかった この結果から外因性要素による一過性過分極は説明がつかないという結論に達した Fig.3 抑制性シナプス後電流の測定 録を示している このニューロンでは OGD 負荷後の発火頻度が上昇した しかし 調査した 11 のニューロンでは OGD 負荷前後で有意な発火頻度の変化はみられなかった 以上より OGD 負荷による膜電位の一過性過分極は ニューロン自身の内因性膜特性が可逆的に変化することに起因すると結論できた Fig.5 阻害剤存在下での OGD 負荷と発火頻度 さらに OGD 負荷前後での活動電位のスパイク特性についても検討を行った 今回は スパイク特性の比較パラメータとして 1 活動電位のピークから後過分極のピークまでの時間 2 後過分極の振幅 3 活動電位の幅を測定した (Fig. 6) Fig. 6 OGD 負荷前後でのスパイク特性比較 次に第二の仮説として ニューロンの内因性膜特性変化による過分極の可能性を検討した (Fig. 4) Fig.4 内因性要素の仮説シェーマ 興奮性入力に加え GABA とグリシンによる抑制性入力を遮断し ニューロンをアイソレートしておく 阻害剤として GABA 作動性シナプス伝達には 100μM ピクロトキシンを グリシン作動性シナプス伝達は 10μM ストリキニンを使用した この条件下で前述と同様に OGD 負荷による自発発火の変化を記録した その結果 Fig.1 と同様に OGD による一過性過分極と これに引き続いて起こる自発発火の停止がみられた 虚血を解除した場合も同様にニューロンの膜電位はすみやかに脱分極して自発発火を再開した (Fig.5A 1-3) 次に OGD 負荷前後での自発発火頻度に着目して経時的にその頻度を記録した Fig. 5B は Fig. 5A で示されたニューロンの発火頻度記 Fig. 6A は活動電位のどの部分をパラメータとして使用したのかを示している Fig. 6B は各パラメータの比較であり 結果として どのパラメータにおいても OGD 負荷前後で有意な変化を示すものはなかった 以上の結果より 内側前庭神経核や舌下神経前位核ニューロンは OGD 負荷を受けることで 一過性に過分極して自発発火を停止し 生理的条件下に戻すことによって すみやかに膜電位が脱分極して自発発火を再開する そして現象は 外因性要因によらず ニューロン自身が持つ内因性膜特性の変化によって生じていることが実証された 次に 上記のような現象が ニューロンのどのようなイオンコンダクタンスに起因して

いるのか検討した 虚血によってニューロン ( 細胞内 ) に生じるのは エネルギー (=ATP) の枯渇である ニューロンはグルコースのみをエネルギー源として使用し 他の糖類やタンパク 脂質を変換して使用することができない また 虚血による酸素不足では エネルギー効率の良い好気的な ATP 産生が不可能である 一方 膜電位を過分極させるイオン電流の候補としては外向きカリウム電流を考えた すでに中脳黒質線状体のドーパミン産生ニューロンでは 虚血に反応して ATP 感受性カリウムイオンチャネルを介した外向きカリウム電流により膜電位が過分極することで 異常発火を防ぐ自己防衛機構が報告されている これと同様のメカニズムが内側前庭神経核や舌下神経前位核にも存在することを想定し ATP 感受性カリウムイオンチャネル (K ATP ) を候補とした そこで ATP 感受性カリウムイオンチャネルの阻害剤 (glibenclamide, tolbutamide) 存在下で OGD 負荷を与えた時の自発客家の様子を観察した コントロールとして これまでの条件下で OGD 負荷を行い 一過性過分極による自発発火の停止が起こることを確認後 ATP 感受性カリウムイオンチャネルの阻害剤である 100μM glibenclamide を添加した OGD 負荷を与えた その結果 これまでに記録されたような一過性過分極とこれに付随した自発発火の停止はみられず ニューロンは自発発火を継続した この現象は もう一つの阻害剤である 500μM tolbtamide を添加したときも同様であった (Fig. 7) Fig. 7 ATP 感受性カリウムイオンチャネル阻害剤存在下での OGD 負荷 以上より OGD 負荷による一過性過分極は ATP 感受性カリウムイオンチャネルを介した一過性外向きカリウム電流に起因することが証明された また 舌下神経前位核ニューロンには特徴的な発火特性を示すニューロンが存在したため その原因となるイオンコンダクタンスについても調査を行った このニューロンの特徴は 電流注入に対するスパイク生成におい て 1 発目と 2 発目の間隔のみが ほかのスパイク間隔 (interspike interval; ISI) と比較して有意に長いというものである 申請者はこのニューロンを First Interspike interval is Long; FIL ニューロンと定義した (Fig. 8A) さらにこの FIL ニューロンはスパイク間隔だけでなく スパイク生成後の後過分極 (afterhyperpolarization:ahp) 振幅も 初めの AHP 振幅が 2 番目以降の振幅よりも有意に深いという特徴も併せ持っていた このような特性をもつ原因となるイオンコンダクタンスを薬理学的に検証した その結果 4-Aminopyridine(4-AP) によって阻害される一過性外向きカリウムチャネル電流がこのニューロンを特徴づけていることが明らかとなった (Fig. 8B) FIL ニューロンに 4-AP 存在下で電流注入を行っても その特徴である長い初めの ISI と 深い AHP はみられなかった Fig. 8 FIL ニューロンを特徴づける 4-AP sensitive potassium current これらすべての結果より これらすべての結果より 内側前庭神経核や舌下神経前位核ニューロンは一過性虚血 (5 分間 OGD 負荷 ) に対して その膜電位を過分極させて自発発火を停止し 生理的条件下に戻すことで脱分極して自発発火を回復した このことは ニューロン自身の内因性膜特性の変化によって生じる さらにその責任となるイオンコンダクタンスは ATP 感受性カリウムチャネルを介した外向きカリウム電流であることが薬理学的実験から明らかとなった 虚血に対して一過性過分極から自発発火の停止を導く内因性膜特性変化は 虚血に対する過剰な自発発火による異常興奮とこれにともなって生じる細胞死から自身を守るためのニューロンの自己防衛機序ととらえることができる 5. 主な発表論文等 ( 研究代表者 研究分担者及び連携研究者には下線 ) 雑誌論文 ( 計 4 件 ) 1) Saito Y, Shino M, Yanagawa Y.

Characterization of ionic channels underlying the specific firing pattern of a novel neuronal subtype in the rat prepositus hypoglossi nucleus. 査読あり Neurosci Res. 2012 May;73(1):32-41. Epub 2012 Mar 1. 2) Shino M, Kaneko R, Yanagawa Y, Kawaguchi Y, Saito Y. Electrophysiological characteristics of inhibitory neurons of the prepositus hypoglossi nucleus as analyzed in Venus-expressing transgenic rats. 査読あり Neuroscience. 2011, Dec 1;197:89-98 3) Shino M, Takahashi K, Murata T, Iida H, Yasuoka Y, Furuya N. Angiotensin II receptor blocker-induced angioedema in the oral floor and epiglottis. 査読あり Am J Otolaryngol. 2011 Nov-Dec32(6):624-6 6. 研究組織 (1) 研究代表者紫野正人 (SHINO MASATO) 群馬大学 医学部 助教研究者番号 :20550015 (2) 研究分担者 ( ) 研究者番号 : (3) 連携研究者 ( ) 研究者番号 : 学会発表 ( 計 3 件 ) 1) 紫野正人 高安幸弘 高橋克昌虚血による内側前庭神経核ニューロンの一過性過分極を説明する ATP 感受性 K チャネル由来の外向きカリウム電流第 70 回日本メマイ平衡医学会総会 学術講演会幕張メッセ ( 千葉 ) 2011.11.17 2) Masato Shino, Yukihiro Takayasu, Nobuhiko Furuya Ischemic change of spontaneous firing in medial vestibular neurons. 34th Association for Research in Otolaryngology (ARO) Midwinter meeting, Baltimore Marriott Waterfront hotel (Baltimore, US) 2011.3.19 3) 紫野正人 高安幸弘 高橋克昌 宮下元明 岡宮智史 古屋信彦内側前庭神経核ニューロンの虚血耐性第 69 回日本メマイ平衡医学会総会 学術講演会 2010.11.17 京都国際会議場 ( 京都 ) 図書 ( 計 0 件 ) 産業財産権 出願状況 ( 計 0 件 ) 取得状況 ( 計 0 件 ) その他 ホームページ等 : なし