地下水位の上昇に伴う基礎地盤 地下構造物の不安定性に関する 1G 場模型実験 茨城大学学生会員 柴田はるか国際会員安原一哉村上哲小峯秀雄東武鉄道満山聖 1. はじめに都心に位置する鉄道のトンネルや地下駅の多くは, 不透水層下の洪積砂礫層等の深度に位置しており, 構造物は被圧地下水の影響を受けることになる. この被圧地下水の変動については, 図 -1 に示すように, 工業用水等の採取に対する規制強化が実施される 1971 年頃までは, 深層地下水位は大きく低下しており, 規制強化を境に 1983 年まで急激に上昇し, その後は緩やかに上昇を続けている. この地下水位の変動の影響は, 都心部の多くの地下構造物に対して様々な影響を及ぼしていると考えられる. 実際に東北新幹線上野地下駅や総武快速線東京地下駅等 1). また, 近年では地球温暖化により世界的な気候変動が起きている. 気候変動に起因する海面上昇や降雨特性の変化は不圧地下水位の上昇をもたらす可能性がある. 図 -2 に IPCC が予測する海面上昇量を示すように,1990 年から 2100 年までに 9~88cm 上昇すると予測される 2). 実際に, 武蔵野線新小平駅では断続的な降雨により, 災害が発生した 3). さらには, 都市の形成に伴い, 多くの地域で地表面がコンクリートやアスファルト等で被覆されたため, 雨水が地下に浸透しにくくなっており, 短時間に大量の雨が降ると, 一度に雨水が下水道等の排水施設へ流入し, 河川へ排出処理されない事態が生じている. 地表面水も不圧地下水に影響があり, 急激な地下水位上昇の要因になると考えられる. このような地下水の上昇は基礎地盤の支持力低下, せん断沈下, コラプス沈下をもたらし, 水位が上がり過ぎると, 建物を浮上させる等の重大な問題を引き起こす要因となる. 以上より, 地下水位の上昇に伴う基礎地盤の変状を把握し, それにどう対処すべきかの対応策の提案が必要とされている. 1) 図 -1 東京都の地下水位 2) 図 -2 IPCC が予測する海面上昇量 2. 本研究の目的満山 4) は, 地下水位上昇による基礎地盤 構造物への影響を検討する模型実験を行い, 構造物の浮き上がりが確認した. 本研究では, 構造物の比重や基礎の深さについての検討や対応策に関する地下水位の上昇に伴う基礎地盤 地下構造物の不安定性に関する1 G 場模型実験を行いその結果を考察する. 1g-model tests on instability of foundations and underground structures caused by rising groundwater level. Haruka shibata Kazuya Yasuhara Hideo Komine Satashi Murakami (Ibaraki University) Satoshi Mitsuyama (Tobu Railway)
3. 地下水位の上昇を想定した実験 3.1 地下水位上昇が及ぼす基礎地盤 構造物への影響地下水位が上昇することで, 基礎地盤は沈下 ( 圧縮 ) や膨張, 構造物は沈下や浮き上がりが生じることが考えられる. そこで, 基礎地盤, 構造物それぞれについてどのような変形が起こりうるのか以下に示す. (1) 基礎地盤への影響地下水位が上昇し地盤が水浸することで, 有効応力の低下により剛性が低下するため, 構造物などの外力が作用している場合には, 圧縮変形などが生じる. 通常, 地下水位より上の部分の地盤は不飽和状態であるため, 不飽和土が水浸することで生じるコラプス沈下を示す場合も想定される. コラプス沈下は, 間隙が大きな緩い地盤, 大きな鉛直圧が作用している場合に生じやすい現象である. 基礎地盤への影響は, 地盤の状態 ( 間隙の大きさ, 飽和度 ) と構造物などの外力の状態から, 水位の上昇によって生じる挙動も異なることが考えられる. (2) 構造物への影響地下水位が構造物の底面より高い位置にある場合, 構造物底面には揚力 ( 浮力 ) が作用し, 構造物を浮き上がりが考えられる. この浮力は, 構造物の底面積が広いほど大きな力が作用するため, 構造物の形状が重要となる. 高層ビルのような単位面積当たりの荷重が大きい構造物では, この浮力の影響よりも, 基礎地盤が水浸することで生じるコラプス沈下や支持力の低下に伴う沈下現象が想定される. 構造物への影響は, 構造物の状態により生じる現象が異なってくると考えられる. 以上のように地下水位が上昇することで生じる現象は, 沈下, 浮き上がり ( 膨張 ) と全く逆の挙動を示すことが想定される. そこで満山は, 上記のような現象が実際に起こりうるのかどうか検証するために, 室内模型試験を実施し, 挙動を確認することにした. 地下水位が上昇することで生じる挙動は, 構造物の状態と地盤の種類, 間隙の状態により異なってくると想定されるので, これらを変えて実験を実施することにする. 構造物の状態は, 高層ビルのような単位面積当たりの荷重が大きい構造物と, 駅のような浮力を受ける面積が大きい構造物の 2 種類とする 4). 3.2 実験概要地下水位上昇による基礎地盤 構造物への影響を検討する模型試験装置の全体図を図 -3 に示す. 土槽寸法は, 幅 60cm, 高さ 50cm, 奥行き 19.5cm 試料の高さは 40cm とした. 土槽内の水位を変動させるために, 図 -4 に示すような, 水位変動装置を作製した. 模型土槽内の水位は, このアクリル円筒内の水位と同じ高さになるように設計されている. アクリル円筒の底部と模型土槽の底部をパイプでつなぎ, 水頭差を利用して, 水を土槽内へ供給する. 水位を一定に保つ方法は, 一定流量の水をアクリル円筒の上部より供給し, 保持したい水位のコックを解放し, そこより水をオーバーフローさせることで水位をコントロールすることが可能である. コックの位置は, 水位 30cm まで 2cm,30cm から 40cm までは 1cm 刻みで設置している. 水位の上昇速度は 0.39cm/min である. 検討した模型地盤は豊浦砂であり, 模型地盤に設置する模型構造物 ( 質量 1345.0g, 比重 0.55) は, 水位上昇に伴う浮力の作用により, 構造物が浮き上がるような比重の軽いものにするため, 構造物の模型には発泡スチロールを用いた. また, 構造物の強度を上げるために, 発泡スチロールの周面をコンクリートで覆った. また周面の摩擦を緩和させるために FRP 樹脂をコーティングし研磨した. この模型砂地盤において地下水位上昇に伴う構造物及び基礎地盤 ( 模型構造物端から 12cm 離れた地表面 ) の変位量を計測し, 地盤状態の違いによる水位上昇の影響を調べた 4). 2cm 60.0cm 水位制御装置 12cm 土試料 40.0cm 19.5cm 図 -3 模型土槽全体図 図 -4 水位変動装置
3.3 実験結果と考察 200kg 20kg 3.3.1 模型構造物に載荷する載荷圧の違いによる地下水位上昇に伴う挙動模型構造物に載荷圧に違いによる, 構造物 基礎地盤の変形挙動の違いを検討する模型試験を実施した. 模型地盤 は, 緩い地盤において検討した. 載荷圧は 98kPa(200kgf) 40cm 40cm と 9.8kPa(20kgf) の 2 ケース実施した. それぞれの地盤の e=0.905,dr=0.234 e=0.913,dr=0.211 初期状態を図 -5 に示す. 豊浦砂豊浦砂図 -6 に, 載荷圧の違いによる構造物 地盤変位量 - 水 4) 位上昇量の関係を示す. まず, 構造物の変位について考察図 -5 模型地盤初期状態すると,Terzaghi の極限支持力式では, 水位が上昇するほ水位上昇量 (cm) ど支持力の低下が生じる. しかし, この実験結果は, 低水 0.2 0 5 10 15 20 25 30 35 40 位時に大きな沈下が生じた. これは, 支持力の低下に伴う構造物から8cmの変位量 (98kPa) 構造物から16cmの変位量 (98kPa) 沈下とは考え難く, コラプス沈下 ( 水浸沈下 ) によるもので 0 構造物から16cmの変位量 (9.8kPa) あると考えられる. コラプス沈下は, 緩く堆積した地盤に -0.2 おいて生じやすく, 大きな載荷ほど沈下量も大きくなり, 今回の結果からもこの特性を確認することができる. -0.4 98kPa における構造物変位で, 水位上昇量が 30cm を越え構造物変位量 (9.8kPa) て沈下が生じているが, これは, 支持力低下伴う沈下であ -0.6 構造物から8cmの変位量 (9.8kPa) ると考えられる. 一方, 構造物の周辺の地表面の変位は, -0.8 載荷圧の大きい方が, 沈下量が少なくなっている. これは, 載荷に伴い, 構造物直下の土が周辺へ移動し, 構造物周辺 -1 構造物変位量 (98kPa) の地盤が密な状態になることによって, 沈下が生じ難くなったものと考えられる 4). -1.2 4) 図 -6 載荷圧の違いによる構造物 地盤変位量 - 水位上昇量の関係 3.3.2 構造物の浮き上がりに関する模型実験現在 地下水位が上昇することによる影響で最も懸念さ 1 れている問題が 構造物に大きな浮力が作用し 浮き上がる恐れがあるということである JR 武蔵野線新小平駅にお 0.8 いても 急激な水位の上昇に伴い 駅躯体が浮き上がって 0.6 しまう被害が生じている そこで 本研究では このような構造物の浮き上がりを想定した模型試験を実施した 検 0.4 討した模型地盤は緩い砂質地盤であり 初期状態は 乾燥 0.2 密度 1.392g/cm 3 間隙比 0.896 相対密度 0.258 である 実 0 験は 模型構造物には載荷をしない状態で 水位を上昇さ構造物変位量せた. 図 -7 は水位の上昇に伴う, 地盤と構造物の変位の -0.2 様子を示したものである. これによると, 水位上昇量が -0.4 地盤変位量 30cm 以降に, 構造物には浮力が作用し始めることがわかる. すなわち, この構造物の浮き上がり現象は, 徐々に生じる -0.6 0 5 10 15 20 25 30 35 40 のではなく, 浮力に抵抗しきれないある限界水位に達する水位上昇量 (cm) と急激に浮き上がり現象が生じている. 浮力に抵抗する力図 -7 構造物の浮き上がり現象は, この実験のように構造物の基礎が補強されていない場合は, 構造物の自重と構造物と地盤との間に生じる摩擦力の合力であり, この力よりも大きな浮力が作用すると急激な浮き上がり現象が生じると考えられる. 構造物 地盤変位量 (cm) 構造物 地盤変位量 (cm)
このことから, このときの水位の上昇高さをΔh とすると, 構造物の底面に作用する浮力は,γ w Δh である. 構造物に加わる実荷重が q f とするとき, 構造物が浮上しないためには, q f γ ( h d) 0 (1) w を満たす必要がある. 仮に, q f γ w ( h d) 0 であるときは, 何らかの対応をしなければならない. そのため, 図 -8 に示すように, 摩擦杭を打設しておくと仮定すると, ( q B + nf ) / F = γ ( h d B (2) f s w ) ここで,n: 杭の本数,f: 一本の杭の周辺摩擦力,F s : 安全率である. 上式を用いて, 浮き上がりの安定性の検討が可能であると考えられる 4),5). なお, 構造物周辺の土との摩擦力を考慮することも可能であるが, これについての是非は工学的には明らかにされていない. 5) 図 -8 地下水位を有する基礎地盤と基礎構造系の模式図 5. 今後の計画地下水位を上昇させる実験において構造物の基礎が浅い場合は地盤の支持力低下とそれに伴う構造物の沈下や変状が, 基礎が深い場合や構造物の比重が小さい場合は建物の浮上がそれぞれ重要になることから, 基礎の深さや比重を変えた模型実験を継続する. また, 杭による対応策を施し, その効果を模型実験によって示し考察する. 6. 参考 引用文献 1) 清水満 鈴木尊 末松史朗 : 都市部の地下水位回復に伴う地下駅の対策, 基礎工, pp.84-87, 2006. 2) 気象庁ホームページ :IPCC 第三次評価報告書の要約 ( 気象庁訳 ) http://www.data.kishou.go.jp/climate/cpdinfo/ipcc_tar/spm/spm.htm(2006.05.24 現在 ). 3) 金子静夫 井上寿男 新堀敏彦 : 武蔵野線新小平駅災害復旧工事, トンネルと地下,pp.651-658,1992. 4) 満山聖 : 構造物 基礎地盤の不安定性に及ぼす地下水位の影響,pp.14-30, 平成 15 年度修士論文. 5) 安原 村上 鈴木 : 地下水位の上昇が構造物 基礎地盤に及ぼす影響とその評価, 自然災害科学,24-3, pp. 214-221.