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平成14年度研究報告

■リアルタイムPCR実践編

Microsoft Word - 【広報課確認】 _プレス原稿(最終版)_東大医科研 河岡先生_miClear


く 細胞傷害活性の無い CD4 + ヘルパー T 細胞が必須と判明した 吉田らは 1988 年 C57BL/6 マウスが腹腔内に移植した BALB/c マウス由来の Meth A 腫瘍細胞 (CTL 耐性細胞株 ) を拒絶すること 1991 年 同種異系移植によって誘導されるマクロファージ (AIM

大学院博士課程共通科目ベーシックプログラム

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論文題目  腸管分化に関わるmiRNAの探索とその発現制御解析

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RNA Poly IC D-IPS-1 概要 自然免疫による病原体成分の認識は炎症反応の誘導や 獲得免疫の成立に重要な役割を果たす生体防御機構です 今回 私達はウイルス RNA を模倣する合成二本鎖 RNA アナログの Poly I:C を用いて 自然免疫応答メカニズムの解析を行いました その結果

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るが AML 細胞における Notch シグナルの正確な役割はまだわかっていない mtor シグナル伝達系も白血病細胞の増殖に関与しており Palomero らのグループが Notch と mtor のクロストークについて報告している その報告によると 活性型 Notch が HES1 の発現を誘導

( 図 ) IP3 と IRBIT( アービット ) が IP3 受容体に競合して結合する様子

の活性化が背景となるヒト悪性腫瘍の治療薬開発につながる 図4 研究である 研究内容 私たちは図3に示すようなyeast two hybrid 法を用いて AKT分子に結合する細胞内分子のスクリーニングを行った この結果 これまで機能の分からなかったプロトオンコジン TCL1がAKTと結合し多量体を形

の感染が阻止されるという いわゆる 二度なし現象 の原理であり 予防接種 ( ワクチン ) を行う根拠でもあります 特定の抗原を認識する記憶 B 細胞は体内を循環していますがその数は非常に少なく その中で抗原に遭遇した僅かな記憶 B 細胞が著しく増殖し 効率良く形質細胞に分化することが 大量の抗体産

学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 松尾祐介 論文審査担当者 主査淺原弘嗣 副査関矢一郎 金井正美 論文題目 Local fibroblast proliferation but not influx is responsible for synovial hyperplasia in a mur

なお本研究は 東京大学 米国ウィスコンシン大学 国立感染症研究所 米国スクリプス研 究所 米国農務省 ニュージーランドオークランド大学 日本中央競馬会が共同で行ったもの です 本研究成果は 日本医療研究開発機構 (AMED) 新興 再興感染症に対する革新的医薬品等開発推進研究事業 文部科学省新学術領


Peroxisome Proliferator-Activated Receptor a (PPARa)アゴニストの薬理作用メカニズムの解明

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図 B 細胞受容体を介した NF-κB 活性化モデル

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Microsoft PowerPoint - 資料6-1_高橋委員(公開用修正).pptx

るため RNA ウイルス遺伝子や mrna などの RNA を検出する場合には予め逆転写酵素 (RNA 依存性 DNA ポリメラーゼ ) により DNA に置換する逆転写反応を行う必要がある これを Reverse Transcription-PCR(RT-PCR) という PCR 法によれば 検査

研究の詳細な説明 1. 背景病原微生物は 様々なタンパク質を作ることにより宿主の生体防御システムに対抗しています その分子メカニズムの一つとして病原微生物のタンパク質分解酵素が宿主の抗体を切断 分解することが知られております 抗体が切断 分解されると宿主は病原微生物を排除することが出来なくなります

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No. 1 Ⅰ. 緒言現在我国は超高齢社会を迎え それに伴い 高齢者の健康増進に関しては歯科医療も今後より重要な役割を担うことになる その中でも 部分欠損歯列の修復に伴う口腔内のメンテナンスがより一層必要となってきている しかし 高齢期は身体機能全般の変調を伴うことが多いため 口腔内環境の悪化を招く

関係があると報告もされており 卵巣明細胞腺癌において PI3K 経路は非常に重要であると考えられる PI3K 経路が活性化すると mtor ならびに HIF-1αが活性化することが知られている HIF-1αは様々な癌種における薬理学的な標的の一つであるが 卵巣癌においても同様である そこで 本研究で

U-937 Technical Data Sheet 77% HTS-RT 法 96-well plate 試薬 D 1 μl 10,000g(10,000~12,000rpm) 4 で 5 分間遠心し 上清除去 sirna 溶液 (0.23μM final conc. 10nM) 20 倍希釈した

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年219 番 生体防御のしくみとその破綻 (Immunity in Host Defense and Disease) 責任者: 黒田悦史主任教授 免疫学 黒田悦史主任教授 安田好文講師 2中平雅清講師 松下一史講師 目的 (1) 病原体や異物の侵入から宿主を守る 免疫系を中心とした生体防御機構を理

学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 中谷夏織 論文審査担当者 主査神奈木真理副査鍔田武志 東田修二 論文題目 Cord blood transplantation is associated with rapid B-cell neogenesis compared with BM transpl

卵管の自然免疫による感染防御機能 Toll 様受容体 (TLR) は微生物成分を認識して サイトカインを発現させて自然免疫応答を誘導し また適応免疫応答にも寄与すると考えられています ニワトリでは TLR-1(type1 と 2) -2(type1 と 2) -3~ の 10

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60 秒でわかるプレスリリース 2006 年 4 月 21 日 独立行政法人理化学研究所 敗血症の本質にせまる 新規治療法開発 大きく前進 - 制御性樹状細胞を用い 敗血症の治療に世界で初めて成功 - 敗血症 は 細菌などの微生物による感染が全身に広がって 発熱や機能障害などの急激な炎症反応が引き起

1. Caov-3 細胞株 A2780 細胞株においてシスプラチン単剤 シスプラチンとトポテカン併用添加での殺細胞効果を MTS assay を用い検討した 2. Caov-3 細胞株においてシスプラチンによって誘導される Akt の活性化に対し トポテカンが影響するか否かを調べるために シスプラチ

記載例 : ウイルス マウス ( 感染実験 ) ( 注 )Web システム上で承認された実験計画の変更申請については 様式 A 中央の これまでの変更 申請を選択し 承認番号を入力すると過去の申請内容が反映されます さきに内容を呼び出してから入力を始めてください 加齢医学研究所 分野東北太郎教授 組

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報道発表資料 2006 年 8 月 7 日 独立行政法人理化学研究所 国立大学法人大阪大学 栄養素 亜鉛 は免疫のシグナル - 免疫系の活性化に細胞内亜鉛濃度が関与 - ポイント 亜鉛が免疫応答を制御 亜鉛がシグナル伝達分子として作用する 免疫の新領域を開拓独立行政法人理化学研究所 ( 野依良治理事

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前立腺癌は男性特有の癌で 米国においては癌死亡者数の第 2 位 ( 約 20%) を占めてい ます 日本でも前立腺癌の罹患率 死亡者数は急激に上昇しており 現在は重篤な男性悪性腫瘍疾患の1つとなって図 1 います 図 1 初期段階の前立腺癌は男性ホルモン ( アンドロゲン ) に反応し増殖します そ

脳組織傷害時におけるミクログリア形態変化および機能 Title変化に関する培養脳組織切片を用いた研究 ( Abstract_ 要旨 ) Author(s) 岡村, 敏行 Citation Kyoto University ( 京都大学 ) Issue Date URL http

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上原記念生命科学財団研究報告集, 30 (2016)

第6号-2/8)最前線(大矢)

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イルスが存在しており このウイルスの存在を確認することが診断につながります ウ イルス性発疹症 についての詳細は他稿を参照していただき 今回は 局所感染疾患 と 腫瘍性疾患 のウイルス感染検査と読み方について解説します 皮膚病変におけるウイルス感染検査 ( 図 2, 表 ) 表 皮膚病変におけるウイ

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報道発表資料 2007 年 8 月 1 日 独立行政法人理化学研究所 マイクロ RNA によるタンパク質合成阻害の仕組みを解明 - mrna の翻訳が抑制される過程を試験管内で再現することに成功 - ポイント マイクロ RNA が翻訳の開始段階を阻害 標的 mrna の尻尾 ポリ A テール を短縮

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医薬品タンパク質は 安全性の面からヒト型が常識です ではなぜ 肌につける化粧品用コラーゲンは ヒト型でなくても良いのでしょうか? アレルギーは皮膚から 最近の学説では 皮膚から侵入したアレルゲンが 食物アレルギー アトピー性皮膚炎 喘息 アレルギー性鼻炎などのアレルギー症状を引き起こすきっかけになる

化を明らかにすることにより 自閉症発症のリスクに関わるメカニズムを明らかにすることが期待されます 本研究成果は 本年 京都において開催される Neuro2013 において 6 月 22 日に発表されます (P ) お問い合わせ先 東北大学大学院医学系研究科 発生発達神経科学分野教授大隅典

結果 この CRE サイトには転写因子 c-jun, ATF2 が結合することが明らかになった また これら の転写因子は炎症性サイトカイン TNFα で刺激したヒト正常肝細胞でも活性化し YTHDC2 の転写 に寄与していることが示唆された ( 参考論文 (A), 1; Tanabe et al.

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抗菌薬の殺菌作用抗菌薬の殺菌作用には濃度依存性と時間依存性の 2 種類があり 抗菌薬の効果および用法 用量の設定に大きな影響を与えます 濃度依存性タイプでは 濃度を高めると濃度依存的に殺菌作用を示します 濃度依存性タイプの抗菌薬としては キノロン系薬やアミノ配糖体系薬が挙げられます 一方 時間依存性

原提示細胞によって調査すること 2 イベントの異なる黄砂のアレルギー喘息への影響を評価すること 3 黄砂に付着している微生物成分 (LPS 真菌 ) や化学物質 ( タール成分 ) のアレルギー喘息や花粉症への影響を評価すること 4 アレルギー喘息等の増悪メカニズムを 病原体分子パターン認識受容体

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本成果は 主に以下の事業 研究領域 研究課題によって得られました 日本医療研究開発機構 (AMED) 脳科学研究戦略推進プログラム ( 平成 27 年度より文部科学省より移管 ) 研究課題名 : 遺伝子改変マーモセットの汎用性拡大および作出技術の高度化とその脳科学への応用 研究代表者 : 佐々木えり

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研究成果報告書

( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 大道正英 髙橋優子 副査副査 教授教授 岡 田 仁 克 辻 求 副査 教授 瀧内比呂也 主論文題名 Versican G1 and G3 domains are upregulated and latent trans

2017 年 12 月 15 日 報道機関各位 国立大学法人東北大学大学院医学系研究科国立大学法人九州大学生体防御医学研究所国立研究開発法人日本医療研究開発機構 ヒト胎盤幹細胞の樹立に世界で初めて成功 - 生殖医療 再生医療への貢献が期待 - 研究のポイント 注 胎盤幹細胞 (TS 細胞 ) 1 は

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Transcription:

上原記念生命科学財団研究報告集, 23(2009) 149. サルエイズウイルスのヒトへの感染伝播を規定する宿主制御因子の解明 武内寛明 Key words: エイズウイルス, 異種間感染, 感染症, 人畜共通感染症, 新興感染症 東京大学医科学研究所感染症国際研究センター微生物学分野 緒言ヒト後天性免疫不全症候群 ( ヒトエイズ ) は, ヒト免疫不全ウイルス (HIV) によって引き起こされる慢性持続感染症である. ヒトエイズはサル免疫不全ウイルス (SIV) が 種の壁 を乗り越えて, ヒトへ異種間感染伝播してきたことで生じた疾患であることが明らかとなっている. しかしながら,SIV がヒトに感染し, 病原性を示すようになった原因は, 未だ解明がなされていない部分が多く, このため,SIV に対するヒトの免疫反応の詳細も不明な点が多い. このことは, 新興感染症の主原因である, 異種間感染に対するメカニズムに不明な点が多いことに起因している. 近年の分子生物学的手法の発展により HIV 感染と宿主細胞との相互作用の解析が進んだ結果, 様々な宿主因子が報告されてきた. その中で非常に興味深いのは, 宿主細胞には, ウイルス増殖に必要な増殖必須因子だけでなく, ウイルス増殖を阻止する, すなわち増殖抑制因子をも備えていることが明らかとなってきたことである. 具体的には,cytidine-deaminase family の一つである Apobec 分子は,HIV 感染増殖に対する抑制因子であり,chaperon family の一つである CypA は, それを促進する宿主因子であることが, 既に報告されている. 一方, これらの宿主因子に対するウイルス側の因子として,Apobec family の機能を抑制するのは, アクセサリー蛋白の一つである Vif 蛋白であり,CypA の HIV 感染増殖促進機能は,Gag 領域内のキャプシド (CA) 蛋白との相互作用によって発揮されることが明らかとなっている. これまでに我々は, サル免疫不全ウイルス (SIV) がヒトへ感染伝播する際に,Apobec および CypA が SIV 増殖抑制因子として作用するが,SIV vif 蛋白が双方の機能を抑制することを明らかにしてきた 1,2). これらのことから, ヒト Apobec 分子は,HIV および SIV の感染増殖能を抑制する機能を保持しているが, ヒト CypA は,HIV および SIV の感染増殖能に対する効果が異なることから, サルからヒトへ感染する際に効力が発揮される宿主特異的なメカニズムであることが考えられる. そこで,SIV のヒト細胞内における CypA の詳細な機能を解析することにした. 具体的には,CypA 遺伝子発現抑制実験や,CypA の機能阻害剤である CsA を用いて, 試験管内における SIV 感染増殖効率の解析を行った. 方法 1. ウイルスストックの作製アカゲザル由来の SIV 分子クローンである psivmac239, およびアフリカミドリザル由来の psivagm を,HeLa 細胞へ遺伝子導入し,48 時間後に各 SIV 粒子が含まれる培養上清を回収し,SIV キャプシド (p27) 抗原量および逆転写酵素 (RT) 活性を測定した上で, 感染実験用のウイルスストックとした.HIV-1 分子クローンである pnl4-3 も, 同様に作製した. また,CEM- SS 細胞から産生された SIVagm,SIVmac239 および HIV-1 を,SIV および HIV 感染細胞内におけるウイルス DNA 合成量の解析に用いた. その際, ウイルス産生細胞として,CsA 存在 (2.5 µm) および非存在下の CEM-SS 細胞を用いた. 2. ウイルス DNA を定量するリアルタイム PCR 法 SIVagm および SIVmac239 株各々の gag 領域に特異的なプライマーおよび蛍光プローブを作製した. 定量する際に用いるウイルス DNA スタンダードとして, 段階希釈した既知量の SIV 分子クローンを含む非感染細胞ゲノム DNA を用いた. 3. SIV 感染細胞内におけるウイルス DNA 合成量の解析 1. で作製した各ウイルス株を,CEM-SS 細胞に感染させ,24 時間後の感染細胞内で, 逆転写反応を経て合成されたウイルス DNA 量を, ウイルス特異的プライマーおよびプローブを用いて, リアルタイム PCR 法にて測定した. 4. SIV 増殖能の解析 1

ヒト T 細胞株である CEM-SS および A3.01 細胞に, SIVagm,SIVmac239 および HIV-1 株を各々感染させた. この際, CsA 存在 (2.5 µm) および非存在下でのウイルス増殖効率を見極めるために, 経時的に培養上清を回収し,RT 活性を測定した. 結果 1. CsA 存在下におけるヒト T 細胞でのウイルス増殖能の解析 CEM-SS および A3.01 の各ヒト T 細胞株を用いた感染実験で,CsA 存在下における各 SIV 株および HIV-1 の感染増殖効率を解析した結果,HIV-1 は,CsA 存在下においてウイルス増殖効率が著しく低下したが,SIV については,2つの SIV 株共に,CsA 依存的なウイルス増殖効率がさらに上昇することが判明した. その結果を図 1に示す. 図 1. CEM-SS および A3.01 細胞株を用いた SIV および HIV-1 の感染増殖能の比較. SIVagm,SIVmac239 の各 SIV 株および HIV-1 (NL4-3 株 ) を CEM-SS 細胞 ( 上段 ) および A3.01 細胞 ( 下段 ) に感染させ,2 日もしくは 3 日毎の培養上清中のウイルス逆転写酵素 (RT) 活性を経時的に測定した結果を示す. 各曲線は,CsA(-): CsA 非存在下,CsA(+): CsA(2.5 µm) 存在下でのウイルス増殖曲線を示している. 2. SIV 感染細胞内におけるウイルス DNA 合成量の解析 SIVagm および SIVmac239 を CEM-SS 細胞に感染させ,24 時間後に感染細胞からゲノムを含む Total DNA を抽出し, ウイルス逆転写反応から得られたウイルス DNA 合成量を定量した. その結果を図 2に示す. まず, ウイルス粒子内に取り込まれた CypA とウイルス感染標的細胞内の CypA の, ウイルス感染におよぼす影響を解析するために, 通常のウイルスを産生する CEM-SS 細胞から得られる SIV および HIV-1 粒子と, その細胞に CsA(2.5 µm) を処理することにより CypA を含まない SIV とを作製した. またウイルス感染標的となる CEM-SS 細胞内の CypA の影響を解析するために, 通常の CEM-SS 細胞と, ウイルス感染前に CsA(2.5 µm) を処理することで CypA の機能を抑制した細胞とを用いた. その後,SIV および HIV-1 粒子と感染標的細胞との組み合わせによって, ヒト CypA のウイルス感染に対する影響を, 感染細胞内のウイルス DNA 合成量を, 比較することによって行った. その結果,HIV-1 感染については, 感染標的細胞側に CsA 処理を行うことで, ウイルス DNA 2

合成効率が著しく低下するのに対し ( 図 2 の 9 と 10 の比較, P<0.0001),SIV 感染については, その効率が低下するよりもむ しろ上昇する結果が得られた.( 図 2 の 1 と 2, および 5 と 6 との比較, P<0.0001). 図 2. 感染標的ヒト T 細胞 (CEM-SS) 内における感染細胞内ウイルス DNA(viral cdna) 合成量の比較. SIVagm( 左側 ),SIVmac239( 中央 ) および HIV-1( 左側 ) を CEM-SS 細胞に感染させ,24 時間後の感染細胞内にて合成されたウイルス DNA をリアルタイム PCR 法にて測定した結果を示す.Producer cell CsA は,CsA 存在下 (2.5 µm) におけるウイルス感染 CEM-SS 細胞から産生されるウイルス粒子を用いていることを示し,Target cell CsA は, ウイルス感染標的 CEM-SS 細胞に対し, ウイルス感染前に CsA(2.5 µm) を前処理していることを示している. 3. CypA 遺伝子発現抑制細胞株を用いたウイルス増殖能の解析ウイルス感染増殖効率に対する CsA の効果と CypA の機能との相関関係を見極めるために,CEM-SS T 細胞株に対する CypA 遺伝子発現抑制 T 細胞株 (CypA ノックダウン CEM-SS 細胞 ) を作製した. そして, これらを用いたウイルス感染実験を行った結果,HIV-1 については,CsA 存在下における CEM-SS 細胞を用いた際の感染増殖能と大きな差異は認められなかった ( 図 3). ところが,SIV については,CEM-SS 細胞株および各 CypA ノックダウン細胞株における SIV 増殖能の差異は認められず,CsA 処理した CypA ノックダウン細胞株における SIV 増殖効率は更に上昇する結果が得られた ( 図 3). 3

図 3. CEM-SS 細胞および CypA ノックダウン CEM-SS 細胞とを用いた SIV および HIV-1 の感染増殖能の比較. SIVagm( 左側 ) および HIV-1 ( 右側 ) を,CEM-SS 細胞 (Normal),CypA ノックダウン CEM-SS 細胞 (CypA- KD) および CsA(2.5 µm) 存在下における CypA ノックダウン CEM-SS 細胞 (CypA-KD-CsA) に感染させ,2 日毎の培養上清中のウイルス逆転写酵素 (RT) 活性を経時的に測定した結果を示す. 考察 SIV が, 種の壁 を乗り越えてヒトへ異種間感染伝播してきたメカニズムには不明な点が多い. これまでに,SIV 感染増殖抑制ヒト宿主因子として同定した CypA の更なる機能解析を行うために,Cyclophilin family の酵素活性阻害剤である CsA を用いて, ヒトへの野生型 SIV 感染増殖に対する影響を解析した結果,CsA 存在下において, その粒子感染性および増殖効率をさらに上昇させることから, ヒト CypA は野生型 SIV の増殖抑制因子として機能していることが示唆された ( 図 1). 近年, 宿主標的細胞側に存在する CypA が HIV 粒子感染性に大きく影響していることが報告されたことから,SIV 感染における CsA の効果が, ウイルス産生細胞側およびウイルス標的細胞側のどちらに規定されているかを検討したところ,HIV および SIV に対する, ヒト細胞における CsA の効果の違いは, ウイルス感染標的細胞側に規定されていることが明らかとなった ( 図 2). ところが,CypA 遺伝子をノックダウンしたヒト T 細胞を用いて SIV 感染実験を行ったところ, ウイルス増殖能が低下するよりもむしろ上昇する結果が得られたが,CsA 処理によって更に上昇することが認められた. 対照的に,HIV-1 感染においては,CypA が必須である結果が得られた ( 図 3). これらの結果から,CypA は,HIV 感染に対して必須宿主因子であるが,SIV 感染に対しては必須というよりもむしろ抑制的な機能を持っていることが示唆されたが,CypA が単独で SIV 感染に対する抑制機能を発揮しているのではなく,CsA の影響を受ける CypA 以外のヒト細胞内因子の存在が示唆されており, この因子 ( 群 ) が, 種間感染の差異を規定するものである可能性があると考えられる. これらの研究成果は, エイズのみならず, 新興および再興感染症, 更には人畜共通感染症に対するヒト宿主防御機構に対する理解を深めるものと考えられる. 4

文献 1) Takeuchi, H., Kao, S., Miyagi, E., Kahn, M. A., Buckler-White, A., Plishka, R. & Strebel, K. : Production of infectious SIVagm from human cells requires functional inactivation but not viral exclusion of human APOBEC3G. J. Biol. Chem., 280:375-382, 2005. 2) Takeuchi, H., Buckler-White, A., Goila-Gaur, R., Miyagim, E., Khan, M. A., Opi, S., Kao, S., Sokolskaja, E., Pertel, T., Luban, J. & Strebel, K. : Vif counteracts a cyclophilin A-imposed inhibition of Simian immunodeficiency viruses in human cells. J. Virol., 81(15):8080-8090, 2007. 5