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Transcription:

特別講演 呉茱萸湯証の再考 漢方医学の特徴に配慮したランダム化比較試験の検討 小田口浩 ( 北里研究所東洋医学総合研究所臨床試験管理室 ) [ はじめに ] 現在では漢方医学領域においても EBM(Evidence-Based medicine) の実践が要請されている 本稿では我々の施設で行った臨床試験を題材に 漢方医学の Evidence はどうあるべきかについて考えてみたい そもそもの我々の問題提起の発端は 経験の集積に従って疾病を診断し その漢方医学的診断 ( 証 ) に基づいて実践されている漢方医学を 科学的根拠に基づいて疾病を診断し 治療方法も科学的根拠に基づく西洋医学的な手法で評価するのは不合理ではないのか という疑問である [ 漢方薬の特殊性 ] 漢方医学の中核をなす漢方薬を西洋薬と比較したときの大きな相違は 多成分性である 漢方薬は通常複数の生薬で構成されるが 各生薬もまた多数の成分の複合体である また 漢方薬には多くの配糖体が有効成分として含まれているが 配糖体は腸内細菌の関与が大きく この点も西洋薬との大きな相違点となっている [ 漢方医学と EBM の関係 ] このように複合成分から成り立ち かつ 個人差の大きい腸内細菌叢の影響を如実に反映する漢方薬の効果を 西洋医学的手法でそのまま評価することには大きな問題がある と我々は考えている たとえば片頭痛の患者がいるとする 呉茱萸湯は慢性頭痛によく使用される漢方薬であるが 片頭痛の患者のうちでも 四肢冷感があり 肩や項がこり 悪心 嘔吐を伴うような場合に奏効する この 場合 を漢方医学では証と呼び 漢方薬の使用目標としている 上述の 場合 は呉茱萸湯の使用目標であり 呉茱萸湯証ということになる 逆にいえば 上記 場合 に該当しない つまり呉茱萸湯証でない場合には 片頭痛に対する効果は薄いということになる 西洋薬の評価が その薬の使用目標である西洋医学的病名で集められた患者を対象に行われることとの対比でいえば 漢方薬の評価は証で患者を集めて行われなければならない 本来の使用目標でない患者まで含めて評価を行うことになるからである 他方 証で被験者を集めることは非常に困難である 証について明確な記載を行うことが不可能だからである その大きな理由として 2 つが挙げられる まず これは経験に基づく医学の共通の宿命であるが 証を一義的に確定することに難がある 証の大きな枠組みはあるが 各自の経験に基づいて修飾されるため 誰もが納得するように証を定義することは至難の業である また 証決定のためには漢方医学的所見が必要であるが 冷えや口渇といった自覚的所見の有無の確定がややあいまいにならざるを得ないことは言うに及ばず 胸脇苦満や瘀血圧痛点といった他覚的所見についても その採取には採取者の五感が大きく関与しており 採取者間で大きなずれが生じることがありうる -57-

したがって 漢方医学領域において Evidence を作成するには研究デザインに特殊な配慮が必要である そのような配慮がなされていない臨床研究は Evidence とは呼べないし 必然的に漢方医学における EBM の実践もあり得ないことになる 我々は 西洋医学的手法に漢方医学の概念を取り込んだデザインで Evidence を作成することを試みた すなわち 証で被験者を集めることが困難であるため まず西洋医学的基準で選択された慢性頭痛患者を被験者とし 次いで漢方医学的見地を取り入れた基準により呉茱萸湯レスポンダーを抽出し それを呉茱萸湯証患者に見立て ( 図 1) ランダム化比較試験を行った [ 呉茱萸湯を用いた臨床試験 ] 全体の結果 [1] 本研究デザインは2つの stage で構成される ( 図 2 3) まず 1 st stage で慢性頭痛患者から呉茱萸湯のレスポンダーを抽出し 2 nd stage ではこのレスポンダーに対してプラセボ対照ランダム化比較試験を行うというものである 1 st stage: 過去 4 週間以内に漢方治療を受けておらず 1 ヶ月に 1 回以上の定期的頭痛発作がある慢性頭痛 ( 国際頭痛分類の片頭痛 筋緊張型頭痛 ) 患者 91 例に対してツムラ呉茱萸湯エキス顆粒 (TJ-31)7.5g/ 日を 4 週間投与した 4 週間後に我々の作成した基準 ( 表 1) に従いレスポンダーを抽出した この基準は証の概念を取り入れたものであり 頭痛の改善度に加えて冷え 月経痛 肩こりの改善度を質問項目に含む自己記入式質問票を用意し 2 点以上獲得した者をレスポンダーとした その結果 脱落例 4 例を除いた 87 例のうち 60 例がレスポンダーと判断された 2 nd stag: 4 週間の休薬期間を設けた後 さらなる脱落例を除いたレスポンダー 53 例に対してプラセボ対照ランダム化比較試験を行った 28 例が呉茱萸湯群に 25 例がプラセボ群に割り付けられた それぞれに TJ-31 またはプラセボが 7.5g/ 日 12 週間投与された プラセボは TJ-31 と外見 味 匂いが判別不能であることが事前の官能試験で確認されたものを使用した 主要評価項目である 4 週間当たりの頭痛日数は呉茱萸湯群でのみ有意に減少した 頭痛発作緩解薬服用回数も同様であった ( 図 4) 群間比較については 頭痛日数の減少については両群間で差が認められたものの 発作緩解薬服用回数については差が認められなかった ( 表 2) 副次的評価項目として皮膚表面温 僧帽筋硬度 血中セロトニン濃度などを測定し 服用による変化を比較したが 群間で差が認められなかった また 冷え 月経痛 肩こりといった随伴症状についても評価したところ プラセボ群では改善した者の割合が 2~3 割であったのに対して 呉茱萸湯群では 5 割を超えた ( 図 5) 呉茱萸湯服用による副作用は認められなかった 以上 慢性頭痛患者のうち呉茱萸湯レスポンダーを被験者としたランダム化比較試験において 呉茱萸湯はプラセボに優る頭痛予防効果を持つことが判明した 加えて呉茱萸湯は随伴症状改善効果についても良好な結果を示した 1st stage の結果 [2] 本研究の付随研究として 1 st stage の結果をもとに 漢方医学的な所見と呉茱萸湯レスポンダーの関係を検討した 1 st stage の被験者について 漢方薬服用前に漢方医学的所見を採取した 漢方医学的所見は自覚的所見 25 項目と 他覚的所見 18 項目の 合計 43 項目であり ( 表 3) 自覚的所見は自己記入式の問診表により また 他覚的所見は漢方医学に精通した専門医により取得した まずこの 43 項目から レスポンダー診断についての尤度比 (likelihood ratio: 感度と特異 -58-

度から計算される指標であり 当該項目の診断能力を示す ) が 1 未満の項目 つまりレスポンダーか否かを診断するのに明らかに役立たないと考えられる項目 18 個を除外した ( 表 3) 次いで 残り 25 項目に対して多変量解析の一手法である判別分析のステップワイズ選択法を施行し P 値が 0.2 未満の 5 項目を抽出した ( 表 4) 抽出された他覚的足冷 胃内停水 胸脇苦満 臍傍の圧痛 腹部動悸は呉茱萸湯レスポンダーの診断に有用な項目と考えられた これら 5 項目だけを用いて呉茱萸湯レスポンダーか否かを診断できるか否かを検討したところ 誤判別率は 35% と決して低くはなかった 以上 上記 5 項目が呉茱萸湯レスポンダーの選択に有用と考えられたが 臍傍の圧痛や腹部動悸は今まで呉茱萸湯証の診断に重視されておらず 新たな知見と考えられた ただし 呉茱萸湯レスポンダーを診断するにはこれら 5 項目以外の項目も含めて総合的な考慮が必要であると考えられた まとめ 呉茱萸湯は呉茱萸湯証を有する慢性頭痛患者に有用であると考えられた 漢方医学的所見のうち 他覚的足冷 胃内停水 胸脇苦満 臍傍の圧痛 腹部動悸が呉茱萸湯証の診断に特に有用であると考えられた 我々の施行したレスポンダー限定試験の是非はともかく 漢方医学の評価には漢方医学的見地からの何らかの配慮が必要であると考える 1. Odaguchi, H., et al., The efficacy of goshuyuto, a typical Kampo (Japanese herbal medicine) formula, in preventing episodes of headache. Curr Med Res Opin, 2006. 22(8): p. 1587-97. 2. Odaguchi, H., et al., Statistical analysis of the findings in patients responded to goshuyuto. Kampo Medicine, 2007. 58(6): p. 1099-1105. -59-

表 1: レスポンダー抽出基準 合計 :-7 点 ~+11 点 +2 点以上を RESPONDER とする 表 2: 主要評価項目の群間比較 -60-

表 3: 全漢方医学的所見の尤度比 表 4: ステップワイズ変数選択 -61-

図 1: 試験のコンセプト -62-

図 2: 試験の時間的流れ 図 3: 試験の人的流れ 図 4: 投与前後の主要評価項目の変化 -63-

図 5: 随伴症状が改善した症例の割合の群間比較 -64-

70 日本脳神経外科漢方医学会役員一覧 (50 音順 ) 改善した症例の割合 (%) 60 50 40 30 20 10 Placebo Goshuyuto 0 平成 19 年 2 月現在冷え月経痛肩こり -65-