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2. 手法まず Cre 組換え酵素 ( ファージ 2 由来の遺伝子組換え酵素 ) を Emx1 という大脳皮質特異的な遺伝子のプロモーター 3 の制御下に発現させることのできる遺伝子操作マウス (Cre マウス ) を作製しました 詳細な解析により このマウスは 大脳皮質の興奮性神経特異的に 2 個

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( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 森脇真一 井上善博 副査副査 教授教授 東 治 人 上 田 晃 一 副査 教授 朝日通雄 主論文題名 Transgene number-dependent, gene expression rate-independe

遺伝子の近傍に別の遺伝子の発現制御領域 ( エンハンサーなど ) が移動してくることによって その遺伝子の発現様式を変化させるものです ( 図 2) 融合タンパク質は比較的容易に検出できるので 前者のような二つの遺伝子組み換えの例はこれまで数多く発見されてきたのに対して 後者の場合は 広範囲のゲノム

統合失調症モデルマウスを用いた解析で新たな統合失調症病態シグナルを同定-統合失調症における新たな予防法・治療法開発への手がかり-

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平成16年度研究報告

るが AML 細胞における Notch シグナルの正確な役割はまだわかっていない mtor シグナル伝達系も白血病細胞の増殖に関与しており Palomero らのグループが Notch と mtor のクロストークについて報告している その報告によると 活性型 Notch が HES1 の発現を誘導

別紙 自閉症の発症メカニズムを解明 - 治療への応用を期待 < 研究の背景と経緯 > 近年 自閉症や注意欠陥 多動性障害 学習障害等の精神疾患である 発達障害 が大きな社会問題となっています 自閉症は他人の気持ちが理解できない等といった社会的相互作用 ( コミュニケーション ) の障害や 決まった手

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様式 C-19 科学研究費補助金研究成果報告書 平成 22 年 6 月 16 日現在 研究種目 : 若手研究 (B) 研究期間 :2008~2009 課題番号 : 研究課題名 ( 和文 ) 心臓副交感神経の正常発生と分布に必須の因子に関する研究 研究課題名 ( 英文 )Researc

<4D F736F F F696E74202D2097D58FB08E8E8CB1838F815B834E F197D58FB E96D8816A66696E616C CF68A4A2E >

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現し Gasc1 発現低下は多動 固執傾向 様々な学習 記憶障害などの行動異常や 樹状突起スパイン密度の増加と長期増強の亢進というシナプスの異常を引き起こすことを発見し これらの表現型がヒト自閉スペクトラム症 (ASD) など神経発達症の病態と一部類することを見出した しかしながら Gasc1 発現

化を明らかにすることにより 自閉症発症のリスクに関わるメカニズムを明らかにすることが期待されます 本研究成果は 本年 京都において開催される Neuro2013 において 6 月 22 日に発表されます (P ) お問い合わせ先 東北大学大学院医学系研究科 発生発達神経科学分野教授大隅典

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本成果は 以下の研究助成金によって得られました JSPS 科研費 ( 井上由紀子 ) JSPS 科研費 , 16H06528( 井上高良 ) 精神 神経疾患研究開発費 24-12, 26-9, 27-


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く 細胞傷害活性の無い CD4 + ヘルパー T 細胞が必須と判明した 吉田らは 1988 年 C57BL/6 マウスが腹腔内に移植した BALB/c マウス由来の Meth A 腫瘍細胞 (CTL 耐性細胞株 ) を拒絶すること 1991 年 同種異系移植によって誘導されるマクロファージ (AIM

結果 この CRE サイトには転写因子 c-jun, ATF2 が結合することが明らかになった また これら の転写因子は炎症性サイトカイン TNFα で刺激したヒト正常肝細胞でも活性化し YTHDC2 の転写 に寄与していることが示唆された ( 参考論文 (A), 1; Tanabe et al.

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前立腺癌は男性特有の癌で 米国においては癌死亡者数の第 2 位 ( 約 20%) を占めてい ます 日本でも前立腺癌の罹患率 死亡者数は急激に上昇しており 現在は重篤な男性悪性腫瘍疾患の1つとなって図 1 います 図 1 初期段階の前立腺癌は男性ホルモン ( アンドロゲン ) に反応し増殖します そ

ASC は 8 週齢 ICR メスマウスの皮下脂肪組織をコラゲナーゼ処理後 遠心分離で得たペレットとして単離し BMSC は同じマウスの大腿骨からフラッシュアウトにより獲得した 10%FBS 1% 抗生剤を含む DMEM にて それぞれ培養を行った FACS Passage 2 (P2) の ASC

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( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 大道正英 髙橋優子 副査副査 教授教授 岡 田 仁 克 辻 求 副査 教授 瀧内比呂也 主論文題名 Versican G1 and G3 domains are upregulated and latent trans

研究成果報告書

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の活性化が背景となるヒト悪性腫瘍の治療薬開発につながる 図4 研究である 研究内容 私たちは図3に示すようなyeast two hybrid 法を用いて AKT分子に結合する細胞内分子のスクリーニングを行った この結果 これまで機能の分からなかったプロトオンコジン TCL1がAKTと結合し多量体を形

安全かつ高効率に遺伝子を細胞へ導入できるナノシート開発に成功

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60 秒でわかるプレスリリース 2008 年 2 月 4 日 独立行政法人理化学研究所 筋萎縮性側索硬化症 (ALS) の進行に二つのグリア細胞が関与することを発見 - 神経難病の一つである ALS の治療法の開発につながる新知見 - 原因不明の神経難病 筋萎縮性側索硬化症 (ALS) は 全身の筋

新規 P2X4 受容体アンタゴニスト NCP-916 の鎮痛作用と薬物動態に関する検討 ( 分野名 : ライフイノベーション分野 ) ( 学籍番号 )3PS1333S ( 氏名 ) 小川亨 序論 神経障害性疼痛とは, 体性感覚神経系の損傷や疾患によって引き起こされる痛みと定義され, 自発痛やアロディ

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ルス薬の開発の基盤となる重要な発見です 本研究は 京都府立医科大学 大阪大学 エジプト国 Damanhour 大学 国際医療福祉 大学病院 中部大学と共同研究で行ったものです 2 研究内容 < 研究の背景と経緯 > H5N1 高病原性鳥インフルエンザウイルスは 1996 年頃中国で出現し 現在までに


学位論文要旨 牛白血病ウイルス感染牛における臨床免疫学的研究 - 細胞性免疫低下が及ぼす他の疾病発生について - C linical immunological studies on cows infected with bovine leukemia virus: Occurrence of ot

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「飢餓により誘導されるオートファジーに伴う“細胞内”アミロイドの増加を発見」【岡澤均 教授】

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資料 6 rash2 マウス ( 短期発がんモデル ) の特性と品質管理 財団法人実験動物中央研究所 浦野浩司 2018/3/7 1

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60 秒でわかるプレスリリース 2008 年 10 月 22 日 独立行政法人理化学研究所 脳内のグリア細胞が分泌する S100B タンパク質が神経活動を調節 - グリア細胞からニューロンへの分泌タンパク質を介したシグナル経路が活躍 - 記憶や学習などわたしたち高等生物に必要不可欠な高次機能は脳によ

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学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 小川憲人 論文審査担当者 主査田中真二 副査北川昌伸 渡邉守 論文題目 Clinical significance of platelet derived growth factor -C and -D in gastric cancer ( 論文内容の要旨 )


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上原記念生命科学財団研究報告集, 22(2008) 125. 遺伝性難聴病態マウスモデルの根本的治療 池田勝久 Key words:gjb2, 遺伝性難聴, コルチ器, アデノ随伴ウイルス, アデノウイルス 順天堂大学医学部耳鼻咽喉科 緒言先天聾は 1,000 出生に1 人の頻度に発生し, その半数が遺伝性の原因である. 我々は日本人において GJB2 遺伝子変異の重要性を明らかにした 1). 内耳を直接生検することや侵襲的な生理学的検査は困難であり, 有用な動物モデルの開発は発症機序の解明や根本的治療の確立に極めて重要である. 今回の標的である GJB2 遺伝子異常の難聴は遺伝性難聴において最も頻度の高い. これらの難聴モデル動物を用いて根本的治療を構築するための straightforward な戦略は変異マウスの内耳に欠損した正常遺伝子を導入することである. この仕事を実現するために, 第一にヒト患者の蝸牛病態解析は困難であるため, Gjb2 優性阻害変異マウス (Tg マウス ) 2) を用いて電気生理学的および形態学的に解析し, 疾患の病態を解明することである. Gjb2 遺伝子にコードされる gap 結合蛋白であるコンキシン 26(Cx26) は細胞骨格の重合やイオン共輸送体の活性に必須な細胞内 Ca イオンや IP3 などの細胞内情報伝達物質やグルタミン酸など細胞間の輸送に関与し 3-5), Cx26 の欠失は1 柱細胞やダイテル細胞のチュブリンで代表される細胞骨格の変性と2 支持細胞に存在するイオン共輸送体である kcc3 と kcc4 の活性障害をもたらすことを証明する. コルチリンパのイオン環境の障害は外有毛細胞の運動能を失活させ, また内有毛細胞からの放出されるグルタミン酸の取り込み障害は求心性神経終末の変性を引き起こし, これらが難聴機序の本体であることを証明する. 第二に, 低侵襲かつ高効率な Gjb2 遺伝子導入法を確立することである. 1 ベクターの種類, つまりアデノウイルスベクターとアデノ随伴ウイルスベクターの 2 種類で比較し, 2 投与法, つまり蝸牛側壁に作製した小孔からの内リンパへの投与法と正円窓からの外リンパへの投与法を比較することによって検討した. 方法 結果および考察優性的阻害効果を持つミスセンス変異 R75W を CAG プロモーターに組み込み, 各組織で変異コネキシン 26 を発現させるようにした. ノックアウトマウスが胎生致死であることが知られているので, プロモーターと変異遺伝子の間に loxp 配列を挿入し, 変異体の発現が Cre recombinase で調節されるように設計した. 直鎖化したベクターを受精卵に注入し, 偽妊娠状態の雌 C57bl/ 6 の子宮に戻した. その結果得られたマウスを Cre recombinase を有するトランスジェニックマウスと交配し, PCR, RT-PCR 法により内耳で変異遺伝子が発現している個体を選別した. 変異を発現している個体 (Tg マウス ) について生後 5 ~ 14 日である聴覚発達過程における聴力評価 ( 聴性脳幹反応検査 ; ABR) と組織学的評価 ( 電顕 ) を行った. 内耳への遺伝子導入の方法として蝸牛壁に小孔を開けての投与, 正円窓からの投与, 半規管からの投与があるが, 半規管からの投与は導入効率が低いため今回は検討しなかった. ウイルスベクターはアデノウイルスベクター (AdV) とアデノ随伴ウイルスベクター (AAV) を用いた. また, 投与前後に ABR を行い, 聴力を比較した. マウスの聴覚は通常生後 11 日より発現するが, Tg マウスの ABR では生後の聴覚発育過程でほとんど反応を認めなかった ( 図 1). 1

図 1. マウスの経時的な ABR 閾値の変化. マウスの聴覚は通常生後 11 日より発現するが, Tg マウスの ABR では生後の聴覚発育過程でほとんど反応を認めなか った (P<0.05). 電顕による組織学的な変化として 1Tg マウスではコルチトンネルの形成不全, 2 外有毛細胞神経終末形成不全, 3 コルチ器 高の伸長不全, 4 コルチ器の断細胞面積増加が特徴的であった ( 図 2). 2

図 2 マウス蝸牛コルチ器の高さと細胞面積の経時的変化. 電顕による組織学的な変化として①Tg マウスではコルチトンネルの形成不全, ② 外有毛細胞神経終末形成不全, ③ コ ルチ器高の伸長不全, ④ コルチ器の断細胞面積増加が特徴的であった. 3

コルチトンネルは柱細胞の細胞骨格の発達により内 外柱細胞の細胞間の開大が生じ形成される. Tg マウスでは柱細胞内の microtubules の形成不全を認めコルチトンネル形成不全の原因と考えられた. 外有毛細胞の神経終末は通常外有毛細胞を支持するダイテルス細胞の細胞質が消退することにより形成される. Tg マウスではダイテルス細胞が外有毛細胞周囲を占拠するため神経終末は形成されなかった. コルチ器の高さは通常コルチ器の成熟に伴い徐々に増加するが, Tg マウスではコルチトンネル形成不全のために一定であった. マウスのコルチ器細胞断面積は増加を認め, 支持細胞の膨化を示唆した ( 図 3). 図 3. マウスコルチ器の高さと細胞断面積. コルチ器の高さは通常コルチ器の成熟に伴い徐々に増加するが, Tg マウスではコルチトンネル形成不全のために一定で あった. Tg マウスのコルチ器細胞断面積は有意な増加を認め, 支持細胞の膨化を示唆した. ABR ならびに蝸牛の組織学的検討から Gjb2 優性阻害変異マウスの蝸牛は生後の発育障害により高度難聴を呈することが判明した 6). AdV を蝸牛壁を経由して内リンパ腔に投与すると支持細胞への発現は認めたが, 投与時の侵襲により聴力は低下した. また, 正円窓から鼓室階に投与すると聴力は保たれるが, 支持細胞を含むコルチ器には発現を認めなかった. 一方, AAV を内リンパ腔に投与すると AdV の投与時と同様に支持細胞への発現は認めたが, 聴力は低下した. 鼓室階に AAV を投与すると聴力の低下 4

を認めずに主に Deiters 細胞などの支持細胞に発現を認めた. 鼓室階に AAV を出生直後のマウスに投与することにより聴力の 損失なく蝸牛支持細胞に遺伝子を導入することに成功した ( 図 4). 図 4. マウス蝸牛への AAV 導入. 鼓室階に AAV を投与すると聴力の低下を認めず (P>0.05) に主に Deiters 細胞などの支持細胞に発現を認めた. これは GJB2 遺伝子変異の先天性難聴患者の根本治療に結びつく可能性がある 7). 共同研究者 : 飯塚崇, 井下綾子, 成井裕也, 峯川明 ( 順天堂大学医学部耳鼻咽喉科学教室 ) 文献 1) Kudo T, Ikeda K, Kure S, Matubara Y, Oshima T, Watanabe K, Kawase T, Narisawa K, & Takasaka T.: New common mutations in the connexin 26 gene (GJB2) in childhood deafness in the Japanese population. Am. J. Med. Genet., 90:141-145, 2000. 2) Kudo T, Kure S, Ikeda K, Xia AP, Katori Y, Suzuki M, Kojima K, Ichinohe A, Suzuki Y, Aoki Y, Kobayashi T, & Matsubara Y.: Transgenic expression of a dominant-negative connexin26 causes degeneration of the organ of Corti and non-syndromic deafness. Hum. Mol. Genet., 12:995-1004, 2003. 3) Zhang Y, Tang W, Ahmad S, Sipp JA, Chen P, & Lin X.: Gap junction-mediated intercellular biochemical coupling in cochlear supporting cells is required for normal cochlear function. Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., 102:15201-15206, 2005. 4) Zhao HB, Yu N, & Fleming CR.: Gap junctional hemichannel-mediated ATP release and hearing controls in the inner ear. Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A., 102:18724-18729, 2005. 5) Mammano F, Bortolozzi M, Ortolano S, & Anselmi F.: Ca 2+ signaling in the inner ear. Physiology, 22:131-144, 2007. 6) Inoshita A, Iizuka T, Okamura H-O, Minekawa A, Kojima K, Furukawa M, Kusunoki T, & Ikeda K.: Postnatal development of the organ of Corti in dominant-negative Gjb2 transgenic mice. Neurosci., in press. 7) Iizuka T, Kanzaki S, Mochizuki H, Inoshita A, Narui Y, Furukawa M, Ogawa K, & Ikeda K.: In vivo delivery of adeno-associated virus was successfully and noninvasively transferred into the supporting cells of the neonatal mouse cochlea. Human Gene Ther., 19:384-390, 2008. 5