平成15年度研究報告

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15K00827 研究成果報告書

新規遺伝子ARIAによる血管新生調節機構の解明

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平成14年度研究報告

ただ太っているだけではメタボリックシンドロームとは呼びません 脂肪細胞はアディポネクチンなどの善玉因子と TNF-αや IL-6 などという悪玉因子を分泌します 内臓肥満になる と 内臓の脂肪細胞から悪玉因子がたくさんでてきてしまい インスリン抵抗性につながり高血糖をもたらします さらに脂質異常症

ヒト脂肪組織由来幹細胞における外因性脂肪酸結合タンパク (FABP)4 FABP 5 の影響 糖尿病 肥満の病態解明と脂肪幹細胞再生治療への可能性 ポイント 脂肪幹細胞の脂肪分化誘導に伴い FABP4( 脂肪細胞型 ) FABP5( 表皮型 ) が発現亢進し 分泌されることを確認しました トランスク

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Peroxisome Proliferator-Activated Receptor a (PPARa)アゴニストの薬理作用メカニズムの解明


生活習慣病の増加が懸念される日本において 疾病の一次予防はますます重要性を増し 生理機能調節作用を有する食品への期待や関心が高まっている 日常の食生活を通して 健康の維持および生活習慣病予防に努めることは 医療費抑制の観点からも重要である 種々の食品機能成分の効果について数多くの先行研究がおこなわれ

( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 花房俊昭 宮村昌利 副査副査 教授教授 朝 日 通 雄 勝 間 田 敬 弘 副査 教授 森田大 主論文題名 Effects of Acarbose on the Acceleration of Postprandial

32 小野啓, 他 は変化を認めなかった (LacZ: 5.1 ± 0.1% vs. LKB1: 5.1 ± 0.1)( 図 6). また, 糖新生の律速酵素である PEPCK, G6Pase, PGC1 α の mrna 量が LKB1 群で有意に減少しており ( それぞれ 0.5 倍,0.8 倍

( 様式甲 5) 氏 名 渡辺綾子 ( ふりがな ) ( わたなべあやこ ) 学 位 の 種 類 博士 ( 医学 ) 学位授与番号 甲 第 号 学位審査年月日 平成 27 年 7 月 8 日 学位授与の要件 学位規則第 4 条第 1 項該当 学位論文題名 Fibrates protect again

標準的な健診・保健指導の在り方に関する検討会

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肥満者の多くが複数の危険因子を持っている 肥満のみ約 20% いずれか 1 疾患有病約 47% 肥満のみ 糖尿病 いずれか 2 疾患有病約 28% 3 疾患すべて有病約 5% 高脂血症 高血圧症 厚生労働省保健指導における学習教材集 (H14 糖尿病実態調査の再集計 ) より

糸球体で濾過されたブドウ糖の約 90% を再吸収するトランスポータである SGLT2 阻害薬は 尿糖排泄を促進し インスリン作用とは独立した血糖降下及び体重減少作用を有する これまでに ストレプトゾトシンによりインスリン分泌能を低下させた糖尿病モデルマウスで SGLT2 阻害薬の脂肪肝改善効果が報告

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犬の糖尿病は治療に一生涯のインスリン投与を必要とする ヒトでは 1 型に分類されている糖尿病である しかし ヒトでは肥満が原因となり 相対的にインスリン作用が不足する 2 型糖尿病が主体であり 犬とヒトとでは糖尿病発症メカニズムが大きく異なっていると考えられている そこで 本研究ではインスリン抵抗性

婦人科63巻6号/FUJ07‐01(報告)       M

エネルギー代謝に関する調査研究

汎発性膿疱性乾癬のうちインターロイキン 36 受容体拮抗因子欠損症の病態の解明と治療法の開発について ポイント 厚生労働省の難治性疾患克服事業における臨床調査研究対象疾患 指定難病の 1 つである汎発性膿疱性乾癬のうち 尋常性乾癬を併発しないものはインターロイキン 36 1 受容体拮抗因子欠損症 (

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平成13年度研究報告

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わが国における糖尿病と合併症発症の病態と実態糖尿病では 高血糖状態が慢性的に継続するため 細小血管が障害され 腎臓 網膜 神経などの臓器に障害が起こります 糖尿病性の腎症 網膜症 神経障害の3つを 糖尿病の三大合併症といいます 糖尿病腎症は進行すると腎不全に至り 透析を余儀なくされますが 糖尿病腎症

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本文

脂肪滴周囲蛋白Perilipin 1の機能解析 [全文の要約]

2

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報道関係者各位 平成 26 年 1 月 20 日 国立大学法人筑波大学 動脈硬化の進行を促進するたんぱく質を発見 研究成果のポイント 1. 日本人の死因の第 2 位と第 4 位である心疾患 脳血管疾患のほとんどの原因は動脈硬化である 2. 酸化されたコレステロールを取り込んだマクロファージが大量に血

( 様式甲 5) 氏 名 忌部 尚 ( ふりがな ) ( いんべひさし ) 学 位 の 種 類 博士 ( 医学 ) 学位授与番号 甲第 号 学位審査年月日 平成 29 年 1 月 11 日 学位授与の要件 学位規則第 4 条第 1 項該当 Benifuuki green tea, containin

2015 年度 SFC 研究所プロジェクト補助 和食に特徴的な植物性 動物性蛋白質の健康予防効果 研究成果報告書 平成 28 年 2 月 29 日 研究代表者 : 渡辺光博 ( 政策 メディア研究科教授 ) 1

脳組織傷害時におけるミクログリア形態変化および機能 Title変化に関する培養脳組織切片を用いた研究 ( Abstract_ 要旨 ) Author(s) 岡村, 敏行 Citation Kyoto University ( 京都大学 ) Issue Date URL http

解禁日時 :2019 年 2 月 4 日 ( 月 ) 午後 7 時 ( 日本時間 ) プレス通知資料 ( 研究成果 ) 報道関係各位 2019 年 2 月 1 日 国立大学法人東京医科歯科大学 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 IL13Rα2 が血管新生を介して悪性黒色腫 ( メラノーマ ) を

ストレスが高尿酸血症の発症に関与するメカニズムを解明 ポイント これまで マウス拘束ストレスモデルの解析で ストレスは内臓脂肪に慢性炎症を引き起こし インスリン抵抗性 血栓症の原因となることを示してきました マウス拘束ストレスモデルの解析を行ったところ ストレスは xanthine oxidored

( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 大道正英 髙橋優子 副査副査 教授教授 岡 田 仁 克 辻 求 副査 教授 瀧内比呂也 主論文題名 Versican G1 and G3 domains are upregulated and latent trans

報道発表資料 2006 年 4 月 13 日 独立行政法人理化学研究所 抗ウイルス免疫発動機構の解明 - 免疫 アレルギー制御のための新たな標的分子を発見 - ポイント 異物センサー TLR のシグナル伝達機構を解析 インターフェロン産生に必須な分子 IKK アルファ を発見 免疫 アレルギーの有効

Microsoft PowerPoint - 2.医療費プロファイル 平成25年度(長野県・・

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日本の糖尿病患者数は増え続けています (%) 糖 尿 25 病 倍 890 万人 患者数増加率 万人 690 万人 1620 万人 880 万人 2050 万人 1100 万人 糖尿病の 可能性が 否定できない人 680 万人 740 万人

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第12回 代謝統合の破綻 (糖尿病と肥満)

学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 佐藤雄哉 論文審査担当者 主査田中真二 副査三宅智 明石巧 論文題目 Relationship between expression of IGFBP7 and clinicopathological variables in gastric cancer (

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糖鎖の新しい機能を発見:補体系をコントロールして健康な脳神経を維持する

前立腺癌は男性特有の癌で 米国においては癌死亡者数の第 2 位 ( 約 20%) を占めてい ます 日本でも前立腺癌の罹患率 死亡者数は急激に上昇しており 現在は重篤な男性悪性腫瘍疾患の1つとなって図 1 います 図 1 初期段階の前立腺癌は男性ホルモン ( アンドロゲン ) に反応し増殖します そ

< 背景 > HMGB1 は 真核生物に存在する分子量 30 kda の非ヒストン DNA 結合タンパク質であり クロマチン構造変換因子として機能し 転写制御および DNA の修復に関与します 一方 HMGB1 は 組織の損傷や壊死によって細胞外へ分泌された場合 炎症性サイトカイン遺伝子の発現を増強

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研究成果報告書

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論文題目  腸管分化に関わるmiRNAの探索とその発現制御解析

ルグリセロールと脂肪酸に分解され吸収される それらは腸上皮細胞に吸収されたのちに再び中性脂肪へと生合成されカイロミクロンとなる DGAT1 は腸管で脂質の再合成 吸収に関与していることから DGAT1 KO マウスで認められているフェノタイプが腸 DGAT1 欠如に由来していることが考えられる 実際

研究目的 1. 電波ばく露による免疫細胞への影響に関する研究 我々の体には 恒常性を保つために 生体内に侵入した異物を生体外に排除する 免疫と呼ばれる防御システムが存在する 免疫力の低下は感染を引き起こしやすくなり 健康を損ないやすくなる そこで 2 10W/kgのSARで電波ばく露を行い 免疫細胞

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学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 小川憲人 論文審査担当者 主査田中真二 副査北川昌伸 渡邉守 論文題目 Clinical significance of platelet derived growth factor -C and -D in gastric cancer ( 論文内容の要旨 )

るが AML 細胞における Notch シグナルの正確な役割はまだわかっていない mtor シグナル伝達系も白血病細胞の増殖に関与しており Palomero らのグループが Notch と mtor のクロストークについて報告している その報告によると 活性型 Notch が HES1 の発現を誘導

Microsoft Word CREST中山(確定版)

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宗像市国保医療課 御中

研究成果報告書

フォーカスレクチャー 図 1 肥満症診断のフローチャート (2011 年版 )( 文献 2 より引用 ) 健康障害をもたなくても内臓脂肪型肥満であれば 将来のハイリスク肥満として肥満症と診断できる 肥満 肥満 つきやすくなるということを意味している これを応用すると 内臓脂肪 / 皮下脂肪の比率によ

Mincle は死細胞由来の内因性リガンドを認識し 炎症応答を誘導することが報告されているが 非感染性炎症における Mincle の意義は全く不明である 最近 肥満の脂肪組織で生じる線維化により 脂肪組織の脂肪蓄積量が制限され 肝臓などの非脂肪組織に脂肪が沈着し ( 異所性脂肪蓄積 ) 全身のインス

11 月 16 日午前 9 時 ( 米国東部時間 ) にオンライン版で発表されます なお 本研究開発領域は 平成 27 年 4 月の日本医療研究開発機構の発足に伴い 国立研究開発法人科学 技術振興機構 (JST) より移管されたものです 研究の背景 近年 わが国においても NASH が急増しています

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インスリンが十分に働かない ってどういうこと 糖尿病になると インスリンが十分に働かなくなり 血糖をうまく細胞に取り込めなくなります それには 2つの仕組みがあります ( 図2 インスリンが十分に働かない ) ①インスリン分泌不足 ②インスリン抵抗性 インスリン 鍵 が不足していて 糖が細胞の イン

図 1 マイクロ RNA の標的遺伝 への結合の仕 antimir はマイクロ RNA に対するデコイ! antimirとは マイクロRNAと相補的なオリゴヌクレオチドである マイクロRNAに対するデコイとして働くことにより 標的遺伝 とマイクロRNAの結合を競合的に阻害する このためには 標的遺伝

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上原記念生命科学財団研究報告集, 30 (2016)

( 続紙 1 ) 京都大学 博士 ( 薬学 ) 氏名 大西正俊 論文題目 出血性脳障害におけるミクログリアおよびMAPキナーゼ経路の役割に関する研究 ( 論文内容の要旨 ) 脳内出血は 高血圧などの原因により脳血管が破綻し 脳実質へ出血した病態をいう 漏出する血液中の種々の因子の中でも 血液凝固に関

別紙 < 研究の背景と経緯 > 自閉症は 全人口の約 2% が罹患する非常に頻度の高い神経発達障害です 近年 クロマチンリモデ リング因子 ( 5) である CHD8 が自閉症の原因遺伝子として同定され 大変注目を集めています ( 図 1) 本研究グループは これまでに CHD8 遺伝子変異を持つ

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Wnt3 positively and negatively regu Title differentiation of human periodonta Author(s) 吉澤, 佑世 Journal, (): - URL Rig

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山梨県生活習慣病実態調査の状況 1 調査目的平成 20 年 4 月に施行される医療制度改革において生活習慣病対策が一つの大きな柱となっている このため 糖尿病等生活習慣病の有病者 予備群の減少を図るために健康増進計画を見直し メタボリックシンドロームの概念を導入した 糖尿病等生活習慣病の有病者や予備

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血漿エクソソーム由来microRNAを用いたグリオブラストーマ診断バイオマーカーの探索 [全文の要約]

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研究背景 糖尿病は 現在世界で4 億 2 千万人以上にものぼる患者がいますが その約 90% は 代表的な生活習慣病のひとつでもある 2 型糖尿病です 2 型糖尿病の治療薬の中でも 世界で最もよく処方されている経口投与薬メトホルミン ( 図 1) は 筋肉や脂肪組織への糖 ( グルコース ) の取り

Transcription:

平成 15 年度研究報告 研究テーマ 脂肪細胞におけるグルココルチコイド活性化機構の解明 - 新しいメタボリックシンドローム診断法 評価法の開発 - - 脂肪細胞におけるグルココルチコイド活性化 - 財団法人生産開発科学研究所 主任研究員益崎裕章 現所属 : 京都大学大学院医学研究科 内科学講座内分泌 代謝内科

サマリー 内臓脂肪肥満を中心として糖尿病や高血圧症 高脂血症 脂肪肝などが様々な組み合わせで同一個体に重積するメタボリックシンドロームは心筋梗塞や脳卒中に代表される致死的血管病の高リスク群であり 予防医学上の疾患単位として重要である この状態は個々の代謝疾患が偶然に合併した状態を意味するものではなく病態を形成する共通の分子基盤が存在すると想定され 診断 治療に有用な分子ターゲットの探索は急務の課題である 本研究ではメタボリックシンドロームの基盤としての脂肪細胞機能異常症に焦点を当て 細胞内グルココルチコイド活性化酵素 11β-HSD1 の脂肪細胞における活性調節メカニズムにアプローチして内臓脂肪症候群の病態解明と新規治療法の開発に結びつく基礎的 臨床的研究を行なった 11β-HSD1 は脂肪細胞における PPARγアゴニストの標的分子でもあり チアゾリジン誘導体による糖脂質代謝改善効果や内臓脂肪の選択的減少効果の一翼を担う下流分子である 本研究では 3T3-L1 培養脂肪細胞系において IL-1βや TNFαなどの種々の炎症性サイトカインが 11β-HSD1 遺伝子発現を著明に誘導すること PPARγアゴニストが 11β-HSD1 遺伝子発現を著明に抑制すること 脂肪細胞における 11β-HSD1 活性化がインスリン感受性ホルモン アディポネクチンの分泌を著明に抑制することを明らかにした 更に肥満症例と対照健常者を対象とする皮下脂肪組織バイオプシーにより脂肪組織機能の評価と遺伝子発現プロファイリングを実施した 肥満者皮下脂肪組織における 11β-HSD1 mrna 発現濃度は対照群と比較して約 6 倍以上に上昇し 遺伝子発現レベルは体格指数 (BMI) ウエスト周囲径 インスリン抵抗性指標と強い正の相関を示し 空腹時血糖を除くすべてのメタボリックシンドロームパラメーターと有意な相関を示した また 肥満者脂肪組織ではマクロファージ関連遺伝子群である CD68 MCSF,MAC1,MCP-1 などの遺伝子発現レベルも健常者に比較して明らかに上昇しており 11β-HSD1 とマクロファージ関連遺伝子マーカーとの間にも強い正の相関が認められた 脂肪細胞機能異常における 11β-HSD1 活性化に起因する組織特異的なグルココルチコイド作用の亢進とマクロファージ活性化の病態連関が示唆された 11β-HSD1 作用による細胞内グルココルチコイド最終代謝産物 allo tetrahydrocortisol ( THF) および THF 細胞内不活性型酵素 (11β-HSD2) に由来する最終代謝産物 tetrahydrocortisone (THE) をガスクロマトグラフィーとマススペクトロメトリーを用いて定量化する精密測定系を用いて細胞内グルココルチコイド活性化の程度を評価した結果 5β-THF+5α-THF / THE で示される尿中比は個人に固有の安定した値を示し 高感度 CRP やウエスト周囲長 BMI と逆相関を示した 同一個人内での比較では尿中比は体重の減少を鋭敏に反映して上昇し 糖尿病治療薬 チアゾリジン誘導体に対する 反応群 において尿中比の値が特異的に有意に減少した 以上の成果はメタボリックシンドロームの新規の評価法 治療法の開発に寄与するものと期待される

研究報告 序文 : 内臓脂肪肥満を中心として糖尿病や高血圧症 高脂血症 脂肪肝などが様々な組み合わせで同一個体に重積するメタボリックシンドロームは心筋梗塞や脳卒中に代表される致死的血管病の高リスク群であり 予防医学上の疾患単位として重要である この状態は個々の代謝疾患が偶然に合併した状態を意味するものではなく病態を形成する共通の分子基盤が存在すると想定され 診断 治療に有用な分子ターゲットの探索は急務の課題である 本研究ではメタボリックシンドロームの基盤としての脂肪細胞機能異常症に焦点を当て 細胞内グルココルチコイド活性化酵素 11β-HSD1 の脂肪細胞における活性調節メカニズムにアプローチして内臓脂肪症候群の病態解明と新規治療法の開発に結びつく基礎的 臨床的研究を行なった 11β-HSD1 は脂肪細胞における PPARγアゴニストの標的分子でもあり チアゾリジン誘導体による糖脂質代謝改善効果や内臓脂肪の選択的減少効果の一翼を担う下流分子である 方法 : 1) メタボリックシンドローム患者と対照健常者を対象とする皮下脂肪組織バイオプシーを行い ( 京都大学医の倫理委員会臨床研究承認番号 553 番 2004 年承認 ) 脂肪組織機能の評価と遺伝子発現プロファイリングを施行し メタボリックシンドロームガイドラインに照らした特徴を解析した 2) 細胞内グルココルチコイド活性化酵素 11β-HSD1 の最終代謝産物 allo tetrahydrocortisol (THF) および THF 細胞内不活性型酵素 (11β-HSD2) に由来する最終代謝産物 tetrahydrocortisone (THE) をガスクロマトグラフィーとマススペクトロメトリーを用いて定量化する精密測定系を用いて ( 京都大学医の倫理委員会臨床研究承認番号 494 番 2003 年承認 ) 細胞内グルココルチコイド活性化の程度を評価した 5β-THF+5α-THF / THE で示される尿中比は相対的な細胞内グルココルチコイド活性化を反映する指標の一つであり 病態におけるこのマーカーの意義を検討した 成績 : 1) 実施した皮下脂肪組織バイオプシーは最終的に約 90 例に達した 母集団における皮下脂肪組織における 11β-HSD1 mrna 発現濃度は体格指数 (BMI) ウエスト周囲長 インスリン抵抗性指標である空腹時インスリン濃度 HOMA-IR 指数と強い正の相関を示し メタボリックシンドロームコンポーネントの中ではトリグリセライド 拡張期血圧 収縮期血圧と正の有意な相関関係を示し HDL コレステロールとは有意な負の相関を示した 我々の知りうる限り 脂肪組織における遺伝子発現濃度が主要なメタボリックシンドロームの構成要素群と有意な相関を示す事例としては今回の 11β-HSD1 が最初であり 脂肪組織機能異常という観点からメタボリックシンドロームの病態を知る分子マーカーとしての意義が実証された

また 皮下脂肪組織における 11β-HSD1 mrna 発現濃度は臍レベル CT によって評価された内臓脂肪面積と強い正の相関を示し 血中レプチン濃度と有意な正の相関 血中アデイポネクチン濃度とは有意な負の相関を示すことが明らかとなり 内臓脂肪量をよく反映する皮下脂肪の遺伝子マーカーであることも注目される 2) メタボリックシンドロームにおける脂肪組織の慢性炎症の意義が注目されており 脂肪組織に浸潤したマクロファージの関与が注目されている 本研究の解析結果で 肥満者の脂肪組織では CD68 MCSF MAC1 MCP-1 などのマクロファージ関連分子群の遺伝子発現レベルが著明に上昇しており 11β-HSD1 発現レベルとも強い正の相関が認められた また 11β-HSD1 の酵素活性の発現に必須である補因子 NADPH を供給する酵素群 (G6PD H6PD など ) の発現レベルも 11β-HSD1 発現と強い正の相関を示し 肥満の脂肪組織における 11β-HSD1 発現調節の破綻のメカニズムがヒトにおいて初めて明らかになった 3) 11β-HSD1 作用による細胞内グルココルチコイド最終代謝産物 allo tetrahydrocortisol (THF) および THF 細胞内不活性型酵素 (11β-HSD2) に由来する最終代謝産物 tetrahydrocortisone (THE) をガスクロマトグラフィーとマススペクトロメトリーを用いて定量化する精密測定系を用いて細胞内グルココルチコイド活性化の程度を評価した 5β-THF+5α-THF / THE で示される尿中比は個人に固有の安定した値を示し 高感度 CRP やウエスト周囲長 BMI と逆相関を示した 同一個人内での比較では尿中比は体重の減少を鋭敏に反映して上昇し 糖尿病治療薬 チアゾリジン誘導体に対する 反応群 において尿中比の値が特異的に有意に減少した このような変化はチアゾリジン誘導体に対する 非反応群 はもとよりカロリー制限療法のみで同程度に糖尿病を改善した群ではまったく観察されないことからチアゾリジン誘導体が 11β-HSD1 を介して改善した脂肪組織機能を反映する変化である可能性が示唆された 考案 : メタボリックシンドローム病態における脂肪組織機能異常の意義 その分子基盤としての細胞内グルココルチコイド活性化酵素 11β-HSD1 の役割が明らかになった 11β-HSD1 を中核とする脂肪組織遺伝子発現プロファイリングや 5α-THF+5β-THF / THE で示される尿中ステロイド代謝マーカーがメタボリックシンドローム病態の評価に極めて有用であることが実証された 本研究の成果はメタボリックシンドロームの新規の評価法 治療法の開発に寄与するものと期待される また 本研究の成績を踏まえ 動脈硬化の進展 悪化 脳血管障害や心筋梗塞などの致死的血管イベントの発生に及ぼす影響を前向き研究で検証していくことが重要である 謝辞 : 山口内分泌疾患振興協会からの貴重な研究助成を頂戴出来ました事を心より感謝申し上げます 貴協会のますますの御発展を祈念申し上げます この度は誠に有難う御座いました

本研究成果に関連する刊行リスト : 1. T.Tanaka, H. Masuzaki (corresponding author), S. Yasue, K. Ebihara, T. Shiuchi, T. Ishii, N. Arai, M. Hirata, H. Yamamoto, T. Hayashi, K. Hosoda, Y. Minokoshi, K. Nakao. Central melanocortin signaling restores skeletal muscle AMP-activated protein kinase phosphoylation in mice fed a high fat diet. Cell Metabolism 5:395-402, 2007 2. Nakano, Y. Inada, H. Masuzaki (corresponding author), T. Tanaka, S. Yasue, T. Ishii, N. Arai, K. Ebihara, K. Hosoda, K. Maruyama, Y. Yamazaki, N. Shibata, K. Nakao Bezafibrate regulates the expression and enzyme activity of 11β-hydroxysteroid dehydrogenase type 1 in murine adipose tissue and 3T3-L1 adipocytes. Am. J. Physiol. (Endocrinol Metab) 292:E1213-E1222, 2007 3. T. Ishii, H. Masuzaki (corresponding author), T. Tanaka, N. Arai, S. Yasue, N. Kobayashi, M. Noguchi, J. Fujikura, K. Ebihara, K. Hosoda, K. Nakao. Augmentation of 11β-hydroxysteroid dehydrogenase type 1 in LPS-activated J774.1 macrophages -Role of 11β-HSD1 in pro-inflammatory properties in macrophages- FEBS Lett. 581:349-354, 2007 4. T. Tomita, H. Masuzaki (corresponding author), H. Iwakura, J. Fujikura, M. Noguchi, T. Tanaka, K. Ebihara, J. Kawamura, I. Komoto, Y. Kawaguchi, K. Fujimoto, R. Doi, H. Shimada, K. Hosoda, M. Imamura, K. Nakao Expression of the gene for a membrane-bound fatty acid receptor in the pancreas and islet cell tumors in humans: evidence for GPR40 expression in pancreatic beta cells and implications for insulin secretion Diabetologia 49: 962-968, 2006 5. T.Tanaka, S. Hidaka, H. Masuzaki (corresponding author), S. Yasue, Y. Minokoshi, K. Ebihara, H. Chusho, Y. Ogawa, T. Toyoda, K. Sato, F. Miyanaga, M. Fujimoto, T. Tomota, T. Kusakabe, N. Kobayashi, H. Tanioka, T. Hayashi, K. Hosoda, H. Yoshimatsu, T. Sakata, K. Nakao. Skeletal muscle AMPK phosphorylation parallels metabolic phenotype in leptin transgenic mice under dietary modification. Diabetes 54:2365-2374, 2005 6. M. Fujimoto, H. Masuzaki (corresponding author), Y. Yamamoto, N. Norisada, M. Imori, M. Yoshimoto, T. Tomita, T. Tanaka, K. Okazawa, J. Fujikura, H. Chusho, K. Ebihara, T. Hayashi, K. Hosoda, G. Inoue, K. Nakao CCAAT/enhancer binding protein α maintains the ability of insulin-stimulated GLUT4 translocation in 3T3-C2 fibroblastic cells. Biochim. Biophys. Acta. (Molecular Cell Research) 1745:38-47, 2005 7. T. Tomita, H. Masuzaki (corresponding author), M. Noguchi, H. Iwakura, J. Fujikura, T. Tanaka, K. Ebihara, J. Kawamura, I. Komoto, Y. Kawaguchi, K. Fujimoto, R. Doi, Y. Shimada, K. Hosoda,

M. Imamura, K. Nakao A large amount of mrna expression for G-protein-coupled fatty acid receptor, GPR40 in human insulinoma Biochem. Biophys. Res. Commun. 338: 1788-1790, 2005 8. T.Tanaka, H. Masuzaki (corresponding author), K. Ebihara, Y. Ogawa, S. Yasue, H. Yukioka, H. Chusho, F. Miyanaga, T. Miyazawa, M. Fujimoto, T. Kusakabe, N. Kobayashi, T. Hayashi, K. Hosoda, K. Nakao. Transgenic expression of mutant peroxisome proliferator-activated receptor (PPAR) γ in liver precipitates fasting-induced steatosis but protects against high fat diet-induced steatosis in mice. Metabolism 54:1490-1498, 2005 9. M. Fujimoto, H. Masuzaki (corresponding author), T. Tanaka, S. Yasue, T. Tomita, N. Kobayashi, K. Okazawa, J. Fujikura, H. Chusho, K. Ebihara, T. Hayashi, K. Hosoda, K. Nakao An angiotensin II AT1 receptor antagonist, telmisartan augments glucose uptake and Glut 4 protein expression in 3T3-L1 adipocytes. FEBS Lett. 576:492-497, 2004