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 診療対象

 診療対象

米国における乳頭癌の大きさ別の罹患率の変動 ( ) 49% 87% 38% Davies L, Welch HG. Increasing incidence of thyroid cancer in the United States, JAMA. 295:21

第1号様式

核医学画像診断 第36号

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医療関係者 Version 2.0 多発性内分泌腫瘍症 2 型と RET 遺伝子 Ⅰ. 臨床病変 エムイーエヌ 多発性内分泌腫瘍症 2 型 (multiple endocrine neoplasia type 2 : MEN2) は甲状腺髄様癌 褐色細胞腫 副甲状腺機能亢進症を発生する常染色体優性遺

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性黒色腫は本邦に比べてかなり高く たとえばオーストラリアでは悪性黒色腫の発生率は日本の 100 倍といわれており 親戚に一人は悪性黒色腫がいるくらい身近な癌といわれています このあと皮膚癌の中でも比較的発生頻度の高い基底細胞癌 有棘細胞癌 ボーエン病 悪性黒色腫について本邦の統計データを詳しく紹介し

10 年相対生存率 全患者 相対生存率 (%) (Period 法 ) Key Point 1 10 年相対生存率に明らかな男女差は見られない わずかではあ

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6 月 25 日胸腺腫 胸腺がん患者の情報交換会 & 勉強会質疑 応答 奥村教授にお聞きしたいこと 奥村教授の話 1 特徴 (1) 胸腺腫 胸腺がん カルチノイドの違いについて 胸腺腫はがんの種類か 病理学的には胸腺腫はがんではなくて正常と区別つかず機能を残したまま腫瘍化したもの 一部 転移するもの

脂質異常症を診断できる 高尿酸血症を診断できる C. 症状 病態の経験 1. 頻度の高い症状 a 全身倦怠感 b 体重減少 体重増加 c 尿量異常 2. 緊急を要する病態 a 低血糖 b 糖尿性ケトアシドーシス 高浸透圧高血糖症候群 c 甲状腺クリーゼ d 副腎クリーゼ 副腎不全 e 粘液水腫性昏睡

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限局性前立腺がんとは がんが前立腺内にのみ存在するものをいい 周辺組織やリンパ節への局所進展あるいは骨や肺などに遠隔転移があるものは当てはまりません がんの治療において 放射線療法は治療選択肢の1つですが 従来から行われてきた放射線外部照射では周辺臓器への障害を考えると がんを根治する ( 手術と同

密封小線源治療 子宮頸癌 体癌 膣癌 食道癌など 放射線治療科 放射免疫療法 ( ゼヴァリン ) 低悪性度 B 細胞リンパ腫マントル細胞リンパ腫 血液 腫瘍内科 放射線内用療法 ( ストロンチウム -89) 有痛性の転移性骨腫瘍放射線治療科 ( ヨード -131) 甲状腺がん 研究所 滋賀県立総合病

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要望番号 ;Ⅱ-286 未承認薬 適応外薬の要望 ( 別添様式 ) 1. 要望内容に関連する事項 要望者 ( 該当するものにチェックする ) 学会 ( 学会名 ; 特定非営利活動法人日本臨床腫瘍学会 ) 患者団体 ( 患者団体名 ; ) 個人 ( 氏名 ; ) 優先順位 33 位 ( 全 33 要望

資料 3 1 医療上の必要性に係る基準 への該当性に関する専門作業班 (WG) の評価 < 代謝 その他 WG> 目次 <その他分野 ( 消化器官用薬 解毒剤 その他 )> 小児分野 医療上の必要性の基準に該当すると考えられた品目 との関係本邦における適応外薬ミコフェノール酸モフェチル ( 要望番号

3. 本事業の詳細 3.1. 運営形態手術 治療に関する情報の登録は, 本事業に参加する施設の診療科でおこなわれます. 登録されたデータは一般社団法人 National Clinical Database ( 以下,NCD) 図 1 参照 がとりまとめます.NCD は下記の学会 専門医制度と連携して

原発不明がん はじめに がんが最初に発生した場所を 原発部位 その病巣を 原発巣 と呼びます また 原発巣のがん細胞が リンパの流れや血液の流れを介して別の場所に生着した結果つくられる病巣を 転移巣 と呼びます 通常は がんがどこから発生しているのかがはっきりしている場合が多いので その原発部位によ

ける発展が必要です 子宮癌肉腫の診断は主に手術進行期を決定するための子宮摘出によって得られた組織切片の病理評価に基づいて行い 組織学的にはいわゆる癌腫と肉腫の2 成分で構成されています (2 近年 子宮癌肉腫は癌腫成分が肉腫成分へ分化した結果 組織学的に2 面性をみる とみなす報告があります (1,

データの取り扱いについて (原則)

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博士学位申請論文内容の要旨

70% の患者は 20 歳未満で 30 歳以上の患者はまれです 症状は 病巣部位の間欠的な痛みや腫れが特徴です 間欠的な痛みの場合や 骨盤などに発症し かなり大きくならないと触れにくい場合は 診断が遅れることがあります 時に発熱を伴うこともあります 胸部に発症するとがん性胸水を伴う胸膜浸潤を合併する

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づけられますが 最大の特徴は 緒言の中の 基本姿勢 でも述べられていますように 欧米のガイドラインを踏襲したものでなく 日本の臨床現場に則して 活用しやすい実際的な勧告が行われていることにあります 特に予防抗菌薬の投与期間に関しては 細かい術式に分類し さらに宿主側の感染リスクも考慮した上で きめ細

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付表 食道癌登録数 ( 自施設初回治療 癌腫 ): 施設 UICC-TNM 分類治療前ステージ別付表 食道癌登録数 ( 自施設初回治療 癌腫 原発巣切除 ): 施設 UICC-TNM 分類術後病理学的ステージ別付表 食道癌登録数 ( 自施設初回治療 癌腫 UIC

EBウイルス関連胃癌の分子生物学的・病理学的検討

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遠隔転移 M0: 領域リンパ節以外の転移を認めない M1: 領域リンパ節以外の転移を認める 病期 (Stage) 胃がんの治療について胃がんの治療は 病期によって異なります 胃癌治療ガイドラインによる日常診療で推奨される治療選択アルゴリズム (2014 年日本胃癌学会編 : 胃癌治療ガイドライン第

206 年実施卒後教育プログラム ( 日泌総会 ) 領域等タイトル日時単位 日泌総会卒後 日泌総会卒後 2 日泌総会卒後 3 日泌総会卒後 4 日泌総会卒後 8 日泌総会卒後 9 日泌総会卒後 0 日泌総会卒後 日泌総会卒後 2 日泌総会卒後 3 日泌総会卒後 4 日泌総会卒後 5 日泌総会卒後 6

目次 甲状腺とは 3 甲状腺ホルモンとは 4 甲状腺ホルモン量の調節 6 甲状腺がんとは 8 甲状腺がんの種類 9 甲状腺とは 甲状腺は のどぼとけのすぐ下にある重さ 10 ~ 20g 程度の小さな臓器で 甲状腺ホルモン というホルモンをつくっています ちょうど 蝶が羽を広げたような形をしていますが

1. はじめに ステージティーエスワンこの文書は Stage Ⅲ 治癒切除胃癌症例における TS-1 術後補助化学療法の予後 予測因子および副作用発現の危険因子についての探索的研究 (JACCRO GC-07AR) という臨床研究について説明したものです この文書と私の説明のな かで わかりにくいと

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10 年相対生存率 全患者 相対生存率 (%) (Period 法 ) Key Point 1

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が 6 例 頸部後発転移を認めたものが 1 例であった (Table 2) 60 分値の DUR 値から同様に治療後の経過をみると 腫瘍消失と判定した症例の再発 転移ともに認めないものの DUR 値は 2.86 原発巣再発を認めたものは 3.00 頸部後発転移を認めたものは 3.48 であった 腫瘍

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15 氏 名 し志 だ田 よう陽 すけ介 学位の種類学位記番号学位授与の日付学位授与の要件 博士 ( 医学 ) 甲第 632 号平成 26 年 3 月 5 日学位規則第 4 条第 1 項 ( 腫瘍外科学 ) 学位論文題目 Clinicopathological features of serrate

付表 登録数 : 施設 部位別 総数 1 総数 口腔咽頭 食道 胃 結腸 直腸 ( 大腸 ) 肝臓 胆嚢胆管 膵臓 喉頭 肺 骨軟部 皮膚 乳房

70 頭頸部放射線療法 放射線化学療法

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血漿エクソソーム由来microRNAを用いたグリオブラストーマ診断バイオマーカーの探索 [全文の要約]

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付表 登録数 : 施設 部位別 総数 1 総数 口腔咽頭 食道 胃 結腸 直腸 ( 大腸 ) 肝臓 胆嚢胆管 膵臓 喉頭 肺 骨軟部 皮膚 乳房 全体

094 小細胞肺がんとはどのような肺がんですか んの 1 つです 小細胞肺がんは, 肺がんの約 15% を占めていて, 肺がんの組 織型のなかでは 3 番目に多いものです たばことの関係が強いが 小細胞肺がんは, ほかの組織型と比べて進行が速く転移しやすいため, 手術 可能な時期に発見されることは少

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ことから過剰診断が問題視され 2003 年には厚生労働省の決 定で休止となりました 2. 診断 (1) 臨床症状 : 早期に腫瘤を触知することはまれです ただし 1 歳までの赤ちゃんにみられる病期 4S という腫瘍では 皮下への転移 肝腫大による腹部膨満や呼吸障害がみられます 幼児では転移のある進行

ン (LVFX) 耐性で シタフロキサシン (STFX) 耐性は1% 以下です また セフカペン (CFPN) およびセフジニル (CFDN) 耐性は 約 6% と耐性率は低い結果でした K. pneumoniae については 全ての薬剤に耐性はほとんどありませんが 腸球菌に対して 第 3 世代セフ

43048腎盂・尿管・膀胱癌取扱い規約第1版 追加資料

9 2 安 藤 勤 他 家族歴 特記事項はない の強い神経内分泌腫瘍と診断した 腫瘍細胞は切除断端 現病歴 2 0 1X 年7月2 8日に他院で右上眼瞼部の腫瘤を に露出しており 腫瘍が残存していると考えられた 図 指摘され精査目的で当院へ紹介された 約1cm の硬い 1 腫瘍で皮膚の色調は正常であ

表 1. 罹患数, 罹患割合 (%), 粗罹患率, 年齢調整罹患率および累積罹患率 ; 部位別, 性別 A. 上皮内がんを除く ; 部位別, 性別 B. 上皮内がんを含む 表 2. 年齢階級別罹患数, 罹患割合 (%); 部位別, 性別 A. 上皮内がんを除く B. 上皮内がんを含む 表 3. 年齢

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(別添様式1)

前立腺癌は男性特有の癌で 米国においては癌死亡者数の第 2 位 ( 約 20%) を占めてい ます 日本でも前立腺癌の罹患率 死亡者数は急激に上昇しており 現在は重篤な男性悪性腫瘍疾患の1つとなって図 1 います 図 1 初期段階の前立腺癌は男性ホルモン ( アンドロゲン ) に反応し増殖します そ

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10 年相対生存率 全患者 相対生存率 (%) (Period 法 ) Key Point 1 の相対生存率は 1998 年以降やや向上した 日本で

第15回日本臨床腫瘍学会 記録集

佐賀県肺がん地域連携パス様式 1 ( 臨床情報台帳 1) 患者様情報 氏名 性別 男性 女性 生年月日 住所 M T S H 西暦 電話番号 年月日 ( ) - 氏名 ( キーパーソンに ) 続柄居住地電話番号備考 ( ) - 家族構成 ( ) - ( ) - ( ) - ( ) - 担当医情報 医

第27回 日本頭頸部外科学会総会ならびに学術講演会

第58回日本臨床細胞学会 Self Assessment Slide

平成 28 年 12 月 12 日 癌の転移の一種である胃癌腹膜播種 ( ふくまくはしゅ ) に特異的な新しい標的分子 synaptotagmin 8 の発見 ~ 革新的な分子標的治療薬とそのコンパニオン診断薬開発へ ~ 名古屋大学大学院医学系研究科 ( 研究科長 髙橋雅英 ) 消化器外科学の小寺泰

1 BNCT の内容 特長 Q1-1 BNCT とは? A1-1 原子炉や加速器から発生する中性子と反応しやすいホウ素薬剤をがん細胞に取り込ませ 中性子とホウ素薬剤との反応を利用して 正常細胞にあまり損傷を与えず がん細胞を選択的に破壊する治療法です この治療法は がん細胞と正常細胞が混在している悪

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1. ストーマ外来 の問い合わせ窓口 1 ストーマ外来が設定されている ( はい / ) 上記外来の名称 対象となるストーマの種類 7 ストーマ外来の説明が掲載されているページのと は 手入力せずにホームページからコピーしてください 他施設でがんの診療を受けている または 診療を受けていた患者さんを

院内がん登録について 院内がん登録とは がん ( 悪性腫瘍 ) の診断 治療 予後に関する情報を収集 整理 蓄積し 集計 解析をすることです 登録により収集された情報は 以下の目的に使用されます 診療支援 研修のための資料 がんに関する統計資料 予後調査 生存率の計測このほかにも 島根県地域がん登録

未承認薬 適応外薬の要望に対する企業見解 ( 別添様式 ) 1. 要望内容に関連する事項 会社名要望された医薬品要望内容 CSL ベーリング株式会社要望番号 Ⅱ-175 成分名 (10%) 人免疫グロブリン G ( 一般名 ) プリビジェン (Privigen) 販売名 未承認薬 適応 外薬の分類

岸和田徳洲会病院 当院では以下の研究に協力し情報を提供しております この研究は 国が定めた指針に基づき 対象となる患者さまのお一人ずつから直接同意を得るかわりに 研究の目的を含む研究の実施についての情報を公開しています 研究結果は学会等で発表されることがありますが その際も個人を特定する情報は公表し

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研究の実績と今後の目標 日本医科大学内分泌外科杉谷巌 1993 年より 20 年間在籍した癌研究会附属病院 ( 現 : がん研有明病院 ) におい て経験させていただいた症例を中心に 主に甲状腺癌についての臨床研究を行 ってまいりました 1. 甲状腺乳頭癌 ~ 彼我の治療方針の相違を乗り越えるためのエビデンス集積一般的に予後良好な乳頭癌に対し 欧米では甲状腺全摘手術と術後放射性ヨードによるアブレーションおよび生涯に及ぶ TSH 抑制療法が推奨されてきたのに対し 日本では従来 甲状腺温存切除 ( 腺葉切除 ~ 亜全摘 ) 手術が広く行われてきた 藤本吉秀先生のご指導のもと 日本独特の方針が乳頭癌の生物学的性質の深い理解に基づいており 患者さんの QOL を重視する立場から高い妥当性を有することを証明することを目的に 臨床研究を行ってきた 1976~1998 年の初取扱い乳頭癌症例 604 例の 手術後平均 10.7 年の経過観察 結果を後向きに解析し 乳頭癌に対する甲状腺温存術式での良好な治療成績を

示すとともに 独自の癌死危険度分類法を考案した とくに 3cm 以上の巨大な リンパ節転移が重要な生命予後不良因子であることを示した Sugitani I, et al. Surgery 2004; 135: 139-148 2005 年以降は この癌死危険度分類に基づき 乳頭癌の治療方針を低癌死危険度群 高癌死危険度群に分けて設定し 前向き研究として治療経験を蓄積した 低癌死危険度群乳頭癌に対する甲状腺温存切除手術の妥当性を示すとともに 低癌死危険度だが再発リスクの高い一群を区別した Ebina A, et al. Surgery 2014; 156: 1579-1589

乳頭癌の中でも とくに危険度の低い微小乳頭癌については 1976~1993 年の手術症例 178 例の予後因子の後向き解析により 転移 浸潤の兆候がない無症候性微小癌の予後はきわめて良好で 原病死例が存在しないことを示した Sugitani I, et al. Endocr J 1999; 46: 209-216 この結果に基づき 1995 年以降 無症候性微小乳頭癌を対象に 非手術経過観察の前向き臨床試験を開始した 2008 年までに 230 例 300 病巣の 1~17 年 ( 平均 5 年 ) の経過観察を行った結果 腫瘍径増大は 7% 臨床的リンパ節転移出現は 1% に過ぎず 無症候性微小癌に対する非手術経過観察は妥当な治療選択肢であることを示した Sugitani I, et al. World J Surg 2010; 34: 1222-1231 この結果により 無症候性微小乳頭癌の非手術経過観察は妥当な治療選択肢として 甲状腺腫瘍診療ガイドライン 2010 年版に掲載された さらに米国甲状腺学会ガイドライン 2015 年改訂版においても 超低危険度乳頭癌に対する Active surveillance 法として容認される見込みである この臨床研究は現在も継続中で 経過観察症例は 500 例を超えている また

無症候性微小乳頭癌の増大 非増大に TSH 値は関係しないことも示した Sugitani I, et al. World J Surg 2014; 38: 673-676 甲状腺温存手術によれば術後の副甲状腺機能低下が予防できるばかりでなく 多くの場合 術後甲状腺機能低下を来すことがなく 患者さんは生涯に及ぶ甲状腺ホルモン剤内服の重荷を免れることができる 術後甲状腺ホルモン剤を過剰に投与して行う TSH 抑制療法の再発抑制効果についてのランダム化比較試験を 1996 年より行った 2005 年までに TSH 抑制療法施行群 221 例 非施行群 220 例の無作為割付を行い 2009 年までに平均 7 年の経過観察を行った結果 5 年無再発生存率は TSH 抑制療法施行群で 91% 非施行群では 89% であった 統計学的に TSH 非施行群の施行群に対する非劣性を示すことができた Sugitani I, et al. J Clin Endocrinol Metab 2010; 95: 4576-4583

同時に TSH 抑制療法が骨密度に及ぼす悪影響についての前向き比較試験を行い TSH 抑制により とくに 50 歳以上の女性での骨密度低下が顕著であることを報告した Sugitani I, et al. Surgery 2011; 150: 1250-1257 以上の一連の研究については Management of low-risk papillary thyroid carcinoma: unique conventional policy in Japan and our efforts to improve the level of evidence と題する Review にまとめた Sugitani I, et al. Surg Today 2010; 40: 199-215 2. 甲状腺未分化癌 ~ 予後最悪の癌の治療成績改善を目指して まれではあるが きわめて予後不良な未分化癌をテーマとした臨床研究にも 積極的に取り組んできた 1976~1999 年に取扱った 44 例の未分化癌の予後因子に関する後向き解析から 独自の prognostic index(pi) を考案した 予後不良因子の数の合算により 未

分化癌の中でもある程度生命予後が期待できる症例には積極的に集学的治療を 励行し 予後の期待できない症例には best supportive care を推奨した Sugitani I, et al. World J Surg 2001; 25: 617-622

PI の前向き適用による治療成績検討 (1999~2009 年の 74 例 ) により 予後予測における PI の妥当性 低 PI 症例における積極的治療による治療成績改善 高 PI 症例に対する 無理をしない治療 による QOL 改善が示された Orita Y, et al. Surgery 2011; 150: 1212-1219

また 集学的治療の一翼を担った独自の放射線化学療法 (Tanaka K, et al. Jpn J Clin Oncol 2011) や docetaxel + cisplatin 療法 (Seto A, et al. Surg Today 2015) についても報告した さらに Orphan disease と考えられる未分化癌の治療成績改善のためには多施設共同研究が必須とあると考え 2009 年 日本甲状腺未分化癌研究コンソーシアム (ATCCJ) の立ち上げに際し 代表世話人を務めた 2015 年までに 59 施設からご協力をいただき 1,202 症例という世界最大規模のデータベースを構築することができ 予後因子 治療法と成績についての後向き解析結果 未分化癌に対する拡大手術の功罪 偶発未分化癌の治療成績などを報告した Sugitani I, t al. World J Surg 2012; 36: 1247-1254 Sugitani I, et al. Head Neck 2014; 36: 328-333 Yoshida A, et al. World J Surg 2014; 38: 2311-2316 ATCCJ により発案された医師主導前向き臨床試験 (weekly paclitaxel による ATCCJ-TXL-P2 研究 ) も 2012 年 5 月より開始し 現在 結果集積中である Onoda N, et al. BMC Cancer 2015; 15: 475 3. その他 乳頭癌に対する術前超音波診断に基づく選択的治療的リンパ節郭清についての

前向き成績を報告した Sugitani I, et al. World J Surg 2008; 32: 2494-2502 また 高危険度の分化癌で認められる遠隔転移についての後向き検討を行い 分化癌の場合 遠隔転移があっても その特性によっては局所制御が重要となることを示した Sugitani I, et al. Surgery 2008; 143: 35-42 とくに骨転移の特徴を検討するとともに Zoledronic acid の治療効果についても報告した. Orita Y, et al. Surgery 2010; 147: 424-431 Orita Y, et al. Thyroid 2011; 21: 31-35 高危険度乳頭癌のもう一つの特徴である腺外浸潤の評価 分類についても整理 し 論文化した Hotomi M, et al. World J Surg 2012; 36: 1231-1240 2004 年に改訂された WHO 分類において独立した組織型として示された低分化癌については 2005 年に第 6 版が発行された甲状腺癌取扱い規約や 2007 年の Turin proposal などにおいて 定義に混乱が見られたため 自験例において解析を行った Sugitani I, et al. World J Surg 2010; 34: 1265-1273 4. 今後の目標ガイドライン作成などに携わるにつけ 臨床医学の世界における確固たるエビデンスの欠如 また将来においても それを確立することの困難さを痛感します とくに症例数がそれほど多くない甲状腺癌において ( 加えて乳頭癌の予後はあまりに良く 未分化癌の予後はあまりに悪い ) ランダム化比較試験を行って 永年の議論に決着をつけるのは不可能なことに思えます しかし 古くから蓄積された正確な臨床データを正しく解析して (Retrospective study) 導かれた結論に基づいて妥当な方針を確立し それに則った治療を継続的に行うこと (Prospective study) により エビデンス レベルを一段階上昇させることができます 内分泌疾患を患う患者さんたちの利益になることを第一に考え 今後もこうした地道な臨床研究を継続していきたいと思います

高位のエビデンスを得るためには数多くの症例が必要で そのためには 施設の枠組を超えた協力体制を発展させていくことが求められます 草の根の有志が集まることで 徐々に学会を動かしたコンソーシアムの潮流は その一つのモデルケースになりうるものと考えます 今後 難治で稀少な内分泌腫瘍に対する治験の導入などにおける 多施設共同研究の体制作りに一層尽力したいと思います 甲状腺癌に対する分子標的薬治療は今その黎明期を迎えています 時に存在する難治の甲状腺癌患者にとって 一筋の光明となりうる新規治療については 我々の使命として積極的に国際的治験に参加していきたいと考えております また 内分泌 甲状腺外科医としてその適切な使用に習熟するとともに 腫瘍内科医 内分泌内科医との適切な連携も模索していきたいと思います これまで培った臨床研究の経験に基づき Translational research の提案を行っていきたいと考えます 乳頭癌のより正確な予後予測や微小癌の非手術経過観察結果を細胞像から予測しうる手段 未分化転化の可能性や未分化癌の診断 治療感受性の指標 濾胞性腫瘍の診断など 従来の臨床的観点からだけではどうしても確定できない部分を 分子生物学的技術などにより正確に判断する方

策を見出すことができれば 患者さんに利する部分は大きいと考えられます 日本医大内分泌外科は甲状腺に対する内視鏡補助手術 (VANS 法 ) のメッカであります 今後はより適正な手術適応選択の確立とともに 内視鏡手術ないしロボット手術 術中神経モニタリングや各種エネルギー デバイスといった手術合併症を低下させ 患者さんの QOL を向上させる可能性のある新技術を積極的に取り入れ 患者さん志向の考え方で patient-oriented outcome を主要評価項目とする研究も計画していきたいと思います また 日本医大内分泌外科では甲状腺疾患に限らず 原発性 続発性副甲状腺機能亢進症および各種副腎腫瘍 ( クッシング症候群 アルドステロン症 褐色細胞腫など ) の症例も数多く経験することができます これらの機能性疾患の臨床研究にも注力したいと考えています