エコノミスト便り【欧州経済】ユーロ圏はどのように財政を再建したか

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別紙2

受益者の皆様へ 平成 28 年 2 月 15 日 弊社投資信託の基準価額の下落について 平素より弊社投資信託をご愛顧賜り 厚くお礼申しあげます さて 先週末 2 月 12 日 ( 金 ) 以下のファンドの基準価額が 前営業日の基準価額に対して 5% 以上下落しており その要因につきましてご報告いたし

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経済学でわかる金融・証券市場の話③

情報提供資料 エコノミスト便り ( ロンドン ) 2017 年 6 月 28 日 三井住友アセットマネジメント シニアエコノミスト西垣秀樹 欧州経済 ドイツ経済はなぜ強いのか ~ 中堅 中小企業 ( ミッテルスタンド ) が景気を牽引するドイツ経済 ~ ユーロ圏では景気の拡大が続いているが これを牽

現代資本主義論

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金融政策決定会合における主な意見

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タイトル

短期均衡(2) IS-LMモデル


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我が国中小企業の課題と対応策


フィリピンだが 年とベトナムやネパールからの留学生による就労がとりわけ大幅に増加している ( 図表 3 4) 在留資格が留学であっても 滞在費を賄う等の目的で 平常は週 28 時間 夏季 冬季 春季休みの間は 1 日 8 時間まで働くことが可能であり 日本語学校で勉強しながら就労する留学

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経済財政モデル の概要 経済財政モデル は マクロ経済だけでなく 国 地方の財政 社会保障を一体かつ整合的に分析を行うためのツールとして開発 人口減少下での財政や社会保障の持続可能性の検証が重要な課題となる中で 政策審議 検討に寄与することを目的とした 5~10 年程度の中長期分析用の計量モデル 短

第45回中期経済予測 要旨

1. 世界における日 経済 人口 (216 年 ) GDP(216 年 ) 貿易 ( 輸出 + 輸入 )(216 年 ) +=8.6% +=28.4% +=36.8% 1.7% 6.9% 6.6% 4.% 68.6% 中国 18.5% 米国 4.3% 32.1% 中国 14.9% 米国 24.7%

29 歳以下 3~39 歳 4~49 歳 5~59 歳 6~69 歳 7 歳以上 2 万円未満 2 万円以 22 年度 23 年度 24 年度 25 年度 26 年度 27 年度 28 年度 29 年度 21 年度 211 年度 212 年度 213 年度 214 年度 215 年度 216 年度

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第 7 章財政運営と世代の視点 unit 26 Check 1 保有する資金が預貯金と財布中身だけだとしよう 今月のフロー ( 収支 ) は今月末のストック ( 資金残高 ) から先月末のストックを差し引いて得られる (305 頁参照 ) したがって, m 月のフロー = 今月末のストック+ 今月末

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経済見通し

2015 年 3 月 9 日 対外 対内証券投資の動向 (2015 年 2 月分 ) 投資信託委託会社等による対外証券投資が大幅増加 財務省の 対外及び対内証券売買契約等の状況 ( 指定報告機関ベース ) によると 2 月の対外証券投資は +2 兆 6,754 億円の取得超となり 前月の +2 兆

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1.ASEAN 概要 (1) 現在の ASEAN(217 年 ) 加盟国 (1カ国: ブルネイ カンボジア インドネシア ラオス マレーシア ミャンマー フィリピン シンガポール タイ ベトナム ) 面積 449 万 km2 日本 (37.8 万 km2 ) の11.9 倍 世界 (1 億 3,43

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各資産のリスク 相関の検証 分析に使用した期間 現行のポートフォリオ策定時 :1973 年 ~2003 年 (31 年間 ) 今回 :1973 年 ~2006 年 (34 年間 ) 使用データ 短期資産 : コールレート ( 有担保翌日 ) 年次リターン 国内債券 : NOMURA-BPI 総合指数

1.ASEAN 概要 (1) 現在の ASEAN(216 年 ) 加盟国 (1カ国: ブルネイ カンボジア インドネシア ラオス マレーシア ミャンマー フィリピン シンガポール タイ ベトナム ) 面積 449 万 km2 日本 (37.8 万 km2 ) の11.9 倍 世界 (1 億 3,43

つのシナリオにおける社会保障給付費の超長期見通し ( マクロ ) (GDP 比 %) 年金 医療 介護の社会保障給付費合計 現行制度に即して社会保障給付の将来を推計 生産性 ( 実質賃金 ) 人口の規模や構成によって将来像 (1 人当たりや GDP 比 ) が違ってくる

日本経済の現状と見通し ( インフレーションを中心に ) 2017 年 2 月 17 日 関根敏隆日本銀行調査統計局

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今回の金融政策報告書では 米国内の投資活動が弱いために輸出が想定ほど伸びていないとしながらも 金融業などサービス関連の好調さを示す分析や 商品価格下落がカナダ企業の投資活動を抑制する動きは底打ちしたとの指摘など カナダ景気に前向きな材料も散見されます 当面は 政策金利の据え置きを続けると見通します

< 豪州債券市場の市況および今後の見通し > 2016 年の豪州債券市場では 金利が低下しました 年初から 2 月にかけては 中国株をはじめ世界の株式市場が下落するなど市場のリスク回避姿勢が強まる中 金利低下が進みました 1 月末に日銀のマイナス金利導入発表を受け 欧州など他国でもさらなる金融緩和期

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中国におけるインフレの行方 中国経済は減速しているものの 過熱の解消にはまだ至っていない 年 9 月のリーマン ショックを受けて 中国は輸出が大幅に落ち込み 景気後退を余儀なくされたが 兆元に上る内需拡大策や 金利と預金準備率の大幅な引き下げをはじめとする拡張的財政 金融政策が実施されたことを受けて

マイナス金利付き量的 質 的金融緩和と日本経済 内閣府経済社会総合研究所主任研究員 京都大学経済学研究科特任准教授 敦賀貴之 この講演に含まれる内容や意見は講演者個人のものであり 内閣府の見解を表すものではありません

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ヘッジ付き米国債利回りが一時マイナスに-為替変動リスクのヘッジコスト上昇とその理由

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[ 参考 ] 先月からの主要変更点 基調判断 3 月月例 4 月月例 景気は 急速な悪化が続いており 厳しい状況にある 輸出 生産は 極めて大幅に減少している 企業収益は 極めて大幅に減少している 設備投資は 減少している 雇用情勢は 急速に悪化しつつある 個人消費は 緩やかに減少している 景気は

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マクロ インサイト FRB FRB 長期金利 FRB bp 図表 1 FRB と市場の金利予測の乖離 FOMC 予測 vs 市場予測 年末 年末 2.0 市場が

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最近の欧州情勢

2 / 6 不安が生じたため 景気は腰折れをしてしまった 確かに 97 年度は消費増税以外の負担増もあったため 消費増税の影響だけで景気が腰折れしたとは判断できない しかし 前回 2014 年の消費税率 3% の引き上げは それだけで8 兆円以上の負担増になり 家計にも相当大きな負担がのしかかった

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平成24年度の経済見通しと経済財政運営の基本的態度(閣議了解)

中国:PMI が示唆する生産・輸出の底打ち時期

図 1 では プライマリーバランスが 11 兆円の赤字であることがわかる この赤字が消えてプライマリーバランスが均衡する姿を想像すると 下の2つの式が成り立つ 経常的歳入 = 経常的歳出 国債発行 = 国債費 国債発行 = 国債費 の式に注目すると 償還費用を賄うために新規に国債を発行しても国債残高

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IMF世界経済見通し 2015 年 4月 第 章 要旨

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2019 年 3 月期決算説明会 2019 年 3 月期連結業績概要 2019 年 5 月 13 日 太陽誘電株式会社経営企画本部長増山津二 TAIYO YUDEN 2017

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2019年度はマクロ経済スライド実施見込み

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2018 年は激動の年 年初来 トルコ株式指数はトルコリラベースで最大で約 24% 下落し トルコリラは日本円に対して最大で約 45% 下落しました トルコ株式 * の推移 ( トルコリラベース ) /12 18/03 18/06 18

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( 億円 ) ( 億円 ) 営業利益 経常利益 当期純利益 2, 15, 1. 金 16, 額 12, 12, 9, 営業利益率 経常利益率 当期純利益率 , 6, 4. 4, 3, 2.. 2IFRS 適用企業 1 社 ( 単位 : 億円 ) 215 年度 216 年度前年度差前年度

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マクロ インサイト ボラティリティ上昇が株価下落を増幅 VIX 7 VIX VIX VIX Euro Stoxx 5 VSTOXX VIX 6 VIX 5. VSTOXX VIX VIX VIX VIX 図表 株式市場はロケットのような軌道を描いて急騰後 利益確定売りに押された S&P5 指数 8

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経済・物価情勢の展望(2017年10月)

Transcription:

エコノミスト便り ( ロンドン ) 18 年 1 月 日 三井住友アセットマネジメント シニアエコノミスト西垣秀樹 欧州経済 ユーロ圏はどのように財政を再建したか ~ ユーロ圏 19 か国のほとんどの国が 3% 基準を達成 財政は健全化 ~ ユーロ圏の財政収支は改善している ユーロ圏では 8 年に発生した金融危機の後に景気が大幅に落ち込み 財政収支が悪化する中で 11 年 ~13 年には GDP 比で % 相当の財政緊縮が実施され 景気が悪化した しかしながら 1 年以降は 景気が回復 拡大する中で 財政収支も改善している 特に最近では 財政緊縮を強化しなくても 景気拡大による税収の増加などから財政収支が改善するといった好循環がみられるようになっている ユーロ圏の財政再建については 数年前にはその効果や持続性に懐疑的な見方が少なくなかったが 振り返ってみれば 財政緊縮のペースが緩められるとともに 財政緊縮や構造改革によるデフレ圧力が ECB の金融緩和によって軽減され 景気拡大や財政収支の改善を可能にしたと考えられる ユーロ圏の事例からみると 財政再建を進める上では 景気面への配慮だけでなく 構造改革によって供給力を引き上げるとともに 金融緩和によってデフレ圧力を軽減するという政策の組み合わせをスムーズに行うことが重要と考えられる ユーロ圏の財政は改善傾向ユーロ圏では 8 年のリーマンショック後に景気や財政が急速に悪化し 財政収支の GDP 比は 8 年の.% から 9 年に.3% に悪化した しかしその後の財政収支は改善傾向にある ( 図表 1) 欧州委員会の最近の見通しによれば 17 年時点でユーロ圏諸国の財政赤字は日本 (.3%) よりも小さい また 18 年には 19 の加盟国の全ての財政赤字の GDP 比が 3% 以下になる見通しだ 財政緊縮が強化された 11~13 年の頃は 財政赤字の GDP 比を 3% 以下に縮小させることは不可能だという意見がよく聞かれたが 実際には かなり進展した ここでは ユーロ圏がどのように財政を再建したのかについて その特徴などを検討する ( 図表 1) ユーロ圏の財政収支のGDP 比 ( 単位 :%) 年 9 13 1 1 1 17 18 ( 実績 ) ( 実績 ) ( 実績 ) ( 実績 ) ( 実績 ) ( 予測 ) ( 予測 ) ユーロ圏.3 3...1 1. 1.1.9 ドイツ 3..1.3..8.9 1. フランス 7..1 3.9 3. 3..9.9 イタリア.3.9 3....1 1.8 スペイン 11. 7...3. 3.1. オランダ...3.1..7. ベルギー. 3.1 3.1.. 1. 1. アイルランド 13.8.1 3. 1.9.7.. ポルトガル 9.8.8 7... 1. 1. ギリシャ 1.1 13. 3..7. 1..9 英国.1...3.9.1 1.9 日本 9.8 7.. 3..1.3 3.8 ( 注 ) データ期間は9 年 13 年 ~18 年 いずれも欧州委員会の推計値 ( 出所 ) 欧州委員会の資料とDatastreamを基に三井住友アセットマネジメント作成 1

そもそも財政再建が必要になるのは 財政赤字の状態を長く続けると 国債を保有している投資家の信用が低下して金利が上昇し 財政赤字を解消することが益々困難になると考えられるからである 特に ユーロ圏の財政再建は財政規律である安定成長協定に基づいて進められた 財政赤字を減らす方法としては 増税や政府支出の削減 経済成長によって税収が回復するのを待つ方法 デフォルト ( 債務再編 ) などが考えられるが ユーロ圏の場合はどのように財政赤字を削減したのだろうか ユーロ圏全体でみると増税よりも支出削減に重点図表 はユーロ圏の周辺国の財政赤字 GDP 比がリーマンショック後のピークから 17 年までにどのように縮小したのかを要因分解したものである 財政赤字の GDP 比がピークだった時期は国 地域によって異なるが ユーロ圏周辺国の場合は 9 年か 年である たとえば ユーロ圏の財政赤字 GDP 比はピーク時の 9 年には.3% だったが 17 年には 1.1% に縮小しており 8 年間で.% ポイント改善した 改善幅の内訳をみると 支出 ( 利払い費除く ) で.7% 利払い費で.8% 収入で 1.7% となっており 支出削減による改善が大きかったことがわかる ただし 周辺国の中でも改善方法は国 地域によって異なった ギリシャでは 付加価値税の引き上げや脱税の取り締まりを中心とした収入面の改善が大きく寄与した 一方 アイルランドについては金融危機によってピーク時には政府による資本注入が 1.7% もかかったため 財政の改善幅が大きかった 11~13 年には GDP 比で % に上る財政緊縮ところで ユーロ圏で本格的な財政緊縮策が実施された時期は 11 年から 13 年である この時期の緊縮は債務の持続可能性を維持し 過剰赤字を削減するために必要とされた 支出面では 社会移転の減少 政府消費 ( 公務員給与等 ) や政府投資の削減 収入面では 消費に対する課税 (VAT など ) などが強化され 3 年間で GDP 比 % 相当の財政緊縮が実施された ( 図表 3) 当時は金融システムが不安定な中でユーロ圏の財政緊縮によって 景気が悪化してかえって税 ( 図表 ) ユーロ圏諸国の財政収支のGDP 比の変化幅 ( 要因分解 ) 財政赤字のピークから17 年にかけての変化 3 3 1 ユーロ圏ギリシャアイルランドポルトガルスペインイタリア ( 注 ) ユーロ圏 ギリシャ スペイン イタリアは 9 年から 17 年にかけての変化 アイルランド ポルトガルは 年から 17 年にかけての変化 データは IMF 欧州委員会の推計値 ( 図表 3) 利払い要因 支出要因 ( 利払い除く ) 収入要因 財政収支の変化幅 ユーロ圏の裁量的な財政政策の内容 ( 単位 :GDP 比 %) 11 年 1 年 13 年 3 年間合計 消費に対する課税.3...9 労働に対する課税..3..3 企業に対する課税.1...1 社会保障負担.... 政府収入合計..7. 1. 移転等 1...3 1. 政府消費支出...1. 政府投資.... 政府支出合計 1.... 財政緊縮の合計. 1.3.7. ( 注 ) データ期間は 11 年 ~13 年 ( 出所 ) 欧州委員会の資料を基に三井住友アセットマネジメント作成

収の減少や財政赤字の拡大をもたらすのではないかという懸念が根強かった 実際 11~13 年の財政緊縮 (GDP 比 % 相当 ) が成長率に与える影響については ユーロ圏の実質 GDP 成長率を 8% 程度押し下げるという試算もあった しかし 振り返ってみればこうした懸念は行き過ぎだったと考えられる ( 図表 ) 3 1 ユーロ圏諸国の財政収支の GDP 比の変化幅 ( 要因分解 ) 財政赤字のピークから 13 年にかけての変化 循環的要因 構造的要因 財政収支の変化幅 初期は緊縮強化による改善 最近は景気拡大による改善それでは ユーロ圏の財政収支は緊縮策によってどうなったのか 財政赤字の変化を構造的な財政収支の変化による部分と景気循環の影響を受ける財政収支の変化に分けてみる ここでは赤字のピークから 13 年までの数年間 ( 第 1 期 ) と 13 年から 17 年まで ( 第 期 ) のつの時期に分ける まず 第 1 期は財政緊縮が強化された時期である この時期は景気が比較的早く回復したアイルランドを除けば どの国でも構造的収支の改善が全体の財政収支の改善に大きな役割を果たした ( 図表 ) ギリシャ スペイン イタリアでは循環的要因がマイナスに寄与しており 景気の悪化が財政を悪化させた側面があったと考えられるが 財政緊縮によって ( 景気が悪化して ) 財政赤字が拡大するという見方は正しくなかったことが推察される 実際 ユーロ圏の実質 GDP 成長率は 1 年 13 年がそれぞれ.9%.% と 年連続でマイナスとなり 景気は厳しい状況だった この間の周辺国の名目成長率をみると 9 年からマイナス成長だったギリシャでは 11 年 8.% 1 年 7.% 13 年.% とマイナスが継続し スペインやイタリアも 13 年までマイナスだった しかし その他の国については アイルランドは 11 年 ポルトガルは 13 年に名目 GDP 成長率がプラスに転じた 次に 第 期 ( 財政の改善期 ) についてみると ギリシャでは構造的要因による改善がほとんどであるが その他の国々では 循環的な要因による改善効果が大きいことがわかる ( 図表 ) つまり ギリシャ以外の地域では 1 年頃から景気が回復 拡大するなかで 財政収支が景気循環の影響を受けて改善したことを示唆している スペインやイタリアでは構造的収支 ユーロ圏ギリシャアイルランドポルトガルスペインイタリア ( 注 ) ユーロ圏 ギリシャ スペイン イタリアは 9 年から 13 年にかけての変化 アイルランド ポルトガルは 年から 13 年にかけての変化 データは IMF の推計値 ( 出所 )IMF Datastream のデータを基に三井住友アセットマネジメント作成 ( 図表 ) 3 1 1 ユーロ圏諸国の財政収支の GDP 比の変化幅 ( 要因分解 ) 13 年から 17 年にかけての変化 ユーロ圏ギリシャアイルランドポルトガルスペインイタリア ( 注 ) データは IMF の推計値 ( 出所 )IMF Datastream のデータを基に三井住友アセットマネジメント作成 循環的要因構造的要因財政収支の変化幅 3

がむしろ悪化しており 景気に配慮した財政運営だったことを示唆している 1 年以降の景気と財政の改善の背景それでは 1 年以降 ユーロ圏の景気や財政が周辺国を含めて改善した理由は何であろうか 主に3つ指摘できよう 第 1 は ユーロ圏が景気に配慮した財政再建を意識するようになったことである ユーロ圏の財政政策スタンスをみると 最も財政緊縮の度合が大きかったのが 11 年であるが その後は徐々に緊縮ペースが緩められた 13 年にはユーロ圏全体の財政赤字 GDP 比が 3% まで縮小するなかで 1 年にはユーロ圏全体の財政政策スタンスが中立的になった ( 図表 ) もちろん個別の国をみればギリシャやスペインのように財政赤字 GDP 比がなお高い国もあったが ユーロ圏全体で政策スタンスが中立になったことで 域内の景気が安定した また周辺国の中には政府が企業の雇用主負担を軽減する措置を導入した国もあり 1 年以降 雇用が増加したことも景気の安定につながった 第 は ユーロ圏周辺国の多くでは金融危機後に 財政再建と合わせて構造改革が強化されたことで 中期的には供給力を低下させるどころか 引き上げることができたとみられることである 特に EU の金融支援を受けた周辺国では生産市場 労働市場 金融システム 税制などの幅広い分野で改革が進められた 特に労働市場では単位労働コストが低下し 対外競争力が回復した 図表 7 をみると アイルランドやギリシャ スペイン ポルトガルでは 単位労働コストが低下したが この間は ドイツが逆に単位労働コストを上昇させたので 域内の競争力格差が縮小した 周辺国が単位労働コストを下げたことで物価に対する下落圧力を強めた面はあるものの 同時に海外の貿易相手国との相対物価を下落させることで価格競争力が改善し 輸出が増加した なお 11 年から 17 年にかけての実質為替レートの減価 ( 競争力上昇 ) を要因分解してみると 多くの周辺国では名目為替レートの減価による部分よりも 相対物価の引き下げによる減価の部分の方が大きかった ところで周辺国の潜在成長率の推移をみると 財政再建や構造改革が強化された 11~13 年頃よりも数年後の 17 年の方 ( 図表 )... 1. 1.. ユーロ圏の財政政策スタンスと実質 GDP 成長率の見通し 景気循環調整済のプライマリー収支 GDP 比 ( 前年差の逆符号 ) ( 前年比 %) 実質 GDP 成長率 ( 右軸 ) 1.. 景気刺激的 ( 予想 ) 1.. 11 1 13 1 1 1 17 18 19 ( 注 ) データ期間は 年 ~19 年 17 年以降は欧州委員会の推計値 ( 図表 7) 1 1 3 ユーロ圏諸国の単位労働コストの変化率 9 年から 17 年にかけての変化 ( 注 )9 年から 17 年にかけての変化率 17 年は第 3 四半期までのデータの平均値を用いた ( 図表 8) 3 1 1 3 ギリシャアイルランドポルトガルスペインイタリアフランスドイツユーロ圏 ユーロ圏諸国の潜在 GDP 成長率 7 年 11-13 年 17 年 ユーロ圏イタリアスペインギリシャアイルランドポルトガル ( 注 ) データ期間は 7 年 11~13 年 17 年 欧州委員会の推計値に基づく 1. 1.... 1.

が高くなっており 構造改革が長い時間をかけて少しずつ供給力を上昇させている可能性が示唆される ( 図表 8) なお欧州委員会によれば 13 年半ばまでに実施された EU のサービス指令やビジネス環境の改革によって周辺国の労働生産性は大きく上昇したと試算されている ( 図表 9) 8 ECBの政策金利とユーロ圏の企業の新規借入金利 ECBの預金ファシリティ金利 ギリシャ アイルランド ポルトガル スペイン イタリア 第 3 は ECB が金融緩和を強化したことである ユーロ圏では 財政緊縮や構造改革によってデフレ圧力が強まるなかで 1 年頃からコアインフレ率や期待インフレ率は鈍化傾向が続いた こうしたなか ECB は 1 年 月には TLTRO( 貸出条件付きの長期資金供給オペ ) とマイナス金利政策の導入を発表 さらに 1 年 3 月には国債購入の開始と 相次いで金融緩和を強化した この頃 ECB が単一の銀行監督機能を担うようになった中で EU の金融機関に対する包括的なストレステストも実施され 金融機関の資本増強が進んだ こうしたなかで 1 年になると ユーロ圏の銀行の企業向け貸出基準の緩和がみられるようになり 特にイタリアでは大きな改善がみられた この結果 周辺国では貸出金利がさらに低下して 借入需要が高まり 内需が拡大した たとえば ユーロ圏企業の新規借り入れ金利の推移をみると 1 年頃から低下傾向にあるが 1 年 月にマイナス金利政策を導入してから イタリアの借入金利は特に低下している ( 図表 9) 欧州の周辺国の借入金利は日本に比べても水準が高かったために 金利低下が資金需要や内需を刺激した面が大きかったと考えられる また ECBの金融緩和によってユーロ安が進んだことで競争力や輸出が伸びたことも 構造改革や財政再建の進展をサポートした側面があったと考えられる ( 図表 ) 1 年頃にはデフレが懸念されたが 最近のインフレ率は 1% 台半ばで安定している 以上のように リーマンショック後の流れを単純化すれば 金融危機のショックによる景気や財政収支の大幅な落ち込みに対して ユーロ圏では財政緊縮 構造改革が実施されたが その結果生じたデフレ圧力を ECB が金融緩和によって軽減するという側面があった 財政緊縮のデフレ圧力が ECB に対して大 8 9 11 1 13 1 1 1 17 ( 注 ) データ期間は8 年 1 月 ~17 年 月 ( 出所 )ECB Datastreamのデータを基に三井住友アセットマネジメント作成 ( 図表 ) ( ポイント ) 9 9 8 8 7 7 ( 年 1 月 =) ユーロ圏の為替レートの水準 ユーロポンド NEER( 名目実効レート ) REER( 実質実効レート ) ユーロドル 11 1 13 1 1 1 17 ( 注 ) データ期間は 年 1 月 ~17 年 1 月 値が大きいほど通貨が強いことを示す ( 出所 )ECB Datastream のデータを基に三井住友アセットマネジメント作成

きな負荷をもたらしたことは否めないが 1 年以降の ECB の金融政策が柔軟に運営されたことでユーロ圏の経済や財政が安定した点を軽視することはできないだろう 最近では 財政緊縮を強化しなくても 景気拡大による税収の増加などから財政が改善するといった好循環がみられるようになっている ( 図表 11) 特に最近のユーロ圏の景気拡大は外需よりも内需 ( 個人消費や固定投資 ) が中心であるため 税収の増加につながりやすく 財政収支の改善をもたらしていると考えられる 財政再建と景気拡大で政府債務残高 GDP 比も低下傾向以上 ユーロ圏の財政の改善についてフローの側面をみてきたが 最後に累積財政赤字に相当する政府債務残高の GDP 比 ( ストックの面 ) の変化をみておく 最近では多くのユーロ圏の国で政府債務残高 GDP 比が低下しはじめている 欧州委員会によれば アイルランドは 13 年 スペインやポルトガルは 1 年にそれぞれ低下に転じた またギリシャやイタリアでもそれぞれ 17 年 18 年に低下する見通しであり 財政赤字が発散していく可能性は低下している 図表 1 はユーロ圏全体の政府債務残高 GDP 比の増減を要因分解したものであるが これをみると リーマンショック後の 9 年 年に拡大した財政赤字に対して 11 年以降 プライマリーバランスの赤字を減らすことを優先した上で 13 年以降は名目成長率を上昇させてきたという特徴がみられる ( 財政再建 景気回復の順番 ) こうした中で 1 年以降 政府債務残高 GDP 比が低下したのである ( 図表 11) (GDP 比 %) 8 ( 図表 1) (GDP 比 %) 1 8 8 ユーロ圏の財政収支 GDP 比の要因分解 利払い費景気循環の影響を受けるプライマリーバランス景気循環の影響を調整したプライマリーバランス財政収支 1 3 7 8 9 11 1 13 1 1 1 17 ( 注 ) データ期間は 年 ~17 年 プライマリーバランスの内訳は IMF の推計値に基づく ( 出所 )IMF のデータを基に三井住友アセットマネジメント作成 ユーロ圏の政府債務残高の GDP 比の増減 ( 要因分解 ) 7 8 9 11 1 13 1 1 1 17 ( 注 ) データ期間は 年 ~17 年 ストックフロー調整は金融資産の変化等によるもの ( 出所 ) 欧州委員会のデータを基に三井住友アセットマネジメント作成 ストックフロー調整 名目成長要因 利払い費 プライマリー収支赤字 政府債務 GDP 比の増減 以上みたように ユーロ圏の財政再建については 数年前にはその効果や持続性に懐疑的な見方が少なくなかったが 結果的には 財政再建や構造改革によるデフレ圧力が ECB の金融緩和によって軽減され 景気拡大や財政収支の改善を可能にしたと考えられる また ECB の金融緩和が財政再建や構造改革を側面から下支えした面も否定できないだろう 構造改革は国民の反発を招き 政治を不安定にするというコストを伴ったことは否定できないものの 中長期的にみるとマク

ロ経済のプラス効果をもたらしたといえよう ユーロ圏の事例からみると 財政再建を進める上では 景気面への配慮だけでなく 構造改革によって供給力 ( 競争力や成長可能性 ) を引き上げるとともに 金融緩和によってデフレ圧力を軽減するという政策の組み合わせをスムーズにうまく行うことが重要と考えられる 当資料は 情報提供を目的として 三井住友アセットマネジメントが作成したものであり 投資勧誘を目的として作成されたもの又は金融商品取引法に基づく開示書類ではありません 当資料に基づいて取られた投資行動の結果については 当社は責任を負いません 当資料の内容は作成基準日現在のものであり 将来予告なく変更されることがあります 当資料は当社が信頼性が高いと判断した情報等に基づき作成しておりますが その正確性 完全性を保証するものではありません 当資料に市場環境等についてのデータ 分析等が含まれる場合 それらは過去の実績及び将来の予想であり 今後の市場環境等を保証するものではありません 当資料にインデックス 統計資料等が記載される場合 それらの知的所有権その他の一切の権利は その発行者および許諾者に帰属します 本資料の内容に関する一切の権利は当社にあります 本資料を投資の目的に使用したり 承認なく複製又は第三者への開示等を行うことを厳に禁じます この資料の内容は 当社が行う投資信託および投資顧問契約における運用指図 投資判断とは異なることがありますので ご了解下さい 三井住友アセットマネジメント株式会社 金融商品取引業者関東財務局長 ( 金商 ) 第 399 号 加入協会 : 一般社団法人投資信託協会 一般社団法人日本投資顧問業協会 一般社団法人第二種金融商品取引業協会 7