学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 庄司仁孝 論文審査担当者 主査深山治久副査倉林亨, 鈴木哲也 論文題目 The prognosis of dysphagia patients over 100 years old ( 論文内容の要旨 ) < 要旨 > 日本人の平均寿命は世界で最も高い水準であり, 高齢者の人口は全人口の約 25% を占め, 介護の問題なども含め, 高齢化は深刻な問題である. 平均寿命の延伸とともに,100 歳を超える超高齢者も, 年々急速に増加している. 高齢社会の進行に伴い, 高齢の嚥下障害患者も増加している. 最近では 100 歳以上の超高齢者に対して嚥下リハビリテーションを行うこともあり, 超高齢嚥下障害患者はまだ少数ではあるが, 確実に増えつつある. 平均寿命の延伸を考慮すると, 超高齢者の嚥下障害は世界的にも今後, 直面する問題である. 高齢者の嚥下障害に関する研究は既に多数報告されているが, 対象年齢の幅が広く, 超高齢者が含まれている報告は乏しい. 特に 100 歳以上を対象にしたものは皆無である. 今回,100 歳以上の超高齢の嚥下障害患者において, 経口摂取確立のために必要な嚥下機能, 及び関連要因を検討した.100 歳以上の超高齢嚥下障害患者を転退院の時点で嚥下機能が回復した群 ( 経口摂取が確立した群 ) と経口摂取が困難となった群の 2 群に分け, それぞれの嚥下機能と影響する要因を調査した. 嚥下機能の評価指標である Functional Oral Intake Scale (FOIS) を用いて,2 群間の比較を実施した. 嚥下障害発症後に実施した初期評価時の FOIS score が 4 以上あれば, 経口摂取は可能となるが,FOIS score が 1 であれば, 嚥下リハビリテーションを実施しても経口摂取は困難であることが示唆された. 加えて FOIS score が 2 であった場合, 全身状態が安定し, 認知症の増悪がなければ, 経口摂取は可能となりうることも示された. < 緒言 > 人間は加齢により様々な疾病に罹患しやすい状態となるが, なかでも肺炎は受療率, 罹患率共に高齢になるに従い急激に増加する疾患である. 日本では全死亡数 死亡率に占める肺炎の割合は第 3 位であり,90 歳以上の男性高齢者では第 1 位である.70 歳以上の高齢者肺炎の 80% 以上が誤嚥性肺炎であり, 高齢者の肺炎は誤嚥性肺炎といっても過言ではない. 高齢者は肺炎などに一旦感染すると, 健常者に比べて, 発症以前の状態に回復するには, かなりの時間を要する. 特に虚弱高齢者は回復に数ヶ月かかることもある. 実際, 軽度の侵襲でも日常生活動作が低下し, その影響により, 褥瘡や口腔乾燥, 認知症の増悪など潜在的に有していた障害を引き起こすこと - 1 -
がある. また入院後の臥床による廃用症候群も大きな問題である. これらの諸問題に加え平均寿命の延伸により,100 歳を超える超高齢者は年々急速に増加している.100 歳まで年齢を重ねると, 複数の慢性疾患を抱えていることが多く, 健康な 100 歳以上の高齢者はほとんど存在しない. つまり,100 歳以上の超高齢者は生理的老化に加え複数の基礎疾患により, 予備能が低下している状態である. これは嚥下機能や呼吸機能に関しても同様であり, 超高齢者は誤嚥しやすい状態といえる. したがって, 超高齢者の嚥下障害への対策は重要である. 近年では,100 歳を超える超高齢嚥下障害患者に対し嚥下リハビリテーションを行うこともある. しかし高齢という理由で, 経口摂取を断念させられることがある. また実際にリハビリテーションを担当するスタッフが同様の理由から経口摂取を進めることに対して臆することも事実である. しかし他方で, 高齢者の身体機能は個人差が大きく, 超高齢であっても嚥下リハビリテーションなどの専門的な対応により経口摂取が可能となる症例を経験することがある. したがって, 経口摂取が可能となる症例の特徴や傾向が明らかになると, 超高齢者に対する消極的な対応は減少し, 適応となる症例に対しては積極的に介入し効率的に経口摂取を進めることが出来ると考える. 平均寿命の延伸を考慮すれば,100 歳を超える超高齢嚥下障害患者は増え続けることが予想され, 世界的にも今後, 直面する問題となる. これまでにも高齢者の嚥下障害に関する文献や報告は散見されるが, その研究の多くは対象年齢の幅が広く, 超高齢者を対象にしたものは乏しい. 特に 100 歳以上の超高齢者を対象に嚥下障害を取り上げた報告は世界的にも例がない. そこで, 本研究の目的は,100 歳以上の超高齢嚥下障害患者の経口摂取確立に関する要因を検討することである. < 方法 > 2007 年 1 月から 2012 年 4 月までに入院した 100 歳以上の患者 ( 男性 5 例, 女性 19 例 ; 平均年齢 103.3 ± 2.8 歳 ) を対象に, 後ろ向きコホート研究を実施した. 調査項目は年齢, 要介護度, 既往歴, 入院前 初期評価時 転退院時の嚥下機能, 入院期間を調査した. 嚥下機能の評価には Functional Oral Intake Scale を用いた. 入院前 転退院時の FOIS は摂取していた食形態より判断した. 初期評価時の FOIS score は, 嚥下リハビリテーション開始時に実施した反復唾液嚥下テスト, 咳テスト, 改訂水飲みテスト, フードテスト, 嚥下造影検査 (videofluorography 以下,VF), 嚥下内視鏡検査 (videoendoscopy 以下,VE) のいずれか 1 つ以上の結果と評価後の臨床経過から決定された食形態によって評価した. 転退院時の食事状況より経口摂取群 ( 経口摂取のみ, 非経口の代替栄養なし ) と経管栄養群 ( 経口摂取と経管栄養の併用, 又は経管栄養のみ ) の 2 群に分け, 各調査項目を比較した. 統計学的分析には, 群内の分析では Wilcoxon の符号付順位検定を用い, 経口摂取群と経管栄養群の両群の分析では Mann-Whitney の U 検定,Fisher の直接法を用いた. 統計ソフトには SPSS11.0J for Windows を使用し, 統計学的有意水準は 5% 未満とした. < 結果 > 経口摂取群は 15 例, 平均年齢 103.6 ± 2.7 歳, 要介護度の中央値 3.0 (3.0-5.0), 入院期間は - 2 -
32.6 ± 21.9 日であった. 入院前の FOIS score は 7 が 8 例,5 が 1 例,4 が 6 例であった. 初期評価時の FOIS score は 5 が 1 例,4 が 8 例,2 が 6 例であった. 転退院時の FOIS score は 5 が 4 例,4 が 11 例であった. 入院前と転退院時の FOIS score, 及び初期評価時と転退院時の FOIS score で有意差を認めた (p 0.01). 経管栄養群は 9 例, 平均年齢 102.7 ± 2.8 歳, 要介護度の中央値 4.0 (4.0-5.0), 入院期間は 71.9 ± 23.0 日であった. 入院前の FOIS score は 5 が 5 例,4が 4 例であった. 初期評価時の FOIS score は 2 が 4 例,1 が 5 例であった. 転退院時の FOIS score は 2 が 1 例,s1 が 8 例であった. 入院前と転退院時の FOIS score で有意差を認めた (p 0.01). 両群を比較すると, 年齢 要介護度 入院前の FOIS score では有意差はみられなかった. 一方, 入院期間と初期評価時の FOIS score で有意差を認め, 経口摂取群は経管栄養群より有意に入院期間が短く (p<0.01), 初期評価時の FOIS score が有意に高かった (p<0.01). また初期評価時の FOIS score は経口摂取群が 4, 経管栄養群では 1 で有意差を認めた (p<0.01). 既往歴に関しては, 脳血管疾患, 認知症, 肺炎のうち,1 つ以上の既往歴を有する患者が 22 例であった. 残りの 2 例は特に既往歴はなかった. < 考察 > 入院前と転退院時の FOIS score について入院前の FOIS score が 7 であった経口摂取群の 8 例は全例, 経口摂取が可能となった. しかし, この 8 例全例が入院前の FOIS score まで回復することはなかった. また両群において, 入院前と転退院時の FOIS score が有意に低下した. 今回の結果より, 超高齢者の嚥下障害は不可逆性の要素があり, たとえ経口摂取が可能となっても, もとのレベルに戻ることが困難となることが示唆された. しかし, 入院前と転退院時の FOIS score は評価方法がそれぞれ違うため, 厳密には 2 つの FOIS score が異なる可能性がある. そのため, 今後, 入院前と転退院時の嚥下機能を厳密に評価する必要がある. 一方, 今回の研究では入院前の嚥下機能を精査していない. 実際の経口摂取状況と嚥下機能が乖離している例が多く存在することも事実である. すなわち常食を摂取していた症例も入院前から嚥下機能が低下していた可能性は否定できない. そのため, 超高齢者の場合においても常食を摂取していたからといって, 必ずしも高い嚥下機能を保っていた訳ではないと考えられ, 嚥下機能の専門的な評価を行う必要がある. 初期評価時の FOIS score について経口摂取群と経管栄養群間では, 初期評価時の FOIS score に有意差がみられ, 経口摂取群では 4, 経管栄養群では 1 で有意差を認めた. 高齢者では初期評価時の FOIS score が 1 の場合でも経口摂取が確立したという報告がある. しかし今回の結果では,1 と評価された症例は全身状態が安定しない症例やリハビリテーションを拒否する症例であり, 経過は不良で,FOIS score が上がることはなかった. すなわち, 超高齢者では初期評価時の FOIS score が 1 の場合, リハビリテーションを実施しても, 経口摂取は困難となることが示唆された. 一方, 初期評価時の FOIS score が 4 以上あれば, 経口摂取は可能となることも示された. したがって, 初期評価時の FOIS - 3 -
score が 4 以上の場合は, 積極的な介入をすべきであると考える. FOIS score 2 について初期評価にて FOIS score が 2 であった症例は, 経口摂取群では 6 例, 経管栄養群では 4 例存在した. 経口摂取群の 6 例は全身状態が安定し, 全例, 経口摂取が可能となった. しかし経管栄養群の 4 例は全身状態の悪化, 認知症の増悪による訓練拒否のため, 経口摂取は困難となった. 統計的に有意ではないが, 初期評価時の FOIS score が 2 の場合, 経口摂取が確立される可能性があることが示唆された. 加えて, 全身状態と認知症の増悪が経口摂取の確立に影響することも考えられた. < 結論 > 100 歳以上の超高齢嚥下障害の経口摂取の確立に関する要因を検討した. 初期評価時の FOIS score が 4 以上であれば, 経口摂取は確立されるが,1 では経口摂取は困難であることが示唆された.2 では, 全身状態と認知症の重症度が経口摂取の確立に影響することが示された. - 4 -
論文審査の要旨および担当者 報告番号甲第 4770 号庄司仁孝 論文審査担当者 主査深山治久副査倉林亨, 鈴木哲也 ( 論文審査の要旨 ) 日本人の平均寿命は男性 80.21 歳, 女性 86.61 歳で,100 歳を超える超高齢者も年々急速に増加し,100 歳人口は, 昭和 56 年には 1 千人, 平成 10 年には 1 万人を超え, 平成 24 年には 5 万人を突破した. 高齢の摂食嚥下障害 ( 以下, 嚥下障害 ) 患者が増加し, 最近では 100 歳以上の超高齢者に対して嚥下リハビリテーションを行うこともある. この場合, 超高齢という理由だけで, 経口摂取を断念させられたり, また実際にリハビリテーションを担当するスタッフが同様の理由から経口摂取を進めることに対して臆したりすることがある. しかし他方で, 高齢者の身体機能は個人差が大きく, 超高齢であっても嚥下リハビリテーションなどの専門的な対応により経口摂取が可能となる症例を経験することもある. そこで, 庄司仁孝は, 経口摂取が可能となる症例の特徴や傾向を明らかにすると, 超高齢者に対する消極的な対応は減少し, 適応となる症例に対しては積極的に介入し効率的に経口摂取を進めることが出来るのではないかと考えた. 高齢者の嚥下障害に関する研究は既に多数報告されているが, 対象年齢の幅が広く, 超高齢者が含まれている報告は乏しい. 特に 100 歳以上を対象にしたものは皆無で, 庄司がこれらの患者集団に注目したことには意義がある. このような背景のもと, 庄司は 100 歳以上の超高齢嚥下障害患者における, 経口摂取確立のための予後, 及び関連要因を検討している. 研究方法は摂取していた食事形態を元に Functional Oral Intake Scale (FOIS) を用いて, 入院前 初期評価時 ( 嚥下リハビリテーション開始時 ) 転退院時の 3 つの時期の嚥下機能の変化及びその経過を評価した. すなわち, リハビリテーション介入前後の経過を追うという, 極めて臨床的な視点 着想がみられる. 研究結果としては以下の所見が得られている. 1. 100 歳以上の嚥下障害患者では, 何らかの侵襲を受けて嚥下障害が顕在化 重症化した場合, 初期評価時の嚥下機能が FOIS score で,4 以上あれば経口摂取は確立され,1 では確立されない傾向が示唆された. 2. 全身状態が安定し, 認知症の増悪がなければ, 初期評価時の FOIS score が 2 の場合でも, 経口摂取は確立できる可能性があることが示された. 以上の結果より, 初期評価時の FOIS score により, 積極的に介入すべき症例が明らかとなった. これにより超高齢嚥下障害患者に対する, 年齢のみを理由とした消極的な対応は減少することが期待される. また, 適応となる症例に対しては積極的に介入し, 効率的に経口摂取を進められることも期待される.100 歳以上の超高齢嚥下障害患者に関する報告は世界でも例がなく, 本 ( 1 )
研究では 100 歳という超高齢で嚥下障害となっても, 経口摂取が出来る可能性があるということも明らかにした. 本研究は, 超高齢者の嚥下障害発症前から発症後の経過を評価し, 積極的に介入すべき症例, 又は嚥下機能の回復が困難であることが予想される症例を明らかにし,100 歳以上という超高齢の嚥下障害患者における経口摂取確立のための, ひとつの基準となり得る報告である. 以上の成果は高く評価される. よって, 本論文は博士 ( 歯学 ) の学位を申請するのに十分な価値があるものと認められた. ( 2 )