第 5 章 5. MECANISMS OF TRAUMATIC MEMORY < 序論 > PTSD 患者の記憶の特徴 1 トラウマを鮮明に記憶 2 健忘 トラウマは一般の記憶の機能にどのように影響するのか? トラウマ的記憶のメカニズムはとのようなものか? GENERAL MEMORY IMPAIRMENT( 一般的な記憶の損傷 ) PTSD 患者は記憶の損傷を報告することが多い しかし 本当に記憶の損傷が生じているのか? また 生じているとしたらそれは PTSD のせいなのだろうか? < 記憶の損傷 > 損傷はない とする研究と 記憶の損傷 を支持する研究がある 1 記憶の損傷は生じていないとする研究 メタ記憶の歪みのため 記憶能力が低い と認識している可能性 Ex.1) Bradley & Milner(2007) ( ₁) 内容 ) ペルシア湾戦争の兵士に注意力テストを行う 実験群 = 戦争が彼らの思考能力にダメージを与えたと不安に思っているグループ 統制群 = そのような不安はないグループ結果 ) どちらの群にも記憶の欠損がないことが明らかになった Ex.2) Stein et al (1999) ( ₂) 内容 ) 幼少期の性的虐待の報告をした女性に記憶テストを行う 実験群 = 性的虐待を受けていた女性 統制群 = 性的虐待を受けていなかった女性結果 ) 両群に言語記憶 視覚記憶の優劣はなし 記憶テストにおいて PTSD 症状の程度と虐待についての以前の健忘の範囲 ( 自己報告 ) とは無関係 2 記憶の損傷を支持する研究 Ex.1) Vasterling et al (1998) ( ₃) 内容 ) 湾岸戦争の兵士に各種テストを行う 実験群 = PTSD を発症している兵士 1
統制群 = 健康な兵士結果 ) 実験群の方が統制群よりも 注意力維持テスト ワーキングメモリーテスト 初期学習テスト 回想妨害テストの成績が悪かった 気をそらすような情報の中での課題は侵入的な再体験の症状の程度と相関関係を示した 初めの 2 つの調査 ( ₁と ₂) は PTSD のベトナム戦闘兵における言語記憶の欠損と関係し 残りの 1 つ ( ₃) は幼少期に性的虐待を受けた成人の PTSD 患者における類似の欠損に関係している さらに 自己報告の性的虐待の程度は 短期の言語記憶の欠損の程度を予測した 別の研究では 虐待された子供達 (PTSD) において何らかの記憶損傷を見つけることは出来なかった < 記憶の損傷が生じている場合それは PTSD のせいなのか? > 先行研究から断言することは困難 統制条件の設定が適切でないため例 : トラウマ的経験なし & 記憶欠損なしとトラウマ的経験あり & 記憶欠損ありを比較 トラウマ経験と記憶欠損の 2 つの要因が同時に変動 トラウマ的経験をしている 人全般に記憶欠損が生じるのか トラウマ的経験をしている人 で かつ PTSD を発症している人に記憶欠損が生じるのか分離することが困難 第三の可能性 記憶の欠損はトラウマの暴露に先立つ ( 記憶の欠損が生じる人ほど トラウマ的出来事を経験したときに PTSD を発症しやすい ) < 記憶の損傷に関する別の可能性 > 1 ( トラウマや PTSD ではなく ) 精神医学上の病気が関与 Ex.1)Gil et al(1990) PTSD 患者と他の精神病の患者とはまったく同じ頻度で言語と視覚の 記憶欠損が生じた PTSD と記憶障害の間には特別な関連はない ( どちらも健康な統制群 より記憶テストの成績が悪い ) Ex.2) Barrett et al (1996) 2
ベトナム戦闘兵の中から 疾病管理センターによるものを含む大規模 な疫学調査に参加した兵士においても類似の結果を得た 結果 ) 同時期に PTSD を発症した ( 他の精神病はなし ) 兵士 (236 人 ) は 言 語 視覚記憶テストにおいて統制群 (1835 人 ) とまったく同じ成績であっ た 128 人の兵士には記憶の欠損が見られたが 彼らは少なくともあと 一つの精神病 ( うつ病 漠然とした不安 薬物乱用 依存など ) を発症し ていた PTSD だけの存在では記憶障害に結び付けられない 2 飢餓による脳への損傷が関与 Ex.1) Sutker et al (1990 1995) 収容期間中の体重減少の量は後年の記憶障害の程度を予測 ( 第二次世界大戦と朝鮮戦争の捕虜 ) Ex.2) Sutker et al (1991) 朝鮮戦争の兵士に対する調査 86% の兵士が PTSD を発症し そ の内 86% が直後の記憶テストにおいて臨床上障害のある範囲に分類 された 捕虜とならなかった兵士の 9% のみが PTSD を発症した < まとめ > PTSD 患者は記憶の損傷を報告することが多い しかし 本当に記憶の損傷が生じていることは希である また 生じている場合も PTSD が原因であると断言することは困難 MEMORY AND ( 記憶と多重人格障害 ) MULTIPLE PERSONALITY DISORDER 多重人格障害 (MPD): 精神医学の分野で最も議論の余地のある症候群 2 つの立場がある MPD は虐待などトラウマ的経験により生じる障害であるとする立場 (Gleaves,1996) MPD はトラウマ的経験による障害でなく 催眠やマスメディア等要求 特性により生じるとする立場 (Lilienfield et al, 1999) しかし どちらの立場も多重人格障害 (MPD) の人々が顕著な記憶の欠 損を報告する点は同意 またある 1 つの 人格 によって符号化された情報は その他の人格 に共有されていないことが多い しかし 記憶の共有度合いはテストの種類によって異なることが近年 3
示されている Ex.1) Ex.1) l_l_a_y の穴埋めテスト = 答えは lullaby のみ 結果 ) lullaby を学習時の人格と テスト時の人格が異なっていても単語を完成 Ex.2) Ex.2) APP の語幹テスト = 答えは一つではない 結果 ) 一つの人格が apple を学習した後 他の人格が APP から浮かんだ言葉を記述 APPLE と書く確率はチャンスレベル しかし この実験だけでは以下の 2 点を区別することは不可能 他の人格は情報を記憶 共有することができないのか 彼らが記憶についてただ報告をしないだけなのか ( 患者が他の人格に よる記憶を発揮するのを拒否しているのかもしれない ) 疑問 : 記憶について報告しない という意図をもつことで潜在記憶 はコントロールできるのか? 1 Huntjens et al : 単語データを用いた検討 MPD 患者を模倣する訓練を行った人々を統制群として加えている 実験群 = MPD 患者 統制群 = MPD 模倣者 1 ) 一つの人格に単語を学習させ 他の人格において記憶テストを行う 結果 ) 実験群は 知覚的記憶テストだけでなく潜在記憶テストにおいても 異なる人格全体でプライミング効果を示す ( 最初の人格による符号化についての健忘を主張しても 後続のパフォーマンスに促進効果 ) MPD 患者は全人格において正常な潜在記憶を有する 2 ) ある人格にリスト A ( 野菜 動物 花の名前 ) を学習させ 他の人格 に優先的にリスト B (A にはない野菜 動物の名前 家具の名前 ) を学習 させる また 2 人目の人格がリスト B を学習する前に 彼らがリスト A について何か知っているかどうかを尋ねる 結果 ) 実験群のほとんどの患者は リスト A のどの単語の知識も否定した しかし テスト時には両群ともにリスト B と同じ位リスト A から単 語を想起していた ( 本当に MPD 患者がリスト A の単語を健忘していた なら 彼らはそのリストを思い出さなかっただろう ) 追加調査 追加調査 ) 上記のテストから一週間後 被験者に再び認知テストを行う 結果 結果 ) 第 2 の人格の MPD 患者はリスト B と同じ位リスト A の単語を認 識していた 第 2 の人格はリスト A に対する健忘を主張していたにもか 4
かわらず 第 1 の人格によって学習された単語の 50% を認識していた 考察 : MPD 患者は単語データにおける人格間健忘は示さない この調査について 以下の二つの解釈が可能 健忘について虚偽を報告 メタ記憶がゆがんでいる ( データを記憶することができないと信じ ているが 実際は記憶できている ) 2 Schacteret al (1989): エピソード記憶を対象とした検討 内容 内容 )MPD 患者にヒントの単語に応じて 個人の記憶を思い出すように させた 患者のパフォーマンスと 非臨床の被験者 ( 統制群 ) のパフォー マンスを比較 結果 ) 統制群 = 86.2% が幼少期の記憶を想起 実験群 = 20.8% のみ幼少期の記憶を想起 Ex.2) Richard Bryant らの類似の実験 (1995) 内容 内容 )MPD 患者が MPD の診断を受ける前と後 でヒントの単語に応じ て自伝的記憶を取り戻すかどうかを調査結果 ) 診断前 : 最近の記憶の大部分を想起診断後 : 幼い別人格によって 幼少期の記憶を想起 主人格は最近の肯定的な記憶を取り戻す傾向があるが 幼い別人格は しばしば否定的な幼少期の記憶を取り戻す傾向にあった < まとめ > 多重人格障害に関する研究は未だ黎明期にある 未解決課題 人格間の特定の記憶の欠損が真に ( 記憶 ) 検索の問題を反映しているのか患者が他の人格によって符号化されたことを記憶できないかのように装 っているのか OVERGENERAL AUTOBIOGRAPHICAL MEMORY( 過度に一般化された自伝的記憶 ) 自伝的記憶の過度の一般化 (Williams & Broadbent, 1986) 特定性の高い自伝的記憶 ( ある日 ある時 の記憶 ) にアクセスが困 難になること 例 : 特定性 ( 高 ) 去年の夏にディズニー ワールドに行った特定性 ( 低 ) 小学校に在籍していたころ 5
過度の一般化が生じると 抑うつなどの予後の不良を予測 (Brittlebank, 1993) 問題解決能力に障害 ( Evans, 1992) 自伝的記憶の過度の一般化についての先行研究 Ex.1) 著者とその同僚による PTSD のベトナム戦闘兵の過度に一般化 された記憶の調査 (1994) 1 回目の実験の結果 ) PTSD のベトナム戦闘兵は 中立な単語 (Ex : appearance) Positive な単語 (Ex: kindness) Negative な単語 (Ex: panic) のどのヒントの単語に応じた特定の記憶の想起に困難を抱えてい た ( 健康な兵士にこのような問題はない ) さらにこの記憶困難は PTSD の兵士が戦争経験を思い出さされるこ とで 一時的に悪くなったのかどうかに興味を持った これは 侵入的 な思考の実験的な誘導が 彼らの過去から特定の記憶を取り戻すことを 難しくしたのか ということである このテストの際 被験者に戦闘のビデオテープと中立なある家具の描 写のどちらかを見せた 結果 ) 戦闘のビデオテープを見ることは PTSD のベトナム戦闘兵間 で中立な単語への過度の一般化の影響を悪化させ 健康な被験者間では 悪化させなかった 第 2 の統制群 ( 主にうつ病やアルコール依存症など他の精神障害がある兵士を含む ) は 過度に一般化された記憶を想起するパ ターンの点で PTSD グループ ( 実験群 ) に似ていた Ex.1+α ) 著者の調査チームによる他の実験 (1997) 強迫性障害の患者は抑うつ状態でのみ自伝的記憶の過度の一般化 PTSD も強迫性障害も 望まない思考と結び付けられるものであるにもかかわらず 過度に一般化された記憶は PTSD と抑うつにのみ関連 2 回目の実験 実験 ) 仮説 : もし PTSD が自己非難に関連しているなら guilty などの単語と比較して kind のような単語に応じた明白な記憶の想起は特に難しいはずである 結果 結果 ) PSTD のベトナム戦闘兵は 肯定的 否定的特性の単語ともに 特定の記憶を思い出すことに困難があった この欠損は特に 実験室に ベトナム戦争の戦闘服を着て来た PTSD の被験者に見られた 日常生活において戦闘服を着ることは 30 年前の戦争への固執を明ら かにするだけでなく 自伝的記憶の問題を生み出すものとなっている 兵士が過去に固執するほど 彼らの自伝的記憶の妨害は強くなる 6
PTSD と自伝的記憶の過度の一般化 幼少期に性的虐待のあった成人 : しばしば幼少期の自伝的記憶に過度 の一般化が生じる 虐待によって記憶の符号化が阻害されることが 自伝的記憶の過度の 一般化に影響? 支持する結果 : Parks & Balon(1995) 内容 ) 活動 中性 感情的な単語に応じて 16 歳以前の特定の記憶の想起を求める 1 群 : 幼少期の虐待の報告をした人々 ( 性的 身体的 ネグレクト 両親 の薬物乱用等 ) 2 群 : トラウマのない精神病の患者の統制群 3 群 : 健康な統制群 結果 結果 ) 1 群は他群よりも しばしば感情的な単語に応じて記憶を想起す ることができなかった また 想起により時間がかかり 平均して最も早くに想起した記憶は他群に比べて高年齢の時のものだった 2 群は中年齢の記憶 3 群は最も幼い時期の記憶を想起する傾向があった 特に 1 群に生じた想起の失敗の多くは 感情的な単語に応じた想起 同様の見解 : Henderson(2002), Meeaters(2000), Jones(1999) しかしトラウマそのものではなく トラウマによって生じる他の精神 的疾患 ( 例 : 抑うつ ) などが自伝的記憶の過度の一般化に影響を与える とする研究もある < まとめ > 自伝的記憶の過度の一般化は精神疾患のうち 抑うつと PTSD 患者によくみられる現象 個人の痛々しい過去について考えることを回避する方法として生じて いる可能性がある しかし 自伝的記憶の過度の一般化が PTSD に先行するのか PTSD の結果起こるのかは明らかではない 7