上原記念生命科学財団研究報告集, 30 (2016)

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図 B 細胞受容体を介した NF-κB 活性化モデル

子として同定され 前立腺癌をはじめとした癌細胞や不死化細胞で著しい発現低下が認められ 癌抑制遺伝子として発見された Dkk-3 は前立腺癌以外にも膵臓癌 乳癌 子宮内膜癌 大腸癌 脳腫瘍 子宮頸癌など様々な癌で発現が低下し 癌抑制遺伝子としてアポトーシス促進的に働くと考えられている 先行研究では ヒ

RNA Poly IC D-IPS-1 概要 自然免疫による病原体成分の認識は炎症反応の誘導や 獲得免疫の成立に重要な役割を果たす生体防御機構です 今回 私達はウイルス RNA を模倣する合成二本鎖 RNA アナログの Poly I:C を用いて 自然免疫応答メカニズムの解析を行いました その結果

1. Caov-3 細胞株 A2780 細胞株においてシスプラチン単剤 シスプラチンとトポテカン併用添加での殺細胞効果を MTS assay を用い検討した 2. Caov-3 細胞株においてシスプラチンによって誘導される Akt の活性化に対し トポテカンが影響するか否かを調べるために シスプラチ

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( 続紙 1 ) 京都大学 博士 ( 薬学 ) 氏名 大西正俊 論文題目 出血性脳障害におけるミクログリアおよびMAPキナーゼ経路の役割に関する研究 ( 論文内容の要旨 ) 脳内出血は 高血圧などの原因により脳血管が破綻し 脳実質へ出血した病態をいう 漏出する血液中の種々の因子の中でも 血液凝固に関

前立腺癌は男性特有の癌で 米国においては癌死亡者数の第 2 位 ( 約 20%) を占めてい ます 日本でも前立腺癌の罹患率 死亡者数は急激に上昇しており 現在は重篤な男性悪性腫瘍疾患の1つとなって図 1 います 図 1 初期段階の前立腺癌は男性ホルモン ( アンドロゲン ) に反応し増殖します そ

( 様式甲 5) 学位論文内容の要旨 論文提出者氏名 論文審査担当者 主査 教授 大道正英 髙橋優子 副査副査 教授教授 岡 田 仁 克 辻 求 副査 教授 瀧内比呂也 主論文題名 Versican G1 and G3 domains are upregulated and latent trans

関係があると報告もされており 卵巣明細胞腺癌において PI3K 経路は非常に重要であると考えられる PI3K 経路が活性化すると mtor ならびに HIF-1αが活性化することが知られている HIF-1αは様々な癌種における薬理学的な標的の一つであるが 卵巣癌においても同様である そこで 本研究で

るが AML 細胞における Notch シグナルの正確な役割はまだわかっていない mtor シグナル伝達系も白血病細胞の増殖に関与しており Palomero らのグループが Notch と mtor のクロストークについて報告している その報告によると 活性型 Notch が HES1 の発現を誘導

法医学問題「想定問答」(記者会見後:平成15年  月  日)

第6号-2/8)最前線(大矢)

作成要領・記載例

学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 小川憲人 論文審査担当者 主査田中真二 副査北川昌伸 渡邉守 論文題目 Clinical significance of platelet derived growth factor -C and -D in gastric cancer ( 論文内容の要旨 )

論文題目  腸管分化に関わるmiRNAの探索とその発現制御解析

共同研究チーム 個人情報につき 削除しております 1

の基軸となるのは 4 種の eif2αキナーゼ (HRI, PKR, または ) の活性化, eif2αのリン酸化及び転写因子 の発現誘導である ( 図 1). によってアミノ酸代謝やタンパク質の折りたたみ, レドックス代謝等に関わるストレス関連遺伝子の転写が促進され, それらの働きによって細胞はス

( 図 ) IP3 と IRBIT( アービット ) が IP3 受容体に競合して結合する様子

結果 この CRE サイトには転写因子 c-jun, ATF2 が結合することが明らかになった また これら の転写因子は炎症性サイトカイン TNFα で刺激したヒト正常肝細胞でも活性化し YTHDC2 の転写 に寄与していることが示唆された ( 参考論文 (A), 1; Tanabe et al.

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「飢餓により誘導されるオートファジーに伴う“細胞内”アミロイドの増加を発見」【岡澤均 教授】

脳組織傷害時におけるミクログリア形態変化および機能 Title変化に関する培養脳組織切片を用いた研究 ( Abstract_ 要旨 ) Author(s) 岡村, 敏行 Citation Kyoto University ( 京都大学 ) Issue Date URL http

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研究の詳細な説明 1. 背景病原微生物は 様々なタンパク質を作ることにより宿主の生体防御システムに対抗しています その分子メカニズムの一つとして病原微生物のタンパク質分解酵素が宿主の抗体を切断 分解することが知られております 抗体が切断 分解されると宿主は病原微生物を排除することが出来なくなります

別紙 < 研究の背景と経緯 > 自閉症は 全人口の約 2% が罹患する非常に頻度の高い神経発達障害です 近年 クロマチンリモデ リング因子 ( 5) である CHD8 が自閉症の原因遺伝子として同定され 大変注目を集めています ( 図 1) 本研究グループは これまでに CHD8 遺伝子変異を持つ

Peroxisome Proliferator-Activated Receptor a (PPARa)アゴニストの薬理作用メカニズムの解明

報道発表資料 2006 年 4 月 13 日 独立行政法人理化学研究所 抗ウイルス免疫発動機構の解明 - 免疫 アレルギー制御のための新たな標的分子を発見 - ポイント 異物センサー TLR のシグナル伝達機構を解析 インターフェロン産生に必須な分子 IKK アルファ を発見 免疫 アレルギーの有効

の感染が阻止されるという いわゆる 二度なし現象 の原理であり 予防接種 ( ワクチン ) を行う根拠でもあります 特定の抗原を認識する記憶 B 細胞は体内を循環していますがその数は非常に少なく その中で抗原に遭遇した僅かな記憶 B 細胞が著しく増殖し 効率良く形質細胞に分化することが 大量の抗体産

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学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 佐藤雄哉 論文審査担当者 主査田中真二 副査三宅智 明石巧 論文題目 Relationship between expression of IGFBP7 and clinicopathological variables in gastric cancer (

報道関係者各位 平成 26 年 1 月 20 日 国立大学法人筑波大学 動脈硬化の進行を促進するたんぱく質を発見 研究成果のポイント 1. 日本人の死因の第 2 位と第 4 位である心疾患 脳血管疾患のほとんどの原因は動脈硬化である 2. 酸化されたコレステロールを取り込んだマクロファージが大量に血

一次サンプル採取マニュアル PM 共通 0001 Department of Clinical Laboratory, Kyoto University Hospital その他の検体検査 >> 8C. 遺伝子関連検査受託終了項目 23th May EGFR 遺伝子変異検

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報道発表資料 2006 年 8 月 7 日 独立行政法人理化学研究所 国立大学法人大阪大学 栄養素 亜鉛 は免疫のシグナル - 免疫系の活性化に細胞内亜鉛濃度が関与 - ポイント 亜鉛が免疫応答を制御 亜鉛がシグナル伝達分子として作用する 免疫の新領域を開拓独立行政法人理化学研究所 ( 野依良治理事

1. 背景血小板上の受容体 CLEC-2 と ある種のがん細胞の表面に発現するタンパク質 ポドプラニン やマムシ毒 ロドサイチン が結合すると 血小板が活性化され 血液が凝固します ( 図 1) ポドプラニンは O- 結合型糖鎖が結合した糖タンパク質であり CLEC-2 受容体との結合にはその糖鎖が

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博士の学位論文審査結果の要旨

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妊娠認識および胎盤形成時のウシ子宮におけるI型IFNシグナル調節機構に関する研究 [全文の要約]

平成 28 年 12 月 12 日 癌の転移の一種である胃癌腹膜播種 ( ふくまくはしゅ ) に特異的な新しい標的分子 synaptotagmin 8 の発見 ~ 革新的な分子標的治療薬とそのコンパニオン診断薬開発へ ~ 名古屋大学大学院医学系研究科 ( 研究科長 髙橋雅英 ) 消化器外科学の小寺泰

抑制することが知られている 今回はヒト子宮内膜におけるコレステロール硫酸のプロテ アーゼ活性に対する効果を検討することとした コレステロール硫酸の着床期特異的な発現の機序を解明するために 合成酵素であるコ レステロール硫酸基転移酵素 (SULT2B1b) に着目した ヒト子宮内膜は排卵後 脱落膜 化

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く 細胞傷害活性の無い CD4 + ヘルパー T 細胞が必須と判明した 吉田らは 1988 年 C57BL/6 マウスが腹腔内に移植した BALB/c マウス由来の Meth A 腫瘍細胞 (CTL 耐性細胞株 ) を拒絶すること 1991 年 同種異系移植によって誘導されるマクロファージ (AIM

EBウイルス関連胃癌の分子生物学的・病理学的検討

様式 F-19 科学研究費助成事業 ( 学術研究助成基金助成金 ) 研究成果報告書 平成 25 年 5 月 15 日現在 機関番号 :32612 研究種目 : 若手研究 (B) 研究期間 :2011~2012 課題番号 : 研究課題名 ( 和文 ) プリオンタンパクの小胞輸送に関与す

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背景 歯はエナメル質 象牙質 セメント質の3つの硬い組織から構成されます この中でエナメル質は 生体内で最も硬い組織であり 人が食生活を営む上できわめて重要な役割を持ちます これまでエナメル質は 一旦齲蝕 ( むし歯 ) などで破壊されると 再生させることは不可能であり 人工物による修復しかできませ

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平成24年7月x日

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長期/島本1

解禁日時 :2019 年 2 月 4 日 ( 月 ) 午後 7 時 ( 日本時間 ) プレス通知資料 ( 研究成果 ) 報道関係各位 2019 年 2 月 1 日 国立大学法人東京医科歯科大学 国立研究開発法人日本医療研究開発機構 IL13Rα2 が血管新生を介して悪性黒色腫 ( メラノーマ ) を

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学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 松尾祐介 論文審査担当者 主査淺原弘嗣 副査関矢一郎 金井正美 論文題目 Local fibroblast proliferation but not influx is responsible for synovial hyperplasia in a mur

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ス化した さらに 正常から上皮性異形成 上皮性異形成から浸潤癌への変化に伴い有意に発現が変化する 15 遺伝子を同定し 報告した [Int J Cancer. 132(3) (2013)] 本研究では 上記データベースから 特に異形成から浸潤癌への移行で重要な役割を果たす可能性がある

新規遺伝子ARIAによる血管新生調節機構の解明

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統合失調症発症に強い影響を及ぼす遺伝子変異を,神経発達関連遺伝子のNDE1内に同定した

PRESS RELEASE (2012/9/27) 北海道大学総務企画部広報課 札幌市北区北 8 条西 5 丁目 TEL FAX URL:

学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 山本篤 論文審査担当者 主査清水重臣副査仁科博史 金井正美 論文題目 Fertilization-induced autophagy in mouse embryos is independent of mtorc1 ( 論文内容の要旨 ) < 要旨 > オート

研究の詳細な説明 1. 背景細菌 ウイルス ワクチンなどの抗原が人の体内に入るとリンパ組織の中で胚中心が形成されます メモリー B 細胞は胚中心に存在する胚中心 B 細胞から誘導されてくること知られています しかし その誘導の仕組みについてはよくわかっておらず その仕組みの解明は重要な課題として残っ

研究成果報告書

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周期的に活性化する 色素幹細胞は毛包幹細胞と同様にバルジ サブバルジ領域に局在し 周期的に活性化して分化した色素細胞を毛母に供給し それにより毛が着色する しかし ゲノムストレスが加わるとこのシステムは破たんする 我々の研究室では 加齢に伴い色素幹細胞が枯渇すると白髪を発症すること また 5Gy の

報道発表資料 2006 年 6 月 21 日 独立行政法人理化学研究所 アレルギー反応を制御する新たなメカニズムを発見 - 謎の免疫細胞 記憶型 T 細胞 がアレルギー反応に必須 - ポイント アレルギー発症の細胞を可視化する緑色蛍光マウスの開発により解明 分化 発生等で重要なノッチ分子への情報伝達


学位論文内容の要旨 Abstract Background This study was aimed to evaluate the expression of T-LAK cell originated protein kinase (TOPK) in the cultured glioma ce

2 肝細胞癌 (Hepatocellular carcinoma 以後 HCC) は癌による死亡原因の第 3 位であり 有効な抗癌剤がないため治癒が困難な癌の一つである これまで HCC の発症原因はほとんど が C 型肝炎ウイルス感染による慢性肝炎 肝硬変であり それについで B 型肝炎ウイルス

平成24年7月x日

平成14年度研究報告

計画研究 年度 定量的一塩基多型解析技術の開発と医療への応用 田平 知子 1) 久木田 洋児 2) 堀内 孝彦 3) 1) 九州大学生体防御医学研究所 林 健志 1) 2) 大阪府立成人病センター研究所 研究の目的と進め方 3) 九州大学病院 研究期間の成果 ポストシークエンシン

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STAP現象の検証の実施について

PRESS RELEASE (2014/2/6) 北海道大学総務企画部広報課 札幌市北区北 8 条西 5 丁目 TEL FAX URL:

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病原性真菌 Candida albicans の バイオフィルム形成機序の解析および形成阻害薬の探索 Biofilm Form ation Mech anism s of P at hogenic Fungus Candida albicans and Screening of Biofilm In

ん細胞の標的分子の遺伝子に高い頻度で変異が起きています その結果 標的分子の特定のアミノ酸が別のアミノ酸へと置き換わることで分子標的療法剤の標的分子への結合が阻害されて がん細胞が薬剤耐性を獲得します この病態を克服するためには 標的分子に遺伝子変異を持つモデル細胞を樹立して そのモデル細胞系を用い

生物時計の安定性の秘密を解明

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酵素消化低分子化フコイダン抽出物の抗ガン作用増強法の開発

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センシンレンのエタノール抽出液による白血病細胞株での抗腫瘍効果の検討

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Microsoft Word - 最終:【広報課】Dectin-2発表資料0519.doc


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Transcription:

上原記念生命科学財団研究報告集, 30 (2016) 147. オートファジーと細胞死を制御する癌抑制遺伝子の発見 難波卓司 高知大学教育研究部総合科学系複合領域科学部門 Key words: 小胞体ストレス, オートファジー,BAP31 緒言多くの固形癌や転移した癌は低栄養環境に置かれ 増殖を行うにはその環境に適応する必要がある そのため 癌細胞の低栄養環境への適応の阻害は新たな抗癌剤のターゲットとして有望であると考えられている 癌細胞が低栄養環境へ適応するために重要な細胞応答が 小胞体ストレス応答とオートファジーである 低栄養等のストレスにより小胞体ストレス応答が誘導され ストレスによる小胞体の恒常性破綻を修復しようとするが それでも細胞の恒常性を取り戻せない場合にアポトーシスが誘導される 一方 オートファジーは低栄養により誘導され ハウスキーピング蛋白質などを分解することで 細胞の生育により重要な蛋白質を合成するためのアミノ酸を産生 供給する これまでに癌細胞は非常に強い低栄養環境でも生育できるように小胞体ストレスによるアポトーシスに耐性化し 高いレベルでオートファジーが誘導されていることが報告されている 1) 最近私は小胞体膜蛋白質である B-cell receptor-associated protein 31(BAP31) が小胞体ストレスによるアポトーシスの誘導に重要であること 2) 及び細胞の保護に関与していることを発見した さらに癌細胞における BAP31 の遺伝子変異についてデータベース (COSMIC(http:// cancer.sanger.ac.uk/cancergenome/projects/cosmic/)) で検索したところ BAP31 のコピー数の減少 ( 発現抑制を示唆している ) が高い頻度で確認されていた (Glioma(64.7 %) Kidney carcinoma(67.7 %) Lung carcinoma(62.2 %)) 故に BAP31 は低栄養環境における癌細胞生育を抑制する新たな癌抑制遺伝子である可能性がある そこで本研究では BAP31 がオートファジーとアポトーシスを制御し 癌抑制遺伝子のような機能を有しているかを 特に BAP31 がオートファジーを制御する機構の解明を目標に研究を行った 方法および結果これまでの報告により小胞体ストレスによりオートファジーが誘導され このオートファジーの誘導が小胞体ストレスによる細胞死を抑制していることが報告されている 3,4) そこで 本研究で用いる実験系においてもその結果が再現されるか検討を行った 1

図 1 小胞体ストレスによるオートファジーの誘導 a BFA と b Tm をそれぞれ U2OS 細胞に処理し 表記のタンパク質の発現量を検討した まず小胞体ストレスを誘導することが知られている Brefeldine A BFA 図 1a と Tunicamycine Tm 図 1b を U2OS 細胞に処理し その後ウエスタンブロット法で各種タンパク質の発現を調べた その結果 図 1a b で示す ように 小胞体ストレス応答のマーカーである BiP の発現が誘導され 小胞体ストレス応答が誘導されていること 及び PARP が切断され Cleaved PARP 細胞死も誘導されていることが確認された オートファジーの誘導について はオートファゴソーム形成に必要な LC3II の発現を調べた その結果 BFA Tm とも処理後 12 時間から LC3II の発 現が増加し オートファジーが誘導されていることが示唆された BAP31 の発現は小胞体ストレスによりほとんど変 化しないが 一部は切断され p20bap31 となり細胞死の誘導に関与している 次に 小胞体ストレスによるオートファジーの誘導が細胞死に対して抑制的に働いているかをオートファジーの誘導 阻害剤である 3-Methyladenine 3-MA を用いて検討した 図 2 オートファジーの阻害による小胞体ストレス依存の細胞死の促進 a オートファジーの誘導阻害剤 3-MA と BFA を同時 または個別に処理した時の LC3II PARP と Cleaved PARP のタンパク質発現量 b a と同じ条件における LC3-GFP 緑色 の細胞内局在 凝集した緑色の光が オートファゴソーム DAPI 核 : 青色 Scale bar: 20µM. 2

BFA 処理によりオートファジーが誘導されるが その誘導は 3-MA 処理により抑制されることが LC3II の発現増加 ( 図 2a) と LC3-GFP の凝集 ( オートファゴソームの形成 )( 図 2b) により確認され BFA による PARP の切断は 3-MA 処理により促進された 以上の結果から 小胞体ストレスによりオートファジーが誘導され小胞体ストレスによる細胞死を抑制していることが考えられる そこで BAP31 がオートファジーの誘導に関与しているかの検討を行った これまでに我々は BAP31 の発現抑制により小胞体ストレスによる細胞死が顕著に抑制されることを報告しているが BAP31 がオートファジーの誘導に関与しているかどうかは全く分かっていない 図 3. BAP31 の発現抑制によるオートファジーの誘導 (a)shbap31 の発現を抑制した時の BAP31 と LC3II のタンパク質発現量 (b) 小胞体ストレスによるオートファジーは BAP31 の発現抑制により促進され 細胞死を抑制する オートファジーの誘導阻害剤 (3-MA) は BFA と BAP31 によるオートファジーの誘導を抑制し 細胞死を促進する 図 3a で示すように BAP31 の発現を shbap31 で抑制したところ LC3II の発現が増加し オートファジーが誘導されていることが示唆された そこで BAP31 の発現抑制による小胞体ストレスによる細胞死の抑制機構に このオートファジーの誘導が関与しているかを検討した shbap31 処理により BFA による細胞死 (PARP の切断 ) が抑制され オートファジー (LC3II) も誘導された BFA shbap31 及び 3-MA を処理したところ BAP31 の発現が抑制され 且つオートファジーの誘導も抑制された ( 図 3b) その結果 BFA による細胞死の誘導が shbap31 と BFA を処理したものより強く誘導されていた ( 図 3b) 以上の結果から BAP31 は小胞体ストレスによる細胞死に関与するだけではなく オートファジーの誘導にも関与すること 及び BAP31 の発現抑制により小胞体ストレスによる細胞死に耐性化すると同時にオートファジーの誘導も促進されることが示唆された ここまでの結果により BAP31 が小胞体ストレスによるアポトーシスの誘導とオートファジーの制御に関与していることが考えられる 我々はこれまでに BAP31 が小胞体ストレスによるアポトーシスの誘導に関与する機構については既に報告しているので BAP31 によるオートファジーの制御機構について検討を行った 3

図 4 BAP31-Stx17 複合体の形成 b BFA 処理時と非処理時の BAP31 赤 a 免疫沈降法による BAP31 と相互作用するタンパク質の発見 色 と Stx17 緑色 の細胞内局在 DAPI 核 青色 Duo-link 法により BAP31-Stx17 複合体の形成を確 認 緑色の点が BAP31-Stx17 複合体を示している Scale bar: 20µM BAP31 は小胞体膜タンパク質であることから 小胞体近傍で起こるオートファジーの誘導経路に関与している可能 性を考えた これまでにオートファゴソームの形成に重要な Atg14 複合体 Atg14 Becline1 や Syntaxin17 Stx17 など の形成と活性化が小胞体膜上で起こることが報告されているので これらのタンパク質とオートファジーの誘導 に関与している Atg7 及び Atg12 と BAP31 が相互作用しているかを免疫沈降法で検討した 細胞ライセートを BAP31 の抗体で免疫沈降したところ BAP31 と Stx17 の結合が確認された 図 4a また Atg14 とも弱いながら結 合していることが考えられた 図 4a 次に BAP31 と Stx17 の結合を Duo-link 法を用いた免疫蛍光染色法で確認し た この手法により実際の細胞内で BAP31 と STX17 が結合しているかを調べることができる Duo link 法は目的 のタンパク質の距離が近い時のみそれぞれのタンパク質の一次抗体に反応して蛍光を発する まず BAP31 と Stx17 の細胞内局在を調べた Stx17 緑色 と BAP31 赤色 は BFA 処理及び通常状態で共局在することが確認された 黄 色 同 じ 実 験 条 件 下 で Duo link 法 を 行 っ た と こ ろ 緑 色 の 蛍 光 が 観 察 さ れ た 図 4b こ の 結 果 に よ り endogenous な条件においても BAP31 と Stx17 は結合していること 小胞体ストレスによっても BAP31 と Stx17 の結 合はほとんど変化しないことが考えられる 以上のことから BAP31 は Stx17 と結合することでオートファジーの誘 導を制御している可能性が示唆された 今後は BAP31 が Stx17 と結合することで Atg14 複合体の形成にどのような 影響を与えるかを検討していき BAP31 によるオートファジーの制御機構の全容を明らかにしていく 考 察 本研究により BAP31 が小胞体ストレスによる細胞死と細胞の生存に寄与するオートファジーの両者を制御してい ることが示唆された このように細胞の死と生存を決定する因子は癌抑制遺伝子が有名であり BAP31 も新たな癌抑 制遺伝子である可能性が考えられる 先進諸国において癌による死亡者数は増加の一途をたどり 癌の治療は未だ大きな課題である プロテオミクス解析 や次世代シークエンスを用いた癌細胞の遺伝子情報解析から 同じ組織由来の癌であっても各個人の間で癌の性質が大 きく異なること つまりそれぞれの癌に対して有効な治療法が異なることが明らかにされた 新たなターゲットに対す る抗癌剤の開発が待ち望まれている これまでに癌細胞が低栄養等のストレスに耐性化する機構をターゲットにした 抗癌剤は開発されていない そこで本研究により明らかにされつつある BAP31 を中心にした小胞体膜上でのダイナ 4

ミックなシグナル伝達機構を解析し 新たなオートファジーの制御機構を解明することで 癌細胞特異的に低栄養スト レスに感受性化させ 転移を防ぐような癌の治療ターゲットの発見が期待される 最後に 本研究にご支援を賜りました上原記念生命科学財団に深く感謝いたします 文献 1) Mathew R, Karantza-Wadsworth V, White E. Role of autophagy in cancer. Nat Rev Cancer. 2007;7(12):961-7. doi: 10.1038/nrc2254. PubMed PMID: 17972889. 2) Namba T, Tian F, Chu K, Hwang SY, Yoon KW, Byun S, et al. CDIP1-BAP31 complex transduces apoptotic signals from endoplasmic reticulum to mitochondria under endoplasmic reticulum stress. Cell reports. 2013;5(2):331-9. doi: 10.1016/j.celrep.2013.09.020. PubMed PMID: 24139803. 3) Ogata M, Hino S, Saito A, Morikawa K, Kondo S, Kanemoto S, et al. Autophagy is activated for cell survival after endoplasmic reticulum stress. Mol Cell Biol. 2006;26(24):9220-31. doi: 10.1128/MCB.01453-06. PubMed PMID: 17030611 4) Yorimitsu T, Nair U, Yang Z, Klionsky DJ. Endoplasmic reticulum stress triggers autophagy. J Biol Chem. 2006;281(40):30299-304. doi: 10.1074/jbc.M607007200. PubMed PMID: 16901900. 5