医療資源配分の倫理的資源配分の倫理的側面からの議論 白岩健 ( 立命館大学生命科学部 ) @ ISPOR 日本部会第 8 回学術集会
QALY ( 質調整生存年 ) 完全な健康状態で 1 年間生存するとき 1QALY 獲得すると考える 効用値が 0.6 の状態で 2 年生存すると 0.6x2=1.2QALY 2
3
なぜ QALY を用いるのか? (1) HRQoL( 健康関連 QoL) を分析に反映させることができる (2) 結果の解釈が容易 (HbA1C を 1% 下げるのに 1 万円かかる治療薬は費用対効果がよいか? 解釈不能 ) (3) ( 原則として ) すべての健康状態を QALY で評価できる (HbA1C は強く下げるが 低血糖の頻度も大きくなる場合 HbA1C だけでは十分に評価できない ) 新規技術導入によって 1QALY あたりいくら追加的にお金がかかるかを考える 500 万円から 600 万円が費用対効果の基準となる値 = 閾値 (threshold) 4
A QALY is a QALY is a QALY? 本当にすべての QALY を等価に扱ってよいのか? バイアグラで得られる 1QALY と致死的な疾患 ( 癌など ) の治療によって得られる 1QALY は価値が違うのか? 同じ 1QALY が獲得できても予防的治療は優先順位が落ちるのか? 希少疾病に対してより多くの資源を配分することは正当化されるのか? 喫煙者の肺癌やアルコール依存症患者の肝臓がんなど自己責任性の強い疾患に対する資源配分の優先順位を落とすことは正しいのか? 子供の 1QALY と比べて高齢者の 1QALY は割り引くべきか? 5
合理的愚か者 (rational fool) アマルティア セン (1933-) 1998 年ノーベル経済学賞 インドのベンガル生まれ 53 年カルカッタ大学経済学部卒業 59 年ケンブリッジ大学で経済学博士号取得 ケンブリッジ大学 ロンドン大学経済学スクール オックスフォード大学 ハーバード大学で教授を歴任 98 年度ノーベル経済学賞受賞 98~2003 年 ケンブリッジ大学トリニティ カレッジ学長を経て 04 年 ハーバード大学に復帰 専門は 厚生経済学 社会選択理論 貧困の研究など 人間の安全保障 や 潜在能力アプローチ などの概念の提唱者でもある センの批判様々に有用な情報があるのに なぜ ( 効用という ) 単一な情報のみに依存して意思決定するのか 合理的愚か者 (rational fool) 6
QALYに対するする基本的基本的な考え方 QALY というコンセプトは ( そこそこ?) うまくできている ただし QALY という指標だけではとらえきれない価値もある QALY の長所を生かしつつどのように QALY を補完して意思決定するか ( 例 ) スウェーデンにおける医薬品償還 3 原則 (a) the human value principle ( すべての人間が平等に取り扱われる 年齢や人種 性別等による差別を受けない ) (b) the need and solidarity principle ( 重症度の高い人は優先的に償還される ) (c) the cost-effectiveness principle ( 費用対効果のよい医薬品を償還する ) 7
QALY を用いた医療資源配分において提案されている いくつかのルール
Fair inning rule 一定の年齢に達した高齢者に対する資源配分の重みを それ以前の年齢層より軽くする 獲得した QALY の平等性を重んじる立場 若年層に対してより多くの資源を配分することを正当化するかもしれない 高齢者差別? Williams A. Intergenerational equity: an exploration of the 'fair innings' argument. Health Econ. 1997;6(2):117-32. 9
Rule of rescue ( 救命原則 ) 致死的な疾患の救命に対してより多くの医療資源を配分する立場 直感的には受け入れやすい ( 死にそうな人をなぜ助けないのか?) イギリス NICE における end-of-life のガイドライン (1) 余命が 24 ヶ月以内であること, (2) 既存治療と比べて明確な延命効果 通常は 3 ヶ月以上の延命効果が認められる (3) 代替となる治療が存在しない (4) 適応となる患者数が少ない 10
A B 間接的に多くの命を救う医療 ( 例 : ワクチン 糖尿病治療など ) 生命予後とはあまり関係の無い疾患 ( 例 : 統合失調症 ) 治癒できないが延命可能な治療 ( 例 : 抗癌剤 ) 直接的な救命 ( 例 : 雪山での遭難 ) B >> A は自明自明か? ( 救命人数として A >> B の場合場合は?) 11
Egalitarian rule (by E.Nord) 多くの人々は医療について QALY maximization よりも equality を重視する severity の大きい ( 健康状態の悪い ) 人々に対してより多くの資源を配分する Nord E, Pinto JL, Richardson J, et al. Incorporating societal concerns for fairness in numerical valuations of health programmes. Health Econ.1999;8(1):25-39. 12
( 参考 ) アジアにおける 1QALY あたりの WTP 調査 : プレテストの結果 WTP( 支払意思額 ) と重症度の関係 WTP (JPY 10,000) 1,000 900 800 700 600 500 400 300 200 100 0 0 0.2 0.4 0.6 0.8 1 Utility score 0.2QALY 0.4QALY 13
オランダにおける閾値の調整案 ユーロ ( ) Disease burden 14
イギリスの value-based pricing 現在の QALY は必ずしも医薬品の価値を十分に評価できていないので "broader range of relevant factors" を考慮して threshold を調整する (4.9 節 ) 具体的には 標準的な threshold を定めた上で (a) "burden of illness" の大きいもの (b) "therapeutic innovation" の大きいもの (c) "social benefit" の大きいものは threshold を引き上げる (4.10 節 ) "burden of illness" の重み等については 政府が決めて公開する (5.1 節 5.2 節 ) 15
principle of proportional short fall ( 獲得できる QALY)/( 元気だったら期待余命で獲得できる QALY) で重みづけをする fair innings rule と prospective health rule の中間的な位置づけとしている 重みの分母は 期待余命の QALY なので fair innings の手前ではむしろ高齢者に配慮した意志決定方法 同じ 1QALY を獲得するとしても 20 代と 80 代では明確に後者の重みが重い 一方で放っておけば 1 年でなくなるけれど 抗癌剤で 0.2QALY 寿命が延びるとすれば 余命が 20 年あるときの 0.2QALY よりも価値が重いというのは直感的には受け入れられるかもしれない Stolk EA, van Donselaar G, Brouwer WB, Busschbach JJ. Reconciliation of economic concerns and health policy: illustration of an equity adjustment procedure using proportional shortfall.pharmacoeconomics. 2004;22(17):1097-107. 16
手続き的正義と Accountability for Reasonableness (A4R, 理にかなっていることの説明責任 ) 17
( 東京大学大学院医学系研究科医療倫理学児玉先生よりお借りしました ) 18
ロールズの正議論正議論とのとの対応 リベラリズムにおける 善 (=goods: 個々人の正しさ ) に対する 正義 (=justice: 善に対して中立的 ) の優位性 無知のベール (veil of ignorance) をかぶった人々が 原初状態から正義の 2 原理に同意する 医療資源配分において 何が正しいかは合理的に決定することができない Fair-mind を持った人々が 公正な手続きにより医療資源配分のコンセンサスに到達する 19
( 東京大学大学院医学系研究科医療倫理学児玉先生よりお借りしました ) 20
NICE の TA process 対象となる技術の設定 (DoH& NICE) 医療経済評価などの実行 ( 製薬企業 or 大学 ) 評価レポートの作成 (NICE) 評価委員会 (appraisal committee) による議論 Citizen Council 一般人約 30 人 任期 3 年間で NHS 関係者 (b) 患者団体 (c) アカデミア (d) 製薬企業等がメンバーとなっている 外部からのコメントや製薬企業からの appeal 等も受け付ける ガイダンスの完成 21
医療経済評価の目的は? 社会的視点から費用と効果のバランスを検討すること 費用対効果のよいのよい医薬品医薬品を開発開発するインセンティブ Accountability for Reasonableness (A4R, 理にかなっていることの説明責任 ) A4R をはたすことにより決定 ( 保険償還 薬価設定など ) の正当性 (legitimacy) を調達する 22