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するものであり 分子標的治療薬の 標的 とする分子です 表 : 日本で承認されている分子標的治療薬 薬剤名 ( 商品の名称 ) 一般名 ( 国際的に用いられる名称 ) 分類 主な標的分子 対象となるがん イレッサ ゲフィニチブ 低分子 EGFR 非小細胞肺がん タルセバ エルロチニブ 低分子 EGF


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AI 耐性乳がんに対する二次治療薬剤の効果予測マーカーの開発 藤田保健衛生大学医学部 生化学講師林孝典 1. 研究の背景 目的 閉経後 ER 陽性乳がんに対する治療の現状と問題点 乳がんの患者数は年々増加して推計 89,000 人超 (2015 年 ), 女性では群を抜いて罹患率の高い がん であるが, 手術や薬剤治療などの治療効果が比較的高い事で知られている 中でも閉経後エストロゲン プロゲステロン受容体 (ER/PgR) 陽性乳がんに対するアロマターゼ阻害剤 (AIs) 治療は効果が高い一方,AIs 耐性乳がんに対する治療は非常に困難となる 近年,PI3K/Akt/mTOR シグナル伝達経路の異常活性化に伴う ER リン酸化が, エストロゲン非依存的な増殖 (AIs 耐性 ) の原因であると明らかになった [1] 実際,AIs 耐性乳がんに対する mtor 阻害剤 Everolimus(Eve) の効果が確認され [2],2015 年から臨床応用されている また,CDK4/6 阻害剤 Palbociclib(Palb) が非常に有効であるとされ, 大規模な臨床試験も実施されており, 実臨床への応用がなされている 従来の治療に加えて他の分子標的薬 ( 図 1) が一定の効果を上げ,AIs 耐性乳がんの治療戦略は多様化してきたと言える Eve や Palb は非常に有効であると期待されるが, これら分子標的薬の薬価は高額であり, 分子標的薬の治療効果を予測するマーカーの開発は治療効果のみでなく, 医療経済の側面からも有効であると言える そこで, 研究室レベルでの実験系を確立し, 分子標的薬の効果に影響を及ぼす因子を特定, メカニズムを解明する必要がある AIs は生体内のエストロゲンを枯渇させるために用いられるため,AIs 耐性乳がんの研究に, そのモデルとして, 長期エストロゲン枯渇耐性乳がん細胞 (LTED) が利用される [3, 4] - 1 -

本研究では,LTED を 30 株樹立し, それらの Eve や Palb 感受性について調査するとともに, その原因解明を試みた 2. 材料と方法 (1) 細胞培養 MCF-7 細胞 ( ヒト ERα 陽性乳癌細胞株 ) は American Type Culture Collection(Rockville, MD,USA) から購入して用いた MCF-7 細胞は,10% ウシ胎児血清 (FBS) および 1% ペニシリン / ストレプトマイシンを添加した RPMI 1640 培地 (GIBCO BRL,Grand Island,NY, USA) を用いて 37,5%CO 2 存在下にて培養した エストロゲン枯渇耐性株樹立と維持には 10% チャコールデキストラン (DCC) 処理 FBS(Nichirei Biosciences Inc.Tokyo,Japan) および 1% ペニシリン / ストレプトマイシンを補充したフェノールレッド不含 RPMI1640 培地を使用した CIP2A のノックダウンには stealth RNAi およびそれらの対照用の sirna を Invitrogen(Carlsbad,CA,USA) から購入した 培養細胞の生存率は,Cell Counting Kit 8(Dojindo Molecular Technologies,MD,USA) を用いて算出した (2) RNA 精製及び定量 RT-PCR 全 RNA は培養細胞から Pure Link RNA mini キット (Thermo Fischer Scientific) によって精製を行い,Prime Script II 1st Strand Synthesis Kit ( タカラバイオ ) を用いて cdna 合成反応を行った 定量 PCR は TaqMan probe 法を用いた (3) Western blotting によるタンパク解析各種タンパク量はウェスタンブロッティング (WB) 法を用いて解析した サンプルは SDS-PAGE (12 % SDS-polyacrylamide gel) で分離した後に polyvinylidene difl uoride (PVDF) 膜 (GE Healthcare, UK) に転写, 非特異な抗体の付着を防止するため ImmunoBlock (DS Pharma Biomedical Co., Ltd. 日本 ) を用いてブロッキングを行った 各種抗体, ERα (1:2000), per S167 (1:500), および GAPDH (1:2000) は Santa Cruz Biotechnology (Santa Cruz, CA, USA), Akt (1:2000), phosphorylated Akt Ser473 (1:1000), S6K (1:1000), phosphorylated S6K (1:1000), CIP2A (1:1000) は Cell Signaling Technology, Inc., (Danvers, MA, USA) より購入した 各抗体は Can Get Signal Immunoreaction Enhancer Solution (Toyobo, Inc., Osaka, Japan) を用いて希釈した 検出用の第 42 回がんその他の悪性新生物研究助成二次抗体には西洋ワサビペルオキシターゼ標識抗ウサギおよびマウス抗体 (Bio-Rad Laboratories, Inc.) を用いた - 2 -

(4) RNA シークエンス RNA-seq に用いるライブラリーは NEBNext Ultra RNA Library Prep Kit for Illumina により調整を行い,Bioanalyzer 2100 High Sensitivity DNA キットにより品質チェック, KAPA Library Quantification Kit( 日本ジェネティクス ) により定量を行った 調整したライブラリーはイルミナ HiSeq1500 を用いて解析した 3. 研究結果 (1) LTED の樹立 AIs 耐性乳がん研究のため, モデル細胞株として広く利用される LTED は,MCF-7 を親株にし, 樹立の際にクローン化を行って性質の異なる LTED を 30 株樹立した その LTED 全ての株に対する Eve,Palb 感受性 ( 増殖抑制効果 ) を評価した その結果,Eve の細胞増殖に対する IC50 は 0.4-998nM, Palb は 3.6-1199nM であり, 非常に多様な細胞株樹立に成功した (T Hayashi,. Oncotarget. in press) (2) Eve の効果に対するフォルスコリンの効果樹立した 30 株の LTED を用いて解析した結果,Eve の効果が低い株では Akt の活性化が増加していることが明らかになった [5, 6] Akt 活性化は Protein Phosphatase Type 2A (PP2A) によって抑制されている フォルスコリンはアデニル酸シクラーゼの活性化剤としてよく知られているが,PP2A の活性化作用も確認されている そこで,Eve の効果が低い 3 株に対しフォルスコリン 2,20nM を同時に作用させたところ, すべての株において Eve の IC50 は著しく低下した (T Hayashi,. Oncotarget. in press) (3) LTED の網羅的解析 Eve に対する感受性が高い株と低い株の遺伝子発現パターンに差があるかについて, RNA-seq を用いて解析した その結果,122 の遺伝子で有意な差が認められた その内, 6 遺伝子において,Eve の効果と非常に高い相関が確認されたため解析を継続中である 4. 考察 AIs 耐性乳がんの治療戦略は重要な課題であるが近年, 新たに分子標的薬が登場して多 様性が増しており, 大きな効果を上げている 一方で分子標的薬の効果は個々で大きく異 - 3 -

なっており, 治療開始時に耐性を示す例も少なくない 我々が樹立した多数の LTED の分子標的薬の感受性は非常に多様であり, AIs 耐性乳がんの治療について基礎的な検討や分子標的薬剤に対する治療耐性を解明する有効な手段となりえる 実際に,PP2A や PP2A の阻害因子 CIP2A が Eve 抵抗性を増加させる因子であると明らかにし, 新たな治療ターゲットになりえると示唆された さらに PP2A 活性化物質であるフォルスコリンと Eve の併用が非常に有効である可能性を示す結果が得られた フォルスコリンはインド原産の植物コレウス フォルスコリに含まれる成分で, 健康食品として広く市販されているため, 実臨床での応用につながる可能性も示唆される RNAseq による解析によって,Eve や Palb の感受性調節因子として有力な遺伝子を複数特定しているため, 今後より詳細な解析を進めて耐性獲得メカニズムに寄与したいと考えている また, 薬剤感受性と高い相関があった遺伝子に関しては薬剤の効果を予測するマーカーとなる可能性が考えられる 本大学病院では研究に利用可能な臨床検体が年間 150 例程度見込まれる 本研究で得られた, 有望な効果予測マーカー候補は順次, 本大学病院乳腺外科と協力して臨床研究を実施していく予定である 5. 文献 1. Becker MA, Ibrahim YH, Cui X, Lee AV and Yee D. The IGF pathway regulates ERalpha through a S6K1-dependent mechanism in breast cancer cells. Mol Endocrinol. 2011; 25(3):516-528. 2. Beaver JA and Park BH. The BOLERO-2 trial: the addition of everolimus to exemestane in the treatment of postmenopausal hormone receptor-positive advanced breast cancer. Future Oncol. 2012; 8(6):651-657. 3. Masamura S, Santner SJ, Heitjan DF and Santen RJ. Estrogen deprivation causes estradiol hypersensitivity in human breast cancer cells. J Clin Endocrinol Metab. 1995; 80(10):2918-2925. 4. Pink JJ and Jordan VC. Models of estrogen receptor regulation by estrogens and antiestrogens in breast cancer cell lines. Cancer Res. 1996; 56(10):2321-2330. 5. Hayashi T, Hikichi M, Yukitake J, Harada N and Utsumi T. Estradiol suppresses - 4 -

phosphorylation of ERalpha serine 167 through upregulation of PP2A in breast cancer cells. Oncol Lett. 2017; 14(6):8060-8065. 6. Takanori Hayashi, Masahiro Hikichi, Toshiaki Utsumi, Nobuhiro Harada and Yukitake J. Inhibition of PP2A in MCF-7 cells leads to hormone-independent growth. Int J Anal Bio-Sci. 2016; 4(1):1-5. 6. 論文発表 1. Forskolin increases the effect of everolimus on aromatase inhibitor-resistant breast cancer cells Takanori Hayashi*, Masahiro Hikichi, Jun Yukitake, Toru Wakatsuki, Eiji Nishio,Toshiaki Utsumi, Nobuhiro Harada. Oncotarget in press 2. Estradiol suppresses phosphorylation of ERα serine 167 through upregulation of PP2A in breast cancer cells. Takanori Hayashi*, Masahiro Hikichi, Jun Yukitake, Nobuhiroh Harada, Toshiaki Utsumi. Oncology Letters 14(6) 8060-8065 - 5 -