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中国四国教育学会教育学研究ジャーナル第 6 号 2010 11-19 音楽演奏活動における動機づけおよび心理的欲求 畑田麻由美 ( 直方市立植木中学校 ) 菅 裕 ( 宮崎大学 ) Psychological Factors which Motivate Learners to Continue Musical Performance Activities. Mayumi HATADA Hiroshi SUGA The purpose of this research is to explore the psychological factors which motivate learners to continue or discontinue musical performance activities, playing of musical instruments, and to construct a psychological model showing relationships between the factors and outcomes. A questionnaire based on the self-determination theory and the achievement goal theory was created and administered and the responses of eighty university students were analyzed using factor analysis and path analysis. The results suggested a positive causal relationship between the intrinsic regulation (fulfillments) and the period of the musical activity, and a negative causal relationship between an indentified regulation and the period of musical activity. They also suggested a strong causal relationship between all the psychological needs factors we examined and intrinsic regulation (fulfillments). Furthermore task orientation strongly correlated with the with the learners relationship with both instructor and classmates. 1 はじめに 本研究の目的は, ピアノ 吹奏楽などの音楽演奏活動継続あるいは離脱を動機づける心理的要因の探索と, それらの相互影響関係を示す心理的モデルを構築することにある Schmidt(2007) は, コンサートバンド活動に参加している6~12 学年の生徒 456 人に対する調査により, 内発的 - 熟達要因 (intrinsic-mastery), 協調的適応, 自己効力感など音楽活動への動機づけを規定する6つの因子を1つの潜在因子によって説明する高次因子モデルを構築し, この潜在因子が内発的 - 熟達要因と最も関連が深いことを明らかにした また Sichivista(2007) は, 合唱に参加している, 音楽を専攻としない大学生 130 名に対する調査にもとづき, 親のサポートや先行する音楽経験などの背景要因から, 将来の音楽参加の意思に至るパスモデルを構築している 分析の結果, このモデルは, 学生の将来の音楽参加意思の変数の42パーセントを説明するものであった これらの研究は, いずれも音楽活動継続を動機づけ る内的 外的要因の相互関係を説明するものであるが, どちらかといえば背景的な経験や価値観あるいは効力感などの個人的な要因に焦点が当てられており, これらの要因と指導者の指導方針や活動内容などの環境要因との関係についての考察は不十分である Hallam(2002) は 能動的な音楽活動への参加の動機づけは, 個人とそれを取り巻く環境の複雑な相互作用によって決定づけられる (p.238) と述べている 学習者の音楽学習活動継続を促進するための実践的課題を明らかにするためには, 個人的な要因だけでなく, 指導者自身によって調整することが可能な, 指導方針や集団の雰囲気などの活動環境要因との相互関係を考慮に入れた分析が不可欠である 藤田 杉原 (2007a, 2007b) は, スポーツの分野において, 動機づけ雰囲気が心理的欲求に影響を及ぼし, さらに心理的欲求が動機づけスタイルに影響を及ぼすモデルについて検証している この結果, 大学生活や大学卒業後の運動参加を促進する要因が高校時代の体育授業における内発的動機づけであったこと, その内発的動機づけを促進する要因が心理的欲求を媒介とする課題関与的雰囲気であったことが明らかとなった 11

音楽演奏活動における動機づけおよび心理的欲求 これは大学生の運動参加を長期的に動機づける要因について, 過去の運動体験における集団の心理的風土と活動者の欲求充足の程度などとの相互関係から, 複合的な説明を試みるものである 本研究の目的は, 動機づけ雰囲気から心理的欲求を経由して動機づけスタイルに至る影響関係を分析することによって, 個人的要因と環境的要因相互の影響を考慮に入れた, 音楽活動継続促進の動機づけモデルを得ることにある 2 研究の方法 2.1 質問紙の作成自己決定理論と達成目標理論に基づくスポーツ, 学習, 友人関係の分野の先行研究 (Newton et al. 2000; 岡田 2005; 岡田 中谷 2006; 藤田 杉原 2007ab) の中で使用されている質問項目について, 重複する内容を削除し, 音楽の演奏活動状況に当てはまるように語句の修正を行った 最終的に 動機づけ雰囲気に関する質問項目 34 個, 心理的欲求に関する質問項目 17 個, 動機づけスタイルに関する質問項目 47 個が得られた これらの全 98 項目の質問に活動の種目, 活動継続年数を問う項目, 現在の活動状況を問う項目を加え質問紙を作成した 2.2 調査方法前述の質問紙を, 教員養成学部に所属する大学生 124 名に配布し, 回答のあった80 名 ( 男性 19 名, 女性 61 名 ) を分析対象とした 80 名の活動種目の内訳は, オーケストラ 吹奏楽が47 名, 合唱が6 名, ピアノ エレクトーンが24 名, その他が3 名であった 動機づけ雰囲気に関する項目, 心理的欲求に関する項目, 動機づけを測定する98 項目への回答方法は, まったく当てはまらない(1) から 非常に当てはまる (7) までの7 段階による評定尺度とした また活動の継続期間については, 1 年未満 (1) 1~3 年 (2) 4~6 年 (3) 7~9 年 (4) 10 年以上 (5) の 5 段階, 現在の活動状況を 今もしている (1) 以前していたが今はしていない (2) していない(3) の3 段階で評定させた 2.3 分析本調査の分析は, 探索的因子分析, 検証的因子分析, パス解析によって行われた 検証的因子分析及びパス解析におけるパラメータの推定法は最尤法とした また, モデルの推定値には標準解を示した モデルの全体的評価については, モデル適合度指標である GFI (Goodness of Fit Index),CFI (Comparative Fit Index),RMSEA (Root Mean Square Error of Approximation) を用いた モデル内のパス係数の有意水準は5% 未満とした 以上の統計解析には, Windows 版 SPSS17.0 及び AMOS17.0を使用した 2.4 結果 2.4.1 因子分析動機づけ雰囲気を想定した項目, 計 34 個について平均 ± 標準偏差の値が得点範囲 (1-7) を超えた6 個の質問項目を, 天井効果またはフロア効果が生じたものと判断し, 因子分析に持ち込まなかった 残りの項目 28 個について, 係数により内的整合性を求めたところ, =.90であり, 満足する水準であった 主因子法プロマックス回転による探索的因子分析を繰り返し行い, 因子負荷量が.40 以上で解釈可能な項目であることを選定基準とし, 各 14 項目からなる2 因子を抽出した ( 表 1) 第 1 因子は 協力的な学習 (cooperative learning) 重要な役割(important role) 努力/ 向上 (effort/ improvement) に関連する項目である Newton ら (2000) の研究により, この3つは, チームの課題関与的雰囲気 (task-involving climate) を構成する下位要因であることが明らかとなっている これに対し第 2 因子は, 失敗への罰(punishment for mistakes) 不平等な評価 (unequal recognition) チーム内のメンバーとの競争 (intra-team member rivalry) に関連する項目である 同様にこの3つは, チームの自我関与的雰囲気 (ego-involving climates) を構成する下位要因であることがわかっている そこで課題関与的雰囲気を想定した項目 14 個と自我関与的雰囲気を想定した項目 14 個で構成される因子モデルについて検証的因子分析を行い, ワルド検定により, 有意水準に達しないパスを削除することで, モデル修正を繰り返した その結果, 課題関与的雰囲気に関する項目 5 個, 自我関与的雰囲気に関する項目 2 個が残り,GFI =0.950, CFI =0.996, RMSEA =0.037の良好なモデル適合度が示された 潜在変数から観測変数へのパス係数は, すべて有意 (p<.01) で, 強い正の値が示された ( 図 1) 以上のことは,7 項目で構成される動機づけ雰囲気の因子モデルが妥当であることを示している 心理的欲求を想定した項目, 計 17 個について平均 ± 標準偏差の値が得点範囲を超えた2 個の質問項目を, 天井効果またはフロア効果が生じたものと判断し, 因子分析に持ち込まなかった 残りの項目 15 個について, 係数により内的整合性を求めたところ, =.75 12

畑田麻由美 菅 裕 表 1: 探索的因子分析の結果 ( 動機づけ雰囲気尺度 ) 図 1: 動機づけ雰囲気の因子モデル であり, ほぼ満足する水準であった 主因子法プロマックス回転による探索的因子分析を繰り返し行い, 因子負荷量が.40 以上で解釈可能な項目であることを選定基準として, 有能さへの欲求 (6 個 ), 関係性 ( 指導者 ) への欲求 (3 個 ), 関係性 ( 仲間 ) への欲求 (6 個 ) と いう3 因子を構成した ( 表 2) 自律性への欲求を想定した項目を含んでいたが, 因子としては抽出できなかった 13

音楽演奏活動における動機づけおよび心理的欲求 表 2:: 探索的因子分析の結果 ( 心理的欲求尺度 ) 有能さへの欲求に関する項目 6 個, 関係性 ( 指導者 ) への欲求に関する項目 3 個, 関係性 ( 仲間 ) への欲求に関する項目 6 個について検証的因子分析を行い, ワルド検定により, 有意水準に達しないパスを削除することで, モデル修正を繰り返した その結果, 有能さへの欲求に関する項目 3 個, 関係性 ( 指導者 ) への欲求に関する項目 3 個, 関係性 ( 仲間 ) への欲求に関す る項目 2 個が残り, モデル適合度指標は GFI =0.910, CFI =0.950, RMSEA =0.102, であった RMSEA の値が0.1を超えており良好とは言えないが, これ以上のモデル適合度を示すモデルを作成することはできなかった 潜在変数から観測変数へのパス係数はすべて有意 (p<.01) で強い正の値が示された ( 図 2) 図 2: 心理的欲求の因子モデル 動機づけスタイルを想定した項目, 計 47 個について平均 ± 標準偏差の値が得点範囲 (1-7) を超えた2 個の質問項目を, 天井効果またはフロア効果が生じたものと判断し, 因子分析に持ち込まなかった 残りの28 個について, 係数により内的整合性を求めたところ, =.90であり, 満足する水準であった 主因子法プロマックス回転による探索的因子分析を繰り返し行い, 因子負荷量が.40 以上で解釈可能な項目であることを選定基準として, 内発的動機づけ ( 向上心 )(10 個 ), 内発的動機づけ ( 充足感 )(8 個 ), 取り入れ的調整ス タイル (7 個 ), 同一化的調整スタイル (3 個 ) という4 因子を構成した ( 表 3) 外的調整スタイルや非動機づけを想定する項目を含んでいたが, 今回の分析では, 外的調整と非動機づけの因子は抽出できなかった また, 内発的動機づけは向上心に関するものと充足感に関するものの2 因子に分かれた 内発的動機づけ ( 向上心 ) に関する項目 10 個, 内発的動機づけ ( 充足感 ) に関する項目 8 個, 取り入れ的調整スタイルに関する項目 7 個, 同一化的調整スタイルに関する項目 3 個について検証的因子分析を行い, 14

畑田麻由美 菅 裕 表3 探索的因子分析の結果 動機づけスタイル尺度 図3 動機づけスタイルの因子モデル 15

音楽演奏活動における動機づけおよび心理的欲求 ワルド検定により, 有意水準に達しないパスを削除することで, モデル修正を繰り返した その結果, 内発的動機づけ ( 向上心 ) に関する項目 2 個, 内発的動機づけ ( 充足感 ) に関する項目 3 個, 取り入れ的調整スタイルに関する項目 3 個, 同一化的調整スタイルに関する項目 3 個が残り, モデル適合度指標は GFI=0.863, CFI=0.887,RMSEA=0.106, であった どの値も良好とは言えないが, これ以上のモデル適合度を示すモデルを作成することはできなかった 潜在変数から観測変数へのパス係数はすべて有意 (p<.01) で中程度以上の正の値が示された ( 図 3) 2.4.2 パス解析課題関与的雰囲気, 自我関与的雰囲気, 有能さへの欲求, 関係性 ( 指導者 ) への欲求, 関係性 ( 仲間 ) への欲求, 内発的動機づけ ( 向上心 ), 内発的調整 ( 充足感 ), 取り入れ的調整スタイル, 同一化的調整スタイル, 活動参加 ( 現在の活動参加状況及び活動継続期間の値を観測変数とした ) という10 個の潜在変数で構成されるモデルを構築し, 推定値を求めたところ, 良好なモデル適合度を得ることができなかった この原因は, パラメータの数に対してサンプル数が少なすぎたためであると考えられる そこで, 検証的因子分析によって因子構造が確認さ れた有能さへの欲求に関する3 個の質問項目, 関係性 ( 指導者 ) への欲求に関する3 個の質問項目, 関係性 ( 仲間 ) への欲求に関する2 個の質問項目, 内発的調整 ( 向上心 ) に関する2 個の質問項目, 内発的調整 ( 充足感 ) に関する3 個の質問項目, 取り入れ的調整スタイルに関する3 個の質問項目, 同一化的調整スタイルに関する3 個の質問項目に対する回答の各平均値をそれぞれの因子の得点と定義し, 動機づけ雰囲気から心理的欲求得点, 心理的欲求から動機づけスタイル尺度得点, 動機づけスタイル尺度から活動参加という3つのモデルをパス解析により構成した 課題関与的雰囲気 5 項目, 自我関与的雰囲気 2 項目から各心理的欲求得点についてパス解析を行い, 探索的モデル特定化によってモデル修正を繰り返したところ, 最終的に GFI=0.860,CFI=0.959,RMSEA=0.082 のモデルが示された ( 図 4) GFI の値は良好とは言えないが, 動機づけ雰囲気と心理的欲求の関係についての理論的整合性の見地からこのモデルが妥当と判断した 各動機づけ雰囲気から各心理的欲求への影響関係について, 課題関与的雰囲気からは, 関係性 ( 指導者 ) への欲求と関係性 ( 仲間 ) への欲求へ有意な正の影響が示され, 自我関与的雰囲気からは, 有意な関連は示されなかった 図 4: 動機づけ雰囲気から心理的欲求へのパスモデル 有能さへの欲求 3 項目, 関係性 ( 指導者 ) への欲求 3 項目, 関係性 ( 仲間 ) への欲求 2 項目から各動機づけスタイル尺度得点についてパス解析を行い, 探索的モデル特定化によりモデル修正を繰り返したところ, 最終的に GFI=0.851, CFI=0.919, RMSEA=0.099のモデルが示された ( 図 5) GFI の値については良好とは言えないが, 心理的欲求と動機づけスタイルの関係についての理論的整合性の見地からこのモデルが妥当であると判断した 各心理的欲求から各動機づけスタイルへの影響関係について, 有能さへの欲求からは内発的調整 ( 向上心 ), 内発的調整 ( 充足感 ) へ有意な正 の影響, 関係性 ( 指導者 ) への欲求からは内発的調整 ( 充足感 ) へ有意な正の影響, 関係性 ( 仲間 ) への欲求からは内発的調整 ( 充足感 ), 同一化的調整スタイルへ有意な正の影響が示された すべての欲求から, 内発的調整 ( 充足感 ) へ正の影響があることから, 充足感を得るには, どの欲求を満たすことも有効だと言える また, 関係性 ( 仲間 ) への欲求から同一化的調整に強い正の影響が示されていることは, 同一化的調整に, 仲間を強く意識した項目が残った点からみても妥当な結果であると言える 16

畑田麻由美 菅 裕 図 5: 心理的欲求から動機づけスタイルへのパスモデル 内発的調整 ( 向上心 )2 項目, 内発的調整 ( 充足感 ) 3 項目, 取り入れ的調整スタイル3 項目, 同一化的調整スタイル3 項目から現在の活動状況と活動期間についてパス解析を行い, 探索的モデル特定化によりモデル修正を繰り返したところ, 最終的に GFI=0.855,CFI =0.884,RMSEA=0.090のモデルが示された ( 図 6) GFI と CFI の値は良好とは言えないが, 動機づけ尺度と現在の活動状況 継続期間の関係についての理論 的整合性の見地からこのモデルが妥当と判断した 各動機づけスタイル尺度から現在の活動状況 期間への影響関係について, 内発的調整 ( 充足感 ) からは活動継続期間へ有意な正の影響, 同一化的調整スタイルからは活動継続期間へ有意な負の影響が示された なお, 取り入れ的調整から現在の活動状況へのパスは示されたが, 有意ではなかった 図 6: 動機づけスタイルから活動状況 期間へのパスモデル 3 考察 本研究の結果, まず第 1に課題関与的雰囲気から関係性 ( 指導者 ) および関係性 ( 仲間 ) の欲求の充足, さらに内発的調整 ( 充足感 ) を経由して音楽活動継続に正の影響を与える動機づけモデルが得られた ( 図 7) 課題関与的雰囲気からは関係性 ( 指導者 ) への欲求と関係性 ( 仲間 ) への欲求に正の影響が示されたが, 自我関与的雰囲気からは有意な影響がなかった つまり, 競争を促すよりも, 参加者同士が協力して活動に取り組める雰囲気, 弱点の克服を励まし合う雰囲気の方が, 関係性への欲求の充足につながるといえる このことは, 藤田らによるスポーツ領域での研究結果と 一致するものである 内発的調整 ( 充足感 ) には, すべての心理的欲求から強い影響が示された つまり, 自信を持たせる, 仲間 指導者との関係を良好にすることは, 活動における充足感を高めることに有効だといえる 有能さへの欲求充足が内発的動機づけに正の影響を与えている点は藤田らの研究と一致する しかし関係性の欲求については, 藤田らの研究では関係性 ( 仲間 ) から同一化的調整に正の影響関係があるのみで, 内発的調整への影響は示されていない 音楽活動では, 良好な人間関係を構築することが内発的動機づけを高める上で非常に重要であることが伺える また内発的調整が活動の継続に正の影響を与えるこ 17

音楽演奏活動における動機づけおよび心理的欲求 図 7: 影響関係の模式図 とは, 藤田らの研究結果とも一致する ただし今回の調査結果の因子分析では, 内発的調整は向上心にかかわるものと充足感にかかわる2つの因子に分かれた このうち, 内発的調整 ( 向上心 ), つまりパフォーマンスの向上や知識 技能の向上よりも, 内発的調整 ( 充足感 ), つまり好奇心が満たされる, 新しいことに挑戦する楽しみに動機づけられている方が, 音楽活動継続につながりやすいことが示されている 第 2に, 同一化的調整スタイルから活動継続に負の影響が示されたことから, 同一化的調整スタイルは, 活動継続を妨げる危険をはらんでいることが明らかとなった 同一化的調整スタイルは, 対象となる行為が個人的に重要であるとの認識に基づく, 比較的自己決定性の高い動機づけである しかしながら Ryan らによれば同一化的価値は, その人が持つ他の個人的信念や価値観とは一致しないケースがあり, それゆえその活動における全体的な (overarching) 価値観を反映するとは限らない (Ryan & Deci 2002, pp.17-18) 今回の調査項目において, 同一化的調整スタイルを構成する項目は, 音楽活動への参加の理由として 仲間とのきずなを深める いろいろな人たちと知り合える 仲間に迷惑をかけたくない の3つであった これらの理由は, 例えばスポーツやボランティア活動など, 音楽以外の活動でも代替可能であり, 必ずしも音楽活動自体についての個人的価値観を反映したものとはいえない さらに Deci & Ryan (1991) は, 他者との関係が親密であると同時に自律支援的 (autonomy supportive) であるような状況は, 個々の成員の基本的な要求を満足させ, 発達のための最適の条件となるのに対し, 条件付きの (contingent) 愛情や承認が活動をコントロー ルしている状況は, 自律性の要求と関係性の要求の葛藤を生み, 発達を損なわせると述べている これらの点を考慮すると, 今回の調査で 関係性 ( 仲間 ) への欲求が充足されていた つまり 仲間との結束は強かった 仲間とのコミュニケーションは取れていた と回答し, なおかつ音楽活動参加の動機づけスタイルが同一化的であった, つまり活動の動機について 仲間とのきずなを深めるため 迷惑をかけないため と回答した者は, 音楽活動への参加を主体的に選択していたというよりも, 仲間社会の中で 条件付きの愛情や承認 にコントロールされている状況にあり, このことが長期的な音楽活動継続への負の影響となって現れていると解釈できる 藤田らの研究では, 同一化的調整スタイルから活動離脱意図への影響は示されていないことから, スポーツ領域とは異なる, 音楽活動に特徴的な影響関係であることが伺える 第 3に, 今回の因子分析では, 心理的欲求において想定されていた 自律性の欲求 因子を抽出することができなかった このことは1つには今回の調査で援用したスポーツの活動状況に基づく自律性への欲求に関する質問項目が想定する場面と, 音楽活動における自律性要求場面との間にズレがあったからかもしれない 音楽活動のなかで自律性欲求の充足の程度は, 練習方法や活動内容に対する単なる意思表示だけでなく, 主体的な演奏解釈表現がどれだけ認められていたかに左右される こうした音楽活動独特の自律性要求場面について, 今回の質問項目では十分にすくい上げることができなかった しかしながら自律的行動が, 音楽活動継続に重要な役割を果たしていることは, 次の点から伺うことができる 自律性因子を想定していた項目, 自分の意見や考えがあるときは, はっきりと意思表示をした 試 18

畑田麻由美 菅 裕 したいことがあるときは, 自分の判断で積極的に実行していた は, 今回の分析結果において 有能さの欲求 因子を構成する要素となっていた つまり今回の結果からみる限り, これらの自己決定的な行動と音楽的な有能さについての自己認識には, 非常に密接な関連性があったといえる Hallam (2002) は, 中学校時代の若い音楽家のパーソナリティが, まじめさ (conscientiousness) や従順さ (submissiveness) に特徴づけられるのに対し, より上級の専門的な音楽学校で学ぶ才能ある学生では, それらの特徴が, 個人的衝動 (personal urge) や自己主張 (assertiveness) に変化していることを示す先行研究の結果について, より自律性の劣る者が途中で脱落していった と考え, 長期的に重要なことは, 音楽それ自体に対する個人の傾倒 (commitment) である (p.236) と述べている この見解は, 自己決定的行動と深い関連を持つ有能さの欲求満足が内発的動機づけ ( 充足感 ) を高め, 音楽活動継続につながる今回の調査結果と一致するものである 4 おわりに 今回の調査から, 長期にわたる音楽活動継続のためには, 音楽についての有能さの欲求が満たされることによって生まれる達成感や充足感に動機づけられていること, さらにそのためには, 個々の演奏者が自己決定的に行動する機会を与えることが重要であることが示された 菅 (2009) は, 経験年数の異なる吹奏楽指導者の指導観の比較から, 熟練した指導者ほど演奏者の主体的表現を引き出そうとするファシリテーターとしての役割を強く意識していることを明らかにしている ただ和気藹々と楽しく演奏するだけの活動でもなく, また指導者の独裁的指導によってコンクール成績上位を目指す活動でもなく, 個々の演奏者による, 質の高い, 主体的な音楽表現を通して, 音楽それ自体が内包する喜びを深く味わうことのできる活動環境を構築していくこと それが生涯にわたって音楽に親しむ態度を育てるために, 音楽指導者が果たすべき最も重要な役割であると考える 引用文献 1)Newton, M., Duda, J. L. & Yin, Z. (2000). Examination of the psychometric properties of the Perceived Motivational Climate in Sport Questionnaire-2 in a sample of female athletes. Journal of Sports Sciences, 18, pp.275-290. 2)Deci, E. L. & Ryan, R. M. (1990). A motivational approach to self: integration in personality. Nebraska symposium on motivation: Developmental perspectives on motivation, 38, pp.237-288. 3)Hallam, S. (2002). Musical motivation: towards a model synthesising the research. Music Education Research, 4(2), pp.225-244. 4)Ryan, R. M. & Connell, J. P. (1989)Perceived locus of causality and internalization: Examining reasons for acting in two domains. Journal of Personalities and Social Psychology, 57, pp.749-761. 5)Ryan, R. M. & Deci, E. L. (2002). Overview of selfdetermination theory: an organismic dialectical perspective. In R. M. Ryan & E. L. Deci (Eds), Handbook of self-determination research, pp.3-33. University of Rochester press. 6)Schmidt, C. P. (2007). Intrinsic-mastery motivation in instrumental music: Extension of a higher order construct. Bulletin of the Council for Research in Music Education, 173, pp.7-23. 7)Sichivitsa, V. O. (2007). The influences of parents, teachers, peers and other factors on students motivation in music. Research Studies in Music Education, 29(1), pp.55-68. 8) 岡田涼 (2005) 友人関係への動機づけ尺度の作成および妥当性 信頼性の検討 - 自己決定理論の枠組みから パーソナリティ研究 14(1),101-112 頁. 9) 岡田涼 中谷素之 (2006) 動機づけスタイルが課題への興味に及ぼす影響 - 自己決定理論の枠組みから- 教育心理学研究 54,1-11 頁. 10) 菅裕 (2009) 経験年数の異なる5 名の吹奏楽指導者の演奏指導方法と指導観の比較 音楽教育学 39(1),13-24 頁. 11) 藤田勉 杉原隆 (2007a) 大学生の運動参加を予測する高校体育授業における内発的動機づけ 体育学研究 52,19-28 頁. 12) 藤田勉 杉原隆 (2007b) スポーツ文脈における心理的欲求と動機づけの関係 学校教育学研究論集 16,81-94 頁. 19