理学療法科学 25(5):667 672,2010 原著 前十字靭帯損傷者の階段降段動作における膝関節モーメントと膝屈伸筋力の関係 Relation between Knee Joint Moment during Stair Descent and Knee Extension and Flexion Muscular Force in Subjects with Anterior Cruciate Ligament Deficiency 野村高弘 1) 勝平純司 1,2) 高野雄太 3) 三木啓嗣 4) 西山卓志 5) 中島勇樹 6) 丸山仁司 1,2) TAKAHIRO NOMURA, RPT, MS 1), JUNJI KATSUHIRA, PhD 1,2), YUTA TAKANO, RPT 3), HIROSHI MIKI, RPT 4), TAKASI NISHIYAMA, RPT 5), YUKI NAKAJIMA, RPT 6), HITOSHI MARUYAMA, RPT, PhD 1,2) 1) Department of Physical Therapy, Faculty of Health Science, Graduate School of International University of Health and Welfare: 2600 1 Kitakanemaru, Otawara-shi, Tochigi 324-8501, Japan. TEL +81 287-24-3000 2) Department of Physical Therapy, Faculty of Health Science, International University of Health and Welfare 3) Sato Hospital 4) Saiseikai Central Hospital 5) Nishi Yokohama Kokusai Sougou Hospital 6) Nishi Hiroshima Rehabilitation Hospital Rigakuryoho Kagaku 25(5): 667 672, 2010. Submitted Feb. 17, 2010. Accepted May 12, 2010. ABSTRACT: [Purpose] The purposes of this study were to compare the dynamic knee function of healthy young subjects and subjects with Anterior Cruciate Ligament Deficiency (ACLD) during stair descent and to demonstrate the relationship between the knee joint moment and muscular force obtained in an Open Kinetic Chain (OKC). [Subjects and Methods] Eight healthy young and 8 ACLD subjects participated in this study. We measured stair descent movement using a three dimensional motion analysis system and six force plates. The knee muscular forces in OKC were obtained by dynamometer. The muscular forces were measured in the supine and sitting positions. We compared these parameters and calculated the correlation coefficient between the knee joint moment during stair descent and extension and flexion muscular forces. [Results] No significant differences of the knee joint moment were observed between healthy subjects and ACLD subjects. Only the knee extension muscular force of ACLD subjects showed a lower value than that of healthy subjects. Also, significant negative correlations in healthy subjects and positive correlations in ACLD subjects were observed between the knee joint moment during stair descent and the H/Q ratio. [Conclusion] Significant correlations were observed between the knee joint moment during stair descent and the H/Q ratio but not with extension and flexion muscular forces. Key words: ACLD, stair descent, joint moment 要旨 : 目的 本研究の目的は, 階段降段動作における健常者と ACL 損傷者の動的な膝関節機能を比較すること, 膝関節モーメントとOKC の膝屈伸筋力の関係を明らかにすることを目的とした 対象 下肢に既往がない健常者と前十字靭帯損傷者 8 名ずつとした 方法 三次元動作分析装置と床反力計を用いて階段降段動作を計測し, 膝関節モーメントを指標とした動力学的分析を実施し, 等速性筋力測定装置を用いて背臥位と坐位にて膝関節屈伸筋力の評価を実施した これらのパラメータを群間で比較するとともに, 動作計測により得られた膝関節モーメントと屈伸筋力の相関関係を示した 結果 降段動作時の膝関節モーメントに群間の有意差はみられなかった 膝屈伸筋力では伸展筋力においてのみACL 損傷者で低い値を示した また, 階段降段動作時膝伸展モーメントの関係について,H/Q 比と膝伸展モーメントの間に健常者では有意な負の相関がみられ,ACL 損傷者では有意な正の相関がみられた 結語 膝屈伸筋力と階段降段動作時膝伸展モーメントの関係について,H/Q 比と膝伸展モーメントの間に有意な相関が得られた キーワード :ACL 損傷, 階段降段, 関節モーメント
668 理学療法科学第 25 巻 5 号 I. はじめに 表 1 ACLD の特性 前十字靭帯 (anterior cruciate ligament: 以下 ACL) 損傷はスポーツ傷害における膝関節疾患の中で60~80% と最も多くを占めている 一般のACL 損傷の発生率は 1,000 人に0.18 ~0.36 人で, スポーツ選手ではその10 ~ 100 倍になると報告されている また,ACL 保存治療例では, 平均 11 年の経過で63% に, 再建例では平均 13 年の経過で67% に膝関節の変形が生じていたとの報告もあり 1), 正常な膝運動機能の獲得が重要であると考えられる 生活環境を考えたとき, 歩行や階段昇降などは日常生活で頻繁に行われる動作である 中でも階段降段動作は膝関節への負担が大きく 2),ACL 損傷者にとって困難な動作であり,ACL 損傷者が恐怖感を訴える場面も多々みられる 近年,ACL 損傷者の日常生活動作の特性を分析するためにバイオメカニクスの手法が用いられており, 階段降段動作においても多くの報告がある 3,4) 関節モーメントでは, 関節中心を回転軸として発揮される筋のトルクを計測することができる しかし, 屈筋群と伸筋群によるモーメントを個別に計測することはできない 一方, 筋力評価においては, ACL 損傷者に対する力学的評価としては等速性筋力測定装置を用いた開放性運動 (Open Kinetic Chain: 以下 OKC) での測定が行われ, 回復やスポーツ復帰の指標などの観点から臨床において幅広く用いられている 5) これら筋力と関節モーメントを用いて運動力学的観点から包括的に行われている研究はACL 損傷者のスポーツ動作 6) や歩行 7) では多くみられる しかし,ACL 損傷者の階段降段動作では関節モーメントと筋力との関係について行っている研究はほとんどない そこで本研究では,OKC の膝屈伸筋力と降段動作時の膝関節モーメントを計測し, 健常者とACL 損傷者の膝関節機能を比較することで, 運動力学的観点から階段降段動作におけるACL 損傷者の膝運動機能と筋力の関係を明らかにすることを目的とした II. 対象と方法 1. 対象対象者は, 事前のアンケート結果から抽出された下肢に既往がない健常な大学生からなる群 ( 年齢 :22 ± 性別 年齢 身長 体重 患側 術式 術後 受傷後 期間 期間 ( 歳 )(cm)(kg) ( ヶ月 )( ヶ月 ) M 20 172 59 Lt STG 11 47 M 22 178 78 Rt STG 46 55 M 22 172 67 Rt 不明 65 68 F 19 151 44 Rt BTB 38 51 M 34 160 62 Lt 3 M 21 165 62 Rt 48 F 22 152 44 Rt 99 F 22 170 65 Rt 52 *ACLD:anterior cruciate ligament deficient people STG:semitendinosus + gracilis BTB:bonepatella tendon-bone 1 歳, 身長 :166.8 ± 7.8 cm, 体重 :55.5 ± 8.6 kg: 以下 NORMAL)8 名と前十字靭帯損傷者からなる群 ( 年齢 : 23 ±4 歳, 身長 :165.0 ±9.2 cm, 体重 :60.1 ±10.7 kg: 以下 ACLD)8 名とした また,NORMAL,ACLD ともに男性 5 名, 女性 3 名とした 対象者は実験に参加するにあたり, 説明書を用いて十分に説明を受けた後に, 同意書に署名捺印をした なお,ACLD8 名は再建例 4 名, 非再建例 4 名であり, 平均受傷後経過期間は 53 ± 25ヶ月, 再建者 4 名の平均術後経過期間は 40 ± 19ヶ月であった ACLD の特性は表 1 に示す 2. 方法運動力学的データ計測のため,6 枚の床反力計 (AMTI 社製 ) と12 台の赤外線カメラを用いた三次元動作分析システムVICON612(VICON 社製 ) を使用した 動作計測においては直径 14 mm の赤外線反射マーカーを, 臨床歩行分析研究会の推奨する方法を参照し 8), 対象者の両側肩峰, 上前腸骨棘と大転子を結んだ線上の大転子側 1/3 の点, 膝蓋骨の中央の高さで矢状面上において膝蓋骨を除く前後径の中間点, 外果, 第 5 中足骨趾節間関節の10 箇所と, 左右を区別するため, 右側肩甲骨下角に 1 箇所の合計 11 箇所に貼付した 赤外線カメラは四方の天井に2 台ずつ,8 台設置し, 赤外線反射マーカーがすべて映るように 4 台の移動式カメラを設置した 左右の下肢における床反力を分けて計測するために, 計測用階段を中央で分離し, 左右 3 枚ずつ設置した 1) 国際医療福祉大学大学院博士課程保健医療学専攻理学療法学分野 : 栃木県大田原市北金丸 2600-1( 324-8501)TEL 0287-24-3000 2) 国際医療福祉大学保健学部理学療法学科 3) 佐藤病院 4) 東京都済生会中央病院 5) 西横浜国際総合病院 6) 西広島リハビリテーション病院 受付日 2010 年 2 月 17 日受理日 2010 年 5 月 12 日
前十字靭帯損傷者の階段降段動作における膝関節モーメントと膝屈伸筋力の関係 669 床反力計の中央境界線に合わせて設置した その後, 階段の重量を除くキャリブレーションを行った Katsuhira et al. は, この方法による計測と床反力計を階段上に直接設置した方法で同様の結果が得られることを報告している 9) 三次元動作分析装置から得られる赤外線反射マーカーの座標データと床反力計から得られる床反力作用点と三分力を用いて膝関節モーメントの算出を行った 膝関節モーメントの算出には臨床歩行分析研究会が推奨するDIFF(Data Interface File Format) 形式のプログラムを用いた 8) 本研究ではバリアフリー法で推奨されている, 踏面 30 cm, 蹴上 16 cm,5 段の計測用階段を作製して用いた 階段降段動作は自由速度とし, 対象者ごとに 3 回実施した 階段降段動作はNORMALでは非利き脚より,ACLD では健側より開始するものとし, 各々利き脚, 患側の初期接地より一歩行周期を計測した 膝屈伸筋力を計測するために, 等速性筋力測定装置 BIODEX SYSTEM 3 PRO(BIODEX 社製 ) を用いた 測定データは, サンプリング周波数 1000 Hz にてPowerLab/ 16sp(ADInstruments 社製 ) でA/D 変換し, 計測用ソフト Chart4 を用いて測定用パーソナルコンピューターに取り込んだ 対象者は, ウォーミングアップとして自転車エルゴメーター (COMBI 社製 ) を使用し, 負荷量を 20 watt,60 ~70 回転 /min に設定し5 分間行った後, 対象筋群に対して20 秒間のストレッチを行った 計測肢位は, 座位 ( 股関節 85º 屈曲位 ) 及び背臥位 ( 股関節 10º 屈曲位 ) とし, 骨盤, 体幹および測定側の下肢は大腿部をベルトで固定し, 遠位のパットは内果より二横指近位に固定した また, 代償動作を防ぐために両上肢は胸の前で交差させた また, 背臥位では, 腰椎の過伸展を防止するために, 頭部, 腰背部に枕を敷いた 測定は表 2 に示す条件にて行い, 膝関節角度の測定範囲は, 術前の対象者では屈曲 20º ~70º, その他の対象者においては屈曲 10º ~ 90º とした 遠心性収縮 (eccentric contraction: 以下 ECC) における測定では屈伸動作を 1 セットとし, 各々 5 セット行った 等尺性収縮 (isometric contraction: 以下 ISO) における測定では10 秒間からなる 1 セットを行った 各測定の順序は乱数表を用いてランダムに決定した また, 疲労の影響を考慮し, 測定間に休憩時間を設けた 条件設定は 3 条件とした 設定 1,2 は階段降段動作の先行研究を参考にし, 各々階段降段動作における立脚初期, 立脚後期に合わせて収縮様式, 股関節角度, 角速度を決定した また, 設定 3 は筋力評価として広く一般的に用いられている条件であり, 設定 1,2 との比較 表 2 膝屈伸筋力測定条件 収縮 肢位 屈曲角度 角速度 以下略語 様式 股関節膝関節 (º/sec) 設定 1 遠心性 背臥位 10º 60 ECC60 設定 2 遠心性 背臥位 10º 180 ECC180 設定 3 等尺性 坐位 85º 60º ISO-K60 ECC60:eccentric contraction at 60º/sec, ECC180:eccentric contraction at 180º/sec, ISO-K60:Isometric contraction at 60ºflexion of the knee 検討のために設定した 膝関節モーメントは, 一歩行周期を 100% とした後, 階段降段動作における一歩行周期を立脚相と遊脚相に分け, さらに立脚相を計測肢の初期接地から反対側が計測肢を越えるまでを立脚初期, 反対側が計測肢を越えてから計測肢の足趾離地までを立脚期後期と定義した 膝関節モーメントの波形より観察される立脚初期, 後期における膝伸展モーメントのピーク値を抽出し,3 試行の平均値より求めた値を身長と体重で正規化し, 代表値とした 膝屈伸筋力は, ウォーミングアップと疲労を考慮し, 設定 1,2 では 5 試行のうちの 2,3,4 試行の計 3 試行, 設定 3 では10 秒間のうち2.5 秒から7.5 秒までの5 秒間を用い, 各々得られたトルクカーブよりピークトルク値を抽出し, 設定 1,2 は3 試行の平均値より求めた値を, 設定 3 では抽出したピークトルク値を体重で正規化した体重支持指数 (Weight Bearing Index: 以下 WBI) を求めた また, 膝周囲筋の筋バランスの指標として,ACL 損傷者の筋力評価において重要視されている膝伸展ピークトルクに対する膝屈曲ピークトルクの割合を示すH/ Q 比を算出した 立脚初期, 後期各々で求めた膝伸展モーメントピーク値, 膝屈伸 WBI,H/Q 比においてはACLD とNORMAL の比較のため対応のないt 検定を用いた また, 膝屈伸 WBI,H/Q 比と立脚初期, 後期各々より求めた膝伸展モーメントピーク値との相関を調べるため相関係数を算出した 相関係数の算出にはPearson の積率相関係数を用い, 有意水準は危険率 5% 未満とした III. 結 膝関節モーメントの結果を示す ( 図 1) いずれの波形パターンも代表例の結果と近似しており, 大きな違いはみられなかった 立脚初期伸展モーメントピーク 果
670 理学療法科学第 25 巻 5 号 図 1 階段降段動作時の膝関節モーメント 値は ACLD で 0.22 ± 0.10 Nm/m/kg,NORMAL で 0.24 ± 0.12 Nm/m/kg, 立脚後期伸展モーメントはACLD で0.49 ±0.07 Nm/m/kg,NORMAL で0.52 ±0.19 Nm/m/kg であった いずれも ACLD で低い傾向がみられたが有意差はなかった 膝屈曲 WBI では全ての条件において有意差はなかったが, 膝伸展 WBI ではすべての条件において ACLD で有意に低い値を示した ( 表 3) H/Q 比ではISO-K60 においてのみNORMAL で有意に低い値を示した ( 表 3) 膝屈伸 WBI においては全ての条件でピークトルク値と膝伸展モーメントピーク値との間に有意な相関はなかった ( 表 4) 一方,H/Q 比においては全ての条件で立脚後期膝伸展モーメントピーク値と有意な相関はなかっ 表 3 3 条件の筋力測定における各 WBI 膝伸展 WBI(Nm/kg) ACLD NORMAL ECC60*(n=7) 1.63 ± 0.64 2.52 ± 0.44 ECC180**(n=6) 1.84 ± 0.76 2.52 ± 0.39 ISO-K60**(n=8) 1.90 ± 0.48 2.81 ± 0.56 *:p<0.05,**:p<0.01( ) 内は ACLD の人数表中の値は 3 条件の筋力測定における膝伸展 WBI の平均値および標準偏差を示す 表 4 立脚相膝伸展モーメントピーク値と膝屈曲, 伸展ピークトルクおよび H/Q 比との相関係数 膝屈曲ピークトルクとの相関係数 ECC60 ECC180 ISO-K60 (n=7) (n=6) (n=8) 立脚初期 ACLD 0.014 0.067 0.465 NORMAL 0.294 0.406 0.168 立脚後期 ACLD 0.374 0.154 0.123 NORMAL 0.009 0.080 0.056 膝屈曲 WBI(Nm/kg) ACLD NORMAL ECC60(n=7) 0.89 ± 0.18 1.10 ± 0.28 ECC180(n=6) 0.96 ± 0.26 1.10 ± 0.21 ISO-K60(n=8) 1.09 ± 0.18 1.35 ± 0.34 ( ) 内は ACLD の人数表中の値は 3 条件の筋力測定における膝屈曲 WBI の平均値および標準偏差を示す H/Q 比 ACLD NORMAL ECC60(n=7) 0.60 ± 0.18 0.44 ± 0.99 ECC180(n=6) 0.55 ± 0.10 0.44 ± 0.09 ISO-K60*(n=8) 0.59 ± 0.11 0.48 ± 0.05 *:p<0.05() 内は ACLD の人数表中の値は 3 条件の筋力測定における H/Q 比の平均値および標準偏差を示す WBI:weight bearing index, ACLD:anterior cruciate ligament deficient people,normal:healthy young people, ECC60: eccentric contraction at 60º/sec,ECC180:eccentric contraction at 180º/sec,ISO-K60:Isometric contraction at 60ºflexion of the knee 膝伸展ピークトルクとの相関係数 ECC60 ECC180 ISO-K60 (n=7) (n=6) (n=8) 立脚初期 ACLD 0.619 0.499 0.643 NORMAL 0.311 0.514 0.048 立脚後期 ACLD 0.498 0.291 0.527 NORMAL 0.459 0.644 0.148 H/Q 比との相関係数 ECC60 ECC180 ISO-K60 (n=7) (n=6) (n=8) 立脚初期 ACLD 0.557 0.803** 0.342 NORMAL 0.630 0.856** 0.419 立脚後期 ACLD 0.530 0.629** 0.519 NORMAL 0.395 0.520** 0.126 *:p<0.05,**:p<0.01() 内は ACLD の人数 ACLD:anterior cruciate ligament deficient people,normal: healthy young people ECC60:eccentric contraction at 60º/sec,ECC180:eccentric contraction at 180º/sec,ISO-K60:Isometric contraction at 60ºflexion of the knee
前十字靭帯損傷者の階段降段動作における膝関節モーメントと膝屈伸筋力の関係 671 図 2 立脚初期膝伸展モーメントピーク値と ECC180 における H/Q 比との相関図 たが,ECC180 の H/Q 比と立脚初期膝伸展モーメントピーク値との間で0.8 以上の有意な高い相関がみられた ( 表 4) また,ECC180 における H/Q 比と立脚初期膝伸展モーメントピーク値の間に ACLD は正の相関, NORMALは負の相関という対照的な相関関係がみられた ( 図 2) IV. 考 膝屈伸筋力と階段降段動作時膝伸展モーメントの関係について, 膝伸展筋力および膝屈曲筋力においては有意な相関が得られなかったのに対し,H/Q 比においてのみ有意な高い相関が得られた これは, 階段降段動作がCKC であることから, 膝伸展モーメントは主動作筋である大腿四頭筋のみの収縮だけでなく, ハムストリングスとの同時収縮により発揮されているためだと考えられる また, 設定条件がECC180 のときに有意な相関がみられた一つ目の理由として, 一般的な階段降段動作の立脚期における収縮様式は遠心性収縮であり, 設定条件と一致したことが挙げられる 二つ目の理由としては, 今回階段降段動作中の膝関節平均角速度が ACLD NORMAL 共に 140º/sec であったことから, 筋力測定条件の180º/secに近似していたことが挙げられる 三つ目に,ACLD では, 膝くずれ再発への恐怖心の未克服が示唆されており 10), 実際に本研究における一部のACLD では, 階段降段動作時 ECC180 の筋力測定時に恐怖感の訴えがあったことから, 心理的要因も影響していると考えられる 察 次に, 立脚初期に有意な相関がみられた理由は次のように考えられる 階段降段動作時における膝伸展モーメントピーク値において,NORMAL と ACLD で相違がないと報告されている 11) また, 歩行時立脚初期膝伸展モーメントと遠心性 Q/H 比において有意な相関がみられたとの報告がある 12) 本研究における階段降段動作においても, これらと同様の関係性があるのではないかと考えられる 膝関節モーメントは膝伸展モーメントと屈曲モーメントの相対的な差であるため, それらを構成する膝屈伸筋力の相対的な差に影響を受ける また, 膝伸展筋である大腿四頭筋は脛骨前方引き出し力を生じさせるため, 膝伸展筋力の相対的な増大により脛骨前方引き出し力が増大すると言われている 一方, 膝屈曲筋であるハムストリングスは脛骨の前方引き出しに対する抑制力として働くといわれている 13) 今回 ACLD NORMAL 共に立脚初期膝伸展モーメントピーク時の膝屈曲角度は平均 20º であり,OKC においてこの角度では大腿四頭筋における脛骨前方引き出し力が増大すると言われている 14) 階段降段動作はCKC であるためOKC のように大腿四頭筋のみではなく, ハムストリングスとの相対的な筋力によって膝関節安定性が影響をより強く受けると考えられる 対象者個々における筋力と関節モーメントの関係を以下のように考察する NORMAL では膝伸展筋力に比して膝屈曲筋力が低下することで H/Q 比が低下し, 膝屈伸筋力の相対的な差が大きくなると膝伸展モーメントが増大する関係にあった その結果, 有意な負の相関がみられた これは, 膝伸展筋力の増大により脛骨前方引き出し力が生じるが, 前十字靱帯と膝屈曲筋によりその抑制力が生じ, 関節を安定させることができるため膝伸展筋力が大きくなると膝伸展モーメントが大きく発揮されることによると考えられる 一方,ACLD では膝屈曲筋力に比して膝伸展筋力が低下することで H/Q 比が増大し, 膝屈伸筋力の相対的な差が小さくなるが,NORMAL と異なり膝伸展モーメントが増大する関係にあり, 有意な正の相関がみられた 原因として, 前十字靱帯の機能低下により脛骨前方引き出し力に対する抑制力が低下し, それを膝屈曲筋力の増大により補っていることによると考えられる このようにして関節を安定化させた上で, 膝伸展筋力が増大することにより膝伸展モーメントが大きく発揮されると考えられる よって,ACLD と NORMAL とでは階段降段動作時立脚初期において膝関節の安定を確保し, 関節モーメントを発揮するために異なったstrategyを利用していると考えられる
672 理学療法科学第 25 巻 5 号 以上より, 階段降段動作時立脚初期膝伸展モーメントと遠心性収縮 角速度 180º/sec におけるH/Q 比の間の関係性が示唆された 今回はデータ数が少ないものの, 0.8 以上の高い相関関係が得られたことから, 二つのパラメータ間の一定の関係性を示すことができたと考える 今後の展望として, 症例数を増やし, 筋力測定時の収縮様式や他関節の影響を考慮した検討を行い, さらに筋電図学的分析や恐怖心などとの関連性も明らかにしていく必要がある 引用文献 1) 大森豪, 瀬川博之, 古賀良生 : 前十字靭帯損傷膝および前十字靱帯再建膝における変形症性変化. 臨床スポーツ医学, 2001, 18(5): 505-509. 2) 勝平純司, 山本澄子, 丸山仁司 他 : 階段およびスロープ昇降時の関節モーメントの分析. バイオメカニズム,2004, 17: 99-109. 3) Riener R, Rabuffetti M, Frigo C: Stair ascent and descent at different inclinations, Gait and Posture, 2002, 15(1): 32-44. 4) Andriacchi TP, Andersson GB, Fermier RW et al.: A study of lower-limb mechanics during stair-climbing, J Bone Joint Surg, 1980, 62-A (5): 749-757. 5) 黄川昭雄, 山本利春 : 体重支持力と下肢のスポーツ障害.Jpn J Sports Sci,1986, 5(12): 837-841. 6) 久保秀一, 畠中泰彦, 長谷斉 他 : 前十字靱帯再建術後患者の筋力と片脚着地能力との関係. 日本臨床バイオメカニク ス学会誌,1997, 18: 73-76. 7) 石橋俊郎, 坂田清, 富永雅巳 他 : 前十字靭帯損傷者の歩行時の矢状面膝関節モーメントと膝屈伸筋力の関係. 日本臨床バイオメカニクス学会誌,1998, 19: 151-154. 8) 臨床歩行分析懇談会編 : 歩行データ インターフェース マニュアル, 歩行データフォーマット標準化提案書改訂版. 神奈川,1992, pp41-42. 9) Katsuhira J, Yamamoto S, Asahara S, et al.: Comparison of the accuracy of measurement of floor reaction force and lower extremity joint moments calculated using different force plate measurement methods. J Phys Ther Sci, 2007, 19: 171-175. 10) 大工谷新一 : 前十字靭帯損傷, 内側側副靭帯損傷, 内側半月損傷保存例に対する理学療法 スポーツ動作許可後にみられた再受傷の恐怖感に着目して. 関西理学,2001, 1: 25-30. 11) Patel RR, Hurwitz DE, Bush-Joseph CA, et al.: Comparison of clinical and dynamic knee function in patients with anterior cruciate ligament deficiency. Am J Sports Med, 2003, 31(1): 68-74. 12) 松崎洋人, 今井基次, 坂田清 他 : 前十字靭帯損傷者の歩行立脚期における膝関節モーメントと膝関節筋力との関係について. 理学療法学,1998, 25(2): 61-66. 13) Elias JJ, Faust AF, Chu YH, et al.: The soleus muscle acts as an agonist for the anterior cruciate ligament. Am J Sports Med, 2003, 31(2): 241-246. 14) Yasuda K, Sasaki T: Exercise after anterior cruciate ligament reconstruction. The force exerted on the tibia by the separate isometric contractions of the quadriceps or the hamstrings. Clin Orthop, 1987, 220: 275-283.