テクニカルレビュー No.87 [解説] モータ・ジェネレータ機能付ハブベアリング(eHUB®)

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解 説 モータ ジェネレータ機能付ハブベアリング (ehub ) Hub Bearing Module with Motor and Generator Function 西川健太郎 * Kentaro NISHIKAWA 藪田浩希 * Hiroki YABUTA 川村光生 * Mitsuo KAWAMURA 伊東貴志 * Atsushi ITO ハブベアリングとモータ ジェネレータとを複合化したハブベアリングモジュール (ehub) を開発した. 既存の車両の従動輪に容易に搭載可能で, 48V マイルドハイブリッドシステムと組み合せることで, 燃費改善や車両運動性能向上に貢献する. 本稿では車両運動性能の向上効果について紹介する. NTN has developed the hub bearing module combined with a motor generator, ehub. This module is mounted on an existing vehicle with less modification of the chassis. It will make a contribution to the improvement of the fuel efficiency and vehicle dynamics practically when it is applied to a 48V mild hybrid vehicle. This article focuses on the improvement of the vehicle dynamics. 1. はじめに 世界的に環境規制が強化される中, 自動車では二酸化 炭素排出量の削減に関して各国が厳しい規制を設けている. それに伴い, 自動車の電動化が加速しており, プラグインを含むハイブリッド自動車, バッテリー電気自動車, 燃料電池自動車など環境負荷の小さい電動化車両が普及に向けて開発されている. 全世界の乗用車生産台数予測を図 1に示す. 48V マイルドハイブリッド車 ( 以下, 48V MHEV と略記 ) は電気的な取扱いが容易で, かつ低コストで導入できるため, 225 年には生産される車両の 25 % を占めると見込まれる. しかしながら, 燃費に対する費用対効果は大きいものの, 燃費改善率は最大でも 15 % 程度と言われている. 電気自動車やプラグインハイブリッド車など優れた低燃費車両はインフラ整備, バッテリー供給, コストの面から, 普及には時間を要すると考えられるため, 当面の燃費規制強化に対応するには普及率の高い 48V MHEV の燃費改善率の向上が求められる. 百万台生産台12 1 8 数6 4 2 215 22 225 図 1 全世界 乗用車生産台数予測 BEV HEV MHEV ICE (IHS Markit のデータをベースに自社で分析, 予測 ) そこで, 当社は一昨年, 前輪駆動の 48V MHEV の従動輪である後輪に搭載する, モータ ジェネレータ機能付ハブベアリング ( 以下, ehub) を開発した 1). ehub の開発コンセプトを以下に示す. 1 48V MHEV との組み合せによる燃費改善 2 車両運動性能の向上 3 既存の足回りに搭載可能前報では上記 1に関して, 前輪駆動の内燃機関車 (ICE 車 ) の後輪に ehub を搭載し, WLTC モードで 3.2 % の燃費改善を達成したことを報告した 1). 一方, ehub は車輪にダイレクトにトルクを伝達することから, 応答性よく左右独立で駆動, 回生トルクを制御できる. この特長を活かし, 走行安定性や乗り心地改善が期待できる. 本稿では上記 2に主眼を置き, ehub の左右独立制御による車両運動性能の向上について紹介する. 2. 基本構成 2.1 構造と仕様 ehub は, 既存の足回りに搭載することを目標に, 外径寸法を以下とした. ブレーキディスクの内径に収まる外径寸法 従来のハブベアリングと同等の軸方向長さ限られた空間内でより多くの出力を得るために, モータには三相ブラシレス DC モータを採用した. 評価に用いた ehub の仕様を表 1に示す. 供試品の ehub は目標サイズ ( 幅寸法 ) よりも大きく, 車体側の改造が必要である. 現在, 同等出力で小型化に取り組んでおり, 構造の目途は立っている. * 24 NTN TECHNICAL REVIEW No.87

表 1 ehub の仕様 項目目標値供試品 外観 外径 mm φ 16 φ 159 幅寸法 mm ( ハブボルト部は含まず ) 8 126 図 2 試験車両のパワートレーン構成 表 2 試験車両諸元 質量 kg 1 14 項目諸元備考 駆動電圧 V 48 48 最大出力 kw 5. 4.5 駆動方式 主駆動源 T/M 方式 前輪駆動 ICE MT 最大トルク Nm 6. 59.2 乗車人数名 2 後輪シートを取り外し 最大回転速度 min -1 ( 車速換算 km/h) 1,7 (2) 1,2 (13) タイヤサイズ 195/45/R17 車重 kg 1,27 空車時 2.2 試験車両 B セグメントの前輪駆動車に ehub を搭載し, 車両運動性能の向上について検討した. 試験には前報でモード走行燃費を計測した車両を使用し, パワートレーン構成を図 2に, 車両諸元を表 2に示す. 市販の内燃機関 (ICE) 車を改造し, 後輪に ehub を搭載した. 図 3 に示したように, トーションビームを改造して, ehub と既存の油圧ブレーキを設置した. コントローラユニットとバッテリーは車両後部座席および荷室空間に搭載した ( 図 4). ehub は既存の車両システムとは独立した制御システムとして構築し, 車両から操舵角, アクセル開度, 車速などの情報を取得した. 48V バッテリーおよびコントローラユニットは市販品を利用し, シミュレーション環境で作成した制御モデルをそのまま実車にて評価可能な環境を構築した. ABS 装置 横滑り防止装置 OFF OFF ehub 供試品表 1 参照 ehub 搭載位置 後輪 ( 左右 ) トーションビーム改造 図 3 ehub 搭載状態 NTN TECHNICAL REVIEW No.87 25

モータ ジェネレータ機能付ハブベアリング (ehub ) 48V バッテリー : ヨーモーメント応答の時定数 [s] : ヨーモーメント応答の定常ゲイン : 要求ヨーモーメント [Nm] 図 4 コントローラユニットとバッテリー 3. ダイレクトヨーモーメントコントロール (DYC) 左右輪を独立して駆動, 回生する ehub の特長を活かし, 車両運動制御に取り組んだ. 車両の速度や操舵角等の車両情報に応じて ehub を適切に動作させることで, 車両の挙動を変化させ, 車両運動性能を向上させることができる. 左右輪の駆動力差を積極的に発生させ, 車両のヨーモーメントを直接制御する手法をダイレクトヨーモーメントコントロール ( 以下, DYC) という 2) 3). DYC によって操舵に対するヨーレイトの応答改善や圧雪路や凍結路などの滑りやすい路面での操作性向上が期待できる. ヨーレイトの応答を改善する DYC として, 目標ヨーレイトと車両ヨーレイトの差分を補うように, 左右輪の駆動力差によるヨーモーメントを発生させる手法が知られている. 従来の DYC では, 目標ヨーレイトは式 (1) で表される. 式 (2) より, 従来の DYC では, 操舵の角速度および角加速度に依存してヨーモーメントが決定する. DYC の効果が大きくなるようにαやβを調整すると, 操舵角速度に依存する項によりヨーモーメントが大きくなり, 左右輪に要求されるトルクは片輪当たり最大で数百 Nm となる. したがって, 従来の DYC を最大トルクが数十 Nm である ehub に適用するのは難しい. そこで, 我々は滑りやすい路面での操安性向上に着目し, 操舵開始時のヨーレイトの応答性を向上させるように制御パラメータを調整した. 式 (1) においてβ = αとすれば, 目標ヨーレイトは式 (3), 要求ヨーモーメントは式 (4) でそれぞれ表され, 操舵の角加速度に対するトルクの応答性が向上する. これにより, 比較的低いトルクでも操舵初期の応答を改善することが可能になる. : 目標ヨーレイト [rad/s] : 操舵角度 [rad] : ヨーレイト応答の固有振動数 : ヨーレイト応答の減衰率 : ヨーレイト応答の時定数 [s] : ヨーレイト応答の定常ゲイン : 固有振動数の制御パラメータ : 減衰率の制御パラメータ α >1 の場合は操舵開始時のヨー運動が促進され, α <1 の場合は抑制される. 式 (4) のヨーモーメントを実現する ehub のトルクは, 式 (5) となる. : 後輪トレッド [m] : タイヤの動的有効半径 [m] :ehub のトルク ( 左, 右 )[Nm] 式 (1) から, 制御パラメータα, βを任意に設定することで, 操舵に対するヨーレイト応答の固有振動数と減衰率を変更できる. この目標ヨーレイトを実現するために必要なヨーモーメントは, 式 (2) で表される. 操舵角に対する要求トルクのシミュレーション結果を図 5に示す. 一般的な DYC の場合, 操舵角速度, 操舵角加速度の変化に応じてトルクが決定される. これに対して ehub 用 DYC では, 操舵角加速度の変化にトルクは応答するため, 一般的な DYC と比較してトルク 26 NTN TECHNICAL REVIEW No.87

横方向距m 離の立ち上がりが早くなる. このパラメータ設定方法を用いて, 低 μ 路シングルレーンチェンジ走行試験を実施した. 図 6に示すように, 速度調整区間で時速 3 km に調整し, 決められた位置からアクセルを離して惰行状態でレーンチェンジを行う. 車両走行軌跡を図 7に示す. なお, 同図は各条件で 3 回走行した平均値を示している. 制御なしおよび DYC( α =.8) の場合は, レーンチェンジ時の操舵の切戻し時 ( 図中 2 3 m 付近 ) に車両が横方向へ膨らむのに対して, DYC( α =1.2) を適用することによって, 滑らかで安定した車両の軌跡となった. 操舵角に対するヨーレイトの変化を図 8に示す. DYC( α =1.2) を適用することによって, 操舵角へのヨーレイトの追従性が向上し, 操舵量が制御なしに比べて大幅に減少している. つまり操舵に対して車両の挙動が変化しやすく, 曲がりやすくなる. 一方, DYC( α =.8) の場合は, 制御なしとほぼ同じ操舵量だがグラフ上に投影された面積は大きくなっている. つまり, 操舵に対してヨーレイトの反応が遅れることによって, 操舵に対して車両の挙動が変化しにくく, 曲がりにくくなる. このように ehub のような小さなトルクでも, 左右を駆動 / 回生させることで車両の挙動が変化することを確認した. 操舵角/角加速度deg deg/s/s 36 27 18 9-9.8 1 1.2 1.4 1.6 時間 s 図 5 1 75 5 25-25 1.8 2 2.2 トルクNm 操舵に対する ehub のトルク 図 6 走行条件 操舵角 操舵角加速度 必要トルク ( 一般的な DYC) 必要トルク (ehub 用 DYC) ヨーレイ 1 2 3 4 5 6 ト -1-2 -3 18 deg/s 3 2 1 制御なし DYC (α=1.2) DYC (α =.8) 1 2 3 4 5 前後方向距離 m 図 7 車両走行軌跡 9-9 -18 操舵角 deg 制御なし DYC(α=1.2) DYC(α=.8) 図 8 操舵角に対するヨーレイトの変化 4. 横加加速度に応じた前後加速度制御 前章の DYC は, タイヤと路面間の摩擦係数が低い状 況で効果を発揮する. しかし, この走行状況は限定的で, より多くの走行条件に適合する制御方法として, 車両の横加加速度に応じて前後加速度を付与し, 前後左右加速度を統合的に制御する手法が提案されている 4). 通常の走行における一般ドライバーと熟練ドライバーの旋回時の前後左右加速度イメージを図 9に示す. 一般ドライバーは旋回前に減速して, 旋回中は操舵のみになりがちである. したがって, 同図 (a) のように, 減速加速度の後, 急激に横加速度が変化する. このとき乗員が感じる慣性力の変化は大きく, 車酔いや乗り心地悪化の原因となる. 一方, 熟練ドライバーは操舵に応じて加減速量を調整するため, 前後加速度と横加速度の合成加速度が弧を描くように推移する. したがって, 乗員が感じる慣性力は滑らかに変化するため, 乗り心地は改善する 5). 熟練ドライバーの運転は, 横加加速度に応じて前後加速度を付与することで実現でき, 定式化すると式 (6) となる. これを実現するための ehub のトルクは左右で等しく, 式 (7) で表される. NTN TECHNICAL REVIEW No.87 27

後加速度減速前前後加速G 度モータ ジェネレータ機能付ハブベアリング (ehub ) 加速 横加速度 後加速減速前加速 度横加速度 (a) 一般ドライバー (b) 熟練ドライバー 図 9 旋回時の左右前後加速度 ( イメージ図 ) ehub の駆動, 回生制動による前後加速度制御の効果を確認するため, 3 章と同様の実車走行試験を実施した結果を図 11 に示す. 制御条件は, 制御なし, 前後加速度制御の 2 条件である. なお, 結果は DYC での試験と同様に, 3 回走行した平均値を示している. 前後左右加速度は, 前後加速度制御を適用することによって弧を描くように滑らかに推移した. これらの結果から, ehub のような出力の小さいモータ ジェネレータでも, 適切に動作させることで車両運動性能を向上できる可能性を示した. 今後は, DYC, 前後加速度制御, 燃費最適化ロジックなどを組み合わせた統合的な制御を構築する. : 車両の横加速度 [m/s 2 ] : 車両の横加加速度 ( の微分値 )[m/s 3 ] : 車両の目標前後加速度 [m/s 2 ] :1 次遅れ時定数 [s] : 車両質量 [kg] : 前後加速度の制御パラメータ前後加速度制御のイメージを図 1 に示す. 横加加速度に応じた ehub のトルクにより, 車両の前後加速度を制御する. カーブ進入時は減速度が付与され, 後輪から前輪への荷重移動が生じ, 旋回をアシストするヨーモーメントが発生する. 一方, カーブ脱出時は, 加速度が付与され, 前輪から後輪への荷重移動が生じ, 車両姿勢を復元させるヨーモーメントが発生する. 制御なし -.2 前後加速度制御 -.4 -.6 -.8 -.1 -.12 -.3 -.2 -.1.1.2.3 横加速度 G 図 11 前後加速度制御走行結果 図 1 前後加速度制御イメージ 28 NTN TECHNICAL REVIEW No.87

5. おわりに本稿では, 車両に大きな変更を伴わず, 48V MHEV の燃費および走行性能を向上させる ehub について, 車両運動制御の効果を検証し, 以下の結果を得た. 1 ダイレクトヨーモーメントコントロール操舵角加速度に対する感度を高めた DYC を搭載した結果, 低 μ 路シングルレーンチェンジにおいて, 走行軌跡が安定し, 操舵量も低減することを確認した. 2 横加加速度に連成した前後加速度制御乗り心地改善に有効とされる前後加速度制御を適用した結果, 操舵時における横加速度と前後加速度の合成加速度が滑らかに変化し, 乗り心地の改善に寄与することを確認した. 今後は, 燃費改善効果を向上させるために, ehub の更なる高出力化, 高効率化を目指すとともに, より実用的な車両運動制御の向上に取り組む. 参考文献 1) 西川健太郎, 矢田雄司, 藤田康之, 川村光生, 藪田浩希, モータ ジェネレータ機能付 HUB モジュールの開発, NTN TECHNICAL REVIEW, No.85, (217)26-32. 2) 安部正人, 自動車の運動と制御, 第 2 版, 東京電機大学出版局,(212)236-247. 3) 雪島良, 牧野佑介, 柄澤秀範, 神田剛志, 妙木愛子, 水貝智洋, 佐藤勝則, 2 モータオンボード駆動システム, NTN TECHNICAL REVIEW, No.83,(215) 2-25. 4) 鈴木雄大, 程違鵬, 小坂秀一, 車体運動が G-Vectoring 制御に及ぼす影響, NTN TECHNICAL REVIEW, No.85,(217)33-39. 5) 山門誠, 高橋絢也, 齋藤真二郎, 安部正人, 安全走行を支援する新しい車両運動制御技術, 日立評論, (29)46 49. 執筆者近影 西川健太郎 川村光生 藪田浩希 伊東貴志 NTN TECHNICAL REVIEW No.87 29