深沢志保, Pharm.D. 学習目的 1. 川崎病の診断基準を理解する 2. 心臓血管の合併症 (cardiac complication) を理解する 3. 基本治療 治療薬について理解する 川崎病は 皮膚粘膜リンパ節症候群 (mucocutaneous lymph node syndrome) としても知られる動脈の血管炎であり 小児期におこる後天性の心疾患の中では 2 番目に多い疾患である 川崎病の病因はまだ良く分かっていないが 季節性 地域社会内での流行 発症年齢などから ウィルス 細菌 リッケッチアなどの感染症との関連が有力である また アジア人の遺伝子をもつ小児に多く発症する傾向があるため 遺伝的素因の関連も示唆される 米国では 5 歳未満の小児 100,000 人に対する発症率が約 10-15 例 日本では約 115 例である 患者の約 80% は 5 歳未満で 男女の比はおよそ 1.5 : 1 年間を通じて発症するが 1 月 6-7 月に多く発症すると報告されている 無治療の患者のおよそ20% は心臓血管系への合併症を発現する 診断 典型的 (classical) 川崎病の診断基準川崎病特有の臨床検査はないため 診断には臨床基準 識別診断が用いられる 川崎病の診断基準 1. 5 日間以上続く発熱 ( 通常 39 以上 ) 2. 以下の 5 つの基準のうち 4つが認められる a. 両眼眼球結膜の充血 ( 光恐怖症や眼痛などは見られない ) b. 口腔粘膜の変化 i. 唇の亀裂 または充血 ii. 咽頭の充血 iii. 赤イチゴ舌 ( 舌がイチゴのように赤い ) c. 四肢抹消の変化 i. 手掌 または足底の紅班 ii. 手足の浮腫 iii. 爪周辺 手掌 足底などの落屑 ( 通常発症から2-3 週間後に発現する ) d. 多型性体幹発疹 ( 紅班 丘疹 水疱は見られない )
e. 頚部リンパ節の肥大 ( 少なくとも 1 つ以上のリンパ節の直径が 1.5cm 以上 ) その他の臨床所見 1. 心臓症状 a. 急性期 : 心膜炎 心筋炎 心内膜炎 弁の損傷 冠動脈の異常 b. 亜急性期 : 動脈瘤の形成及び血栓症 冠 脳内 腸管膜 および抹消動脈の裂傷 c. 回復期 : 動脈瘤血栓症 動脈瘤前後の血管狭窄から起こる梗塞 2. 心臓以外の症状 a. 関節炎又は関節痛 i. 発症から約 1 週間後に発現 : 多発性 ii. 発症から10 日以降に発現 : 主に大関節 b. 胃腸症状 : 下痢 嘔吐 腹痛 肝炎 胆嚢水症 c. 中枢神経症状 : 過敏症 無菌性髄膜炎 感音難聴 d. 泌尿器症状 : 尿道炎 e. その他 :BCG ワクチン接種跡の紅班 硬化 前部ブドウ膜炎臨床検査 1. 白血球増加 ( 好中球 幼若細胞の著名な増加 <left shift>) 2. 赤沈の高値 (>40 mm/hr 100mm/hr 以上の高値も見られる ) 3. C 反応たんぱく質の高値 (>3mg/dL) 4. 貧血 ( 正色素性 正球性 ) 5. 血漿脂質の異常 6. 低蛋白血症 7. 低ナトリウム血症 8. 血小板増加 (1 週間後 )(450,000/uL 以上 ) 9. 無菌性膿尿 10. 肝酵素の高値 11. ガンマグルタミルトランスペプチダーゼ (GGT) の高値 12. 髄脊髄液細胞増加 13. 髄液白血球増加心電図 心エコー動脈瘤は 発症から 10 日間は通常発現しないが 重症の場合 初期に冠動脈の異常が現れる場合があるため 川崎病が疑われる患者には心エコー検査を実施するべきである 診断時 病気の発症から 2 週間 病気の発症から 6 週間
病気の発症から 6 ヶ月 小児科循環器専門医の判断により病気の発症から 12 ヶ月および 12 ヶ月以上 不完全 ( 非典型的 ) 川崎病 (incomplete/atypical Kawasaki disease) 不完全川崎病は典型的川崎病診断基準には満たさないが 少なくとも4つの基準を満たしている患者を指している 1 歳未満の乳児に多く見られ 無治療の場合の冠動脈瘤形成の危険性が非常に高くなる 患者が 6 ヶ月未満で 他に発熱の原因が無い場合 心エコー検査の実施が必要である 識別診断 (differential diagnosis) 川崎病の症状は トキシックショック症候群 ロッキー山熱 猩紅熱 細菌性頚部腺炎など多数の感染症と症状が類似しているので 川崎病と診断する前にこれらの疾患を除外する必要がある 猩紅熱 ブドウ球菌性熱傷性皮膚症候群 細菌性頚部リンパ節炎 薬剤過敏症 ウィルス感染症 スティーブンズジョンソン症候群 若年性関節炎 ロッキー山熱 レプトスピラ症 水銀過敏症 治療 無治療の場合 約 15~20% の患者は冠動脈瘤が発現する 幸いにも迅速な治療により冠動脈異常の発生率を 5% に 巨大冠動脈瘤の発生率を 1% まで軽減することができる 薬物治療 ( 米国 ) 高用量免疫グロブリン静注 (IVIG) 1 回用量 2g/kg 12 時間投与 発症から 10 日以内の投与が望ましい 投与後 36~48 時間経っても発熱が持続する場合 用量 2g/kg の反復投与が必要となる
高用量アスピリン 一回用量 20~25mg/kg 経口 1 日 4 回 高用量免疫グロブリン静注と併用する 高用量アスピリンは抗炎症作用 低用量アスピリン 3~5 mg/kg 経口 1 日 1 回 無熱が 48~72 時間持続している場合 または 発症から 14 日間経ち無熱が最低でも 48 ~72 時間持続している場合 高用量から低用量に減量する 低用量は抗血小板作用 通常 発症後 6~8 週間投与を継続する 冠動脈の異常がなく炎症の徴候が見られない場合 ( 特に CRP の低下 ) アスピリン投与を中止する 冠動脈瘤の形成が見られる場合は無期限で継続される イブプロフェンはアスピリンと相互作用があるため 投与を避ける インフルエンザや水痘の流行時の高用量アスピリンの投与は ライ症候群の危険性がある 低用量の場合でも ライ症候群の危険性はわずかではあるが存在する そのため長期間アスピリン投与を受けている小児は年 1 回のインフルエンザワクチンを接種が必要である ステロイド CRP の高値が続く場合 もしくはIVIGの反復投与後 48 時間経過しても発熱が続く場合のみ投与 プレドニゾン 2mg/kg/day 5 日間投与 ラニチジン 高用量アスピリン投与時に胃腸保護のために併用 ワルファリン 巨大冠動脈瘤の形成された患者 ( 心エコーで内径 8mm 以上 ) は 血栓症の予防のためアスピリンと併用 継続管理 (long-term management) 心エコーで冠動脈の異常が見られなかった患者は 心臓血管系の合併症もなく完全に回復する傾向にあるが その後の研究により 血管内皮の機能障害や脂質異常が継続することが明らかになっている 川崎病により発現した冠動脈瘤の約 1/2 は 1~2 年で退縮するが 巨大冠動脈瘤が形成された患者には時間の経過とともに冠動脈狭窄が起こる 血栓による心筋梗塞は死亡の
主な原因でり 主に病気発症後から1 年以内に起こる そのため冠動脈の異常が見られる患者には 継続的な心エコー検査と負荷試験を実施し 必要であれば冠動脈造影を実施する 現行の AHA(American Heart Association) ガイドラインでは 患者を心筋梗塞のリスクの度合いにより分類し それぞれのリスクレベルに合った治療ガイドラインを提供している リスクレベルI 心エコー検査において 正常な冠動脈 抗凝固治療は発症後 6~8 週間 身体的な活動制限はない 5 年毎に心血管系リスクアセスメント カウンセリングを行う リスクレベル II 冠動脈の拡張が見られるが 発症後 8 週間以内に回復 抗凝固治療はリスクレベル I の場合と同様 心血管系リスクアセスメント カウンセリングは 3~5 年毎 リスクレベル III 小または中冠動脈瘤 (3~6mm) の発現 動脈瘤の退縮が見られるまで低用量アスピリン投与の継続 10 歳までは身体的活動制限はないが 11 歳以上は 2 年毎に負荷試験を実施 抗凝固治療中は 高衝撃性のスポーツなどは避ける 年 1 回 小児循環器専門医による心エコー 心電図検査の実施 心血管系リスクアセスメント カウンセリングも毎年行う リスクレベル IV 1つ以上の大または巨大冠動脈瘤 (>6mm) の発現 閉塞はないが1つの冠動脈に動脈瘤が多発 低用量アスピリンの長期投与 巨大冠動脈瘤が見られる患者にはワルファリン (INR 2.0 2.5) または 低分子量ヘパリン(antifactor Xa 0.5~1.0 U/mL) の併用 高衝撃性のスポーツは避ける その他の活動は 毎年実施される負荷試験の結果により制限される 心エコー 心電図の実施を年 2 回 負荷試験の実施を年 1 回 発症から 6~12 ヶ月以内に冠動脈造影の実施 リスクレベル V 冠動脈瘤と冠動脈の閉塞
低用量アスピリンの長期投与 巨大冠動脈瘤が見られる患者にはワルファリン または 低分子量ヘパリンの併用 心筋負荷の軽減のため β 受容体遮断薬の追加 高衝撃性のスポーツは避ける その他の活動は 毎年実施される負荷試験の結果により制限される 心エコー 心電図の実施を年 2 回 負荷試験の実施を年 1 回 冠動脈造影は血栓溶解療法やカテーテル治療の評価 または冠動脈バイパス手術のアセスメントに有用 参考文献 Brogan PA et al. Kawasaki disease: and evidence based approach to diagnosis, treatment, and proposals for future research. Arch dis Child 2002; 86: 256-292. Burns JC et al. Intravenous gamma-globulin treatment and retreatment in Kawasaki disease. US/Canadian Kawasaki Syndrome Study Group. Pediatr Infect Dis J 1998; 17: 1144-8. Freeman AF, Shulman ST. Kawasaki Disease: Summary of the American Heart Association Guidelines. Am Fam Physician. 2006; 74:1141-8. Kato H. Cardiovascular complications in Kawasaki disease: coronary artery lumen and long-term concequences. IProgress pediatr Crdiol 2004; 19: 137-45. Newburger JW et al. Diagnosis, treatment, and long-term management of Kawasaki disease: a statement for health professionals from the Committee on Rheumatic Fever, Endocarditis, and Kawaski Disease, Council on Cardiocascular Disease in the Young, American Heart Association. Pediatrics 2004; 114: 1708-33. Pahl E. Kawasaki disease: cardiac sequelae and management. Pediatric Annals 1997; 26: 1125-115. Satou GM et al. Kawasaki disease : diagnosis, management, and long -term implications. Cardiol Rev 2007; 15:163. Seattle Children s Hospital Kawasaki Disease Guideline of care. 2003.