シリア 内 戦 とレバノン 小 副 川 琢 ( 東 京 外 国 語 大 学 アジア アフリカ 言 語 文 化 研 究 所 機 関 研 究 員 ) はじめに 2011 年 3 月 に 本 格 化 したシリアにおける 反 体 制 の 動 きはその 後 政 権 側 の 強 硬 な 対 応 も あって 武 装 闘 争 が 大 きな 比 重 を 占 めるようになっている こうした 中 で 国 際 社 会 はこれ まで 事 態 打 開 に 向 けて 様 々な 手 立 てを 講 じてきたが 最 近 になって 和 平 に 向 けた 動 きが 加 速 化 している この 背 景 には イスラーム 国 (IS) の 存 在 が 世 界 的 な 脅 威 になっている ことや 多 数 のシリア 人 難 民 が 欧 州 諸 国 を 中 心 に 押 し 寄 せていることがあり 同 国 で 生 じ ている 事 態 を 放 置 することはできない との 国 際 的 なコンセンサスが 成 立 している そこで 本 レポートにおいては 最 初 にシリア 情 勢 を 概 観 したうえで 国 際 社 会 による 紛 争 解 決 に 向 けた 取 り 組 みについて 考 察 する 他 方 で シリア 情 勢 の 安 定 化 に 向 けた 試 みが 周 辺 諸 国 を 中 心 に 様 々な 影 響 を 与 えると 想 定 される 中 で 同 国 と 歴 史 的 にも 関 係 が 深 いレ バノンに 焦 点 を 当 てて 考 察 する 1. 情 勢 概 観 (1) 内 戦 という 捉 え 方 現 在 のシリア 情 勢 をめぐっては 紛 争 や 内 乱 騒 乱 反 乱 という 捉 え 方 もな されているが 本 レポートでは 内 戦 というタームを 使 用 している そこで 同 国 の 情 勢 を 内 戦 と 形 容 するのが 妥 当 かどうかを 予 め 検 討 する 必 要 があろう 現 在 では 当 たり 前 に 用 いられている シリア 内 戦 というタームではあるが 同 ターム を 用 いて 同 国 の 情 勢 を 捉 える 際 には 留 保 条 件 が 存 在 することは 指 摘 しておかなければなら ない と 言 うのも 内 戦 とは 基 本 的 には 同 一 国 家 に 属 する 帰 属 する 集 団 が 武 力 を 用 い て 国 家 権 力 掌 握 のために 闘 争 を 繰 り 広 げている 状 態 を 意 味 するからである そして ア サド 政 権 とシリア 人 主 体 反 政 府 勢 力 ( 以 後 反 政 府 勢 力 と 略 記 ) IS が 三 つ 巴 の 武 装 闘 争 を 繰 り 広 げている 中 で IS は 戦 闘 員 3 万 人 強 のうち 半 数 が 外 国 人 戦 闘 員 であることからシ リア 国 家 に 帰 属 する 集 団 とは 言 い 難 く また 中 央 政 府 の 権 力 奪 取 にプライオリティを 置 く よりも むしろ 支 配 領 域 拡 大 のために 破 綻 国 家 の 状 況 が 長 く 続 くことを 好 んでいるよ うに 見 受 けられるのである ゆえに ローカルな 勢 力 と 見 なすことが 難 しい IS が 最 近 は 欧 米 諸 国 やロシアによ 1
る 空 爆 により 支 配 領 域 をかなり 減 少 させていると 報 じられているものの 依 然 としてシリ アにおける 主 要 なアクターであることから シリア 内 戦 という 用 語 の 使 用 には 注 意 が 必 要 なのである だが アサド 政 権 対 反 政 府 勢 力 といった 構 図 が 厳 然 と 存 在 することや 政 権 の 帰 趨 が 依 然 として 国 内 国 際 的 に 大 きな 存 在 であること さらには IS に 対 する 国 際 国 内 的 な 掃 討 作 戦 が 異 分 子 を 排 除 し 内 戦 の 構 図 に 戻 すための 試 みとも 解 釈 可 能 な こと などを 鑑 みるに シリア 内 戦 というタームは 現 状 を 捉 えるに 充 分 な 妥 当 性 を 持 っ ていると 考 えられる (2) 多 面 的 な 武 力 対 立 状 況 それでは シリアにおける 内 戦 状 況 は 具 体 的 にどのような 様 相 を 呈 しているのであろう か アサド 政 権 反 政 府 勢 力 IS という 構 成 単 位 から 考 えてみると アサド 政 権 対 反 政 府 勢 力 アサド 政 権 対 IS 反 政 府 勢 力 対 IS という 戦 闘 構 図 の 組 み 合 わせが 導 き 出 せるが 現 場 レベルでは 政 権 軍 と IS が 石 油 の 密 売 などで 協 力 していると 度 々 言 われ また 反 政 府 勢 力 の 一 部 が IS と 戦 術 面 で 共 闘 したこともあった このうち アサド 政 権 に 関 しては シリア 政 府 軍 や 複 数 存 在 する 治 安 組 織 はもとより 国 内 民 兵 勢 力 である 国 民 防 衛 旅 団 も 戦 闘 に 従 事 している 他 方 で 反 政 府 勢 力 の 側 は 大 まかに 世 俗 勢 力 スンナ 派 勢 力 アル=カーイダ 系 に 大 別 可 能 である 世 俗 勢 力 の 代 表 例 としては 自 由 シリア 軍 や クルド 人 民 保 護 部 隊 (YPG)などのクルド 勢 力 があり スンナ 派 勢 力 としては イスラーム 戦 線 ( イスラーム 軍 や シャーム 自 由 運 動 などから 構 成 )が 影 響 力 を 有 している アル=カーイダ 系 は ヌスラ 戦 線 であるが イスラーム 戦 線 の 構 成 勢 力 の 一 部 やヌスラ 戦 線 が 戦 術 的 に IS と 連 携 する 場 合 もあることに は 留 意 が 必 要 である 事 実 2015 年 4 月 には ダマスカス 中 心 部 からわずか 7 キロのヤル ムーク パレスチナ 難 民 キャンプを IS がヌスラ 戦 線 などの 助 力 を 得 て 掌 握 したのである このように 反 政 府 勢 力 側 は 3 つのグループに 分 類 できるが 非 常 に 多 数 の 組 織 から 構 成 されており 組 織 間 の 統 廃 合 は 進 んでいるとは 言 えない 状 況 である この 背 景 には シ リア 国 民 連 合 (2012 年 11 月 に 反 体 制 派 の 政 軍 両 面 における 統 括 組 織 として 結 成 ) 内 に 設 置 された 軍 事 評 議 会 が 全 く 機 能 を 果 たしてこなかったことがある 自 由 シリア 軍 や その 他 の 武 装 組 織 を 傘 下 に 置 くことが 想 定 されていたのであるが 自 由 シリア 軍 でさえ 一 枚 岩 ではないことから 同 評 議 会 による 武 装 組 織 の 統 制 が 実 現 されることはなかったので ある こうした 中 にあって アサド 政 権 側 は 外 部 からの 支 援 として レバノンのシーア 派 組 織 2
ヒズブッラー やイラクのシーア 派 民 兵 イランの 革 命 防 衛 隊 さらにはロシアによ る 軍 事 支 援 を 得 て 反 政 府 勢 力 や IS に 対 する 作 戦 に 乗 り 出 している 他 方 で 反 政 府 勢 力 側 に 関 しては 世 俗 勢 力 は 米 国 などの 欧 米 諸 国 を 中 心 に そして スンナ 派 勢 力 はサ ウジアラビアを 筆 頭 とする 湾 岸 アラブ 諸 国 を 中 心 に 外 部 支 援 を 受 けている とりわけ ロシアは 政 権 側 からの 要 請 に 基 づき 合 法 的 に 支 援 を 行 っていることから その 規 模 は 圧 倒 的 であり また 戦 局 に 影 響 を 与 えている アサド 政 権 側 が 北 のアレッポからハマー ホムス ダマスカスを 経 て 南 のダルアーに 至 るシリア 随 一 の 基 幹 エリア 南 北 回 廊 と アサド 家 の 本 拠 地 があるラタキアが 存 在 する 地 中 海 沿 岸 地 帯 に 焦 点 を 当 てた 軍 事 作 戦 を 発 動 してきている 中 で 一 定 の 効 果 を 上 げているのはロシア さらにはヒズブッラーによる 助 力 が 大 きいように 思 われるのである だが シリア 北 東 部 から 北 西 部 にかけては IS が 広 大 な 地 域 を 押 さえているほか クルド 人 による 自 治 地 域 も 存 在 しており アサド 政 権 による 支 配 力 回 復 の 見 込 みは 立 っていない 政 権 側 が 押 さえているエリアの 総 面 積 はシリア 全 土 の 20~30 パーセントに 過 ぎないとも 言 われているが 他 方 で 南 北 回 廊 と 地 中 海 沿 岸 地 帯 は 人 口 経 済 が 集 中 していることか ら 支 配 領 域 の 割 合 だけで 情 勢 を 判 断 するのは 危 険 である とはいえ ラッカやイドリブ といった 県 都 を IS やヌスラ 戦 線 にそれぞれ 掌 握 されており また アレッポは 政 権 側 と IS 反 政 府 勢 力 によって 都 市 機 能 が 分 断 化 されている さらに ダマスカス 中 心 部 は 近 郊 から のロケット 攻 撃 や 自 爆 テロが 時 折 発 生 しているものの 政 権 側 が 基 本 的 には 圧 倒 的 な 優 位 に 立 っているが 郊 外 では 反 政 府 勢 力 によって 押 さえられている 地 区 が 存 在 している し たがって アサド 政 権 反 政 府 勢 力 さらには IS のどれもがシリア 全 土 を 支 配 する 可 能 性 を 有 しておらず ある 程 度 の 勢 力 均 衡 が 存 在 していると 言 えよう 2. 国 際 社 会 による 紛 争 解 決 に 向 けた 試 み シリアにおいてこのように 勝 ち 組 が 存 在 する 見 込 みのない 状 況 は 紛 争 解 決 プロセ スにとってどのような 意 味 合 いをもつであろうか こうした 場 合 アクターが 合 理 的 であるならば 戦 闘 継 続 と 戦 闘 停 止 それぞれから 得 られる 利 益 を 天 秤 にかけ 後 者 が 前 者 を 上 回 るならば 停 戦 が 成 立 する ただ シリアの 場 合 においては アサド 政 権 側 は 反 政 府 勢 力 の 正 当 性 を 基 本 的 には 認 めておらず 他 方 で 反 政 府 勢 力 の 側 はアサド 大 統 領 の 退 陣 を 求 めていることから 国 内 アクターが 合 理 性 だけで 行 動 するとは 想 定 できない 状 況 にある そこで 重 要 となってくるのが 国 際 社 会 の 関 与 であり とりわけ 米 ロ 両 国 の 動 向 である 3
2015 年 10 月 から 11 月 にかけて 開 催 された ウィーン 和 平 国 際 会 議 においては 米 ロ 両 国 や 主 要 地 域 諸 国 が 参 加 した 結 果 最 終 的 には 11 月 14 日 に 以 下 の 点 が 合 意 されたのであ る すなわち (1)2016 年 1 月 1 日 を 目 標 に 政 府 側 と 反 政 府 側 が 公 式 交 渉 を 開 始 するこ と 及 び 交 渉 開 始 と 並 行 して 全 土 における 停 戦 を 実 現 すること (2)6 か 月 以 内 を 目 標 に 包 括 的 な 移 行 政 府 を 樹 立 し 新 憲 法 制 定 に 向 けた 手 続 きを 開 始 すること (3)18 か 月 以 内 に 新 憲 法 に 基 づく 選 挙 を 実 施 すること であり 12 月 18 日 には 上 記 合 意 内 容 がほぼ 反 映 された 安 保 理 決 議 第 2254 号 が 成 立 するに 至 ったのである こうしたことから 国 際 的 な 合 意 に 基 づく 和 平 に 向 けたタイムスケジュールが 設 定 され たものの その 後 の 反 応 は 芳 しいものではなかった アサドは 11 月 19 日 に テロリスト が 国 内 にいる 限 り 移 行 プロセスは 開 始 されない と 発 言 した 他 方 反 政 府 勢 力 側 はアサ ドの 退 陣 が 明 言 されなかったことから 合 意 内 容 そのものを 評 価 しなかったものの 和 平 プロセス 履 行 に 向 けた 準 備 は 進 めた 12 月 9 日 から 10 日 にかけて 反 政 府 勢 力 各 派 がリヤ ドで 会 合 し 政 権 側 との 合 同 交 渉 団 の 設 置 に 合 意 したが クルド 人 勢 力 は 招 待 されず 同 時 期 にクルド 人 だけで 別 の 会 合 を 開 催 した 3.レバノンへの 影 響 既 述 のように シリアおいては 和 平 へのタイムスケジュールが 国 際 社 会 の 総 意 によって 設 定 され その 行 方 が 注 目 されている だが IS やヌスラ 戦 線 といった 和 平 プロセスから 疎 外 されている 勢 力 による 妨 害 工 作 は 想 定 されるところであり 欧 米 諸 国 やロシアはこれ ら 組 織 に 対 する 攻 撃 を 激 化 させることであろう その 場 合 IS やヌスラ 戦 線 に 属 するメン バーがシリアから 撤 収 し トルコやイラク ヨルダン レバノンといった 周 辺 諸 国 へ 流 入 し これら 諸 国 の 治 安 が 悪 化 する 可 能 性 が 存 在 する その 中 では IS が 既 に 相 当 な 支 配 領 域 を 有 しているイラクに とりわけ 同 組 織 の 多 くのメンバーが 逃 れる 可 能 性 が 高 いと 思 わ れるが レバノンにもかなりの 数 が 流 入 すると 考 えられる というのも レバノンはシリ ア 周 辺 諸 国 の 中 で 最 も 中 央 政 府 の 権 威 が 弱 く また 両 国 間 の 国 境 線 (370 キロ)には 36 か 所 以 上 の 帰 属 不 明 地 点 が 存 在 し 非 政 府 集 団 が 国 境 を 跨 いでかなり 自 由 に 行 き 来 すること が 可 能 だからである それでは レバノンで IS やヌスラ 戦 線 はどのような 活 動 を 展 開 してきたのであろうか IS はすでに レバノン 国 内 に 30 か 所 程 度 の 拠 点 を 有 しているとも 言 われているが ヌスラ 戦 線 とともに 基 本 的 には 対 シリア 国 境 地 帯 のレバノン 北 東 部 が 活 動 拠 点 であり ヒズブッ ラーがシリアのアサド 政 権 に 軍 事 支 援 を 行 っていることに 対 する 報 復 攻 撃 を 行 っている 4
しかしながら 2014 年 1 月 にはベイルートにおけるヒズブッラー 支 配 地 区 ( 通 称 ダーヒ ヤ )への 自 爆 攻 撃 (2 回 )に 関 して IS( 当 時 は ISIS: イラクとシャームのイスラー ム 国 )とヌスラ 戦 線 がそれぞれ 犯 行 声 明 を 発 した また 2014 年 6 月 20 日 には ベイル ートの 中 心 街 であるハムラー 地 区 において ISIS メンバーが 拘 束 されるという 事 件 が 発 生 した こうした 事 件 が 発 生 したことから レバノン 政 府 軍 や 治 安 部 隊 がダーヒヤにおいてはヒ ズブッラーと 協 力 しながら 警 備 を 強 化 し またその 他 の 地 区 や 空 港 においても 警 戒 を 強 め た その 結 果 しばらくは 平 穏 な 状 態 が 続 き ゆえにベイルートの 治 安 状 況 に 政 府 も 自 信 を 深 めていたものの 2015 年 11 月 12 日 には 南 ベイルートのブルジ バラージナで 連 続 自 爆 攻 撃 が 起 こり 死 者 40 数 名 負 傷 者 200 名 以 上 となる 大 惨 事 が 発 生 した 事 件 後 IS が 犯 行 声 明 を 出 したが 現 場 はダーヒヤから 1 キロ 程 度 離 れたシーア 派 地 区 で しかもヒ ズブッラー 支 持 者 が 多 く 居 住 していることから ダーヒヤの 警 備 がかなり 厳 しくなってい る 中 で 隣 接 しているブルジ バラージナが 犯 行 現 場 として 選 ばれたと 思 われる 終 わりに 以 上 述 べてきたように 内 戦 状 態 に 置 かれているシリア 国 内 はアサド 政 権 と 反 政 府 勢 力 そして IS の 関 係 性 がかなり 複 雑 であることに 加 え 多 くの 地 域 域 外 諸 国 がそれぞれの 思 惑 からアクターを 支 援 しており シリアは 地 域 政 治 の 主 体 から 客 体 へと 変 化 した ようである こうした 状 況 は かつてのレバノン 内 戦 (1975~1990 年 )を 彷 彿 させるがゆ えに シリアのレバノン 化 とも 言 えようが 同 内 戦 が 地 域 国 際 社 会 のインセンティブ によるターイフ 合 意 により 終 結 の 道 筋 を 付 けられたように シリアにおいても 同 様 な 動 き が 生 じつつあり 政 府 及 び 一 部 の 反 政 府 勢 力 は 2016 年 1 月 25 日 にジュネーブで 開 催 予 定 の 和 平 協 議 に 向 けた 準 備 を 進 めつつある このことは 自 体 は 無 論 望 ましいことであるが IS やヌスラ 戦 線 が 和 平 プロセスから 疎 外 されている 状 況 は シリアのみならず 周 辺 諸 国 の 情 勢 悪 化 をもたらす 可 能 性 を 秘 めている とりわけ 後 者 に 関 しては 中 央 政 府 の 権 威 が 弱 く すでに IS やヌスラ 戦 線 による 活 動 が 見 られているレバノンにおける 事 態 の 展 開 に 留 意 が 必 要 であろう 5