総 説 299 Copyright C2013 by Japan Oil Chemists Society 電気二重層とコロイド分散系の凝集 Electrical Double Layers and Colloidal Flocculation 足立泰久 筑波大学 大学院生命環境科学研究科 305-8572 茨城県つくば市天王台 1-1-1 Yasuhisa ADACHI Graduate School of Life and Environmental Sciences, University of Tsukuba Tennodai 1-1-1, Tsukuba-shi, Ibaraki, 305-8572, Japan Lili FENG 筑波大学 大学院生命環境科学研究科 305-8572 茨城県つくば市天王台 1-1-1 Lili FENG Graduate School of Life and Environmental Sciences, University of Tsukuba Tennodai 1-1-1, Tsukuba-shi, Ibaraki, 305-8572, Japan 小林幹佳 筑波大学 大学院生命環境科学研究科 305-8572 茨城県つくば市天王台 1-1-1 Motoyoshi KOBAYASHI Graduate School of Life and Environmental Sciences, University of Tsukuba Tennodai 1-1-1, Tsukuba-shi, Ibaraki, 305-8572, Japan 辻本陽子 筑波大学 大学院生命環境科学研究科 305-8572 茨城県つくば市天王台 1-1-1 Yoko TSUJIMOTO Graduate School of Life and Environmental Sciences, University of Tsukuba Tennodai 1-1-1, Tsukuba-shi, Ibaraki, 305-8572, Japan 山下祐司 日本原子力研究開発機構 原子力基礎工学研究部門 319-1195 茨城県那珂郡東海村白方白根 2-4 Yuji YAMASHITA Nuclear Science and Engineering Directorate, Japan Atomic Energy Agency 2-4 Shirane Shirakata, Tokai-mura, Naka-gun, Ibaraki 319-1195, Japan 論文要旨 : 電気二重層は, 今から 200 年以上も前に Reuss によって報告された界面動電現象の実験結果に引き続く 50 年以上の試行錯誤の結果, 明らかにされた概念である 当時は, 水溶液中で物質がイオンへ解離することは知られていなかった その後,Smoluchowski によって理論的にも明らかになった電気二重層の考え方に, イオンの Boltzmann 分布の考え方が組み込まれ, 拡散電気二重層の描像が導かれた この描像を液中で接近しあう 2 つの帯電表面の相互作用に導入することによって, コロイド分散系の安定性を解析する理論的枠組み, すなわち DLVO 理論が構築された DLVO 理論の有効性はコロイド粒子の凝集分散の閾値となる塩濃度 ( 臨界凝集濃度 ) におけるイオンの価数の依存性 (Schulze-Hardy 則 ) との整合性から強調され, 表面間力の直接測定で決定的なものとなった しかし, 現時点において DLVO 理論だけで, 実用的な観点から求められるコロイド粒子の凝集分散挙動の予測に対し満足できる精度の情報は提供されない 本稿では, 界面動電現象に関する研究の長い歴史的展開 1) を踏まえ, 最も単純な 1 次元平板問題からコロイド粒子の凝集現象と電気二重層とのかかわりを整理し, 残された課題について解説する 連絡者 : 足立泰久 E-mail :adachi.yasuhisa.gu@u.tsukuba.ac.jp 11
300 Abstract: The electrical double layer is a well-known concept of a charged surface in an electrolyte solution. In the present article, we go back to the original history of electrokinetics to note how the concept has been established. In the first approximation, we pay attention to one dimensional plate model and discuss on the effectiveness of the DLVO theory in relation to the stability of colloidal dispersion. It is already about seventy years from the proposal of the DLVO theory and its effectiveness has been discussed in many respects. Nevertheless, there still exist unanswered important questions on the flocculation of charged colloids moving with diffusive electrical double layer. In terms of history and progress in technology, an approach using fluid mechanics will be essentially important in future. Key words: electrical double layer, DLVO theory, flocculation, fluid mechanics, electrokinetics 1 電気二重層の発見 表面張力を除けば, 界面動電現象はコロイド界面科学 の研究対象として最も古い部類に位置づけられて認識されている 2) 歴史に残る最初の文献は 1809 年に遡る 記録には, 帝政ロシアのモスクワにおいて, ドイツ出身の Reuss が U 字型カラムに石英砂を詰め, 水を浸して電極を刺し, ボルタ電池を電源に電気分解の実験を行ったところ, 水が陰極に向かって移動したことが記述されている Reuss はさらに実験を続け, ゲル状の粘土に 2 本のガラス管を立て水を満たして電極につなぐと, 陽極側に粘土が移動することを見出した 今日, 粘土の移動は電気泳動, 水の移動は電気浸透として理解できるが, 当時は Reuss の実験結果により, 粘土粒子が負に帯電していることは解釈できたとしても, 粘土粒子と反対に動く水は正に帯電しているという考え方などが錯綜し, 実験結果の十分な理解はなされなかった Reuss の実験の後, 大勢の科学者が電気浸透の実験を試みた その理由はこの実験が比較的容易に実施できることによるが, 中には John Daniell や Michael Faraday の名前も見いだされる 多くの実験の結果, 電気浸透は材料を選ばず共通して生じる現象であることが明らかになった しかし, 何故, 電気浸透が生じるかという根本問題は解決されずにいた 1852 年, 定量的な視点から重要な実験事実が Wiedemann 3) によって報告された 彼は毛細管を使って実験を行い, 電気浸透時の流量と電流の比が電圧や毛細管の径によらず一定であることを見出した これはその 50 年後に導かれた Smoluchowski の式 4) に一致する結果である 一方,Quincke 5) は電気浸透の実験とは別に, 多孔質カラム内に流体力学的な圧力をかけて行う流動実験において, 上下流端の流体の圧力差に比例して両地点間に電位差が生じること ( 流動電位 ) を明らかにした この実験は電気浸透の原因と結果に対する相反的関係を示すものである また, このとき上下流端の電位差は塩化ナトリウム溶液を用いた場合では低下すること, さらに流動電位と電気浸透の実験を突 き合わせると殆どの材料は負に帯電して観察されること, これらの実験結果を総合し流体側の空間に正の荷電が分布することを想定した Space Charge の考え方を導いた この考え方は, 電気二重層の概念を意味するが, 約 20 年後に Helmholtz 6) によって平板コンデンサーモデルとして定量化された 注目すべきは van t Hoff 7), Arrhenius 8) が電解質溶液中において解離する自由イオンの概念を提案する前に, 水溶液に接する物体の帯電と, 溶液側の空間に存在する物体とは反対符号の帯電層の概念が導かれた点である Helmholtz や Smoluchowski によって導かれた電気浸透の理論では, 流体力学的な力の釣合いと溶液側空間の電位分布に対する電荷の保存則 (1) のみが満たされていればよく, イオンの空間的分布 ( 配置 ) については何も要求していない ここで, 2 はラプラシアン,ψ は電位,ρ は空間電荷密度,ε は誘電率を表す 2 平板問題としての拡散電気二重層その後, それぞれ独立に Gouy 9, 10) および Chapmann 11) によって, 電気二重層の片側の荷電層を構成するイオンに熱平衡分布が導入された 1 次元の平板問題 (Fig. 1) において,Poisson 方程式 (1) 式は, (2) (Poisson-Boltzmann 方程式 ) とあらわされる ここで, i はイオン種,n i はイオン種 i のバルクの個数濃度,z i は価数,e は電気素量,k はボルツマン定数,T は絶対温度を表す この 1 次元問題の解として, (3) ただし, (4) 12
301 Fig. 1 One dimensional coordinate for a charged planar plate. (5) が示された ここで ψ s は表面 (x=0) における電位を 表す さらに,γ s exp(-κx ) の条件では,(3) 式は (6) と近似される 一方,Debye ら 12) は表面の電位が低い時, (2) 式を と線形近似して, その解を (7) (8) と求めた (Debye-Huckel 近似 ) ここで,κ の逆数, つ まり κ -1 は長さの次元を持つ量でデバイ長と呼ばれ, 拡 散層の電位が 1/e に逓減するのに要する距離を意味するが, 一般には電気二重層の特徴的長さと認識されている 尚, 上記の拡散電気二重層の考え方を球座標系に展開し, 球形のコロイド粒子をイオンに置き換えることによって, 電解質溶液の理論が導かれた Fig. 2 A pair of charged spherical particles approaching each other and their diffusive electrical double layer (d/κ -1 = 30). 1 2 粒子を構成する分子同士の分子間引力の総和 (van der Waals 引力 )Φ A と,2 接近した粒子の表面に形成されるイオンの拡散層の重なりによって生じる浸透圧上昇による反発力 Φ R, の 2 つのみに着目し, 凝集分散に関わる粒子間相互作用の導出に成功した すなわち, (9) として,Φ net の関数形からコロイド粒子の分散系の安定性を予測する 最も単純かつ基本的なものが Fig. 3 に示すような 2 つの無限に広い左右対称の平板状のブロックの相互作用である 平板間に作用する van der Waals 引力を与えるポテンシャル Φ A は平板状の粒子が表面間距離 h を隔てて配置している場合, 単位面積あたり, 13, 14) 3 DLVO 理論 前節で述べたような経緯を経て, 液相中に存在する粒子の回りに形成される拡散電気二重層の構造が明らかになった Fig. 2 はその様子をイオンの拡散層の厚さ指標であるデバイ長 (κ -1 ) と粒子径 (d) の比を 1:30 にして描いたものである この図から直観できることは,2 つのコロイド粒子間の相互作用を考える場合, 問題を 2 つの無限に広い平板ブロック間の相互作用として扱うことが, 第一近似として妥当であるということである 実際,DLVO 理論では, コロイド粒子間の相互作用に対し, Fig. 3 Electric potential between a pair of symmetrical plates. The force balance between electrical force and fluid mechanical force is analyzed for any infinitesimal region (dotted in the figure). However, the resulted repulsive force can be obtained simply to calculate the pressure at x=h/2 where electrical effect from both plate is cancelled. 13
302 (10) となる ここで A はハマカー定数と呼ばれ, 平板を構成する分子の密度と分子間の相互作用力の積で決まる物性値である 一方, 反発力は,2 つの帯電表面からそれぞれ発達する拡散電気二重層が重なり合って生じる 溶液中のイオンが z:z 型の場合, 帯電した表面が図に示すとおり距離 h 隔てて配置されているとする 単位面積当たりの表面間に作用する力は, 電場がゼロとなる表面間中央部 (x=h/2) における浸透圧とバルク (x ) 値との差を用いて, (11) から求めることができる ΔP は実質的に x= h 2 における圧力とバルク (x ) における圧力の差として求められる 計算に必要な個数濃度 n( h 2 ) は,x= h 2 における電位 ψ( h 2 ) を用いてボルツマン分布より与えられるが,ψ( h 2 ) は, 片方の表面の影響で定まる電位の 2 倍と仮定することによって, 表面電位が高い時は (3) 式より, (12) また, 表面電位が低い場合には (7) 式が適用でき, (13) と直ちに求められる (12) 式, あるいは (13) 式を (11) 式に代入することによって,ΔP は, (14) となり, 表面電位が低い場合には, (15) となる ( 14),( 15) 式はいずれも表面間の反発力が κ -1 を逓減長とする減衰関数であることを示している また, 反発力 ΔP を与えるポテンシャルとして, (16) となるように Φ R を導入すれば Φ R は, (17) となるが, 表面電位が低い場合には, (18) と近似できる 最後に (10) 式および (17),( 18) 式を (9) 式に代入し, コロイド分散系が分散状態から凝集状態へ移行するときの臨界条件として, (19) が成り立つとし, 連立させて解くと, 分散状態と凝集状態の境となる塩濃度 ( 臨界凝集濃度 n c ) とイオン価数の関係について, n c z -6 ( 表面電位が高電位の場合 ) (20) n c z -2 ( 表面電位が低電位の場合 ) (21) が導かれる これらは Schulze 15),Hardy 16) によって整理された経験則 n c z -N (N=2~6) (22) を説明する結果となっている 尚, 上に述べた平板ブロックの考え方は球状粒子への適用 (Derjaguin が提案した球面補正近似 17) ) や異なる表面電位や表面電荷密度を有する表面間相互作用 ( ヘテロ凝集 18) ) へと発展している 以下では, これらの要素も含め広義に DLVO 理論の用語を用いるが, 本質的には1 流れ場の Navier-Stokes 方程式, 電場の Poisson 方程式など平均場近似をした連続体としての扱いをする 2イオンは独立に運動する点電荷 ( 大きさと相互作用を無視 ) として扱う 3ブラウン運動をしながら接近する粒子のエントロピー項, 即ちコロイド粒子のブラウン運動の寄与は無視する, ことが共通に仮定されていることを付記する 4 実験による検証 4 1 表面間力の測定結果 DLVO 理論の妥当性は, 表面間力や粒子間の付着力を表面間距離の関数として測定すれば定量的に確認することができる この問題のブレークスルーとなったのが, Israelachvili らが開発した表面間力測定装置 (SFA) による測定結果 19) である 一方, コロイド粒子の平滑な表面に対する付着力は,Binnig ら 20) の開発した原子間力顕微鏡 (AFM) の先端にプローブとしてコロイド粒子を貼り付けて測定を行うことによって可能となった 21) 特に AFM による方法はその簡便さから数多くの相互作用の事例に適用されている (17),( 18) 式に Derjaguin が提案した球面補正近似を適用すると電気二重層の重なりによる相互作用力は, 14
303 (23) と表される したがって, 電気二重層の重なりによる反発力が卓越する場合, 表面間力は κ -1 を逓減長にもつ指数関数であることが予測される 実際に報告されている測定結果は Fig. 4 に示すように, 表面間距離が 1~2 nm 以下に接近する所で水和力などの特異的な効果 (non- DLVO 力 ) を反映し, 不連続になることを除き概ね DLVO 理論の予測に従って,κ -1 を逓減長にもつ指数関数であることが確認できる 22) 4 2 凝集速度によるコロイドの安定性の評価 SFA や AFM の測定結果によって,DLVO 理論による電気二重層の重なりに由来する反発力は理論通りに実証された解決済みの問題とみなされているが, 必ずしもそうとは言い切れない その例が, 電気二重層を発達させたコロイド粒子の緩速凝集領域の凝集挙動にあることは古くから知られている 23) 静電的阻害因子がない場合は, 接近したコロイド粒子はすべて凝集するので凝集速度が粒子への拡散負ラックスで律速される このような場合を急速凝集と呼ぶ 一方, 粒子の接近に静電的な阻害がある場合には, 凝集速度は遅くなり緩速 ( 緩慢 ) 凝集と呼ばれる 凝集速度を測定することができる場合にはコロイド分散系の安定性はコロイド粒子の凝集速度を用いた安定度比 W, 急速凝集速度 W= (24) 緩慢凝集速度によって記述される Fuchs 24) は反応速度論を拡張し, 半径 R の球状コロイド粒子の安定度比を (25) と表した ここで V(h) は球粒子間の相互作用ポテンシャルであるが,(10) 式および (17) 式に Derjaguin の球面補正近似を適用し, (26) と求められる (26) 式を (25) 式に代入し, 安定度比をイオン強度の関数とし, それぞれ対数をとって模式的に示すと Fig. 5 のようになる 図に示されているように, イオン強度に対する安定度比の変化においては DLVO 理論に基づく予測は鋭敏に変化するが, 実測値は必ずしもそのように変化しないことが報告されていた 25),26) しかし, この問題に対し Borkovec ら 27-33) は数種類のモデルコロイド粒子の分散系について,pH, イオン強度を変化させる系統的な実験を行い, コロイド粒子の表面電荷密度が低い時には理論値と実測値はほぼ等しくなること, コロイド粒子の表面に正負の荷電が併存する場合や電荷密度が高くなると, イオン強度に対する安定度の傾きが緩やかになることなどを明らかにした (Fig. 6) すなわち,DLVO 理論に基づく緩速凝集速度の予測は, 粒子の表面電位あるいは表面電荷密度が小さい時, さらに粒子が異符号のヘテロ凝集において可能であることが確認された また, この条件は, コロイド粒子が接近する際のエネルギー障壁のピークが形成される位置が粒子表面から 3 nm 程度以上となるが, 表面電位あるいは表面電荷密度が高くなると, ピークの位置が表面に接近し水和力など近接力の影響を強く受ける範囲に入るため,DLVO 理論が前提とする連続体の近似の有効な領域を逸脱してしまうことを指摘している しかし, 尚興味深い点は, 粒子の表面電荷密度が高い場合のほうが, イオン強度が低くなった際の安定度比の実測値が理論予 Fig. 4 Interaction force observed with an atomic force microscopy between a plate and a particle. The lines show the calculated values of the force for 1:1 electrolyte whose concentrations are 0.1, 0.01, 0.001 M from the left. The calculated values are consistent with the observed values except for the immediate vicinity of zero. Fig. 5 Stability curve of colloidal suspension (logw vs logc). 15
304 緩速領域の明瞭な境が示され, その臨界点のイオン価に対する依存性は Schulze-Hardy 則に類似する挙動を示した また, 緩速領域におけるイオン強度に対する log α の傾きは緩やかに変化し, 実験をおこなった領域ではフミン酸は負に帯電していることを考慮すれば, 上に述べた Elimelech らの結果と同様の結果と解釈できる 一方, コロイド粒子とコレクター表面が異符号に帯電する場合には, ヘテロ凝集の理論により引力的な相互作用が想定されるが, この場合には, 理論的予測と実測値は比較的良好に一致することが報告されている 36) 今後は, 凝 Fig. 6 30) Stability ratio of latex particles. The values in the legend show the surface charge density estimated from the results of electrophoretic mobility. Diameters of particles are 215nm for 20mC/m 2 and 180nm for 7 mc/m 2, respectively. The solid line represents the theoretical value on the basis of the DLVO theory. 測を大きく下回り, 見かけ上凝集しやすくなること (Fig. 6) である これは依然大きな未解決問題である 4 3 沈着速度のイオン強度依存性凝集速度に類似する挙動として, 多孔質カラム内を通過するコロイド粒子のカラム内マトリックス担体 ( コレクター粒子 ) への沈着速度を挙げることができる コロイド粒子の沈着速度は汚染物質のキャリアとしての地層中を移動するコロイド粒子の拡散予測として重要である 沈着速度は, 流体運動と拡散による輸送律速の沈着速度 ( 急速沈着速度 ) に対し, 表面間に静電的な反発ポテンシャルが作用する場合の沈着速度 ( 緩速沈着速度 ) の比をとった捕捉効率 (α) として評価される 静電的な反発力が作用する場合の沈着速度 α= ( 27) 流体力学的な輸送律速に基づく沈着速度 α の理論予測においては, 流体力学的な運動方程式の中に DLVO 理論で予測される粒子間ポテンシャルによる外力項を組み込んで計算がなされる Fig. 7 は Elimelech ら 34) によって報告された α の理論的予測とガラスビーズ充填カラムにおける負に帯電したラテックス粒子を用いた実測値を比較したものである DLVO 理論に基づく計算において,α はイオン強度に対し鋭敏に変化する関数であることが特徴であるのに対し, 実測値はイオン強度に対し緩やかに変化し, 低イオン強度においては数千倍のずれになる Fig. 8 はガラスビーズ充填カラムに対するフミン酸の通過実験を筆者らが行った結果 35) である フミン酸の沈着においても急速領域と Fig. 7 34) Fig. 8 35) Comparison between the theoretical value estimated by the DLVO theory (lines) and the observed date (circles) of collision efficiency (α) of latex particles through the column packed with glass beads. The diameter is 0.378 µm (closed circle and dotted line) and 0.046 μm (open circle and solid line). Dependency of collision efficiency of humic acid through the column packed with glass beads on the ionic strength of the solution. 16
305 集の場合と同様, 緩速域における理論的予測と実測の差異を埋めるべく体系的測定が必要である 4 4 パッチ状の荷電分布を有する粒子間相互作用コロイド分散系にコロイド粒子と反対符号の高分子電解質を添加すると, 高分子電解質の吸着によってコロイド粒子の荷電が中和される また, その際, 同時並行的に粒子間に高分子電解質による架橋が生じ, コロイド粒子はたちまち凝集してフロックを形成し固液分離が進行する このような荷電中和作用による凝集はヘテロな材料間でしばしば指摘されるが, 最近筆者らは粘土鉱物のイモゴライトを凝集剤としてコロイド分散系に添加した際の凝集挙動においても重要であることを見出している 37) 高分子凝集剤を添加する際の通常の凝集操作はコロイド分散系を撹拌しながら行うが,Gregory 38) は流動を伴わない系において凝集速度の測定を行い, 凝集に対する高分子電解質の最適添加濃度が存在することと, その時の凝集速度がブラウン運動による急速凝集より速くなることを報告し, その機構を説明するパッチの概念を提案した ( Fig. 9) Gregory の結果については筆者ら 39) によって追試され, 高分子電解質の最適添加濃度が出現する際に, 高分子電解質を吸着しているコロイド粒子のゼータ電位がゼロとなること, および凝集速度が急速凝集を上 Fig. 9 39) Schematic drawing of patch, which is formed when cationic polymer adsorbs on the negatively charged surface. The patch causes attractive forces between a pair of surface that have opposite charge each other. Fig. 10 39) Dependency of the flocculation rate by Brownian motion on polymer concentration. The dotted line shows the flocculation rate induced by monovalent electrolyte. In the case of low electrolyte concentration, the rate in an optical polymer concentration is faster than that induced by monovalent electrolyte. 回る現象はイオン強度が低い時ほど顕著であることが確認された (Fig. 10) Miklavic ら 40) により, パッチ状に不均一な荷電を有する帯電表面間の相互作用においてパッチの広さを示す長さのスケールがデバイ長より長くなると, 表面間には静電的な引力が作用することが予測されている また, 実験結果は反対符号の高分子電解質の吸着によって不均一な荷電状態を有する帯電表面間の相互作用においては, イオン強度の低い時の方がより遠くまで異符号間の引力が及ぶ可能性があることを示唆している 41) 4 5 粘土平板間の長距離相互作用静電的に分散状態にあるモンモリロナイト懸濁液は, チキソトロピーなどユニークなレオロジー特性を示すことから実用的ならびに科学的に注目されてきた 分散している粒子の最小の単位は,Fig. 11 42) に示すようなシート状の形状をしている 大きな特徴として, シートの Face 面に同型置換に由来する負荷電, シートの Edge 部に ph 依存性の荷電が生じることが挙げられる 通常の条件では, イオン強度を下げていくとマクロに観測される電気泳動移動度は ph によらず,Face 面に由来する負荷電が卓越した値となる (Fig. 12 43) ) 筆者らはこのような状況を考え Face 面の電気二重層同士の重なりが卓越しシート状の粒子同士が同じ距離を保って層状に配置されることを仮定して, モンモリロナイト懸濁液のマクロな力学特性をミクロな粒子間相互作用に結びつける試みを行っている Fig. 13 に示すような配置を想定すると, 懸濁液の体積分率は粒子間距離, シートの厚さによって 17
306 (28) と表される 44) この関係を(14) 式に代入することによって, 粒子間の相互作用の反発力は, (29) Fig. 11 42) Fig. 12 43) The shape and size of montmorillonite sheet. Experimental results of the electrophoretic mobility and acid base titration of montmorillonite as a function of ph. と導かれる 筆者ら 45) は単純なベーン試験によってモンモリロナイト懸濁液のせん断試験を体積分率とイオン強度の関数として測定した ここで大胆な仮定として, 面に垂直な成分である反発力とせん断方向のせん断応力の降伏値が比例するとし,(29) 式による平板間に作用する単位面積当たりの反発力を比較すると Fig. 14 のようになる 実線はそれぞれの状況に対応する (29) 式に基づく予測である β は筆者によって導入された係数であるが, 測定結果はβ=0.5~1.5 程度でマクロな測定から求められるせん断降伏値とミクロな粒子間の静電的反発力がほぼ比例する関係を示しており, コロイド粒子間の相互作用が分散系の材料のマクロな力学機構を何らかの形で関連付けて説明できる可能性として, 興味深い結果となっている また最近, 筆者ら 46) は同じモンモリロナイト分散系の誘電緩和スペクトルの解析から, 電気二重層が十分に発達した無塩系においても, シートの負に帯電する Face 面と正に帯電する Edge 部とに弱い引力的な相互作用があることを見出している このことは, 一義的には場を支配する応力は電気二重層の反発力のオーダーになるとしても,Edge 部と Face 面の間に静電的な引力が生じ流動を阻止する機構が存在している可能性があり, 今後はパッチモデルによる引力の問題との関連性などを調べる必要がある 5 おわりに 本稿では, 電気二重層とコロイド分散系の凝集につい Fig. 13 44) Picture of spatial arrangement of dispersedmontmorillonite particles. Fig. 14 45) Shear yield tress of montmorillonite suspension as a function of the volume fraction. Results are compared with theoretical prediction on the basis of eq. (29). 18
307 て, これまで筆者が関わった問題を中心に整理した 歴史をたどっても, 電気二重層の問題が, 流体力学とかかわらない純粋な物理化学の問題として展開したのは DLVO 理論の前後 20 年ほどである にも関わらず単純な平板モデルによる現象論的扱いは, 理論構成の枠組として大きな成功を収めたと判断できる しかし, 今後においては, 動電現象の発見から電気二重層の概念の構築においてそうだったように, ゼータ電位による表面電位の正確な評価 47) はもとより, 実用上重要な流れ場の中での凝集分散 48-50), 今後ニーズの高まると予測されるマイクロデバイスの応用を絡めた流体力学にかかわる問題が中心になることが想定できる 謝辞本稿の執筆に際し, データの一部は科学研究費 (222408025,23688027) による成果を利用しました 文献 1)S. Wall, Curr. Opin. Colloid Interface Sci., 15, 119-124 (2010). 2)F. F. Reuss, Sur un Nouvel Effet de l'électricité Galvanique, Mémoires de la Société Impériale des Naturalistes de Moskou. 2, 327-337(1809). 3)G. Wiedemann, Ann. der Physik, 87, 321-352(1852). 4)M. Smoluchowski, Krak Anz., 8, 182-199(1903). 5)G. Quincke, Ann. der Physik, 113, 513-598(1861). 6)H. Helmholtz, Ann. der Physik, 7, 337-382(1879). 7)J. H. van t Hoff, K. Sven. Vetenskapsakad. Handl., 21, 12-58(1886). 8)S. Arrhenius, K. Sven. Vetenskapsakad. Handl. Suppl., 8, 66-93(1884). 9)L. G. Gouy, Compt. Rend, 149, 654-657(1909). 10)L. G. Gouy, J. Phys., 9, 457-468(1910). 11)D. L. Chapman, Phil. Mag., 25, 475-481(1913). 12)P. Debye & E. Hückel, Phys. Zeitschrift, 25, 49-52 (1924). 13)E. J. W. Verwey & J. T. G. Overbeek, Theory of the stability of lyophobic colloids, Elsevier, Amsterdam (1948). 14)B. V. Derjaguin & L. D. Landau, Acta Physicochim, 14, 633(1941). 15)G. V. Schulze, J. Prakt. Chem., 25, 431; 27, 320(1882). 16)W. Hardy, Proc. Roy. Soc. A., 66, 110(1900). 17)B. V. Derjaguin, Kolloid Z., 69, 155(1934). 18)S. Usui, T. Yamasaki & J. Shimoiizaka, J. Phys. Chem., 71, 3195-3202(1967). 19)J. N. Israelachvili & G. E. Adams, J. C. S. Faraday Trans. I., 74, 975-1001(1978):J. N. イスラエルアチヴィリ ( 著 ), 近藤保, 大島広行 ( 訳 ): 分子間力と表面力, マグロウヒル (1991). 20)G. Binnig & H. Rohrer, Helv. Phys. Acta, 55, 726-735 (1982). 21)W. Ducker, T. J. Senden & M. Pashley, Nature, 353, 239-241,(1991). 22)I. U. Vakarelski, K. Ishimura & K. Higashitani, J. Colloid Interface Sci., 227, 111-118(2000). 23) 渡辺昌, 古澤邦夫, コロイド化学 - その新しい展開, 共立化学ライブラリー 19(1981). 24)N. Fuchs, Z. Phys., 89, 736(1934). 25)R. H. Ottewill & J. N. Shaw, Discuss. Faraday Soc. 42, 154-163(1966). 26)H. Reerink & T. G. Overbeek, Discuss. Faraday Soc. 18, 74(1954). 27) 小林幹佳, 塗装工学,45,419(2010). 28)M. Shudel, S. H. Behrens, H. Holthoff, R. Kretzschmar & M. Borkovec, J. Colloid Interface Sci., 196, 241 (1997). 29)S. H. Behrens, M. Borkovec & P. Schurtenberger, Langmuir, 14, 1951-1954(1998). 30)S. H. Behrens, M. Borkovec & M. Semmler, Prog. Colloid Polymer Sci., 110, 66-69(1998). 31)S. H. Behrens, D. I. Christl, R. Emmerzael, P. Schurtenberger & M. Borkovec, Langmuir, 16, 2566-2575 (2000). 32)M. Kobayashi, F. Juillerat, P. Galletto, P. Bowen & M. Borkovec, Langmuir, 21, 5761-5769(2005). 33)W. Lin, M. Kobayashi, M. Skarba, C. Mu, P. Galletto, M. Borkovec, Longmuir 22, 1038-1047(2006). 34)M. Elimelech & C. R. O Melia, Langmur, 6, 1153-1163 (1990). 35)Y. Yamashita, T. Tanaka & Y. Adachi, Colloid Surf. A. 417, 230-235(2013). 36)M. Kobayashi, H. Nanaumi & Y. Muto, Colloid Surf. A. 347, 2(2009). 37)M. Kobayashi, M. Nitanai, N. Satta & Y. Adachi, Colloid Surf. A.(in press). 38)J. Gregory, J. Colloid Interface Sci., 42, 448(1973). 39)L. Feng, Y. Adachi & A. Kobayashi, Colloid Surf. A.(in press). 40)S. J. Miklavic, D. Y. Chan, L. R. White & T. W. Healy, J. Phys. Chem., 98, 9022(1994). 41)M. Borkovec & G. Papastavrou, Curr. Opin. Colloid Interface Sci., 13, 429(2008). 42) 足立泰久, 岩田進午編, 土のコロイド現象, 学会出版センター (2003). 43)E. Tombacz & M.Szekeres, Appl. Clay Sci., 27, 75 (2004). 44) 足立泰久, 農業土木学会論文集,200,217(1999). 45)N. Sakairi, M. Kobayashi & Y. Adachi, J. Colloid Interface Sci. 283, 245-250(2005). 46)Y. Tsujimoto, C. Chassagne & Y.Adachi, J. Colloid Interface Sci.(accepted). 47)H. Ohshima, Biophysical Chemistry of Biointerface, John Wiley & Sons, Inc.(2010) 48)D. Sato, M. Kobayashi & Y. Adachi, Colloid Surf. A., 266, 150(2005). 49)W. R. Schowalter, Ann. Rev. Fluid Mech, 16, 245 (1984). 50)W. B. Russel, D. A. Saville & W. R. Schowalter, Colloidal Dispersions, Cambridge University Press, Cambridge(1989). 19