滋賀大学教育学部紀要教育科学 No. 59, pp.49-56, 2009 49 高等部自閉症生徒への携帯電話 Web サイト活用による相互コミュニケーションの可能性に関する障害特性からの理論的考察 黒田吉孝 大杉成喜 * 石部和人 * 木村政秀 * * 三川鋼一 Prospect of Reciprocal Communication with Web Site of Cellular Phone of Young Adolescent Autistic Students in Special School for Mental Retardation Yoshitaka KURODA, Nariki OSUGI, Kazuto ISHIBE, Masahide KIMURA and Koichi MIKAWA 1. 滋賀大学教育学附属特別支援学校高等部での携帯電話 Web サイト活用の実践高等部における携帯電話 Web サイト活用の有用性について われわれ ( 大杉 木村 三川 黒田 2008) は 就労移行支援と関連させ 特別支援学校を卒業した勤労青年と一般就労を目指す在校生による 相互コミュニケーションの構築を図ることで検討をおこなった 高等部での 職業 では 現場実習 に重点がおかれ 職業技能の向上や職務遂行に関連する問題の処理が求められることが多い このような能力を実務的な能力と定義づけることが可能であるが 他方で 職場等での仕事の悩みや喜びを伝え会ったり あるいは 他者との情報交換を通して仕事の内容や意味を理解したり 健康管理や余暇利用の方法を学んでいったりすることも必要であり このような能力を社会的な相互コミュニケーション能力と定義づけることが可能である われわれの先の報告では 教師を含めた専門家との関係からの検討ではなく 知的障害の人が自らの体験に基づいて仲間である知的 * 滋賀大学附属特別支援学校 障害の人の相談に応じるピアカウンセリングの方法を参考にし 卒業生である働く先輩 (5 名 ) が現場実習を経験している高等部生徒 (5 名 ) に携帯 Web サイトを活用してアドバイスし 支援する有効性や可能性を検討した この方法は アドバイスする勤労卒業生にとっても 現場実習を行った頃の初心に返って 働く生活について考える良い機会となりうると考えた また 一般就労をめざす高等部生徒も 中学部時代から 障害のある子どもたちの学びの共同体として位置づけられている チャレンジキッズ を通して遠隔共同学習を経験していることから 携帯 Web 活用による 相互コミュニケーションの成立は困難ではなく 現場実習は共有体験でもあることから 先輩からのアドバイスを受けるだけでなく 悩みや達成感等の情報を交換することでの仲間への励ましや仕事のイメージを得る等の有用性も得られると考えた われわれの先の報告では 書き込まれた文章の内容を追うことと 合わせて語彙分析をおこなうことにより 個人の成長 集団としての思考の発展を可視することができると結論づけている このような例をその報告から紹介してみる
50 黒田吉孝 大杉成喜 石部和人 木村政秀 三川鋼一 表 1 は Web サイト活用の開始時期 (2008 年 9 月 ) で 表 2 は 高等部 2 年生で始めて体験するクリーニング工場での職場体験時 (2008 年 10 月 ) 期のものである 表 1 から はじめに話題に上がったのは休日の過ごし方について であることが分かる 企業での現場実習を経験していない在校生はまだ 仕事 ( 職業 ) のイメージが持てず 作業学習 の内容から仕事をイメージしている 表 1: 携帯電話 Web 掲示板のやりとり ( 大杉 他 2008) [140:N さんへ ] 卒業生 F です (9/8-16:44) N さんへ! 休みは 何をしてます? [141:F 先輩へ ] 2 年生 N (9/8-17:01) 土曜日は帰宅部に行って来ます 日曜日は家でゆっくりしたり 歌聴いたり 小学校の友達と遊んだりしてます F 先輩は休みの時は何してるんですか? [142:F さんへ ] 2 年生 Sh です (9/9-16:12) 今日は 1 日作業でした がんばりました [143:N さん ] 卒業生 F (9/9-16:31) 金魚の水かえやエサやりをしてます [144:F 先輩へ ] 2 年生 N です (9/9-18:45) そうなんですか 今日 1 日作業してました 私今年から印刷はんになりました 今日は Sh くんのアシストをしました アルファベットは原文では人名 は携帯電話特有の装飾フォントが使用されたことを表す 表 2 から 2 年生の書き込みが続き 増えていることが分かる 始めて体験する工場での仕事の様子をそれぞれが報告し シーツ ほうふ ピロ 浴衣 等の用語を使い 仕事の内容を詳しく記述するようになってきている 実習をおこなうことで 働くこと のイメージが明確になり 具体性が増してきたと言える 以前にこの実習を経験している卒業生は今後の仕事の内容を含め 実習での見通しに関する情報を提供している また 別の卒業生は 個人の目標もしっかり 職場の人の動きを見て とアドバイスしている これらも自分たちの過去の実習を振り返って書かれたものであり 先輩ならではのメッセージといえよう これに対して その日は皆 頑張ります と答えている まだ 周りの人の動き までには意識は向いていようである しかし 翌日は 反省で 昨日 だった所が〇を付けてもらいました 明日は 1 階で仕事頑張ります といった記述が見られるようになっている 卒業生からの 個人の目標 を意識して というアドバイスを受けとめている また 2 年生のクリーニング工場での現場実習と並行して 1 年生は生活訓練棟 にじの家 での合宿訓練が行われている 現場実習 3 日目ともなると 立ち仕事の疲れも出てくるが 2 年生徒は仕事の報告をするとともに 1 年生への激励を行う気遣いをみせている これまでアドバイスを受けた卒業生と同じような対応をしているのである 上記の携帯 Web 活用による上記の資料は 参加した勤労卒業生と一般就労を目指す高等部生の一般的な傾向である 参加している高等部生の知的障害と自閉症との区別をおこなってい
高等部自閉症生徒への携帯電話 Web サイト活用による相互コミュニケーションの可能性に関する障害特性からの理論的考察 51 表 2: 携帯電話 Web 掲示板のやりとり ( 大杉 他 2008) [213: 皆さんへ ] 2 年生 N です (10/20-16:48) 今日からクリーニング工場に実習に行って来ました 今日はシーツ ほうふ ピロの汚れなどないかなど見てやりました ペアになってやりました 明日も頑張ります [214: 高 1 のみなさんへ ] 2 年生 Sh です (10/20-17:29) 今日から クリーニング工場実習がありました がんばりました [215:N さんへ ] 卒業生 F (10/20-17:36) 浴衣の方には 行きましたか? [216:F さんへ ] 2 年生 Sh です (10/20-18:04) 今日は 3 階で仕事をしました [217:F さんへ ] 2 年生 Sh です (10/20-18:24) 今日の仕事はシーツとピローとほうふの破れと汚れあるないかを確かめる仕事をしました [218:F 先輩へ ] 2 年生 N です (10/20-18:28) 今日は三階でやりました 一階はまだです [219:2 年生のみなさんへ ] 卒業生 Sa です (10/20-19:57) クリーニング工場の実習が始まったみたいですね! そこでの作業を やるのも大事ですが 個人の目標もしっかりね それと職場の人の動きを見とくといいよ! [220: 皆さんへ ] 2 年生 I (10/20-20:43) 1 日のクリーニング工場の実習が終わりました シーツとホーフの破れと汚れの確認作業をしました 昼から 破れを見つけました 仕事を頑張ったので メッチヤお腹がすきました 明日もフルパワー頑張ります Sa 先輩 アドバイスありがとうございます [225: 皆さんへ ] 2 年生 N です (10/21-17:00) 今日クリーニング工場実習 2 日目です 今日も昨日と同じ仕事をしました 午前中はペアになってやりました 午後からは一人でやりました 後シーツ ピローほうふの分別したりもしました明日も頑張ります [226:N さんへ ] 卒業生 F (10/21-17:04) 浴衣さばきの方はいきましたか? 返事を待ってる [227:F 先輩へ ] 2 年生 N です (10/21-17:07) ゆかたさばきはまだです [228: クリーニング工場 ] 2 年生 I (10/21-20:41) 昨日の作業と同じでした 反省で 昨日 だった所が〇を付けてもらいました ちょっと安心でした まだまだ疲れていません [229: クリーニング工場 ] 2 年生 Sh です (10/21-21:24) 今日もシーツ ピロー ホーフの汚れや破れがないかを探す仕事をしました シーツの袋出しもしました 明日は 1 階で仕事頑張ります [230: 高等部 2 年生へ ] 卒業生 Ha (10/21-23:01) クリーニング工場の仕事は 大変やろうけど 相手の話をしっかりと聞いてたり 自分で決めた目標を守って仕事を頑張って下さい 応援しています
52 黒田吉孝 大杉成喜 石部和人 木村政秀 三川鋼一 ない 上記の資料は知的障害のある生徒の傾向を反映しているのではと推測される 自閉症は双方向的なコミュニケーションの障害を特徴としている所から 携帯 Web に参加している高等部自閉症生徒の携帯 Web 活用の困難性や学習成果等が 分析される必要があろう そこで 以下では 自閉症の障害特性等を考えた場合の 携帯 Web サイト活用の課題や有用性を議論し 支援の可能性を考えてみる 2. 自閉症の障害特性から推測される携帯 Web サイト活用の困難性の推測携帯 Web サイト活用の研究に参加している高等部自閉症生徒は附属特別支援学校において 電子掲示板でのメッセージのやり取りをチャレンジキッズ等の遠隔共同学習で体験している この意味では 携帯 Web サイトの活用に関する基本的な操作等は習得ずみである しかしながら これまでのやり取り等は 教師のリード下でのものであり 今回の活動は 共通のテーマに対する 自発的かつ 複数参加者の情報を共有し 展開するということで特徴づけられるものであり はじめての体験と言ってよいものである 高等部自閉症生徒はこのような体験を携帯 Web サイトでどのように受けとめ 教師が期待する目標にどのように達成していくのであろうか 先行研究等から携帯 Web サイト活用における自閉症生徒の困難性を予測し 携帯 Web でのやり取りを分析 あるいは 改善等の検討の際の視点を明らかにしておきたい ( 1 ) 体験の共有化 共感とその深まりの困難性自閉症は 一般的に先天性の社会性の障害と言われているが 誤解を避けるために 自閉症それ自体は全般的な社会性障害ではないことを指摘しておく必要がある この点について ガットステイン S. E.(2006) の以下の論を紹介してみる 自閉症児の多くがさまざまな形の社会的な行動を身につけ たとえ 丸覚えで台本どおりのやり方であっても それによってまわりと関わりをもって機能できるようになるからだ だが このような行動ができるようになっても それは 手段的 な能力でしかない いくら社会的対人的なスキルを身につけても その目的はただ 自分のニーズを満たすことでしかない ニーズを満たす 手段 として 人と関わっているにすぎないのだ 他者と経験を共有するということが理解できず その価値が分からない これが 最も高機能の人も含めて 自閉症 アスペルガー症候群の人すべてに共通する特徴である それでは 自閉症児はなぜ 他者との体験を共有することが困難なのであろうか 彼は 従来の研究を参考に 脳の情報処理に 2 つの異なるシステムを想定し 自閉症児はその内の一つのシステムに機能障害を有していると考えている 流動的システムと静態的システムであり 自閉症児は前者のシステムに機能障害を有していると考えている 対人関係や集団における交流や関係は 複数の人 情報が関わりあい 一つのまとまりとして その場に固有の社会的なシステムが作られる この社会的なシステムの性格に相互作用やコミュニケーションのタイプが決定されるとともに 相互作用のタイプがこの社会的なシステムの性格を決定することにもなる 流動的な社会的関係に参加するためには 一方では 目新しいことや多様性を導入し 他方では組織と構造を維持するという 2 つの方向のバランスを取る 必要があり また できあいの システムそのものに組み込まれた要素で調整するのではなく 関わりあいの中で人びとが連携して調整を続ける 必要があり さらに このシステムに参加する人は パートナーの情緒的な反応を一瞬ごとに参照し その情報を基にして変化を強めたり弱めたり する 情動調整 が求められる 他方 静態的なシステムは 目新しい情報を加えたり その構造を変えようとすることは 破壊的な活動とみなされる 特徴をもっており このシステムに参加し このシステムを採用している者は そのような行為を続ける人を制裁したり除外したりしよう とする ガットステイン S. E. は 自閉症児の体験共有の困難性の原因を以下のように考える 経験共有の根本的な目的は パートナー同士が協力することによって かれらの間に通用
高等部自閉症生徒への携帯電話 Web サイト活用による相互コミュニケーションの可能性に関する障害特性からの理論的考察 53 する新しい意味を作りだすことにある そのために必要なシステムは 目新しい情報が急に入ってきても十分に耐えることができ 参加者が圧倒されたり混乱したりしているときでも敏感に反応して構造を維持できるものでなければならない このような要求に応じられるのは 流動的システムだけである その一方で 手段としての相互作用では できることなら変化は避けて 予測可能な結果を得ることが何よりも大切である すると 当然 手段としての相互作用は静態的システムの中で起こることになる 神経学的障害のために 自閉症の人は流動的システムの中で機能することができないのである 脳の配線が違っているために ほかの人の感情や行為や知覚を参照して自分の関わりあいを調整することを学んでいけない 情動的協調ができないので 経験を共有する力が育たない その結果 なんでもない流動的システムが 自閉症の人にとっては 喜びや興奮をもたらすどころか 自分を圧倒する相容れない環境になってしまう 体験を共有するという社会的な流動的システムが機能するためには 彼が指摘しているように 自分自身についての情報を 相手についての情報に関連させて処理しつつ そのデータに基づいて刻一刻と判断を下していかなければならない しかしながら 自閉症の場合 まわりの人びとが作り出している 情緒的なコミュニケーションの絶え間ない流れにつながっていくことができず にいるが それは ほかの人の感情に気づくときがあっても そのデータを自分自身の感覚や個人的な経験に結びつけることができない ことに起因している 経験共有の障害が自閉症の中核的な特徴であるという ガットステイン S. E. の論は 彼自身も認めているように 他の研究者たちが既に指摘したことである ( 他の研究者の論としては 例えば 中枢性統合機能 の障害や 実行機能 の障害等があるが レビューとしては 黒田 (2004) 黒田 (2007) を参照 ) が 彼の優位性は 自閉症の人に 経験共有の基礎を体系的に支援する方法を考え 実践している所である 彼によれば ソーシャルスキル訓練の方法は 手段的 相互作用を教えることに向け られており 自閉症の人は このようなスキルをはじめから学ぶことができることから 社会性支援の主眼は 経験共有の学習と発達ということになる 本論の携帯 Web サイト活用は 電子掲示板での学習を踏まえ 職場実習等での共有体験の獲得を目ざすものである 上述した自閉症の人の共有体験の学習の困難さを考えるとさまざまな問題が出現すると考えられる しかしながら 一方では 共有体験にはさまざまな内容や水準があることから 自閉症の生徒もひとりひとりの社会性の発達と障害の違いにより 携帯 Web サイトへの参加の実態と可能性も異なってくると考えられる どのような困難性があり また どのような参加をおこなっているのか あるいは 困難性をどのように改善し 体験を共有していくのか等 注目してみる ( 2 ) 社会的関係における自分と他者の視点の理解の困難性この困難性は 自閉症の 心の理論 の障害で指摘されている問題でもある ( 黒田 2006) 有名なアンとサリーの実験では 自閉症の人は 最初お菓子がどこにあったか その後どこにあるのか等の個々の事実は記憶しており 言葉で答えることは可能である 自閉症の人は実験場面を知り 言葉で説明を受けているので 自分の視点から答える問題は容易に正解することできる しかし 自閉症の人は 最初にお菓子を入れた箱から 留守中にアンがお菓子を別な箱に移したことを知らないサリーが 帰宅後 どこを探そうとするかという問いに正しく答えることができない この理由として 自閉症の人は 自分の視点とは異なるサリーの視点 すなわち アンはお菓子が別な場所に移ったことを知らないので 自分とは異なる視点で行動するということを推測することができないからと説明されている 自閉症の人がこの種の課題を達成するためには言語理解年齢が 9 歳頃まで待つ必要があるとされている ダウン症の人は言語理解年齢が 5 歳頃で可能であるということからしても 自閉症の人のこの種の課題の困難さが分かる ( 黒田 2006) 図 1( 黒田 1998) も PF スタデーの図版を使用した会話場面における 自閉症の人の
54 黒田吉孝 大杉成喜 石部和人 木村政秀 三川鋼一 図 1 PF スタディ ( 図版 5) に対する自閉症児の反応 ( 黒田 1998) 文法的には正しいが 他者の視点に立った言葉の表現の困難さを表している 言語理解が低い知的障害の人の言語反応が いいよ だいじょうぶ であったことからしても やり取り場面における自閉症の人の 社会的場面における情報解釈の困難性と関係性の維持と発展の困難性を伺い知ることができる 自己の視点と他者の視点の区別と理解の困難性は 先に述べた 体験の共有化 共感とその深まりの困難性の原因にもなっている 体験の共有と深まりは 相互の情報のやり取り 修正 新たな意味の発見等 自分の視点と他者の視点の重なりや交錯等を前提にしているからである 自閉症の 心の理論 の障害にみられる 自己と他者との視点の理解の困難性について その原因は今日も さまざまな議論がおこなわれている ( 黒田 2007) が 携帯 Web サイト活用との関係で ここでは かつて 玉井 (1982) が 自閉症の子どもが わたしとあなた という関係において独特のものをもち この関係の認知に弱さ ( 自己と他者の関係理解における 可逆的な認知 の弱さ : 筆者注 ) をもっていると指摘したことに注目してみる 玉井は この問題から生じる自閉症児の文章をいくつか出している 例えば 母親の解釈を伴う ほう 買ったかい ( 母親の解釈 : おみやげをもらった時 ) ( 自分の名 ) にか わいそうなことをした ( 母親の解釈 : ぼくをいじめた ) これ金魚だよ ( 母親の解釈 : 金魚に似たこの魚なーに ) の文章である 玉井が紹介している事例は 典型的な自閉症であるが 自己と他者の関係理解の障害状況は 個々の自閉症児の発達と障害に応じて違いがみられる 梅本 黒田 白石 (2005) は 情緒障害児学級での自閉症の生徒に 振り返り日記 を活用し 課題となっている行動の改善を図りその効果を確認している ただし 高機能自閉症児であっても 社会的な状況が複雑であれば 自己と他者との関係において混乱が予想される 携帯 Web サイト活用において 自己と他者との関係がどのように理解され どのような困難があるのか等 実態を明らかにしてみる 3. 携帯 Web サイトの書字における視覚的情報の有利性と支援の可能性 ( 1 ) 聴覚 音声系に依拠した自閉症児のコミュニケーションの困難性の原因自閉症児のコミュニケーションにおける聴覚 音声系の困難性は よく指摘されるが 考えられる理由として 聴覚 音声系が瞬時の刺激であるために記憶に残りづらいこと 注意の問題があるために必要な情報を選択することができないこと さらには 表情やイントネーション等の 通常なら重要な情報であるべきものが 音声言語に随伴するために同時に知覚される刺激がノイズとして存在してしまうこと等をあげることができる ( 自閉症児の聴覚 音声系と視覚系の一般的な情報処理に関する問題については 東條のコメント (2009) 参照 ) 筆者は 上記とは異なる観点から 自閉症児の聴覚 音声系のコミュニケーションの困難性を理解するために 2 つのモデルを紹介したことがある ( 黒田 2007) その一つが表 1 のモデルである ( クウィル 2002) 表 1 では 課業等に対する 従来の支援枠組みとコミュニケーション機能の特徴を踏まえた支援枠組みとが対比されている 社会性の障害を改善し発達を実現するためには 人間としてのコミュニケーション活動に必要とされる能力や機能を踏まえての独自の支援
高等部自閉症生徒への携帯電話 Web サイト活用による相互コミュニケーションの可能性に関する障害特性からの理論的考察 55 表 1. コミュニケーションに特有な能力 ( クウィル,2002) の枠組みが求められるが 通常のコミュニケーションが聴覚 音声系に依拠しているために自閉症児の支援の困難性が予測される もう一つは図 2 のコミュニケーション生成モデルである ( 相川 2002) 図 2 の社会的スキーマは コミュニケーション等の社会性に関する知識体系であり この体系なくしては適切な社会的行動を生じない その意味では社会的スキーマに関する学習は欠かせない 図 2. コミュニケーション生成モデル ( 相川,2002) しかし 社会的状況を理解し判断することができなければ 社会的スキーマは活用されないが これは 自閉症の社会性への支援の困難さでもある 図 2 はまた コミュニケーション活動は感情コントロールを含むさまざまな心理学的な 環 から構成され 相互依存関係にあることを示している 図 2 は 自閉症が聴覚 音声系でのコミュニケーションになぜ困難性をしめすのか 自閉症に共通する困難性とは何かを よく示している ( 2 ) 書字に代表される視覚情報系の自閉症児のコミュニケーションの優位性と携帯 Web サイト活用の可能性自閉症児の中で 言葉やコミュニケーションの発達において ひらがな文字等の視覚情報の学習が聴覚 音声情報よりも容易で話し言葉の発達に先行する子どもが観察される 支援においても ひらがな文字を使用しながら話し言葉の文法を学習していくという方法を取る場合もみられる ( 山岸 石井 1988) 自閉症児のコミュニケーションにおいて 視覚情報が優位性をもつのは 前述した聴覚 音声系の困難性の原因と逆の性格をひらがな文字等の視覚情報がもっているからであろう 視覚で考える ( Thinking in Pictures ) を著しているテンプル グランディン (1997) は 聴覚 音声系情報と視覚系の情報の処理について 絵で考えるのが私のやり方である 言葉は私にとって第二言語のようなもので 私は話し言葉や文字を 音声つきのカラー映画に翻訳して ヴィデオを見るように その内容を頭の中で追っていく 誰かに話しかけられると その言葉は即座に絵に変化する 言語で考える人たちにとって これは理解しがたい現象であろう しかし 私は畜産関係機器の設計者であり 職業上 視覚によって思考することは途方もない利点となる 視覚を通して考えるように生まれついたおかげで 私の想像力に完璧なシステムが備わったのだ 目で考える能力は 私にとって絶対に失いたくない大変貴重なものである しかしながら 自閉症のすべてが視覚による思考者でもなければ 情報処理を私のようにやっているわけではない と述べている コミュニケーションにおける聴覚 音声系の情報処理の困難性は ドナ ウィリアムズ (NHK,1995) も同様であり 会話を継続することが困難であり それをカバーするために 聞き手に対し あらかじめ項目を用意させ 後日 紙に書いてきて読み上げるというスタイルをとることが多い この傾向は 未知の人が相手であったり あるいは ゴールが未定であり 話し合いを通しながら内容を決めていったりする
56 黒田吉孝 大杉成喜 石部和人 木村政秀 三川鋼一 場合 強くなるようである まとめると コミュニケーションの際の情報処理 ( 特に 入力の際の情報処理 ) やコミュニケーションの媒体様式に限定した場合 自閉症は話し言葉 ( 聴覚 音声系の情報 ) とそれに随伴する複数の刺激を同時に処理することに困難をしめすことが多いこと 情報処理の特性から視覚系 ( 表情ではなく書字の視覚系 ) が安定し 視覚系に依拠する傾向が強くなることが考えられる これらの点は コミュニケーションの際の聴覚 音声系の活用を排除するものではなく 2 つの情報系を子どもの実態に応じてどのように活用するか 例えば 先に紹介したコミュニケーションのモデル等を参考に検討すべきことがらであると考える ところで コミュニケーションの問題は 情報媒体に焦点化されるわけではなく 媒体を使用しながらの 相互の関係の展開 調整を含む 新たな情報の学習や人格的な触れあいであり 思考や感情が参加する複雑な活動である ヴィゴツキー (1975) が指摘しているように 話し言葉と書き言葉の関係は複雑であり 子どもは 話し言葉で獲得してきた能力を基盤にしながらも 書き言葉を獲得するための新たな能力を獲得する必要がある 書き言葉は 話すように書けばよいというものではなく 文字学習や文法学習に置き換えられるものでもない その意味では 自閉症児の携帯 Web 活用の検討も 情報媒体や単なるその活用に限定されることなく その活用を通してどのような能力 特に 相互コミュニケーションの能力とそのことを通した学びと発達について 検討がおこなわれる必要がある 文献相川充 (2002) 人づきあいの技術 サイエンス社 ガットステイン S. E.(2006)RDI 発達指導法 クリエイツかもがわ黒田吉孝 (1998) コミュニケーションと言語 障害児心理学 松野 茂木 ( 編 ) 全障研出版部 24-47 黒田吉孝 (2004) 自閉症スペクトラム障害としての高機能自閉症 アスペルガー症候群の心理臨床学的問題 障害者問題研究 32 巻 2 号 11-21 黒田吉孝 (2006) 心の理論 以前の自閉症の障害評価と支援の基礎的研究 風間書房黒田吉孝 (2007) 今日の自閉詳論から自閉症の社会性の発達と障害を考える 障害者問題研究 34 巻 4 号 2-10 クウィル K(2002)Social and Communication Intervention for Children with Autism. Indiana Resource Center for Autism. NHK(1995) ようこそ私の世界へ ドナ ウイリアムズの世界 ( テレビ放映 ) 大杉成喜 木村政秀 三川鋼一 黒田吉孝 (2008) 特別支援教育における携帯電話 Web サイトを活用した就労 移行支援の試行 滋賀大学教育学部紀要 58 教育科学 111-122 玉井収介 (1982) 自閉児の行動 日本文化科学社テンプル グランディン (1997) 自閉症の才能開発 学習研究社東條吉邦 (2009) 自閉症の障害特性に応じた指導の現状と問題点 みんなのねがい 6 月号 32-35 梅本美穂子 黒田吉孝 白石恵理子 (2005) 障害児学級を基本にした高機能自閉症児の社会的行動の支援のありかた 滋賀大学教育学部紀要 55 99-112 ヴィゴツキー L.S.(1975) 子どもの知的発達と教授 明治図書山岸裕 石井哲夫 (1988) 書くことによって得たもの自閉症克服の記録 三和書房附記本研究は 平成 20 年度 ~ 22 年度科学研究補助金 ( 基盤研究 (C): 課題番号 20540884: 研究代表黒田吉孝 ) ポータルサイト構築による成人期知的障害者の情報活用能力育成と学齢期との接続の研究 によりおこなわれた