平 成 28 年 度 地 球 環 境 自 然 学 講 座 第 5 回 テ マ 干 潟 の 機 能 とその 保 全 講 師 名 城 大 学 大 学 院 総 合 学 術 研 究 科 特 任 教 授 鈴 木 輝 明 先 生 平 成 28 年 6 月 11 日 ( 土 ) NPO 法 人 シニア 自 然 大 学 校
講 師 プロフィール 鈴 木 輝 明 (すずき てるあき) S47.3 京 都 大 学 農 学 部 水 産 学 科 卒 業 S49.3 東 北 大 学 大 学 院 農 学 研 究 科 修 士 課 程 修 了 S49.4 愛 知 県 水 産 試 験 場 調 査 研 究 科 技 師 H6.7 農 学 博 士 ( 東 北 大 学 農 学 博 士 農 499 号 ) H14.4 愛 知 県 水 産 試 験 場 漁 場 環 境 研 究 部 長 名 城 大 学 大 学 院 総 合 学 術 研 究 科 特 任 教 授 ( 現 在 に 至 る) H16.4 愛 知 県 水 産 試 験 場 漁 業 生 産 研 究 所 長 H19.4 愛 知 県 水 産 試 験 場 長 H22.3 愛 知 県 退 職 専 門 水 産 海 洋 学 ( 内 湾 域 の 貧 酸 素 化 に 関 連 する 親 生 物 元 素 の 物 質 循 環 赤 潮 発 生 に 関 わる 動 物 プランクトンの 摂 食 圧 干 潟 浅 場 やアマモ 場 の 物 質 循 環 の 解 析 に 関 する 研 究 等 を 実 施 ) 著 書 沿 岸 の 環 境 圏 ( 共 著 :フジ テクノシステム) 天 災 人 災 : 海 洋 災 害 の 分 析 と 防 災 対 策 ( 共 著 : 生 物 研 究 社 ) 環 境 配 慮 地 域 特 性 を 生 かした 干 潟 造 成 法 ( 共 著 : 恒 星 社 厚 生 閣 ) 都 市 地 域 環 境 概 論 ( 共 著 : 朝 倉 書 店 ) 水 産 の 21 世 紀 海 から 拓 く 食 料 自 給 ( 共 著 : 京 都 大 学 学 術 出 版 会 ) 賞 罰 H11 1998 年 度 海 洋 理 工 学 会 論 文 賞 H15 2002 年 度 日 本 水 産 工 学 会 技 術 賞 H17 2004 年 度 水 産 海 洋 学 会 宇 田 賞 H19 2006 年 度 日 本 水 産 工 学 会 論 文 賞 H19 2006 年 度 海 洋 理 工 学 会 論 文 賞 H26 2014 年 度 海 洋 理 工 学 会 顕 功 賞 H26 2014 年 度 日 本 海 洋 学 会 日 高 論 文 賞 現 在 行 っている 主 な 社 会 活 動 国 土 交 通 省 関 係 伊 勢 湾 再 生 推 進 会 議 海 域 検 討 会 委 員 伊 勢 湾 再 生 海 域 検 討 会 研 究 WG 委 員 伊 勢 湾 再 生 海 域 検 討 会 三 河 湾 部 会 委 員 伊 勢 湾 漁 業 影 響 調 査 委 員 会 委 員 長 環 境 省 関 係 中 央 環 境 審 議 会 水 環 境 部 会 生 活 環 境 項 目 環 境 基 準 専 門 委 員 会 委 員 下 層 DO 及 び 透 明 度 環 境 基 準 検 討 会 委 員 経 産 省 関 係 メタンハイドレート 資 源 開 発 研 究 コンソーシアム(MH21) 環 境 有 識 者 会 議 委 員
鈴 木 輝 明 干 潟 の 機 能 とその 保 全 名 城 大 学 大 学 院 総 合 学 術 研 究 科 特 任 教 授 トラフグと 干 潟?! 意 外 と 思 われるかもしれ ませんが 愛 知 県 の 漁 業 には 全 国 一 位 の 漁 獲 を 誇 る 水 産 物 がいろいろあります アサ リは 良 く 知 られていますが シャコ トリガイ トラフグ などです 愛 知 産 トラフグ ( 写 真 1)は 伊 勢 湾 口 伊 良 湖 写 真 1 トラフグ 岬 沖 の 水 深 30m 程 度 の 砂 礫 底 で 春 に 産 卵 しますが ふ 化 した 稚 魚 は 内 湾 に 来 遊 北 上 し 6 月 頃 には 湾 最 奥 の 名 古 屋 港 内 でも 数 cm の 稚 魚 が 多 数 見 られるよ うになります 湾 内 で 20cm 程 度 に 成 長 した 後 秋 以 降 水 温 の 低 下 に 伴 って 太 平 洋 に 移 動 し 延 縄 等 で 漁 獲 されます 現 在 資 源 の 安 定 化 を 図 るために 人 工 種 苗 生 産 放 流 が 行 われていますが より 放 流 効 果 を 高 めるために 放 流 後 の 生 き 残 り 率 が 最 も 高 い 場 所 を 探 索 する 研 究 が 関 係 県 と 国 によって 共 同 で 行 われました 種 苗 生 産 した 稚 魚 に 特 殊 な 標 識 を 付 け 遠 州 灘 熊 野 灘 伊 勢 湾 内 の9カ 所 から 放 流 して 漁 獲 への 加 入 を 4 年 間 にわたって 追 跡 したところ 伊 勢 湾 東 部 の 干 潟 域 に 放 流 した 稚 魚 の 回 収 率 は 産 卵 場 や 漁 場 に 近 い 遠 州 灘 沿 岸 (1%~6%)や 熊 野 灘 沿 岸 (0.4%~1.3%)の 外 海 よりも 非 常 に 高 い(12%~ 26%)という 結 果 が 得 られました この 大 差 を 生 じた 要 因 は 内 湾 が 豊 かな 餌 場 であるためだと 考 えられています トラフグに 限 らず 幼 稚 魚 時 代 や 産 卵 期 を 湾 内 の 浅 場 で 過 ごす 種 が 極 めて 多 いのもこのような 豊 富 な 餌 生 物 の 存 在 に 他 なりません 内 湾 の 豊 かさの 源 は 入 口 の 狭 さ(いわゆる 閉 鎖 性 )と 干 潟 浅 場! 内 湾 に 餌 生 物 が 豊 富 な 要 因 は 以 下 のことによっています 1 陸 域 からだけでなく 淡 水 流 入 によって 生 じるエスチュアリー 循 環 ( 河 川 水 の 流 入 に 起 因 する 海 水 の 密 度 差 より 生 じる 内 湾 固 有 の 流 れ: 表 層 水 は 湾 口 へ 流 出 底 層 水 は 逆 に 湾 奥 に 流 入 )により 外 海 からも 豊 富 な 栄 養 塩 類 ( 無 機 態 の 窒 素 やリン)が 常 時 湾 内 に 供 給 される 2 干 潟 浅 場 や 藻 場 が 発 達 している これらの 海 域 は 十 分 な 光 が 到 達 するた め 植 物 プランクトンや 付 着 性 微 細 藻 類 等 の 基 礎 生 産 が 高 く かつ 酸 素 が 常 時 豊 富 なため 多 くの 動 物 群 集 の 生 息 が 可 能 になることから 栄 養 塩 の 回 転 速
度 が 高 く 常 時 高 い 生 産 が 維 持 される 3 湾 口 が 狭 いことによりこれら 豊 富 な 栄 養 塩 類 やプランクトン 類 が 外 海 に 逸 散 せず 湾 内 に 貯 留 される 特 に3の 湾 口 が 狭 いという 地 形 的 特 徴 は 栄 養 塩 類 やプランクトン 類 の 貯 金 箱 のような 機 能 を 与 えているわけですから 生 物 生 産 の 面 では 長 所 以 外 の 何 者 でもありません 全 国 のアサリ 資 源 が 激 減 している 中 で 愛 知 県 特 に 三 河 湾 は 現 在 日 本 一 のアサリ 漁 獲 量 を 誇 っています 何 故 でしょうか? 三 河 湾 が 減 っていない( 近 年 は 増 加 傾 向 ) 理 由 の 一 つがこの 浮 遊 幼 生 の 貯 留 効 果 ( 生 息 が 困 難 な 外 洋 域 に 流 出 してしまう 割 合 が 低 いこと)によっています 図 1 は 最 近 明 らかにされた 伊 勢 三 河 湾 のアサリ 浮 遊 幼 生 (アサリの 幼 生 は 孵 化 後 2 週 間 程 度 水 中 を 漂 うプランクトン 生 活 を 行 う )の 供 給 ネットワークの イメージです アサリは 一 つの 典 型 例 ですが 伊 勢 三 河 湾 の 水 産 資 源 にとって 湾 口 が 狭 い ことは 非 常 に 都 合 の 良 い 偶 然 なのですが 今 の 沿 岸 域 管 理 の 議 論 の 中 で は 逆 に 欠 点 とされています 環 境 省 には 閉 鎖 性 対 策 室 という 部 署 もあるくら いですから 領 域 5 への 着 底 領 域 6 への 着 底 図 1 伊 勢 三 河 湾 におけるアサリ 浮 遊 幼 生 の 供 給 ネットワーク( 中 部 地 方 整 備 局 資 料 ) 内 湾 生 態 系 の 特 徴 はトップダウン 型! 三 河 湾 の 低 次 生 態 系 の 特 徴 を 敢 えて 一 言 で 表 現 するとトップダウン 型 と 言 えます トップダウン 型 に 対 してボトムアップ 型 という 言 葉 があります ボ トムアップ 型 の 典 型 は 栄 養 を 与 えるだけ 植 物 生 産 が 高 まる 農 業 を 思 い 浮 かべ てください トップダウン 型 というのは 栄 養 の 量 よりも 植 物 を 餌 とする 動 物 群 集 が 植 物 現 存 量 をコントロールするというイメージです 夏 季 の 植 物 プランクトン 量 の 支 配 要 因 ( 平 たく 言 えば 赤 潮 はなぜ 出 るの か?)に 関 する 研 究 が 三 河 湾 で 行 われたことがあります その 結 果 陸 域 や 湾 口 底 層 からの 豊 富 な 栄 養 塩 供 給 により 潜 在 的 には 常 に 赤 潮 になりうる 高 い 植 物 プランクトンの 生 産 があるのですが それらを 摂 食 する 動 物 プラン
クトン イワシ 等 の 魚 類 二 枚 貝 等 の 底 生 生 物 等 によって 生 産 されると 同 時 に 消 費 され 結 果 として 実 現 される 植 物 プランクトン 量 は 常 時 低 い 水 準 に 押 さえられているという 機 構 が 明 らかにされました 赤 潮 になるかならない かは 植 物 プランクトンにかかる 様 々な 動 物 群 の 摂 食 圧 の 強 弱 によっていると いう 事 実 です トップダウン 型 生 態 系 の 破 壊 の 末 路 は 赤 潮 と 酸 欠! 図 2に 示 すように 大 幅 な 流 入 負 荷 削 減 にもかかわらず 貧 酸 素 化 の 状 況 は 好 転 しないだけでなく 伊 勢 湾 では 悪 化 傾 向 にあります これは 内 湾 本 来 の 特 徴 である 豊 富 な 植 物 プランクトン 生 産 が 何 らかの 理 由 でより 高 次 の 動 物 に 利 用 消 費 されなくなった 結 果 であり 赤 潮 として 無 駄 に 海 底 に 沈 降 する 過 程 で 酸 素 が 過 大 に 消 費 されるためと 推 測 できます 図 3に 示 すように 三 河 湾 では 大 規 模 な 干 潟 浅 場 の 埋 め 立 てと 赤 潮 の 多 発 貧 酸 素 化 の 拡 大 が 同 時 期 に 起 こっていることから 何 らかの 理 由 の 一 つが 干 潟 浅 場 の 喪 失 で あると 推 測 されています 従 って 環 境 悪 化 原 因 を 内 湾 の 本 来 的 特 徴 であり 豊 かさの 根 源 である 地 形 や 豊 富 な 栄 養 塩 の 所 為 にしているのは 本 末 転 倒 と 言 わざるを 得 ません 図 3 三 河 湾 における 赤 潮 発 生 延 日 数 と 累 積 埋 立 て 面 積 の 推 移 図 2 三 河 湾 伊 勢 湾 の 貧 酸 素 水 塊 面 積 の 経 年 変 化 伊 勢 三 河 湾 の 過 去 30 年 間 の 水 質 変 化 をみると 大 幅 な 流 入 負 荷 削 減 によ って 水 中 の 窒 素 やリンの 総 量 はやや 減 少 傾 向 にありますが 植 物 プランク トン 量 ( 図 4 中 ではクロロフィル a で 表 示 )は 逆 に 増 加 傾 向 にあります さ らに 動 物 の 摂 食 によってクロロフィルから 変 化 するフェオフィチンが 減 少 傾 向 にあることも 全 湾 的 な 動 物 群 集 による 摂 食 圧 低 下 の 可 能 性 を 示 唆 してい
ます 図 4 三 河 湾 におけるクロロフィル a 及 びフェオ 色 素 の 経 年 変 化 内 湾 環 境 の 修 復 に 向 けて 陸 からの 流 入 負 荷 動 向 にのみ 注 目 し 内 湾 生 態 系 の 基 本 的 構 造 や 干 潟 浅 場 といった 極 浅 海 域 の 生 態 系 機 能 を 過 小 評 価 してきたことが 現 在 の 貧 酸 素 化 の 主 因 と 考 えます 豊 かな 海 を 実 現 するためには 流 入 負 荷 管 理 や 極 浅 海 域 の 保 全 修 復 について 縦 割 りを 超 えた 真 摯 な 論 議 と 統 一 的 行 動 が 必 須 であり そのために 部 局 によってまちまちな 沿 岸 域 管 理 の 目 標 や 概 念 も 再 整 理 する 時 期 であると 考 えます