「複雑さに備える」



Similar documents
Microsoft Word - 19年度(行情)答申第081号.doc

為 が 行 われるおそれがある 場 合 に 都 道 府 県 公 安 委 員 会 がその 指 定 暴 力 団 等 を 特 定 抗 争 指 定 暴 力 団 等 として 指 定 し その 所 属 する 指 定 暴 力 団 員 が 警 戒 区 域 内 において 暴 力 団 の 事 務 所 を 新 たに 設

2 役 員 の 報 酬 等 の 支 給 状 況 役 名 法 人 の 長 理 事 理 事 ( 非 常 勤 ) 平 成 25 年 度 年 間 報 酬 等 の 総 額 就 任 退 任 の 状 況 報 酬 ( 給 与 ) 賞 与 その 他 ( 内 容 ) 就 任 退 任 16,936 10,654 4,36

Microsoft Word - 19年度(行情)答申第076号.doc

した 開 示 決 定 等 に 当 たっては, 法 11 条 を 適 用 して, 平 成 23 年 5 月 13 日 まで 開 示 決 定 等 の 期 限 を 延 長 し, 同 年 4 月 11 日 付 け 防 官 文 第 号 により,1 枚 目 を 一 部 開 示 した そして, 同 年

1

その 他 事 業 推 進 体 制 平 成 20 年 3 月 26 日 に 石 垣 島 国 営 土 地 改 良 事 業 推 進 協 議 会 を 設 立 し 事 業 を 推 進 ( 構 成 : 石 垣 市 石 垣 市 議 会 石 垣 島 土 地 改 良 区 石 垣 市 農 業 委 員 会 沖 縄 県 農

< F2D A C5817A C495B6817A>

(Microsoft Word - \221\346\202P\202U\201@\214i\212\317.doc)

<4D F736F F D E598BC68A8897CD82CC8DC490B68B7982D18E598BC68A8893AE82CC8A C98AD682B782E993C195CA915B C98AEE82C382AD936F985E96C68B9690C582CC93C197E1915B927582CC898492B75F8E96914F955D89BF8F915F2E646F6

Microsoft Word - 佐野市生活排水処理構想(案).doc

根 本 確 根 本 確 民 主 率 運 民 主 率 運 確 施 保 障 確 施 保 障 自 治 本 旨 現 資 自 治 本 旨 現 資 挙 管 挙 管 代 表 監 査 教 育 代 表 監 査 教 育 警 視 総 監 道 府 県 警 察 本 部 市 町 村 警 視 総 監 道 府 県 警 察 本 部

Ⅰ 調 査 の 概 要 1 目 的 義 務 教 育 の 機 会 均 等 その 水 準 の 維 持 向 上 の 観 点 から 的 な 児 童 生 徒 の 学 力 や 学 習 状 況 を 把 握 分 析 し 教 育 施 策 の 成 果 課 題 を 検 証 し その 改 善 を 図 るもに 学 校 におけ

ていることから それに 先 行 する 形 で 下 請 業 者 についても 対 策 を 講 じることとしまし た 本 県 としましては それまでの 間 に 未 加 入 の 建 設 業 者 に 加 入 していただきますよう 28 年 4 月 から 実 施 することとしました 問 6 公 共 工 事 の


平成25年度 独立行政法人日本学生支援機構の役職員の報酬・給与等について

いう )は 警 告 をしたときは 速 やかに その 内 容 及 び 日 時 を 当 該 警 告 を 求 める 旨 の 申 出 をした 者 に 通 知 しなければならないこととされ また 警 告 をし なかったときは 速 やかに その 旨 及 び 理 由 を 当 該 警 告 を 求 める 旨 の 申

<4D F736F F D B3817A8E9096E291E D86939A905C>

能勢町市街化調整区域における地区計画のガイドライン

福 山 市 では, 福 山 市 民 の 安 全 に 関 する 条 例 ( 平 成 10 年 条 例 第 12 号 )に 基 づき, 安 全 で 住 みよい 地 域 社 会 の 形 成 を 推 進 しています また, 各 地 域 では, 防 犯 を 始 め 様 々な 安 心 安 全 活 動 に 熱 心

を 行 わなければならない 適 正 な 運 用 方 針 を 厳 格 に 運 用 することによっては じめて 人 がみだりにその 容 ぼう 等 を 撮 影 されない 自 由 や 権 利 の 保 護 と 犯 罪 発 生 の 抑 止 という 防 犯 カメラの 設 置 目 的 との 調 和 が 実 現 され

(4) 武 力 攻 撃 原 子 力 災 害 合 同 対 策 協 議 会 との 連 携 1 市 は 国 の 現 地 対 策 本 部 長 が 運 営 する 武 力 攻 撃 原 子 力 災 害 合 同 対 策 協 議 会 に 職 員 を 派 遣 するなど 同 協 議 会 と 必 要 な 連 携 を 図 る

< C8EAE81698B4C93FC8FE382CC97AF88D38E968D CA8E86816A2E786C73>

<4D F736F F D2095BD90AC E D738FEE816A939A905C91E D862E646F63>

する 婦 人 相 談 所 その 他 適 切 な 施 設 による 支 援 の 明 記 禁 止 命 令 等 をすることが できる 公 安 委 員 会 等 の 拡 大 等 の 措 置 が 講 じられたものである 第 2 改 正 法 の 概 要 1 電 子 メールを 送 信 する 行 為 の 規 制 ( 法

Microsoft Word - 公表用答申422号.doc

1 変更の許可等(都市計画法第35条の2)

Microsoft PowerPoint - 報告書(概要).ppt

施 設 利 用 に 伴 う 設 営 物 物 販 の 確 認 業 務 災 害 時 の 対 応 急 病 等 への 対 応 遺 失 物 拾 得 物 の 対 応 事 件 事 故 への 対 応 ( 2 ) 公 園 の 使 用 料 の 徴 収 に 関 す る 業 務 一 般 利 用 者 予 約 等 対 応 業

続 に 基 づく 一 般 競 争 ( 指 名 競 争 ) 参 加 資 格 の 再 認 定 を 受 けていること ) c) 会 社 更 生 法 に 基 づき 更 生 手 続 開 始 の 申 立 てがなされている 者 又 は 民 事 再 生 法 に 基 づき 再 生 手 続 開 始 の 申 立 てがなさ

m07 北見工業大学 様式①

する ( 評 定 の 時 期 ) 第 条 成 績 評 定 の 時 期 は 第 3 次 評 定 者 にあっては 完 成 検 査 及 び 部 分 引 渡 しに 伴 う 検 査 の 時 とし 第 次 評 定 者 及 び 第 次 評 定 者 にあっては 工 事 の 完 成 の 時 とする ( 成 績 評 定

財政再計算結果_色変更.indd

2 役 員 の 報 酬 等 の 支 給 状 況 平 成 27 年 度 年 間 報 酬 等 の 総 額 就 任 退 任 の 状 況 役 名 報 酬 ( 給 与 ) 賞 与 その 他 ( 内 容 ) 就 任 退 任 2,142 ( 地 域 手 当 ) 17,205 11,580 3,311 4 月 1

検 討 検 討 の 進 め 方 検 討 状 況 簡 易 収 支 の 世 帯 からサンプリング 世 帯 名 作 成 事 務 の 廃 止 4 5 必 要 な 世 帯 数 の 確 保 が 可 能 か 簡 易 収 支 を 実 施 している 民 間 事 業 者 との 連 絡 等 に 伴 う 事 務 の 複 雑

<6D33335F976C8EAE CF6955C A2E786C73>

リング 不 能 な 将 来 減 算 一 時 差 異 に 係 る 繰 延 税 金 資 産 について 回 収 可 能 性 がないも のとする 原 則 的 な 取 扱 いに 対 して スケジューリング 不 能 な 将 来 減 算 一 時 差 異 を 回 収 できることを 反 証 できる 場 合 に 原 則

<6D313588EF8FE991E58A778D9191E5834B C8EAE DC58F4992F18F6F816A F990B32E786C73>

< F2D C7689E682CC91E58D6A2E6A7464>

現 行 工 業 地 域 準 工 業 地 域 商 業 地 域 近 隣 商 業 地 域 改 正 後 準 工 業 地 域 ( 特 別 業 務 地 区 ( 第 2 種 ) 及 び 指 定 集 積 区 域 を 除 く) 近 隣 商 業 地 域 2 / 7

16 日本学生支援機構

Taro-データ公安委員会相互協力事

<4D F736F F D F8D828D5A939982CC8EF68BC697BF96B38F9E89BB82CC8A6791E52E646F63>

私立大学等研究設備整備費等補助金(私立大学等

は 固 定 流 動 及 び 繰 延 に 区 分 することとし 減 価 償 却 を 行 うべき 固 定 の 取 得 又 は 改 良 に 充 てるための 補 助 金 等 の 交 付 を 受 けた 場 合 にお いては その 交 付 を 受 けた 金 額 に 相 当 する 額 を 長 期 前 受 金 とし

(2) 地 域 の 実 情 に 応 じた 子 ども 子 育 て 支 援 の 充 実 保 育 の 必 要 な 子 どものいる 家 庭 だけでなく 地 域 の 実 情 に 応 じた 子 ども 子 育 て 支 援 の 充 実 のために 利 用 者 支 援 事 業 や 地 域 子 育 て 支 援 事 業 な

の 購 入 費 又 は 賃 借 料 (2) 専 用 ポール 等 機 器 の 設 置 工 事 費 (3) ケーブル 設 置 工 事 費 (4) 防 犯 カメラの 設 置 を 示 す 看 板 等 の 設 置 費 (5) その 他 設 置 に 必 要 な 経 費 ( 補 助 金 の 額 ) 第 6 条 補

(5) 事 業 者 等 自 転 車 及 び 自 動 車 の 製 造 輸 入 販 売 又 は 修 理 を 業 として 行 っている 者 及 びそ れらの 者 の 団 体 並 びにその 他 の 事 業 者 をいう (6) 所 有 者 等 自 動 車 の 所 有 権 占 有 権 若 しくは 使 用 権 を

<4D F736F F D20D8BDB8CFC8BCDED2DDC482A882E682D1BADDCCDFD7B2B1DDBD8B4B92F E646F63>

(1)1オールゼロ 記 録 ケース 厚 生 年 金 期 間 A B 及 びCに 係 る 旧 厚 生 年 金 保 険 法 の 老 齢 年 金 ( 以 下 旧 厚 老 という )の 受 給 者 に 時 効 特 例 法 施 行 後 厚 生 年 金 期 間 Dが 判 明 した Bは 事 業 所 記 号 が

高松市緊急輸送道路沿道建築物耐震改修等事業補助金交付要綱(案)

岡山県警察用航空機の運用等に関する訓令

<4D F736F F D208ED089EF95DB8CAF89C193FC8FF38BB CC8EC091D492B28DB88C8B89CA82C982C282A282C42E646F63>

18 国立高等専門学校機構

航空隊及び教育航空隊の編制に関する訓令

< F2D AFA CD90AE94F58C7689E62E6A7464>

学校教育法等の一部を改正する法律の施行に伴う文部科学省関係省令の整備に関する省令等について(通知)

容 積 率 制 限 の 概 要 1 容 積 率 制 限 の 目 的 地 域 で 行 われる 各 種 の 社 会 経 済 活 動 の 総 量 を 誘 導 することにより 建 築 物 と 道 路 等 の 公 共 施 設 とのバランスを 確 保 することを 目 的 として 行 われており 市 街 地 環

<4D F736F F D208E52979C8CA78E598BC68F5790CF91A390698F9590AC8BE08CF D6A2E646F6378>

0439 研究開発推進事業(防衛省所管計上)250614

<4D F736F F D C482C682EA817A89BA90BF8E7793B1834B A4F8D91906C8DDE8A A>

<4D F736F F D AC90D1955D92E CC82CC895E DD8C D2816A2E646F63>

札地第 号

- 1 - 総 控 負 傷 疾 病 療 養 産 産 女 性 責 帰 べ 由 試 ~ 8 契 約 契 約 完 了 ほ 契 約 超 締 結 専 門 的 知 識 技 術 験 専 門 的 知 識 高 大 臣 専 門 的 知 識 高 専 門 的 知 識 締 結 契 約 満 歳 締 結 契 約 契 約 係 始

( 別 紙 ) 以 下 法 とあるのは 改 正 法 第 5 条 の 規 定 による 改 正 後 の 健 康 保 険 法 を 指 す ( 施 行 期 日 は 平 成 28 年 4 月 1 日 ) 1. 標 準 報 酬 月 額 の 等 級 区 分 の 追 加 について 問 1 法 改 正 により 追 加

〔自 衛 隊〕

Taro13-公示.jtd

第4回税制調査会 総4-1

公表表紙

別 紙 第 号 高 知 県 立 学 校 授 業 料 等 徴 収 条 例 の 一 部 を 改 正 する 条 例 議 案 高 知 県 立 学 校 授 業 料 等 徴 収 条 例 の 一 部 を 改 正 する 条 例 を 次 のように 定 める 平 成 26 年 2 月 日 提 出 高 知 県 知 事 尾

<819A955D89BF92B28F BC690ED97AA8EBA81418FA48BC682CC8A8890AB89BB816A32322E786C7378>

国立研究開発法人土木研究所の役職員の報酬・給与等について

b) 参 加 表 明 書 の 提 出 時 において 東 北 地 方 整 備 局 ( 港 湾 空 港 関 係 を 除 く) における 平 成 年 度 土 木 関 係 建 設 コンサルタント 業 務 に 係 る 一 般 競 争 ( 指 名 競 争 ) 参 加 資 格 の 認 定 を 受 けて

Microsoft Word 差替_【900】(旧69)「交代」120111CL.docx

Microsoft Word - 通達(参考).doc

景品の換金行為と「三店方式」について

自衛官俸給表の1等陸佐、1等海佐及び1等空佐の(一)欄又は(二)欄に定める額の俸給の支給を受ける職員の占める官職を定める訓令

<4D F736F F D2095BD90AC E D738FEE816A939A905C91E D862E646F63>

<4D F736F F D208D4C93878CA793AE95A888A48CEC835A E815B8CA C8FF7936E977697CC2E646F63>

 三郷市市街化調整区域の整備及び保全の方針(案)

Microsoft Word - 答申第143号.doc

名称

Taro-条文.jtd

Microsoft Word - 20年度(行個)答申第2号.doc

独立行政法人国立病院機構

<4D F736F F D D3188C091538AC7979D8B4B92F F292B98CF092CA81698A94816A2E646F63>

4 調 査 の 対 話 内 容 (1) 調 査 対 象 財 産 の 土 地 建 物 等 を 活 用 して 展 開 できる 事 業 のアイディアをお 聞 かせく ださい 事 業 アイディアには, 次 の 可 能 性 も 含 めて 提 案 をお 願 いします ア 地 域 の 活 性 化 と 様 々な 世

* 解 雇 の 合 理 性 相 当 性 は 整 理 解 雇 の 場 合 には 1 整 理 解 雇 の 必 要 性 2 人 員 選 択 の 相 当 性 3 解 雇 回 避 努 力 義 務 の 履 行 4 手 続 きの 相 当 性 の 四 要 件 ( 要 素 )で 判 断 され る 部 門 閉 鎖 型

4 教 科 に 関 する 調 査 結 果 の 概 況 校 種 学 年 小 学 校 2 年 生 3 年 生 4 年 生 5 年 生 6 年 生 教 科 平 均 到 達 度 目 標 値 差 達 成 率 国 語 77.8% 68.9% 8.9% 79.3% 算 数 92.0% 76.7% 15.3% 94

4 参 加 資 格 要 件 本 提 案 への 参 加 予 定 者 は 以 下 の 条 件 を 全 て 満 たすこと 1 地 方 自 治 法 施 行 令 ( 昭 和 22 年 政 令 第 16 号 ) 第 167 条 の4 第 1 項 各 号 の 規 定 に 該 当 しない 者 であること 2 会 社

<4D F736F F D C689D789B582B581698AAE90AC92CA926D816A2E646F63>

職務発明等の申請に関する手続要領について(通達)

異 議 申 立 人 が 主 張 する 異 議 申 立 ての 理 由 は 異 議 申 立 書 の 記 載 によると おおむね 次 のとおりである 1 処 分 庁 の 名 称 の 非 公 開 について 本 件 審 査 請 求 書 等 について 処 分 庁 を 非 公 開 とする 処 分 は 秋 田 県

市街化区域と市街化調整区域との区分

別 紙

市街化調整区域における地区計画の

●電力自由化推進法案

頸 がん 予 防 措 置 の 実 施 の 推 進 のために 講 ずる 具 体 的 な 施 策 等 について 定 めることにより 子 宮 頸 がんの 確 実 な 予 防 を 図 ることを 目 的 とする ( 定 義 ) 第 二 条 この 法 律 において 子 宮 頸 がん 予 防 措 置 とは 子 宮

Microsoft Word - 諮問第82号答申(決裁後)

(Microsoft Word - \212\356\226{\225\373\220j _\217C\220\263\201j.doc)

Transcription:

漢 級 潜 水 艦 の 領 海 侵 犯 事 案 CMSI Scouting, Signaling, and Gatekeepingを 読 んで はじめに 峯 村 禎 人 経 済 発 展 を 背 景 とした 中 国 海 軍 の 増 強 には 目 を 見 張 るものがあり 近 年 そ の 活 動 の 範 囲 を 自 国 沿 岸 から 外 洋 に 大 きく 拡 大 させている このような 中 国 海 軍 の 外 洋 展 開 を 象 徴 する 事 例 として 2004 年 11 月 に 生 起 した 南 西 諸 島 における 漢 級 潜 水 艦 の 領 海 侵 犯 事 案 がある この 事 案 に 関 して 米 海 大 教 授 であるダッ トン(Peter Dutton)が"Scouting, Signaling, and Gatekeeping"と 題 した 論 文 ( 以 下 ダットン 論 文 )において 外 洋 での 活 動 を 活 発 化 させる 中 国 海 軍 特 にそ の 潜 水 艦 部 隊 の 増 強 の 状 況 及 び 活 動 の 状 況 をふまえ 本 事 案 に 関 する 中 国 の 海 軍 の 意 図 国 際 法 に 対 する 中 国 の 立 場 といったものへの 影 響 について 分 析 して いる 1 本 稿 では まず ダットン 論 文 の 要 旨 を 紹 介 し ダットンが 主 張 する 中 国 の 国 際 法 上 の 視 点 と 中 国 海 軍 の 活 動 との 関 係 を 説 明 する その 上 で 本 事 案 以 降 の 中 国 海 軍 の 活 動 状 況 をふまえ ダットンが 主 張 する 中 国 の 国 際 法 上 の 視 点 について 検 討 する なお ダットンが 本 事 案 との 関 連 で 論 述 している 国 際 法 とは 国 連 海 洋 法 条 約 2 のことであり 本 稿 においても 国 際 法 という 場 合 特 に 説 明 を 付 さなければ 国 連 海 洋 法 条 約 を 指 すものとする 1 事 案 の 概 要 ここで まずダットン 論 文 の 題 材 となった 漢 級 潜 水 艦 の 領 海 侵 犯 事 案 につ いて 確 認 する 中 国 の 漢 級 と 推 定 される 原 子 力 潜 水 艦 は 2004 年 11 月 10 日 午 前 5 時 48 分 か ら 午 前 7 時 35 分 にかけて 警 戒 監 視 中 のP-3Cが 追 尾 する 中 石 垣 島 と 多 良 間 島 1 Peter Dutton, "Scouting, Signaling, and Gatekeeping: Chinese Naval Operations in Japanese Waters and the International Law Implications", China Maritime Study No.2, Feb 2009, www.usnwc.edu/cnws/cmsi/default.aspx. 2 海 洋 法 に 関 する 国 際 連 合 条 約 平 成 8 年 7 月 12 日 条 約 第 6 号 90

の 間 の 日 本 の 領 海 を 潜 没 通 航 した ( 図 1 参 照 ) 領 海 海 警 行 動 発 令 10 日 0845 石 垣 島 宮 古 島 10 日 0740 頃 多 良 間 島 10 日 0550 頃 日 本 経 済 新 聞 (2004.11.12) 毎 日 新 聞 (2005.11.13) 等 の 記 事 から 作 成 - 図 1- これに 対 し 海 上 自 衛 隊 発 足 以 来 2 度 目 の 海 上 警 備 行 動 が 発 令 され P-3Cに 加 え 東 シナ 海 で 訓 練 中 の 護 衛 艦 くらま ゆうだち 及 びヘリコプターが 派 遣 され 同 艦 を 追 尾 した 同 艦 はそのまま 北 上 を 継 続 し 同 月 12 日 午 後 同 艦 が 再 度 我 が 国 領 海 へ 侵 入 する 恐 れがなくなったと 判 断 され 同 日 午 後 3 時 50 分 海 上 警 備 行 動 は 終 結 した 本 事 案 が 潜 水 艦 が 潜 没 したまま 領 海 を 通 過 するという 国 際 法 違 反 であると の 日 本 政 府 の 抗 議 に 対 して 中 国 側 は 自 国 の 潜 水 艦 であることを 認 め 遺 憾 の 意 を 表 した 上 で 通 常 の 訓 練 の 過 程 で 技 術 的 な 原 因 から 石 垣 水 道 に 誤 って 入 った と 説 明 した 3 2 ダットン 論 文 について 今 回 検 討 するダットン 論 文 は 中 国 の 海 洋 安 全 保 障 に 関 連 した 一 連 の 研 究 で 3 海 上 自 衛 隊 講 話 資 料 2007 年 版 軍 事 情 勢 51 頁 ; 海 上 自 衛 隊 ホームページ 警 戒 監 視 www.mod.go.jp/msdf/formal/about/keikai/index.html. 91

ある 米 国 海 軍 大 学 中 国 海 事 研 究 (China Maritime Studies)の 一 つとして 発 刊 されたものであるが ダットンが 本 事 案 に 関 して2006 年 に 上 梓 した 論 文 4 に その 後 の 中 国 海 軍 特 にその 潜 水 艦 部 隊 の 近 代 化 及 び 活 動 の 状 況 について 加 筆 したものである ただし ダットンの 国 際 法 に 関 する 主 張 等 には 変 化 はない (1) 論 文 の 主 旨 ダットンは 論 文 の 主 旨 を 中 国 潜 水 艦 部 隊 の 現 状 と 国 際 法 のレンズを 通 し てみた 最 近 の 日 本 列 島 周 辺 海 域 における 中 国 海 軍 特 に 潜 水 艦 の 活 動 について 考 察 する とし 本 研 究 で 特 に 強 調 することは 積 極 的 に 国 際 法 との 整 合 性 を 確 保 することを 計 画 的 に 実 施 してきたように 見 える 中 国 の 活 動 の 反 例 として 2004 年 の 漢 級 潜 水 艦 による 石 垣 水 道 の 潜 没 航 行 事 案 の 法 的 な 分 析 にある これ は2004 年 11 月 の 事 案 の 中 国 の 地 域 的 な 活 動 全 体 における 事 案 の 重 要 性 を 評 価 するとともに 国 際 法 への 影 響 を 導 き 出 すためのものである 5 としている すなわち これまで 中 国 は 国 際 法 ( 国 連 海 洋 法 )に 対 して 沿 岸 国 としての 自 国 の 管 轄 権 権 限 を 大 きく 主 張 し これと 整 合 をとるよう 航 行 自 由 の 原 則 に 対 しては 抑 制 的 に 行 動 してきたのに 対 し ダットンは 本 事 案 が 航 行 の 自 由 を 拡 大 するため 計 画 的 または 意 図 を 持 って 行 われた 可 能 性 を 指 摘 し この 場 合 の 中 国 の 国 際 法 に 対 する 認 識 の 変 化 や 本 事 案 の 国 際 法 に 及 ぼす 影 響 につい て 分 析 しているものである (2) 日 本 及 び 中 国 の 国 際 法 上 の 認 識 ア 国 際 海 峡 に 関 する 日 本 の 見 解 ダットンは 日 本 が 国 内 法 において国 際 航 行 に 使 用 する 海 峡 を 特 定 海 域 とし て5 箇 所 に 限 定 している 6 ことを 説 明 し 日 本 の 見 解 では 漢 級 潜 水 艦 が 通 った 石 垣 島 ~ 多 良 間 島 の 間 の 水 域 ( 石 垣 水 道 )は 通 常 の 国 際 航 海 に 使 用 される 海 峡 ではないため 国 連 海 洋 法 に 規 定 される 通 過 通 航 権 を 主 張 することはできず したがって 漢 級 潜 水 艦 の 潜 没 航 行 は 日 本 にとって 主 権 の 侵 害 に 当 たる 7 と 述 べている 一 方 彼 自 身 は 航 行 自 由 の 原 則 により 国 際 航 海 に 使 用 可 能 な 全 ての 水 道 4 Peter Dutton, International Law Implications of the November 2004'Han Incident, Asian Security, June 2006. 5 Dutton, Scouting, Signaling, and Gatekeeping, p.6. 6 領 海 及 び 接 続 水 域 に 関 する 法 律 附 則 2 昭 和 52 年 法 律 第 30 号 7 Dutton, "Scouting, Signaling, and Gatekeeping", pp.9-13. 92

に 通 過 通 航 を 適 用 すべきであると 主 張 する このため 東 シナ 海 と 太 平 洋 に 挟 まれた 石 垣 水 道 についても 国 際 航 海 に 使 用 することができる 水 域 として 通 過 通 航 が 適 用 されるべきだとする 8 この 認 識 が 後 述 する 中 国 の 国 際 法 上 の 視 点 に 関 するダットンの 考 察 の 基 礎 にあるものである 9 イ 中 国 の 国 際 法 上 の 視 点 筆 者 であるダットンは 中 国 の 国 際 海 峡 に 関 する 認 識 は 日 本 と 同 様 であり 航 行 の 自 由 を 完 全 には 認 めないものであるとする 論 文 においては その 実 例 として 中 国 海 軍 の 将 校 向 けの 国 際 法 ハンドブックの 内 容 を 説 明 し その 中 で 中 国 海 軍 では 国 際 海 峡 を 重 要 な 国 際 航 路 を 含 み かつ 歴 史 的 に 使 用 され あるいは 国 際 の 条 約 により 取 り 決 めがあるものに 限 定 していることを 指 摘 す る また このハンドブックでは 通 過 通 航 権 については 記 載 が 無 く 沿 岸 国 の 主 権 や 管 轄 権 について 強 調 されているとしている さらに 中 国 は 国 内 法 に より 自 国 領 海 内 における 外 国 軍 艦 の 無 害 通 航 にも 政 府 の 許 可 を 要 すること EEZ 内 における 単 なる 通 過 以 外 の 活 動 も 違 法 であるとされていることを 説 明 している 10 (3) 中 国 海 軍 の 戦 略 的 な 意 図 ダットンは 本 事 案 は 中 国 が 航 行 自 由 の 原 則 に 基 づく 権 利 を 主 張 する 絶 好 の 機 会 であったにもかかわらず 外 交 上 の 混 乱 の 後 遺 憾 の 意 を 表 して 決 着 し た 経 緯 から 国 際 法 に 関 する 政 策 の 変 更 はなかったとみている また この 際 の 外 交 上 の 混 乱 は 共 産 党 政 府 ( 外 交 部 ) 及 び 海 軍 の 間 の 調 整 の 不 良 に 起 因 するものと 推 測 し その 背 景 として 本 事 案 が 中 国 海 軍 として 戦 略 的 な 意 図 を もって 行 われた 可 能 性 を 指 摘 する また 中 国 が 本 事 案 を 技 術 的 な 問 題 と 説 明 したことは 表 向 きのものであ り 漢 級 潜 水 艦 が 通 過 した 石 垣 水 道 と その 西 側 の 台 湾 東 岸 又 は 東 側 のトカラ 海 峡 とを 航 法 の 上 で 間 違 えようがないと 指 摘 し 全 没 したまま 全 く 危 なげな く 航 行 していることからも 中 国 海 軍 が 意 図 的 に 航 行 させた 可 能 性 があると している このため その 意 図 について 表 題 に 掲 げられている 以 下 の3 項 目 を 挙 げ 検 討 している 8 Ibid., pp.12-14. 9 Ibid., pp.14-17. 10 Ibid., pp.19-24. 93

ア Scouting( 威 力 偵 察 ) まず 彼 が 指 摘 するのは 当 該 海 域 の 海 底 地 形 の 把 握 や 水 中 音 響 等 に 関 する 調 査 を 実 施 した 可 能 性 である この 場 合 我 が 国 の 了 解 を 得 ることなく 情 報 収 集 を 実 施 したことになり 国 際 法 上 は 通 過 通 航 にも 該 当 しない 行 動 となる そうであれば 中 国 が 自 国 の 領 域 における 外 国 艦 船 による 同 様 の 活 動 に 対 して 一 般 的 な 国 際 法 の 規 定 よりも 厳 しい 態 度 をとっていることと 相 反 する 行 動 であ り 自 国 の 主 張 の 正 当 性 を 弱 めることになると 指 摘 する イ Signaling( 示 威 行 動 ) 次 に 中 国 海 軍 が 自 らの 外 洋 における 運 用 能 力 を 誇 示 するとともに 日 本 の 対 潜 能 力 を 確 認 した 可 能 性 を 指 摘 する さらに 日 中 中 間 線 のガス 田 付 近 を 航 行 することで これらの 係 争 に 対 する 圧 力 をかけようとした 可 能 性 を 指 摘 する ウ Gatekeeping 南 西 諸 島 は 中 国 海 軍 の 北 海 艦 隊 及 び 東 海 艦 隊 にとって 太 平 洋 への 出 入 り 口 にあたる このため 東 アジアにおける 有 事 特 に 台 湾 に 関 連 した 紛 争 が 生 起 した 場 合 に 自 国 の 行 動 能 力 を 確 保 するとともに 日 本 及 びアメリカの 行 動 を 抑 止 することを 目 的 として その 能 力 を 誇 示 した 可 能 性 がある このため あ えて 放 射 雑 音 が 大 きく 探 知 が 容 易 な 漢 級 潜 水 艦 を 行 動 させた 可 能 性 がある 一 方 で この 行 動 の 結 果 沿 岸 国 を 刺 激 し 有 事 に 際 しての 戦 略 的 な 優 位 を 失 う 結 果 となったと 指 摘 する エ 戦 略 的 な 意 図 と 得 られた 成 果 ここで 挙 げた3つの 意 図 については 論 文 中 にも 述 べられているように 意 図 と 相 反 する 結 果 を 生 じさせている 本 事 案 では 情 報 収 集 や 行 動 の 誇 示 を 目 的 とするのであれば その 意 図 に 沿 った 行 動 ではあったものの その 結 果 生 じ た 我 が 国 との 関 係 日 米 を 初 めとした 周 辺 国 の 中 国 に 対 するその 後 の 対 応 など を 考 えれば ダットンが 明 言 するように 中 国 は 得 たものよりも 失 ったもの の 方 が 大 きい 11 結 果 となったといえる 12 (4) 本 事 案 への 分 析 と 評 価 以 上 のような 分 析 から 本 事 案 の 結 果 は 国 際 海 峡 に 関 連 した 中 国 の 国 際 法 上 の 解 釈 に 何 の 変 化 もなかったと 結 論 づけられている ダットンの 評 価 として は 本 事 案 は 通 過 通 航 の 権 利 を 主 張 することでのみ 正 当 化 することが 可 能 で 11 Ibid., p.26. 12 Ibid., pp.25-27. 94

あるが 中 国 が 従 来 から 主 張 する 国 際 法 上 の 視 点 と 矛 盾 するものであり 中 国 の 主 張 の 一 貫 性 を 阻 害 するものであったというものである 13 中 国 の 潜 水 艦 部 隊 は 東 アジアの 危 機 に 際 して 日 米 の 軍 事 介 入 に 対 する 重 要 な 抑 止 力 であり その 能 力 を 最 大 限 に 発 揮 させるためには 南 西 諸 島 海 域 に おける 行 動 の 自 由 を 確 保 することが 望 ましく この 観 点 からは 中 国 は 国 際 法 上 の 航 行 の 自 由 を 追 求 するべきであるというのが ダットンの 主 張 である 他 方 東 アジア 海 域 における 米 国 のプレゼンスを 無 効 化 または 抑 制 すること に 焦 点 を 合 わせる 限 り 自 国 領 域 における 権 限 を 強 化 し 外 国 艦 船 の 活 動 を 抑 制 しようとする 国 際 法 上 の 政 策 を 変 更 することは 難 しいと 評 価 する 彼 は 本 事 案 を 通 じて 中 国 における 発 展 する 海 軍 の 能 力 と 遵 守 すべ き 国 際 法 上 の 視 点 の 間 にある 緊 張 関 係 を 指 摘 する すなわち 外 洋 に 展 開 す る 海 軍 ならば 航 行 の 自 由 を 追 求 するべきであるという 前 提 において 中 国 の 国 際 法 に 対 する 立 場 は 自 国 海 軍 の 発 展 の 制 約 となるということであり 今 後 中 国 が その 両 者 をどのように 整 合 していくか 未 知 数 であるとする 14 さらに このような 関 係 は 東 アジアにおいて 米 海 軍 に 対 抗 するために 中 国 海 軍 が 負 わざるを 得 ない 制 約 であると 述 べている 15 3 ダットンの 主 張 の 検 討 ダットン 論 文 においては 本 事 案 を 契 機 とした 中 国 の 国 際 法 上 の 視 点 の 変 更 は 無 かったと 結 論 づけた 上 で 中 国 のそのような 視 点 が 今 後 の 海 軍 の 活 動 の 制 約 となるとしている そこで この 論 文 が 書 かれた 以 降 の 中 国 海 軍 の 活 動 事 例 を 含 め 再 度 中 国 の 国 際 上 の 視 点 の 変 更 の 有 無 を 確 認 するとともに ダ ットンが 主 張 するところの 国 際 法 上 の 視 点 が 海 軍 の 制 約 となる か 否 かにつ いて 検 討 する (1) 中 国 の 国 際 法 上 の 視 点 は 変 わったか ア 中 国 海 軍 潜 水 艦 の 活 動 状 況 一 般 的 に 外 国 艦 船 の 我 が 国 周 辺 における 活 動 特 に 潜 水 艦 の 活 動 状 況 につい ては 我 が 国 が 把 握 しているものの 全 てが 公 表 されているとは 限 らないが 公 13 Ibid., p.26. 14 Ibid., p.26. 15 Ibid., p.27. 95

表 されたものとして 以 下 の 事 例 がある 16 ( 図 2 参 照 ) 2003 年 11 月 明 級 が 大 隅 海 峡 を 浮 上 航 行 2004 年 11 月 漢 級 による 領 海 侵 犯 ( 本 事 案 ) 2006 年 10 月 宋 級 が 米 空 母 近 傍 での 浮 上 ( 沖 縄 周 辺 海 域 ) 2010 年 4 月 キロ 級 2 隻 が 水 上 艦 艇 部 隊 に 同 行 太 平 洋 上 で対 潜 訓 練 実 施 の 後 帰 投 キロ 級 は 沖 縄 ~ 宮 古 間 の 水 道 は 浮 上 して 通 峡 沖 縄 本 島 ~ 宮 古 島 間 の 公 海 における 潜 没 航 行 は 国 際 法 上 は 合 法 であり 当 該 水 域 の 通 過 実 績 等 について 公 表 されたものはないが 潜 水 艦 の 行 動 態 様 を 考 え た 場 合 中 国 海 軍 潜 水 艦 が 太 平 洋 へ 進 出 または 東 シナ 海 沿 岸 の 基 地 へ 帰 投 する 際 は 通 常 であれば 当 該 水 道 を 潜 没 して 航 行 することが 妥 当 である - 図 2- 出 典 : 第 12 回 防 衛 省 政 策 会 議 資 料 (22.4.23) また 中 国 海 軍 の 潜 水 艦 の 行 動 のすべてが 把 握 され またそれらがすべて 公 表 されているとは 限 らないものの 2004 年 の 漢 級 以 外 領 海 侵 犯 のような 事 案 は 公 表 されていないことから そのような 事 例 は 生 起 していないと 考 えられる 16 第 12 回 防 衛 省 政 策 会 議 (22.4.23) 資 料 防 衛 省 2010 年 4 月 23 日 www.mod.go.jp/j/approach/agenda/meeting/seisakukaigi/pdf/12/1-1.pdf. 96

イ 2010 年 4 月 の 事 例 2010 年 4 月 の 場 合 では 2 隻 のキロ 級 潜 水 艦 は 沖 縄 ~ 宮 古 間 の 海 域 を 通 峡 す る 際 は 浮 上 し 国 旗 を 掲 揚 していた これは 領 海 内 における 無 害 通 航 の 方 法 に 則 ったものであるといえる 潜 水 艦 が 航 行 した 海 域 は 公 海 であり 前 述 のと おり 潜 没 して 航 行 することも 何 ら 問 題 ない 海 域 であった にもかかわらず このような 方 法 をとったことの 意 図 として 考 えられることは まず 本 事 例 で は 潜 水 艦 が 比 較 的 大 規 模 な 水 上 艦 艇 部 隊 と 行 動 を 伴 にしたことから 水 上 部 隊 の 行 動 が 周 辺 国 の 注 目 を 集 めざるを 得 ないことをふまえ 通 常 とは 逆 に 潜 水 艦 が 姿 を 現 すことで 我 が 国 をはじめとする 周 辺 国 との 無 用 な 摩 擦 を 避 けよう とする 極 めて 慎 重 な 姿 勢 の 現 れであったものと 考 える 一 方 で 将 来 自 国 海 域 における 外 国 軍 隊 等 の 行 動 を 制 約 するオプションを 残 すため 公 海 であるが 我 が 国 のEEZでもある 当 該 海 域 において 敢 えてこの ような 行 動 をとったと 考 えることもできる ウ 今 後 の 中 国 の 態 度 ダットン 論 文 においては 結 論 として 中 国 の 国 際 法 上 の 視 点 に 変 化 はない としているとおり 中 国 の 現 状 は 自 国 管 轄 権 の 主 張 を 強 めているものの 他 国 領 域 における 航 行 の 自 由 を 求 める 方 向 には 向 かっていないといえる 中 国 海 軍 は 先 に 示 した 事 例 特 に2004 年 の 漢 級 及 び2006 年 の 宋 級 の 事 例 を 教 訓 とし て 周 辺 国 との 関 係 及 び 国 際 法 上 の 運 用 において 練 度 を 上 げ ており いわ ゆる 三 戦 を 進 める 中 で 自 国 法 令 に 基 づく 主 張 を 正 当 化 しつつも 国 際 法 の 解 釈 から 大 きく 逸 脱 しないような 狡 猾 さを 備 えてきているものと 考 える (2) 国 際 法 上 の 観 点 は 中 国 海 軍 の 制 約 か ダットンは その 論 文 の 最 後 に 中 国 の 国 際 法 上 の 政 策 は 東 アジア 海 域 に おける 米 海 軍 のプレゼンスを 無 効 化 することに 焦 点 を 合 わせ 続 ける とし こ のような 政 策 は 発 展 著 しい 中 国 海 軍 に 行 動 の 制 約 を 課 すことになるものの 近 接 拒 否 (A2/AD)という 戦 略 目 標 を 追 求 するためのコストとして 受 け 入 れざ るを 得 ないだろう 17 と 述 べている この 結 論 は 彼 自 身 も 述 べているとおり 外 洋 において 活 動 する 海 軍 は 航 行 の 自 由 を 最 大 限 に 追 求 するはずである との 前 提 に 立 っている すなわち 中 国 の A2/ADという 戦 略 の 一 翼 を 担 うものとして 自 国 領 域 における 外 国 軍 17 Dutton, Scouting, Signaling, and Gatekeeping, p.27. 97

艦 の 活 動 の 制 限 を 主 張 することが 自 国 海 軍 の 外 国 領 域 での 活 動 を 制 約 するこ とにつながるとの 認 識 である ここで 活 動 の 制 約 の 論 点 となるのは 国 連 海 洋 法 における 国 際 航 行 に 使 用 されている 海 峡 における 通 過 通 航 権 をど う 捉 えるか ということである ア 水 上 艦 艇 の 場 合 本 事 案 をふまえ 中 国 海 軍 の 艦 艇 にとって 通 過 通 航 権 の 要 否 が 問 題 になるの は 南 西 諸 島 一 帯 を 通 航 する 場 合 であるが 東 シナ 海 側 から 南 西 諸 島 を 通 過 し て 太 平 洋 へ 出 る 場 合 現 状 において 我 が 国 の 領 海 で 塞 がれていない 水 道 は 東 から1 大 隅 海 峡 ( 約 8NM)2 奄 美 大 島 北 側 ( 約 6NM)3 沖 縄 本 島 ~ 宮 古 島 間 ( 約 86NM)4 与 那 国 島 ~ 台 湾 間 ( 約 36NM)の4 箇 所 が 挙 げられる ただし 1は 我 が 国 が 法 律 により 領 海 の 幅 を 狭 めて 国 際 海 峡 を 確 保 している 海 域 であ る 18 これら 以 外 の 島 と 島 の 間 の 水 域 は 各 島 の 領 海 と 領 海 が 重 なっているた め 間 隔 も 狭 く また 海 底 地 形 が 複 雑 で 比 較 的 水 深 も 浅 い ( 図 3 参 照 ) 32N 領 海 と 国 際 海 峡 124E 128E 132E 32N 122E 南 西 諸 島 の 海 底 地 形 124E 126E 12 8E 130E 132E 30N 30N 30N 30N 28N 1 大 隅 海 峡 [8NM] 28N 28N 28N 26N 2 奄 美 大 島 北 側 [6NM] 26N 26N 26N 24N 3 沖 縄 ~ 宮 古 間 [86NM] 4 与 那 国 ~ 台 湾 間 [36NM] 124E 128E 24N 24N 132E 122E - 図 3-124E 126E 12 8E 130E 50 10 0 20 0 50 0 10 0 0 20 0 0 30 0 0 132E 24N 公 表 されている 中 国 海 軍 の 活 動 状 況 19 では 水 上 艦 艇 が 太 平 洋 へ 進 出 帰 投 する 際 は ほとんどの 場 合 3の 海 域 を 使 用 している この 理 由 は 3が 最 も 幅 の 広 い 海 域 であり 陸 岸 からも 離 れていること フィリピン 東 方 の 日 比 両 国 のEEZから 離 れた( 沿 岸 国 の 管 轄 権 が 及 ばない) 公 海 に 進 出 するには 当 該 海 域 を 通 航 することが 効 率 的 であること 等 によるものであろう 18 領 海 及 び 接 続 水 域 に 関 する 法 律 施 行 令 別 表 第 2 昭 和 52 年 政 令 第 210 号 19 第 12 回 防 衛 省 政 策 会 議 (22.4.23) 資 料 防 衛 省 2010 年 4 月 23 日 www.mod.go.jp/j/approach/agenda/meeting/seisakukaigi/pdf/12/1-1.pdf. 98

中 国 海 軍 の 水 上 艦 艇 が あくまでも 太 平 洋 において 活 動 することを 目 的 とす るのであれば 南 西 諸 島 を 横 断 する 際 国 際 法 上 は 無 害 通 航 が 可 能 であるにせ よ あえて 我 が 国 の 領 海 内 を 航 行 する 必 要 性 は 少 ないものと 考 える また 既 に 述 べたように 通 行 可 能 な 公 海 が 存 在 する 南 西 諸 島 一 帯 の 島 嶼 間 の 海 域 に 対 し て 国 際 海 峡 としての 使 用 すなわち 通 過 通 航 権 を 求 めることも 必 要 性 は 少 ない といえる イ 潜 水 艦 の 場 合 潜 水 艦 の 場 合 は 行 動 に 際 して その 存 在 を 秘 匿 することが 最 優 先 であると ともに 平 時 においては 保 安 上 の 観 点 からも 3のように 陸 岸 からも 遠 く か つ 水 深 が 十 分 に 深 く 行 動 の 自 由 を 最 大 限 に 確 保 できる 海 域 を 通 峡 することが 合 理 的 である 南 西 諸 島 を 横 断 するため 仮 に 南 西 諸 島 の 島 嶼 間 の 我 が 国 領 海 に 対 し 国 際 海 峡 としての 使 用 すなわち 通 過 通 航 権 を 主 張 したとしても 潜 水 艦 がその 存 在 を 秘 匿 しつつ すなわち 潜 航 した 状 態 で かつ 安 全 に 通 峡 できる 箇 所 は 自 ず と 限 られることから 通 峡 できる 海 域 が 増 えることが 潜 水 艦 の 行 動 の 自 由 の 拡 大 すなわち 存 在 の 秘 匿 にそれほど 寄 与 するとはいえない このような 潜 水 艦 の 特 質 を 考 慮 すれば 現 状 では 我 が 国 が 国 内 法 として 認 め ていない 通 過 通 航 権 を 本 事 案 のような 行 動 により 強 引 に 既 成 事 実 化 しようとす る 必 要 性 はほとんどない また 本 事 案 のような 行 動 は 存 在 を 暴 露 すること 自 体 が 目 的 でない 限 り 軍 事 的 にも 意 味 はない したがって 南 西 諸 島 一 帯 の 我 が 国 領 海 に 対 して潜 水 艦 の 通 過 通 航 権 を 主 張 することも 中 国 海 軍 にとっては 軍 事 的 な 価 値 は 少 ないものと 考 える ウ まとめ 以 上 のように 南 西 諸 島 の 地 勢 をふまえ 中 国 海 軍 の 艦 艇 ( 水 上 艦 艇 及 び 潜 水 艦 )が 南 西 諸 島 を 通 過 して 太 平 洋 へ 進 出 する 場 合 を 想 定 すると 当 該 海 域 に 通 過 通 航 を 適 用 することの 必 要 性 はほとんどないといえる すなわち 当 該 海 域 の 国 際 法 上 の 現 状 は 中 国 海 軍 の 活 動 にとって それほどの 制 約 とはならな いと 考 える 南 西 諸 島 は 中 国 が 第 一 列 島 線 20 と 称 する 戦 略 上 の 境 界 に 含 まれている 20 厳 密 に 定 義 されてはいないが 1980 年 代 当 時 中 国 人 民 解 放 軍 海 軍 司 令 員 であった 劉 華 清 が 提 唱 した 近 海 積 極 防 衛 戦 略 において 海 軍 の 発 展 段 階 と 活 動 範 囲 を 示 す 概 念 とし て 九 州 南 西 諸 島 から 台 湾 フィリピン 諸 島 などを 結 んだ 線 の 東 側 の 太 平 洋 海 域 を 近 海 と 呼 び 戦 略 上 の 境 界 とした 99

が 中 国 海 軍 が 第 一 列 島 線 の 外 側 ( 東 側 )の 太 平 洋 に 活 動 の 範 囲 を 拡 大 する 上 で 第 一 列 島 線 が 戦 略 的 な 境 界 すなわち 軍 事 的 な 制 約 要 因 となっている 理 由 は 当 該 列 島 線 が 我 が 国 等 中 国 以 外 の 領 域 であり 平 時 から 有 事 にわたり 中 国 以 外 の 国 の 軍 事 非 軍 事 の 活 動 が 存 在 することに 起 因 するものである 航 行 の 自 由 を 確 保 できるか 否 かは このような 制 約 の 一 つの 要 素 ではあるものの 軍 事 的 な 観 点 においては その 制 約 を 解 消 もしくは 軽 減 するほどの 要 素 とはな り 得 ない おわりに 中 国 海 軍 の 外 洋 での 活 動 は その 頻 度 範 囲 とも 顕 著 に 拡 大 しており 近 年 は 太 平 洋 での 活 動 も 常 態 化 しつつある このような 中 国 海 軍 にとって 太 平 洋 への 出 入 り 口 である 南 西 諸 島 一 帯 が 自 国 の 領 土 でないことは 当 然 その 行 動 に 各 種 の 制 約 を 及 ぼすことになるであろう しかし これまでの 検 討 から 平 時 における 国 際 法 上 の 枠 組 みは 中 国 海 軍 の 活 動 に さほど 制 約 を 課 すもの でないことが 確 認 できた ダットンは 外 洋 に 展 開 する 海 軍 の 活 動 と 航 行 の 自 由 を 制 限 することが 両 立 しないとの 観 点 から 本 事 案 を 分 析 しているが 南 西 諸 島 の 地 勢 は 公 海 のよう な 完 全 に 自 由 な 状 態 と 比 較 すれば 制 約 が 存 在 しないとはいえないが 先 の 図 3に 示 したとおり 南 西 諸 島 には 我 が 国 の 領 海 が 重 ならない 公 海 も 存 在 して おり 我 が 国 がその 領 海 における 通 過 通 航 権 を 認 めないことが 平 時 における 我 が 国 の 対 潜 努 力 の 軽 減 にさほど 寄 与 しているとは 言 い 難 い まして 有 事 にお いておやである 中 国 海 軍 が 南 西 諸 島 の 通 航 に 制 約 を 認 識 するか 否 かは 国 際 法 上 の 環 境 ではなく 我 が 国 の 対 潜 努 力 防 衛 態 勢 にかかっている 結 局 本 事 案 は 中 国 海 軍 が 意 図 的 または 計 画 的 に 行 った 活 動 ではなく 彼 ら が 外 洋 に 展 開 する 能 力 を 発 展 させていく 過 程 において 生 起 した 偶 発 的 な 事 案 であったものと 考 える 中 国 海 軍 においても これを 教 訓 として 以 後 の 活 動 に 反 映 しており 軍 事 的 にも より 高 度 な 能 力 を 獲 得 してきているものと 考 える 一 方 我 が 国 にとっても 我 が 国 領 域 における 中 国 海 軍 の 活 動 として 警 鐘 を 鳴 らすものであり 中 国 海 軍 の 発 展 を 象 徴 する 事 案 として 記 憶 に 留 めておく 必 要 がある 100