漢 級 潜 水 艦 の 領 海 侵 犯 事 案 CMSI Scouting, Signaling, and Gatekeepingを 読 んで はじめに 峯 村 禎 人 経 済 発 展 を 背 景 とした 中 国 海 軍 の 増 強 には 目 を 見 張 るものがあり 近 年 そ の 活 動 の 範 囲 を 自 国 沿 岸 から 外 洋 に 大 きく 拡 大 させている このような 中 国 海 軍 の 外 洋 展 開 を 象 徴 する 事 例 として 2004 年 11 月 に 生 起 した 南 西 諸 島 における 漢 級 潜 水 艦 の 領 海 侵 犯 事 案 がある この 事 案 に 関 して 米 海 大 教 授 であるダッ トン(Peter Dutton)が"Scouting, Signaling, and Gatekeeping"と 題 した 論 文 ( 以 下 ダットン 論 文 )において 外 洋 での 活 動 を 活 発 化 させる 中 国 海 軍 特 にそ の 潜 水 艦 部 隊 の 増 強 の 状 況 及 び 活 動 の 状 況 をふまえ 本 事 案 に 関 する 中 国 の 海 軍 の 意 図 国 際 法 に 対 する 中 国 の 立 場 といったものへの 影 響 について 分 析 して いる 1 本 稿 では まず ダットン 論 文 の 要 旨 を 紹 介 し ダットンが 主 張 する 中 国 の 国 際 法 上 の 視 点 と 中 国 海 軍 の 活 動 との 関 係 を 説 明 する その 上 で 本 事 案 以 降 の 中 国 海 軍 の 活 動 状 況 をふまえ ダットンが 主 張 する 中 国 の 国 際 法 上 の 視 点 について 検 討 する なお ダットンが 本 事 案 との 関 連 で 論 述 している 国 際 法 とは 国 連 海 洋 法 条 約 2 のことであり 本 稿 においても 国 際 法 という 場 合 特 に 説 明 を 付 さなければ 国 連 海 洋 法 条 約 を 指 すものとする 1 事 案 の 概 要 ここで まずダットン 論 文 の 題 材 となった 漢 級 潜 水 艦 の 領 海 侵 犯 事 案 につ いて 確 認 する 中 国 の 漢 級 と 推 定 される 原 子 力 潜 水 艦 は 2004 年 11 月 10 日 午 前 5 時 48 分 か ら 午 前 7 時 35 分 にかけて 警 戒 監 視 中 のP-3Cが 追 尾 する 中 石 垣 島 と 多 良 間 島 1 Peter Dutton, "Scouting, Signaling, and Gatekeeping: Chinese Naval Operations in Japanese Waters and the International Law Implications", China Maritime Study No.2, Feb 2009, www.usnwc.edu/cnws/cmsi/default.aspx. 2 海 洋 法 に 関 する 国 際 連 合 条 約 平 成 8 年 7 月 12 日 条 約 第 6 号 90
の 間 の 日 本 の 領 海 を 潜 没 通 航 した ( 図 1 参 照 ) 領 海 海 警 行 動 発 令 10 日 0845 石 垣 島 宮 古 島 10 日 0740 頃 多 良 間 島 10 日 0550 頃 日 本 経 済 新 聞 (2004.11.12) 毎 日 新 聞 (2005.11.13) 等 の 記 事 から 作 成 - 図 1- これに 対 し 海 上 自 衛 隊 発 足 以 来 2 度 目 の 海 上 警 備 行 動 が 発 令 され P-3Cに 加 え 東 シナ 海 で 訓 練 中 の 護 衛 艦 くらま ゆうだち 及 びヘリコプターが 派 遣 され 同 艦 を 追 尾 した 同 艦 はそのまま 北 上 を 継 続 し 同 月 12 日 午 後 同 艦 が 再 度 我 が 国 領 海 へ 侵 入 する 恐 れがなくなったと 判 断 され 同 日 午 後 3 時 50 分 海 上 警 備 行 動 は 終 結 した 本 事 案 が 潜 水 艦 が 潜 没 したまま 領 海 を 通 過 するという 国 際 法 違 反 であると の 日 本 政 府 の 抗 議 に 対 して 中 国 側 は 自 国 の 潜 水 艦 であることを 認 め 遺 憾 の 意 を 表 した 上 で 通 常 の 訓 練 の 過 程 で 技 術 的 な 原 因 から 石 垣 水 道 に 誤 って 入 った と 説 明 した 3 2 ダットン 論 文 について 今 回 検 討 するダットン 論 文 は 中 国 の 海 洋 安 全 保 障 に 関 連 した 一 連 の 研 究 で 3 海 上 自 衛 隊 講 話 資 料 2007 年 版 軍 事 情 勢 51 頁 ; 海 上 自 衛 隊 ホームページ 警 戒 監 視 www.mod.go.jp/msdf/formal/about/keikai/index.html. 91
ある 米 国 海 軍 大 学 中 国 海 事 研 究 (China Maritime Studies)の 一 つとして 発 刊 されたものであるが ダットンが 本 事 案 に 関 して2006 年 に 上 梓 した 論 文 4 に その 後 の 中 国 海 軍 特 にその 潜 水 艦 部 隊 の 近 代 化 及 び 活 動 の 状 況 について 加 筆 したものである ただし ダットンの 国 際 法 に 関 する 主 張 等 には 変 化 はない (1) 論 文 の 主 旨 ダットンは 論 文 の 主 旨 を 中 国 潜 水 艦 部 隊 の 現 状 と 国 際 法 のレンズを 通 し てみた 最 近 の 日 本 列 島 周 辺 海 域 における 中 国 海 軍 特 に 潜 水 艦 の 活 動 について 考 察 する とし 本 研 究 で 特 に 強 調 することは 積 極 的 に 国 際 法 との 整 合 性 を 確 保 することを 計 画 的 に 実 施 してきたように 見 える 中 国 の 活 動 の 反 例 として 2004 年 の 漢 級 潜 水 艦 による 石 垣 水 道 の 潜 没 航 行 事 案 の 法 的 な 分 析 にある これ は2004 年 11 月 の 事 案 の 中 国 の 地 域 的 な 活 動 全 体 における 事 案 の 重 要 性 を 評 価 するとともに 国 際 法 への 影 響 を 導 き 出 すためのものである 5 としている すなわち これまで 中 国 は 国 際 法 ( 国 連 海 洋 法 )に 対 して 沿 岸 国 としての 自 国 の 管 轄 権 権 限 を 大 きく 主 張 し これと 整 合 をとるよう 航 行 自 由 の 原 則 に 対 しては 抑 制 的 に 行 動 してきたのに 対 し ダットンは 本 事 案 が 航 行 の 自 由 を 拡 大 するため 計 画 的 または 意 図 を 持 って 行 われた 可 能 性 を 指 摘 し この 場 合 の 中 国 の 国 際 法 に 対 する 認 識 の 変 化 や 本 事 案 の 国 際 法 に 及 ぼす 影 響 につい て 分 析 しているものである (2) 日 本 及 び 中 国 の 国 際 法 上 の 認 識 ア 国 際 海 峡 に 関 する 日 本 の 見 解 ダットンは 日 本 が 国 内 法 において国 際 航 行 に 使 用 する 海 峡 を 特 定 海 域 とし て5 箇 所 に 限 定 している 6 ことを 説 明 し 日 本 の 見 解 では 漢 級 潜 水 艦 が 通 った 石 垣 島 ~ 多 良 間 島 の 間 の 水 域 ( 石 垣 水 道 )は 通 常 の 国 際 航 海 に 使 用 される 海 峡 ではないため 国 連 海 洋 法 に 規 定 される 通 過 通 航 権 を 主 張 することはできず したがって 漢 級 潜 水 艦 の 潜 没 航 行 は 日 本 にとって 主 権 の 侵 害 に 当 たる 7 と 述 べている 一 方 彼 自 身 は 航 行 自 由 の 原 則 により 国 際 航 海 に 使 用 可 能 な 全 ての 水 道 4 Peter Dutton, International Law Implications of the November 2004'Han Incident, Asian Security, June 2006. 5 Dutton, Scouting, Signaling, and Gatekeeping, p.6. 6 領 海 及 び 接 続 水 域 に 関 する 法 律 附 則 2 昭 和 52 年 法 律 第 30 号 7 Dutton, "Scouting, Signaling, and Gatekeeping", pp.9-13. 92
に 通 過 通 航 を 適 用 すべきであると 主 張 する このため 東 シナ 海 と 太 平 洋 に 挟 まれた 石 垣 水 道 についても 国 際 航 海 に 使 用 することができる 水 域 として 通 過 通 航 が 適 用 されるべきだとする 8 この 認 識 が 後 述 する 中 国 の 国 際 法 上 の 視 点 に 関 するダットンの 考 察 の 基 礎 にあるものである 9 イ 中 国 の 国 際 法 上 の 視 点 筆 者 であるダットンは 中 国 の 国 際 海 峡 に 関 する 認 識 は 日 本 と 同 様 であり 航 行 の 自 由 を 完 全 には 認 めないものであるとする 論 文 においては その 実 例 として 中 国 海 軍 の 将 校 向 けの 国 際 法 ハンドブックの 内 容 を 説 明 し その 中 で 中 国 海 軍 では 国 際 海 峡 を 重 要 な 国 際 航 路 を 含 み かつ 歴 史 的 に 使 用 され あるいは 国 際 の 条 約 により 取 り 決 めがあるものに 限 定 していることを 指 摘 す る また このハンドブックでは 通 過 通 航 権 については 記 載 が 無 く 沿 岸 国 の 主 権 や 管 轄 権 について 強 調 されているとしている さらに 中 国 は 国 内 法 に より 自 国 領 海 内 における 外 国 軍 艦 の 無 害 通 航 にも 政 府 の 許 可 を 要 すること EEZ 内 における 単 なる 通 過 以 外 の 活 動 も 違 法 であるとされていることを 説 明 している 10 (3) 中 国 海 軍 の 戦 略 的 な 意 図 ダットンは 本 事 案 は 中 国 が 航 行 自 由 の 原 則 に 基 づく 権 利 を 主 張 する 絶 好 の 機 会 であったにもかかわらず 外 交 上 の 混 乱 の 後 遺 憾 の 意 を 表 して 決 着 し た 経 緯 から 国 際 法 に 関 する 政 策 の 変 更 はなかったとみている また この 際 の 外 交 上 の 混 乱 は 共 産 党 政 府 ( 外 交 部 ) 及 び 海 軍 の 間 の 調 整 の 不 良 に 起 因 するものと 推 測 し その 背 景 として 本 事 案 が 中 国 海 軍 として 戦 略 的 な 意 図 を もって 行 われた 可 能 性 を 指 摘 する また 中 国 が 本 事 案 を 技 術 的 な 問 題 と 説 明 したことは 表 向 きのものであ り 漢 級 潜 水 艦 が 通 過 した 石 垣 水 道 と その 西 側 の 台 湾 東 岸 又 は 東 側 のトカラ 海 峡 とを 航 法 の 上 で 間 違 えようがないと 指 摘 し 全 没 したまま 全 く 危 なげな く 航 行 していることからも 中 国 海 軍 が 意 図 的 に 航 行 させた 可 能 性 があると している このため その 意 図 について 表 題 に 掲 げられている 以 下 の3 項 目 を 挙 げ 検 討 している 8 Ibid., pp.12-14. 9 Ibid., pp.14-17. 10 Ibid., pp.19-24. 93
ア Scouting( 威 力 偵 察 ) まず 彼 が 指 摘 するのは 当 該 海 域 の 海 底 地 形 の 把 握 や 水 中 音 響 等 に 関 する 調 査 を 実 施 した 可 能 性 である この 場 合 我 が 国 の 了 解 を 得 ることなく 情 報 収 集 を 実 施 したことになり 国 際 法 上 は 通 過 通 航 にも 該 当 しない 行 動 となる そうであれば 中 国 が 自 国 の 領 域 における 外 国 艦 船 による 同 様 の 活 動 に 対 して 一 般 的 な 国 際 法 の 規 定 よりも 厳 しい 態 度 をとっていることと 相 反 する 行 動 であ り 自 国 の 主 張 の 正 当 性 を 弱 めることになると 指 摘 する イ Signaling( 示 威 行 動 ) 次 に 中 国 海 軍 が 自 らの 外 洋 における 運 用 能 力 を 誇 示 するとともに 日 本 の 対 潜 能 力 を 確 認 した 可 能 性 を 指 摘 する さらに 日 中 中 間 線 のガス 田 付 近 を 航 行 することで これらの 係 争 に 対 する 圧 力 をかけようとした 可 能 性 を 指 摘 する ウ Gatekeeping 南 西 諸 島 は 中 国 海 軍 の 北 海 艦 隊 及 び 東 海 艦 隊 にとって 太 平 洋 への 出 入 り 口 にあたる このため 東 アジアにおける 有 事 特 に 台 湾 に 関 連 した 紛 争 が 生 起 した 場 合 に 自 国 の 行 動 能 力 を 確 保 するとともに 日 本 及 びアメリカの 行 動 を 抑 止 することを 目 的 として その 能 力 を 誇 示 した 可 能 性 がある このため あ えて 放 射 雑 音 が 大 きく 探 知 が 容 易 な 漢 級 潜 水 艦 を 行 動 させた 可 能 性 がある 一 方 で この 行 動 の 結 果 沿 岸 国 を 刺 激 し 有 事 に 際 しての 戦 略 的 な 優 位 を 失 う 結 果 となったと 指 摘 する エ 戦 略 的 な 意 図 と 得 られた 成 果 ここで 挙 げた3つの 意 図 については 論 文 中 にも 述 べられているように 意 図 と 相 反 する 結 果 を 生 じさせている 本 事 案 では 情 報 収 集 や 行 動 の 誇 示 を 目 的 とするのであれば その 意 図 に 沿 った 行 動 ではあったものの その 結 果 生 じ た 我 が 国 との 関 係 日 米 を 初 めとした 周 辺 国 の 中 国 に 対 するその 後 の 対 応 など を 考 えれば ダットンが 明 言 するように 中 国 は 得 たものよりも 失 ったもの の 方 が 大 きい 11 結 果 となったといえる 12 (4) 本 事 案 への 分 析 と 評 価 以 上 のような 分 析 から 本 事 案 の 結 果 は 国 際 海 峡 に 関 連 した 中 国 の 国 際 法 上 の 解 釈 に 何 の 変 化 もなかったと 結 論 づけられている ダットンの 評 価 として は 本 事 案 は 通 過 通 航 の 権 利 を 主 張 することでのみ 正 当 化 することが 可 能 で 11 Ibid., p.26. 12 Ibid., pp.25-27. 94
あるが 中 国 が 従 来 から 主 張 する 国 際 法 上 の 視 点 と 矛 盾 するものであり 中 国 の 主 張 の 一 貫 性 を 阻 害 するものであったというものである 13 中 国 の 潜 水 艦 部 隊 は 東 アジアの 危 機 に 際 して 日 米 の 軍 事 介 入 に 対 する 重 要 な 抑 止 力 であり その 能 力 を 最 大 限 に 発 揮 させるためには 南 西 諸 島 海 域 に おける 行 動 の 自 由 を 確 保 することが 望 ましく この 観 点 からは 中 国 は 国 際 法 上 の 航 行 の 自 由 を 追 求 するべきであるというのが ダットンの 主 張 である 他 方 東 アジア 海 域 における 米 国 のプレゼンスを 無 効 化 または 抑 制 すること に 焦 点 を 合 わせる 限 り 自 国 領 域 における 権 限 を 強 化 し 外 国 艦 船 の 活 動 を 抑 制 しようとする 国 際 法 上 の 政 策 を 変 更 することは 難 しいと 評 価 する 彼 は 本 事 案 を 通 じて 中 国 における 発 展 する 海 軍 の 能 力 と 遵 守 すべ き 国 際 法 上 の 視 点 の 間 にある 緊 張 関 係 を 指 摘 する すなわち 外 洋 に 展 開 す る 海 軍 ならば 航 行 の 自 由 を 追 求 するべきであるという 前 提 において 中 国 の 国 際 法 に 対 する 立 場 は 自 国 海 軍 の 発 展 の 制 約 となるということであり 今 後 中 国 が その 両 者 をどのように 整 合 していくか 未 知 数 であるとする 14 さらに このような 関 係 は 東 アジアにおいて 米 海 軍 に 対 抗 するために 中 国 海 軍 が 負 わざるを 得 ない 制 約 であると 述 べている 15 3 ダットンの 主 張 の 検 討 ダットン 論 文 においては 本 事 案 を 契 機 とした 中 国 の 国 際 法 上 の 視 点 の 変 更 は 無 かったと 結 論 づけた 上 で 中 国 のそのような 視 点 が 今 後 の 海 軍 の 活 動 の 制 約 となるとしている そこで この 論 文 が 書 かれた 以 降 の 中 国 海 軍 の 活 動 事 例 を 含 め 再 度 中 国 の 国 際 上 の 視 点 の 変 更 の 有 無 を 確 認 するとともに ダ ットンが 主 張 するところの 国 際 法 上 の 視 点 が 海 軍 の 制 約 となる か 否 かにつ いて 検 討 する (1) 中 国 の 国 際 法 上 の 視 点 は 変 わったか ア 中 国 海 軍 潜 水 艦 の 活 動 状 況 一 般 的 に 外 国 艦 船 の 我 が 国 周 辺 における 活 動 特 に 潜 水 艦 の 活 動 状 況 につい ては 我 が 国 が 把 握 しているものの 全 てが 公 表 されているとは 限 らないが 公 13 Ibid., p.26. 14 Ibid., p.26. 15 Ibid., p.27. 95
表 されたものとして 以 下 の 事 例 がある 16 ( 図 2 参 照 ) 2003 年 11 月 明 級 が 大 隅 海 峡 を 浮 上 航 行 2004 年 11 月 漢 級 による 領 海 侵 犯 ( 本 事 案 ) 2006 年 10 月 宋 級 が 米 空 母 近 傍 での 浮 上 ( 沖 縄 周 辺 海 域 ) 2010 年 4 月 キロ 級 2 隻 が 水 上 艦 艇 部 隊 に 同 行 太 平 洋 上 で対 潜 訓 練 実 施 の 後 帰 投 キロ 級 は 沖 縄 ~ 宮 古 間 の 水 道 は 浮 上 して 通 峡 沖 縄 本 島 ~ 宮 古 島 間 の 公 海 における 潜 没 航 行 は 国 際 法 上 は 合 法 であり 当 該 水 域 の 通 過 実 績 等 について 公 表 されたものはないが 潜 水 艦 の 行 動 態 様 を 考 え た 場 合 中 国 海 軍 潜 水 艦 が 太 平 洋 へ 進 出 または 東 シナ 海 沿 岸 の 基 地 へ 帰 投 する 際 は 通 常 であれば 当 該 水 道 を 潜 没 して 航 行 することが 妥 当 である - 図 2- 出 典 : 第 12 回 防 衛 省 政 策 会 議 資 料 (22.4.23) また 中 国 海 軍 の 潜 水 艦 の 行 動 のすべてが 把 握 され またそれらがすべて 公 表 されているとは 限 らないものの 2004 年 の 漢 級 以 外 領 海 侵 犯 のような 事 案 は 公 表 されていないことから そのような 事 例 は 生 起 していないと 考 えられる 16 第 12 回 防 衛 省 政 策 会 議 (22.4.23) 資 料 防 衛 省 2010 年 4 月 23 日 www.mod.go.jp/j/approach/agenda/meeting/seisakukaigi/pdf/12/1-1.pdf. 96
イ 2010 年 4 月 の 事 例 2010 年 4 月 の 場 合 では 2 隻 のキロ 級 潜 水 艦 は 沖 縄 ~ 宮 古 間 の 海 域 を 通 峡 す る 際 は 浮 上 し 国 旗 を 掲 揚 していた これは 領 海 内 における 無 害 通 航 の 方 法 に 則 ったものであるといえる 潜 水 艦 が 航 行 した 海 域 は 公 海 であり 前 述 のと おり 潜 没 して 航 行 することも 何 ら 問 題 ない 海 域 であった にもかかわらず このような 方 法 をとったことの 意 図 として 考 えられることは まず 本 事 例 で は 潜 水 艦 が 比 較 的 大 規 模 な 水 上 艦 艇 部 隊 と 行 動 を 伴 にしたことから 水 上 部 隊 の 行 動 が 周 辺 国 の 注 目 を 集 めざるを 得 ないことをふまえ 通 常 とは 逆 に 潜 水 艦 が 姿 を 現 すことで 我 が 国 をはじめとする 周 辺 国 との 無 用 な 摩 擦 を 避 けよう とする 極 めて 慎 重 な 姿 勢 の 現 れであったものと 考 える 一 方 で 将 来 自 国 海 域 における 外 国 軍 隊 等 の 行 動 を 制 約 するオプションを 残 すため 公 海 であるが 我 が 国 のEEZでもある 当 該 海 域 において 敢 えてこの ような 行 動 をとったと 考 えることもできる ウ 今 後 の 中 国 の 態 度 ダットン 論 文 においては 結 論 として 中 国 の 国 際 法 上 の 視 点 に 変 化 はない としているとおり 中 国 の 現 状 は 自 国 管 轄 権 の 主 張 を 強 めているものの 他 国 領 域 における 航 行 の 自 由 を 求 める 方 向 には 向 かっていないといえる 中 国 海 軍 は 先 に 示 した 事 例 特 に2004 年 の 漢 級 及 び2006 年 の 宋 級 の 事 例 を 教 訓 とし て 周 辺 国 との 関 係 及 び 国 際 法 上 の 運 用 において 練 度 を 上 げ ており いわ ゆる 三 戦 を 進 める 中 で 自 国 法 令 に 基 づく 主 張 を 正 当 化 しつつも 国 際 法 の 解 釈 から 大 きく 逸 脱 しないような 狡 猾 さを 備 えてきているものと 考 える (2) 国 際 法 上 の 観 点 は 中 国 海 軍 の 制 約 か ダットンは その 論 文 の 最 後 に 中 国 の 国 際 法 上 の 政 策 は 東 アジア 海 域 に おける 米 海 軍 のプレゼンスを 無 効 化 することに 焦 点 を 合 わせ 続 ける とし こ のような 政 策 は 発 展 著 しい 中 国 海 軍 に 行 動 の 制 約 を 課 すことになるものの 近 接 拒 否 (A2/AD)という 戦 略 目 標 を 追 求 するためのコストとして 受 け 入 れざ るを 得 ないだろう 17 と 述 べている この 結 論 は 彼 自 身 も 述 べているとおり 外 洋 において 活 動 する 海 軍 は 航 行 の 自 由 を 最 大 限 に 追 求 するはずである との 前 提 に 立 っている すなわち 中 国 の A2/ADという 戦 略 の 一 翼 を 担 うものとして 自 国 領 域 における 外 国 軍 17 Dutton, Scouting, Signaling, and Gatekeeping, p.27. 97
艦 の 活 動 の 制 限 を 主 張 することが 自 国 海 軍 の 外 国 領 域 での 活 動 を 制 約 するこ とにつながるとの 認 識 である ここで 活 動 の 制 約 の 論 点 となるのは 国 連 海 洋 法 における 国 際 航 行 に 使 用 されている 海 峡 における 通 過 通 航 権 をど う 捉 えるか ということである ア 水 上 艦 艇 の 場 合 本 事 案 をふまえ 中 国 海 軍 の 艦 艇 にとって 通 過 通 航 権 の 要 否 が 問 題 になるの は 南 西 諸 島 一 帯 を 通 航 する 場 合 であるが 東 シナ 海 側 から 南 西 諸 島 を 通 過 し て 太 平 洋 へ 出 る 場 合 現 状 において 我 が 国 の 領 海 で 塞 がれていない 水 道 は 東 から1 大 隅 海 峡 ( 約 8NM)2 奄 美 大 島 北 側 ( 約 6NM)3 沖 縄 本 島 ~ 宮 古 島 間 ( 約 86NM)4 与 那 国 島 ~ 台 湾 間 ( 約 36NM)の4 箇 所 が 挙 げられる ただし 1は 我 が 国 が 法 律 により 領 海 の 幅 を 狭 めて 国 際 海 峡 を 確 保 している 海 域 であ る 18 これら 以 外 の 島 と 島 の 間 の 水 域 は 各 島 の 領 海 と 領 海 が 重 なっているた め 間 隔 も 狭 く また 海 底 地 形 が 複 雑 で 比 較 的 水 深 も 浅 い ( 図 3 参 照 ) 32N 領 海 と 国 際 海 峡 124E 128E 132E 32N 122E 南 西 諸 島 の 海 底 地 形 124E 126E 12 8E 130E 132E 30N 30N 30N 30N 28N 1 大 隅 海 峡 [8NM] 28N 28N 28N 26N 2 奄 美 大 島 北 側 [6NM] 26N 26N 26N 24N 3 沖 縄 ~ 宮 古 間 [86NM] 4 与 那 国 ~ 台 湾 間 [36NM] 124E 128E 24N 24N 132E 122E - 図 3-124E 126E 12 8E 130E 50 10 0 20 0 50 0 10 0 0 20 0 0 30 0 0 132E 24N 公 表 されている 中 国 海 軍 の 活 動 状 況 19 では 水 上 艦 艇 が 太 平 洋 へ 進 出 帰 投 する 際 は ほとんどの 場 合 3の 海 域 を 使 用 している この 理 由 は 3が 最 も 幅 の 広 い 海 域 であり 陸 岸 からも 離 れていること フィリピン 東 方 の 日 比 両 国 のEEZから 離 れた( 沿 岸 国 の 管 轄 権 が 及 ばない) 公 海 に 進 出 するには 当 該 海 域 を 通 航 することが 効 率 的 であること 等 によるものであろう 18 領 海 及 び 接 続 水 域 に 関 する 法 律 施 行 令 別 表 第 2 昭 和 52 年 政 令 第 210 号 19 第 12 回 防 衛 省 政 策 会 議 (22.4.23) 資 料 防 衛 省 2010 年 4 月 23 日 www.mod.go.jp/j/approach/agenda/meeting/seisakukaigi/pdf/12/1-1.pdf. 98
中 国 海 軍 の 水 上 艦 艇 が あくまでも 太 平 洋 において 活 動 することを 目 的 とす るのであれば 南 西 諸 島 を 横 断 する 際 国 際 法 上 は 無 害 通 航 が 可 能 であるにせ よ あえて 我 が 国 の 領 海 内 を 航 行 する 必 要 性 は 少 ないものと 考 える また 既 に 述 べたように 通 行 可 能 な 公 海 が 存 在 する 南 西 諸 島 一 帯 の 島 嶼 間 の 海 域 に 対 し て 国 際 海 峡 としての 使 用 すなわち 通 過 通 航 権 を 求 めることも 必 要 性 は 少 ない といえる イ 潜 水 艦 の 場 合 潜 水 艦 の 場 合 は 行 動 に 際 して その 存 在 を 秘 匿 することが 最 優 先 であると ともに 平 時 においては 保 安 上 の 観 点 からも 3のように 陸 岸 からも 遠 く か つ 水 深 が 十 分 に 深 く 行 動 の 自 由 を 最 大 限 に 確 保 できる 海 域 を 通 峡 することが 合 理 的 である 南 西 諸 島 を 横 断 するため 仮 に 南 西 諸 島 の 島 嶼 間 の 我 が 国 領 海 に 対 し 国 際 海 峡 としての 使 用 すなわち 通 過 通 航 権 を 主 張 したとしても 潜 水 艦 がその 存 在 を 秘 匿 しつつ すなわち 潜 航 した 状 態 で かつ 安 全 に 通 峡 できる 箇 所 は 自 ず と 限 られることから 通 峡 できる 海 域 が 増 えることが 潜 水 艦 の 行 動 の 自 由 の 拡 大 すなわち 存 在 の 秘 匿 にそれほど 寄 与 するとはいえない このような 潜 水 艦 の 特 質 を 考 慮 すれば 現 状 では 我 が 国 が 国 内 法 として 認 め ていない 通 過 通 航 権 を 本 事 案 のような 行 動 により 強 引 に 既 成 事 実 化 しようとす る 必 要 性 はほとんどない また 本 事 案 のような 行 動 は 存 在 を 暴 露 すること 自 体 が 目 的 でない 限 り 軍 事 的 にも 意 味 はない したがって 南 西 諸 島 一 帯 の 我 が 国 領 海 に 対 して潜 水 艦 の 通 過 通 航 権 を 主 張 することも 中 国 海 軍 にとっては 軍 事 的 な 価 値 は 少 ないものと 考 える ウ まとめ 以 上 のように 南 西 諸 島 の 地 勢 をふまえ 中 国 海 軍 の 艦 艇 ( 水 上 艦 艇 及 び 潜 水 艦 )が 南 西 諸 島 を 通 過 して 太 平 洋 へ 進 出 する 場 合 を 想 定 すると 当 該 海 域 に 通 過 通 航 を 適 用 することの 必 要 性 はほとんどないといえる すなわち 当 該 海 域 の 国 際 法 上 の 現 状 は 中 国 海 軍 の 活 動 にとって それほどの 制 約 とはならな いと 考 える 南 西 諸 島 は 中 国 が 第 一 列 島 線 20 と 称 する 戦 略 上 の 境 界 に 含 まれている 20 厳 密 に 定 義 されてはいないが 1980 年 代 当 時 中 国 人 民 解 放 軍 海 軍 司 令 員 であった 劉 華 清 が 提 唱 した 近 海 積 極 防 衛 戦 略 において 海 軍 の 発 展 段 階 と 活 動 範 囲 を 示 す 概 念 とし て 九 州 南 西 諸 島 から 台 湾 フィリピン 諸 島 などを 結 んだ 線 の 東 側 の 太 平 洋 海 域 を 近 海 と 呼 び 戦 略 上 の 境 界 とした 99
が 中 国 海 軍 が 第 一 列 島 線 の 外 側 ( 東 側 )の 太 平 洋 に 活 動 の 範 囲 を 拡 大 する 上 で 第 一 列 島 線 が 戦 略 的 な 境 界 すなわち 軍 事 的 な 制 約 要 因 となっている 理 由 は 当 該 列 島 線 が 我 が 国 等 中 国 以 外 の 領 域 であり 平 時 から 有 事 にわたり 中 国 以 外 の 国 の 軍 事 非 軍 事 の 活 動 が 存 在 することに 起 因 するものである 航 行 の 自 由 を 確 保 できるか 否 かは このような 制 約 の 一 つの 要 素 ではあるものの 軍 事 的 な 観 点 においては その 制 約 を 解 消 もしくは 軽 減 するほどの 要 素 とはな り 得 ない おわりに 中 国 海 軍 の 外 洋 での 活 動 は その 頻 度 範 囲 とも 顕 著 に 拡 大 しており 近 年 は 太 平 洋 での 活 動 も 常 態 化 しつつある このような 中 国 海 軍 にとって 太 平 洋 への 出 入 り 口 である 南 西 諸 島 一 帯 が 自 国 の 領 土 でないことは 当 然 その 行 動 に 各 種 の 制 約 を 及 ぼすことになるであろう しかし これまでの 検 討 から 平 時 における 国 際 法 上 の 枠 組 みは 中 国 海 軍 の 活 動 に さほど 制 約 を 課 すもの でないことが 確 認 できた ダットンは 外 洋 に 展 開 する 海 軍 の 活 動 と 航 行 の 自 由 を 制 限 することが 両 立 しないとの 観 点 から 本 事 案 を 分 析 しているが 南 西 諸 島 の 地 勢 は 公 海 のよう な 完 全 に 自 由 な 状 態 と 比 較 すれば 制 約 が 存 在 しないとはいえないが 先 の 図 3に 示 したとおり 南 西 諸 島 には 我 が 国 の 領 海 が 重 ならない 公 海 も 存 在 して おり 我 が 国 がその 領 海 における 通 過 通 航 権 を 認 めないことが 平 時 における 我 が 国 の 対 潜 努 力 の 軽 減 にさほど 寄 与 しているとは 言 い 難 い まして 有 事 にお いておやである 中 国 海 軍 が 南 西 諸 島 の 通 航 に 制 約 を 認 識 するか 否 かは 国 際 法 上 の 環 境 ではなく 我 が 国 の 対 潜 努 力 防 衛 態 勢 にかかっている 結 局 本 事 案 は 中 国 海 軍 が 意 図 的 または 計 画 的 に 行 った 活 動 ではなく 彼 ら が 外 洋 に 展 開 する 能 力 を 発 展 させていく 過 程 において 生 起 した 偶 発 的 な 事 案 であったものと 考 える 中 国 海 軍 においても これを 教 訓 として 以 後 の 活 動 に 反 映 しており 軍 事 的 にも より 高 度 な 能 力 を 獲 得 してきているものと 考 える 一 方 我 が 国 にとっても 我 が 国 領 域 における 中 国 海 軍 の 活 動 として 警 鐘 を 鳴 らすものであり 中 国 海 軍 の 発 展 を 象 徴 する 事 案 として 記 憶 に 留 めておく 必 要 がある 100