論 旨 技 術 者 の 観 察 力 向 上 の 必 要 性 とその 方 法 学 校 法 人 産 業 能 率 大 学 総 合 研 究 所 経 営 管 理 研 究 所 小 林 幸 平 このレポートは 事 実 情 報 を 見 て 状 況 を 正 しく 捉 える 能 力 を 向 上 させる 必 要 性 について 言 及 する 特 に 技 術 者 においてはそれを 不 得 手 とする 傾 向 があるが その 要 因 そして 克 服 するための 着 眼 点 につ いて 述 べる はじめに 高 度 化 複 雑 化 の 一 途 を 辿 る 現 代 において 思 うように 成 果 を 出 せていない 企 業 も 少 なくない 限 られた 人 員 で 最 大 の 成 果 を 出 すことを 求 められるが 簡 単 ではない 仕 事 は 問 題 解 決 の 連 続 であり 現 代 ではその 問 題 も 複 雑 化 高 度 化 している 複 雑 な 問 題 の 抜 本 解 決 を 望 むときには 表 面 的 な 現 象 のみにとらわれていてはならない 問 題 解 決 は まずは 状 況 を 正 し く 捉 えて 問 題 の 本 質 を 見 極 め その 本 質 にきちんと 手 を 打 っていく 必 要 がある その 際 に 必 要 になる のが 状 況 を 正 しく 捉 える 力 すなわち 観 察 力 である <キーワード> バイアス 認 知 の 偏 り 固 定 観 念 思 い 込 みのことを 指 す 認 知 心 理 学 や 社 会 心 理 学 の 分 野 において 原 因 帰 属 や 推 論 の 誤 りを 引 き 起 こす 存 在 としてさまざまなものが 紹 介 されている 認 知 バイアスと 呼 ばれる こともある 1.ビジネスパーソンにとって 不 可 欠 な 観 察 力 観 察 という 言 葉 を 辞 書 で 調 べると 物 事 の 様 相 をありのままに 詳 しく 見 極 め そこにある 種 々 の 事 情 を 知 ること ( 大 辞 林 )とある このレポートにて 使 用 している 観 察 という 言 葉 も 概 ね 前 述 の 辞 書 どおりの 意 味 で 使 用 している つまり 観 察 力 とは 事 実 情 報 としての 状 況 を 正 しく 捉 え き ちんと 状 況 を 把 握 する 能 力 のことである 上 記 は 一 見 簡 単 なように 思 えるが たやすいことではない 状 況 を 捉 える 際 にモレが 生 じていたり 状 況 把 握 が 表 層 的 であったりすることが 少 なくない 問 題 解 決 をしていくための 第 一 歩 として まず は 問 題 状 況 を 正 しく 捉 えることができないと 手 の 打 ち 所 を 誤 ってしまい 当 然 ながら 問 題 解 決 に 至 らない 2. 状 況 の 観 察 をうまくできない 技 術 者 観 察 力 は ビジネスパーソンである 以 上 必 ず 必 要 となる 能 力 である しかしながらとりわけ 技 術 者 において 観 察 がうまくできていない 傾 向 を 感 じる それは 技 術 者 が 置 かれている 環 境 や 業 務 特 性 に 起 因 する 部 分 が 大 きく 下 記 の2つの 原 因 が 考 えられる 1 比 較 的 狭 い 領 域 を 深 く 掘 り 下 げるタイプの 仕 事 である 2 開 発 のスピードを 求 められ 短 期 的 な 成 果 を 問 われるようになってきた 1 比 較 的 狭 い 領 域 を 深 く 掘 り 下 げるタイプの 仕 事 である これは 悪 いことでも 何 でもなく 専 門 領 域 を 極 める 技 術 者 として 当 然 のことである しかしながら この 業 務 特 性 が 災 いすることが 少 なくない というのも かつてはひとつの 専 門 領 域 だけで 完 結 する ような 製 品 が 多 くあったが 現 状 はひとつの 技 術 領 域 だけで 完 結 する 製 品 やシステムは 少 なく 複 数 の 技 術 領 域 にまたがってアウトプットが 仕 上 がることの 方 が 多 い 例 えば 自 動 車 を 取 り 上 げてみ ても 一 目 瞭 然 である 自 動 車 はかつて 機 械 工 学 の 技 術 領 域 の 独 壇 場 であった しかし 時 代 と 共 に 徐 々 1
に 電 気 的 な 制 御 をする 領 域 が 増 えたため 電 気 工 学 の 占 めるウエイトが 高 くなり 現 代 ではハードウェ アがどんどんソフトウェアに 置 き 換 わり 情 報 工 学 の 領 域 の 構 成 要 素 もかなり 多 い 何 かひとつの 専 門 家 だからといって 全 てを 網 羅 するのは 難 しい 時 代 になってきているのである そのような 状 況 の 中 で 何 か 問 題 が 発 生 したときには 技 術 者 は 自 分 の 専 門 領 域 の 中 で 解 決 策 を 模 索 することが 多 い 自 分 がよく 知 っている 領 域 であるため 当 然 である しかし 別 の 見 方 をすれば 知 らず 知 らずのうちに 自 分 の 専 門 領 域 のみに 固 執 してしまう 傾 向 にあるとも 言 える しかし 表 面 的 には 自 分 の 領 域 の 問 題 に 見 えても 根 本 的 なところは 別 の 領 域 に 起 因 しているとい うことも しばしばある 複 雑 に 多 くの 領 域 が 絡 み 合 っていることにより 最 善 の 解 決 策 がいつも 自 分 の 領 域 にあるとは 限 らないのである 積 極 的 に 他 の 専 門 領 域 に 問 題 の 本 質 はないかと 見 方 を 変 えてみる 必 要 がある それに 加 え 技 術 者 は 自 分 の 専 門 領 域 に 興 味 がある のである 逆 に 言 うと それ 以 外 の 領 域 に は 全 く 興 味 を 示 さない 人 も 多 い 人 間 興 味 がない 情 報 には 気 がつかず キャッチできない 上 記 を 説 明 するのに シフリンとアトキンソンが 提 唱 した 情 報 処 理 論 に 基 づく 記 憶 と 理 解 のメカ ニズムのモデルで 考 えると 分 かりやすい 情 報 処 理 論 に 基 づく 記 憶 と 理 解 のメカニズム 環 効 果 反 応 生 成 制 御 機 能 境 受 容 感 覚 登 録 作 業 記 憶 長 期 記 憶 (Atkinson,R.C. & Shiffrin,R.M. 1968) 我 々は 情 報 を 受 容 と 呼 ばれる 目 や 耳 などの 五 感 を 使 ってインプットする 感 覚 登 録 は 我 々の 頭 の 中 にあり インプットされた 情 報 を 感 覚 記 憶 として 蓄 える そして 作 業 記 憶 と 呼 ばれる 短 期 記 憶 の 領 域 に 送 られるのだが ここが 厄 介 なのである 感 覚 登 録 から 作 業 記 憶 に 送 られる 情 報 は 我 々 が 注 意 を 向 けたものだけに 限 られてしまうのである インプットされた 情 報 を 全 て 作 業 記 憶 に 送 って しまうと 情 報 が 多 すぎてパンクしてしまうからである 例 えば 車 の 運 転 をしていることを 想 像 し てみてほしい 周 りの 景 色 はたくさん 視 界 に 入 ってきているはずであるが 全 てを 認 知 しているわけ ではない しかしながら 信 号 が 変 わった という 情 報 や 子 供 が 飛 び 出 してきた などという 情 報 には 瞬 時 に 気 がつき ブレーキを 踏 むといった 行 動 を 起 こすことができる 車 の 運 転 時 には 無 意 識 のうちに 安 全 に 関 わる 情 報 が 作 業 記 憶 に 取 り 込 まれ それ 以 外 の 情 報 はフィルターにかけられて しまうのである そのような 機 能 がないと 情 報 過 多 に 陥 り 瞬 時 にブレーキを 踏 むといった 行 動 が できなくなるのである これは 人 間 にとって 必 要 不 可 欠 な 機 能 ではあるが 逆 に 弊 害 として 働 いてしまうことも 多 い 裏 を 返 せば 注 意 を 向 けていない 情 報 ( 興 味 のない 情 報 )はフィルターにかけ 入 ってくるのを 遮 断 して 2
しまう ということを 如 実 に 物 語 っている とかく 技 術 者 は 自 分 の 専 門 領 域 のみに 興 味 を 示 し それ 以 外 の 領 域 には 無 関 心 ということが 少 な くない そのように 考 えると キャッチできていれば 問 題 解 決 に 近 づけているような 情 報 も 注 意 を 向 けないがために 見 落 としてしまい 問 題 解 決 が 遠 ざかってしまっているような 状 況 もあるのではな いだろうか 2 開 発 のスピードを 求 められ 短 期 的 な 成 果 を 問 われるようになってきた 競 争 の 激 しい 現 代 においては どの 企 業 も 陥 ってしまっているのではないだろうか 競 合 他 社 との 競 争 に 打 ち 勝 ち 生 き 残 るためには 少 ない 資 源 で 最 大 の 成 果 を 出 さなければならない コモディティ 化 してしまっている 製 品 も 多 く 本 来 ならばイノベーションを 起 こすような 製 品 の 開 発 に じっくり 時 間 をかけて 取 り 組 むべきなのかもしれない しかしながら 現 状 は 目 の 前 のコストダウンに 追 われ てしまっている 技 術 者 が 多 いという 話 も 耳 にする そのような 環 境 が 技 術 者 を 近 視 眼 的 にしてしまい 表 面 的 な 現 象 への 対 処 しかできない 状 況 をつくり 出 してしまっているのではないだろうか (コラム こんなとき どうする? の 項 )で 示 した 高 層 ホテルのエレベータ の 事 例 などが 最 たるものである 特 に 技 術 者 は エレベータの 周 辺 にまで 視 野 を 拡 大 させることができない 傾 向 に ある エレベータが 遅 い と 言 われるので 速 くするためにエレベータをどうするか や 待 ち 時 間 を 短 くするためにエレベータをどうするか といった 着 眼 に 終 始 してしまう しかしこれでは で きることに 限 界 がある もっと 大 局 を 捉 え 対 策 の 打 ち 所 を 探 る 観 察 力 が 必 要 なのである 3.うまく 観 察 するための 方 法 では 技 術 者 にうまく 観 察 し 状 況 をきちんと 捉 えてもらうためにはどうしたらよいのだろうか 下 記 に 着 眼 ポイントを3つ 挙 げる 1 バイアスに 関 する 知 見 を 深 める 2 視 点 視 野 視 座 を 変 えて 捉 える 3 目 的 をきちんと 捉 える 1 バイアスに 関 する 知 見 を 深 める バイアスとは 認 知 の 偏 り 固 定 観 念 のことである 無 意 識 のうちに 枠 組 みを 決 めてしまったり フィルターにかけてしまったり 思 い 込 みをしてしまったりするものである 特 に 技 術 者 は この 手 の 知 見 に 乏 しい 学 生 時 代 に 授 業 で 学 んだことなどもなく 自 己 啓 発 も 興 味 がない ためにこの 領 域 に 手 をつけないことが 多 い 我 々の 認 知 を 偏 らせてしまうバイアスには さまざまなものがあるが ひとつご 紹 介 する 問 題 の 原 因 分 析 をする 際 に 陥 りやすいのが 自 己 高 揚 バイアスと 自 己 防 衛 バイアスである 自 己 高 揚 バイアス: 自 分 にとって 好 ましいことはその 原 因 を 内 的 に 帰 属 する 自 己 防 衛 バイアス: 自 分 にとって 好 ましくないことはその 原 因 を 外 的 に 帰 属 する 要 するに 都 合 の 良 いことは 自 分 の 手 柄 都 合 の 悪 いことは 他 人 のせいにしやすいということであ る 一 見 すると 疑 わしく 思 えるが 実 は 頻 繁 に 目 にする 問 題 の 原 因 を 分 析 する 際 に 顕 著 に 見 られる のである 問 題 というものは ネガティブな 事 柄 ( 好 ましくないこと)である そのため 原 因 とし て 自 分 以 外 の 周 囲 に 関 するものが 多 く 出 てきやすいのである 例 えば 筆 者 が 担 当 していたある 研 修 で 受 講 者 が 若 手 がなかなか 育 たない という 問 題 を 取 り 上 げ その 原 因 を 分 析 していた 研 修 を 受 けられる 機 会 が 少 ない 評 価 システムが 機 能 していない そもそも 若 手 にやる 気 が 感 じられな い 等 々 自 分 以 外 に 原 因 を 帰 属 させる 傾 向 にあった しかしながら このバイアスというものは 気 がつけば 打 ち 破 れるものである 講 師 から 自 己 防 衛 バイアスにとらわれてしまっていませんか? 3
と 示 唆 したところ 彼 らは 自 分 は 質 問 に 来 やすい 雰 囲 気 をつくってあげられていただろうか? 自 分 の 教 えるスキルは 十 分 だろうか? と 考 え 始 めたのである バイアスは 多 かれ 少 なかれ 我 々に 備 わってしまっているものである 認 知 心 理 学 の 領 域 でさまざ まなものが 提 唱 されているので それらの 理 解 を 深 め 留 意 する 必 要 がある 2 視 点 視 野 視 座 を 変 えて 捉 える 多 面 的 に 物 事 を 捉 える 際 拠 り 所 となるのが 視 点 視 野 視 座 の 観 点 である 下 記 にそれぞれの 意 味 を 挙 げておく 視 点 :ものごとや 事 象 を 見 る 際 の 着 眼 点 視 野 :ものごとや 事 象 を 見 る 際 の 範 囲 視 座 :ものごとや 事 象 を 見 る 際 の 立 場 視 点 については 逆 の 方 向 から 見 たり 言 葉 の 意 味 や 定 義 に 着 目 したりしてみるなどの 観 点 で ある 視 野 については 物 理 的 な 範 囲 に 加 え 時 間 的 な 範 囲 も 含 めて 考 えるというものである 短 期 的 に 見 たらどのように 捉 えられるか 長 期 的 に 見 たらどのように 捉 えられるかなどを 考 えてみる 切 り 口 である 視 座 については 立 場 を 変 えて 物 事 を 見 てみようという 観 点 である 自 分 の 立 場 のほか 一 緒 に 仕 事 をしている 他 部 門 の 立 場 に 立 ってみたり 会 社 の 立 場 に 立 ってみたり あるいは 顧 客 の 立 場 に 立 ってみたりすると いろいろな 角 度 から 多 面 的 に 捉 えやすい このように 多 様 な 視 点 視 野 視 座 から 物 事 を 捉 えてみると ひとつの 事 象 でもいろいろな 捉 え 方 があることに 気 づくことができる 単 に いろんな 角 度 から 物 事 を 見 なさい を 言 われてもなかなか たやすくできるものではない いろいろな 角 度 から 事 象 を 捉 えるためのひとつのフレームワークであ る 3 目 的 をきちんと 捉 える 目 の 前 の 業 務 に 追 われると これが 疎 かになってしまいやすい しかしながら 目 的 をきちんと 捉 えられていないと 抜 本 的 な 問 題 解 決 は 難 しくなり ピント 外 れになってしまう 前 述 の 高 層 ホテルのエレベータ のケースも この 観 点 で 考 えてみると 整 理 しやすい お 客 様 からのクレームをなくす お 客 様 をイライラさせない お 客 様 を 手 持 ち 無 沙 汰 にさせない エレベータの 待 ち 時 間 を 短 くしたい エレベータを 速 くしたい 上 記 のように 整 理 すると どこに 手 を 打 ってもいいのだが 最 初 に 思 いつきやすいのは 下 位 のレベ ルのものである すなわち 要 求 されたことそのもの である このように 目 的 - 手 段 の 関 係 で 状 況 を 整 理 すると 思 いつきやすい 対 策 案 がいかに 表 層 的 であるかというのが 分 かる 目 的 をきちんと 捉 えると 待 ち 時 間 が 同 じでも 手 持 ち 無 沙 汰 にさせない 方 法 はないか? という 方 向 性 の 解 決 策 も 考 えやすくなるのである 4.おわりに アウトプットを 産 み 出 し 続 けなければならない 企 業 にとって 技 術 者 は 大 きな 財 産 である しかし ながら その 財 産 である 技 術 者 が 能 力 を 発 揮 し 切 れていない 状 況 はないだろうか 少 しコツを 掴 む 4
だけで スムーズに 業 務 が 流 れるようになることも 少 なくない 彼 らの 持 てる 能 力 を 発 揮 してもらう ために なぜうまく 観 察 ができないのか に 気 づかせてあげ うまく 観 察 するための 方 法 を 提 供 してあげてほしい 参 考 文 献 1) 認 知 心 理 学 概 論 高 野 陽 太 郎 波 多 野 誼 余 夫 2) 認 知 心 理 学 4 思 考 市 川 伸 一 編 3) クリティカルシンキング 入 門 編 E.B.ゼックミスタ J.E.ジョンソン 著 C2015 SANNO Institute of Management K.Kobayashi 5