3 章学習スキル TFU リエゾンゼミ ナビ 学びとの出会い 13. ディベートをやってみよう 1 ディベートとは? ディベートという言葉を聞いて みなさんは何を思い浮かべるでしょう みんなで輪になって一緒に話し合うことでしょうか それとも言いたい放題の果てしない言い争いでしょうか なんとなく議論することなんだなとわかっていても しっかりとしたイメージを持っている人は案外少ないかもしれません 一般的な定義では ディベートは次の通りです ある特定のテーマの是非について 2グループの話し手が 賛成 反対の立場に別れて 第三者 ( 審判 ) を説得する形で議論を行うこと たとえば 日本は高速道路の建設をやめるべきだ! というテーマを与えられたら 聞き手に対して 賛成派はそれによっていかに素晴らしいことが起こるのかを訴え 逆に反対派はそれによっていかに恐ろしい問題がおこるのかを訴えるのです こうした形の議論 ( ディスカッション ) は実社会でも頻繁に行われています たとえばアメリカの大統領選挙における候補者の公開討論や裁判での検察側 弁護側の応酬などはその典型的な例だといえます しかし 教室で行うディベートは その中でも特に教育的効果を重視した ジャッジが勝敗を決めるゲーム形式のものです 公平を期すため 実際の試合では賛成側 反対側の割り振りはランダムで決め 話す順番 制限時間なども細かくルールで定められています ゲームでは ジャッジの説得が目的となるために 試合の中では きちんと理由 筋道をつけて自分たちの主張を正確に相手に伝え 納得してもらうことが求められます 議論を強くするには論文や文献などを調べて 専門家の発言を引用することも有効です この一連の議論の過程を通じて 以下の能力が身に付くとされています 客観的 批判的 多角的な視点が身に付く 論理だった思考ができるようになる 1
自分の考えを筋道立てて 人前で堂々と主張できるようになる 情報収集 / 整理 / 処理能力が身に付く 2 ディベートの一般的な方法 以下にディベートの一般的手順をごく簡単に説明します ゲームの一般的手順を知ることで教室でディベートをする場合のイメージを作ることができるからです 試合形式は 立論 質疑 反駁 の3つのパートが交互に行われて 最後にジャッジ ( 審判 ) が 判定 を下します 以下 立論 質疑 反駁の3つのパートと審判に分けて 少しずつ説明を加えていきます 1 立論立論は 議論の立ち上げ をするパートです 日本で最も普及している メリット デメリット比較方式 のディベートでは以下の3つのアウトライン ( 項目と順序 ) に従って立論を構成します 1 定義 論題の言葉を明確にする 2 プラン 論題の提案を具体化する 3 メリット / デメリット プランから発生するよさ / 悪さを証明する 定義 プラン メリット / デメリットにはそれぞれ定型的な述べ方があります それに従って述べていくと全体として聞きやすい立論になります 以下にごく簡単な肯定側立論の例を一つ引用してみます リンカーンは 奴隷制廃止をめぐるダグラスとのディベートで一躍有名となり やがてアメリカ大統領になったんだよ 映画 若き日のリンカーン もお勧め 2
肯定側の立論を行います まず 定義を述べます サマータイムとは 夏を中心とする一定期間 時刻を一定時間ずらす制度のことを指します 次に プランを申し上げます 四月一日午前〇時に時計を1 時間早めます 十月一日午前〇時に時計を一時間遅らせます こうして四月から九月まで サマータイム制を実施します メリットは 省エネ つまりエネルギーを節約できるということです まず発生過程を説明します サマータイムを実施すると 夏に会社や官庁の勤務時間のうちの明るい時間が1 時間増えます 明るい時間が1 時間増えると その分だけ照明や冷房がいらなくなります 照明や冷房がいらなくなれば それだけエネルギーが節約になる すなわち 省エネ というメリットが発生するわけです 証拠資料を引用します 出典は1994 年 8 月 1 日付け東京読売新聞朝刊です 引用開始 省エネルギーセンターの試算では 国全体のエネルギー節約効果は原油換算で年間 55 万 2 千キロ リットルに達する 引用終わり このよう 省エネ というメリットは確かに発生します 次に重要性を述べます 55 万 2 千キロ リットルの原油はどのくらいの量だと思いますか なんと香川県の全世帯が消費しているエネルギーと同じ量です 日本には原油が出ませんから 全てを外国に頼っています ですから 55 万 2 千キロ リットルもの原油を節約できる 省エネ のメリットは大変重要です 以上で肯定側立論を終わります 2 質疑質疑は立論の 根拠の確認 をするパートです 限られた時間の中で反駁に必要な以下の情報を確かめることが役目です 1 立論構造 メリット デメリットの数は?/ ラベルは? 2 証拠資料 引用資料の出典 発行年月日は?/ 証拠と主張のつながりは? 3 理由付け 論理 ( 言葉のつながり ) は? 質疑はチェックリスト形式で準備をしておくと便利です 実際の質疑では一問一答を基本の形式とします 3
3 反駁反駁は相手の議論に 吟味 検証 を加えることです 立論 質疑で提出された議論を相互に検証することで議論を掘り下げます 1 攻め 相手の議論の誤りを証明する 2 守り 自説の議論の正当性を証明する 3 総括 互いの議論を比較考量する 反駁では 反駁の四拍子 と呼ばれる定型を活用します 反駁では黙ったままだと認めたことになります 4 判定判定は 生き残ったメリットとデメリットの比較 をします 審判は以下の順序に従って 肯定 否定のどちらが勝ったか を判定します 1 発生過程 個々の論点について両者の議論の優劣を判断する 2 インパクト 個々のメリット / デメリットの大きさを判断する 3 比較考量 メリット全体とデメリット全体を比較する 審判は 心を無にして臨む 試合の全てを記録する を心構えとします ディベートの判定には引き分け ( 痛み分け ) は存在しません 3 教室でのディベートの方法 ディベートを実施するには 試合形式の確定 チームの人数の決定 チーム内の役割分担 論題設定 などの作業が必要です 慣れてくればあれこれの設定を工夫することができますが 最初にディベートをやる時はできるだけ先行実践を真似てやってみるとよいでしょう モデルとなるディベートはインターネットを探すと出てきます 以下に教室ディベートの展開例を書きます 1 導入 - 論題の設定 - 教室ディベートの導入では論題の設定をします 論題設定の仕方には 教師が提示する 教師の提示したメニューの中から学習者が選ぶ 学習者と考える の三つがあります 慣れてく 4
れば 学習者と考える もよいですが 最初は 教師が提示する 教師の提示したメニュー中から学習者が選ぶ のどちらかがよいでしょう たとえば以下の論題なら安定したディベートになりやすいです 日本の学校は名簿をすべて男女混合にするべきである 日本はポイ捨てに罰則を設けるべきである 日本は動物園の動物を野生にかえすべきである 日本は農薬の使用を禁止すべきである 日本は学校給食を廃止すべきである 日本はゴミ収集を有料化すべきである この中から教師が選ぶか学習者に選ばせるかするとよいです 学習者の関心は論題選びの大きな指標になるからです 2 ゲーム - 議論の体験 - 教室ディベートの形式は大きくわけて二つあります 代表選手制と全員参加制である 競技会をマネしてやる場合を別にすれば教室でのディベートは全員参加制が基本形になります ようするに学習者一人一役で肯定 否定 審判の三つの役をローテーションしながら体験する方法です 以下にその典型的な合方法について紹介します まず肯定と否定の両方の立論を準備します およそ以下のフォーマットに従って試合をします 肯定側立論 ( 二分 ) 否定側質疑( 二分 ) 否定側立論 ( 二分 ) 肯定側質疑( 二分 ) 準備時間 ( 二分 )* ここはやや長く三分 ~ 五分とってもよい 否定側反駁 ( 二分 ) 肯定側反駁( 二分 ) 検討時間 ( 二分 ) 講評 判定( 二分 ) 三人一組で肯定 否定 審査をそれぞれが担当します 一試合終わったら役割を交代します これを三試合続けることによって一人が肯定 否定 審判の役を一回ずつ体験することができます また議論全体を体験することができます この全員参加制の方式を マイクロディベート と呼びます マイクロディベートは おしゃべり感覚 のやさしいディベートです このディベートの利点は様々ありますが 中でも 多種多様な聞く 話す活動をできる は特筆すべき点と言えるでしょう 5
3 ふり返り - 体験の見直し- いわゆる アフターディベート です ディベートゲームは一般的には学習者に喜ばれます しかし中にはうまくゲームに入り込めない学習者もいます 自分の本音の立場にこだわって居心地の悪い思いをしたり 論題や肯定 否定の立場に不十分さを感じる学習者もいます こうした学習者の不満や居心地の悪さなどは以下のようなふり返りで解消する必要があります 1) 感想 反省ディベートをやってどうだったか 率直な感想を書く また簡単なディスカッションをする ポイントとしては 勝ち負けへのこだわり 技巧の巧拙への反省 友達と真剣にやりとりしたことの充実感 など 2) 本音の交流形式的立場のディベートを行った後に実際の自分の考えはどちらかなどの本音を問う アンケートの場合もあるし作文を書かせる場合もある 簡単なディスカッションの場合もある 3) 第三の考えディベートの肯定 否定以外の第三の立場を考えさせる たとえば 市は学校給食を廃止すべきである という論題で 給食は希望者だけに注文で行うことにする など ディベートの論題によって ふり返り は様々に工夫する必要があります 上のパターンを参考に試合のやりっぱなしがないようにします 4 まとめ -フィードバック- 最後に教師からのフィードバックをします ゲームを見ていた教師の気づきを学習者にコメントをします 以下のような観点からディベートを観察して気づいたことを話すとよいでしょう 6
1) 勝ち負けと意志決定試合の勝ち負けと意志決定を同一視してはいけない ふつう試合の勝敗は試合技術の巧拙によるもので 試合の結果がそのまま正しいということにはならない 2) 競争と協力のバランス競争はそれ自体よくも悪くもないことを確認すべきである ただしこれまで協力重視でやってきた日本ではこれからは 競争と協力のバランス を心掛ける必要がある 3) 論理コミュニケーション論理的な言い方は なぜなら~からです のような理由が理由だとわかる明示的な言い方をよしとする 教師としてのコメントを言うには観察と若干の知識が必要です 上記の3つは学生が誤解しやすい3つのポイントです 4 反駁型学習のコツ ディベート学習で一番難しいのが反駁です 立論は事前の準備がしやすいので ある程度の議論を創ることができます 反対に 反駁はどうしても弱くなりがちです しかしディベートの一番面白く かつ重要なポイントは反駁です いわゆる かみ合った議論 には反駁が最も重要となります しかしディベーでは この反駁がなかなかうまくできません この困難点を突破するには反駁中心の方法があります 反駁中心のディベートのポイントは以下の通りです 1 教師がモデル立論 ( 肯定 否定 ) を提示する 2 学習者はその立論を耳で聞き取る 3すばやく反駁メモを創る 4 反駁の原稿を書く 5ゲームする 以下 順次説明をしていきます 1 教師がモデル立論を提示する 事前に教師が用意した立論 ( プリント ) を学習者に配ります 具体的 には以下のような立論原稿を配布します ( 論題 日本はサマータイム制 7
を導入すべきである ) 肯定側立論 (2 分 ) 肯定側の立論を行います まず 定義を述べます サマータイムとは 夏を中心とする一定期間 時刻を一定にずらす制度のこととします 次にプランを述べます 3 月の第 4 土曜日の午前 2 時をもってサマータイムに切りかえ 午前 3 時とします 9 月の第 4 土曜日の午前 2 時をもってサマータイムを終了し午前 1 時とします また2 年間の準傭期間を設け周知徹底させます 次に このプランによるメリットを1 点述べます メリットは 内需の拡大 つまり日本国内の需要が拡大するということです このメリットの発生過程を説明します サマータイムを導入すると 日照時間が1 時間増えます 日照時間が1 時間増えると その与えられた時間を使ったスポーツや園芸のような戸外活動 余暇活動が盛んになります そうした戸外活動 余暇活動も盛んになると 戸外活動 余暇活動に関わる内需の拡大が見込めます 証拠資料を引用します 出典はさくら総合研究所 サマータイムで開く豊かさとゆとりの新時代 平成 4 年発行です 引用を開始します わが国でも サマータイムの実施により増加する終業後の日照時間が 前述のように健康的 文化的な活動に充てられれば 余暇支出が1 人当たり年間約 2 万円増加し 全体で約 8 千億円の追加需要が創出されるものと見込まれます 引用を終わります このように プランの導入によって大きな内需の拡大が実現します 次にこのメリットの重要性を説明します いま 日本は景気が良くありません 経済活動に何らかの刺激が求められています そこで プランから発生するメリット 内需の拡大 は経済活動に対する刺激になります よって このメリットは重要と考えられます 8
否定側立論 (2 分 ) これから否定側の立論を始めます 定義は肯定側に従います プランは現状維持の立場をとります それでは肯定側のプランから発生するデメリットを1 点申し上げます デメリットは 増エネ エネルギー消費の増大です 発生過程を説明します プランを導入すると一時間早く寝ることになります しかし夏の夜は寝苦しいので冷房を使うことになります 証拠資料を挙げます 朝日新聞 1995 年 5 月 16 日朝刊 新日本ファイナンス専務中野健夫さんです 引用開始します 我が国の高温多湿の夏の夜を考えれば 1 時間分暑い時間帯に就寝時間が繰り上がるため クーラーによる電気消費量が増えることは明らかである クーラーは電灯の約 20 倍の電力を消費するため 夕方の照明が節約できてもクーラーのため増エネは不可避である 引用終わります つまり結局プランの導入によって みなクーラーを使うのでエネルギー消費量が増大してしまうのです 次にこのデメリットの深刻性について述べます 環境保全は国及び国民の基本的責務です 証拠資料を引用します 環境基本法 6 条です 引用開始 国は 前 3 条に定める環境の保全についての基本理念にのっとり 環境の保全に関する基本的かつ総合的な施策を策定し 及び実施する責務を有する 引用終わり また同 9 条では国民の責務とされています しかし増エネは環境の保全と逆行します エネルギーの増大はなんであれ 環境の保全に反するからです したがって このデメリットは国及び国民の基本的責務に反する深刻なデメリットです 立論原稿のポイントは二つです 一つは立論の型を押さえること 定義 プラン メリット / デメリット ( 発生過程 / 重要性 深刻性 ) というアウトラインを持っていることです また発生過程及び重要性 深刻性など適切な言い方をしていることも必要です もう一つは反駁を考慮することです 反駁中心のディベートでは学習者が反駁をできること 反駁の楽しさを体験させることが重要です よってあまりがっちりした立論ではかえってまずいです 反駁の余地のあ 9
る原稿が必要になります 2 学習者は立論を耳で聞き取る立論は目ではなく耳で聞き取る学習をします 具体的には教師が立論原稿を読み上げ 学習者は一斉にそれをフローシート ( メモ用紙 ) に書き取るという学習を行います 教師はややゆっくりめに原稿を 話すように 読みます 耳で聞き取るときのポイントは2つです 一つは 引用メモ をすることです メモはふつう 要約メモ のように頭で咀嚼したメモをします しかし議論メモの場合はできる限り言葉面をメモするようにします 議論では 何を話したか と同時に どう話したか が重要だからです もう一つは要点を押さえることです 逐語的に書くことが大事ですが 同時に落としてはならない点があります それは議論の骨格 ( ナンバリング ラベリング部分 ) とデータ ( 数字 固有名詞 ) です この点は落ちのないようにすることが重要です 3 すばやく反駁メモをつくる時間を区切って立論に対する反駁メモを創ります 学習者の実態にもよりますが 3 分から5 分程度で どこに横やりを入れるか 横やりをいれるときの主な理由は何か をメモします 教室で各自の作った反駁メモを発表し合うとよいでしょう ここで必要な知識は 反駁とは何か です 反駁は粗く言って 斬る と 削る があります 斬るとは発生過程を斬ることです 発生過程の議論とは プランからメリット / デメリットまでを因果の鎖でつなぐこと です 反駁では この 因果の鎖 の弱いところ ( できる限り限定する ) に焦点を当てて斬ります たとえば肯定側の立論原稿で 日照時間が1 時間増えると その与えられた時間を使ったスポーツや園芸のような戸外活動 余暇活動が盛んになります とあります 本当に 日照時間が1 時間増えたくらいで戸外活動 余暇活動が盛んに なるのか そこに横やりを入れます そして 一時間では戸外活動 余暇活動には少なすぎる などと理由を書きます 削るとは重要性 深刻性を削ることです 重要性 深刻性の議論とは メリット/ デメリットがいかに大きなインパクトを持つか です 反 10
駁ではこの インパクトの大きさ に疑義を提出します たとえば先のモデル原稿の否定側立論で エネルギーの増大はなんであれ 環境の保全に反するからです とあります 確かに理屈の上ではその通りです しかし 100 円の寄付と1 億円の寄付が同等であるというのは常識的に考えておかしい 数値の吟味が必要である と言えるでしょう 4 反駁の原稿を書く上で作成した反駁メモをもとに反駁原稿を書きます この反駁原稿作成には実態に応じて 20 分 ~30 分ぐらいの時間をとって書かせます 書かせるときのコツは次の書式を与えることです ( 引用 ) 側はメリット ( デメリット ) の発生過程 ( 重要性 / 深刻性 ) で とおっしゃいました ( 主張 ) しかし それはおかしいです ( 根拠 ) なぜかというと~ ( 結論 ) よって このメリット ( デメリット ) は発生しません ( 重要 / 深刻 ) はありません 以上を 反駁の四拍子 と呼びます この反駁の四拍子の書式に従ってメリットまたはデメリット一つについて一つの反駁を書きます 要点は根拠の強さです 5 ゲームをする立論原稿と反駁原稿でゲームをします まずは 話すように読む ことが大事です そして反駁で どこまで審判を説得することができるか に挑戦します 根拠の強さ を説得的に話すことがポイントです 反駁が体験できればほぼ OKといえます 5 ディベートをする際の 2 つの留意点 実際のディベートをやる場合 手元にあった方がよいものがあります タイマーと記録用紙 ( フローシート ) です タイマーはキッチンタイマーがいいです 表示板が大きいモノのほうがよいです その方がディベーターが時間を確認しやすいからです いまなら携帯電話の中にデジタルのものがたいてい入っています 11
記録用紙は白い紙で OK です しかし フローシート と呼ばれる独特の記録用紙もあります 慣れないうちはそうしたものがあった方がやりやすいです 肯定と否定の議論をメモし分けるためのものです 記録用紙はディベートに必須です メモを取る議論 = 教室ディベートと言ってもよいくらいです 12