学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 志村治彦 論文審査担当者 主査宗田大副査星治 森田定雄 論文題目 Joint capsule attachment to the coronoid process of the ulna: an anatomic study with implications regarding the type 1 fractures of the coronoid process of the O Driscoll classification ( 論文内容の要旨 ) < 要旨 > 尺骨鉤状突起骨折 O Driscoll 分類の先端骨折 Type1 は骨片が 2mm 以下の Subtype1 と 2mm より大きい Subtype2 に分けられている Subtype1 では治療の必要性がないと言われているが 鉤状突起に付着する関節包との関連については正確に理解されていない また関節包の付着は従来 線状な形態構造であると考えられており鉤状突起への関節包付着部の存在は検討されていなかった 本研究の目的は 鉤状突起と関節包の解剖学的関係を明らかにすることである 解剖実習体 17 肘を用いた 最初に 10 肘で肉眼解剖学的観察を行った 肘関節包を上腕骨側から遠位に反転し 付着部を同定した 鉤状突起への付着部を 肉眼解剖学的さらに組織学的に観察した 関節包の鉤状突起先端への付着様式を評価し 関節包付着部の長さを測定した 次に 5 肘でバンドソーを用いて矢状断面の観察を行った 関節包付着部より近位の骨成分と軟骨成分の長さを計測した さらに組織標本 2 肘で関節包の厚さを測定した 鉤状突起の橈側での関節包付着部の長さ (11.9mm) は尺側での長さ (6.1mm) よりも長かった 関節包付着部の近位には 1.9mmの骨成分が 4.7mmの骨軟骨成分が存在した 鉤状突起の橈側の関節包の厚さは 近位付着部でそれぞれ 0.59mm, 0.34mm 鉤状突起先端上で 2.63mm, 1.69mm であった 肘関節前方関節包は橈側において 尺側より幅広く付着していた O Driscoll 分類の先端骨折 Subtype2 は関節包の付着部 骨軟骨を含んでいた 本研究から得られた解剖学的知識は鉤状突起骨折の治療や手術に貢献できると考えている < 緒言 > 尺骨鉤状突起骨折は一般的に肘関節後方脱臼に伴って生じることが多い まれに単独骨折となることもあるが 多くは橈骨頭骨折や肘頭骨折または関節包靭帯の破綻を伴っており肘関節の不安定性につながっている 鉤状突起は肘関節の安定性において重要な構造であるといわれているが 鉤状突起に付着する軟部組織も同様に重要な役割を果たしている Regan は単純 X 線側面像での骨片の前後高に基づいて鉤状突起骨折を分類した しかし 剥離骨折の定義が明らかにされていないので Type1( 剥離骨折 ) と Type2 の分類が正確には行うことができない さらに 骨片 - 1 -
の内外幅は考慮されず 側面像での高さのみで分類されているため正確な評価ができない O Driscoll は CT 画像を用いて骨片の解剖学的な位置に基づいた新しい鉤状突起骨折の分類を提案した この中で鉤状突起骨折は 先端骨折 前内側関節骨折 基部骨折 の 3 型に分類され 先端骨折はさらに 2mm 以下の Subtype1 2mmより大きい Subtype2 に分類されている この分類の中で Subtype1は治療の必要性がないとされており 肘関節の安定性の中で鉤状突起の役割は骨片の大きさに関連していると考えられている しかし 鉤状突起に付着する軟部組織の解剖学的詳細については今までの研究の中で明らかにされていないため さらなる研究が必要である われわれは Subtype1 と 2 では鉤状突起に付着する軟部組織に相違があるのではないかという仮説を立てた 本研究の目的は鉤状突起と軟部組織 とくに関節包との解剖学的関連性を明らかにすることである < 対象と方法 > 東京医科歯科大学解剖実習体 17 肘 ( 男性 8 肘 女性 9 肘 平均年齢 77 歳 ) を用いた この中には鉤状突起の明らかな外傷後変形 関節病変 関節包の異常などを認めなかった まず 10 肘で鉤状突起と関節包付着部の関連性について肉眼解剖学的観察を行った 皮膚 皮下組織を切除した後上腕筋 円回内筋尺骨頭以外の筋肉を除去した 肘前方関節包は上腕骨側から遠位に剥離し 橈骨外側から尺骨内側へ剥離して鉤状突起の関節包付着部を同定した 鉤状突起先端から関節包付着部までの距離をノギスで計測した また上腕筋付着部の橈側縁と尺側縁を基準として 関節包付着部の長さを測定した 次に 5 肘で バンドソーを用いて矢状面でスライスした標本を作製した 関節包近位付着部で鉤状突起斜面に垂直な線を引き 関節包より近位の骨成分 骨軟骨成分の厚さを計測した さらに 2 肘を用いて 矢状断で 5μm 切片組織標本を作製し マッソントリクローム染色した この組織標本 2 肘で 顕微鏡下にデジタルスケールを用いて上腕筋付着部の橈側縁と尺側縁における関節包の厚さを測定した 測定値の信頼性を評価するため計測は異なる日に 2 回行い 級内相関を計算した < 結果 > 鉤状突起に付着する筋腱組織の肉眼的所見上腕筋は上腕骨前面の幅広い面から起始し 尺骨鉤状突起尺側よりに停止していた ( 図 1A) 関節包を露出するために上腕筋は上腕骨と関節包から剥離し遠位に反転させた 円回内筋尺骨頭は鉤状結節遠位に付着していた ( 図 1B) 関節包は損傷することなく 上腕筋から分離して温存できた 上腕筋と関節包の尺骨鉤状突起付着部肘関節前方関節包を近位付着部 ( 上腕骨 ) から遠位に剥離していき 遠位付着部 ( 前腕 ) では橈骨外側から尺骨内側へ剥離していった 鉤状突起先端には関節包は付着していなかった ( 図 2A) 次に関節包の付着幅を測定するために 上腕筋や円回内筋尺骨頭 関節包を剥離しその付着部をマーキングした ( 図 2B) 鉤状突起先端から関節包付着部までの距離は平均 5.8mmであった - 2 -
関節包付着部の長さは上腕筋付着部の橈側縁と尺側縁を基準として測定した 鉤状突起尺側では関節包付着部の長さは平均 6.1mm 橈側では 11.9mmであった 関節包と上腕筋の層構造を観察し さらに関節包の厚みを測定するため矢状断標本を作製した ( 図 3) 鉤状突起の橈側では 尺側に比べて関節包の付着部が長いことが確認できた 2 肘での関節包の厚みは近位付着部でそれぞれ 0.59mm 0.34mm 鉤状突起上で 2.63mm 1.69mm であった また尺側での関節包付着部の厚みは近位付着部でそれぞれ 0.48mm 0.27mm 鉤状突起上で 1.33mm 1.76mm であった O Driscoll 分類 Type1 骨折と関連した解剖学的所見 O Driscoll 分類 Type1 の Subtype1 と 2 の臨床的意義を見出すために鉤状突起の関節包付着部 骨成分 軟骨成分を特に観察した 鉤状突起の関節包付着部より近位の骨軟骨の厚さは平均 4.7 mmであった ( 図 4) 骨成分のみの厚さは平均 1.9mm であった 級内相関はすべて 0.8 以上 (0.86-0.98) であった < 考察 > Cage らは肉眼解剖学研究で鉤状突起先端から関節包までは平均 6.4mm であったと報告している この報告に基づくと Regan 分類の Type1 骨折は関節包を含まないと考えられている 本研究では鉤状突起先端から関節包付着部近位端までの距離は平均 5.8mmであり Cage らの報告と近似していた 一方 Ablove らは組織学的研究で関節包付着部は鉤状突起先端から 2.36m m 遠位に付着すると報告し Regan 分類 Type1 骨折は関節包断裂を含むと報告している これらの異なる見解は 次のような解釈で説明が可能である Ablove らは組織学的検討のみで関節包付着部の解析を行っているが 実際には組織標本のみで関節包の付着部を同定することは 関節包が鉤状突起先端に触れているだけなのか 付着しているのかを組織標本では判定できないため困難である 本研究では 矢状断にスライスした肉眼的解剖で関節包を反転することで付着部を同定し 肉眼的解剖と組織学的検討を組み合わせることにより関節包付着部を確認できた 関節包の付着は従来 線状な形態であると考えられており鉤状突起への関節包付着部の存在は検討されていなかった 近年 関節包の付着は一様ではなく その付着部位により異なることが肩関節で報告されている 本研究では 鉤状突起の関節包付着部の長さは尺側より橈側が長いことが判明し さらに関節包の厚みも場所により一様でないことが明らかにされた 肩関節では関節包の付着部が長い部分は関節安定性の重要な構造になっていることが報告されており これを考慮に入れると肘関節でも鉤状突起において関節包付着部の広い部分が関節安定性に寄与していると推測される O Driscoll 分類では 鉤状突起先端を横断する骨折は Type1 とされている Subtype1 は 2mm 以下の骨片であり Subtype2 は 2mm より大きな骨片を有する骨折である Subtype1 では骨折を修復する必要はないと述べられているが Subtype1と 2 で鉤状突起先端に付着する軟部組織についての解剖学的相違については記載されていない 本研究では 鉤状突起上で関節包付着部の近位の骨成分は矢状面で平均 1.9mmであることが分かった この約 2mmというのは O Driscoll 分類で Type1 骨折を Subtype1と 2 に分類する境界に相当する この結果から - 3 -
O Driscoll 分類の Subtype1 と 2 の分類は 関節包の付着部を含むかそれとも含まないかという点で解剖学的に意義のある可能性が示唆された また O Driscoll は鉤状突起の高さの 50% 以上を含む骨折を基部骨折と定義しており 基部骨折では先端骨折と比べて軟部組織の損傷が少ないと述べている それゆえ 骨折が適切に固定されれば治療結果は良好であると報告している 本研究の結果から 関節包の付着部は線状ではなく場所によって付着幅が異なっていることがわかっている 基部骨折は関節包付着部のほぼすべてを含んでいると考えられ 骨折が適切に修復されれば良好な治療結果が得られるという見解を支持している 本研究の限界としては 純粋な解剖学的研究であること 解剖検体の数が少ないこと 生体力学的な検証はおこなえていないことである 本研究から得られた解剖学的知識は鉤状突起骨折の治療や手術に貢献できると考えている < 結語 > 鉤状突起上での関節包付着部の長さは尺側より橈側で長かった 関節包の付着部より近位の骨成分は 1.9mmであり O Driscoll 分類の先端骨折 Subype2 骨折は関節包の付着部を含む骨折であることが示唆された - 4 -
論文審査の要旨および担当者 報告番号甲第 5059 号志村治彦 論文審査担当者 主査宗田大副査星治 森田定雄 論文審査の要旨 1. 論文内容尺骨鉤状突起骨折で頻用されている O Driscoll 分類の先端骨折 Type1 の解剖学的意義を明らかにして その分類と手術適応の妥当性について組織学的所見を加えて明らかにした 2. 論文審査 1) 研究目的の先駆性 独創性尺骨鉤状突起骨折 O Driscoll 分類の先端骨折 Type1 は骨片が 2mm 以下の Subtype1 と 2mm より大きい Subtype2 に分けられ Subtype1 では治療の必要性がないと言われているが 鉤状突起に付着する関節包との関連については正確に理解されていない また関節包の付着は従来 線状な形態構造であると考えられており鉤状突起への関節包付着部の存在は検討されていなかった 本研究の目的は これまで明らかにされていない鉤状突起骨折の O Driscoll 分類の妥当性を解剖学的に明らかにすることである 2) 社会的意義骨折治療の適応を本研究により正しく理解でき 適切な適応のもとに治療法を選択できる 3) 研究方法 倫理観解剖実習体 17 肘を用い はじめに 10 肘で肉眼解剖学的観察を行った 方法は肘関節包を上腕骨側から遠位に反転して付着部を同定した 鉤状突起への関節包付着部を 肉眼解剖学的さらに組織学的に観察し関節包の鉤状突起先端への付着様式を評価し 関節包付着部の長さを測定した 5 肘でバンドソーを用いた矢状断面の観察し関節包付着部より近位の骨成分と軟骨成分の長さを計測した さらに組織標本 2 肘で関節包の厚さを測定した 系統解剖学を目的として提供された屍体を用いた本研究は 生前の提供者の理解と承諾に基づいており 広く認められた系統解剖学の倫理に基づいている 4) 考察 今後の発展性鉤状突起の橈側関節包付着部の長さ平均は 11.9mmで 尺側の 6.1mmより長かった 関節包付着部の近位には 1.9mmの骨成分が 4.7mmの骨軟骨成分が存在した 肘関節前方関節包は橈側において 尺側より幅広く付着していた O Driscoll 分類の先端骨折 Subtype2 は関節包の付着部 骨軟骨を含んでいた ( 1 )
今後矢状断のみならず関節包付着に沿った面での関節包付着部の解析を加えることにより 肘関節の機能と解剖学的構造との関係がより詳細に解明される可能性がある 3. その他特になし 4. 審査結果本学位研究テーマは明瞭で 研究法 研究結果は研究目的を十分に果たしており 解剖学的にも 社会的にも意義深いものである 本論文は博士 ( 医学 ) の学位を申請するのに十分な価値があるものと認められた ( 2 )