症例報告 子宮筋腫からのエリスロポエチン産生 によると思われた赤血球増多症の 1 例 朝野晃 1) 島崇 1) 斉藤彩 1) 澁谷剛志 1,4) 吉田美帆 1) 早坂篤 1) 鈴木博義 2) 横山寿行 3) 明城光三 1) 和田裕一 1) 1) 国立病院機構仙台医療センター産婦人科 2) 国立病院機構仙台医療センター臨床検査科 3) 国立病院機構仙台医療センター血液内科 4) 自衛隊仙台病院産婦人科 抄録 症例は 52 歳 主訴は子宮筋腫 多血症 既往歴は 26 歳時漿膜下筋腫核出術を施行 42 歳時子宮筋腫 過多月経のため子宮動脈塞栓術を施行 2008 年に子宮は手拳大であったが 2011 年 4 月には子宮は小児頭大に増大し ヘモグロビン (Hb) が 17.6g/dl と赤血球増多症が進行していた 2012 年 1 月には Hb が 18.5g/dl と更に増加した また 術前の血中エリスロポエチン (EPO) 値は 35.0mU/ml と高値を示した その後も子宮の増大を認めたため 2012 年 7 月に腹式子宮全摘術 両側付属器切除術を施行し 1,930g の平滑筋腫であった 術後 5 日目の EPO 値は正常化し Hb は 15.0g/dl と低下し 術後経過は良好であった キーワード : 子宮筋腫 赤血球増多症 エリスロポエチン (2012 年 12 月 4 日受領 2 月 6 日採用 ) 1 緒言異所性のエリスロポエチン産生による赤血球増多症は比較的稀であり 腎癌 肝癌 小脳血管芽細胞腫 子宮筋腫などが知られている 1) また 近年 血中エリスロポエチン (EPO) が臨床検査で測定できるようになり 血中 EPO 上昇を示す子宮筋腫に赤血球増多症を合併した症例が報告されている 2-16) 今回我々は筋腫の経過観察中に赤血球増多症が進行し 血中 EPO が高値であった症例を経験したので報告する 2 症例年齢 :52 歳 女性 主訴 : 子宮筋腫 多血症 家族歴 : 特記事項なし 既往歴 :26 歳時 漿膜下筋腫核出術 (500g) を施行 42 歳時 子宮筋腫 過多月経のため子宮動脈塞栓術を施行 月経歴 : 初経 11 歳 閉経 50 歳 妊娠歴 :0 経妊 0 経産 喫煙歴 : なし 47
エリスロポイエチン産生子宮筋腫 現病歴子宮動脈塞栓術以降 過多月経 貧血もなく 6 ヶ月毎に当科で経過観察されていた 2008 年 (48 歳 ) 時には子宮は手拳大であったが 2011 年 4 月に子宮は小児頭大に増大してきており ヘモグロビン (Hb) が 17.6g/dl と赤血球増多症が進行していた 子宮の増大を認めており手術を勧められていたが 自覚症状に乏しいため 経過観察を希望していた MRI では骨盤腔を占拠する子宮筋腫を認めた ( 図 1) 2012 年 1 月には Hb が 18.5g/dl と更に増加し 筋腫の増大も認めたため子宮全摘術予定した 術前 表 1 症例の子宮の大きさの変化と赤血球数 (RBC) ヘモグ ロビン (Hb) ヘマトクリット (Ht) 値の推移と血中エリスロポ エチン (EPO) の術前術後の変化 図 2 摘出子宮 ( 上 ) および割面像 ( 下 ) 長径 18 cmの筋 腫核を認める 図 1 子宮筋腫の MRI 像 (T2 強調画像 矢状断 ) 検査では赤血球増多を認めた他 血液凝固能 生化学検査値に異常を認めなかった 表 1 に Hb, ヘマトクリット値 赤血球数の推移を示した 術前の血中エリスロポエチン (EPO) 値は 35.0mU/ml ( 正常値 8-36mU/ml) と高値を示した 2012 年 7 月に腹式子宮全摘術 + 両側付属器切除術を施行し 子宮の周囲 図 3 摘出子宮の組織像 (HE 染色 ) 48
に癒着を認めたが肉眼的には子宮筋腫であり 子宮重量は 1,930g( 図 2) 手術時出血量は 230g 手術時間は 1 時間 56 分であった 病理診断も子宮平滑筋腫であり ( 図 3) 付属器に異常を認めなかった 術後 5 日目の EPO 値は 6.7mU/ml と低下し Hb も 15.0g/dl と低下した 術後の経過は良好であり 術後 7 日目に退院し 術後 1 カ月の Hb は 14.3g/dl であった 3 考察子宮筋腫に赤血球増多症を伴う症例は 1991 年の北原ら 2) の報告時には 世界で 30 例以上 本邦で 10 例の報告がなされていた 赤血球増多症に血中 EPO 高値を示すことは以前より知られており EPO 産生腫瘍の診断基準 1) は 1 腫瘍と赤血球増多症の合併 2 腫瘍摘出により赤血球増多の消失 3 血中または尿中 EPO 活性の増加 あるいは腫瘍摘出による低下 正常化 4 腫瘍抽出液あるいは嚢胞液中の EPO 活性の証明 5ほかに赤血球増多や EPO 活性増加の原因のないこととされている また Suzuki ら 7) は 赤血球増多症を認めた子宮筋腫組織が EPO を産生することを EPO mrna を測定し直接的に証明している 抗 EPO モノクローナル抗体を用いた免疫染色では 平滑筋腫細胞質が染色され 免疫組織学的にも平滑筋腫細胞が EPO を分泌していることが認められている 9) 表 2 に近年の血中エリスロポエチン増加を伴 表 2 血中エリスロポエチン (EPO) 増加を伴った赤血球増多症の報告例 (EPO 正常値の記載のある症例のみ 1990-2012 年 ) った赤血球増多症の最近の例をまとめた 全例 術後に EPO 値は低下していた 年齢は 55 歳以上の閉経後症例が半数を占めていた Hb 値は 18.1g/dl から 25.0g/dl まであり 70% 以上の症例で術前に 血栓症の予防のために瀉血を施行していた 本症例では 術前の凝固検査で異常を認めないため 瀉血は行わず手術を施行したが 術後の経過は良好であった 術後に血栓症を認めた赤血球増多症例はなか ったが 北原ら 2) は 術前に赤血球増多症に伴う脳梗塞を合併した巨大筋腫の例を報告しており 喫煙者でもあり血液粘稠度の増加が脳梗塞の誘因となったと考えられている また Unosawa ら 14) は BMI 41.9 の高度肥満の赤血球増多症を伴う子宮筋腫症例で肺梗塞を生じた症例を報告している 赤血球増多症を伴う子宮筋腫では特に 術前の血栓症の精査が必要である 本症例では 血栓症の発症に対し留 49
エリスロポイエチン産生子宮筋腫 意し 術前の D ダイマーを測定したが 0.5μg/ml と正常値であり 術後は早期離床とヘパリンの皮下注射を施行し血栓症の発生は認めなかった また 赤血球増多症を伴う子宮筋腫症例では子宮筋腫が 1Kg を超える症例が 80% 以上であったが 血中 EPO 値との相関は認めなかった 子宮筋腫の治療に関しては 従来の筋腫の治療と変わりはなく 妊孕性温存が可能な年齢では筋腫核出術が施行され 4 例中 3 例が 1.8Kg を超える筋腫であった その他の症例では子宮全摘術が行われ 術後の経過は良好であり術後に赤血球増多症は消失し その後の予後も良好であった 4 結語子宮筋腫に赤血球増多症を伴う症例の場合 EPO 高値の場合があり 赤血球増多症は血栓 塞栓症のリスク因子となりうるため 術前 術後の血栓 塞栓症の予防に十分留意する必要があると思われた 5 文献 1) 鈴木光明 高見澤聡 榎本明美 ( 自治医大 ). 内分泌症候群 ( 第 2 版 ) その他の内分泌疾患を含めて 腫瘍とホルモン異所性ホルモン産生腫瘍異所性エリスロポエチン産生腫瘍. 日本臨床別冊内分泌症候群 III 2006;283-286 2) 北原賢二 茂木弘道 滝口道生 他. 赤血球増加症と脳梗塞を合併した巨大子宮筋腫の 1 例. 産婦人科の実際 1991;40 :2131-2136 3) Clark CL, Wilson TO, Witzig TE. Giant uterine fibromyoma producing secondary polycythemia. Obstet Gynecol. 1994;84(4 Pt 2) :722-724 4) 山崎浩史 新甲靖 加藤浩二. 子宮筋腫よりのエリスロポエチン産生が疑われた赤血球増多症の 1 例. 日本産科婦人科学会中国四国合同地方部会雑誌 1998;47:79-83 5) 渡辺知緒 小林陽一 中村真 他. 多血症を合併した巨大子宮筋腫の 1 例. 本産科婦人科学会関東連合地方部会会報 1988;35:224 6) Yoshida M, Koshiyama M, Fujii H, et al. Erythrocytosis and a fibroid. Lancet. 1999; 354:216 7) Suzuki M, Takamizawa S, Nomaguchi K, et al. Erythropoiechin synthesis by tumor tissues in a patient with uterine myoma and erythrocytosis. Br J Haematol 201;113:49-51 8) 瓦家裕美 山本昌彦 赤堀周一郎 他. 多血症を伴った巨大子宮筋腫の一例. 日本産科婦人科学会雑誌 2002; 54:408 9) Yokoyama Y, Shinohara A, Hirokawa M, et al. Erythrocytosis due to an erythropoietin- producing large uterine leiomyoma. Gynecol Obstet Invest 2003;56:179-183 10) Patel PB, Radin R. Myomatous erythrocytosis syndrome: a case report. Acta Radiol. 2006;47:998-999 11) Maslovsky I, Gemer O, Gefel D, et al. Polycythemia as a result of ectopic erythropoietin production in benign cystic leiomyoma of uterus. Acta Obstet Gynecol Scand. 2006;85: 887-888 12) 和田潤郎 橋本哲司 小田得三. 多血症を合併し 手術により速やかに改善した子宮筋腫の一症例. 日本産科婦人科学会東北連合地方部会誌 2006;54:74 13) 永田智子 佐藤美紀子 吉田浩 他. 子宮筋腫赤血球増多症候群を呈した巨大子宮筋腫の 1 例. 日本産科婦人科学会関東連合地方部会会報 2006;43:294 14) Unosawa S, Hata M, Sezai A, et al. Pulmonary embolism with myomatous erythrocytosis syndrome and extreme obesity. Thorac Cardiovasc Surg. 2009;57:313-314 15) 井上佳子 中村美紀 榮達智 他. 日常診療で遭遇する血液疾患 (70) 子宮筋腫に付随した赤血球増加症.Medical Postgraduates 2010;48: 1-8 16) 森田剛文 永井孝 佐藤静香 他. 多血症を合 50
併した巨大子宮筋腫の一例. 日本婦人科腫瘍学会雑誌 2010;28:346 51