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団地型公共賃貸集合住宅における大規模改修の取り組み 東京都立大学大学院工学研究科建築学専攻 助手門脇耕三 1. はじめに我が国では 戦後の住宅の量的不足や 人口の大都市集中等に対処するため 1955 年から 1973 年にかけての高度経済成長期に 大規模な住宅地開発や住宅供給が急速に増加した このような住宅の大量供給は 1973 年のいわゆる第一次オイルショックを機に低迷に転じるわけであるが これらマスハウジング期に建設された住宅は 依然として我が国における住宅ストックの大きな一角を占めている 特に 公共住宅注 1) においてはその傾向が顕著であり 全国で建設された公共住宅ストックのうち 約 4 割は昭和 40 年代 (1965~1974) に建設されたものである 昭和 40 年代に建設された公共住宅は 建築基準法第 86 条の一団地認定を受けた 団地型の集合住宅であることが多い 最近 団地再生 などといった話題がにわかに注目を集めているが 現在 再生 の対象となっているのは 多くの場合 躯体が健全で 構造的には今後数十年の使用にも耐えうる 昭和 40 年代に建設された鉄筋コンクリート造の賃貸集合住宅である 2000 年度から開始された 国土交通省による 公営住宅ストック総合改善事業 の後押しもあり これらの団地型集合住宅は 多くの事業主体によって様々に工夫が凝らされた改修計画が立案され 実施されるようになってきている 筆者らは 2002 年度から 2003 年度にかけて その改修実態の全国レベルでの調査を行っており 本稿では 調査によって得られた団地型集合住宅の大規模改修の取り組みについて報告する 2. 従来型の大規模改修手法団地型集合住宅の大規模改修手法として 最も良く知られているのが 一室増築と二戸一化であろう 一室増築とは 2DK 程度の中層集合住宅のバルコニー側に一室を増築し 住戸規模の拡大を図るものであり 居住者が入居したまま工事が行えるよう PC 工法等を用いて行われる 一室増築は 全国で少なくとも 8 万戸以上の実績を有する注 2) 我が国で最も多く行われた公共中層集合住宅の大規模改修手法であり 1970 年代後半から始まり 1980 年代後半に実施戸数はピークを迎えている この時期に大規模改修の対象となったのは マスハウジング期初期に建設された集合住宅であり 浴室等が設置されていない住戸も多かった そこで 一室増築では 従前住戸の住機能を補うため 一室に加えて浴室や洗面室などが増築されることが多い 図 1 及び図 2 に示す実例では 増築部分に洗面室と洗濯機置場が計画されている 二戸一化は 戸境壁を一部撤去することなどにより 二戸を一戸化するものである 二戸一化も 一室増築と同じく 古くから行われている大規模改修手法である 比較的古い時期に行われた二戸一化は 既存の内装にはあまり手を加えないことが多く 便所が二カ

図 1 一室増築の事例 ( 左 : 改修前, 右 : 改修後 ) 図 2 一室増築事例の住戸平面図 ( 左 : 改修前, 右 : 改修後 ) 図 3 二戸一化事例の住戸平面図 ( 左 : 改修前, 右 : 改修後 ) 所にあるなど 奇妙な平面計画となることもあったが 最近二戸一化の対象となる集合住宅は 既に建設から 30 年近くが経過しており 図 3 に示すように 劣化した内装や設備機器の大幅な更新も同時に行われることが多い これら一室増築 二戸一化といった 古くから行われている従来型の大規模改修手法は 水廻り設備の機能不足を補うことと 狭小な住戸面積を拡大することの 2 つを改修の主な

目的とするものである しかし現在では 上記にとどまらない新たな住要求に適合させるために 従来型の大規模改修手法とは異なる改修手法が出現し 実施されるようになってきている 3. 新たな大規模改修手法の登場マスハウジング期に建設された団地において 現在喫緊の対応が求められていることとして 団地の経年に伴って増加しつつある 高齢居住者の暮らしやすい住環境を整備することが挙げられる 特に 団地型集合住宅は 多くが 4 層か 5 層の建物でありながら エレベータが備え付けられていないため これにエレベータを付加することが求められている マスハウジング期に建設された公共中層集合住宅は そのかなりのものが階段室型住棟であり注 3) 階段室型住棟にエレベータを設置する様々な技術が開発されている その一つが 図 4 に示す階段室型エレベータである 階段室型エレベータは 既存の建物にほとんど手を加えずに設置することができるため イニシャルコストを抑えることができるという利点がある 一方で 階段室ごとにエレベータを設置することが必要なため 維持管理費が大きくなるという問題も抱えている また 図 5 の断面図に示すように エレベータは階段の踊り場に着床するため 住戸へのアクセスには半層分階段を使用する必要が生じる 住まい続けるうちに 自力で階段を上り下りすることが困難となることもあろうから 継続的な居住が可能な環境を整備するという観点からは 階段を使わずにアク 図 4 階段室型エレベータの設置事例 ( 左 : 設置前, 右 : 設置後 ) 図 5 階段室型エレベータの断面

図 6 片廊下の増築が行われた事例の平面図 ( 上 : 改修前, 下 : 改修後 ) 図 7 片廊下の増築が行われた事例の立面図 ( 上 : 改修前, 下 : 改修後 ) セスできる住戸を用意しておくことも重要であろう 完全なバリアフリーの実現を目指して 最近増加しつつあるのが 階段室型住棟に片廊下を増築する手法である 図 6 及び図 7 に示す事例では 鉄筋コンクリート造の片廊下が増築されるとともに 中央の階段室の階段が撤去され エレベータが挿入されている 階段室型住棟への片廊下の増築は 多くの場合玄関位置を変更する必要が生じるため 住戸の平面構成も大幅に改められることが常である また同時に 住戸規模の変更も行われる

図 8 屋内片廊下が増築された例 図 9 鉄骨造片廊下が増築された例 ことが多く この例では西側 2 階段の 4 住戸について 四戸三化改修が行われている 最近の住戸規模の変更を伴う大規模改修では 三戸二化 四戸三化といった改修が行われることが増えてきているが ( 時には六戸五化改修が行われることさえある ) これは改修の対象が マスハウジング期後期 すなわち昭和 40 年代前後に建設された 比較的住戸面積の広いものに移行しており かつてのような二戸一化では改修後の住戸面積が大きくなりすぎるためである注 4) さらにこの例では 改修によって同一階に様々な規模と平面をもつ住戸を実現している このように 住棟内に多様な住戸が計画されるのが 最近の大規模改修の特徴である また 片廊下の増築を行った事例には 寒冷地のため屋内片廊下を増築したもの ( 図 8) や ブリッジ状の鉄骨造片廊下を増築したもの ( 図 9) など 様々なバリエーションが存在する 片廊下の増築に限らず 最近の大規模改修では 各々の事業主体が 個別の建物それぞれの条件に応じた改修計画を立案しており 改修手法自体が個別性を高めていることも大きな特徴である 前述したように 最近では多くの場合 改修に際して既存の内装や設備機器は一新されるが 図 10 に示すように 段差のない室内床 手摺り付きの広い浴室や便所など 高齢居住者や車椅子使用者に対応した内装も計画されるようになってきている 4. 現在の大規模改修手法の特徴今までみたように 最近登場した大規模改修手法は 老朽化した内装 設備や 狭小な住戸面積といった マスハウジング期に建設された公共住宅が抱える従来からの問題点に加えて 高齢居住者の増加など 新たな問題に対する解でもある この意味では 両者とも既存の建物の居住水準を向上させる手段であり 従来型の大規模改修と現在の大規模改修には本質的な相違はないと考えることもできよう しかしながら 両者の間には明確な 図 10 内装の一新が行われた住戸 ( 左 : 改修前, 中央 : 改修後, 右, 改修後の車椅子対応浴室 )

違いがあることも確かである 一つは 一室増築 二戸一化といった従来型の大規模改修手法が 同一の平面型の住戸を大量に供給する性格注 5) のものであったのに対して 新たな大規模改修手法は 改修によって住棟内 ないしは団地内に積極的に多様な住戸を創出している点である このように 従来型の大規模改修手法はマスハウジングの延長線上に位置づけられるが 新たな大規模改修手法は明らかにポストマスハウジングの所産である マスハウジング期に建設された公共集合住宅は 当初は核家族むけに計画されたものの 現在では世帯人員が 3 人以上の世帯の居住水準を満たさないものが多く 団地内世帯の老年層 若年層への二極分化が問題となっているところも多い つまり 大量供給のための住戸の画一的なデザインが 住要求の変化に伴って 結果として団地内コミュニティの沈滞を招いているのであり 多様な住戸を創出しようとする最近の大規模改修は これを改めることによってコミュニティの活性化を図ることも狙いの一つとなっている また 最近の大規模改修は 手法そのものが多様化していることは既に述べたが 事業主体ごとに異なる多様な改修が行われることによって 近年の公共集合住宅は 地域性 とも呼べるものを備えつつあるようにもみえる マスハウジング期に建設された団地型集合住宅は 標準設計によって建設され 全国で一様に 団地的風景 が出現したわけであるが 現在行われている大規模改修は 例えば寒冷地であればその気候を反映した工夫が施され 外壁の大規模な改修が行われた事例や 片廊下の増築が行われた事例などでは その工夫が反映された外観を獲得しているものも少なくない 今のところは それが単に気候条件などから導かれたものに過ぎないのかもしれないが 今後は各地の地域性や風土性が積極的に考慮された改修も行われるであろう 5. 公共住宅における大規模改修の課題公共集合住宅の大規模改修 特に賃貸中層集合住宅の大規模改修については 既に多くの事業主体によって様々な実践が積み重ねられつつあり いくつかの改良すべき点は残されているものの 技術的課題はほぼクリアされていると言ってよい注 6) また 最近の大規模改修では 内装の一新が行われることが多く 概して居住者の満足度も高い しかしながら これらの大規模改修手法は 広く汎用化していくためには ある限界を抱えていると言わざるを得ない すなわち 内装の抜本的な更新や 既存躯体の大幅な変更などを行うため 改修に要する戸あたりのコストが高く 多くのストックに大規模改修を行うことが困難なのである 中には 新築の 4 分の 3 以上のコストを要する場合もあり いくつかの事業主体では これを新築の 5 割から 6 割程度にまで抑えることが目下の目標 図 11 大規模改修工事の状況

とされているようである このように 大規模改修のコストが高価なものとなるのは 改修はそもそも事業の不確定性が高いことや 大規模改修の経験が浅く 内装構法のシステム化や工事の合理化が充分でないことなどもあろうが 既存の建物が改修に対してもつキャパシティが低いことも その大きな要因であろう キャパシティとは どの程度の改修によって どれだけの効果を得られるか といったことを表す建物の図 12 大規模団地の景観性能概念の一種であり キャパシティの高い建物ほど 軽微な改修によってより大きな効果が得られる 従って 改修の費用対効果は建物のキャパシティに大きく依存する 集合住宅の場合 そのキャパシティの大きさは 階高 専有面積 構造壁率などによって定ま注る 7) つまり マスハウジング期に建設された団地型集合住宅は 階高が低い 専有面積が小さい 構造壁が多いなどといった理由で 現在の住要求に適合させるためには 大規模な工事を余儀なくされ 結果としてコストの高騰を招いているものと考えられる キャパシティという概念は 建物単体のレベルから 街区のレベルに拡張することも可能である注 8) マスハウジング期に建設された団地にこの考え方をあてはめれば 巽の指摘する注 9) ように 団地型集合住宅は個々の建物としてみればキャパシティは低いが 団地レベルで見れば 豊かなオープンスペースに恵まれていることなどもあり キャパシティは非常に高いものと考えられる 例えば いくつかの住棟に わずかな増築 減築を行うことだけでも 単調な団地の景観は大きく変化する また 現状の閉鎖的 自己完結的な団地の構成を 広場や通り抜けのレイアウト変更によって改めることや 共同施設の充実やその地域開放を行うことなどでも 周辺地域との交流や 団地内コミュニティの活性化が促されるであろう注 9) このように 団地レベルでの改修を考えれば わずかな投資で住環境を飛躍的に向上させることも充分に可能である さらに 現在の内装一新型の大規模改修の場合 その恩恵に与れるのは 改修が行われる住棟の居住者のみであるのに対して 団地レベルの改修の効果は 団地全体 ひいては周辺地域にも及びうる こうした意味でも この種の改修は非常にコストパフォーマンスの高いものとなる可能性がある 団地全体の住環境を考慮した改修は いくつかの事業主体では萌芽的に試みられてはいるものの その数は未だ非常に少ないのが現状である 確かに このような改修は 内装を一新するような改修に比べて その成果が目に見えにくいものではあるし その価値が充分に認められている状況であるとは言い難い しかし 住まうことの新たな価値を見いだし それを提示することは 建築に携わるものの職能であろう 今後 見慣れた団地の風景が 様々に魅力的な建物群に変容していくことを期待したい なお 本論文は 社団法人建築 設備維持保全推進協会 (BELCA) による総合的 LC 特別研究 及び東京都立大学 21 世紀 COE プログラム 巨大都市建築ストックの賦活 更新技術育成 の一環として行われた研究の成果の一部である また 本論文に掲載した図面は 一部を筆者が加筆 修正の上 文献 1 から転載したものである

調査にあたっては 全国の都道府県 政令指定都市 ならびに都市基盤整備公団の方々に多大なるご協力をいただきました ここに記して感謝いたします 注釈注 1) 本論文では 公営住宅 公社住宅 ならびに公団住宅を 公共住宅と呼ぶこととする 注 2) 文献 2 参照 注 3) 文献 5 では 6 つの事業主体について 昭和 40 年代に建設された中層公共集合住宅のストック調査が行われており その実に 85% 近くが階段室住棟であると報告されている 注 4) 公営住宅法の定める公営住宅等整備基準では 公営住宅の住戸の専有面積は 80m 2 を超えてはならないと規定されており 住戸の規模増にあたっては 既存住戸の専有部分の一部を外部扱いの物置やバルコニーに改修するなどの工夫も多く行われている 注 5) 例えば大阪府では 1976 年から 1979 年にかけて 大阪府営住宅増築標準設計 として一室増築の標準設計が整備され 府下 3 万戸以上の団地型集合住宅に対してこの標準設計が適用された 文献 6 p. 13 参照 注 6) 賃貸中層集合住宅において 躯体に大幅な変更を加えるような大規模改修は 通常 居住者を近隣住棟に仮移転させて行われる 一方で 高層住宅の大規模改修を行おうとする際には 全ての居住者の仮移転先を確保することは難しく 今後 居ながら改修技術の開発などを進めていくことが必要であろう また 分譲集合住宅についても ソフト面 ハード面ともに適切な改修手法の開発が課題である 注 7) 文献 7 参照 注 8) キャパシティとは そもそも N. J. ハブラーケンらが中心となったオランダの SAR( 建築研究所 ) が提唱したオープンビルディング理論に登場する概念である オープンビルディング理論は 建築に関連する領界をティッシュ ( 街区レベル ) サポート( 建物レベル ) インフィル( 内装レベル ) の 3 つのレベルに分けたことでよく知られているが このとき それぞれの領界の多様性を確保するためには ティッシュはサポートに対して サポートはインフィルに対して充分なキャパシティを持たねばならないとされている 文献 8 pp. 70-73 など参照 注 9) 文献 9 pp. 2-3 参照 参考文献 1) 社団法人建築 設備維持保全推進協会 : 公共住宅における大規模改修事例集, 社団法人建築 設備維持保全推進協会報告書,2003. 5 2) 荒平剛史, 深尾精一, 門脇耕三, 大野木智也 : 全国の公共住宅供給主体における住戸規模の変更等を伴う大規模改修の実績 - 公共集合住宅における住戸規模の変更等を伴う大規模改修に関する研究その 1-, 日本建築学会学術講演梗概集,E-1 分冊,pp. 733-734,2003. 9 3) 門脇耕三, 深尾精一, 大野木智也, 荒平剛史 : 改修手法別にみた住戸規模の変更等を伴う大規模改修の特性 - 公共集合住宅における住戸規模の変更等を伴う大規模改修に関する研究その 2-, 日本建築学会学術講演梗概集,E-1 分冊,pp. 735-736,2003. 9 4) Kozo KADOWAKI, Seiichi FUKAO and Tsuyoshi ARAHIRA:Regeneration with Dwelling Unit Enlargement of Public Housing in Japan, Proceedings of the Conference of CIB W104 Open Building Implementation Dense Living Urban Structure, pp. 267-275, Oct. 2003 5) 財団法人日本住宅リフォームセンター : スーパーリフォーム 40s 調査研究報告書, 財団法人日本住宅リフォームセンター報告書,1999. 11 6) 市浦都市開発建築コンサルタンツ : 創立 50 周年誌, 市浦都市開発建築コンサルタンツ,2002. 11 7) 門脇耕三, 深尾精一, 小林秀樹, 鎌田一夫, 藤本秀一, 宮本俊次 :SI 住宅のスケルトンの改修キャパシティに関する研究 - 集合住宅の改修性能の定量的評価手法に関する基礎的研究 -, 日本建築学会計画系論文集, 第 543 号,pp. 147-153,2001. 5 8) OBOM( 金子勇次郎, 澤田誠二訳 ): もつれた建築をほどく, 財団法人住宅総合研究財団,1995. 5 9) 公社住宅ストック再生研究会 ( 巽和夫, 柏原士郎, 深尾精一, 高田光雄ほか ): 公社住宅のストック再生にむけて, 大阪府住宅供給公社報告書,2002. 3