目次 1-6 論文要旨 7-11 略語一覧 総合序論 第 1 章 ラット成熟卵および射出精子における超低温保存法の開発に関する研究 第 1 項 [ 序論 ] [ 材料と方法 ] 供試動物 ラット成熟卵における新規ガラス化保存液の開発 ラット成熟卵の回収

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目次 1-6 論文要旨 7-11 略語一覧 12-14 総合序論 15-23 第 1 章 ラット成熟卵および射出精子における超低温保存法の開発に関する研究 24-68 第 1 項 [ 序論 ] [ 材料と方法 ] 供試動物 ラット成熟卵における新規ガラス化保存液の開発 25-37 ラット成熟卵の回収ラット成熟卵のガラス化保存ガラス化保存した成熟卵の加温ラット成熟卵ガラス化保存に用いる保存液の試験区人為的活性化処置表層顆粒放出の蛍光蛍光染色ラット IVF 法 IVF により作出された胚の体外発生培養統計処理 [ 実験計画 ] 実験 1: ラット成熟卵のガラス化保存における平衡への平衡時間の検討実験 2: ラットガラス化加温未受精卵の活性化処理後における発生能の検討実験 3: カルシウムと CPA の組み合わせがガラス化加温したラット成熟卵の生存率, 活性化処置後の発生率, 表層顆粒放出へ及ぼす影響実験 4: 改良ガラス化保存液がガラス化保存したラット成熟卵における IVF 後の受精能に及ぼす影響 [ 結果 ] - 1 -

実験 1: ラット成熟卵のガラス化保存における平衡への平衡時間の検討実験 2: ラットガラス化加温未受精卵の活性化処理後における発生能の検討実験 3: カルシウムと CPA の組み合わせがガラス化加温したラット成熟卵の生存率, 活性化処置後の発生率, 表層顆粒放出へ及ぼす影響実験 4: 改良ガラス化保存液がガラス化保存したラット成熟卵における IVF 後の受精能に及ぼす影響 [ 考察 ] 第 2 項 MG132 がラット成熟卵ガラス化保存に与える影響 38-46 [ 序論 ] [ 材料と方法 ] 供試動物ラット成熟卵の回収ラット成熟卵のガラス化保存ガラス化保存した成熟卵の加温 MG132 を用いたラット成熟卵ガラス化保存に用いる保存液の試験区ラット IVF 法 IVF により作出された胚の体外発生培養統計処理 [ 実験計画 ] [ 結果 ] [ 考察 ] 第 3 項超低温保存したラット成熟卵と精巣上体尾部精子からの個体復元 47-57 [ 序論 ] [ 材料と方法 ] 供試動物ラット成熟卵の回収ラット成熟卵のガラス化保存ガラス化保存した成熟卵の加温 - 2 -

ラット凍結保存精子の作製および融解法ラット IVF 法 IVF により作出された胚の体外発生培養胚移植統計処理 [ 実験計画 ] 実験 1: 卵丘細胞の有無が新鮮およびガラス化保存卵の生存率と IVF 時の受精率に及ぼす影響実験 2: 卵丘細胞付着した状態でガラス化保存したラット成熟卵が凍結保存精子との IVF 後における産子への発生能に及ぼす影響 [ 結果 ] 実験 1: 卵丘細胞の有無が新鮮およびガラス化保存卵の生存率と IVF 時の受精率に及ぼす影響実験 2: 卵丘細胞付着した状態でガラス化保存したラット成熟卵が凍結保存精子との IVF 後における産子への発生能に及ぼす影響 [ 考察 ] 第 4 項体外受精に用いる凍結保存したラット射出精子の受精能および個体への発生能 58-68 [ 序論 ] [ 材料と方法 ] 供試動物ラット射出精液の回収ラット凍結保存精子の作製および融解法 LIVE/DEAD 染色キットによる精子生存性の判定法精子先体膜の形態学的評価精子チロシンリン酸化を指標とした受精能獲得の検出ラット成熟卵の回収および IVF 法 IVF により作出された胚の体外発生培養胚移植統計処理 [ 実験計画 ] 実験 1: 凍結保存したラット射出精子および精巣上体尾部精子における運動性と - 3 -

先体反応正常性の検討実験 2: 凍結保存したラット射出精子および精巣上体尾部精子における IVF 後の発生能実験 3: 凍結保存したラット射出精子および精巣上体尾部精子における受精能獲得 [ 結果 ] 実験 1: 凍結保存したラット射出精子および精巣上体尾部精子における運動性と先体反応正常性の検討実験 2: 凍結保存したラット射出精子および精巣上体尾部精子における IVF 後の発生能実験 3: 凍結保存したラット射出精子および精巣上体尾部精子における受精能獲得 [ 考察 ] 第 2 章 [ 序論 ] [ 材料と方法 ] 供試動物 ガラス化保存したマウス未成熟卵における個体への発生能に関する研究 69-83 マウス未成熟卵の回収マウス未成熟卵のガラス化保存ガラス化保存したマウス未成熟卵の加温マウス未成熟卵の IVM 法マウス精子凍結保存法と IVF 法 IVF により作出された胚の体外発生培養胚移植統計処理 [ 実験計画 ] 実験 1: 成熟培養時間が新鮮マウス未成熟卵における IVM および IVF 後の受精能と発生能に及ぼす影響実験 2: マウス未成熟卵のガラス化保存における平衡液への平衡時間が IVM IVF 後の受精能と発生能に及ぼす影響実験 3: ガラス化保存したマウス未成熟卵における IVM および IVF 後の産子への発生能に及ぼす影響 [ 結果 ] - 4 -

実験 1: 成熟培養時間が新鮮マウス未成熟卵における IVM および IVF 後の受精能と発生能に及ぼす影響実験 2: マウス未成熟卵のガラス化保存における平衡液への平衡時間が IVM IVF 後の受精能と発生能に及ぼす影響実験 3: ガラス化保存したマウス未成熟卵における IVM および IVF 後の産子への発生能に及ぼす影響 [ 考察 ] 第 3 章 [ 序論 ] [ 材料と方法 ] 卵母細胞の採取と体外成熟 ブタ成熟卵のガラス化保存 ガラス化保存したブタ成熟卵における紡錘体維持および受精能に関する研究 ガラス化保存したブタ成熟卵の加温 ブタガラス化保存成熟卵における核相の評価 ブタ凍結保存精子の作製法 ブタ成熟卵の -tublin 免疫蛍光染色法 ブタ IVF 法および受精能の評価 統計処理 [ 実験計画 ] 82-96 実験 1: カフェインの濃度がガラス化保存したブタ成熟卵における保存後の生存性 および紡錘体維持率に与える影響 実験 2: 遠心処理および 1 mm カフェイン処理がガラス化保存したブタ成熟卵に おける保存後の生存性および紡錘体維持率に与える影響 実験 3: 遠心処理および 1 mm カフェイン処理がガラス化保存したブタ成熟卵に [ 結果 ] おける保存後の生存性および受精能に与える影響 実験 1: カフェインの濃度がガラス化保存したブタ成熟卵における保存後の生存性 および紡錘体維持率に与える影響 実験 2: 遠心処理および 1 mm カフェイン処理がガラス化保存したブタ成熟卵に おける保存後の生存性および紡錘体維持率に与える影響 実験 3: 遠心処理および 1 mm カフェイン処理がガラス化保存したブタ成熟卵に - 5 -

[ 考察 ] おける保存後の生存性および受精能に与える影響 総合考察 97-102 引用文献 103-119 謝辞 120 図表 121-119 - 6 -

論文要旨 序論哺乳類生殖細胞の超低温保存は, 効率的な遺伝資源の保存やヒト生殖補助医療への応用に重要な技術である. 精子または未受精卵, 特に成熟卵 ( 排卵卵子 ) および未成熟卵 ( 卵胞卵子 ) などハプロイドの細胞を保存することは, 個体復元時に雌または雄の遺伝的背景が選択できることから貴重な技術となりえる. 本研究は, 哺乳類の精子および未受精卵における保存後に高い受精能および発生能を示す超低温保存法の開発を目的とし, 第 1 章ではラットをモデルとして, 成熟卵のガラス化保存に用いる際の保存液を開発し, さらに発生能改善に関する検討を行った. また, 凍結保存した射出精子における体外受精 (IVF) を介して得られた胚の受精能および個体への発生能を検討した. 第 2 章および第 3 章では, 第 1 章で開発した保存液を用いてガラス化保存したマウス未成熟卵およびブタ成熟卵における受精能と発生能について, それぞれ検討した. 第 1 章ラット成熟卵および射出精子における超低温保存法の開発に関する研究第 1 項ラット成熟卵における新規ガラス化保存液の開発 目的 超低温保存( ガラス化保存 ) した成熟卵は低温および凍害保護物質 (CPA) に対する感受性が高く, 保存後の生存性および発生能が著しく低下する. 特に感受性が高いとされるラット成熟卵を用いたガラス化保存法の確立および発生能の改善を目的とし, 保存液中のカルシウム (Ca) の有無と CPA として Dimethylsulfoxide (DMSO) および Ethylene glycol (EG) の組み合わせが受精能および発生能に及ぼす影響を検討した. 方法 成熟卵は過剰排卵処置した Wistar 雌ラットから採取し, ガラス化保存した. 保存液中の Ca の有無と DMSO および EG の組み合わせが保存後の生存性と人為的活性化処置後の発生能に及ぼす影響を, また表層顆粒の放出を免疫蛍光染色により調べた. さらに, 新鮮精巣上体尾部精子を用いて,IVF を行った. 結果 Ca 無添加 EG 添加液でガラス化保存した卵の活性 - 7 -

化処置後における胚盤胞率 (23.1%) は,Ca 無添加 DMSO 添加区 (3.8%) と比較して有意に高い発生率を示した (P<0.05).Ca 無添加 EG 添加区は表層顆粒放出が抑制された.Ca 無添加 EG 添加区は IVF 後に囲卵腔への精子侵入 (55.0%) が認められたが, 前核形成率は観察されなかった.Ca 無添加 EG 添加液がラット成熟卵のガラス化保存する際に高い生存性および表層顆粒の放出を抑制するが, その受精能を改善するには至らなかった. 第 2 項 MG132 がラット成熟卵ガラス化保存に与える影響 目的 第 1 項により, ラット成熟卵に適した保存液が開発されたが, その受精能を改善するには至らなかった. 第 2 項ではプロテアソーム阻害剤である MG132 を用いてラット成熟卵をガラス化保存することで,IVF 後の受精能を検討した. 方法 成熟卵は MG132 を 0,1.0,10.0 μm 添加した保存液でガラス化保存し, 保存後に IVF を行った. 結果 IVF 後の生存率は 0 μm (83.0 ± 4.4%) が 1 μm (48.1 ± 4.1%) および 10 μm (54.7 ± 6.0%) と比較し有意に高い値を示した (P<0.05). 前核期胚率は 1 μm (25.1 ± 4.2%) および 10 μm (29.3 ± 2.1%) が 0 μm (0.0 ± 0.0%) と比較し有意に高い値を示した. 第 2 項により,MG132 を用いることで保存後に受精能を示すラット成熟卵のガラス化保存法が開発されたが, その生存性は低く, さらなる改善が必要であった. 第 3 項超低温保存したラット成熟卵と精巣上体尾部精子からの個体復元 目的 第 1 項および第 2 項により, 受精能を示すラット成熟卵のガラス化保存が開発されたが,MG132 を用いることで保存後に生存性が大きく低下してしまう. 汎用的なガラス化保存法の開発のため, 受精時に重要である卵丘細胞に着目した. ラット成熟卵における卵丘細胞付着の有無が, ガラス化保存後の受精能および個体への発生能に及ぼす影響について検討した. 方法 ( 実験 1) 卵丘細胞付着の有無が受精能に及ぼす影響について検討した. ラット卵丘細胞卵子複合体 (COC) は卵丘細胞が付着した状態 (COC 区 ), 卵丘細胞を裸化した状態 (DO 区 ) でそれぞれガラス化保存した後に IVF した.IVF は Wistar 雄ラット - 8 -

の精巣上体尾部から採取した新鮮精子を用いた.( 実験 2) 卵丘細胞が付着した状態でガラス化保存した卵は凍結保存したラット精巣上体尾部精子を用いて IVF を行い, 得られた胚をレシピエント雌に胚移植した. 結果 ( 実験 1) 前核形成率は COC 区が 31%,DO 区が 0% であった (P<0.05).( 実験 2) ガラス化保存した成熟卵由来胚は 7.4% が産子へと発生した. 以上の結果より, ラット成熟卵は卵丘細胞が付着した状態で,Ca 無添加 EG 添加液を用いたガラス化保存法により高い生存性を示し, 個体への発生能が改善された. 第 4 項体外受精に用いる凍結保存したラット射出精子の受精能および個体への発生能 目的 ラットなどの小型実験動物は精子を凍結保存する際に精巣上体尾部を採取するため, 雄を安楽死させる必要がある. 射出精子の凍結保存が可能となれば, 有用な雄を安楽死させることなく遺伝資源を保存し,IVF に用いることが可能となる. 凍結保存したラット射出精子の受精能を調べるために, 保存精子の受精能獲得と IVF 後を介して作出された卵の個体への発生能を調べた. 方法 射出精子は Wistar 雄ラットと雌ラットを交配させ, 交配確認から 1 時間以内に雌ラットの子宮を灌流することで採取した. この射出精子および精巣上体尾部精子は卵黄液を用いて凍結保存した. 凍結融解精子は mr1ecm 中で 5 時間培養を行い, また, 受精能獲得の状態はタンパク質チロシンリン酸化を指標として評価した. さらに, 凍結保存精子と卵による IVF を行い, 得られた胚をレシピエント卵管へ移植した. 結果 凍結保存射出精子は融解後 5 時間の培養により受精能が獲得されていた.IVF 後の受精率は, 凍結保存した精巣上体尾部精子 (15.0%) と射出精子 (23.0%) との間に有意な差はなく (P>0.05), 凍結保存した精巣上体尾部精子 (53.7%) および射出精子 (47.7%) から得られた胚は移植後に個体へと発生した. 第 2 章ガラス化保存したマウス未成熟卵における個体への発生能に関する研究 目的 第 1 章により, ラット成熟卵のガラス化保存液を開発した. ラット未成熟卵の体 外成熟培養 (IVM) は確立していないため, 本章は第 1 章で開発した保存法を応用すること - 9 -

で,IVM が確立しているマウス未成熟卵のガラス化保存を行い, 保存後に個体復元を試みた. 方法 過剰排卵処置した ICR 雌マウスから採取した未成熟卵は Ca 無添加 EG 添加液によりガラス化保存した. 未成熟卵は加温後,14 時間の IVM を行ない,IVF に供した. IVF は BDF1 雄マウスの凍結保存した精巣上体尾部精子を用いて行い,IVF により作出された 2 細胞期胚はレシピエント雌マウスに胚移植した. 結果 ガラス化保存したマウス未成熟卵の生存率は IVF/IVM 後に 90% 前後を示した. また IVF 後の前核形成率は 50% 前後であり, 前核形成した胚はほぼ全てが胚盤胞へと発生した. さらに, ガラス化保存した未成熟卵由来 2 細胞期胚は 37.5% が産子へと発生した.Ca 無添加 EG 添加液により保存したマウス未成熟卵は高い生存性と個体への発生能を示した. 第 3 章ガラス化保存したブタ成熟卵における紡錘体維持および受精能に関する研究 目的 第 2 章と同様に, 第 1 章で開発した保存液を用いることで, 家畜であるブタ成熟卵におけるガラス化保存への応用を目的として検討した. ブタ成熟卵は細胞質内に多く含まれる脂肪滴により高い低温感受性を示すし, ガラス化保存時に紡錘体などの細胞小器官が損傷する. そのため, 保存時に紡錘体などの細胞小器官の維持が非常に重要である. 本章ではカフェインに着目し, ガラス化保存前後のカフェイン処理が Ca 無添加 EG 添加保存液によりガラス化保存したブタ成熟卵における紡錘体維および受精能に及ぼす影響を調べた. 方法 体外成熟卵から卵丘細胞を除去し, カフェインを添加 (0,0.1,1 および 10 mm) した NCSU-37 により 1 時間前培養した. 成熟卵は,Ca 無添加 EG 添加液によりガラス化保存した.( 実験 1) 加温卵は 1 時間の前培養と同様の条件下で修復培養を行い, fluorescein diacetate を用いて生存判定を行い, その後アセトオルセイン染色により核相を観察した.( 実験 2)1 mm カフェイン処理したガラス化保存卵は凍結保存したブタ精巣上体尾部精子を用いて IVF を行った.IVF 10 時間後に生存判定を行い, その後アセトオルセイン染色により 2 つ以上 3 つ以下の前核が観察できる卵を前核期胚として判定した. 結果 ( 実験 1) 加温後の生存率は 95.2% (0 mm 区 ),93.3% (0.1 mm 区 ),88.6% (1 mm 区 ) - 10 -

および 87.5% (10 mm 区 ) であり, 有意差は認められなかった (P>0.05). 生存した加温卵における紡錘体の形態を維持した割合は, カフェイン 1 mm 区 (21.4%) は,0 mm 区 (8.2%),0.1 mm 区 (10.8 %),10 mm 区 (2.1%) と比較し高い値を示した (P<0.05).( 実験 2) ブタガラス化保存成熟卵の生存率は, カフェイン 0 mm (50.8%),1 mm 区 (59.6%) であり, 有意な差は認められなかった. 前核期胚率はカフェイン 1 mm 区 (31.6%) は 0 mm 区 (7.7%) と比較し有意に高い値を示した (P<0.05). ガラス化保存前後の 1 mm カフェイン処理は, 保存後のブタ成熟卵における紡錘体の維持または修復に有効であり, 受精能を向上した. 結論本研究によりラット成熟卵およびマウス未成熟卵は Ca 無添加 EG 添加液を用い, 卵丘細胞が付着した状態でガラス化保存することにより,IVF 後に受精能を有し, その未受精卵由来胚は産子への発生能を示した. ラット成熟卵において超低温保存した雌雄両配偶子から IVF を介した個体復元は初の成功例であり, マウス未成熟卵においても効率的な個体復元が可能となった. また, ラット射出精子は凍結保存後に受精能を有し, 卵との IVF 後に得られた受精卵は個体への発生能を示し, 初めてラット凍結保存した射出精子からの個体復元に成功した. 一方, カフェイン処理したブタ成熟卵は Ca 無添加 EG 添加液によりガラス化保存することで, 保存後に紡錘体を維持し, 受精能は改善された. 以上, 本研究により精子および未受精卵の超低温保存法が開発された. この研究は実験動物や家畜などを含む哺乳類の遺伝資源保存に貢献する. - 11 -

略語一覧 Chemicals: 6-DMAP BSA CO2 DG DMSO ecg EG FCS FITC-LCA hcg IP3 IP3R MPF O2 PIP2 PKC PLC PVA 6-dimethyl amino purine Bovine serum albumin Carbon dioxide Diathel glycerol Dimethylsulfoxide Equine chorionic gonadotropin Ethylene glycol Fetal calf serum Fluorescein isothiocyanate conjugated lens culinaris Human chorionic gonadotropin Inositol 1,4,5-triphosphoric acid Inositol 1,4,5-triphosphoric acid receptor Maturation-promoting factor Oxygen Phosphatidylinositol 4,5-biphosphate Protein kinase C Phospholipase C Polyvinyl alcohol Media: C-mR1ECM DPBS F-mR1ECM culture - modified rat 1cell embryo culture medium Dulbecco's phosphate buffered saline Fertilization - modified rat 1cell embryo culture medium - 12 -

MEM Minimum essential medium NCSU - 37 North Carolina State Univertity - 37 NSF-I NSF-II Niwa and Sasaki freezing I extender Niwa and Sasaki freezing II extender PB1 Phosphate buffer 1 Pig-FM Pig fertilization medium Symbols and Units: % Percent o C cm g g IU kg M mg ml mm mm mosm ph v w μg Degree Celsius Centimeter Gram Gravitational unit International unit Kilogram Molar Milligram Milliliter Millimolar Millimeter Milliosmole Potential of hydrogen ion Volume Weight Microgram - 13 -

μl μm Microliter Micrometer Others: ANOVA BDF1 CPA CRISPR/Cas Analysis of variance B6D2F1 (C57BL/6N x DBA/2N F1 mice) Cryoprotective Agents Casclustered regularly interspaced short palindromic repeats/ CRISPR-associated DNA ENU et al ICR ICSI IVC IVF IVM SCNT TALEN ZFN Deoxyribonucleic acid N-ethyl-N-nitrosourea et alia (and others) Institute of Cancer Research Intra cytoplasmic sperm injection in vitro culture in vitro fertilization in vitro maturation Somatic cell nuclear transfer Transcription activator-like effector nuclease Zinc finger nuclease - 14 -

総合序論 低温生物学 (cryobiology) は低温下における生物組織, 細胞の生理活性や保存についてを研究対象とした学問であり, 特に微生物や植物, 動物などにおけるタンパク質や細胞, 組織, 器官について様々な低温度域における性質についての研究がなされている. 超低温保存法 (cryopreservation) は, 組織または細胞を-196 o C の液体窒素中で半永久的に保存する技術である. この技術を用いることで有用な遺伝資源の生殖細胞系列や生殖腺などを効率的かつ半永久的に保存することが可能となり, 保存された生殖細胞系列は保存後にレシピエントへ移植を行うことで効率的な個体の生産が可能となる. また, この技術は遺伝資源の保存 ( 動物飼育コストの削減, 防疫および遺伝的コンタミネーションの防止 ), 胚の長距離輸送や国際間移動, 胚移植におけるレシピエントの発情同期化が不要, 過剰に採取した胚の保存が可能など多くのメリットを有し, 個体として系統を保存するよりも優れている. 以上の事例の他に, 生殖細胞系列と生殖腺の超低温保存は遺伝子改変動物または遺伝子編集動物の作出や維持に有効な重要な技術である. 特に, 初期胚と精子の超低温保存は家畜や実験動物の効率的な作出以外にも, ヒト生殖補助医療においても多く用いられる. 一方, 半数体 (haploid) としての動物遺伝資源を保存することが可能となる未受精卵または精子の超低温保存は生殖細胞系列の中でも望まれる技術の一つである. 雌性配偶子である卵には, 受精能を獲得する前の未成熟卵 ( 卵巣卵子 ) と受精能を獲得した成熟卵 ( 排卵卵子 ) が存在する. 未成熟卵の核相は第 1 減数分裂前期 (Prophase-I) で停止しており, 卵巣から採卵する. 得られる卵数は多く, 成熟卵と比較すると未熟であるためサイズは小さいことが多い. 一般的に, 超低温保存した未成熟卵の生存性および発生能は低いものの, 成熟卵と比較すると核の構造が安定的であるため高い生存性 発生能を示す. しかし, 超低温保存した未成熟卵は in vitro の条件下で体外成熟培養 (IVM) を行う必要がある. それに対し, 成熟卵は未成熟卵の減数分裂が進行した状態であり, 核相は第 2 減数分裂中期 (Metaphase-II) で停止しており, 排卵されているため, 卵管から採卵をおこなう. 得られる卵数は未成熟卵と比較すると少なく, 成熟をしているため, 未成熟卵と比較する - 15 -

とサイズは大きいのが特徴である. 一方, 核相が Metaphase-II で停止しているため, 紡錘体の構造が不安定であり, 一般的に超低温保存後の生存性は低いとされている. 未成熟卵および成熟卵はともに, 超低温保存後に体外受精 (IVF) または顕微授精法の一つである卵細胞質内精子注入法 (ICSI) による個体作出が可能であり, 受精する際の雄性配偶子である精子を選択することができることや雌性ゲノムを保存できる点から, 非常に有用である. さらに, 未受精卵ではホルモン投与することにより過剰に採取した卵を超低温保存することが可能であり, 抗がん剤や放射線治療などを含むがん治療により失われる未受精卵をがん治療前に予め保存しておくことで, 治療後に子供をつくる可能性を維持できること, また加齢による任孕性低下に対する対策の一つとして子どもを望む女性が予め未受精卵を保存することなどヒト生殖補助医療においても広範な利用が可能となる技術である. 一方, 精子は雄性配偶子として精巣で作られ, 未受精卵と同様に個体復元時に重要である. 超低温保存 ( 凍結保存 ) した精子は必要とする保存スペースが未受精卵や胚よりも少ないため, より広範な応用が可能となる. また, 凍害保護物質 (CPA) を使用せずに凍結保存を行い精子細胞膜が崩壊した精子や, 凍結融解による物理的ダメージにより運動性が失われた精子など, 通常の受精過程では産子を得ることが出来ないケースにおいても,ICSI を行うことで個体作出が可能となり, 貴重な遺伝資源を復元する際に必要である [Yanagimachi 2001]. しかしながら,ICSI を用いた個体復元はピエゾインパクトドライブを装着した高額なマイクロマニピュレーターシステムが必要であり, また一度に 1 個の卵しか顕微操作ができないなど, その顕微操作技術習得に時間がかかり, かつ非常に手間のかかる方法であである. 一方,IVF は上記の高額なシステムが不要であり, ある一定の技術習得に必要な時間も ICSI より少なく, 一度の操作で大量の受精卵を作出することが可能であることから効率的な個体復元のために有用な技術である. マウス, ラット, ブタ精巣上体尾部精子およびウシ射出精子の凍結保存は確立している技術であり,IVF 後の卵の受精能と産子への発生能は高い値を示している. このように, 精子の凍結保存は貴重な雄の遺伝資源を維持する上で重要である. ウシやブタなどの家畜の精子は主に手圧や偽牝 - 16 -

台を用いることで射出精子を横取りすることで採取を行う一方, 小型実験動物であるラットやマウスは薬剤による射精誘起法などが提起されているものの [Loewe 1938], 射精誘起法が難しく確立されていないことから, 一般的に動物を安楽死させた後に精巣上体尾部から精子を採取することで行う. 精子は精巣上体を通過する間に成熟が起こり, 運動性を獲得するほか膜成分の変化を起こすことで受精可能な状態になる. 精巣から精巣上体に移動した精子は, 射精が起こるまで精巣上体の尾部で維持される. 精巣上体尾部精子は射精時に, 前立腺液や精巣上体液などの精漿成分と混ざり精液となる. 精巣上体で受精可能な状態となったものの, 射精された精液中の射出精子はそのままでは受精能を持たず, 雌性生殖道内で一定の時間を減ると受精能を持つようになり, この現象を受精能獲得 (capacitation) と呼称される [Austin 1951, Chang 1951]. この受精能獲得は BSA( ウシ血清アルブミン ) を含んだ培地を用いることで in vitro でも再現されることが明らかとなっており [Toyoda et al. 1971], 最近では in vitro における受精能獲得が難しく IVF による受精能が低かった Wistar 系ラット凍結保存精子においては IBMX により [Seita et al. 2009a], また C57BL/6 系マウス凍結保存精子においては M CD [Takeo et al. 2008] を用いて IVF 前に精子を培養することで受精能獲得を誘起し, 高い受精能を示すことが明らかとなった. 精子の凍結保存は家畜や実験動物のみならず, ヒト生殖補助医療への利用もされている技術であり, 効率的な個体作出に重要である. このように, 哺乳類の生殖細胞系列, その中でも特に精子, 卵あるいは胚を超低温保存することができれば, 動物における胚移植の広範な応用や効率的な遺伝資源バンクなどに有用であり ヒト生殖補助医療においても重要な技術である. さらにこの超低温保存技術は精子, 卵または胚を1つの生命体と考えると, 生物学的な時間を停止させる画期的な方法である. しかしながら, 一般的に超低温保存した未成熟卵および成熟卵の生存性, 成熟能, 受精能および発生能は低いのが現状である. 1949 年に Polge らは glycerol に凍害保護効果があることを発見し, ニワトリおよびウシの精子を超低温保存することに初めて成功した [Polge et al. 1949]. 1972 年に - 17 -

Whittingham らが 1.0 M の dimethylsulfoxide (DMSO) を含む保存液で緩慢に冷却する緩慢凍結保存法 (Slow freezing method) を開発することで初めてマウス 8 細胞期胚の保存に成功した [Whittingham et al. 1972]. 胚は通常の培養細胞と比較し巨大な細胞であるため, 急速に凍結すると細胞内自由水の脱水が終了するより前に凍結されてしまい, 残った自由水が氷晶を形成し細胞に損傷を与えてしまうため, 従来の胚の凍結保存法としては, プログラムフリーザーなどで制御し 0.3~0.5 o C/min という極めて緩慢な速度で長時間かけて冷却する緩慢凍結保存法により行われた. 緩慢凍結保存法は, 凝固点よりやや高い温度 (-7 o C 付近 ) で植氷処置を施すことにより潜熱の発生を抑制する工夫がなされ, 保存胚は常温 へ融解することで生存し, 胚移植を介して個体に発育した. 同様の方法を用いることで, 成熟卵における超低温保存の成功例も報告されている [Whittingham 1977]. そして 1986 年にはマウス初期胚を高濃度の CPA とともに急速に冷却することにより, 氷晶形成をともなわずに固化させたガラス化状態による保存に成功した [Rall & Fhay 1986]. ガラス化保存法 (Vitrification method) は, 高濃度 (>50%) の CPA を含む培養液で細胞質内を脱水させて細胞質内へ凍害保護物質を透過させ, 液体窒素などにより急速に冷却されることで, 物質のガラス化転移温度を一瞬のうちに通過し, 氷晶形成を伴わずに固形化 ( ガラス化 ) することで, 細胞内外の氷晶を形成させることなく胚を超低温保存することができる方法である. ガラス化保存法は, 緩慢凍結保存法で要するプログラムフリーザーなどの特殊かつ高価な冷却装置は不要であり, 超低温で保存するまでの所要時間も凍結保存法よりも極めて短いことが特徴的である. 超低温保存した未受精卵や胚は融解または加温時に, 未受精卵や胚の細胞質内にある CPA を細胞から除去し, その毒性による傷害が生じないようにするために希釈処置をおこなう. 希釈は, 保存した未受精卵や胚の細胞質内よりも低張な希釈液に平衡させることで, 細胞質内の CPA を細胞外へ排出させ, 細胞外から細胞膜を通して水分子を細胞質内へ透過させる. 急速に水分子が細胞質内へ入ることによる細胞傷害を防止するため, 一般的に sucrose 添加することで段階的におこなう. このようにして保存した未受精卵や胚は受精能または発生能を示す. ガラス化保存法の開発により胚の生 - 18 -

存性は緩慢凍結法と同等もしくはそれ以上の成績が得られるようになった. ガラス化保存法の開発により, 様々な動物の胚を用いたガラス化保存が行われるようになった. 実験動物ではマウス [Whittingham et al. 1977], ラット [Nakamichi et al. 1993, Isachenko et al. 1997], また家畜ではブタ [Dobrinsky & Johnson 1994] やヒツジ [Martinez & Matkovic 1998] において, 胚のガラス化保存が報告された. それに対し, 未受精卵 ( 未成熟卵および成熟卵 ) の超低温保存は困難であり, 保存後の生存性, 受精能および発生能は胚と比較し極めて低い [Parkening et al. 1977]. 未受精卵の超低温保存が難しい要因はいくつかあげることが可能である. 未受精卵は胚と比較し, 凍結保存をおこなう際に化学的, 物理的影響に対する抵抗性が低く, 低温感受性および CPA による毒性に対する感受性が高いことがあげられる. また, 未受精卵は胚や他の細胞に比べて細胞体積が大きく, また球体であるため単位体積あたりの表面積が最小となり, 浸透圧変化による物理的影響をうけやすい. 一般にサイズが大きい細胞, つまり胚は細胞質内への凍害保護物質の透過や細胞質内の脱水が難しいことから サイズが大きい未受精卵または受精卵 ( 前核期胚 : 1 細胞期胚 ) の超低温保存後の生存性は低下する. 細胞膜の性質は, CPA の透過性や細胞質内の脱水に関連し, 受精により細胞膜の構造は変化する. 未受精卵は胚と比較し細胞膜の透過性が低いため,CPA の膜透過性が低く, 脱水および復水による細胞内障害が発生しやすい. さらに, 動物種によっても未受精卵における超低温保存後の生存性および発生能は違いが生じる. 動物種によって, 未受精卵のサイズは異なり, 一般的にウシなど家畜の卵はマウスなど実験動物の卵と比較し大型である. また, 家畜, 特にウシやブタ, イヌなどの卵の細胞質内には脂肪滴が多く存在し, その色は黒っぽいのが特徴的であり, このような卵の低温感受性は高い. 一方, 細胞質が透明で脂肪滴が認められないような卵 ( マウス, ラットなど ) は低温感受性が低く, 保存後の生存性が良いことが知られている. 未受精卵の質も重要な要素である. 一般的に, 質が低い未受精卵は超低温保存に対する感受性が高く, また,in vivo 由来の卵は in vitro 由来の卵と比較し質が良いとされている. - 19 -

このように, 未受精卵の超低温保存は困難であり, 改良するためにガラス化保存法が適用されるようになった. 初期のガラス化保存法では 50% (v/v) 以上の CPA を含む浸透圧 8000 mosm/kg 以上の毒性が非常に高いガラス化保存液により行われた. その中で 1996 年い Martino ら [Martino et al. 1996] が最小容量のガラス化液を用いて超急速に冷却する超急速冷却ガラス化保存法を開発した. 最小容量超急速冷却ガラス化法は, 卵周囲の冷却する液量を最小化することによって冷却速度を加速させ, 細胞内, 溶液のガラス化形成を促進するため, 従来のガラス化液中よりも CPA 濃度を低下させ, 毒性を最小限に抑えることが可能となり, より高い生存性を得ることが可能となった. 超急速冷却ガラス化保存法は Martino らが開発した電子顕微鏡の EM グリッドを用いた方法 [Martino et al. 1996], クライオループ法 [Lane et al. 1999],Open Pulled Straw 法 [Vajta et al. 1997], マイクロドロップ法 [Papis et al. 2000], ゲルローディングチップ法 [Hochi et al. 2004], ナイロンメッシュ法 [Abe et al. 2005],Solid Surface Vitrification 法 [Somfai et al. 2009] などが開発された. これらの中でも特に Kuwayama らにより開発されたクライオトップ法 [Kuwayama 2007] は膜透過性 CPA 濃度をそれまでの 50% から 30% に, 浸透圧も約 8000 mosm/kg から約 4000 mosm/kg にまで低下させることが可能となり, その結果ウシ [Chian et al. 2004], マウス [Kuwayama 2007], ヒト [Kuwayama et al. 2005] の未受精卵 ( 成熟卵 ) において高い生存性が得られるようになった. これらの点から, クライオトップは最も優れているデバイスの一つであると言え, ヒト生殖補助医療の臨床現場においても多く用いられている. クライオトップを用いたガラス化保存法は以下のような 6 つのステップで構成される [Kuwayama 2007]. 最初に CPA の細胞質内浸透が行われる. 平衡液に卵または胚を暴露させることで, 生殖細胞に致死的な毒性の影響が出ない程度である低濃度の細胞性浸透性 CPA (7.5% (v/v) EG および 7.5% (v/v) DMSO) を浸透させる. この平衡に必要な CPA 暴露時間は未受精卵および胚の細胞体積, 膜透過性, 動物種などにより異なるため, 未受精卵の質や保存液の温度などの基準を設けた上で管理しなくてはならない.CPA 暴露時間が長 - 20 -

いと未受精卵または胚は CPA の毒性の影響により細胞質小器官や細胞膜に傷害を受けてしまう. また CPA 暴露時間が短いと未受精卵および胚は十分な CPA の浸透が行われる前に液体窒素に曝されるため, 生存性が低下してしまう要因となりえる.2 番目としてガラス化液による細胞の濃縮が行われる. ガラス化液 (15% (v/v) EG,15% (v/v) DMSO および 0.5 M sucrose) への暴露により平衡液との浸透圧差を利用して細胞内自由水を脱水し, 細胞質内の相対的な CPA 濃度を 50% 以上に濃縮する. ここで, 細胞外溶液もガラス化液に置換されるため, 保存時の細胞外氷晶形成が抑制される.3 番目に液体窒素投入による急速冷却が行われる. 未受精卵および胚はクライオトップ先端部のシート上に最小容量のガラス化液とともに乗せ, 直ちに液体窒素中に直接投入することで冷却を行う. 冷却速度が早いほど氷晶形成を抑制することが可能であり,CPA 濃度を低下させることができる. クライオトップ法では-23000 o C/min 以上の速度で急速に冷却することが可能である.4 番目にガラス化転移点以下の温度域で保存が行われる. 液体の水はガラス化転移点 ( クライオトップ法では約 -120 o C) 以下で固化し, 水分子を含む未受精卵および胚を構成する物質の分子は運動エネルギーを失うため, 細胞は劣化することなく保存が可能となる. 未受精卵および胚は-196 o C の液体窒素中で保存されるため, 半永久的かつ生存性や発生能を保持したまま保存することが可能である.5 番目として急速な加温が行われる. 保存した未受精卵および胚は加温中, 特に-20 o C から-80 o C の温度域において氷晶形成の危険が増す. この加温中に生じる脱ガラス化による氷晶形成は, ガラス化保存時以上に発生しやすいため, さらに急速な加温速度が必要である. クライオトップ法では未受精卵および胚は 37.5 o C の加温液 (1 M sucrose) により直接加温することで,+43000 o C/min の速度で加温が可能であり, 氷晶形成による細胞小器官または細胞膜の物理的な傷害が起こりにくいとされる. 6 番目に細胞内 CPA の希釈が行われる. 加温直後の未受精卵および胚は冷却時同様, 細胞質内 CPA により濃縮されており, 細胞質内浸透圧は 4500 mosm/kg 以上となっている. 細胞膜は細胞体積の急激な増加による膨張に弱いため, 浸透圧の緩衝剤として sucrose を加温液に添加し, かつ 3 段階の希釈 (1.0 M, 0.5M, 0 M sucrose) により細胞内への復水を - 21 -

緩やかにし, 細胞膜の極度な膨張を抑制しながら CPA を希釈および洗浄することで浸透圧を等張へとする. また, クライオトップを含むガラス化保存時に起こりうる問題点は以下の 3 点である. 冷却過程における氷晶形成, 保存中または加温過程の脱ガラス化による氷晶形成, もう 1 点が脱ガラス化の過程で起こるフラクチャー傷害である. このフラクチャー傷害は, クライオトップなど最小容量冷却ガラス化法を用いることで, 液量を最小容量とすることで傷害を引き起こさずに冷却または加温することが可能である [Arav 2014]. 本研究は, ラットおよびブタ成熟卵, さらにマウス未成熟卵における超低温保存の確立を目的として, まず第 1 章第 1 項において, 非常に高い低温感受性を示すラット成熟卵を用いることで, 哺乳類未受精卵のガラス化保存に適用することができる保存液を開発した. CPA には細胞膜透過性の DMSO,EG (Etylene glycol),glycerol,1,2-propandiol, Acetamide などがあり, 細胞膜非透過性 CPA として sucrose, Ficoll, Trehalose, Raffinose,Carboxylated -poly-l-lysine が存在する. これらの組み合わせや濃度を考えることは未受精卵のガラス化保存を行う上で重要である, ガラス化保存する際に CPA が担う役割を考えると,CPA はガラス化保存における最も重要な鍵とも言える. そのため, クライオトップ法で用いられる細胞膜透過性 CPA である EG および DMSO, さらに細胞膜非透過性 CPA である sucrose を基礎保存液とした. さらに, 細胞外カルシウムが成熟卵において活性化を誘起する [Larman et al. 2006]. 以上の点から, カルシウムと EG および DMSO の組み合わせがラットガラス化保存成熟卵における生存性, 人為的活性化後の発生能, さらに表層顆粒の放出について調べた. 第 2 項では, 新規に開発した保存液を用い, さらに高い MPF 活性を維持させる目的でプロテアソーム阻害剤である MG132 添加したラットガラス化保存成熟卵の生存性, 新鮮精子との IVF 後の発生能について調べた. さらに, 第 3 項は卵丘細胞がガラス化保存したラット成熟卵に及ぼす影響を調べるため, 卵丘細胞が付着した状態でガラス化保存したラット成熟卵における新鮮精子および凍結保存精子を用いた IVF 後の受精能と産子への発生能を調べた. 第 4 項においては, 特にラット精子の超低温保存に焦点をあて, 凍結保存したラット射出精子を用いた個体復元を目指した. - 22 -

精子は雄性配偶子として雌性配偶子である未受精卵と同様に重要であり, ラット遺伝資源の保存に欠かせない. さらに, 精巣上体尾部精子ではなく, 射出精子を凍結保存することが可能となれば, 精子採取の際に雄ラットを安楽死させることなく遺伝資源の保存が可能となる. 本項は, これまでに確立したラット精巣上体尾部精子の凍結保存法を用いることによりラット射出精子を凍結保存し, 保存後の運動性, 先体正常性, 受精能獲得の指標となるタンパク質のチロシンリン酸化反応および産子への発生能について調べた. 第 2 章は, 第 1 項第 1 項で開発した保存液を用いることで, マウス未成熟卵のガラス化保存に適応が可能であるか検討した. まず,IVM 時間が IVM した新鮮マウス未成熟卵の IVF 後の受精能および胚盤胞への発生能に及ぼす影響を調べ, マウス未成熟卵の IVM 時間を決定した. さらに, クライオトップを用いたマウス未成熟卵のガラス化保存を試みた. 平衡液への平衡時間がガラス化保存したマウス未成熟卵に与える影響を調べることで, 適した平衡時間を決定した後に, 以上の条件を用いることで, 産子への発生能を調べた. 第 3 章は, 第 2 章と同様に, 第 1 項第 1 項で開発した保存液を用いることで, 家畜であるブタ成熟卵におけるガラス化保存への応用を目的として検討を行った. ブタ成熟卵ガラス化保存の過程における小胞体や紡錘体を含む細胞質内小器官の維持が非常に重要であると考えられる. ブタ成熟卵に多く存在する脂肪滴は高い低温感受性をもたらす最大の要因であり, この脂肪滴を遠心処理により脂肪滴を偏在化させることで, ブタ前核期胚におけるガラス化保存に成功し, 産子への発生能を有し, 機械的な操作を伴わない方法が示された [Somfai et al. 2009]. さらに, ホスホジエステラーゼ阻害剤であるカフェインに着目した. カフェインはブタ IVF において精子の受精能獲得に用いられ,Myt1/Wee1 を阻害することで,MPF の活性低下を抑制する効果が存在する [Kikuchi et al. 2000]. 以上のことから, 第 3 章は, 遠心処理およびカフェインがブタ成熟卵のガラス化保存において有効か調べることを目的とし, カフェインがガラス化保存したブタ成熟卵における紡錘体維持率および受精能に及ぼす影響, さらに同様にカフェイン処理を行い, かつ成熟卵の遠心処理が受精能に及ぼす影響についても検討した. - 23 -

第 1 章ラット成熟卵の超低温保存法の確立に関する研究 - 24 -

第 1 項ラット成熟卵における新規ガラス化保存液の開発 [ 序論 ] 小型実験動物であるラットは, 遺伝学的または微生物学的に制御されており, 再現性の高い実験ができることから, 実験動物としての価値が高く生物分野のモデル動物として利用されている. ラットは実験に供される数がマウスに次ぎ, マウスのおよそ 10 倍という体の大きさ, 温順でヒトに馴れやすい性質を持ち, 遺伝子導入系統ではなく遺伝的背景の相違により多くの系統が維持されていることから, 医学, 薬学, 生物学, 生理学, 栄養学, 心理学等の分野で多用され, ラットの実験データは豊富に蓄積されている [Charreau et al. 1996]. 多くのトランスジェニックラットなどの遺伝子改変ラットが, 前核期胚への DNA マイクロインジェクション法 [Charreau et al. 1996], レンチウイルスベクターを用いた遺伝子導入法 [Lois et al. 2002] により作出されている. さらに, ノックアウトラットが ENU を用いた化学変異原による手法 [Zan et al. 2003],ES 細胞を用いた相同組換え法による方法 [Tong et al. 2010] により作出されている. さらに, 近年では, 遺伝子編集技術による ZFN [Geurts et al. 2008] や TALEN [Mashimo et al. 2013] を用いたノックアウトラット作出が試みられている. このように, 遺伝子改変ラットは作出され続けており, これらのラットを効率的に維持または管理する方法が求められている. 胚や精子, 未受精卵を含む生殖細胞系列の超低温保存は, 効率的なトランスジェニック動物やノックアウト動物などの遺伝子改変動物の作出, 維持または管理に有効な方法である. 特に, 未成熟卵または成熟卵を含む未受精卵の超低温保存は, 保存後に体外受精 (IVF) または卵細胞質内精子注入法 (ICSI) による産子作出を行う際に, 雄性配偶子の選択が可能となり, さらに体細胞核移植のドナー細胞としても使用可能であることから有用な技術である. 未受精卵, 特に成熟卵はハプロイドとして遺伝資源の価値が高いものの, その超低温保存は困難であることが知られている. 成熟卵の超低温保存はガラス化保存法により, マウス [Whittingham 1978, Glenister et al. 1987], スナネズミ [Parkening et al. 1977] などの実験動物で報告さ - 25 -

れたが, ラットにおける産子作出の成功例は1 例のみと, 再現性がないものとなっている. このように, ラット成熟卵は超低温保存に対する感受性が高く, 保存が困難であるのが現状である. 凍害保護物質 (CPA) は超低温保存を行う際に非常に重要な物質であり, それぞれの動物種に, または細胞の種類に適した種類の CPA を用いることが, 保存後の生存性や発生能に対して重要である. さらに,CPA の種類だけではなく,CPA の濃度自体も, 高濃度の CPA が成熟卵に対して毒性を及ぼすために, 成熟卵のガラス化保存では重要な要素の一つである. マウス成熟卵はガラス化液への平衡時に, ガラス化液中に含まれる CPA(DMSO およびエチレングリコール (EG)) が要因となり, 細胞質内カルシウムイオン濃度を上昇すると Larman らは報告した [Larman et al. 2009]. 卵細胞質内カルシウムイオン濃度の上昇が引き金となって表層顆粒の放出が起こり, その結果透明帯反応として知られている透明帯硬化を引き起こす [Ducibella et al. 1988ab]. この透明帯反応により, 卵囲卵腔への精子侵入が抑制され, その結果受精が阻害される. それゆえ, ラット成熟卵をガラス化保存する際に, 細胞質内カルシウムイオン濃度の上昇を抑制することが可能となれば, 透明帯反応, つまりは透明帯硬化を抑制することが可能となり, 受精能および発生能が改善されると考えられる. そこで, 本研究ではクライオトップを用いたラット成熟卵におけるガラス化保存法の確立を目的として, まず平衡液への平衡時間の検討を行い, 保存後の生存性を調べた. さらに, ガラス化液に添加するカルシウムと CPA (DMSO および EG) の組み合わせが生存率, 人為的活性化処理後の発生率および表層顆粒放出の有無を調べた. [ 材料と方法 ] 本研究は特記事項がない限り Sigma-aldrich (St. Louis, MO, USA) の試薬を使用した. 本 研究はすべて麻布大学動物実験委員会の承認を経て行った. - 26 -

< 供試動物 > 本研究には日本チャールズリバー社 (Yokohama, Japan) より供給された Wistar 系ラット (Crlj: Wistar) を用いた.IVF 時に新鮮精子を採取するために 12 週齢以上の成熟雄ラットを, 成熟卵回収用には 3-5 週齢の未成熟雌ラットを用いた. これらのラットは麻布大学付属生物科学総合研究所で気温 23 ± 2 o C, 湿度 55 ± 5%, 光制御 ( 点灯時間 : am 5:00 pm 5:00), 飼料と水は不断給餌の環境下で飼育した. < ラット成熟卵の回収 > 成熟卵はすべて過排卵処理した未成熟雌ラット (Crlj: Wistar) より回収した.3-5 週令の未成熟雌ラットに, 妊馬血清性性腺刺激ホルモン (ecg: 動物用ピーエムエス A 1,000 単位 ; Nippon Zenyaku Kogyo, Koriyama, Japan) とヒト絨毛性性腺刺激ホルモン (hcg: 動物用ゴナトロピン 3000; Asuka Pharmaceutical, Tokyo, Japan) をそれぞれ 300 IU/kg ずつ 48 時間間隔で腹腔内投与し過剰排卵を誘起させた. 人為的活性化処置を実験においては hcg 投与 18 時間後 [Sano et al. 2009],IVF を行う実験においては 12-14 時間後 [Seita et al. 2009] に, 頚椎脱臼により雌ラットを安楽死させることで卵管を採取した.PB1 (modified Dulbecco's phosphate buffered saline)[wittingham 1977] に 0.1% ヒアルロニダーゼおよび 1% のウシ胎子血清 (FCS: Life Technologies, CA, USA) が添加された培養液中で卵管膨大部を切り裂くことで卵丘細胞卵子複合体 (COC) を回収した. カルシウム無添加の試験区によりガラス化保存を行う実験においては,PB1 からカルシウム (CaCl2 2H2O) を添加しない培養液を別途作製し, それを使用した. その後, ラット COC から卵丘細胞をパスツールピペットによる物理的操作により除去し, 卵丘細胞が除去された成熟卵 (DO) は 20% FCS が添加された PB1( 洗浄液 ) で 3 回洗浄され, 実験に使用するまで 37 o C で保持された. - 27 -

< ラット成熟卵のガラス化保存 > ガラス化保存は Seita らの方法 [Seita et al. 2009b] を改変して行った. クライオトップ (Kitazato BioPharma, Shizuoka, Japan) を用いたラット成熟卵のガラス化保存は室温下 (25-27 o C) で行った. 洗浄液で洗浄された裸化成熟卵は試験区毎にカルシウム添加, もしくは無添加の PB1 + 20% FCS + 15% 凍害保護物質 (CPA) の平衡液に浸漬された.4 分間の平衡完了後直ちに PB1 + 20% FCS + 30% CPA + 0.5M sucrose を含むガラス化液へ移動した. 成熟卵はガラス化液への平衡が 1 分間となるように, クライオトップ先端シートに充填し, 液体窒素に直接投入することでガラス化保存をおこなった. クライオトップにアプライされた成熟卵は液体窒素タンク中で 1 週間以上 超低温保存した. 本研究において, 平衡液 (Equilibration solution) およびガラス化液 (Vitrification solution) を合わせてガラス化保存液と呼称する. ガラス化保存液中の CPA は各試験区により DMSO もしくは EG, あるいは両方が添加される.DMSO,EG が両方添加される場合は, 各 CPA 濃度が 1:1 となるように調整した. < ガラス化保存した成熟卵の加温 > ガラス化保存した成熟卵はクライオトップ先端シートを 37.5 o C に温められた PB1 + 20% FCS + 0.5 M sucrose の加温液中へ浸漬させることで加温をおこなった. 成熟卵はこの加温液中に 5 分間静置させ, 次いで室温下で洗浄液を用いて 5 分間平衡することで行った. 加温した成熟卵は顕微鏡下で卵細胞質が透明性を保持し, 透明帯が正常であり, かつ細胞の形態を維持しているものを生存とすることで, 形態的に生存性を判定した. さらに, 人為的活性化処理, 免疫蛍光染色または IVF に用いた. < ラット成熟卵ガラス化保存に用いる保存液の試験区 > カルシウムと CPA が表層顆粒の放出および人為的活性化後の発生能に及ぼす影響を調 べた. ラット COC はカルシウム無添加 PB1 を用いて採卵および卵丘細胞の除去を行った. - 28 -

その後, 成熟卵は以下の 4 試験区に分けられ, それぞれの保存液を用いることでガラス化保存を行った. カルシウム添加区は加温時にカルシウム添加 PB1 を用いて行った. コントロールとしてカルシウム添加 DMSO EG 添加区, カルシウム無添加 DMSO EG 添加区, カルシウム無添加 EG 添加区およびカルシウム無添加 DMSO 添加区, 以上の 4 試験区によりガラス化保存および加温を行い以下の実験に供した. それぞれ 70 個以上のラット成熟卵を用い, その後統計処理を行った. < 人為的活性化処置 > 人為的活性化処理は Sano らの報告に従い, エタノールおよび 6-dimethylaminopurine (6-DMAP) により行った [Sano et al. 2009]. 成熟卵は体外受精培地である 110 mm NaCl および 4 mg/ml BSA を含む F-mR1ECM [Oh et al. 1998] に 7% エタノール添加した培養液で 3 分間感作させることで活性化処理を行った. 活性化処理した成熟卵は, 体外発生培地である 76.7 mm NaCl と 1 mg/ml PVA が添加された C-mR1ECM [Miyoshi & Niwa 1997] で 3 回洗浄され,2 倍体を誘起するために 2 mm 6-DMAP が添加された C-mR1ECM で 4 時間培養を行い, さらに 6-DMAP が除去された C-mR1ECM により 120 時間まで培養された. 活性化処置した卵は直後に生存性を, また 24 時間後に 2 細胞期胚を,120 時間後に胚盤胞を観察した. < 表層顆粒放出の蛍光蛍光染色 > ガラス化保存が表層顆粒の放出にどのような影響を与えるかを免疫蛍光染色することにより調べた [Ducibella et al. 1988]. ガラス化保存されたラット成熟卵は加温直後に免疫蛍光染色を行った. 新鮮卵は過剰排卵処置したラットから成熟卵を採取し, ヒアルロニダーゼ添加した PB1 により卵丘細胞を裸化したものを使用した. 活性化処置卵は, 新鮮卵を 7% エタノール + PB1 に 3 分間浸漬することで活性化処理したものを使用した. ラット成熟卵はダルベッコ PBS(DPBS) + 3% (w/v) paraformaldehyde + 0.2% (v/v) triton X + - 29 -

0.1% (w/v) PVA に 30 分間以上浸漬することで固定した.PBS-PVA で 3 回洗浄し, PBS-PVA + 2.5% (v/v) tween 20 で 2 分間浸漬させた後に, 同様に PBS-PVA により洗浄した. その後 10% (v/v) goat serum を含む PBS + 0.1% (w/v) PVA + 1% (w/v) BSA により 40 分間ブロッキングした. 一次抗体, 10-30 μg/ml の FITC (Fluorescein isothiocyanate) により標識された LCA (Lectin from Lens culinaris) の一次抗体を含む PBS-PVA-BSA に遮光しながら室温で 1 時間反応させた. その後 PBS-PVA-BSA で 3 回洗浄した. 対比染色として核染色を行うために PI (Propidium iodide) を含む PBS-PVA-BSA に 1 時間浸漬後,PBS-PVA-BSA で 3 回洗浄した. 染色した卵は Vectashield mounting media (Vector Laboratoryies, Burlingame, CA, USA) を用い, スライドガラスにホールマウントした. 観察は共焦点レーザー顕微鏡 (TCS-E, Leica Micro systems, Tokyo, Japan) により行った. 全ての試験区で 30 個以上の成熟卵を染色し, 蛍光発色レベルに大きな差は存在しなかった. < ラット IVF 法 > IVF は Seita らの報告に準じて行った [Seita et al. 2009b].12 週齢以上の成熟 Wistar オスラットから室温,25 o C 条件下で精巣上体尾部より得られた新鮮精子を用いた. ラット精巣上体尾部は 26 G 注射針 (Top, Tokyo, Japan) により穿刺し, 手指で圧力を加えることで精子塊を得られた. 精子塊は 35 mm 径シャーレ (35-1008, Becton Dickinson and Company, Franklin Lakes, NJ, USA) にパラフィンオイルにより覆われた 150 μl の F-mR1ECM のドロップに入れ, 精子が培養液のドロップ中に広がるまで 5 分程度静置させた. 精子は,4% NaCl 中で運動性を失わせ, トーマ氏血球計算盤により精子濃度を 0.5 10 6 sperm/ml になるように計算を行った. さらに, 精子は 35 mm 系シャーレに準備された 200 μl の F-mR1ECM ドロップに上記の精子濃度となるように移し, 受精能獲得を誘起するために 5 時間 37 o C,5% CO2, 湿度飽和下のインキュベーター内で培養を行った. 前培養終了後, 卵丘細胞を裸化した新鮮卵およびガラス化保存卵 ( カルシウム添加 DMSO - 30 -

EG 添加区およびカルシウム無添加 EG 添加区 ) は精子のドロップに移し,10 時間 37 o C, 5% CO2, 湿度飽和下のインキュベーター内で培養を行った.2 つの前核と 1 本の精子尾部 が観察された卵を受精卵, すなわち前核期胚とした. <IVF により作出された胚の体外発生培養 > 体外発生培養は Seita et al. (2009) の方法に従って行った.IVF により作出された前核期胚はさらに F-mR1ECM により 14 時間培養され,C-mR1ECM へ培養液の交換を行った. 胚の培養はパラフィンオイルに覆われた 50 μl の C-mR1ECM ドロップを用いて行い, 37.5 o C,5% CO2,95% 空気, 湿度飽和下のインキュベーター内で行った. 前核期胚の判定から 24 時間後に 2 細胞期胚,120 時間後に胚盤胞を観察し, それぞれ評価した. < 統計処理 > 全ての実験は 3 回以上繰り返し起こった. 全てのデータはアークサイン変換後に Statcel2 (OMS, Tokyo, Japan) を用い一元配置分散分析法 (one-way analysis of variance: ANOVA) により P 値を算出した. さらに,Turkey-Kramer 法による多重比較検定により群間を検討した. また,P<0.05 を統計上有意な差があるとした. [ 実験計画 ] 実験 1: ラット成熟卵のガラス化保存における平衡への平衡時間の検討平衡液への平衡時間の最適化を検討した. 裸化された成熟卵は室温下でカルシウム添加 PB1 + 20% FCS + 15% CPA (DMSO : EG = 1 : 1) の平衡液に 1,4,7,10 分間平衡した. その後, カルシウム添加 PB1 + 20% FCS + 30% CPA (DMSO : EG = 1 : 1) + 0.5 M sucrose のガラス化保存液へ浸漬し,1 分間平衡終了と同時に, クライオトップ先端シートに充填した成熟卵を液体窒素に投入することでガラス化を行った. 加温は,Cryotop 先端を 37.5 の加温液中へ浸漬させることで行い, 成熟卵をこの加温液中に 5 分間静置し, 次いで洗浄 - 31 -

液にて 5 分間平衡を行った. 平衡終了後,F-mR1ECM で 3 回洗浄し, 生存評価を行った. その後, 活性化処置を施し, 活性化 24 時間後に 2 細胞期胚率を,120 時間後に胚盤胞率 を確認した. 実験 2: ラットガラス化加温未受精卵の活性化処理後における発生能の検討ラットガラス化加温未受精卵の活性化処理後における発生能の検討をした. ガラス化保存した区 (Vitrification) は平衡液への平衡を 4 分間で行い, ガラス化, 加温, 活性化処理は先に示した通り行った. コントロールである新鮮卵区 (Fresh 区 ) は裸化後, エタノールと 6-DMAP により活性化を施した. ガラス化保存をせず, 平衡液, ガラス化保存液, 加温液, 洗浄液にて所定の時間平衡を行った区を Exposure 区とした. 同じように活性化処置を施した. 活性化処理 24 時間後の 2 細胞期胚率を比較し, 発生能の検討を行った. 実験 3: カルシウムと CPA の組み合わせがガラス化加温したラット成熟卵の生存率, 活性化処置後の発生率, 表層顆粒放出へ及ぼす影響カルシウムと CPA の組み合わせがガラス化加温したラット成熟卵の生存率, 活性化処理後の発生率へ及ぼす影響を検討した. 成熟卵はカルシウム無添加 PB1 中で採卵, 裸化を行った. 従来の保存液はカルシウム添加 EG DMSO 添加区 (CaED(+)) であり, カルシウムが無添加の区かつ CPA が異なる 3 試験区を設定した. すなわち,EG,DMSO 添加したグループ (Ca(-)EG-DMSO),DMSO のみを添加したグループ (CaD(-)),EG を添加したグループ (Ca EG (-)) である. それぞれ, 生存率, 活性化処理後 24 時間後の 2 細胞期胚率,120 時間後の胚盤胞率を観察した. ガラス化保存法による表層顆粒放出を評価した. 新鮮卵, エタノールのみによる活性化卵, さらに, ガラス化保存卵は上記の 4 試験区を評価した. それぞれの試験区で 30 個以上の染色を行った. 同試験区中に染色像の違いは見られなかった. - 32 -

実験 4: 改良ガラス化保存液がガラス化保存したラット成熟卵における IVF 後の受精能に及ぼす影響改良されたガラス化保存液 ( カルシウム無添加 PB1 かつ EG 添加 (CaEG(-))) を使用してガラス化保存することにより, 加温後, ラット未受精卵の IVF による受精能が向上するかを検討した. 裸化した新鮮卵をコントロールとして用いた.IVF は精巣上体尾部から採取した精子を用い, 共培養開始から 10 時間後に前核期胚率を確認した. [ 結果 ] 実験 1: ラット成熟卵のガラス化保存における平衡への平衡時間の検討 Figure 1 に示した. ガラス化加温後未受精卵の生存率は, 平衡液への感作時間が 1 分区で 71.2 ± 10.1%,4 分区で 97.8 ± 2.2%,7 分区で 76.0 ± 7.2%,10 分区で 61.8 ± 9.5% となり,4 分区の結果が他の試験区に対して有意な差があった (P<0.05). 人為的活性化処置後の生存率は,1 分区で 66.9 ± 10.3%,4 分区で 89.9 ± 4.6%,7 分区で 69.1 ± 5.9%, 10 分区で 58.1 ± 9.5% であった.2 細胞期胚率は 1 分間で 56.7 ± 10.9%,4 分間で 74.4 ± 12.4%,7 分間で 46.9 ± 2.1%,10 分間で 21.8 ± 2.0% であった. この試験より, 平衡液への平衡時間は 4 分間が適しており, 以下の実験には 4 分間の平衡時間を行った. 実験 2: ラットガラス化加温未受精卵の活性化処理後における発生能の検討結果は Table 1 に示した. ガラス化加温したガラス化区の生存率は 98.3% であり高い生存性を示した. 人為的活性化処置後の 2 細胞期胚率は, 新鮮区 91.1 ± 1.3%, 感作区 88.6 ± 6.5%, ガラス化区 78.4 ± 8.4% であり, 各試験区間において有意差は認められなかった. ラットガラス化加温卵は活性化処置後に 2 細胞期胚への発生能を有することが明らかとなった. 実験 3: カルシウムと CPA の組み合わせがガラス化加温したラット成熟卵の生存率, 活性 - 33 -

化処置後の発生率, 表層顆粒放出へ及ぼす影響 Table 2 に本実験で使用される各試験区を表記した. 本実験における生存率の結果は Figure 2 に, さらに Figure 3 に 2 細胞期胚および胚盤胞への発生率を示した. 各試験区の生存率は Ca(+)ED が 85.8 ± 8.4%,Ca(-)ED が 90.7 ± 3.2%,Ca(-)E が 72.8 ± 4.0%, Ca(-)D が 23.6 ± 9.7% であり,Ca(-)D の試験区が有意に低い生存率を示した (P<0.05). 2 細胞期胚率は, コントロール区 96.8 ± 2.2%,Ca(+)ED 区 55.8 ± 9.5%,Ca(-)ED 区が 77.0 ± 3.9%,Ca (-)E 区 72.8 ± 4.0%,Ca(-)D 区 14.9 ± 2.0% であった. 胚盤胞率は, コントロール区 76.1 ± 5.2% と他の試験区と比べ有意に高く, Ca(-)E が 23.1 ± 4.2% とガラス化区の中で最も高い発生能を示した (P<0.05). 表層顆粒を蛍光染色し, 共焦点レーザー顕微鏡で観察を行った.Table 2 に使用した各試験区を, さらにエタノールのみで活性化を施した活性化区, カルシウム添加 EG DMSO 添加区 (Ca(+)ED 区 ) の平衡液, ガラス化液を用い感作区を行った. 結果を Figure 4 に示す. コントロールである新鮮卵は卵表層に発色がほとんど確認できず, 表層顆粒放出が起こっていなかった. 一方, 活性化区は卵表層に緑色蛍光が認められ, 表層顆粒の放出が起こっていた. ガラス化を行っていない感作区では弱い発色が確認できた. それに対し, ガラス化区 (Ca(-)ED) では卵表層に活性化区と同じように強い発色が認められ, 表層顆粒放出が起こっていた. しかし, その他のガラス化区 (Ca(-)ED,Ca(-)E,Ca(-)D) では卵表層に明確な発色は認められず, 表層顆粒放出は確認されなかった. 実験 4: 改良ガラス化保存液がガラス化保存したラット成熟卵における IVF 後の受精能に及ぼす影響ガラス化保存はカルシウム無添加 EG 添加の試験区である Ca(-)E 区を用いて行なった. Table 3 に結果を示す. 新鮮裸化成熟卵を用いた新鮮区 ( コントロール区 ) の受精率は 40.5 ± 10.4% であり, ガラス化区 (0.0 ± 0.0%) と比較し有意に高かった. 一方, 精子囲卵腔侵入率は新鮮区 (81.7 ± 17.5%) はガラス化区 (63.9 ± 9.9%) と有意差は見られなかっ - 34 -

た.Figure 5 に精子がガラス化保存した成熟卵の囲卵腔内へ侵入率した図を示す. [ 考察 ] Larman らはガラス化液に含まれる CPA (DMSO もしくは EG) がマウス成熟卵におけるカルシウムイオン濃度上昇を引き起こすことを示した [Larman et al. 2006]. 本研究において, 少なくともラット成熟卵は新鮮卵および液体窒素への投入をせず, ガラス化液へ浸漬しただけ成熟卵 ( 感作区 ) では表層顆粒放出の免疫蛍光染色によるとほぼ蛍光を発しておらず, カルシウムイオン濃度上昇は見られなかった. 一方, ガラス化保存したラット成熟卵においては, 強い蛍光発色が観察された (Figure 4). 一般的に, 表層顆粒の放出はカルシウムイオン濃度上昇により引き起こされる. 本実験により, ガラス化液への感作ではなく, ガラス化保存が起因となり卵細胞質内のカルシウムイオン濃度が上昇し, その結果表層顆粒が放出されることが明らかとなった. ラット成熟卵は低温感作することにより卵活性化 ( 卵細胞質内カルシウムイオン濃度の上昇および第 2 極体放出 ) を誘起され, この時カルシウムは受精時と同様なパターン, いわゆるカルシウムオシレーションが誘起される [Ito & Kashiwazaki 2010]. そのため, ガラス化保存されたラット成熟卵は, ガラス化保存の過程で細胞質内カルシウムイオン濃度上昇が引き起こされるのではないかと考えられる. マウス成熟卵における細胞質内カルシウムイオン濃度はカルシウム無添加のガラス化保存液により軽減される [Larman et al. 2006] ことから, 本実験においてラット成熟卵の採取時およびガラス化保存時に用いる培養液はカルシウム無添加の培養液を作製し使用した. カルシウム無添加保存液によりガラス化保存されたラット成熟卵において,CPA によらず, カルシウム無添加保存液を用いることがカルシウムイオン濃度上昇を抑制することが可能となり, その結果表層顆粒の放出を改善した (Figure 4). これらの結果から, ガラス化保存時における表層顆粒の放出は細胞質小器官に内在しているカルシウムが放出されるのではなく, 細胞質外からカルシウムが取り込まれることにより起こることが示唆された. 以 - 35 -

上の結果より, 本実験においてカルシウム無添加保存液を用いることがラットのガラス化保存成熟卵における表層顆粒放出を抑制することに成功した. カルシウム無添加培地によりガラス化保存を行うことで, 表層顆粒の放出を抑制することが可能となったため, ラット成熟卵においてガラス化保存に適した CPA を評価するために, ガラス化保存した成熟卵における生存性および人為的活性化処置後の発生率を検討した. ガラス化保存したラット成熟卵における胚盤胞への発生能は全ての試験区で低い値を示し, 特に,DMSO 添加保存液において顕著に低い値を示した. 一方, カルシウム無添加 EG 添加保存液によりガラス化保存したラット成熟卵は,DMSO 添加保存液および EG DMSO 添加保存液と比較し高い発生能を示した.EG は DMSO など他の浸透性 CPA と比較し毒性が低く [Shaw et al. 1997], 浸透性が高い CPA [Songsasen et al. 1995] であり, 様々な種の未受精卵および胚の超低温保存において適した CPA であるとされている [Martino et al.1996, Dinnyes et al. 2000].EG のみ添加したガラス化液がラット成熟卵のガラス化保存に有効であることが示唆された. 本実験において, ガラス化保存成熟卵における透明帯を通過し囲卵腔へ入った精子の率はカルシウム無添加 EG 添加保存液を用いることで改善されたが, 前核を形成し, 受精へと至った卵は存在しなかった. この結果より, カルシウム無添加 EG 添加保存液を用いてガラス化保存したラット成熟卵は表層顆粒の放出を抑えることで透明帯硬化を抑制されるが, 卵黄ブロック (vitelline block, membrane block) は抑制できず受精能の改善には至らないことが明らかとなった. 哺乳類において卵黄ブロックがどのようにして起こるかのメカニズムは解明されていないが, ガラス化保存された成熟卵の微小管は分解されることで紡錘体 (Spindle) が維持されなくなるなどガラス化保存の過程により成熟卵の傷害が起こることが知られている [Albarracin et al. 2005]. 近年, タキソールなどのパクリタキセル (Paclitaxel) 処理によりガラス化保存した成熟卵はマウス [Park et al. 2001], ヒト [Fuchinoue et al. 2004], ウシ [Morato et al. 2008] およびブタ [Shi et al. 2006] といった動物種で発生能を向上すると報告されている. パクリタキセルは解重合を抑制することで紡 - 36 -

錘糸の安定性を保つことで紡錘体の構造を保つ化学物質であり, 細胞分裂を抑制し, 体細胞における M 期の維持に用いられる [Schiff et al. 1979, Carlier et al.1983]. ラット成熟卵自体が抱える問題点として " 自発的活性化 " と呼称される現象があげられる. この自発的活性化によりラット成熟卵は採卵後すぐに卵活性化を引き起こしてしまう [Ito et al. 2007]. さらに, 成熟卵は低温下で感作されることにより, 染色体の分離を誘起し, 第 2 極体の放出が引き起こされる [Nakajima et al. 2008]. そのために, ガラス化保存したラット成熟卵は受精能を維持させるためにパクリタキセルのような紡錘体維持の作用を持つ薬剤添加が必要であると考えられる. もうひとつの解決策として,p34 cdc2 キナーゼ,M 期特異的セリン / スレオニンキナーゼ (MPF) はラット成熟卵の自発的活性化時に不活化されており [Nakajima et al. 2008, Ito et al. 2007], 成熟卵における低い p34 cdc2 キナーゼの活性は人為的活性化処置後に異常な発生能を示すことが報告されている [Borsuk et al. 1991]. MG132 はプロテアソーム阻害剤であり,MG132 により処理したラット成熟卵は p34 cdc2 キナーゼ活性が下がり, 自発的活性化が抑制された [Ito et al. 2007]. それゆえ, ラット成熟卵はガラス化保存の過程で MG132 を用いることで, 高い p34 cdc2 キナーゼ活性を保つことが効果的であり, 卵黄ブロックを抑制し受精能の改善に有効である可能性がある. それゆえ, ラット成熟卵はガラス化保存の過程で MG132 を用いることで, 高い p34 cdc2 キナーゼ活性を保つことが効果的であり, 卵黄ブロックを抑制し受精能の改善に有効である可能性がある. 本研究において, ラット成熟卵における新規のガラス化保存液が開発された. カルシウム無添加, さらに CPA として EG 添加した保存液はラット成熟卵のガラス化保存に効果的であり, 少なくともガラス化保存した成熟卵における表層顆粒の放出を抑制することで透明帯硬化を改善し, 精子の囲卵腔への通過率を改善することが明らかとなった. そこで, 第 2 項では, 卵黄ブロックを抑制し, ラットガラス化保存成熟卵から IVF を介した受精卵を作出することを目的として,MG132 を添加してガラス化保存したラット成熟卵の保存後の生存性および IVF 後の受精能を検討した. - 37 -

第 2 項 MG132 がガラス化保存したラット成熟卵における新 鮮精子との IVF 後の生存性および発生能に与える影響 [ 序論 ] 第 1 章第 1 項により, ラット成熟卵は新規に開発されたカルシウム無添加 EG 添加保存液によりガラス化保存を行うことで, 高い生存性と人為的活性化処置後に胚盤胞への発生能を示し, 表層顆粒の放出が抑制されることが明らかとなった. ラット成熟卵はガラス化保存時に細胞外からのカルシウム流入により, 表層顆粒の放出が起こることで受精能が阻害されていると考えられ, カルシウム無添加保存液によりガラス化保存することで, 表層顆粒放出は抑制することが可能となった. しかしながら, ラット成熟卵は新規のガラス化保存液により, 精子の囲卵腔への侵入率の改善が見られたものの, 受精能そのものの改善は認められなかった. 新規に開発された保存液は, 透明帯反応の一つである透明帯硬化を抑制することで, 精子の囲卵腔への侵入が認められたが, 卵黄ブロックにより精子と卵細胞膜との接着または融合が阻害されたと考えられた. 成熟卵はガラス化保存により微小管の分解が誘起され紡錘体 (Spindle) が維持できなくなるなどガラス化保存の過程により成熟卵には傷害が起こることが知られている [Albarracin et al. 2005]. さらに, ラット成熟卵は採卵後すぐに卵活性化を引き起こしてしまう " 自発的活性化 " と呼称される現象がある [Ito et al. 2007]. 排卵されたラット成熟卵は減数分裂が完了せず, 第 2 極体を放出した後にいわゆる Metaphase-III 期へと進行する [Zericka-Goetz, 1991]. さらに, 成熟卵は低温下で感作されることにより, 染色体の分離を誘起し, 第 2 極体の放出が引き起こされる [Nakajima et al. 2008]. そのために, ガラス化保存したラット成熟卵は受精能を維持させるために紡錘体維持の作用を持つ薬剤添加が必要であると考えられる.p34 cdc2 キナーゼ,M 期特異的セリン / スレオニンキナーゼ (MPF) はラット成熟卵の自発的活性化時に不活化されており [Nakajima et al. 2008], 成熟卵における低い p34 cdc2 キナーゼの活性は人為的活性化処置後に異常な発生能を示すことが報告 - 38 -

されている [Borsuk et al. 1991].MG132 はプロテアソーム阻害剤であり,MG132 により処理したラット成熟卵は p34 cdc2 キナーゼ活性が下がり, 自発的活性化が抑制された [Ito et al. 2007]. ラット成熟卵は,MG132 が p34 cdc2 キナーゼのサブユニットを構成するサイクリン B 活性の低下を抑制する [Josefsberg et al. 2000,Ito et al. 2007]. それゆえ, ラット成熟卵はガラス化保存の過程で MG132 を用いることで, 高い p34 cdc2 キナーゼ活性を保つことが効果的であり, 卵黄ブロックを抑制し受精能の改善に有効であると考えられる. 本研究は, プロテアソーム阻害剤である MG132 を用いてガラス化保存したラット成熟卵における保存後の生存性および IVF 後の受精能について検討した. [ 材料と方法 ] 本研究は特記事項がない限り Sigma-aldrich (St. Louis, MO, USA) の試薬を使用した. 本 研究はすべて麻布大学動物実験委員会の承認を経て行った. < 供試動物 > 本研究には日本チャールズリバー社 (Yokohama, Japan) より供給された Wistar 系ラット (Crlj: Wistar) を用いた.IVF 時に新鮮精子を採取するために 12 週齢以上の成熟雄ラットを, 成熟卵回収用には 3-5 週齢の未成熟雌ラットを用いた. これらのラットは麻布大学付属生物科学総合研究所で気温 23 ± 2 o C, 湿度 55 ± 5%, 光制御 ( 点灯時間 : am 5:00 pm 5:00), 飼料と水は不断給餌の環境下で飼育した. < ラット成熟卵の回収 > 未受精卵はすべて過排卵処理した未成熟雌ラット (Crlj: Wistar) より回収した.3-5 週令 の未成熟雌ラットに, 妊馬血清性性腺刺激ホルモン (Nippon Zenyaku Kogyo, Tokyo, - 39 -

Japan) とヒト絨毛性性腺刺激ホルモン (Asuka Pharmaceutical, Tokyo, Japan) をそれぞれ 300 IU/kg ずつ 48 時間間隔で腹腔内投与し過剰排卵を誘起させた. 人為的活性化処置を実験においては hcg 投与 18 時間後 [Sano et al. 2009],IVF を行う実験においては 12-14 時間後 [Seita et al. 2009a] に, 頚椎脱臼により雌ラットを安楽死させることで卵管を採取した. カルシウム無添加 PB1 [Wittingham 1977] に 0.1% ヒアルロニダーゼおよび 1% の FCS(Life Technologies, CA, USA) が添加された培養液中で卵管膨大部を切り裂くことで卵丘細胞卵子複合体 (COC) を回収した. その後, ラット COC から卵丘細胞をパスツールピペットによる物理的操作により除去し, 卵丘細胞が除去された成熟卵 (DO) は 20% FCS が添加されたカルシウム無添加 PB1( 洗浄液 ) で 3 回洗浄され, 実験に使用するまで 37 o C で保持された. < ラット成熟卵のガラス化保存 > ガラス化保存は Seita らの方法 [Seita et al. 2009b] を改変して行った. クライオトップ (Kitazato BioPharma, Shizuoka, Japan) を用いたラット成熟卵のガラス化保存は室温下 (25-27 o C) で行った. 洗浄液で洗浄された裸化成熟卵は第 1 章第 1 項の結果より, カルシウム添加, もしくは無添加の PB1 + 20% FCS + 15% エチレングリコール (EG) の平衡液に浸漬された.4 分間の平衡完了後直ちに PB1 + 20% FCS + 30% EG + 0.5M sucrose を含むガラス化液へ移動した. 成熟卵はガラス化液への平衡が 1 分間となるように, クライオトップ先端シートに充填し, 液体窒素に直接投入することでガラス化保存をおこなった. クライオトップにアプライされた成熟卵は液体窒素タンク中で 1 週間以上 超低温保存した. 本研究において, 平衡液 (Equilibration solution) およびガラス化液 (Vitrification solution) を合わせてガラス化保存液と呼称する. < ガラス化保存した成熟卵の加温 > ガラス化保存した成熟卵はクライオトップ先端シートを 37.5 o C に温められた PB1 + 20% FCS + 0.5 M sucrose の加温液中へ浸漬させることで加温をおこなった. 成熟卵はこ - 40 -

の加温液中に 5 分間静置させ, 次いで室温下で洗浄液を用いて 5 分間平衡することで行った. 加温した成熟卵は顕微鏡下で卵細胞質が透明性を保持し, 透明帯が正常であり, かつ細胞の形態を維持しているものを生存とすることで, 形態的に生存性を判定した. さらに, IVF および胚移植に用いた. <MG132 を用いたラット成熟卵ガラス化保存に用いる保存液の試験区 > ラット成熟卵のガラス化保存時における MG132 の濃度検討により受精能および産子への発生能を調べた. ラット DO はカルシウム無添加 PB1 を用いて採卵および卵丘細胞の除去を行った. その後, 成熟卵は 0, 1, 10 mm の MG132 が添加されたカルシウム無添加 EG 添加保存液によりガラス化保存を行った. それぞれ 100 個以上のラット成熟卵を用い, その後統計処理を行った. < ラット IVF 法 > IVF は Seita らの報告に準じて行った [Seita et al. 2009a].12 週齢以上の成熟 Wistar オスラットから室温,25 o C 条件下で精巣上体尾部より得られた新鮮精子を用いた. ラット精巣上体尾部は 26 G 注射針 (Top, Tokyo, Japan) により穿刺し, 手指で圧力を加えることで精子塊を得られた. 精子塊は 35 mm 径シャーレ (35-1008, Becton Dickinson and Company, Franklin Lakes, NJ, USA) にパラフィンオイルにより覆われた 150 μl の F-mR1ECM のドロップに入れ, 精子が培養液のドロップ中に広がるまで 5 分程度静置させた. 精子は,4% NaCl 中で運動性を失わせ, トーマ氏血球計算盤により精子濃度を 0.5 10 6 sperm/ml になるように計算を行った. さらに, 精子は 35 mm 系シャーレに準備された 200 μl の F-mR1ECM ドロップに上記の精子濃度となるように移し, 受精能獲得を誘起するために 5 時間 37 o C,5% CO2, 湿度飽和下のインキュベーター内で培養を行った. 前培養終了後, 卵丘細胞を裸化した新鮮卵およびガラス化保存卵 ( カルシウム添加 DMSO EG 添加区およびカルシウム無添加 EG 添加区 ) は精子のドロップに移し,10 時 - 41 -

間 37 o C,5% CO2, 湿度飽和下のインキュベーター内で培養を行った.2 つの前核と 1 本 の精子尾部が観察された卵を受精卵, すなわち前核期胚とした. <IVF により作出された胚の体外発生培養 > 体外発生培養は Seita et al. (2009) の方法に従って行った.IVF により作出された前核期胚はさらに F-mR1ECM により 14 時間培養され,C-mR1ECM へ培養液の交換を行った. 胚の培養はパラフィンオイルに覆われた 50 μl の C-mR1ECM ドロップを用いて行い, 37.5 o C,5% CO 2,95% 空気, 湿度飽和下のインキュベーター内で行った. 前核期胚の判定から 24 時間後に 2 細胞期胚,120 時間後に胚盤胞を観察し, それぞれ評価した. < 統計処理 > 全ての実験は 3 回以上繰り返し起こった. 全てのデータはアークサイン変換後に Statcel2 (OMS, Tokyo, Japan) を用い一元配置分散分析法 (one-way analysis of variance: ANOVA) により P 値を算出した. さらに,Turkey-Kramer 法による多重比較検定により群間を検討した. また,P<0.05 を統計上有意な差があるとした. [ 実験計画 ] ガラス化保存には第 1 項において改良されたガラス化保存液 ( カルシウム無添加 EG 添加保存液 ) を使用した. ラット成熟卵は採卵後, 卵丘細胞を裸化し, 裸化成熟卵とした.MG132 を平衡液およびガラス化液に 0, 1, 10 μm 添加し, ガラス化保存を行った. 加温液には MG132 は添加せず, 保存卵は生存率を観察した後に, そのまま IVF に供した.IVF は精巣上体尾部から採取した精子を用い, 共培養開始から 10 時間後に IVF 後の生存率および前核期胚率を確認した. さらに,C-mR1ECM で体外発生培養を行い,24 時間後に 2 細胞期胚を観察した. - 42 -

[ 結果 ] 本項は, 第 1 項において開発されたガラス化保存液を用いて, さらに MG132 添加しラット成熟卵のガラス化保存を試みた. これらの結果は Figure 6 に示した.MG132 添加しガラス化保存したラット成熟卵の保存直後の生存率は,MG132 0 μm 区が 89.6 ± 3.0%, MG132 1 μm 区で 78.3 ± 4.7%,MG132 10 μm 区で 83.2 ± 4.0% であり, 有意な差は認められなかった. しかし,IVF 後の生存率は MG132 0 μm 区 (83.0 ± 4.4%) が MG132 1 μm 区 (48.1 ± 4.1%) および MG132 10 μm 区 (54.7 ± 6.0%) と比較し有意に高い値を示した (P<0.05). その一方,IVF 後の前核期胚率は MG132 1 μm 区 (25.1 ± 4.2%) および MG132 10 μm 区 (29.3 ± 2.1%) が MG132 0 μm 区 (0.0 ± 0.0%) と比較し有意に高い値を示した. 同様に体外発生培養後の 2 細胞期胚率に関しても MG132 1 μm 区 (11.9 ± 3.8%) および MG132 10 μm 区 (13.2 ± 2.9%) が MG132 0 μm 区 (0.0 ± 0.0%) と比較し有意に高い値を示した. また, 非常に低い値 (1.2%) ながらも,MG132 10 μm 区において胚盤胞への発生が認められた.MG132 を用いてガラス化保存したラット成熟卵から IVF 後に得られた前核期胚および胚盤胞の図を Figure 7 に示す. [ 考察 ] 排卵した成熟卵は Metaphase-II で減数分裂が停止しており, 精子の侵入刺激により, 減数分裂が再開し, 第 2 極体を放出することで減数分裂を完了する. 分裂期は M 期促進因子 (MPF) の活性によって制御されている. この MPF はタンパク質リン酸化酵素であり, この MPF は触媒サブユニットである P34 cdc2 キナーゼ [Nurse 1990] と調節サブユニットのサイクリン B [Hunt 1989] が結合したヘテロ二量体で構成されている. この P34 cdc2 キナーゼの活性は, 制御因子のサイクリン B とその後のリン酸化状態によって制御されている. さらに,Metaphase-II における MPF 活性が染色体の凝集や, その後の分裂における紡錘体の維持に影響している. 受精後, 細胞内カルシウムイオン濃度の上昇に伴い, サイクリ - 43 -

ン B と染色体分離抑制因子のセキュリンがユビキチン化することでプロテアソームを介して分解される. そして,MPF 活性は低下し, 染色体の脱凝縮, 核膜重合, 染色分体遊離が生じた結果,Metaphase-II に赤道面上に配置されている染色体は多数の高度に動的な微小管の重合による紡錘体により両極に分配される. 染色体の分離により, 成熟卵は Metaphase-II における分裂停止から開放され,Anaphase-II へと移行し, 第 2 極体を放出する. ラットの成熟卵は排卵直後から精子の侵入刺激なしに培養 1 時間程度で Anaphase-II から Terophase-II へと進行し, 第 2 極体を放出し始め, 培養 3-4 時間で染色体は細胞質中に分散してしまう自発的活性化と呼ばれる現象が起こることが知られている. P34 cdc2 キナーゼは自発的活性化を起こしているラット成熟卵では不活化されており, この低い P34 cdc2 キナーゼの活性により, 人為的活性化後の発生能の低下を引き起こすと考えられる. プロテアソーム阻害剤である MG132 は, ラット成熟卵においてサイクリン B の分解を抑制し,p34 cdc2 キナーゼのサブユニットを制御する [Ito et al. 2007, Josefsberg et al. 2000] ことで, ラット成熟卵の自発的活性化を抑制することが可能となり, ラット体細胞核移植後に高い p34 cdc2 活性を維持した [Nakajima et al. 2008]. 本研究は, プロテアソーム阻害剤である MG132 を用いて高い p34 cdc2 活性を維持した状態でガラス化保存したラット成熟卵における保存後の生存性および IVF 後の受精能を調べた. 本研究において, MG132 を添加してガラス化保存したラット成熟卵は IVF 後に, 前核期胚および 2 細胞期胚への発生能を有しており, さらに胚盤胞への発生を示した. このことから, 高い p34 cdc2 活性を維持した状態でガラス化保存したラット成熟卵は透明帯硬化および卵黄ブロックが抑制されたのではないかと示唆され, その結果前核を形成し, 受精さらには発生へ至ったのではないかと考えられる. 卵黄ブロック ( 表層反応 ) および透明帯硬化は一般的に次の流れで起こる.PIP2 (phosphatidylinositol 4,5-biphosphate) が精子内に含まれる PLCζ によって IP3 (inositol 1,4,5-triphosphoric acid) と DG (diathel glycerol) とに分解される [Rebecchi and Pentyala 2000].IP3 は細胞内小器官であり, カルシウムイオン貯蔵庫でもある小胞体上に存在する IP3R に結合, カルシウムイオンの放出を促す ( カルシウ - 44 -

ムオシレーション ) を引き起こす. この放出は一過性であり, 繰り返されることで, 卵は活性化が誘起される [Miyazaki 1993]. さらに,DG は PKC (protein kinase C) を活性化する. PKC の活性化により表層顆粒の開口分泌を引き起こし, 卵細胞膜の変化, 卵黄ブロックが誘起されることで多精子拒否を行うことがマウス [Ducibella et al. 1993] やラット [Raz et al. 1998] において報告されている. さらに, 透明帯に存在するタンパク質が変性することで透明帯は硬化し, 多精子拒否のメカニズムが誘起される [Schmell et al. 1980]. 成熟卵のガラス化保存を行うことで, 多精子拒否メカニズムが誘起されてしまうことはよく知られている [Larman et al. 2006]. 第 1 項により, カルシウム無添加 EG 添加保存液によりガラス化保存したラット成熟卵は表層顆粒の放出を抑制することが可能となったが, 卵黄ブロックによる表層反応により精子と成熟卵の受精が阻害された.MG132 により, 高い p34 cdc2 活性を維持した状態でガラス化保存したラット成熟卵は保存後に受精能および発生能を示し,MG132 がラット成熟卵における自発的活性化を抑制した結果, 自発的なカルシウムオシレーションを引き金とした表層反応が抑えられることで, 卵黄ブロックを起こすことなく, ガラス化保存したラット成熟卵は受精に至ったのではないかと示唆された. しかしながら, ガラス化保存直後は高い生存性を示していたラット成熟卵であるが,IVF 後, つまり加温より 10 時間経過したところ, その生存性は低下した. さらに,MG132 10 μm 添加しガラス化保存したラット成熟卵の IVF により得られた前核期胚はレシピエントメスラットに移植したが, 産子を得ることはできなかった (data not shown). 高い p34 cdc2 活性を維持する代償として, ガラス化保存時に 1 μm もしくは 10 μm MG132 を添加することは成熟卵への毒性が非常に強いことが示唆された. 本研究の結果,MG132 を用いることでガラス化保存したラット成熟卵から新鮮精子を用いた IVF を介し前核期胚の作出に成功した. しかしながら, さらに,MG132 を用いてガラス化保存したラット成熟卵の生存性は,MG132 を用いなかった非添加区と比較すると有意に生存性が低下することが明らかとなり, そのため, さらに低濃度の MG132 を添加してラット成熟卵のガラス化保存を行う, あるいはさらに代替となる方法が求められた. - 45 -

産子への発生能を維持するラットガラス化保存成熟卵由来胚の作出をめざして, 第 3 項は 卵丘細胞の付着がガラス化保存したラット成熟卵における凍結保存精子との IVF 後の産 子への発生能に与える影響について検討を行った. - 46 -

第 3 項 超低温保存した卵丘細胞付着したラット成熟卵と精巣 上体尾部精子からの個体復元に関する研究 [ 序論 ] 多くのトランスジェニックを含む遺伝子改変ラットが, 前核期胚への DNA マイクロインジェクション法 [Charreau et al. 1996], レンチウイルスベクターを用いた遺伝子導入法 [Lois et al. 2002] により作出されている. さらに, ノックアウトラットが N-ethyl-N-nitrosourea (ENU) を用いた化学変異原による手法 [Zan et al. 2003],ES 細胞を用いた相同組換え法による方法 [Tong et al. 2010] により作出されている. さらに, 近年では,ES 細胞を使用せずに, 新しく開発された遺伝子編集技術である ZFN [Geurts et al. 2008] や TALEN [Mashimo et al. 2013] を用いたノックアウトラット作出が試みられている. このように, 遺伝子改変ラットは作出され続けており, これらのラットを効率的に維持または管理する方法が求められている. 胚や精子, 未受精卵を含む生殖細胞系列の超低温保存は, 効率的なトランスジェニック動物やノックアウト動物などの遺伝子改変動物の作出, 維持または管理に有効な方法である. 特に, 精子と未成熟卵または成熟卵を含む未受精卵の超低温保存は, 保存後に IVF または ICSI を介した産子作出を行う際に, 雌性配偶子もしくは雄性配偶子の選択が可能となることから有用な技術である. ラットの凍結保存した精子は保存後に低い運動性, 受精能および発生能を示すことが知られている. ラット精子は遠心処理, 浸透圧の変化,pH の変化など物理的および生理的な感受性に対し非常に弱く [Niwa et al. 1974], 特に凍結保存と融解に対する抵抗性が低い [Nakatsukasa et al. 2001] ことが原因として考えられる.Nakatsukasa らによりラットの凍結保存した精子から人工授精を介することで産子作出が初めて行われた [Nakatsukasa et al. 2001]. さらに, 凍結保存したラット精子は採取した直後の新鮮精子と比較し受精能獲得の誘起能が低く,3-isobutyl-1-methylxanthine (IBMX) を添加した培養液を用いることにより,IVF を介した凍結保存ラット精子からの個体作出に成功した [Seita et al. 2009a]. - 47 -

一方, 未受精卵, 特に成熟卵はハプロイドとしての遺伝資源の価値が高いものの, その超低温保存は困難であることが知られている. その理由として, 成熟卵は初期胚と比較し, 細胞 1つあたりのサイズが非常に大きいこと, 超低温保存時において細胞傷害を受けやすいことがあげられ, 特に, 成熟卵の紡錘体は Metaphase II 期で停止しており, 低温感作に感受性が非常に高い [Ciotti et al. 2009] ことが困難な原因である. 成熟卵はガラス化保存法により, ウシ [Fuku et al. 1992] やマウス [George et al. 1994] などで成功例が報告されたが, その生存性および発生能は非常に低いものとなっている. ラットにおける産子作出の成功例は1 例のみと,20 年間に渡り再現性がないものとなっている [Nakagata 1992]. このように, ラット成熟卵は超低温保存に対する感受性が高く, 保存が困難であるのが現状である. 第 2 項により,MG132 を用いることでガラス化保存したラット成熟卵から新鮮精子を用いた IVF を介し受精卵の作出に成功した. しかしながら, ガラス化保存したラット成熟卵由来の受精卵はその後の発生能が著しく低下し, 産子作出には至らなかった. さらに, MG132 を用いてガラス化保存したラット成熟卵の生存性は,MG132 を用いなかった非添加区と比較すると有意に生存性が低下した. プロテアソーム阻害剤である MG132 は, ラット成熟卵における自発的活性化の抑制に対し非常に効果的であり [Nakajima et al. 2008], 高い p34 cdc2 キナーゼ活性を保ち受精能の改善に効果的ではあった. しかしながら, MG132 添加した保存液を用いてガラス化保存したしたラット成熟卵は低い生存性を示した. そのため, ガラス化保存時に MG132 を添加することは成熟卵への毒性が非常に強いことが示唆され, さらなる改善が求められた. 第 1 項および第 2 項では, 成熟卵は卵丘細胞をヒアルロニダーゼにより除去した後にガラス化保存を行い, その後人為的活性化処理または IVF を行っている. また, 現在の成熟卵における超低温保存の研究はウシ [Fuku et al. 1992] やマウス [George et al. 1994] などのように主に卵丘細胞を裸化した成熟卵を用いる研究者が多数である. クライオトップなどのデバイスに成熟卵をアプライする時に, 保存液が最小容量となり, 冷却効率が最大となるように卵丘細胞を除去することが大きな理由である. 一方, 卵丘細胞に包まれた状態 - 48 -

の成熟卵, 卵丘細胞卵子複合体の状態でガラス化保存を行い, 保存後の生存性, 受精能および発生能を調べた報告はない. そこで, 本研究は卵丘細胞が付着した状態でガラス化保存したラット成熟卵における凍結保存精子を用いた IVF 後の受精能および産子への発生能を調べた. [ 材料と方法 ] 本研究は特記事項がない限り Sigma-aldrich (St. Louis, MO, USA) の試薬を使用した. 本研究はすべて麻布大学動物実験委員会の承認を経て行った. < 供試動物 > 本研究には日本チャールズリバー社 (Yokohama, Japan) より供給された Wistar 系ラット (Crlj: Wistar) を用いた.IVF 時に新鮮精子を採取するために 12 週齢以上の成熟雄ラットを, 成熟卵回収用には 3-5 週齢の未成熟雌ラットを用いた. これらのラットは麻布大学付属生物科学総合研究所で気温 23 ± 2 o C, 湿度 55 ± 5%, 光制御 ( 点灯時間 : am 5:00 pm 5:00), 飼料と水は不断給餌の環境下で飼育した. < ラット成熟卵の回収 > 未受精卵はすべて過排卵処理した未成熟雌ラット (Crlj: Wistar) より回収した.3-5 週令の未成熟雌ラットに, 妊馬血清性性腺刺激ホルモン (Nippon Zenyaku Kogyo, Tokyo, Japan) とヒト絨毛性性腺刺激ホルモン (Asuka Pharmaceutical, Tokyo, Japan) をそれぞれ 300 IU/kg ずつ 48 時間間隔で腹腔内投与し過剰排卵を誘起させた.hCG 投与 18 時間後 12-14 時間後 [Seita et al. 2009a] に, 頚椎脱臼により雌ラットを安楽死させることで卵管を採取した. カルシウム無添加 PB1 [Wittingham 1977] に 0.1% (w/v) ヒアルロニダーゼおよび 1% (v/v) の FCS(Life Technologies, CA, USA) が添加された培養液中で卵管膨 - 49 -

大部を切り裂くことで卵丘細胞卵子複合体 (COC) を回収し,37 o C で保持された. コントロールとなる卵丘細胞が除去された成熟卵 (DO) は, 回収されたラット COC から卵丘細胞をパスツールピペットによる物理的操作により除去することで得られた. それぞれ 20% FCS が添加されたカルシウム無添加 PB1( 洗浄液 ) で 3 回洗浄され, 実験に使用するまで 37 o C で保持された. < ラット成熟卵のガラス化保存 > ガラス化保存は Seita らの方法 [Seita et al. 2009b] を改変して行った. クライオトップ (Kitazato BioPharma, Shizuoka, Japan) を用いたラット成熟卵のガラス化保存は室温下 (25-27 o C) で行った. 洗浄液で洗浄された裸化成熟卵は第 1 章第 1 項の結果より, カルシウム添加, もしくは無添加の PB1 + 20% (v/v) FCS + 15% (v/v) エチレングリコール (EG) の平衡液に浸漬された.4 分間の平衡完了後直ちに PB1 + 20% (v/v) FCS + 30% (v/v) EG + 0.5M sucrose を含むガラス化液へ移動した. 成熟卵はガラス化液への平衡が 1 分間となるように, クライオトップ先端シートに充填し, 液体窒素に直接投入することでガラス化保存をおこなった. クライオトップにアプライされた成熟卵は液体窒素タンク中で 1 週間以上 超低温保存した. 本研究において, 平衡液 (Equilibration solution) およびガラス化液 (Vitrification solution) を合わせてガラス化保存液と呼称する. < ガラス化保存した成熟卵の加温 > ガラス化保存した成熟卵はクライオトップ先端シートを 37.5 o C に温められた PB1 + 20% (v/v) FCS + 0.5 M sucrose の加温液中へ浸漬させることで加温をおこなった. 成熟卵はこの加温液中に 5 分間静置させ, 次いで室温下で洗浄液を用いて 5 分間平衡することで行った. 加温した成熟卵は顕微鏡下で卵細胞質が透明性を保持し, 透明帯が正常であり, かつ細胞の形態を維持しているものを生存とすることで, 形態的に生存性を判定した. さらに, IVF および胚移植に用いた. - 50 -

< ラット凍結保存精子の作製および融解法 > 凍結保存精子の作製は Seita et al. (2009) の方法に準じて行った. 精巣上体尾部は 12 週齢以上の成熟 Wistar オスラットから室温,25 o C 条件下で採取した. 精巣上体尾部は (23% (v/v) egg yolk, 8% (w/v) lactose monohydrate, antibiotics (1000 IU/ml penicillin G potassium, 1 mg/ml streptomycin sulphate),0.7% (v/v) Equex Stem (Nova Chemical Sales Inc. Scituate, MA)) を含み,Tris (hydroxymethyl) aminomethane で ph 7.4 に調整した卵黄を主体とする凍結保存液中で眼窩剪刀により 5-7 回切り裂くことで, 精子を浮遊させた. 精子は 0.5 10 8 sperm/ml となるように, トーマ氏血球計算盤で濃度を測定した後,0.25 ml プラスチックストロー (IMV, L'aigle, Cedex, France) に封入し, プラグラムフリーザー (Fujihira Industry, Tokyo, Japan) 内の 23 o C 99% エタノールで満たされた槽に差し込んだ. 精子を封入したストローは 23 o C から 5 o C まで 40 分かけて冷却され (0.5 o C/min), 液体窒素蒸気中に 15 分保持した後, 液体窒素中に投入し保存した. 凍結保存精子の融解は, ストローを 37 o C 温水中に 15 秒間浸漬することにより行った. ストローははストローカッターで切断し, 精子が封入されている部分の卵黄液を 35 径 mm シャーレに排出し, その後の IVF に用いた. < ラット IVF 法 > 新鮮精子および凍結保存精子の IVF は Seita らの報告に準じて行った [Seita et al. 2009a]. 新鮮精子は 12 週齢以上の成熟 Wistar オスラットから室温,25 o C 条件下で精巣上体尾部を 26 G 注射針 (Top, Tokyo, Japan) により穿刺し, 手指で圧力を加えることで得られた精子を用いた. 精巣上体尾部から得られた精子塊は 35 mm 径シャーレにパラフィンオイルで覆われた 150 μl の F-mR1ECM (110 mm NaCl, 4 mg/ml fatty acid-free BSA: Sigma A-6003) のドロップに入れ, 精子が培養液のドロップ中に広がるまで 5 分程度静置 - 51 -

させた. 精子は,4% NaCl の食塩水中で運動性を失わせ, トーマ氏血球計算盤により精子濃度を 0.5 10 6 sperm/ml になるように計算を行った. さらに, 精子は 35 mm 径シャーレに準備された 200 μl の F-mR1ECM ドロップに上記の精子濃度となるように移し, 受精能獲得を誘起するために 5 時間 37 o C,5% CO2, 湿度飽和下のインキュベーター内で培養を行った. 一方凍結保存精子は融解後,2 μl をピペットにより 35 mm 径シャーレにパラフィンオイルで覆われた 150 μl の F-mR1ECM (110 mm NaCl, 4 mg/ml fatty acid-free BSA: Sigma A-6003) のドロップに入れた.2 μl の精子を F-mR1ECM 中に入れることにより, 最終精子濃度は 0.5 10 6 sperm/ml となる. さらに, この F-mR1ECM に 200 μm IBMX (3-Isobutyl-1-methylxanthine) を添加し,5 時間の前培養を行うことで凍結保存精子は受精能を獲得する. 前培養終了後, 卵丘細胞を裸化した新鮮卵およびガラス化保存卵は精子のドロップに移し,10 時間 37 o C,5% CO2, 湿度飽和下のインキュベーター内で培養を行った.2 つの前核と1 本の精子尾部が観察された卵を受精卵, すなわち前核期胚とした. <IVF により作出された胚の体外発生培養 > 体外発生培養は Seita et al. (2009) の方法に従って行った.IVF により作出された前核期胚はさらに F-mR1ECM により 14 時間培養され,C-mR1ECM へ培養液の交換を行った. 胚の培養はパラフィンオイルに覆われた 50 μl の C-mR1ECM ドロップを用いて行い, 37.5,5% CO2,95% 空気, 湿度飽和下のインキュベーター内で行った. 前核期胚の判定から 24 時間後に 2 細胞期胚,120 時間後に胚盤胞を観察し, それぞれ評価した. < 胚移植 > ラット成熟卵のガラス化保存により得られた前核期胚は産子への発生能を調べるために, 偽妊娠誘起されたレシピエントメスラットに胚移植を行った [Seita et al. 2009a].9-24 週齢の Wistar メスラットは精管結紮術により受精させる能力を失わせた 15-80 週齢のオスラットと day 0,18:00-22:00 の間に交配させることで偽妊娠を誘起した.IVF によ - 52 -

り作出された前核期胚は day 1,20:00-23:00 に外科的方法を用い, メスラット卵管に前 核期胚を移植することで胚移植を行った.day 21, に産子作出へ至らないメスラットは帝 王切開により産子の確認および着床痕を観察した. < 統計処理 > 全ての実験は 3 回以上繰り返し起こった. 全てのデータはアークサイン変換後に Statcel2 (OMS, Tokyo, Japan) を用い一元配置分散分析法 (one-way analysis of variance: ANOVA) により P 値を算出した. さらに,Turkey-Kramer 法による多重比較検定により群間を検討した. また,P<0.05 を統計上有意な差があるとした. [ 実験計画 ] 実験 1: 卵丘細胞の有無が新鮮およびガラス化保存卵の生存率と IVF 時の受精率に及ぼす影響卵丘細胞の有無が新鮮およびガラス化保存卵の生存率と IVF 時の受精率に及ぼす影響について調べるために, 実験 1 と同様に COC を採取した. 一部の COC は 0.1% hyaluronidase 添加 PB1 中で卵丘細胞を除去することにより裸化卵 (DO) とし,DO および COC をそれぞれ採取直後に IVF により受精能を調べた (F-COC 区および F-DO 区 ). さらに COC,DO をガラス化加温した直後に IVF に用い, 受精能を比較した (V-COC 区および V-DO 区 ). それぞれ実験 3 と同様に IVF をおこなった. 実験 2: 卵丘細胞付着した状態でガラス化保存したラット成熟卵が凍結保存精子との IVF 後における産子への発生能に及ぼす影響卵丘細胞付着した状態でガラス化保存したラット成熟卵は凍結保存精子を用いることで IVF を行った. 凍結保存精子との IVF により得られた前核期胚は産子への発生能を調べる - 53 -

ために, 偽妊娠誘起されたレシピエントメスラットに胚移植を行った [Seita et al. 2009a]. 9-24 週齢の Wistar メスラットは精管結紮術により受精させる能力を失わせた 15-80 週齢のオスラットと day 0,18:00-22:00 の間に交配させることで偽妊娠を誘起した.IVF により作出された前核期胚は day 1,20:00-23:00 に外科的方法を用い, メスラット卵管に前核期胚を移植することで胚移植を行った.day 21 に出産に至らないメスラットは帝王切開により産子の確認および着床痕を観察した. [ 結果 ] 実験 1: 卵丘細胞の有無が新鮮およびガラス化保存卵の生存率と IVF 時の受精率に及ぼす影響卵丘細胞の付着がラット成熟卵における受精能を調べるため, 新鮮精子と新鮮裸化成熟卵 (DO) または卵丘細胞卵子複合体 (COC) の IVF を行った. さらに, ガラス化保存した DO および COC についても新鮮精子との IVF 後に生存性 受精能を調べた. 結果は Figure 8 に示した. 新鮮 COC における新鮮精子都の IVF 後の受精率は, 新鮮 DO と比較し有意な差は見られなかった. ガラス化保存した DO および COC についても新鮮精子との IVF 後の生存率は高い値を示した. ガラス化保存した DO は第 1 章第 1 項で示したとおり新鮮精子との IVF 後に前核を形成することはなかったものの, ガラス化保存した COC は受精による前核期胚が認められた. 実験 2: 卵丘細胞付着した状態でガラス化保存したラット成熟卵が凍結保存精子との IVF 後における産子への発生能に及ぼす影響実験 1 の結果より, 新鮮およびガラス化保存した COC について凍結保存精子との IVF 後の生存性 受精能を調べた. これらの結果は Table 3 に示した. 凍結保存精子との IVF 後における生存率は新鮮 COC およびガラス化保存 COC ともに高い値を示し, 有意な差は - 54 -