目 次 調査概要 I. 調査の目的 1 Ⅱ. 調査の実施概要 1 調査結果 要約 3 Ⅰ. バングラデシュにおけるロヒンギャ難民の概況 5 1. 歴史的背景 7 2. ロヒンギャ難民の発生 7 3. 帰還 9 4. キャンプ及び周辺状況概観 11 Ⅱ. ロヒンギャ難民に対する支援内容と現在のニーズ

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バングラデシュにおける ロヒンギャ難民の状況及び支援状況 調査報告 平成 19 年 (2007 年 )6 月 ( 財 ) アジア福祉教育財団難民事業本部 1

目 次 調査概要 I. 調査の目的 1 Ⅱ. 調査の実施概要 1 調査結果 要約 3 Ⅰ. バングラデシュにおけるロヒンギャ難民の概況 5 1. 歴史的背景 7 2. ロヒンギャ難民の発生 7 3. 帰還 9 4. キャンプ及び周辺状況概観 11 Ⅱ. ロヒンギャ難民に対する支援内容と現在のニーズ 13 1. プロテクション ( 身体的及び法的保護 ) 13 2. シェルター ( 住居 ) 14 3. 給水と衛生 16 4. 栄養 17 5. 食糧配給 17 6. 職業訓練 18 7. 医療 18 8. 学齢児童の教育 19 9. 女性と子供及びキャンプ内における弱者 21 (1) キャンプ内における弱者 21 (2) 女性 21 (3) 子供 22 10. テクナフ非公式キャンプ 22 Ⅲ. 将来の課題と展望 25 参考文献 資料 26 2

調査概要 Ⅰ. 調査の目的旧英領時代に多くのイスラム教徒がミャンマー西南部のラカイン州に移住した 独立 後 同国政府はこれらの人々を自国の民族として認めず 1973 年 3 月には当時の社会主 義政権が国境付近に居住する不法移民を排除するためと称して 大規模な住民調査を行 った結果 22 万 5,000 人が処罰を恐れてバングラデシュに避難した その後 難民数は 25 万人を超えたが これまでに約 23 万 6,000 人が帰還している しかし いまだに難 民キャンプ等に残っている者がおり 過去数年帰還も滞っている状態にある 難民事業本部は 平成 12 年 12 月にバングラデシュ及び平成 13 年 3 月にミャンマー ラカイン州のロヒンギャ難民に関する調査を実施した 日本には多くのロヒンギャ難民 が居住しているが バングラデシュで活動する日本の NGO はなく 最近のロヒンギャ 難民の実態及び支援の状況については 不明確な状態にあった 同調査では 現在のロ ヒンギャ難民の状況及び支援活動の状況を調査し 日本の NGO 等へ情報を提供するこ と等を目的とした Ⅱ. 調査の実施概要 1. 調査実施期間平成 19 年 3 月 25 日 ( 日 )~3 月 29 日 ( 木 ) 2. 調査対象国バングラデシュ人民共和国 3. 調査員 (1) アジア福祉教育財団難民事業本部関西支部支部長補佐中尾秀一 (2) 社会福祉法人さぽうと 21 プログラムコーディネーター堀越芳乃 (3) 日本ビルマ救援センタースタッフ久保忠行 (4) 在日ビルマ人難民申請弁護団事務局員三村明恵 4. 調査方法国連機関及び NGO 等の関係者からの聴取及び難民キャンプにおける視察調査を 行った 5. 訪問先及び面談 3 月 25 日 ( 日 ) 1 日本大使館面談者 : 島本照幸参事官 2UNHCRバングラデシュ事務所面談者 :Pia Prytz Phiri 氏 (Country Representative) 3 月 26 日 ( 月 ) 1UNHCRコックスバザール事務所面談者 :Jim Worrall 氏 (Head of Sub-Office) 3 月 27 日 ( 火 ) 1Kutu Palong 難民キャンプ Muhammad Asaduzzaman 氏 (Camp-in-Charge) ほかとの面談 1

その後 キャンプ内視察 2Teknaf 非公式キャンプ Caroline Farwood 氏 (Medical Officer, MSF-H Teknaf) との面談 その後 キャンプ内視察 3Nayapara 難民キャンプキャンプ内視察 3 月 28 日 ( 水 ) 1コックスバザール行政事務所面談者 :Delwar Hossain 氏 (Additional District Magistrate) 3 月 29 日 ( 木 ) 1コンサーンアイルランド面談者 :Kieron Crawley 氏 (Country Director) ほか 2 国境なき医師団面談者 :Frido Henrinckx 氏 (Head of Mission) 3WFPバングラデシュ事務所面談者 :Douglas Broderick 氏 (Representative) ほか 2

調査結果 ( 要約 ) Ⅰ. ロヒンギャ難民の流出と帰還 ミャンマー ( ビルマ ) のラカイン ( アラカン ) 州出身のロヒンギャ難民は 政府による土地の接収 強奪 恣意的徴税 強制労働等の迫害から逃れるため 1991 年中頃 ~ 92 年初頭約 25 万人がバングラデシュに流出した 94 年から 23 万人以上が帰還したが 現在もコックスバザール州のクトゥパロン ナヤパラの難民キャンプに2 万 6 千人が残留している 本国での人権状況が改善されないことから この2 年間は帰還がなく 一方でバングラデシュ政府も定住を認めない状況が続いている 第三国定住も極めて限られた人数にとどまっている Ⅱ. ロヒンギャ難民に対する支援 1. プロテクション ( 身体的及び法的保護 ) 家庭内暴力 難民女性に対する性的暴力 搾取 マジと呼ばれる難民内の実力者によるハラスメントは 国連難民高等弁務官事務所 (UNHCR) の啓発活動等で減少しているが 依然として深刻な問題である 2. シェルター ( 住居 ) 各シェルターの老朽化は著しく 居室の広さも シェルターの間隔も十分ではない UNHCRは2 年間の計画で全てのシェルターの立て替えを計画し 既に完成している一部のシェルターには数世帯が入居していた 3. 給水と衛生クトゥパロン難民キャンプは井戸から ナヤパラ難民キャンプでは雨水をタンクで浄化し給水されている トイレ シャワールームも設置されているが イスラム教徒の女性に対する配慮が十分ではない 4. 栄養世界食糧計画 (WFP) から米 豆 油 塩 砂糖 混合食品 調味料など1 人 1 日あたり 2,160 カロリー分の食糧が配給されている しかし キャンプに住む非登録の難民約 5,000 人は配給対象ではなく 登録されて難民と食糧を分け合っているため 結果としてキャンプ内の低栄養状態を招いている 栄養補給プログラムが妊産婦 栄養失調の乳幼児 結核などの慢性疾患患者に対して実施されているが十分ではない 5. 食糧配給 WFP が食糧の調達 バングラデシュ赤新月社 (BDRCS) が食糧配布を担当し ている 生活困難な家庭からボランティアが選ばれ 食糧の配布に参加している 3

6. 職業訓練女性センターで裁縫 刺繍クラス 石鹸づくりが実施されていた 技術を修得すると同時に女性の社会参加を促す目的もある 男性を対象として大工仕事 裁縫のクラスも計画されている 7. 医療 診療所が設置され 2 人の医師が 1 日約 200 人の患者に対応している 緊急の患者 はコックスバザールに運ばれる 8. 学齢児童の教育 1キャンプに8 小学校が設置され 幼稚園から5 年生まで学齢児童の約 9 割の 6,589 人がミャンマー ( ビルマ ) 語 英語 数学を学んでいる 82 人の教員が 1 人あたり約 80 人の児童を二部制で担当しており 教師 ( 特に女性 ) の増員 教科の拡充と中高等教育の実施が課題となっている 9. 女性と子供及びキャンプ内における弱者家族計画があまり浸透していないこと 早婚 一夫多妻制などにより 女性 1 人あたりの出生率が 6.7 人ととても高い コンドームの配布 ピルの投与 啓発活動が行われている 10. テクナフ非公式キャンプ 2004 年に非登録のロヒンギャが行き場を失いテクナフの川岸に定着した 7,640 人が居住するが バングラデシュ政府はUNHCRの支援を許可しておらず キャンプ内の環境は劣悪である Ⅲ. 将来の課題と展望 難民のミャンマー ( ビルマ ) への帰還については 未だに実現可能性は低く また バングラデシュ政府はロヒンギャ難民の定住を認めていない このような状況の中で 短期的には 住居 栄養 医療をはじめとする支援水準が国際基準を満たすように 難民への支援を充実させることが課題となる テクナフキャンプの難民をはじめとする非登録のロヒンギャ難民に対する支援を充実させることも求められている 難民に対する支援と同時に 地域一帯の開発を含めた長期的視点に立った包括的な支援も重要である 4

Ⅰ. バングラデシュにおけるロヒンギャ難民の概況 バングラデシュは 14 万 4,000 平方キロメートル ( 日本の約 4 割の面積 ) に 1 億 4,049 万人が暮らす世界でも有数の人口密度が高い国家である ベンガル人が大部分を占め 国語はベンガル語であるが 成人識字率は 49.6% と低い 信仰する宗教の割合は イスラム教徒が 89.7% ヒンズー教徒が 9.2% 仏教徒 0.7% キリスト教徒 0.3% である 現在バングラデシュ ミャンマー ( ビルマ ) 国境には 公式に2ヵ所のロヒンギャ難民キャンプが設置されている 国連難民高等弁務官事務所 (United Nations High Commissioner for Refugees 以下 UNHCR) の統計によると 2007 年 2 月 28 日現在 クトゥパロン (Kutupalong) 難民キャンプには 10,202 人 ナヤパラ (Nayapara) 難民キャンプには 16,110 人 合計 26,312 人のロヒンギャ難民が避難生活を送っている ロヒンギャ (Rohingya ロヒンジャー ロヒンジャー ムスリムとも呼ばれる) と呼ばれる人々は バングラデシュのチッタゴン州からミャンマー ( ビルマ ) のラカイン ( アラカン ) 州に居住するムスリム系住民を指す 0~4 才 5~17 才 18~59 才 60 才以上合計 表 1 ロヒンギャ難民キャンプ人口 (2007 年 2 月 28 日現在 ) クトゥパロン難民キャンプ ナヤパラ難民キャンプ 合計 登録 非登録 計 登録 非登録 計 登録 非登録 計 男 753 132 885 1,267 218 1,485 2,020 350 2,370 女 745 143 888 1,217 226 1,443 1,962 369 2,331 計 1,498 275 1,773 2,484 444 2,928 3,982 719 4,701 男 1,691 314 2,005 2,404 662 3,066 4,095 976 5,071 女 1,648 340 1,988 2,520 661 3,181 4,168 1,001 5,169 計 3,339 654 3,993 4,924 1,323 6,247 8,263 1,977 10,240 男 1,595 329 1,924 2,377 608 2,985 3,972 937 4909 女 1,871 403 2,274 2,829 744 3.573 4,700 1,147 5847 計 3,466 732 4,198 5,206 1,352 6,558 8,672 2,084 10,756 男 100 13 113 151 38 189 251 51 302 女 109 16 125 138 50 188 247 66 313 計 209 29 238 289 88 377 498 117 615 男 4,139 788 4,927 6,199 1,526 7,725 10,338 2,314 12,652 女 4,373 902 5,275 6,704 1,681 8,385 11,077 2,583 13,660 計 8,512 1,690 10,202 12,903 3,207 16,110 21,415 4,897 26,312 出典 :UNHCRによる統計 5

バングラデシュ地図 6

1. 歴史的背景ロヒンギャ側の一説によれば 彼らの祖先は8 世紀頃にアラカン地方に海を越えてやってきたアラブ商人が定住したものと言われる その後 15~16 世紀にベンガル湾交易でアラカン王国 ( ムラウー朝 ) が栄えた ムラウー朝の初代から 11 代までの王は 仏教名とイスラム名の両方を合わせもっており 当時は 仏教徒とイスラム教徒という枠組みによって対立する構図は見られず 基本的に両者は共存関係にあった 18 世紀半ばまでに 北部アラカンでイスラム教徒が 南部アラカンでは上座仏教徒が それぞれ多数派を形成し 宗教に基づく帰属意識を強めていった アラカン地方は 1785 年 ビルマのコンバウン朝によって制圧されたが 1826 年 第一次英緬戦争でコンバウン朝が敗れると アラカン地方は英国に割譲され すでに英国の植民地となっていたベンガルとのつながりを強め 大量の移民がチッタゴンから流入した 1942 年 ~45 年の日本占領期には 日本軍は仏教徒アラカン人を用いて愛国アラカン軍を ビルマから撤退した英国はチッタゴンのイスラム教徒を中心に Force V と呼ばれるゲリラ軍を組織した この結果 アラカン南部に住む仏教徒によるイスラム教徒の迫害が 逆に北部では Force V に後押しされたイスラム教徒による仏教徒の迫害と仏教施設の破壊が徹底された 1948 年 ビルマは英国から独立すると 1961 年アラカン州を設置し イスラム教徒が多く住むマユ地方を マユ辺境統治区 として それぞれ個別の中央政府直轄地域とすることを決定した 翌年のネーウィンの中央集権的なビルマ式社会主義政権の誕生により マユ辺境統治区は本来の 仏教徒とは区別された空間 としての意味を失った 2. ロヒンギャ難民の発生ミャンマー ( ビルマ ) のラカイン ( アラカン ) 州を出身とするロヒンギャ難民のバングラデシュへの流出は 大きく 1970 年代後半と 1990 年代前半の二つのフェーズに分けることができる 1978 年ビルマ政府は ナガーミン作戦 ( あるいはドラゴン作戦 ) と呼ばれる不法移民排斥を目的とした大規模な住民登録作業を開始した 国家規模の同作戦はアラカン州から開始され 暴力を伴う虐待と多くの逮捕者を生んだ 結果 逮捕 迫害を恐れた約 20 万人のロヒンギャの人々がバングラデシュに流出した バングラデシュ政府は 難民の地位に関する条約( 難民条約 ) を批准していないが ロヒンギャの処遇を懸念するイスラム諸国の声に押され 無期限には庇護できない と主張しつつ 国連に援助を要請した UNHCRを調整役とする国連の大規模な救援計画が開始されたのは 1978 年 5 月である 同年 7 月 二国間でロヒンギャの帰還協定が結ばれたが 帰還に抵抗する難民が多く 難民とバングラデシュ側の衝突によって数百人の死者が出た ロヒンギャ指導者の逮捕 食糧配給の減少が難民を帰還へと導き 1979 年末には 18 万人以上がビルマに帰国した 再び大量のロヒンギャ難民がバングラデシュに到着するのは 1991 年中頃 ~92 年初頭にかけてである ミャンマー ( ビルマ ) 政府による土地の接収 強奪 恣意的徴税 強制労働 宗教による迫害 レイプ 虐待を恐れ 約 25 万人のロヒンギャ難民がバングラデシュに流出した 当時 バングラデシュのロヒンギャ難民キャンプは コックスバザール州のテクナフに 19~20 ヵ所設置され UNHCRなどの国際支援機関が支 7

援を開始した ロヒンギャ難民の苦境は 人口密度が高く 貧困や資源の少なさといった自国の様々な社会問題を抱えるバングラデシュ政府からも ロヒンギャを自国民と認めないミャンマー ( ビルマ ) 政府からも排除されている点にある 初めてロヒンギャ難民がバングラデシュに到着してから およそ 30 年が経過した現在も コックスバザール行政当局は 難民の帰還が実施されていないのはラカイン ( アラカン ) 州の状況が悪いからであり ロヒンギャは森林伐採 不法な漁業 モラルの低下など様々な問題をもたらしていると訴えていた バングラデシュ政府が 難民の定住を拒否するのは 定住がさらなるロヒンギャ難民を呼び寄せる プル要因 になることを懸念しているからというNGOからの指摘もあった 一方 ミャンマー ( ビルマ ) 政府は ビルマ ( ミャンマー ) 民族をはじめとする 135 の民族を国内の土着民族としているが そこにロヒンギャを含めていない ミャンマー ( ビルマ ) 政府は 1982 年に施行した新国籍法に基づき 第一次英緬戦争開始前年の 1823 年より前から継続してミャンマー ( ビルマ ) に居住している土着の者だけを正規の 国民 と規定し 1948 年制定の連邦国籍法に基づいて国籍を取得した者は 準国民 その後 2 年して同国籍法が施行停止になったあとに帰化手続をした者は 帰化国民 としてそれぞれ定めた 国民を3 分類した上で 準国民 と 帰化国民 に対しては法的権利を一部制約しているが ロヒンギャの場合はこのいずれにも含まれていない したがって 15 歳以上のミャンマー ( ビルマ ) 国民が常に携行義務を負う国民登録証は ロヒンギャに対しては発行されず 彼らは外国人登録証の発行対象とされている このため ロヒンギャの人々はミャンマー ( ビルマ ) で社会的差別を受け 基本的な教育 医療サービスなどを受けるのが極めて困難な状況にある テクナフ非公式キャンプ 8

3. 帰還 1992 年 2 月 バングラデシュ ミャンマー ( ビルマ ) 両国が難民の送還に関する覚書 (MOU) を交わし 同年 9~12 月にかけてバングラデシュ政府は UNHCRが関与しない形で難民の帰還を開始した UNHCRと国際社会はこれに反対し 翌年 5 月にUNHCRとバングラデシュ政府は UNHCRによる難民の保護と難民個人のインタビューに基づく自発的帰還を認める覚書を交わした 11 月には UNHCR とミャンマー ( ビルマ ) 政府は UNHCRが帰還をモニタリングすること ロヒンギャに対して国内での一定の移動の自由を認めたIDカードを発行することを認めた覚書を結んだ 1994 年 8 月 UNHCRは難民の登録作業を開始し 94~95 年にかけて大規模な帰還を実施した UNHCRは登録された 17,600 人のうち 95% が自発的帰還であると公表したが 国境なき医師団 (Médecins Sans Frontières-Holland 以下 MSF) が 1995 年 3 月に行った意識調査によると 調査対象の 412 世帯のうち 63% が帰還したくない 65% が帰還を断る権利があることを知らないと答えた 難民の帰還事業が再び開始されたのは 1998 年 11 月であるが ミャンマー ( ビルマ ) 政府は事前に帰還が認可された 7,000 人の難民の受入れを拒否した 1991~2001 年までに帰還した難民数は 232,325 人で UNHCRが難民の帰還事業を再開する意向を表明した 2002 年 1 月から現在までに帰還した難民数は 4,293 人である 2005 年に 92 人を帰還して以降 2007 年 3 月まで難民の本国への帰還は実施されていない 表 2 ロヒンギャ難民の帰還人数 年 人数 ( 年間 ) 1992 年以降の合計人数 1992~2001 232,325 232,325 2002 760 233,085 2003 3,231 236,316 2004 210 236,526 2005 92 236,618 2006 0 236,618 2007 0 236,618 出典 :UNHCR/WFP[2006:11] UNHCRコックスバザー ル事務所 Jim Worrall 所長への聞き取り (2007 年 3 月 26 日 ) 難民の帰還は ミャンマー ( ビルマ ) 政府から認可 (Clearance) を受け それが再度確認 (Re-confirmation) されてから実施される 帰還にあたっては UNHCRが難民による自発的な意志を確認し 自発的帰還宣誓書 (Declaration of Voluntary Repatriation) にサインをしてもらうことになっている 識字率が低いため 書類に書いてあることがわからないまま サインをさせられた者も多く 暴力を受けて脅迫されたり 誤った情報を与えられたりして帰還する者もいたとのことである 近年帰還が進まない理由としては ミャンマー ( ビルマ ) のラカイン ( アラカン ) 州北部の情勢が依然として悪いため 帰還を望まない難民が多いほか ミャンマー ( ビルマ ) 政府がロヒンギャ難民を国民として認めず その受入れを拒否しているという 9

理由もある 一方で バングラデシュ政府は ロヒンギャ難民がバングラデシュに定住することを認めておらず 帰還を促している 2003 年 1 月 UNHCRとしては すぐに帰還できる見込みのないロヒンギャ難民が一時的に自立して生活できるようにする一時的自立 (Temporary Self-reliance) という支援方針をバングラデシュ政府に提案した しかし 2004 年 9 月にバングラデシュ政府は 既に人口過密であり ロヒンギャ難民の受入れは経済的にも負担がかかるとして提案を拒否した その後 UNHCRとバングラデシュ政府の間で交渉は続き 2006 年頃からロヒンギャ難民支援と地域振興を合わせた支援をする方向で調整がすすんでいる 他方 ミャンマー ( ビルマ ) とバングラデシュの家族がバラバラになっている あるいは 年老いたため余生をミャンマー ( ビルマ ) で全うしたい等の理由で帰還を望む者もおり UNHCRは帰還を望む者に対して その扉を開放し続けたいとしている また 一旦帰還しても ミャンマー ( ビルマ ) のラカイン ( アラカン ) 州北部の情勢が依然として悪いために 再びバングラデシュに戻って来るロヒンギャ難民も存在する 彼らは UNHCRの登録を受けることはできないため 不法移民として滞在している UNHCRによると 再び戻ってきたロヒンギャ難民の数を把握するのは難しいとのことである 国境には絶えず人の行き来があるため 1 年に何人のロヒンギャ民族がバングラデシュへ来て なおかつそのまま留まっているかの正確な統計を出すのは難しいようである 難民からの意見( 於 : ナヤパラ難民キャンプ ) 1. ブーティーダウン出身の 30~40 代の男性 (10 年以上キャンプ滞在 ) ここでは食べるものも 住むことも 耐えられるものでない 私たちはいったいどうしたらいいんですか 2.50~60 代の男性ミャンマー ( ビルマ ) では自分たちを ( 国民として承認されている ) 土着民族として認めてくれないので帰れない アウンサンスーチーが政権をとるまでは帰れない 3.50~60 代の男性 (92 年からキャンプ滞在 ) ミャンマー ( ビルマ ) では様々な虐待を受けてきたので帰れない どこでもいいからミャンマー ( ビルマ ) とここ以外の第三国へ行きたい 第三国定住については 2006 年に 15 人がクオータ ( 割り当て ) 難民としてカナダへ受け入れられた ただし 長年の閉塞的なキャンプ生活を経験し 何の想像 期待も持てずにカナダへ着いた難民は 気候 生活環境の大きな違いにショックを受け 順応するのにしばらく時間がかかりそうだとのことである 日本への期待としては UNHCRから 人道的アピールの一つとして 日本に 例え2 人だけでもいいので 治療を必要とする難民を受け入れてほしいとの要望があった また コックスバザール行政当局からも 日本も含めた国際社会にロヒンギャ難民受け入れてほしいという声があった 一方 同じミャンマー ( ビルマ ) からの難民であるタイ側の難民の第三国定住が進展を見せているが ロヒンギャ難民がイスラム教であることがロヒンギャ難民の第三国定住が進まない理由と分析する援助関係者もいた 10

4. キャンプ及び周辺状況概観帰還の実施が停滞しているにも関わらず 難民キャンプの生活水準が向上しているわけではない ロヒンギャ難民に対する緊急支援段階は過ぎたものの 支援水準は国際基準を満たしていないとUNHCRは分析している これには複数の要因が挙げられるが 主に実際に支援を行う国際支援機関が少ないこと 支援を行っている機関内部の問題として 世界の全難民数に対する2 万数千人という 規模の小ささ ( それゆえ予算が少ない ) という点がある バングラデシュ政府の基本方針が 難民に 支援を与えすぎない という点にも留意しておく必要がある また ミャンマー ( ビルマ ) から国境のナフ川を越えてバングラデシュ側に来る労働者や滞在者など 見えない難民 が存在することから 支援を必要とする難民の正確な人数は不明である コックスバザールとテクナフ周辺の村落やスラムで極度の貧困状態のもと暮らすロヒンギャの人々は 100,000 人以上とも言われている 例えば 海岸に位置するシャムラプ (Shamlapur) 地域では 10,000~15,000 人のロヒンギャの人々が不法移民として滞在を余儀なくされており 非常に安い賃金で漁師として雇われている 雇い主に多額の借金をさせられ 事故や病気で死んだとしても 何の補償も手当てもなく放っておかれ 奴隷のような扱いを受けている 難民キャンプに限定して言えば 難民生活は 1991 年以降 16 年間にわたり 17 歳以下のキャンプで生まれ 祖国 を知らない子供は キャンプの全人口のうち 14,941 人 ( 約 57%) で そのうち 2,696 人が非登録である キャンプでの食糧 ( 米 混合食品 1 豆類 食用油 塩 砂糖) の調達は 国連世界食糧計画 (The United Nations World Food Programme 以下 WFP) が行い キャンプ内での配布はバングラデシュ赤新月社 (Bangadesh Red Crescent Society 以下 BDRCS) が行っている 公式には難民キャンプでの就労と売買は禁止されている 教育は 初等教育 ( ミャンマー ( ビルマ ) のカリキュラムで5 年生までである 日本では小学校にあたる ) に限られている 難民の経済活動は禁止されているものの 実際には多くの男性が キャンプ外での労働に従事し その収入で 支給されない物資を補い生活している 2006 年に行われた食糧配給後のモニタリング調査では 食品と生活用品を購入するため 43% の世帯が米を売り 63% の世帯が豆類を地元商人に売っている クトゥパロン難民キャンプでは 特定の利益集団と関係をもつ住民がキャンプに出入りし 難民に食糧の売却を強要するとも報告されている また 難民がキャンプ外での労働に従事した場合 1 日に得られる収入は 当該地域での日給 250 タカ 2 ( 約 440 円 ) であるのに対し 100 タカ ( 約 175 円 ) で 場合によっては給料が支払われない場合もあるという 病気になれば放置されることもあり ロヒンギャ難民は奴隷のように搾取されているという指摘もある 難民の就労は公式には認められていない反面 地元経済が難民の安価な労働力に依存していること 同時に難民自身も キャンプ外での労働に依存しなければならないことが ロヒンギャ難民問題の解決を一層複雑なものにしている 難民キャンプには診療所が設置されており 重症患者はMSFの救急車でコックス 1 大豆 トウモロコシ等を混ぜたもの 2 2007 年 3 月末のレートで 1 ドルは 68 タカ 11

バザール チッタゴンに搬送される 医療システムが整っていても 女性は夫の許可がなければ受診できないというジェンダーの問題がある 女性の社会活動を促すため UNHCRは 難民の 自助活動 (self-help activity) として 女性を対象とした洗濯石鹸の製造と縫製訓練を行っている 自助活動 は 本国帰還後の自立を促すためのものと位置づけられている また将来への展望として 女性が作成した縫製品をキャンプ外で売ることで 難民が労働力として搾取されることを防ぎ 地元経済にコミットできる可能性が模索されている その他 バングラデシュのローカルNGOであるTAI(Technical Assistance Inc. 以下 TAI) が UNHCRから資金提供をうけ キャンプでの教育 コミュニティサービス 衛生用品の提供 幼鳥の提供 自助活動支援 食糧配給と給食のモニタリング 縫製教育 植林を行っている TAIは 自立支援活動の拡大に向けて 男性を対象とした大工の訓練や すでに一部で設置されている養鶏場の拡大を目指しているという ただし 16 年に及ぶ難民生活の長期化の問題がある 2007 年 3 月 UNHCRは欧州委員会の資金を得て 20 棟の新しい住居をクトゥパロン難民キャンプに建設した 新住居建設にあたり UNHCRは住民に希望する家屋の形態を尋ねたが 明確な難民からの要望を聞くことが困難であったとのこと 16 年に渡る難民生活から どのような住居がよいのか期待することもできない程 難民状態が常態化しているとも考えられる クトゥパロン難民キャンプ 12

Ⅱ. ロヒンギャ難民に対する支援内容と現在のニーズ 現在 クトゥパロン難民キャンプ及びナヤパラ難民キャンプで支援活動を行う国際支援機関は UNHCR WFP MSF BDRCSのみである ほかにTAIが主に UNHCRの資金提供のもと支援活動を行っている MSFは 1992 年からのUNHCRによる難民の帰還事業を ミャンマー ( ビルマ ) で何が起こっているかも知らせないまま難民を強制的に帰還させたとして強く批判した 帰還した難民の中には再びバングラデシュ側に越境する者もおり もはや難民としてではなく 不法経済移民として生活しなければならない者がいる MSFは 2003 年ナヤパラ難民キャンプの医療活動を一時中断し 2005 年に再開した 活動を一時中断した理由の一つに 当時 MSFはUNHCRの難民帰還事業を強く非難したからであると言われているが MSFは 独自の判断と計画に基づいたもの としている いずれにせよ 現在のUNHCRとの関係については 互いに批判しあえる良い関係を築いているとのことである 今後 男性診察室 女性診察室 隔離施設 倉庫を備えた 20 30 メートルの診療所を設置するなど支援を拡大する予定である また MSFはテクナフキャンプ ( 非公式 ) の事態が深刻であることから 2005 年テクナフを視察 2006 年 3 月から活動を再開 5 月にはキャンプ近くに診療所を開設している MSFの活動再開にあたっての重要なポイントは キャンプに限らずミャンマー ( ビルマ ) でもバングラデシュでも社会の最下層に位置づけられている ロヒンギャ コミュニティ を包括的に捉える必要性を認識している点にある バングラデシュ独立直後の内乱期から保健衛生や教育の分野で ロヒンギャ難民に限らずバングラデシュ全土で活動してきたCONCERNは 2005 年にロヒンギャ難民支援活動から撤退したが 再び参入することを検討している CONCERNの基本的な支援方針は 周辺の山地民支援の枠組でロヒンギャ難民にも支援を届けることで U NHCRをサポートする可能性も視野に入れている CONCERNは今後 バングラデシュ政府及びUNHCRと協議し 具体的な支援内容を決定する予定である 1. プロテクション ( 身体的及び法的保護 ) 2007 年 2 月末現在 1992 年より以前に登録された難民とその子供 21,415 人に対して それぞれ家族ごとに ファミリーブック が支給されており この ファミリーブック に基づいて難民は支援を受けている しかし ナヤパラ難民キャンプ及びクトゥパロン難民キャンプの両キャンプで合わせて 4,897 人の非登録の難民が居住しているとされており 彼らが適切な支援を受けられるよう必要な措置が取られることが求められている また 全ての支援が ファミリーブック をもとに行われているが ファミリーブック を持って家長などがキャンプを出てしまうと 他の家族メンバーが支援を受けられないことがある 確実に一人ひとりに支援を行うためには 家族単位でなく 大人から子供まで全ての個人がIDや登録証を持つことも同様に求められている UNHCRによると 以前に比べ キャンプ内における政府関係者やキャンプ内警察による難民への体罰や叱責は減少し 現在ではほとんど見受けられなくなっている 家庭内暴力も減少の傾向にあるが 依然として深刻な問題である 啓発活動などにより女性に対する暴力への意識が高まり 以前より難民女性たちがUNHCRスタッフ 13

などに報告 相談に来るようになっている 現在もある問題として 地元住民による難民女性への性的暴力 搾取がある 地元住民がキャンプ内に入り 難民を搾取し 暴力を振るっているとの報告がWFPとUNHCRの共同調査でも記されており テクナフの非公式キャンプにおいても同様の問題が指摘されている ファミリーブックを手に配給を待つ ロヒンギャ難民キャンプ特有の問題として マジ (mahjee) とよばれるリーダー的存在の難民が権力を持ち 難民に対して賄賂を要求したり 様々なハラスメントを繰り返し 難民がUNHCRや政府関係者に対して個別に報告 相談できないような風潮があった しかし 現在ではキャンプ内での啓発活動などによってマジの権力は徐々に弱体化しつつある キャンプ内の成人男性の多くは非公式にローカルコミュニティーに働きに出ており キャンプ外で拘束 逮捕されるケースなどもあり これらのケースにもUNHCRは対応している 成人難民の多くが 10 年以上にもわたって難民キャンプで生活しており これまでにキャンプ内で政府関係者や警察による体罰や叱責を体験したり 見聞きしている また非公式にキャンプ外に働きに出た場合には 地元警察の目を避けながら労働に従事し ローカルコミュニティーの雇い主からハラスメントを受けたり 地元住民よりも低賃金の労働を強いられるなど 生活の様々な困難に直面し 恐怖や脅威を感じなら生活している 2. シェルター ( 住居 ) クトゥパロン難民キャンプには 長屋のような形をしたシェルターが 311 棟存在す る 1 棟には何世帯もの家族が住んでいる 壁は竹を編んで組んだもので 屋根は竹 を組んだ上に ビニールシートをのせ 飛ばないように枝を組んで留めてある 床は 14

土間に敷物を敷いてあるだけである これらのシェルターの大半が老朽化し ビニールシートは擦り切れてめくれ上がっている 壁に穴が開いたり シェルター自体が地中に沈下して傾いたりしているため土塀をつくって補強してある家も多い 中に入ってみると 大人がまっすぐ立つことのできないくらい屋根が低く 薄暗い 4 畳半と 3 畳ぐらいの2 部屋に 10 人が住んでいるとのことであった 台所も同じ屋根の下にある 部屋の中は蒸し暑く TAIがシェルターの周りに植物を植えさせ 葉が茂ることによって家の中が涼しくなるように試みている バングラデシュの行政庁も キャンプ内のシェルターの老朽化を認識し 建て替えに同意している UNHCRは今後 2 年間でキャンプ内の全てのシェルターを建て替えることを計画し 今年は そのための特別な追加予算を計上している 新しいシェルターの建設はUNHCRによって進められており 既に入居者が移っている 天井は高く 2メートル以上あり 部屋の中に衣類を吊るすことも可能である 壁には窓も取り付けられて 部屋に光が入るようになっている UNHCRによれば 希望者から新しいシェルターに移っているとのことである 特に競争等は起こっていない様子で 必ずしも皆が移るのを希望しているとは限らないようである 老朽化したシェルター UNHCR が新設したシェルター 15

3. 給水と衛生給水設備について クトゥパロン難民キャンプには手押しポンプでくみ上げる井戸が 60 個あり 現在 バングラデシュ政府の公衆衛生工学局 (Department of Public Health and Engineering) が管理している ナヤパラ難民キャンプでは 地盤が固く井戸が掘れないため 雨水を利用し 貯水池からホースを引き 五つのタンクを経由して水を浄化させている 浄化された水はパイプで給水地点まで運ばれる 前回の調査によれば 2000 年の時点で 給水地点は 30 ヵ所であった 現在 MSFが 6,000 ドル ( 約 72 万円 ) を投入してトイレと貯水設備を全て新しいものにしようと計画中である 水がめに水を汲んで持ち運んでいるは主に女性であった トイレは クトゥパロン難民キャンプには 552 個あり TAIが管理している W FP/UNHCRの報告によると ナヤパラ難民キャンプでは 2003 年からは政府の難民救援帰還委員会 (Refugee Relief and Repatriation Commissioner) が管理に当たっている 肥溜めが満杯になると蓋をし 土中に染み出すことによって 4~5 年かけて土に返る仕組みになっている 現在 クトゥパロン難民キャンプで排水溝を建設中である シャワールームに関して クトゥパロン難民キャンプには 108 個設置されている 女性用シャワーも人目に触れやすい場所に設置されている イスラム教徒の女性に対して配慮に欠けたものとして UNHCRは問題にはしているが 他に優先度の高い問題があるとのことで 手がつけられていない状態にある バングラデシュでは 理髪師はヒンドゥー教徒の職業とされているが ナヤパラ難民キャンプでは 難民が理髪師として別の難民の髪の毛を切っているところを視察した 手押しポンプ 16

4. 栄養 WFPから米 豆 油 塩 砂糖 混合食品 調味料など合計 2,160 カロリーの食糧が大人から子供まで一律に週 1 回提供されている 2006 年に実施されたWFPとU NHCRの共同調査によると この食糧配給では 鉄分やリボフラビン ( ビタミンB 2やビタミンG) の不足が見られるとのことである そのため 栄養補給プログラムが妊産婦 栄養失調の乳幼児 結核などの慢性疾患患者に対して実施されている 栄養補給センターの設備が古いだけではなく 建物不足のため授乳中の女性と結核患者の栄養補給場所が同じ建物であったりするなど その実施内容は十分ではない 食糧は登録された難民に対してのみ配給されており キャンプに住む非登録の難民約 5,000 人には配給されていない そのため 登録されていない人々と食糧を分け合っているという事実もあり 結果としてキャンプ内の低栄養状態を招いていると考えられる また 食糧配給には野菜や肉 魚が含まれていないため 難民の中には配給された食糧の一部をローカルコミュニティーにて販売し そのお金で野菜や肉 魚を購入しているとのことである 現在 キャンプ内では野菜栽培 養鶏が実施されているが 野菜栽培や飼われている鶏を見る限り その規模は限られており 十分ではない このキャンプにおける栄養状態を改善することは重要課題の一つであり 現在 U NHCRは 特別予算を計上し 問題の改善に取り組んでいる なお テクナフ近郊の非公式キャンプの人々に対しては MSFが医療活動と共に 栄養状態の悪い人々を対象に栄養補給プログラムを実施している 5. 食糧配給 WFP が食糧を調達 提供し BDRCS がキャンプにて食糧を配給している 配 給内容のモニタリングは TAI が難民の受け取った配給物をランダムに 10 ケース選 び その量や質を検査している WFP と UNHCR の共同調査によると 2002 年から 難民のボランティアがキャ ンプ内での食糧配給に参加しており このボランティアは特に生活困難な家族から選 ばれ 労働に対して月に 20kg の米を受け取っている このうち 難民女性の参加は約 30~40% とのことである 食糧倉庫 17

6. 職業訓練ナヤパラ難民キャンプ及びクトゥパロン難民キャンプの女性センターにて 難民女性を対象とした裁縫 刺繍のクラスが実施されている 訪問した一つのセンターでは 10~20 代位の 30~50 人の女性が活動に参加していた 活動の監督はTAIの女性スタッフが担当し 直接 技術を教えるのは裁縫 刺繍の技術をもつ難民女性である トレーナーの女性たちは報奨として若干の食糧を支給されている クラスを終了した女性たちには裁縫キットが渡されている クラス卒業後もセンター内のミシンを使うことができるとの説明を受けたが 訪問時には二つあるうちの一つのセンターは施錠されており 自由にミシンを使用できる環境ではない また難民女性たちによって石鹸作りが行われており 作られた石鹸は生活用品としてキャンプ内で配布されている 視察した際には各キャンプで2~5 人の女性が石鹸作りに従事していた 従来のロヒンギャ社会では 女性が外出し社会活動に参加することは 文化的な背景もありあまり行われていなかった このため 女性センターを定期的に訪れ コミュニティサービスに携わるNGO 職員に会い 他の女性たちと集まり話をし 活動すること自体に一定の価値があると考えられている 現在 TAIは男性を対象とした職業訓練センターを建設中であり ニーズの高い大工仕事 裁縫のクラスの実施を予定している 政府が任命するキャンプ担当者は職業訓練の目的について 帰還後生活に必要な技術を身に付けるためと説明していた 女性センターでの裁縫教室 7. 医療 自己資金で活動していた MSF は UNHCR やバングラデシュ政府と難民の帰還 等をめぐる立場の違いから関係が悪化したことなど 様々な理由から 2003 年にナヤ 18

パラ難民キャンプでの活動を停止した また UNHCRの実施機関 (IP) であったCONCERNは UNHCRとバングラデシュ政府からの圧力を受けて 2005 年にクトゥパロン難民キャンプから撤退し その後の医療活動はバングラデシュ保健省 (Ministry of Health) に引き継がれている クトゥパロン難民キャンプでは 妊婦の登録と健康状態の管理は 治療用給食センター (Therapeutic Feeding Center)/Day Care Unit で行っている また 栄養補給所として 補助給食センター (Supplementary Feeding Center) が設置されている センターは妊婦 結核患者 その他の慢性病患者を対象とした栄養補給所であり スキムミルク 植物油 砂糖 混合食品 水が与えられる 診療所は1ヵ所 医師は2 人である 患者は1 日に 200 人で 半数は初診で 残りの半数は再診患者 (3 日分の薬が処方される 薬がなくなると再診にくる ) である 診療所では ファミリーブック を手にした患者たちが 廊下にびっしりと並び 中には朝 8 時から待っている者もいた 薬剤師も1 人おり 薬は足りているとのことだった 緊急患者は コックスバザールの病院へ運ばれ より重度の患者はチッタゴンの病院へ搬送される 現在 入院施設がないため MSFが再び自己資金による活動を開始し コミュニティーセンターが入院病棟として臨時に使われている ( そのため コミュニティセンターで行われていた成人向け識字教育はしばらく中止されている ) MSFは 男女別の病室 診察室 倉庫 隔離患者室を備えた入院設備を建設しているところであり 今年の5 月中には患者をコミュニティーセンターから移したいとしている 診察を待つ難民 8. 学齢児童の教育 教育については TAI が支援をしている 19

UNHCRコックスバザール事務所の統計によると 学校の数はクトゥパロン難民キャンプに8 校 ナヤパラ難民キャンプに8 校の計 16 校である 幼稚園課程から5 年生まであり ミャンマー ( ビルマ ) 語 英語 数学を教えている 今後は6 年生まで増やす計画である バングラデシュでの定住の可能性も視野に入れ ベンガル語も教えようと考えているとのことである 親が非登録のロヒンギャ難民である子供については UNHCRが出生を記録しており キャンプ内の学校へ行く許可が与えられている 2007 年 2 月末時点で 16 校に通っている全生徒 6,589 人のうち 男子生徒は 51.1% 女子生徒は 48.9% である キャンプにいる学齢児童数 7,395 人 ( クトゥパロンでは 15 歳以上を含む ) の 89.1% が学校へ通っていることになる 学年別の生徒数は 幼稚園課程年少組 15.1% 年長組 22.6% 1 年生 16.8% 2 年生 20.7% 3 年生 14.4% 4 年生 7.1% 5 年生 3.3% である 生徒全体の出席率は 82.8% であり 2007 年 2 月中に中退した生徒は9 人であった ( 全生徒のうち 0.1%) WFPとUNHCRの共同調査報告書によると 4 年生から上の学年の在籍数が急に減るのは 男子生徒の中には労働力として期待されており学校を辞めて働きに出るようになる者がいることや 敬虔なイスラム教徒社会において女性生徒は青春期が近くなると公の場に出ることがはばかられること等の理由によるとのことである 特に 5 年生では 男子が 166 人 女子が 50 人であり その割合は約 3:1と 他の学年に比べて著しく女子の割合が低い また 多くの難民が より高度な教育への進学が期待できないことから 5 年生まで子供を通わせることに価値を見い出せないでいる 実際にキャンプを訪問した際にも 高等教育を受けられないことへの不満を調査団に訴えてきた男子がいた 一方で 教師の数は 82 人であり 教師 1 人あたり平均約 80 人の生徒を教えていることになる そのため2 部制で教えている 教師の性別は 男性 72 人 女性 10 人であり 女性教師の数が少ない 授業風景 20

キャンプには 教員養成課程もあり 3ヵ月のコースで現在約 30 人が受講している 訪問した際には難民ではなく 雇われている初老の男性教師が教えていた 受講者のうち 女性は3 人であった 男性は 20 歳ぐらいの若者から 50 歳ぐらいの男性まで年齢に幅があった 女性の1 人と話をしたところ 教師になりたい理由は 子供たちに知識を与えられるように 子供たちが将来仕事をする際に役立てられるようにしたいからとのことだった クトゥパロン難民キャンプにある1 校を視察したところ カナダ政府から校舎とすべり台 トイレが寄付されたとのことであった 校舎はUNHCRによって修復されていた TAIにより 飲み水のタンクが校舎内に一つ設置されていた トイレは二つあり 子供が遊んで壊してしまうので 片方だけ使用し 壊れたらもう一方を使用しているとのことである 校舎は平屋建てで 教室は四つ 1クラスの人数は 30~40 人であった 教科書は1 人 1 冊ずつゆきわたっており 文房具やA4サイズほどの黒板 ( ゴム製か ) を手にしていた WFPのロゴの入ったリュックサックを背負っている子供もいた 教科書は UNHCRが印刷 配布を行っている これは ミャンマー ( ビルマ ) 政府がロヒンギャ民族は国民ではないとして 教科書の輸出を認めていないからである 子供たちはベンガル語のチッタゴン方言を話している 調査団にしきりに英語で話しかけてきた 調査団がミャンマー ( ビルマ ) 語で話しかけてもあまり返答がない 恥ずかしがっているのかもしれないが ミャンマー ( ビルマ ) 語をあまり理解していないようにも見受けられた ミャンマー ( ビルマ ) 語で話しかけてくるのは 40~50 歳代とみられる男性だけであった 9. 女性と子供及びキャンプ内における弱者 (1) キャンプ内における弱者 WFP と UNHCR の共同調査報告書によると 母子家庭の母親 孤児 高齢者 障害者を含む極度の弱者層 (Extremely Vulnerable Individual) 約 300 人のデータ を 6 ヵ月ごとに更新されているとのことである クトゥパロン難民キャンプ及びナ ヤパラ難民キャンプでは 母子家庭の母親 孤児を対象とした支援が行われている (2) 女性 2007 年 2 月末現在 キャンプ人口の約 52%(4,897 人 ) が女性である キャンプ内の女性 1 人当たりの出生率がとても高く 6.7 人を記録している 難民の多くはシェルターにて伝統的助産師の手をかりて出産し より困難なケースに限りクリニックにて出産しているとのことであった 難民キャンプでは 家族計画センター (Family Planning Centre) があり 家族計画の手段として コンドームの配布 ピルの服用 注射によるピルの投与が行われているが WFPとUNHCR の共同調査によると避妊具の普及率は 25% にとどまっている この背景には家族計画があまり浸透していないこと 多くの女性が 10 代半ばで結婚する早婚 一部で慣行となっている一夫多妻制などが指摘されている 治療用給食センターには 15 歳の妊婦もいた また 難民の多くが十分な教育を受けずに成人になっていることも関連があると考えられ TAIは特に女子教育の重要性を指摘している TAIで 21

はこれらの問題に対処するためキャンプ内にて啓発活動 (awareness session) を実施してきている また UNHCRによると 今後は家族計画に関して国連人口基金 (UNFPA) と連携していくとの方針がある WFPとUNHCRの共同調査報告書では コミュニティー ヘルスワーカーが存在すると記されていたが キャンプ訪問の際には活動を確認することはできなかった TAIによると クトゥパロン難民キャンプ及びナヤパラ難民キャンプにて 生活用品の一部として難民女性に対して生理用品が配布されているとのことであった 生理用品の配布はUNHCRの世界的な方針でも示されており それが反映されている (3) 子供難民キャンプでは 17 才以下が人口の 60% を占めている 彼らが日々の生活に恐怖を感じ 自分の将来を描けない状態を脱し 将来自立して生きていくためのライフスキルが身につく環境が必要とされている 昨年から バングラデシュの国連機関内で ロヒンギャ難民問題のプライオリティが上がっており 子供の環境を改善するためUNICEFと連携していくUNHCRの方針もある 難民キャンプでの教育は初等教育に限られており 高等教育を受ける機会がない 10. テクナフ非公式キャンプテクナフキャンプは バングラデシュ東部 半島の先端のテクナフ地域に位置する非登録のロヒンギャ難民の非公式キャンプである バングラデシュ政府はUNHCR がこのキャンプを支援することを許可していない ただし 2006 年からUNHCRはビニールシートの供給を許可されている 幅 30 メートル長さ 800 メートルに渡って 竹を荒く組んだ上にビニールシートかけられた長屋風の家屋が並んでいる 実際に目にしてみると 壁も屋根も傾き 今にも崩れそうであった 家屋 1 棟 1 棟の間は公式キャンプとは比べ物にならないほど狭く 密集している 一つひとつの部屋も狭く 小さな入り口をくぐるようにして 部屋から人が出入りしている 雨季には浸水する家屋も多いとのことである テクナフキャンプができた経緯は以下のとおりである 2002 年にバングラデシュではBMPという右派が政権を握り 軍が力を持つようになった 政府はロヒンギャ族を犯罪分子とみなして 一掃するよう命令した テクナフの村人たちを取り調べ ロヒンギャ族であったら帰還を迫り ベンガル人だとロヒンギャ族の居場所を言うように脅迫した 2002~2004 年で 4,500 人ものロヒンギャ族が村から逃げ出し 行き場を失い 現在の場所に辿り着いた 行政官や土地の所有者が立ち退きを求めたので コックスバザールへ北上しようとしたところ 2004 年に副長官 (Deputy Commissioner) が 地域の不安を取り除くため その場所に留まるよう命令した こうして現在のテクナフキャンプができた 2007 年 3 月 7 日には バングラデシュ政府によって テクナフキャンプの住民に立ち退き命令が下され UNHC RやMSFが非難している 22

テクナフ非公式キャンプ 2004 年テクナフキャンプができた当初 MSFはUNHCRやバングラデシュ政府との関係から まだ当該地域の問題に介入すべき時期ではないと判断した 2005 年 6 ~7 月 各国大使館から 出資するのでキャンプで活動するように要請を受け 2005 年 8 月に視察し 2006 年 3 月にMSFはテクナフキャンプで活動することを決定した 2006 年 5 月に診療所を開設し 7 月にはキャンプ内に治療用給食センターを開設し 8 月には給水活動と衛生活動を開始した 診療所はテクナフキャンプ内のロヒンギャ難民はもとより 他の公式キャンプのロヒンギャ難民 さらには地元住民たちにも開放し 公平性を図っているとのことである 1ヵ月に訪れる患者は約 3,000 人で 医師 4 人 看護師 5 人 薬剤師 2 人 記録係 4 人で対応している 患者の主な病気は 気管支系疾患が 39% 皮膚病が 20% 下痢 6% マラリア2% またそれらの重複もあるとのことである MSFの統計によれば テクナフキャンプの人口は 7,640 人で その 50% が 15 歳以下とのことである 診療所では 特別予防接種プログラム (Extended Program of Immunisation) として ポリオの予防接種を1ヵ月に1 度行っている また結核治療用の部屋も設けている 妊娠検診や家族計画も行っている 健康教育 (Health Education) と称して 2 ~3 人の看護師によって 健康知識や病気のときの対応のしかた 妊婦の生活指導など 基本的な知識を教授している 治療用給食センターでは乳幼児の身長や体重を量り 必要な栄養補給をしている また 衛生促進活動 (Hygiene promotion) と称して6 人がテクナフキャンプの家々を回り 清潔な水などを供給している その際 直に難民たちと接触することによって 家族が強姦された 逮捕されたなどの情報を得ることができるとのことである 23

このほか MSFが得た情報では テクナフキャンプではマジや家族が 少しでも金銭を手に入れるために 女性に売春を強要しているとのことである 夜中に車がキャンプの前に迎えにきて 女性たちを街へ連れ出しているとのことである これを防止するためMSFでは夜間の見回りを検討している 24

Ⅲ. 将来の課題と展望 難民の本国帰還については 未だに実現可能性は低いというのが 現地で活動する国際支援機関の一致した見解であった 実際に 2005 年に 92 人が帰還して以降 これまで本国への帰還は実施されていない 国連人権高等弁務官事務所は本調査直後に発表したプレスリリースの中で ミャンマー ( ビルマ ) でのロヒンギャが受ける差別に言及するとともに 1982 年の国籍法を撤廃もしくは改正すること 世界人権宣言第 15 条と あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約 ( 人種差別撤廃条約 ) 第 5 条にうたわれた国籍の権利が ミャンマー ( ビルマ ) 国内で実際に適用されることを確約することを強く求めているが ミャンマー ( ビルマ ) の状況が早期に改善すると期待することは難しい 一方 バングラデシュ政府は ロヒンギャ難民がバングラデシュに定住することを認めておらず 今回の調査でも その点は地域当局からはっきりとした言明があった ロヒンギャ難民がバングラデシュに留まり続けると バングラデシュ政府の面目が立たなくなる 一方で これまでの長い歴史に目を向けると 従来の彼らの生活圏からロヒンギャの人々を一方的に追いやること自体も 面目を潰すことになるだろう というNG Oの分析もある このような 帰れない と同時に 定住できない という状況下での対応としては まず 難民への支援の充実が必要となる UNHCRは 難民の本国帰還の扉は閉ざしたくはないとしつつ 2 年間を目処とした計画を考えており 住居 栄養 医療をはじめとする支援水準が国際基準を満たすことが期待されている UNHCRは 難民の声を取り入れるためフィールド調査をすでに2 週間実施 (2007 年 3 月末の段階 ) しているが 過去の経験から難民自身で将来像を描くのが難しい状況にあるという また テクナフキャンプの難民をはじめとする非登録のロヒンギャ難民に対する支援を充実させることも求められている 難民に対する支援と同時に 地域一帯の開発を含めた長期的視点に立った包括的な支援も重要である バングラデシュ政府は難民支援だけでなく 地域の発展も考慮すべきであると強く求めており キャンプが存在することによる 地元社会の利益 またロヒンギャ難民を労働力として搾取することによる 利益 も小さくない 難民に対する支援と地域振興策を合せた包括的アプローチ方法については 2007 年 3 月からUNH CRとバングラデシュ政府が協議を重ねているところである 本国帰還へ向けてミャンマー ( ビルマ ) 政府及びドナー関係国との今後の政策協議も重要である 難民生活を向上し 難民が搾取されることを防ぎ かつ地元経済 社会開発にも建設的にコミットするという点を 今後展開されるべき支援の重要な柱として認識する必要がある 25

参照文献 資料 伊野憲治 2000 ロヒンジャー 綾部恒雄ほか ( 編 ) 世界民族事典 pp.765-766 弘文堂 国連難民高等弁務官事務所 (UNHCR) 2000 世界難民白書 人道行動の 50 年史 時事通信社 難民事業本部 2000 バングラデシュにおけるミャンマー ラカイン州からの難民の状況現地調査報 告 ( 財 ) アジア福祉教育財団難民事業本部 根本敬 2004 ビルマ アラカン州におけるロヒンギャ問題に関する予備的考察 荒井悦代 ( 編 ) 東部南アジア地域の地域関係 : 研究会中間報告 pp.191-208 アジア経済研究所 Lewa, Chris 2003 We are like a soccer ball, kicked by Burma, kicked by Bangladesh! Rohingya refugees in Bangladesh are facing a new drive of involuntary repatriation. FORUM-ASIA. Médecins Sans Frontières (MSF) 2002 10 years for the Rohingya refugees in Bangladesh: Past, Present and Future. Médecins Sans Frontières-Holland. UNHCHR 2007 United Nations, "UN Human Rights Experts Call On Myanmar To Address Discrimination Against Members Of Muslim Minority In North Rakhine State," Press Release, Apr 2, 2007. UNHCR 2005 Country operations plan /overview /Country: Bangladesh/ Planning year:2006. UNHCR The UN Refugee Agency. World Food Programme / The UN Refugee Agency (WFP/UNHCR) 2006 Report of joint assessment mission Bangladesh: 30th July 10th August 2006. World Food Programme and The UN Refugee Agency. 26