体温調節機構と エネルギーの利用
エネルギーの利用と評価 生命現象を正常に維持するためには エネルギーによるホメオスタシスを保つことがもっとも重要である 呼吸 : 動物の呼吸器官では 気体が環境と生物体の間で拡散し 酸素が体にはいって 二酸化炭素が体から離れる ( 細胞への酸素の移動でも拡散が重要 ) 家畜では飼料中のエネルギーを正確に評価し 生産に効率的に利用することが重要
エネルギーの代謝 異化作用 : 複雑な分子を単純な分子に分解栄養素を水 二酸化炭素 窒素化合物まで酸化分解してエネルギーを得る過程 同化作用 : 単純な分子から複雑な分子作成エネルギーを高エネルギーリン酸化合物にする過程と生体内にタンパク質などの形で貯蔵する過程 エネルギーを全て仕事に使うことはできない : エネルギー利用効率の低下 ( 熱の放出 )
エネルギー量の単位 カロリー (cal): 食物中のエネルギー量の単位としてカロリーが一般的に使われているが 温度でエネルギー量が異なる欠点がある :1 カロリー (1 気圧で 1g の水の温度を 1 あげるのに必要な熱量 ) ジュール (J): 力学的な仕事のエネルギーの単位 ( 物質を動かす力と移動距離で決まる ) で 熱量の評価ではジュールの方が良い 計量法の改正 (1999 年 ) により 栄養分野以外ではカロリーの使用禁止 (1cal は約 4.2J)
サラブレッド ( 新冠 ) ディープインパクト ( 社台ファーム )
北海道和種馬 ( 北大 )
牛の熱発生量 と心拍数 トレッドミルを使って傾斜地における牛の熱発生量を測定 心拍数を増やして ( 血流量の増加 ) 熱発生量を増加 ( 柴田ら 1981)
北海道と本州の動物 ( 津軽海峡 ) 北海道と本州の動物 ( 体の大きさの違い ) ヒグマーツキノワグマエゾシカーホンシュウシカ キュウシュウシカキタキツネーホンドキツネエゾリス ( シマリス ) ーニホンリス 北海道にいない動物サル イノシシなど
哺乳類の体の大きさ ベルクマンの法則 : 暖かいところでは小さくなり 寒いところでは大きくなる ( ホッキョクグマ : 250-300cm ツキノワグマ :140-170cm) 体の表面積と体温 : 体が小さいと 体の大きさに比べて表面積の割合が大きくなるので 体温の放散が効率よくなる 1mm(2mm) の立方体では表面積は 6mm 2 (24mm 2 ) 容積は 1mm 3 (8mm 3 ) なので 容積に対する表面積の比は 6:1(3:1) になる
哺乳類の心臓と心拍数 哺乳類の心臓の大きさは体の大きさにほぼ比例し 体重量に占める割合は一定である 小さな動物は大きな動物よりも体重当たりの酸素消費速度が大きく 小さな動物の心臓はより高率で酸素を供給しなくてはならない : より小さな哺乳類の心拍数は酸素要求量とほぼ同率で増加する 心臓は外部刺激を受けなくても規則正しく収縮する固有の能力を有する : 収縮が発生する洞房結節は心臓のペースメーカである
動物の大きさと代謝速度 体重 30g のマウスの代謝速度は体重 1000 kg のウマの約 15 倍高い ( 小さい動物は寿命が短い ) 1 時間あたり 2km 上に上がることはマウス で 23 % チンパンジーで 189 % ウマで 630% の酸素消費量の増加となる ( リスが 木を駆け上がることは苦にならない )
エネルギーと寿命 大型の動物ほど寿命が長くなる傾向がある : 寿命と関係する遺伝子にはエネルギー消費に関するものが多い 寿命と体重当たりのエネルギー消費の関係 : 動物は体温を一定に保つために小さい動物ほど体重当たりのエネルギー消費量が多くなり その結果活性酸素が増えて遺伝子の損傷が多くなる
エネルギーの利用と体温調節機構 動物のホメオスタシスのなかで 恒温を保つことはもっとも重要な機能の一つである 家畜は外部からの環境要因の影響をうけやすく なかでも夏季の暑熱ストレスは恒温の維持を困難にする 家畜は生命維持や生産のために必要なエネルギー要求量がある ( 高温時には無駄な熱発生量を減らすことが重要 )
恒温動物と変温動物 恒温動物 ( 高代謝動物 ): 哺乳類は体温を狭い範囲内で調節可能で 恒温を保つことによって酵素などの働きを制御し 体内代謝の恒常性を維持する 変温動物 ( 低代謝動物 ): は虫類など 自分で体温調節をできない動物で 周囲の温度が低いときは日光を浴びて体温を上げないと活動できなくなる ( カメの甲羅干し ) が 低温時にはエネルギーの消費が少なくてよい ( 冬眠するものが多い ) 冬眠 : 恒温動物でも餌の少ない冬季に冬眠し エネルギー代謝を抑制して体温が低下する ( シマリスは冬眠するが エゾリスは冬眠しない )
エネルギーの評価 ( 代謝体重当たり の MJ (MJ/kg.75 ) あるいは cal で示す ) 総エネルギー (GE) 可消化エネルギー (DE) 糞中エネルギー 代謝エネルギー (ME) 尿中エネルギーメタン中エネルギー 正味エネルギー (NE) 熱増加 (HI) 生産の正味エネルギー (NEp) 維持の正味エネルギー (NEm) 熱発生量 (HP)
代謝実験室 ( チャンバー ) 熱発生量の測定 呼気を定量的に採取し そのガス成分の分析から熱発生量を求める 1cal:1g の水を 1 上昇させるために必要な熱量 1cal=4.184J
比熱容量と体温調節機構 比熱容量 :1g の物質を 1 上昇させる ために必要な熱量で 水の 1.0 に対し て動物は約 0.8 体は比熱容量が 1 の水と それより低いタンパク質 脂肪 骨で構成 ( 脂肪の比熱容量は 0.5 と低い ) 熱発生量と熱損失量が同じ時に 動物は体温を一定に保つことができる
熱発生量の測定 Brouwer(1965) の推定式 HP(KJ)= 16.18*O 2 + 5.02*CO 2-2.17*CH 4-5.99*N O 2 (l/ 日 ) CO 2 (l/ 日 ) CH 4 (l/ 日 ) N( 尿中窒素量 :g/ 日 ) O 2 消費量と CO 2 産生量の影響が大きい
CO2(l/min) O2(l/min) 2.5 2 図 グラス給与区 ( ) とグラス + アルファルファ (1:1 の比率 ) 給与区 ( ) の乾乳牛の酸素消費量と二酸化炭素発生量 牛からは大量の熱が発生するので 熱を制御することが重要 1.5 4 3.5 3 2.5 2 12:00 14:00 16:00 18:00 20:00 22:00 0:00 Time 2:00 4:00 6:00 8:00 10:00 1.5 12:00 14:00 16:00 18:00 20:00 22:00 0:00 2:00 4:00 6:00 8:00 10:00 Time
表 乾乳牛の O 2 CO 2 CH 4 産生量 良質乾草低質乾草 O 2 消費量 (l/ 日 ) 3400 3448 CO 2 産生量 (l/ 日 )3646 3484 CH 4 産生量 (l/ 日 ) 336 317 熱発生量 (MJ/ 日 ) 72.3 72.2
表 乾乳牛の O 2 CO 2 CH 4 産生量 グラスク ラス + アルファルファ O 2 消費量 (l/ 日 ) 3014 2863 CO 2 産生量 (l/ 日 )3587 3362 CH 4 産生量 (l/ 日 ) 304 272 熱発生量 (MJ/ 日 ) 65.4 61.8
泌乳牛の乳生産 イネ科アルファルファ 体重 kg 596 592 乾物摂取量 kg/ 日 19.9 22.3 飲水量 kg/ 日 89.6 110.8 乳量 kg/ 日 29.2 31.1 乳脂率 % 4.80 4.49 乳蛋白質率 % 3.38 3.31 粗飼料と濃厚飼料の比率 (60:40)
乾乳牛と泌乳牛の熱発生量 120 100 80 乾乳牛泌乳牛 60 40 20 0 DMI(kg/ 日 ) 熱発生量 (MJ/ 日 )
エネルギー (MJ/ 日 ) エネルギー (MJ/ 日 ) 図 乾乳牛と泌乳牛 ( 粗濃比 :60:40 乳量 : 30.1kg) のエネルギー代謝 (HP; 熱発生量 ) 160 120 80 蓄積 HP メタン尿糞 400 300 200 蓄積乳 HP メタン尿糞 40 100 0 オーチャート ク ラスアルファルファコーン 0 泌乳牛 TDN(%) 67.8 62.7 74.5 69.7 代謝率 (%) 52.8 51.7 59.6 59.8 HP(MJ/ 日 ) 85.2 71.6 76.0 113.0
飼料摂取過程の熱発生量 (kcal) 乾草 生草 全熱発生量 1812 1888 採食 53( 3) 129( 7) 反芻 31( 2) 31( 2) ルーメン発酵 318(18) 318(17) 消化 84( 5) 84( 4) 栄養素の代謝 1326(73) 1326(70)
高泌乳牛の MEm 要求量 -- 現在の乳牛と飼料による評価 高泌乳牛の血流量 肝機能 ルーメン発酵等の活性化による代謝量増加 高泌乳牛の MEm 要求量の増加 (MJ/kg.75 ) ARC(1980),AFRC(1993) MEm=0.48 日本飼養標準 (1999) MEm=0.49 Yan ら (1997: 高泌乳牛 n=221) MEm=0.67 早坂ら (1995: 高泌乳牛 n=53)mem=0.59 久米ら (2004: 粗飼料多給乾乳牛 )MEm=0.596
高泌乳牛のエネルギー代謝 1. 維持に要する代謝エネルギー要求量の増加 -- 体内代謝 酸素消費量の増加 2. 飼料の利用効率 ( 吸収率 代謝率 ) の向上 -- 少ない飼料で乳量を増やす 農場では 牛群検定 飼料分析などのデータ 牛群 飼料などの観察などで 飼料設計に工夫を加えることが重要 ( 完全なものはない 過信しない )
環境温度の変化に対する適応 適応 (adaptation) の重要性 外部環境の変化に対して 神経系 内分泌系 免疫系などの機能を高めて 内部環境の変化を最小限にする 内分泌機構では生産と関係する成長ホルモンや副甲状腺ホルモン濃度の低下 インスリン分泌の増加などが生じるが これらは代謝過程において発生する熱生産を抑制する反応である
暑熱時の適応過程 環境温度に適応する過程 : 神経性調節 > 内分泌性調節 > 形態的調節 体温調節中枢 : 前視床下部の放熱中枢と後視床下部の熱産生 保持中枢 皮膚や各器官のセンサー 温度情報 汗腺や呼吸器系に指示
体温 熱産生 低体温 顕熱放散 潜熱放散 低 環境温度 高 高体温 体温の恒常性維持機構と熱的中性圏 ( 快適な環境 )
図 環境変化に対する動物の適応 環境ー動物 環境の変化 体内平衡の乱れ センサー 神経系 中枢神経系 神経 内分泌系 体内平衡の回復 行動 代謝の反応 適応
図 体温調節中枢と温度受容器の関係 体表性温受容器 放熱中枢 中枢性温受容器 皮膚温 発汗 浅速呼吸血管拡張 唾液分泌 ホルモン作用 血液温 体表性冷受容器 熱産生 保持中枢 非ふるえ ふるえ産熱 血管収縮 立毛 ホルモン作用 中枢性冷受容器 非ふるえ産熱 : 褐色脂肪細胞でミトコンドリアが ATP でなく熱を産生する
熱発生量と熱放散量 環境温度が低くなると熱発生量を増加し 高くなると熱放散量を増加して 動物は体温を一定に保とうとする機構が働く 顕熱放散は伝導 ( 接している物質間の熱移動 : 空気と体 ) 対流 ( 流体全体の動きで熱移動が早まる ) 放射 ( 物体間の接触のない熱移動で 体からの電磁波の放出による ) による高温部から低温部への熱の移動 潜熱放散は発汗や呼吸器道などからの蒸発による熱の放散
動物の熱放散 高温では体内代謝が乱れるが なかでも脳細胞は高温に弱く 42 を超えると重大な機能障害を起こす 高温環境下では顕熱放散量が減少するため 潜熱放散量を増やすことが必要 高温環境下では家畜は呼吸数を増加させて 呼吸器からの蒸散を増やすことが必要
高温時の潜熱発生量 発汗や呼気の蒸発では皮膚表面などから 1g の水が蒸発すると非常に多くの熱 ( 約 580cal:2443J) が失われる (1g の水を 0 から 100 に上昇させる熱量 (100cal) の 5 倍以上 ) ため 熱放散に非常に効果的である 湿度が高いと水が蒸発しないで体表から落ちる ( 蒸発しないと熱放散しない ) 動物の発汗機能は劣っていて 家畜のなかではウマ ウシ ヒツジ ブタの順に発汗機能が低い
汗と尿 汗 : 体液の損失をともなった体温調節のための分泌物 尿 : 老廃物などの排せつ物 ( 限外ろ過 ) 汗と尿は血漿成分が排出されるので 成分は似ている :Na Cl K アンモニア 尿素 ミネラルなど ( 涙は目を保護する役割 : 細菌感染の防御と異物除去 ) 湿度が高いと汗が蒸発しないので 熱放散ができにくくなる ( 脱水による体温上昇 )
発汗とあえぎ呼吸 あえぎ呼吸は発汗よりも空気の流れによって蒸発を促進していることと 発汗による電解質の損失のないことがメリットである あえぎ呼吸は換気量の増加が肺からの二酸化炭素の増加となりアルカローシスの危険性があることと 換気にエネルギーを必要とするために熱生産量の増加することがデメリットである
寒冷時の熱保持機構 体向流熱交換系 : 動脈血と静脈血が逆方向に流れ 動脈血の熱が冷たい静脈血に移り 深部の静脈血が暖められる ( 効率的な熱交換であり 寒冷時の動物の熱保持に効果的 ) 断熱 : 高い断熱性をもつ脂肪によって体温を保持する 群れ : 群れることは露出面を減少させ 低温ストレスと熱生産に対する代謝を減少させる
ラクダの体温調節機構 ラクダが水を飲まないと体温の変動は 7 (34-41 ) にも達し 飲んだ場合の 2 よりはるかに大きく 熱発生量は半減する : 体温変動に耐えて体液の保全を優先する ( 脱水にも強い ) このことは 1) 熱が体温上昇によって体内に貯蔵される 2) 体温上昇は環境からの熱流 ( 熱の獲得 ) を減少させる 3) 毛皮が断熱効果によって環境からの熱獲得の障壁になり 蒸発による熱放散が減る
呼吸数増加による潜熱発生 牛と羊では体温上昇に先行して 豚 鶏では体温の上昇に平行して 呼吸数が増加する 呼吸数の著しい増加は牛 (20-25 ) 豚 (30 ) 羊 (15-20 ) 鶏 (30 ) で生じる 呼吸状態は浅く速い呼吸で 呼吸運動に伴う産熱が比較的少ないことから 暑さに対する防衛反応としては効果的である
インド系牛と暑熱の関係 暑さに強いインド系牛 ( コブのある牛 ): 代謝量が少ないため 熱産生量が少ない 汗腺が大きく 分泌能力が高い : 熱放散効率の良い発汗機能が高い 30 まで蒸発量は増加せず その後増えて35-40 で最高になる
ネローレ種
パラグアイ 南米 の草地
熱性多呼吸 ( ハ ンティンク ) と 呼吸性アルカローシス 体温が急上昇すると 深く激しい呼吸に転じる 1 回の換気量は増加するが血液中への CO 2 放出量の増大による呼吸性アルカロシースの危険が生じる 呼吸運動に伴う産熱が増大し 体温調節の破綻が生じる
家畜の熱性多呼吸の発生温度 発生温度 呼吸数 ( ) ( 回 / 分 ) 鶏 35 400-700 豚 32 200 乳牛 ( ホルスタイン種 ) 40 170 乳牛 ( シ ャーシ ー種 ) 40 150 羊 28 200-260
高温時の防暑行動 ひ陰樹など 涼しい場所に移る 夜間や早朝など 涼しい時間帯に採食する 高温環境下では家畜は呼吸数を増加させて 呼吸器からの蒸散を増やす ブタは泥のなかで皮膚をぬらす : 泥だと体が長くぬれているので水分蒸発に伴う熱放散効率がよい ( カバやゾウも同様で 体毛の短いことが効果的 )
水遊び 養豚