1 女性内分泌 下垂体門脈 下垂体前葉 LH FSH 下垂体周期 視床下部 GnRH LH FSH 卵巣 排卵 Estradiol inhibin 卵巣周期 成熟 グラーフ卵胞 黄体 Estradiol progesterone inhibin 図1 P T A4 卵胞期 排卵 子宮内膜 頸管腺 E

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1 総論 1 A 視床下部 下垂体 卵巣系 妊娠は卵胞発育, 排卵, 着床といった一連の生理現象が適切に行われ, 初めて達成される. それを制御しているのが視床下部 下垂体 卵巣系と呼ばれる内分泌軸であり, その機能は次のように要約される. 視床下部はゴナドトロピン放出ホルモン (gonadotropin releasing hormone: GnRH) を律動的に分泌し, それによって下垂体からゴナドトロピン (FSH,LH) が分泌され, これらが卵巣における卵胞発育とエストロゲン分泌を調節する. 一方卵巣はインヒビンとエストロゲンを分泌し, 上位中枢における FSH 分泌を抑制的に調節する ( ネガティブフィードバック ). 主席卵胞の成熟に伴い, 大量のエストロゲンと少量のプロゲステロンによる LH の放出的調整 ( ポジティブ フィードバック ) が働き,LH サージを引き起こす. この LH サージにより卵巣では排卵, 引き続いて黄体が形成され, 妊娠が成立しなければ黄体退行へと進み, プロゲステロン エストロゲンの消退により子宮では月経が開始される. 視床下部 下垂体 卵巣系の制御は極めて細緻であり, この系に何らかの障害が生じると, 容易に排卵障害となり, 不妊症が惹起される. 本稿では視床下部 下垂体 卵巣系の制御, 不妊症との関連に関して概説する. (1) 視床下部視床下部は視床下部 下垂体 卵巣系の最上位に位置し,GnRH を分泌することで下位の標的臓器の機能を制御している ( 図 1).GnRH は 10 個のアミノ酸からなるポリペプチドであり, 視床下部の GnRH ニューロンから分泌され, 下垂体の LH と FSH の分泌を促進する.GnRH の律動的分泌は性成熟期においてのみ観察される現象であり, その維持が正常な月経周期を形成するのに重要と考えられている. 卵巣から分泌されるエストロゲンがこの分泌機構を制御していることは以前から知られていたが,GnRH ニューロンにはエストロゲン受容体発現が認められず, その上位に未知の制御機構が存在することが予想されていた. 2

1 女性内分泌 下垂体門脈 下垂体前葉 LH FSH 下垂体周期 視床下部 GnRH LH FSH 卵巣 排卵 Estradiol inhibin 卵巣周期 成熟 グラーフ卵胞 黄体 Estradiol progesterone inhibin 図1 P T A4 卵胞期 排卵 子宮内膜 頸管腺 E2 Inhibin 子宮周期 子宮内膜 着床 LH pluse B8T 腺の有糸分裂 低温相 黄体期 核下空胞 間質浮腫 分泌像 脱落膜変化 高温相 E2 エストラジオール P プロゲステロン T テストステロン A4 アンドロステンジオン 視床下部 下垂体 卵巣系の概略 近年 GnRH ニューロンに発現する G タンパク共役型受容体である GPR54 と その内因性リガンドであるキスペプチンが発見され 生殖機能を司る最上位の制 御機構として GnRH の律動的分泌や LH サージを制御していることが判明した 齧歯目の前腹側室周囲核に存在するキスペプチンニューロンでは エストロゲン はキスペプチンの発現を増強するが 弓状核のキスペプチンニューロンでは逆に 抑制する そのため前腹側室神経核はエストロゲンによる視床下部 下垂体 卵巣 系のポジティブフィードバックの中枢で LH サージを正に制御していると考え られており 弓状核のキスペプチンニューロンは GnRH pulse generator と捉え られている 図 2 ヒトでの制御が同様であるかは今のところ解明されていない が1 キスペプチン GPR54 経路の機能解析が進むことにより 思春期発来の機 序解明や難治性不妊症の治療に新たな展開がもたらされる可能性がある 3

1 総論 AVPV AVPV 前腹側脳室周囲核 POA 視索前核 ARC 弓状核 キスペプチンニューロン キスペプチン POA ARC GnRH ニューロン 正中隆起 GnRH/LH パルス バ ック 排卵 図2 負のフィードバック ロゲンの エスト GnRH/LH サージ ド ィー 正のフ エストロゲンの キスペプチンニューロン 卵胞発育 性ステロイド合成 キスペプチン GPR54 GnRH ニューロンの概略 最近になり高 PRL 血症による視床下部障害がキスペプチンと関連することが 報告された GnRH ニューロンには PRL 受容体はほとんど発現していないが キスペプチンニューロンには発現しており 高濃度の PRL が視床下部のキスペプ チンの発現を低下させ GnRH 分泌とゴナドトロピン分泌の脈動的分泌が低下す ることが示された2 動物実験では高 PRL による排卵障害がキスペプチン投与に より回復することも明らかにされている3 現在ヒトへの臨床応用の可能性に関 して 研究が進められている 2 下垂体 下垂体前葉のゴナドトロフから分泌されるゴナドトロピンには FSH と LH があ り GnRH の律動的分泌に合わせ FSH LH も律動的に分泌される FSH の生 理作用は主に卵巣における卵胞発育 エストロゲン産生であり LH は排卵 プ 4

1 女性内分泌 ロゲステロン分泌に作用する ゴナドトロピン分泌は卵巣の性ステロイドやアク チビン インヒビンといった因子によっても制御されている 月経周期での循環 血中濃度変化は図 1 の通りである FSH により増加したエストラジオールは LH および FSH の合成を刺激するが 分泌は抑制する エストラジオールのレベルは 通常排卵期が始まるときにピークを迎え プロゲステロンのレベルも上昇し始め る 多量のエストラジオールがポジティブ フィードバック機構によってゴナド トロピン産生細胞からの LH 分泌を惹起し 下垂体に貯蔵されていた LH は通常 36 48 時間にわたって大量に放出される これが LH サージであり 排卵が惹 起される 下垂体に作用する薬剤としては GnRH agonist antagonist が臨床応用されて いる GnRH agonist は下垂体における GnRH 受容体を down regulate し 受 容体数を減少させる 下垂体の GnRH に対する反応性は完全に抑制され 同時に ゴナドトロピン産生分泌は低下し 性ステロイドも放出されなくなる 結果的に 低ゴナドトロピン性性腺機能低下症の状態をつくり出すことになる GnRH antagonist は GnRH 受容体以下のシグナル伝達を遮断するため flare up 現象 がなく 強力かつ即時にゴナドトロピン分泌を抑制する 3 卵巣 卵巣では月経周期毎に卵胞発育 排卵 黄体形成が生じる これらは下垂体か らのゴナドトロピンにより内分泌的に制御される一方 局所因子による制御を受 けている 下垂体からの FSH は 顆粒膜細胞に発現する FSH 受容体に結合し 顆粒膜細胞を増殖させることで卵胞発育に導く またアロマターゼを誘導するこ とでエストロゲンの分泌を促進すると同時に LH 受容体の発現を誘導する 顆 粒膜細胞におけるエストロゲンの増加は局所の LH 受容体の発現を増強させ LH サージによるリガンド情報を細胞内に伝達し排卵を誘導する一方 プロゲステロ ンを分泌させる 原始卵胞から胞状卵胞発育までは TGF βファミリー エストロゲン アン ドロゲン インスリン IGF 1 などがオートクライン パラクライン作用により 非ゴナドトロピン依存性卵胞発育調節を行っている アクチビンを含むいくつか の成長因子は未熟な卵胞の顆粒膜細胞における FSH 受容体を誘導し その結果 二次卵胞以降の卵胞発育はゴナドトロピン依存性となる 一方 この FSH 受容体 に FSH が作用すると アクチビン産生は低下して インヒビンの産生が上昇す る インヒビンは下垂体からの FSH 合成 分泌を抑制するため 卵巣局所での 5

1 総論 卵胞閉鎖 一次卵胞 二次卵胞 卵胞発育 胞状卵胞 主席卵胞の選別 ゴナドトロピン非依存症 GDFー9 TGF BMP Kit 図3 グラーフ卵胞 TGFーβ BMP Activin GDFー9 排卵 ゴナドトロピン依存症 FSH/FSHR GDFー9 IGF Inhibin Follistatin FSH/FSHR LH/LHR 卵胞発育と局所因子 FSH 濃度は低下する FSH アクチビンは協同的に卵巣でのフォリスタチン産生 を促進するので アクチビンの局所作用は FSH の作用により急激に抑制される ことになる その他 IGF BMP GDF IL 6 など多岐にわたる局所因子が卵胞 発育 排卵現象に関与することが報告されており 卵巣における生殖内分泌の動 態はいっそう複雑なものであることがわかってきた 図 3 排卵誘発に用いる FSH 製剤は顆粒膜細胞に発現するゴナドトロピン受容体に 結合し 卵胞発育を誘導する 従来使用されていたヒト閉経期性腺刺激ホルモン hmg human menopausal gonadotrophin 製剤は閉経後の女性の尿から製 造され 製造コストが安価であるが 感染症 不純物混入のリスク ロット間の 格差 供給不足の問題などがあり 現在はリコンビナント製剤が主流となりつつ ある hmg 製剤は FSH 活性と少ない LH 活性を有し リコンビナント製剤は FSH 活性のみを持つ hmg 製剤の排卵誘発作用は強力であるが リコンビナン ト製剤と比較し多胎妊娠や OHSS のリスクが高く注意が必要である ヒト絨毛性ゴナドトロピン hcg human chorionic gonadotrophin は LH 受容体に強い親和性をもって結合する 生殖補助医療において LH 活性を持 6

1 女性内分泌 つ薬剤は ヒト妊婦の尿から精製できる hcg 製剤が使用されてきた 海外では リコンビナント LH が製品化されたが hcg 製剤と比較し臨床的優位性は示され ておらず4 今のところ臨床現場には普及していない 文献 1 Pinilla L, Aguilar E, Dieguez C, et al. Kisspeptins and Reproduction Physiological Roles and Regulatory Mechanisms. Physiol Rev. 2012 92 1235 316. 2 Sonigo C, Bouilly J, Carré N, et al. Hyperprolactinemia induced ovarian acyclicity is reversed by kisspeptin administration. J Clin Invest. 2012 122 3791 5. 3 Liu X, Brown RS, Herbison AE, et al. Lactational anovulation in mice results from a selective loss of kisspeptin input to GnRH neurons. Endocrinology. 2014 155 193 203. 4 Youssef MA, Al Inany HG, Aboulghar M, et al. Recombinant versus urinary human chorionic gonadotrophin for final oocyte maturation triggering in IVF and ICSI cycles. Cochrane Database Syst Rev. 2011 Apr 13 4 CD003719. 平川隆史 峯岸 敬 B 卵成熟の調節機構 卵胞内局所因子に着眼して 卵巣の卵胞内にある卵 哺乳類の卵は 減数分裂を完了して半数体となること はないので 厳密にいうと配偶子である卵子は存在しない は 卵胞の発達に合 わせてその直径を増大していく ヒトやブタ ウシなどの中 大型家畜では 卵 の直径が 110μm 以上となると 受精可能な第二減数分裂中期にまで進行する能 力を獲得している しかし これは体外成熟培養に供した場合であり 直径 15 mm 以上まで発達した卵胞に LH サージが作用してはじめて卵成熟が誘導され 受精および発生能を持つ成熟卵が排卵される 本稿では FSH により誘導される 卵胞発達と LH により誘起される排卵機構について 卵胞内局所の内分泌環境と 卵の変化を関連づけて概説する 1 FSH により誘導される排卵前卵胞への卵胞発達 卵巣は 皮質と髄質からなり 皮質に多数の原始卵胞が存在する この原始卵 胞は ある一定の割合で卵胞活性化し 卵分泌因子 GDF9 や BMP15 の作用 7