はじめての進化論 河 田 雅 圭 このサイトは 1990年講談社発行の はじめての進化論 の全文を掲載しています 著作権は著者である河田雅圭にあ ります 個人での非商用利用 大学などの教育機関での利用 サークルやセミナーでの利用に限ってコピーを許可しま す すべての本文 図 写真の商用による無断転載を禁止します 引用は河田(1990) はじめての進化論 講談社でお 願いします なを 本内容は 1989年に書かれたものであり 内容的に不十分なところがあります 今後 項目を増やしたり 最 近の知見なども入て 今後改稿していく予定です 感想 ご意見があれば以下までお知らせください また リンクは自由ですが リンクの時はこのページにお願いしま す 河田雅圭 kawata@mail.tains.tohoku.ac.jp 東北大学大学院生命科学研究科生態システム生命科学専攻
る可能性 繁殖可能性 のある集団を 生物学的種概念とみなすものである この本では この生 物学的種概念をとりあえず 種 として扱うことにしよう ただ実際には 種は何らかの形態的な特徴で分類されることが多い というのも 種にはまず 地球上の様々な生物を何か特定の グループ に分類する という目的があるからだ 生物を分類 するには 同じ形態をもつかどうかというような 一つの基準を決めればよい 交配して子どもが 残せるかどうかを確かめることは 現実上不可能な場合があり 形態を用いて分類するのが便宜上 は有効だ しかし 種という単位を 形態による分類を用いたうえで 同時に進化に関わっている 単位として定義しようとすると 大きな問題が生じてくる コラム 種とはなにか 種には 現在 22以上の定義が存在している (Mayden, 1997) もし 自然界には 集団レベルで どの生物 にもあてはまる基本的で重要な一つの単位 種 が存在するなら 研究が進むにつれて どの研究者も納得するような 定義に次第に落ち着いていくはずである しかし 実際には異なる種の定義は次第に増加している とマイデンは指摘 している つまり 集団レベルで どの生物にもあてはまる基本的で重要な一つの単位である種というものを定義する ことは不可能であり 生物の集団をどうとらえるかは 研究者によって また 生物によって 様々であり まさにそ の多様さが 進化によって作られた結果であるといえる そのような多様な集団のありかたの中で 進化学上よく使われる種の定義としては 生物学的種概念 系統学的種概 念などがある 生物学的種概念によると 互いに潜在的にあるいは実質的に交配可能な個体の集団の集まりであり 他 の同様の集団とは生殖的に隔離されている この定義は 生物がどのように分岐し 多様な生物を進化させてきたか を考える上で重要である 生物は 生殖が隔離されていることで 他の集団からの遺伝子の流入による交雑の影響なく それぞれの集団で独自の進化が可能になるからである 種分化というプロセスは 生物学的種概念をもとにした 種が どのように形成されるかということを問題にしている しかし 実際の生物では 繁殖可能かどうかで 生物を認識 分類することが困難な例は多い 現在分類学上で種名 が登録されているものの中で この生物学的種概念に相当する種は それほど多くないと思われる また 系統学的種 概念は 同じ起源をもつ単系統群を種として認識するものであるが 形態や生態が違ったり お互いに交配でなかった りする生物群が同じ単系統群に含まれたりすることがしばしばあるので うまく適用できない場合が多い 生物学的種概念や系統学的種概念といった種は 進化の結果やプロセスをもとにした概念であると思われる それに 対して 古典的な分類学上の種は 鑑別分類による種であり これは 人間が形態などによって区別できるものを種と みなしている 進化によって作られる生物の集団は様々な様式をとるので 進化の結果やプロセスをもとにした種概念 は 進化を考察する上で重要ではあるが すべての生物を分類するような単位にはならない 逆に 分類することを目 的にした場合 人間は うまく認識できるように 階層的な分類を行う このような階層的な分類というのは 必ずし も進化の結果を表しているとは限らなし 自然界が階層的になってるということでもない 従って 最近では 生物を ラベルすることを目的にした DNA 分類という考え方も提唱されている また 生物保全のためには 分類学上の 種ではなく 保全すべき集団は何かという観点からの集団の単位 (Evolutionary Significant Unit) も考えだされている ( たとえば Crandal et al. 2000)
変異を自然選択が選ぶ というプロセスと同じであることを示した 結局 いまのところ 環境が その環境に適した突然変異を誘発するということはなさそうである コラム 適応的な突然変異は誘発される ダーウィンの進化理論からすると 周りの環境に生物が適応していくのは 自然選択によって 集団の中で より 生存や繁殖に有利な性質をもつ個体が残っていくからである したがって まわりの環境に適応している性質が 突然 変異によって積極的に生じるということは 想定していない しかし 80 年代後半から 90 年代はじめにケアンズ Cairns が以下のような実験を行って論争になった 大腸菌は ほ乳類の腸管に寄生する単細胞の生物である 実験的に 乳糖を分解してエネルギーにすることのできない 大腸菌を 乳糖ばかりの環境で培養してやる そうすると エネルギー源の乳糖が存在しないために その大腸菌は増 えることができない しばらく そのような飢餓状態においておくと まわりが乳糖という環境が引き金となって 通 常の環境よりも 10 から 100 倍もの高い確率で 乳糖と分解できるようになるという突然変異が生じたというので ある つまり 環境が その環境でより生存や繁殖が向上するような突然変異を誘発する というわけである 最近になって この解釈が誤りであることが Hendrickson らによって示された ケアンズの実験では 乳糖を分 解できない大腸菌に 一つの突然変異で働くなくなった乳糖分解の遺伝子をもっているプラスミッド 染色体の外にあ る遺伝子で それだけで独立に増えることができる を入れてやった大腸菌を実験で使っていた 実験では そのプラ スミッドの lac 遺伝子が乳糖存在下で突然変異を起こして lac+ になったというのである しかし Hendrickson ら は これは 乳糖の存在が lac+ への突然変異率を 10 倍から 100 倍に上昇させたわけではいことを示した 乳 糖を分解できずに成長することができないでいる大腸菌は 染色体のなかの遺伝子を複製して 数を増やしていくこと はできないが プラスミッドの中の遺伝子は 細胞が成長や繁殖することなしに 増幅される 遺伝子が増幅されてい る仮定で 突然変異が生じ lac+ への突然変異が生じたのである このため あたかも成長していない大腸菌で lac+ へ の突然変異が上昇したようにみえたわけである 結局のところ 適応的な突然変異が環境に誘発されたわけではなく 偶然に生じた突然変異が環境下で生存や繁殖に有利になり 増加したというプロセスであったわけだ Hendrikson, et al. 2002. PNAS 99:2164-2169 突然変異の率も適応進化する 突然変異の率が環境の影響を受けて変化することは 古くから知られている たとえば 放射能や紫外線は突然変異の率を高める 最近よく言われるように フロンガスに よってオゾン層が壊されると 地上に届く紫外線の量が増え 癌になる確率が高くなることが予測 されている これは 紫外線が癌の発生に関連する遺伝子の変化を引き起こすためである また 食物の中の成分 いわゆる発癌性物質と呼ばれるもの も 同様に突然変異を誘発する この突然変異の率に関して 次のような実験がある ショウジョウバエにX線を照射してやると 突然変異の率が上昇し 産む子どもの数が激減す る 突然変異の多くは生物個体にとって有害であるため しかしX線を照射し続けると 何世代