理学療法科学 23(3):357 362,2008 特集 スポーツ理学療法で必要となる整形外科徒手検査と徴候 Orthopedic Manual Tests and Signs in Sports Physical Therapy 高橋邦泰 1) KUNIYASU TAKAHASHI, MD, PhD 1) 1) School of Physical Therapy, Faculty of Health and Medical Care, Saitama Medical University: 981 Kawakado, Moroyama, Iruma-Gun, Saitama 350-0496, Japan. TEL +81 49-295-1763 FAX +81 49-295-5104 Rigakuryoho Kagaku 23(3): 357 362, 2008. Submitted Apr. 21, 2008. ABSTRACT: In this paper, orthopedic manual tests and signs of each major disease in sports physical therapy is explained. Key words: sports, physical therapy, manual test 要旨 : スポーツ理学療法で必要となる整形外科徒手検査と徴候について, 主な疾患別に解説した キーワード : スポーツ, 理学療法, 徒手検査 1 ) 埼玉医科大学保健医療学部理学療法学科 : 埼玉県入間郡毛呂山町川角 981( 350-0496) TEL 049-295-1763 FAX 049-295-5104 受付日 2008 年 4 月 21 日
358 理学療法科学第 23 巻 3 号 I. はじめに今回は, 特にスポーツ外傷 障害の多い肩関節と膝関節について, 各疾患の診断を行ううえで重要な整形外科徒手検査法と徴候を中心に述べるので, 疾患については特に説明を加えないので, 成書を参照すること 1. 非外傷性肩関節不安定症 1 sulcus sign 上肢を下垂位で下方へ引くと上腕骨頭が下がることにより, 肩峰外側端の下に陥凹できるものを陽性とする 2 前方不安感テスト (anterior apprehension test) 患者の肩を90 外転位で外旋と水平伸展を強制しながら, 上腕骨頭の後方に検者の母指をあて骨頭を前方に押し出す その際に脱臼不安感があれば陽性とする 3 後方不安定感テスト (posterior apprehension test) 患者の肩を90 前方挙上位で内旋位の状態を保ち上腕を後方に押す その際に脱臼不安感があれば陽性とする 4 general joint laxity test 全身の関節の弛緩性がある場合に非外傷性肩関節不安定症を引き起こす要因になる ( 図 1) 2. 肩峰下インピンジメント症候群 1 有痛弧徴候 (painful arc sign) 患者が上肢を自動的に挙上する際, または挙上した位置から下ろしてくる際に約 60 ~ 120 の位置で肩の痛みが生じる現象である 痛みがある場合に陽性とする 2 インピンジメント徴候 (impingement sign) Neer 手技 : 検者が患者の肩甲骨を押さえながら, 内旋位にした上肢を他動的に前方挙上すると肩の痛みが誘発される 痛みの誘発があれば陽性とする Hawkins-Kennedy 手技 : 検者が肩甲骨を押さえながら上肢を約 90 前方挙上し, さらに他動的に内旋させた際に肩の痛みが誘発される 痛みが誘発されれば陽性とする 3. 肩腱板断裂 1 有痛弧徴候 (painful arc sign) 疼痛誘発時に肩峰下で雑音を聴取できることが多い ( 疼痛誘発法は肩峰下インピンジメント症候群の項目 1 参照 ) 2 腕落下徴候 (drop arm sign) 検者が他動的に患者の肩を90 外転位にしたときに, 検者が手を離すか, もしくは指一本程度の力で下に押し下げた際に元の肢位を維持できなくて上肢が落下する現象を陽性とする 図 1 general joint laxity test ( スポーツ外傷学 Ⅲ,P41, 医歯薬出版社, 東京,2000. 一部改変 )
スポーツ理学療法で必要となる整形外科徒手検査と徴候 359 4. 外傷性肩関節前方脱臼 1 ばね様固定患者は肩関節の自動運動は不可能で, 他動運動時に疼痛と抵抗感があるものを陽性とする 5. 外傷性肩鎖関節脱臼 1 piano key sign 肩鎖関節部の圧痛と鎖骨外側端の上方への突出が見られ, 鎖骨外側端を下方に圧迫すると整復される しかし, 圧迫を解除すると元に戻る場合を陽性とする 脱臼 II 度以上で見られる 6. 投球障害 1 外転 外旋テスト野球肩ではコックアップの肢位に近い肩関節の外転 外旋を検者が強制すると肩関節に痛みがみられる 痛みがみられるものを陽性とする 2 棘上筋抵抗テスト患者が上腕を肩甲骨面におき, 肩関節内旋位で外転させる際に検者が前腕遠位抵抗を加える際に棘上筋腱に運動痛を誘発できる場合を陽性とする 3 インピンジメントテスト棘上筋抵抗テストに引き続き, 検者が肩甲骨を固定して, 患者に力を抜かせ状態で受動的に肩関節を勢いよく外転させると肩峰の下面に上腕骨大結節が衝突する この際に投球時同様の痛みを再現できる 痛みがみられるものを陽性とする 4 外旋テスト患者が上肢を下垂位とし, 肘関節 90 屈曲位とする 肩の外旋筋力を検者が調べる 通常は肩の外旋筋力は小さく, 左右差が少ないため利き腕の投球側が低下しているのがわかる 重症の場合は, 投球時同様の疼痛を認める 外旋筋力が低下している場合を陽性とする 5 有痛弧徴候 (painful arc sign) 肩峰下インピンジメント症候群の項目 1 参照 6 sulcus sign 非外傷性肩関節不安定症の項目 1 参照 7 apprehension test 非外傷性肩関節不安定症の項目 2,3 参照 7. 動揺肩 1 apprehension test 非外傷性肩関節不安定症の項目 2,3 参照 8. 習慣性 ( 反復性 ) 肩関節前方脱臼 1 dead arm syndrome 1) 脱臼感を伴わない亜脱臼では, 上肢の脱力感のみの症例がある 2 前方不安感テスト (anterior apprehension test) 患者の肩を外転 外旋位を強制し上腕骨頭を後方から圧迫すると, 肩が前方に外れるような不安感を訴える 不安感が強い場合には, この投球のような肢位を自分でとることができない 非外傷性肩関節不安定症の項目 2 参照 3 general joint laxity test 非外傷性肩関節不安定症の項目 4 参照 9. 習慣性 ( 反復性 ) 肩関節後方脱臼 1 general joint laxity test 外傷性肩関節不安定症の項目 4 参照 2 後方不安定性テスト (posterior apprehension test) 検者が患者の後方に立ち, 肩峰棘を親指で固定して他の四指で上腕骨頭を前方から圧迫して不安定性を見る 左右差を見ることが重要である 非外傷性肩関節不安定症の項目 3 参照 10. 上腕二頭筋長頭腱損傷 1 結節間溝の圧痛患側の上腕骨頭結節間溝の上腕二頭筋長頭腱走行に沿って損傷部位に圧痛を生じる 圧痛のある場 図 2 上腕二頭筋長頭腱損傷の診断 A:Yergason test: 患者が患肢の肘関節 90 屈曲位で検者の力に抵抗をして前腕を回外しようとすると結節間溝部に疼痛が生じる. 疼痛がある場合に陽性とする. B:Speed test: 患者が患肢の肘関節を伸展位, 前腕回外位で, 検者の力に抵抗して患肢を挙上しようとすると, 結節間溝部に疼痛が生じる. 疼痛がある場合に陽性とする. 上腕二頭筋腱炎によく見られる. ( スポーツ外傷学 Ⅲ,P101, 医歯薬出版社, 東京,2000. 一部改変 )
360 理学療法科学第 23 巻 3 号 合に陽性とする 2 Yergason test 患者が患肢の肘関節 90 屈曲位で検者の力に抵抗をして前腕を回外しようとすると結節間溝部に疼痛が生じる 疼痛がある場合に陽性とする ( 図 2-A) 3 Speed test 患者が患肢の肘関節を伸展位, 前腕回外位で, 検者の力に抵抗して患肢を挙上しようとすると, 結節間溝部に疼痛が生じる 疼痛がある場合に陽性とする 上腕二頭筋腱炎によく見られる ( 図 2-B) 11. 膝関節の骨折 脱臼 1) 関節内骨折 1 関節血症 (hemarthrosis) 膝関節内の骨折では, 多くの症例で関節血症を認める 特徴的所見として脂肪滴の混入を認める これを認めた場合は, 関節内骨折を疑う 2 膝蓋跳動 (ballottement of patella) 膝関節に貯留した関節液を診断する 膝蓋上 _ に貯留した関節液を近位より遠位に用手的に圧迫移動させ, 同時に内外側方からも圧迫を加えると関節液で膝蓋骨が浮き上がる その際に膝蓋骨を大腿骨に押しけ浮き沈みを指で感じ取る ( コツコツ感 ) ことによって関節液の貯留度合いを判定する 膝蓋骨が浮き上がり, 押すと大腿骨に接触する感じ ( コツコツ感 ) が感じ取れれば陽性とする つまり, 異常に関節液貯留があることになる 3 関節穿刺 (joint puncture) 膝蓋跳動が陽性であった場合は, 関節内に液体がたまっていることの傍証である この貯留物が何であるかの判定するために, 関節へ直接に注射針を刺して内容物を吸引して内容物の性状を判定する手技である 関節内骨折の場合は,1の関節血症で脂肪滴を交える 2) 大腿脛骨関節脱臼 1 脱臼整復後, 靭帯, 半月板等の損傷組織の徒手検査になる 各項目参照 3) 膝蓋骨脱臼 1 圧痛通常膝蓋骨脱臼は外側脱臼であるため, 受傷早期には膝蓋骨内側部に圧痛を認める 2 関節血症 (hemarthrosis) 受傷早期では関節内骨折と違い, 軟部組織損傷のため関節血症を認めるが脂肪滴が含まれない 3[ 膝蓋骨外側不安徴候 ](Fairbank s apprehension 徴候 ) 検者が膝蓋骨を徒手的に外則に脱臼させるような力を加えると, 患者はその操作を怖がる徴候である ほぼ100% に見られる 4 位置異常受診時は整復されていることは多いが, 全身の関節弛緩性がある 脱臼側は一般に健側より膝蓋骨が外側にある 大腿四頭筋の収縮で強調される 5 捻髪音軟骨損傷が高度になると, 膝の屈伸で捻髪音が触知される 6 全身関節弛緩性テスト (general joint laxity test) 全身の関節の弛緩性を伴うことが多い 検査は手関節, 肘関節, 体幹, 膝関節, 足関節等の関節弛緩性を検査する 非外傷性肩関節不安定症の4の項目参照 2, 3) 7 APSテスト (active patellar subluxation test) 患者の高い椅子や机に座らせ下腿を自然に下垂させ, 検者は母指と示指で患者の膝蓋骨の内外側縁を摘むように把持し, その状態から患者に命じて膝を能動的に完全伸展支えるものである 検者は患者の膝が能動的に伸展する間の膝蓋骨の運動を指で触知し, 膝蓋骨の偏移と傾きの変化を評価する 健常者では能動的膝屈曲から伸展時にわずかに膝蓋骨が外側に偏移するが, 膝蓋骨亜脱臼患者では, 能動的膝屈曲から伸展に伴い膝蓋骨は著明に外側偏移し傾斜するのが触知される これを. 陽性とする 12. 半月板損傷 1 マクマレーテスト (McMurray test) 患者を仰臥位として検者が下腿を屈曲外旋, または屈曲内旋位から他動的に伸展させ関節裂隙にクリックの有無と疼痛をみる検査である この際にクリックまたは関節裂隙の疼痛があれば陽性とする 2 アプレイテスト (Apley test) 患者を腹臥位で膝関節 90 屈曲位とし, 大腿部を検者の膝で固定して患者の下腿を上方に引っ張り上げて膝の関節包を緊張させると, 患側の関節裂隙に疼痛が誘発される (distraction test) 疼痛が誘発されれば陽性とする 次に, 足部を押さえて膝を圧迫しながら下腿を回旋させると患側の関節裂隙に疼痛が誘発される (grinding test) 疼痛が誘発されれば陽性とする
スポーツ理学療法で必要となる整形外科徒手検査と徴候 361 3 クリック (click) 関節運動時に関節裂隙に一致して コリッ とした音を感じる これをクリックという この音を感じる場合を陽性とする 4 嵌頓症状 (locking) 辺縁部の半月板の縦断裂では, 断裂した半月板が顆間窩や脛骨大腿関節面に嵌頓して膝関節が屈曲したまま伸展不能に陥る この状況を嵌頓症状という 急性期では激痛を伴う 5 弾発現象 (Snapping) クリックとともに起きる現象で, 関節運動時に脛骨大腿関節面に損傷半月板が入り込み, 弾発現象が起こる 慢性期に起きることが多い 6 関節水症 (hydrarthrosis) 関節に慢性の炎症が存在する場合にみられる 関節包内の容積は100 ml 以上ある 慢性期に起こる症状である 7 関節血症 (hemarthrosis) 関節血症の血液に脂肪滴は含まない 関節内骨折の項目 1を参照 8 関節裂隙圧痛試験内外の関節裂隙に沿って検者の指で圧迫を加えた際に, 患側の関節裂隙に疼痛を生じる これを陽性とする 13. MCL 損傷 1 外反ストレステスト (valgus stress test) 患者を仰臥位として膝伸展位と30 屈曲位で検者が膝関節外側に一方の手を置き, 他方の手で足関節を持ち膝関節に外反強制力を加えて, 膝関節の外反不安定性をみる この際,30 屈曲位で外反不安定性があれば,MCL 損傷を疑う MCL 単独損傷では伸展位での不安定性は認めない LCL 損傷 2 内反ストレステスト (varus stress test) 患者を仰臥位として膝伸展位と30 屈曲位で検者が膝関節内側に一方の手を置き, 他方の手で足関節を持ち膝関節に内反強制力を加えて, 膝関節の内反不安定性をみる この際,30 屈曲位で内反不安定性があれば,LCL 損傷を疑う 14. ACL 損傷 1 ラックマン テスト (Lachman test) 患者を仰臥位とし,20~30 程度の膝関節屈曲位で大腿部遠位部を片手で持ち, 一方の手で脛骨近位 図 3 ラックマン テスト (Lachman test) ACL 損傷の前方不安定性検査 : 患者を仰臥位とし, 20~30 程度の膝関節屈曲位で大腿部遠位部を片手で持ち, 一方の手で脛骨近位端前方に引く. 脛骨が前方に引き出される. この場合を陽性とする. 端前方に引く 脛骨が前方に引き出される この場合を陽性とする ( 図 3) 2 ピボットシフトテスト (pivot-shift test) 患者を半側臥位として, 左膝を検査する場合, 検者の左手で下腿を内旋し右手掌を下腿の近位外後方にあて, 外反および脛骨の前方押し出しを加えつつ, 伸展位から屈曲していく 陽性の場合には膝屈曲 30 付近で突然ガクッと脛骨近位外側部の前方亜脱臼がおこり, さらに曲げていくと屈曲位 40 ~60 のところでもとに復して膝くずれの感じを自覚するものをいう 3 前方引き出しテスト (anterior drawer test) 患者を仰臥位にして膝関節を90 屈曲位として, 患者の足を検者の臀部で軽く固定した状態で, 検者の両手で脛骨近位部を包み込むようにして前方へ引き出す 健側と患側の前方引き出しの程度を比較する 健側と比較して前方引き出し程度の大きいほうを陽性とする 急性期では疼痛で膝の屈曲が困難であり, ラックマン テストのほうが有用である 4 Nテスト (N test) 4) 患者は仰臥位にして, 検者は患者の膝関節を約 90 屈曲位とする 検者の一方の手を患者の膝関節外側に置き, その手の母指で腓骨頭部を前方に押し, 外反と下腿内旋力を他方の手で加えながら除々に伸展してゆく この際,40 ~20 屈曲位で突然, 脛骨外側関節面が前内方に亜脱臼した雑音を触知する この脱臼を陽性とする
362 理学療法科学第 23 巻 3 号 15. PCL 損傷 1 後方引き出しテスト (posterior drawer test) 前方引き出しテストと同様の肢位で, 検者の両手で脛骨近位部を包み込むようにして後方へ押す 健側と患側の後方引き出しの程度を比較する また, 検者の両母指を関節裂隙に当てておくと, 後方引き出しを敏感に触知できる 2 脛骨後方落ち込み徴候 (tibial posterior sagging sign) 陳旧例では, 後方へのストレスをかけなくても, 膝関節屈曲位で脛骨近位端が後方に移動していることがある そのため健側に比較して, 脛骨粗面部の後方落ち込みが観察できる 3 後外側不安定性テスト (posterolateral external-rotation test) 5) 患者を仰臥位にして膝関節を90 屈曲位として, 検者が一歩の手で下腿上端を後方に押しながら, 他方の手で外旋力を加えると脛骨外顆が異常に後方移動する, これを陽性とする その際はPCL 損傷の膝関節後外側支持組織損傷の合併が強く疑われる 4 reverse pivot-shift test 6) 患者を仰臥位にして膝関節を伸展位として, 検者は一方の手で患者の下腿上端をつかみ, 他方の手は下腿下部を持ち膝に外反力, 外旋力, 後方引き 出し力を同時にかけつつ, 伸展位から徐々に屈曲を他動的にさせると, 屈曲 30 ~40 で脛骨外顆部の後方の亜脱臼起こるのが手に触知, 観察される これを陽性とする II. まとめ 肩関節 膝関節の主なスポーツ外傷 障害における整形外科徒手検査と徴候について概説した 引用文献 1) Rowe CC, Zarins B: Recurrent transient subluxation of the shoulder. J Bone Joint Surg, 1981, 63: 863-872. 2) 井上雅裕, 田中研, 史野根生 他 : 膝蓋骨亜脱臼の臨床診断 ;Active Patella Subluxation Testの提唱. 膝,17: 99-101, 1991. 3) 井上雅裕 : 児童 生徒の健康障害 今日的課題 (1) 整形外科領域 : 膝蓋骨亜脱臼. 日本医師会雑誌,1992,107: 1785-1788. 4) 中嶋寛之, 近藤稔, 長坂与一 他 :N-test による不安定膝の診断. 膝,1976,2: 106-112. 5) LaPrade RF, Terry GC: Injuries to the posterolateral aspect of the knee. Am J Sports Med, 1997, 25: 433-438. 6) Jakob PR, Staeubli HH: Observation on rotary instability of the lateral compart of the knee. Acta Orthop Scand, 1981, 191(Suppl): 6-27.