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1 A 手話を通してのコミュニケーション 1 医療救護活動の全体像から見たテーマの位置づけ ( 図 Ⅰ-18) 聴覚障害者は, 手話を主たるコミュニケーションとする ろう者 や, 筆談中心の 中途失聴者 もしくは 難聴者 もいます. ここでは, 基本的には手話を用いる聴覚障害者と位置づけつつ, 全体的な聴覚障害者としての構成でまとめました. したがって, この演習では, 被災者 ( 聴覚障害者 ) を災害現場から安全に避難させる 災害現場での対応 と, 避難所への移動, 避難所生活の説明を行う 避難所での初期対応 を学習します. 災害 聴覚障害者 災害現場での 避難所にお る 図 Ⅰ-18 医療救護活動の全体像から見た 手話を通してのコミュニケーション

2 4. 聴覚, 視覚障害のある人とのコミュニケーション 2 2 演習の目標 1 聞こえない状態 を体験し, また 目から入ってくる情報 の重要さを認識する. 2 自身の 思いや気持ちが伝えにくい状態 を体験し, 情報の保障とともにコミュニケーションといった 交わり の支援の重要さを認識する. 3 災害時における聴覚障害者の不安を理解し, 適切な援助ができる ( 危険回避のための安全な誘導, 情報提供 ). 3 演習の準備 * この演習は, 手話を使う 聴覚障害者 を対象にして演習課題を設定しました. 物品 看護師役 [ 雨天でない日中 ] 紙 ( 厚いノートもしくは上質紙などの白紙をつけた画板 ), 書くもの ( ボールペンなど ), または簡易筆談器, 目立つ色の帽子や長タオル. [ 雨天時の日中 ] 厚いノートや書くもの ( ボールペンなど水に濡れにくいもの ), 簡易筆談器, 目立つ色の帽子や長タオル, 雨カッパ. [ 夜間時 ] 懐中電灯も用意する. [ 人が大勢いるとき ] 台座 ( 椅子でも可 ) も用意する.A2 A1 大のホワイトボードやマーカーも用意する. 聴覚障害者役 : 耳栓 ( 音をシャットアウトできるもの ). 服装について 看護師役 : 上体は, 手話が見えるように黒色か濃紺色の服装にする. 人混みなどで離れてしまってもわかるように, 目立つ色の長タオルを首に巻いて結び, 目立つ帽子もかぶる. 聴覚障害者役 : 服装は自由. 役割分担聴覚障害者役と看護師役に分かれる. 看護師役 : 手話ができないときは, 聴覚障害者とのコミュニケーションは筆談で対応する. 手話 ( 指文字を含む ) ができるときは, 手話を使う. 表情や身振りを多用する. 聴覚障害者役 : 耳栓をして, 聴覚からの情報をシャットアウトする. また, 発声が不明瞭, もしくは無声のままで演じる. 演習場所 誘導 ( 歩行 ) の演習があるので, 体育館など屋内の広い場所で行う. または, 災害現場と避難所を別の教室に設定して移動の演習ができるようにする.

3 28 第 Ⅰ 章被災者とのコミュニケーション 室内の薄暗い場面を想定する場合, カーテンなどで外の光をシャットアウトし, 電灯を調整しながら屋内を薄暗くしたり, 真っ暗にしたりする. 屋外の明るい場面を想定するときは, カーテンを開けて陽の光を入れて明るくする. 可能であれば, 多くの人たちが群がって集まっている状況もつくって実際の演習を行う. 時間的余裕があれば, 雨天時を想定しての屋外的演習も追加設定するとよい. 場面設定大都市における直下型地震のために多くの家屋が倒壊し, あちこちで火災も発生しています. 国は災害救助法を発令し, 自衛隊が救助活動を開始するとともに, 避難所が開設されて, 医療チームによる救護活動も始まりました. 幸い一人暮らしの A さん (50 歳, 聴覚障害者の女性 ) の家は倒壊を免れたものの, ライフラインも止まり, 物の散乱する家の中で救助を待っていました. 地震発生から 2 日後, ようやく救助隊により避難所へ搬送され, そこで 1 ヵ月ほど生活することになりました.A さんへの情報の保障やコミュニケーション支援は, 昼間の明るいときもあれば, 夕方など暗いときもあります. この両方の場面を想定します. 4 演習のフローチャート ( 図 Ⅰ-19) 1 オリエンテーション ( 災害看護 p.149,150 を参照 )(5 分 ) 被災時の聴覚障害者の状況. 聴覚障害者とのコミュニケーション手段と留意点. 情報提供時の留意点. 演習の目標, 方法, タイムテーブルの確認. 2 デモンストレーション (15 分 ) 初対面での手話を用いた挨拶場面. 移動介助時の基本姿勢. デモンストレーション終了後, 初対面で用いる挨拶 自己紹介の手話について学習する. 3 設定場面の解釈と役割分担 (10 分 ) 5 人グループを作り, 進行役, 聴覚障害者 A さん役, 看護師役, 観察者, 記録係 ( 写真, VTR) を各 1 人ずつ決定する. 4 ロールプレイ (15 分 ) Aさんに声かけ ( 手話 筆談 ) を行う. した家 の 避難所 の 避難所に 着避難所生 の支援 声かけ, コミュニケーション手 の 認 動介助 動介助 事 の状況 ( 情報提供 ) A さんの移動介助 ( 災害現場から屋外へ, 避 難所へ ) を行う. 図 Ⅰ-19 ロールプレイ 手話を通してのコミュ ニケーション のフローチャート

4 4. 聴覚, 視覚障害のある人とのコミュニケーション 29 災害や避難所についての情報提供 ( 現状説明など ) をしながらコミュニケーションを取り, Aさんの不安 要望に関する話も聞く. 5 ロールプレイ時の行動を振り返る (5 分 ) 6 役割を交代して, ロールプレイ4,5を繰り返す 7 グループディスカッション (20 分 ) と全体発表, それを含めた自己評価 記録係の撮った写真や VTR を見ながら行う. 5 演習で用いる知識と技術 1 災害時の聴覚障害者の気持ち 災害現場における聴覚障害者 A さんは, 物の散乱状態や人々の混乱状態を ( 視覚的に ) 見て驚いているように思われます. いろいろと尋ねたくても, 慌てふためく外の人々を見て, 筆談でもなかなか聞けないでいる状態です. 外からのアナウンスも聞こえず, 周りに手話のできる人が見あたりません. 上手に声を出して話す自信がないので, 黙っているしかない状況です. 避難所における聴覚障害者避難所内でのアナウンスが聞こえません. 食事の配給や風呂の入浴時間 場所などの情報が入らず, たとえ情報が入ったとしても, 後手後手となり, 機会を逃してしまうのではと不安でたまりません. また, 深夜, トイレに行きたくても寝ている他人を起こして聞くことが難しいのです. 起こして聞こうとしても, 電灯が切られているので暗い中を筆談で尋ねることができません. 2 初対面時の対応 : 声かけ時の心構え 聴覚障害者と初対面するとき, 相手は耳が聞こえない人とわかったときは, すぐにノートなどを出して筆談できるように心がける. 自分の名前と目的を, 筆談で伝える. 看護師は手話ができる場合でも, 最初に筆談で 手話で話してよいか と確認するように心がける. 手話ができるからといって, 初対面の際に, いきなり手話でダダッと話しかけたりしないように気をつける. 同じ聴覚障害者であっても手話ができない場合もあるので, 手話ができる?, 私は手話ができる との言い方で確認するのは避ける. ( 体は ) 大丈夫? と手話で話しかけながら, その聴覚障害者のコミュニケーション方法を確認するように心がけることが大切である. ❸ 読話ができる聴覚障害者の場合, 短文で簡潔に伝える程度ならば, 口を大きく動かして, ゆっくりと話してみるよう心がける. 手話 ( もしくは筆談 ) の併用で話すようにする. ❹ 筆談が苦手な聴覚障害者もいるので, せかさずにゆったりとした気持ちにさせるよう心がける. 聴覚障害者の誤字誤文を指摘しないように気をつける. 誤字誤文と思われる内容の意味を再確認するときは, 話し方に気をつけ, 聴覚障害者の気持ちに配慮するように心がける.

5 30 第 Ⅰ 章被災者とのコミュニケーション 3 移動介助 図 Ⅰ- 20 看護師の基本スタイル 図 Ⅰ- 21 狭いところの通過 ❸ ❹ ❺ 看護師は, 手話が見えるように上体は黒色か濃紺色の服装にする. 人混みなどで離れてしまってもわかるように, 目立つ色の長タオルを首に巻いて結び, 目立つ帽子もかぶる ( 図 Ⅰ- 20). 煙などで先の通路が見えない中で引っ張っていくときは, 長タオルでつないで引っ張るように誘導する. 一般通路など余裕のあるところでは, 看護師は, 聴覚障害者の横に並んで移動する. ただし, 狭いところの場合は, 看護師は 1 2 歩前に立って歩く. 歩く速度は, 聴覚障害者の速度に合わせる. 前の方を歩く看護師は, 時々, 振り向いて聴覚障害者の様子を確認したり, 話しかけたりする ( 図 Ⅰ- 21). 混んでいるところや暗いところでは,1m 以上離れてしまわないように気をつける.

6 4. 聴覚 視覚障害のある人とのコミュニケーション 4 情報提供の基本姿勢 図Ⅰ- 22 図Ⅰ- 24 暗いときの手話 図Ⅰ- 23 暗いときの筆談 立ち位置の注意 逆光の場合 図Ⅰ- 25 正しい立ち位置 室内が暗いときは 懐中電灯を使って看護師の顔や手話を照らして話を聞く 図Ⅰ- 22 室内が暗い中で筆談するときは 懐中電灯を使って看護師の筆談するノート もしくは簡易筆談 器 を照らして書く 図Ⅰ- 23 ❸ 看護師が逆光側に立たないようにする 逆光側に立つと顔が見えなくなってしまう 図Ⅰ- 24 看護師が逆光の反対側か横側に立って話すと 顔がよく見えるようになる 図Ⅰ 25 ❹ 5 情報提供の注意点 コミュニケーションの距離 図Ⅰ- 26 手話でのコミュニケーション 図Ⅰ- 27 筆談でのコミュニケーション 手話で話すときは 聴覚障害者と 1 1.5m 離れて話す 80cm 以下に近づけて話すと手話 が読み取りにくくなる 表情や身振りをふんだんに使って話すと効果的である 図Ⅰ- 26 筆談の場合は 図Ⅰ- 27 のように近づけて書く 簡易筆談器は短文程度であれば便利だが 長 文になるときは ノートの方が便利となる場合もある ミミズ字などで字を崩さないように書 く 簡潔で かつわかりやすい字で書く 31

7 32 第Ⅰ章 被災者とのコミュニケーション 留 意 点 一部に オーバーアクションを嫌がる聴覚障害者もいるので 見られるから恥ずかしい と言わ れたら オーバーアクションをしないように配慮する 複数の聴覚障害者への情報提供 図Ⅰ- 28 複数の聴覚障害者がいる場合 手話 図Ⅰ- 29 複数の聴覚障害者がいる場合 筆談 一時待機のところで多くの人々が集まって その中に複数の聴覚障害者がいるときは 椅子や 台座があれば その上に立って手話で情報提供する 図Ⅰ-28 やむをえず離れて手話する場合 は 3 5 m程度の距離が好ましい 20 m以上も離すのは望ましくない また ホワイトボードなど大きなものに大きな字で書いて 高く掲げて見せることもできる 図 Ⅰ- 29 椅子や台座があれば その上に立つとなおよい 聴覚障害者が 3 5 m程度のところ に離れていれば 字の大きさは 4 5cm 程度がよい ミミズ字や乱字などわかりにくい字で 書かないように気をつける 雨天時のコミュニケーション 図Ⅰ- 30 図Ⅰ- 31 雨天時の手話でのコミュニケー ション 雨天時の簡易筆談器でのコミュ ニケーション 雨 天時に 看護師が屋外で手話するときは 雨カッパを着るとよい 図Ⅰ- 30 傘を持った ままでは 手話しづらくなってしまう ま た 筆談するときも 雨カッパを着るとよ い 図Ⅰ- 31 書くものは 雨天時でも便利な 簡易筆談器がよいが 図Ⅰ- 32 やむをえずノ ートを使うときは ボールペンを使う 水に 図Ⅰ- 32 簡易筆談器 弱いサインペンなどは避ける

8 4. 聴覚, 視覚障害のある人とのコミュニケーション 33 6 演習の評価 行動の振り返り 1 ( 看護師の立場で ) 手話通訳者 要約筆記者の派遣制度についての事前学習をしましたか? また, 十分でしたか? 2 ( 看護師の立場で ) 聴覚障害者に安心感を与えるようなスムーズな支援ができましたか? 3 ( 看護師の立場で ) 聴覚障害者の訴え ( 話し ) たいことを引き出そうとしましたか? 4 ( 看護師の立場で ) 支援方法の基本はできていましたか? 危険な場面はありませんでしたか? 5 (Aさんの立場で) 聞こえない状態を体験してどのように感じましたか? 6 (Aさんの立場で) 目から入ってくるさまざまな情報で, どんなことを理解しましたか? 7 (Aさんの立場で) どんなときに不安を感じ, どのような支援を受けたときに安心感を覚えましたか? 8 (Aさんの立場で) 看護師の状況説明はわかりやすかったですか? 自己評価の視点 災害現場での対応 1 聴覚障害の特性を踏まえた適切な移動支援であったか ( 移動支援の位置や方法など ). 2 災害現場からの安全な救助であったか ( 不安にさせることなく自宅から出られたか ). 3 避難所に移動する上での説明は適切だったか ( 正確できちんとした情報が伝えられたか ). 4 避難所に移動する上で必要な持ち物の用意に不備はなかったか. 5 不安に対するこころのケアのあり方はどうだったか ( 家族 知人との連絡, 自宅の状況など ). 避難所での初期対応 1 避難所の構造上の説明と誘導方法を正確かつわかりやすく説明できたか. 2 避難所の構造を伝える上での工夫をしたか. 聴覚障害者の立場や特性に配慮したか. 3 避難所の聴覚障害者を担当する看護師の紹介と役割の説明を, 当事者だけでなく第三者にも段取りよく周知することができたか. 4 避難所生活の説明と注意点を正確かつわかりやすく説明できたか. 5 不安に対するこころのケアのあり方 ( 家族 知人との連絡方法の確認 ) はどうだったか. 7 練習問題 1 高層ビルの火災現場において, 聴覚障害者が高層階にとり残されたままになっています. 移動介助や情報提供のあり方を考えてみましょう. 2 聴覚障害者が倒壊した家屋の下敷きになっているとのことです. 夜間で外もまっ暗な災

9 34 第 Ⅰ 章被災者とのコミュニケーション 害現場において, 聴覚障害者とのコミュニケーション手段が制約されています. 移動介 助や情報提供のあり方を考えましょう. Column 聴覚障害者の背景 同じ聴覚障害者であっても, 失聴時期 教育 家庭などといった社会環境要 素の組み合わせによって, 自身の主たるコミュニケーション方法はさまざまです. 手話を主たるコミュニケーションとする聴覚障害者は, 一般的に ろう者 と呼ばれ, 書記言語としての 日本語 と視覚語としての 日本手話 の 2 つを使って生活しています. ろう者が自身の思いや気持ちを自然な ( リラックスした ) 形で相手に伝えようとするときは, 手話を使っています. このように, ろう者は, 手話を第 1 言語としてコミュニケーションしているため, 日本語は第 2 言語となります. このため, 日本語を筆談でスラスラと書けるろう者は少ないのです. 一般的には普通に読みこなしていきますが, 書く というコミュニケーション行為になると, 多くは困惑してしまいます. 手話を第 1 言語とするろう者にとっては, 筆談で書くという作業は翻訳作業のようなものであり, 言語を別の言語に置き換えるという翻訳作業はなかなか大変な作業です. また, 彼らの大半は, 生まれつきもしくは幼年時 ( 話し言葉としての言語を取得する前までの年齢 ) に聴覚障害となったので, 発声が不明瞭な状況が強いです. よって, ろう者の話す発言の保障の支援も配慮が必要となります. 口話や筆談を主たるコミュニケーションとする聴覚障害者は, 例えば, 中途失聴者や難聴者, 高齢聴覚障害者などがいます. 彼らは, 一般の人と同様に 日本語 を第 1 言語として生活しているので, 筆談を苦としない場合が多いです. また, 彼らの中に, 手話も使える聴覚障害者が一部にいますが, 日本語をベースにした手話を使っているので, 言語を別の言語に置き換えるという翻訳作業はあまりありません. また, 中途失聴者や難聴者は発声がおおむね明瞭であり, 自身の思いや気持ちを相手に伝えることをあまり苦にしないことが多いです. 聴覚障害に伴い, 情報障害, コミュニケーション障害, 関係障害 といった 3 つの二次的障害を呈したりしています. この 情報障害 などから聴覚障害者 ( ろう者を含む ) の生命 安全などが危険にさらされることのないように, それぞれの聴覚障害者に必要なコミュニケーション方法での情報保障の支援をすることが重要です. ろう者の場合は, 第 1 言語である手話と第 2 言語である日本語の関係や特性について理解した上で, 単に情報保障の支援だけでなく, ろう者の思いや気持ちを伝えるという発言の保障 ( 話す権利 ) への配慮も重要であり, この場合は, 手話の読み取り通訳での支援となります. ほかに, ろう者でありながら成人になって失明された ろう をベースにした 盲ろう の方もおり, この場合は, 触手話でのコミュニケーションが必要となります. このように, それぞれの聴覚障害者のニーズに応じて, 災害現場や震災時などの避難場所における手話通訳などの支援のあり方について, 個別での検討やマニュアル作成が重要となります.

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