理学療法科学 22(3):331 339,2007 特集 中枢神経系障害の姿勢制御機構に対するアプローチ Assessment and Treatment for Postural Control Mechanism due to a Lesion of the Central Nervous System 佐藤博志 1) HIROSHI SATO 1) 1) Department of Rehabilitation, Tochinai Daini Hospital: 103 1 Yoshimizu, Ogama, Takizawa-mura, Iwate-gun, Iwate 020-0151, Japan. TEL +81 19-684-1111 Rigakuryoho Kagaku 22(3): 331 339, 2007. Submitted May 28, 2007. ABSTRACT: In the course of a patient with neurological problems relearning his functional activities, the therapist has to assess his potential for recovery and to remove the factors which obstruct the patient s abilities to function. Most patients have problems with their postural control and it disturbs their functional activities. Taking into account the appearance of voluntary movements needing anticipatory postural adjustments, and the many different kinds of sensory information needed for postural control, the processes of relearning postural control are important as the neurological base of adaptive behavior. This paper focuses on components of postural control from the clinical aspect, and the assessment and treatment approach for patients who have neurological problems. Key words: lesion of central nervous system, postural control, assessment and treatment 要旨 : 神経学的障害を持つ患者が機能的活動を再獲得するための過程において, 患者が持つ潜在能力を適正に捉え, その顕在化を阻害している因子を改善することは, その評価と治療的アプローチにおける課題である これらの患者の多くは姿勢制御不全を来たし, 機能的活動の阻害因子となっている 随意運動としての行動の発現には姿勢制御が先行すること, 姿勢制御のためには異なる種類の多くの感覚入力が必要である事などを考慮すると, 姿勢制御を獲得する過程が適応行動の神経基盤として重要であると考える 本稿では臨床的な視点での姿勢制御の構成要素に注目し, 神経学的障害を持つ患者の評価と治療的アプローチについて述べる キーワード : 中枢神経系障害, 姿勢制御, 評価と治療 1) 栃内第二病院リハビリテーション部 : 岩手県岩手郡滝沢村大釜字吉水 103-1( 020-0151)TEL 019-684-1111 受付日 2007 年 5 月 28 日
332 理学療法科学第 22 巻 3 号 I. はじめに脳卒中後遺症者などの中枢神経系障害を持つ患者が示す臨床像は, 環境への適応行動が阻害され, その基盤となる姿勢制御の障害は著しい 理学療法士がその構成要素 (Components) を明確にし, 再構築のために運動療法を行っていくことは必須であり, 姿勢制御を司る神経機構を考察しながら, その臨床応用について考えてみたい II. 随意運動と姿勢制御 Shumway-Cookら 1) は, 姿勢制御の課題には空間での身体位置制御が含まれ,1 安定性 (stability): 制御して身体質量中心を支持基底面内おくこと,2 定位 (orientation): ある運動課題に関して体節間相互の関係および身体と環境との間の関係を適切に維持するという,2つの目的をもつと述べている 随意運動としての行動の発現には姿勢制御が先行し, 随意運動が原因となりバランスを崩す潜在的な要因を最小にするための予測的姿勢制御 (Anticipatory Postural Adjustments) 1) が働く このことは姿勢制御を獲得する過程が適応行動の神経基盤として重要であることを示唆していると共に, 我々の適応行動においては, 常にこのような姿勢制御機構が絶え間なく活動し続けていることによって, 機能 という目標指向的活動が成立している事がいえる 脊髄より上位からの脊髄運動ニューロンに出力する下行系には幾つかのものがあるが ( 図 1), 投射する脊髄介在細胞群および運動細胞群に対する特徴的な支配様 式から, 背外側系と腹内側系に大別できる ( 図 2) 姿勢制御と体の平衡の維持は, 腹内側系の抗重力筋を統御する回路に依存しており, この回路の重要な構成要素には, 網様体 - 脊髄路と前庭 - 脊髄路がある これらは大脳皮質と小脳からの下行性入力によって調節される 網様体 - 脊髄路は,γ 運動ニューロンを制御することによって近位筋や抗重力筋の緊張を調節し, 前庭 - 脊髄路は伸筋を支配する運動ニューロンを活性化する ( 図 3) これらのシステムは, 視覚系, 体性感覚系 ( 固有受容器, 皮膚受容器, 関節受容器など ), 前庭系からの入力によって活性化され, 各感覚は重力と環境を基準とする身体位置と身体運動についての情報源として, 異なる基準枠を提供している III. 神経学的症状を持つ患者の姿勢制御の異常姿勢制御の課題は安定性を得ることと定位できることであり, 神経学的症状を持つ患者の姿勢制御不全は, この2つの課題が両立できないことにある この姿勢制御の異常の背景には, 様々な阻害因子が考えられ複雑化した問題となっているが, 臨床場面においては患者が示す姿勢 運動パターンから神経筋活動の状態を推察していくこととなる 脊髄上位からの下行系は脊髄運動ニューロンに投射するが, 脊髄内では多髄節レベルでの分節支配が機能しており ( 図 4), その結果が姿勢 運動パターンとして出力されているものと捉える これは筋緊張 (Muscle Tone) の分布によって司られ, 姿勢緊張 (Postural Tone) を診る視点が求められる 脳卒中後遺症者の皮質や皮質下に損傷を受けた症例では, 上位運動神経症候群 (Upper Motor Neuron Syndrome) による神経原 図 1 システムコントロール ( 文献 2 より引用 ) 図 2 背外側系と腹内側系による脊髄の支配様式 ( 文献 3より引用 ) 1: 外側皮質脊髄路 2: 赤核脊髄路 3: 内側皮質脊髄路 4: 間質核脊髄路 5: 視蓋脊髄路 6: 網様体脊髄路 7: 前庭脊髄路
特集 : 中枢神経系障害の姿勢制御機構に対するアプローチ 333 図 3 網様体脊髄路と前庭脊髄路 ( 文献 4 より引用 ) a) 網様体脊髄路には 2 つの構成要素があり, 抗重力筋に対して互いに拮抗的に作用する. b) 前庭脊髄路は伸筋を支配する運動ニューロンを活性化する. 脊髄の運動神経核は内側側軸に沿って機能的に配置される. 内側神経核頚部や背部の軸性筋を支配頚部と骨盤帯の協調性を図る姿勢適応に関与長軸性の固有脊髄神経により脊髄の数節レベルで相互連結される外側神経核内側 : 近位部の筋を支配外側 : 遠位部の筋を支配遠位部の巧緻運動時の近位部制御に関与短軸性の固有脊髄神経により 2~3 節レベルで相互連結される 図 4 固有脊髄介在神経 ( 文献 5 より引用 ) 的 生体力学的 ( 非神経原的 ) 要因の相互作用により異常な姿勢緊張の状態を呈し, 異常な姿勢 運動パターン を伴う機能障害を引き起こしている ( 図 5) その詳細については文献を参考にして頂きたい
334 理学療法科学第 22 巻 3 号 IV. 症例検討 図 5 上位運動神経症候群における過緊張の神経原的 生体力学的関係の相互作用のモデル ( 文献 6 より引用 ) 1. 評価 (assessment) 症例は49 歳男性右被殻出血による左片麻痺を呈しており, 図は発症後 5ヶ月時の臨床像である 屋外では杖歩行だが屋内では独歩可能である 歩行場面 ( 図 6) において連合反応 (Associated Reaction) の出現が著明であり, 日常生活活動において麻痺側上肢 手の参加は得られ難い 連合反応は麻痺側立脚中期において出現し始めると共に, 麻痺側立脚後期から遊脚初期にかけての麻痺側肩甲帯の後退により更に助長されている 麻痺側遊脚期の振り出しにおいて, 下肢の選択運動 (Selective Movement) は得られ難い 歩行の構成要素となる立位バランスに着目すると, 一側下肢で体重支持し片脚立位 (One Leg Standing)( 図 7) で定位する困難さが見られ, 歩行の開始時に先行して起こるべき姿勢調節が得られないままに運動が開始され 図 6 歩行場面 a) 麻痺側立脚中期 b) 麻痺側立脚後期 c) 麻痺側遊脚中期 d) 麻痺側立脚初期
特集 : 中枢神経系障害の姿勢制御機構に対するアプローチ 335 図 7 立位バランス ( 片脚立位 ) a,c) 非麻痺側支持 b,d) 麻痺側支持 ていることが推察される 坐位バランス ( 図 8) においても, 骨盤の側方傾斜 (Lateral Tilt) に伴う伸展活動が両側において阻害されている 麻痺側への変位は大きいものの固有感覚情報を通じての支持基底面 (Base of Support) の受容が得られず虚脱 (Collapse) している 非麻痺側においては十分な体重移動 (weight Transfer) が行えず, 麻痺側の支持性の低下による代償戦略としての姿勢固定の構築化が伸展活動を阻害している 腹内側系の下行性制御が多髄節レベルの機能統合に重要な役割を果たし, 近位筋の活動を必要とする姿勢の保持やバランスの保持に際して重要な役割を果たしていると考えられていることからも, 肩甲帯や骨盤帯の安定性 (Stability) と可動性 (Mobility)( 近位筋の活動状態 ), 脊柱や胸郭の分節運動 (Segmental Movement) に着目しなければならない 麻痺側上下肢に随意性はあるものの, 非麻痺側体幹の代償的な屈曲固定が先行した定型的な異常運動パターン ( 図 9-a, b) により, 選択運動は阻害されている 肩甲 帯周囲においては肩関節の内旋筋群, 肩甲骨の下制筋群などに, 不動に起因した筋の変性 ( 粘弾性の欠如や短縮 ) が生じており, 可動性が低下している 股関節は外旋傾向が強く見られるが, 体幹 骨盤を中間位に保持した状態で下肢を誘導すると ( 図 9-c), 選択運動が得られやすい この事からも, 体幹 骨盤帯での支持性を得ることが, その選択運動を保障する構成要素であることが推察される 非麻痺側の代償的過活動が著明に現れる場面に起き上がり動作がある ( 図 10-a, b) 比較的安定した歩行を獲得している症例でも, この場面においては非効率的で拙劣な動作になっていることを臨床場面でよくみかける 非麻痺側での過剰な屈曲活動が先行することにより, 麻痺側の連合反応は助長され, 左右の拮抗した関係の中で姿勢制御が失われている 安定化を図るための構成要素としては, 正中での安定 (Mid Line Stability) とそれを保障する下部体幹でのコア スタビリティ (Core
336 理学療法科学第 22 巻 3 号 図 8 坐位バランス a) 非麻痺側への体重移動でも十分な伸展が得られない.b) 麻痺側への体重移動では下部体幹から骨盤帯での虚脱が生じる. c) 非麻痺側への骨盤の側方傾斜が困難で, 代償的な屈曲固定が麻痺側下肢を組む動作が困難である.d) 非麻痺側下肢を組むことは可能であるが, 麻痺側での支持は不安定である. Stability) である 介入の中でこの要素を保障していくと, 麻痺側での支持を得ながら起き上がっていく可能性さえ伺える ( 図 10-c) 2. 治療 (Treatment) 治療目標は, 歩行の立脚期における支持性の向上と遊脚期における下肢の選択運動の改善をすること それにより麻痺側上肢の連合反応が軽減し, 今後の上肢 手の治療における潜在能力の顕在化の阻害要因を軽減することにある 治療的介入においては, まず胸郭に対して肩甲骨のアライメントを整えながら, 肩甲帯の可動性と安定性を引き出す ( 図 11-a) 胸郭の分節性が乏しい状況下では, 肩甲骨が胸郭上に安定せず翼状肩甲の様に内側縁が浮き上がりがちである ( 前鋸筋の活動低下 ) よって胸郭の分節性は肩甲帯の安定性を得るための構成要素とな り, 留意しなければならない 次に下肢のアライメントを整えながら, 股関節 膝関節での選択運動を引き出す ( 図 11-b) 選択性が改善されてくると, 腰椎の可動性も引き出され骨盤帯は安定してくる 腰椎と股関節の可動性は骨盤帯の選択運動の構成要素であり, 多くの患者において阻害されている 続いて端坐位において, 肩甲骨を胸郭上に安定させながら胸郭の分節運動を引き出し, 体幹の伸展活動を促す ( 図 11-c, d) 坐位や立位において肩甲骨が胸郭上に安定する事は, 体幹の選択的な伸展活動を得るための構成要素となる 麻痺側の肩甲帯が下制している場合, 肋間は狭小化していることが多く, 分節的に拡張していく ( 図 11-d) 特に第 7 8 胸椎を中心としたレベルで可動性が失われると, 体幹は固定的に陥りやすいので留意しなければならない 立位においては, 支持基底面からの固有感覚情報が
特集 : 中枢神経系障害の姿勢制御機構に対するアプローチ 337 図 9 麻痺側上下肢の随意性 a) 桂肩関節での分離性は乏しく, 非麻痺側の代償固定により引き上げている. b) 非麻痺側の代償固定が先行し, 骨盤の後退と下肢の外転外旋パターンにより屈曲している. c) 下部体幹, 骨盤帯の安定を補助すると下肢の選択運動は得られやすくなる. 図 10 起き上がり動作 a) 非麻痺側からの起き上がり b) 麻痺側からの起き上がり c) 正中での支持性を促す介入をした中での起き上がり 入力される足部の細かな副運動 (Accessory Movement) を十分に作り出す準備を行う ( 図 12-a) この足部からの末梢入力は立位での平衡反応を促通するための構成要素となる また, 歩行の立脚層における足底からの感覚変化の識別 ( 踵 前足部 ) を促すために, 下腿の筋群
338 理学療法科学第 22 巻 3 号 図 11 治療場面 a) 胸郭の分節性を引き出しながら, 肩甲帯周囲の可動性と安定性を引き出す. b) 下肢の選択運動を引き出しながら, 下部体幹 骨盤帯での安定性を得る. c) 肩甲骨を胸郭上に安定させながら立ち直り反応を促す中で, 体幹の伸展活動を活性化する. d) 胸郭の分節性を引き出しながら下部体幹の支持性を向上させ, 骨盤帯との連結性を高める. ( 前脛骨筋, 腓腹筋やヒラメ筋 ) の変性を改善しながら活性化する 前足部で支持しながら踵の接地, 離床を誘導し, 下腿三頭筋の遠心性 求心性収縮を促す ( 図 12- b) 多くの症例が立脚後期における前足部支持の段階を踏まえずに遊脚期に移行するために, 体幹 骨盤帯 下肢にかけての伸展コントロールは失われ, 選択運動の伴った振り出しが阻害される この段階における連合反応の助長は本症例においても問題としていることは前述のとおりである 次に, ステップ肢位での立ち上がりの中で麻痺側下肢での支持性を強調し, 骨盤帯と膝の強調的な選択運動を促すと共に, 下部体幹でのコア スタビリティを促通する ( 図 12-c) 空間での変位が伴う中でも, 麻痺側上肢を前方に定位しておけるような総体的な姿勢制御を促していく 歩行の中では, 持続的な体幹, 骨盤帯での同時活動を促し, 立脚層の中での選択運動の伴った連続 した支持感覚を経験させる ( 図 12-d) 支持性が向上してきた段階で, 左右の交互的なリズムやスピードの変化を経験させ, より自律的な歩行運動を促通する V. まとめ神経学的障害を持つ患者の姿勢制御の問題について, その神経機構や構成要素を踏まえながら, 臨床実践での経験に基づいた考察を述べた 姿勢制御とは, 随意運動に先行して起きるべき機構であり, 不全を来たした状態での課題遂行の積み重ねは, 非効率的で多様性に欠ける代償活動を助長していくこととなる 中枢神経系の可塑性に基づく潜在能力の顕在化のためにも, 運動行動の背景にある構成要素を把握し, 何が逸脱しているのかを見極められる専門的な視点こそが, 効率的な治療に結びつくものと考える
特集 : 中枢神経系障害の姿勢制御機構に対するアプローチ 339 図 12 治療場面 a) 非麻痺側で伸展支持をしながら麻痺側下肢の選択運動を促す. 足部には副運動 (Accessory Movement) を準備する. b) 下腿の筋群のアライメントを整え変性を改善しながら, 足底の接地感覚の変化に伴った下肢の選択運動を促す. c) 下部体幹 骨盤帯でのコア スタビリティを高めながら, 麻痺側下肢の支持性を向上させる. d) 下部体幹 骨盤帯での支持性を持続させながら, 下肢のリズミカルな交互運動やスピードを経験させ, 自律的な歩行運動を促す. 姿勢制御には, 外的内的環境からの豊富な感覚情報が必要とされる 特に神経学的障害を持つ患者においては固有感覚情報の逸脱が著しい 治療的アプローチにおいて我々理学療法士が徒手的介入を行う場合, その手が伝えるものは固有感覚情報の提供である事からも, 患者にとって, 患者の中枢神経系にとって意味ある情報を与え続けたいものである 引用文献 1) Shumway-Cook A, Woollacott M( 著 ), 田中繁 高橋明 ( 監訳 ): モータコントロール 運動制御の理論と臨床応用. 医歯薬出版, 東京,1999. 2) Lundy-Ekman L: Neuroscience Fundamentals for Rehabilitation. W B Saunders, US, 2002. 3) 森茂美 : 運動の階層性制御. 運動制御と運動学習. 協同医書出版社, 東京,1997, pp23-47. 4) Steward O( 著 ), 伊藤博信 他 ( 訳 ): 機能的神経科学. シュプリンガー フェアラーク, 東京,2004. 5) Kandel ER, Schwartz JH, Jessell TM, et al.: Principles of Neural Science, 4th ed., McGraw Hill, US, 2000. 6) Barnes MP, Johnson GR: Upper Motor Neuron Syndrome and spasticity, Cambridge University Press, UK, 2001.