第 1 章 がん治療に関わるすべての薬剤師が知っておきたいこと 1 がん治療の基本 Key Points がんの診断には確定診断と病期診断がある がんの病期ごとに治療法を選択する 治療の目的を認識し, 治療の適応を見極める 薬物療法を行う前に説明と同意を得, 標準治療を行う 高齢者, 臓器障害合併,

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スライド 1

佐賀県肺がん地域連携パス様式 1 ( 臨床情報台帳 1) 患者様情報 氏名 性別 男性 女性 生年月日 住所 M T S H 西暦 電話番号 年月日 ( ) - 氏名 ( キーパーソンに ) 続柄居住地電話番号備考 ( ) - 家族構成 ( ) - ( ) - ( ) - ( ) - 担当医情報 医

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原発不明がん はじめに がんが最初に発生した場所を 原発部位 その病巣を 原発巣 と呼びます また 原発巣のがん細胞が リンパの流れや血液の流れを介して別の場所に生着した結果つくられる病巣を 転移巣 と呼びます 通常は がんがどこから発生しているのかがはっきりしている場合が多いので その原発部位によ

密封小線源治療 子宮頸癌 体癌 膣癌 食道癌など 放射線治療科 放射免疫療法 ( ゼヴァリン ) 低悪性度 B 細胞リンパ腫マントル細胞リンパ腫 血液 腫瘍内科 放射線内用療法 ( ストロンチウム -89) 有痛性の転移性骨腫瘍放射線治療科 ( ヨード -131) 甲状腺がん 研究所 滋賀県立総合病

1. ストーマ外来 の問い合わせ窓口 1 ストーマ外来が設定されている ( はい / ) 上記外来の名称 対象となるストーマの種類 7 ストーマ外来の説明が掲載されているページのと は 手入力せずにホームページからコピーしてください 他施設でがんの診療を受けている または 診療を受けていた患者さんを

8 整形外科 骨肉腫 9 脳神経外科 8 0 皮膚科 皮膚腫瘍 初発中枢神経系原発悪性リンパ腫 神経膠腫 脳腫瘍 膠芽腫 頭蓋内原発胚細胞腫 膠芽腫 小児神経膠腫 /4 別紙 5( 臨床試験 治験 )

1)表紙14年v0

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第71巻5・6号(12月号)/投稿規定・目次・表2・奥付・背

70% の患者は 20 歳未満で 30 歳以上の患者はまれです 症状は 病巣部位の間欠的な痛みや腫れが特徴です 間欠的な痛みの場合や 骨盤などに発症し かなり大きくならないと触れにくい場合は 診断が遅れることがあります 時に発熱を伴うこともあります 胸部に発症するとがん性胸水を伴う胸膜浸潤を合併する

「             」  説明および同意書

5. 乳がん 当該疾患の診療を担当している診療科名と 専門 乳房切除 乳房温存 乳房再建 冷凍凝固摘出術 1 乳腺 内分泌外科 ( 外科 ) 形成外科 2 2 あり あり なし あり なし なし あり なし なし あり なし なし 6. 脳腫瘍 当該疾患の診療を担当している診療科名と 専

6 月 25 日胸腺腫 胸腺がん患者の情報交換会 & 勉強会質疑 応答 奥村教授にお聞きしたいこと 奥村教授の話 1 特徴 (1) 胸腺腫 胸腺がん カルチノイドの違いについて 胸腺腫はがんの種類か 病理学的には胸腺腫はがんではなくて正常と区別つかず機能を残したまま腫瘍化したもの 一部 転移するもの

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NCCN2010.xls

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1. ストーマ外来 の問い合わせ窓口 1 ストーマ外来が設定されている ( / ) 上記外来の名称 ストマ外来 対象となるストーマの種類 コロストーマとウロストーマ 4 大腸がん 腎がん 膀胱がん ストーマ管理 ( 腎ろう, 膀胱ろう含む ) ろう孔管理 (PEG 含む ) 尿失禁の管理 ストーマ外

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するものであり 分子標的治療薬の 標的 とする分子です 表 : 日本で承認されている分子標的治療薬 薬剤名 ( 商品の名称 ) 一般名 ( 国際的に用いられる名称 ) 分類 主な標的分子 対象となるがん イレッサ ゲフィニチブ 低分子 EGFR 非小細胞肺がん タルセバ エルロチニブ 低分子 EGF

資料 3 1 医療上の必要性に係る基準 への該当性に関する専門作業班 (WG) の評価 < 代謝 その他 WG> 目次 <その他分野 ( 消化器官用薬 解毒剤 その他 )> 小児分野 医療上の必要性の基準に該当すると考えられた品目 との関係本邦における適応外薬ミコフェノール酸モフェチル ( 要望番号

一次サンプル採取マニュアル PM 共通 0001 Department of Clinical Laboratory, Kyoto University Hospital その他の検体検査 >> 8C. 遺伝子関連検査受託終了項目 23th May EGFR 遺伝子変異検


減量・コース投与期間短縮の基準

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付表 食道癌登録数 ( 自施設初回治療 癌腫 ): 施設 UICC-TNM 分類治療前ステージ別付表 食道癌登録数 ( 自施設初回治療 癌腫 原発巣切除 ): 施設 UICC-TNM 分類術後病理学的ステージ別付表 食道癌登録数 ( 自施設初回治療 癌腫 UIC

平成20年度 第2回相談支援センター基礎研修 乳がん

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福島県のがん死亡の年次推移 福島県におけるがん死亡数は 女とも増加傾向にある ( 表 12) 一方 は 女とも減少傾向にあり 全国とほとんど同じ傾向にある 2012 年の全のを全国と比較すると 性では高く 女性では低くなっている 別にみると 性では膵臓 女性では大腸 膵臓 子宮でわずかな増加がみられ

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7. 脊髄腫瘍 : 専門とするがん : グループ指定により対応しているがん : 診療を実施していないがん 別紙 に入力したが反映されています 治療の実施 ( : 実施可 / : 実施不可 ) / 昨年の ( / ) 集学的治療 標準的治療の提供体制 : : グループ指定により対応 ( 地域がん診療病

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院内がん登録における発見経緯 来院経路 発見経緯がん発見のきっかけとなったもの 例 ) ; を受けた ; 職場の健康診断または人間ドックを受けた 他疾患で経過観察中 ; 別の病気で受診中に偶然 がん を発見した ; 解剖により がん が見つかった 来院経路 がん と診断された時に その受診をするきっ

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付表 登録数 : 施設 部位別 総数 1 総数 口腔咽頭 食道 胃 結腸 直腸 ( 大腸 ) 肝臓 胆嚢胆管 膵臓 喉頭 肺 骨軟部 皮膚 乳房

学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 佐藤雄哉 論文審査担当者 主査田中真二 副査三宅智 明石巧 論文題目 Relationship between expression of IGFBP7 and clinicopathological variables in gastric cancer (

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を優先する場合もあります レントゲン検査や細胞診は 麻酔をかけずに実施でき 検査結果も当日わかりますので 初診時に実施しますが 組織生検は麻酔が必要なことと 検査結果が出るまで数日を要すること 骨腫瘍の場合には正確性に欠けることなどから 治療方針の決定に必要がない場合には省略されることも多い検査です

第16回日本臨床腫瘍学会学術集会 共催セミナー報告集

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1981 年 男 全部位 C00-C , , , , ,086.5 口腔 咽頭 C00-C

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がん化学 ( 放射線 ) 療法レジメン申請書 記載不備がある場合は審査対象になりません * は記入不要です 申請期日 2013/6/17 受付番号 診療科名 脳神経外科 がん腫 ( コード ) 診療科長名 申請医師名 レジメン登録ナンバー 登録申請日 審査区分 ( 下記をチェックしてください ) 登

10 年相対生存率 全患者 相対生存率 (%) (Period 法 ) Key Point 1 の相対生存率は 1998 年以降やや向上した 日本で

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1 BNCT の内容 特長 Q1-1 BNCT とは? A1-1 原子炉や加速器から発生する中性子と反応しやすいホウ素薬剤をがん細胞に取り込ませ 中性子とホウ素薬剤との反応を利用して 正常細胞にあまり損傷を与えず がん細胞を選択的に破壊する治療法です この治療法は がん細胞と正常細胞が混在している悪

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10 年相対生存率 全患者 相対生存率 (%) (Period 法 ) Key Point 1 10 年相対生存率に明らかな男女差は見られない わずかではあ

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学位論文の内容の要旨 論文提出者氏名 小川憲人 論文審査担当者 主査田中真二 副査北川昌伸 渡邉守 論文題目 Clinical significance of platelet derived growth factor -C and -D in gastric cancer ( 論文内容の要旨 )

1. 来院経路別件数 非紹介 30 他疾患経過 10 自主受診観察 紹介 20 他施設紹介 合計 患者数 割合 12.1% 15.7% 72.2% 100.0% 27.8% 72.2% 100.0% 来院経路別がん登録患者数 がん患者がどのような経路によって自施設を受診し

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博士学位申請論文内容の要旨

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査を実施し 必要に応じ適切な措置を講ずること (2) 本品の警告 効能 効果 性能 用法 用量及び使用方法は以下のとお りであるので 特段の留意をお願いすること なお その他の使用上の注意については 添付文書を参照されたいこと 警告 1 本品投与後に重篤な有害事象の発現が認められていること 及び本品

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表 1. 罹患数, 罹患割合 (%), 粗罹患率, 年齢調整罹患率および累積罹患率 ; 部位別, 性別 A. 上皮内がんを除く ; 部位別, 性別 B. 上皮内がんを含む 表 2. 年齢階級別罹患数, 罹患割合 (%); 部位別, 性別 A. 上皮内がんを除く B. 上皮内がんを含む 表 3. 年齢

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1-0 治験実施計画書の要約

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A 2010 年山梨県がん罹患数 ( 全体 )( 件 ) ( 上皮内がんを除く ) 罹患数 ( 全部位 ) 5,6 6 男性 :3,339 女性 :2,327 * 祖父江班モニタリング集計表から作成 * 集計による主ながんを表示

はじめに 近年 がんに対する治療の進歩によって 多くの患者さんが がん を克服することができるようになっています しかし がん治療の内容によっては 造精機能 ( 精子をつくる機能のことです ) が低下し 妊娠しにくくなったり 妊娠できなくなることがあります また 手術の内容によっては術後に性交障害を

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限局性前立腺がんとは がんが前立腺内にのみ存在するものをいい 周辺組織やリンパ節への局所進展あるいは骨や肺などに遠隔転移があるものは当てはまりません がんの治療において 放射線療法は治療選択肢の1つですが 従来から行われてきた放射線外部照射では周辺臓器への障害を考えると がんを根治する ( 手術と同

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婦人科63巻6号/FUJ07‐01(報告)       M

要望番号 ;Ⅱ-286 未承認薬 適応外薬の要望 ( 別添様式 ) 1. 要望内容に関連する事項 要望者 ( 該当するものにチェックする ) 学会 ( 学会名 ; 特定非営利活動法人日本臨床腫瘍学会 ) 患者団体 ( 患者団体名 ; ) 個人 ( 氏名 ; ) 優先順位 33 位 ( 全 33 要望

が 6 例 頸部後発転移を認めたものが 1 例であった (Table 2) 60 分値の DUR 値から同様に治療後の経過をみると 腫瘍消失と判定した症例の再発 転移ともに認めないものの DUR 値は 2.86 原発巣再発を認めたものは 3.00 頸部後発転移を認めたものは 3.48 であった 腫瘍

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日本の方が多い 表 2 は日本の癌罹患数の多い順の第 7 位までの部位とそれに対応する米国の数値と日 米比を示す 赤字と青字の意味は表 1 と同じである 表 2: 部位別の癌罹患数 : 日 米比較日 / 米 0.43 部位 罹患数 ( 日 ) (2002)( 人 ) 罹患数 ( 米 ) 罹患数比日本

Ⅰ. 報告書作成にあたって日本緩和医療薬学会では緩和薬物療法に貢献できる専門性の高い薬剤師の養成ならびに認定に関する事業を実施しています 緩和薬物療法認定薬剤師の認定申請を行うには e ラ-ニングや指定された講義などの受講による認定単位取得に加え 病院または診療所の薬剤師は 30 例 保険薬剤師は

ことから過剰診断が問題視され 2003 年には厚生労働省の決 定で休止となりました 2. 診断 (1) 臨床症状 : 早期に腫瘤を触知することはまれです ただし 1 歳までの赤ちゃんにみられる病期 4S という腫瘍では 皮下への転移 肝腫大による腹部膨満や呼吸障害がみられます 幼児では転移のある進行

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2. 転移するのですか? 悪性ですか? 移行上皮癌は 悪性の腫瘍です 通常はゆっくりと膀胱の内部で進行しますが リンパ節や肺 骨などにも転移します 特に リンパ節転移はよく見られますので 膀胱だけでなく リンパ節の検査も行うことが重要です また 移行上皮癌の細胞は尿中に浮遊していますので 診断材料や

32 子宮頸癌 子宮体癌 卵巣癌での進行期分類の相違点 進行期分類の相違点 結果 考察 1 子宮頚癌ではリンパ節転移の有無を病期判定に用いない 子宮頚癌では0 期とⅠa 期では上皮内に癌がとどまっているため リンパ節転移は一般に起こらないが それ以上進行するとリンパ節転移が出現する しかし 治療方法

科目名 M4 腫瘍 輸血 血液学 試験問題および解答紙 <1> 歩行可能で身の回りのことは自分で行えるが 作業はできず 日中の 50% 以上はベッドの外で過ごしている患者のパフォーマンスステータス (Performance Status:PS) はどれか ECOG(Eastern Cooperati

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9章 その他のまれな腫瘍

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第 1 章 がん治療に関わるすべての薬剤師が知っておきたいこと 1 がん治療の基本 Key Points がんの診断には確定診断と病期診断がある がんの病期ごとに治療法を選択する 治療の目的を認識し, 治療の適応を見極める 薬物療法を行う前に説明と同意を得, 標準治療を行う 高齢者, 臓器障害合併,PS 不良例の薬物療法の適応 個別化を理解する 薬物療法の理論的背景も知っておく はじめに がん治療は大きく手術療法, 放射線療法, 薬物療法に分けられる がん治療を受ける患者の大部分は高齢者であるため, 肝臓や腎臓などの諸臓器機能が低下していることも多い また高血圧, 糖尿病, 脂質異常症などがん以外の合併症で内服治療を行っている場合も多い このため, 特に薬物療法を行う場合は患者の臓器機能に応じて使用する抗がん薬の量を調整したり, 抗がん薬と他の薬物との相互作用を考慮したり, 投与後の抗がん薬による有害事象に対処することが必要である また, がん性疼痛のある患者には麻薬を用いた疼痛管理を行うことや, 患者の病態, 生活スタイルに応じて剤形や薬を変更するなど細やかな点が必要とされる このように患者に応じて薬を適切かつ幅広く使用するために, 薬剤師ががん治療に占める役割は非常に大きい 薬剤師は腫瘍内科医, 血液内科医, 緩和ケア療法医とともにがんの薬物療法に参加し, 医師の参謀的な役割を担う不可欠な存在である 本稿では, 薬剤師ががん治療に関わる際に必要と思われるがんの治療法に関する基本的な考え方を概説する がんの診断と治療法の種類 がんの診断はがん細胞が存在することを示す確定診断と, がんの広がりを調べる病期診断に大きく分かれる 前者は細胞診や生検検体を用いた組織診断で病理医によって行われ 2016.1 臨時増刊号 (Vol.58 No.2) 15 (187)

第 1 章がん治療に関わるすべての薬剤師が知っておきたいこと 表 1 がん治療法の種類と目的 手術療法 放射線療法 薬物療法 原発巣の根治切除 腫瘍の減量術 根治を意図して行う転移巣の切除 ( 大腸がんの単発肝転移など ) 腫瘍による緊急事態に対応するための緊急手術 ( イレウスなど ) 緩和的な手術 再建手術 根治を目指せる場合に対して行う根治的照射 ( 手術不能例, 臓器温存例 ) 緩和的照射 ( 骨転移に対する疼痛コントロールや病的骨折予防, 脳転移や脊髄圧迫症候群 ) 根治目的で行う薬物療法 局所進行の固形がんの術前薬物療法 術後薬物療法 転移 再発がんに対する薬物療法 る 病理医はがんの原発巣の部位, 病理組織像や免疫組織染色などの結果を参考にしながら確定診断を行う 後者は PET-CT, 造影 CT,MRIなどの画像検査で周辺臓器への浸潤, リンパ節転移や遠隔転移などがんの広がりを調べることで行われ, 臨床医が画像検査の結果を参考にして臨床病期を決定する 臨床病期の分類には UICC(Union for International Cancer Control; 国際対がん連合 ) の分類などが用いられる どういう遺伝子変異をもったどういう組織型のがんが, どの臓器から発生してどこまで広がっているか を把握しておくことが, がんの病態を理解するうえで重要である がんの治療法は手術療法 ( 腹腔鏡, 胸腔鏡手術も含む ), 放射線療法, 薬物療法の大きな3つの柱からなる 各治療法の概略は表 1に示す がん種と病期により治療方針を決める 多くの場合, 臓器にとどまっているがんは外科的切除の適応となる 臓器にとどまってはいるものの, 臓器温存の希望がある場合や, 重要臓器へ浸潤しているために外科的切除が不能な場合は根治的放射線療法の適応となる 遠隔転移のある進行がん患者は薬物療法の適応となる しかし, 実際のがん治療では手術前後に薬物療法を行ったり ( 術前 術後薬物療法 ), 放射線と化学療法を併用したり ( 化学放射線療法 ), 病状に応じて手術や放射線療法, 薬物療法を行ったりと一人の患者に対し複数の治療法を同時, 異時的に行うことがある 以下では, がん治療のなかでも薬剤師が最も深く関与すると考えられる薬物療法の基本について述べる 薬物療法の導入にあたっての原則 古典的な殺細胞性の抗がん薬による治療である化学療法, ホルモン薬や分子標的薬による治療, 最近の免疫調節薬など, 抗腫瘍効果を発揮する薬を使用する治療法をまとめて薬物療法とする 薬物療法の有効性は各がん種により異なり,1 治癒が期待できるがん,2 延命が期待で 16 (188) 2016.1 臨時増刊号 (Vol.58 No.2)

1 がん治療の基本 表 2 各種薬物療法の有効性 A 群 : 治癒が期待できる *1 C 群 : 症状緩和が期待できる *3 急性骨髄性白血病, 急性リンパ性白血病,Hodgkinリンパ腫, 非 Hodgkinリンパ腫 ( 中悪性度 ), 胚細胞腫瘍, 絨毛がん 食道がん, 子宮がん, 腎がん, 膀胱がん, 前立腺がん, 胆道がん, 膵がん, 脳腫瘍, 甲状腺髄様がん, 甲状腺未分化がん B 群 : 延命が期待できる *2 D 群 : がん薬物療法の期待が小さい *4 乳がん, 卵巣がん, 軟部肉腫 ( 円形細胞肉腫 ), 小細胞肺がん, 非小細胞肺がん, 頭頸部がん, 胃がん, 大腸がん, 肝がん, 多発性骨髄腫, 慢性骨髄性白血病, 非 Hodgkinリンパ腫 ( 低悪性度 ), 骨肉腫, 悪性黒色腫, 甲状腺がん ( 分化型 ) 軟部肉腫 ( 非円形細胞肉腫 ), 原発不明癌の一部, 腺様嚢胞がん, アポクリン腺癌 ( 乳房外 Paget 病 ) *1:がん薬物療法単独で治癒が期待できるがん種であり, がん薬物療法が絶対適応となる *2:がん薬物療法単独で治癒することは難しいが, 大半の症例で延命が十分に期待できる また再発予防目的の術後療法や集学的治療がとられることも多い *3:がん薬物療法単独で治癒は得られない 延命効果は得られるが, その割合はB 群に比べると小さく, 症状緩和,QOLの改善も重要な治療目標となる *4:がん薬物療法の有効性は低く, 延命効果も不十分である 抗悪性腫瘍薬使用は臨床試験における実施が好ましく, 実地医療の現場ではその適応を慎重に検討する必要がある 国立がん研究センター内科レジデント 編: がん診療レジデントマニュアル第 6 版. 医学書院,p.21,2013 より, 2015 年 10 月時点の知見をもとに上記内容を筆者らが一部改変して作成 表 3 ECOG PS score 日本語訳 Score 0 1 2 3 4 定義まったく問題なく活動できる 発病前と同じ日常生活が制限なく行える 肉体的に激しい活動は制限されるが, 歩行可能で, 軽作業や座っての作業は行うことができる 例 : 軽い家事, 事務作業歩行可能で自分の身の回りのことはすべて可能だが作業はできない 日中の50% 以上はベッド外で過ごす 限られた自分の身の回りのことしかできない 日中の50% 以上をベッドか椅子で過ごす まったく動けない 自分の身の回りのことしかできない 完全にベッドか椅子で過ごす Common Toxicity Criteria, Version2.0 Publish Date April 30, 1999 (http://ctep.cancer.gov/protocoldevelopment/electronic_applications/docs/ctcv20_4-30-992.pdf), JCOG( 日本臨床腫瘍研究グループ ) の HP(http://www.jcog.jp/) より きるがん,3 症状緩和が期待できるがん,4がん薬物療法の期待が小さいがん に分かれる ( 表 2) がん薬物療法は極めて副作用が出やすい治療法であるため, 薬物療法が治癒を期待でき根治目的の手段である場合以外は, 原則としてECOG(Eastern Cooperative Oncology Group) のPS(performance status) が良好の患者が適応となる (ECOGのPSについては表 3 参照 ) したがって, 患者のPSや薬物療法に不都合な合併症の有無の確認が重要で 2016.1 臨時増刊号 (Vol.58 No.2) 17 (189)

第 2 章 薬物療法のスタンダードとマネジメント 1 肺がん 標準治療とエビデンス Key Points 原発性肺がんは小細胞肺がん (SCLC) と非小細胞肺がん (NSCLC) に, さらにNSCLC は扁平上皮がんと非扁平上皮がんに分類され, 治療法に対する反応や予後, 治療内容が異なる Ⅰ 期 限局型の SCLC やⅠ ⅢA 期の NSCLCは, 手術や放射線療法などの局所治療と化学療法の併用により根治可能な例もある 進展型のSCLCやⅢB Ⅳ 期のNSCLCは, 全身化学療法により生命予後の延長が期待でき,NSCLCかつ非扁平上皮がんでEGFR 遺伝子変異やALK 遺伝子転座が陽性であれば, EGFRチロシンキナーゼ阻害薬や ALK 阻害薬により長期生存も期待できる 近い将来, 第三世代 EGFRチロシンキナーゼ阻害薬や免疫チェックポイント阻害薬などが標準治療に加わると予想される はじめに わが国における2013 年の原発性肺がん死亡数は約 7 万 2,000 人であり, がん死亡のなかで最も多い原因である 1) 原発性肺がんは小細胞肺がん(SCLC) と非小細胞肺がん (NSCLC) に分類され, 後者が80 85% を占める 1)-3) NSCLCは腺がん, 大細胞がん, 扁平上皮がん, その他 ( 多形がん, 腺扁平上皮がんなど ) に分類され, 腺がんはNSCLCの約 60% を占める最も多い肺がんである 1)-5) これらの分類は病理所見に基づいて組織学的に行われ, 治療方針や予後に大きく影響する 2)-6) 原発性肺がんはTNM 分類により病期分類が行われ, 各病期に応じた最適な治療法が科学的根拠に基づいて提唱されている 2)-6) 進行がんの治療は化学療法が中心だが, 後述する分子標的薬や免疫チェックポイント阻害薬 ( 免疫治療 ) が発展してきたことにより, 進行がん患者の予後は以前よりも延長してきており, 今後も次々と新たなエビデンスにより標準治療が変化していくと考えられる 2)-6) なお, 後述するEGFRチロシンキナーゼ阻害薬やALK 阻害薬などの一部の分子標的薬を除いて, 中枢神経病変に対しては化学療法の効果が乏しいため, 脳転移には放射線治療を優先する 2)-6) 2016.1 臨時増刊号 (Vol.58 No.2) 37 (209)

第 2 章薬物療法のスタンダードとマネジメント 小細胞肺がん (SCLC) 1. 概要 SCLCは, 治療選択の観点からTNM 分類以外に限局型か進展型に分類する 2),3),5),6) 限局型は, 病変の拡がりが根治的放射線照射可能な範囲に収まっている場合と定義されており, 国内では 病変が同側胸郭内に加え, 対側縦隔, 対側鎖骨上窩リンパ節までに限られており, 悪性胸水, 心嚢水を有さないもの とされている 3),6) SCLCは急速に進行するため速やかに治療を開始すべきであり, 病期診断のために治療開始を1 週間以上遅らせてはならないとする意見もある 5) 多くの場合で微小な遠隔転移を起こしていると考えられており, 早期や限局型であっても手術や放射線治療などの局所治療のみによる制御は困難なため, 全病期において全身化学療法が必要である SCLCは, 化学療法に対する感受性が良好であるにもかかわらず予後不良かつ難治性の疾患であり, 根治的切除の適応となるⅠ 期であっても5 年生存率 40 70%, 根治的放射線照射が可能な限局型は5 年生存率 20 40% 生存期間中央値(MST) 約 24カ月, 進展型においては5 年生存率約 3% MST 約 12 カ月である 1)-3) 無治療の場合は, 仮に診断時に限局型であったとしても MST が数カ月程度しかないとされている 3) 2.Ⅰ 期 根治的切除術 + 術後補助化学療法が標準治療と考えられているが, その根拠は観察研究や第 Ⅱ 相試験などの質の低いエビデンスであり, 無作為化比較試験 (RCT) による検証はされていない 2),3),5),6) 手術と手術以外の治療を直接比較した研究や手術単独と手術 + 術後補助化学療法を直接比較した研究は過去にないが, 米国やカナダのデータベースによると,Ⅰ 期に対する手術 + 術後補助化学療法により5 年生存率 50% と良好な成績が得られており 7),8), 国内の第 Ⅱ 相試験においても手術 + 術後補助化学療法により5 年生存率 70% 前後と良好な成績が得られた 9) 術後補助化学療法のレジメンは国内の第 Ⅱ 相試験で用いられたシスプラチン (100 mg / m 2 day1)+ エトポシド (100mg/ m 2 day1 3)4 週ごと 4コースを参考にする ( ただし, シスプラチン100mg / m 2 は国内の小細胞肺がんに対する用量としては承認されていない ) 術後放射線療法併用の意義は不明であり, 現時点では推奨されない 5),6) 3. 限局型 (Ⅰ 期を除く ) 化学放射線療法が標準治療である 2),3),5),6) 化学療法が治療の主体だが, 化学療法単独と比較して放射線療法を併用することで生存期間が延長する 10) SCLCの化学療法に対する反応は極めて良好であり, 化学放射線療法の奏効率は80 90%, 完全奏効率は50 60% にもなるが, 奏効後の再発も多く5 年生存率は20 25% にとどまる 11) SCLCの化学療法に対する反応が良好であるため,performance status(ps)3 4 であっても PS 低下の原因がSCLC 自体である場合には化学療法を考慮する 5),6) この場合, 化学療法により 38 (210) 2016.1 臨時増刊号 (Vol.58 No.2)

1 肺がん : 標準治療とエビデンス 表 1 PE 療法 ( シスプラチン + エトポシド ) シスプラチン エトポシド 1 コース 4 週 4 コース 80mg / m 2 点滴静注 100mg / m 2 点滴静注 1 コース day 1 2 3 8 15 22 28 表 2 IP 療法 ( シスプラチン + イリノテカン ) シスプラチン イリノテカン 1 コース 4 週 4 コース 60mg / m 2 点滴静注 60mg / m 2 点滴静注 1 コース day 1 8 15 22 28 PSが改善した場合には放射線照射を追加することも考慮する 5),6) なお, これらの治療により完全奏効が得られた症例では予防的全脳照射が推奨される 5),6) 化学療法が効きにくい脳内微小転移巣を予防的全脳照射により殲滅することで脳転移予防と全生存期間 (OS) の延長が期待できる 5),6) 化学放射線療法における化学療法の代表的なレジメンはPE 療法 ( シスプラチン+エトポシド ) である ( 表 1) エトポシドに対するイリノテカンの優越性や,PE 療法にパクリタキセルやシクロホスファミドを併用した3 剤併用療法の有効性は示されておらず,PE 療法に代わるレジメンはいまのところない 5),6) メタ解析によりカルボプラチンがシスプラチンとほぼ同等であることが示唆されており, 腎機能低下や輸液負荷に耐えられないなどの理由でシスプラチンが使用できない場合はカルボプラチン+エトポシド療法が治療の選択肢となる 5),6),12) 4. 進展型 化学療法単独が標準治療である 化学療法単独でも奏効率 60 70% と良好な反応が得られるが, ほぼ全例が奏効後の再発を起こす 3),5),6) SCLCによる全身状態不良が原因で PS4となっている場合の化学療法については一定の見解が得られていない 3),5),6) 進展型に対する予防的全脳照射は, 脳転移予防効果があるが生命予後は延長しなかったため推奨されない 3),6) 標準的なレジメンはIP 療法 ( シスプラチン+イリノテカン ) またはPE 療法である 2),3),5),6) ( 表 1 2) 国内のRCTにおいてIP 療法のPE 療法に対する優越性が示された 2016.1 臨時増刊号 (Vol.58 No.2) 39 (211)

第 2 章 薬物療法のスタンダードとマネジメント 1 肺がん 薬剤師の腕の見せ所 Key Points シスプラチンは腎障害を予防するために大量輸液が必要である そのため入院加療を余儀なくされるが, 患者の生活の質を保つために, 輸液の減量と投与時間を短縮したショートハイドレーション法が導入されつつある ペメトレキセドを使用する場合は, 腎機能の評価,NSAIDsの併用の確認, 葉酸 ビタミンB12によるコンディショニングについて確認し対応する 中等度催吐性抗がん薬を投与される患者のうち, 糖尿病を合併した患者において, 第二世代のセロトニン5-HT3 受容体拮抗薬であるパロノセトロンを用いたSteroidsparingにより糖尿病の悪化を回避する EGFR チロシンキナーゼ阻害薬の皮疹の重症度は治療効果と相関することが報告されている 適切な投薬により重度な皮膚障害を予防することで, 安易な減量や休薬を回避する イリノテカンによる下痢は, その発生時期により, 原因となるメカニズムが異なる 急性の下痢はコリン作動性症状によるものであり, 遅発性の下痢は活性代謝物のSN-38による 下痢を遷延させないことが治療の継続には重要である パクリタキセルは末梢神経障害以外にも関節痛や筋肉痛を高頻度に引き起こす 芍薬甘草湯はパクリタキセルによる関節痛や筋肉痛の予防に有効である はじめに 肺がんは, わが国における部位別がん死亡数の第 1 位となっている 1) 肺がんはその組織型により小細胞がん (SCLC) と非小細胞がん (NSCLC) に分類される SCLCは無治療の場合, 手術の適応にならない限局型では生存期間中央値 (MST) が12 週, 進展型では5 週と報告されており, 非常に予後が悪い疾患である 2) 一方, 化学療法や放射線療法に高い感受性を示し, 限局型では放射線化学療法によりMSTが3 年を超え 3), 進展型ではシスプラチン+イリノテカン併用療法によりMSTが1 年以上に延長した 4) NSCLCにおいては,EGFRチロシンキナーゼ阻害薬,ALK 阻害薬, 血管新生阻害薬などの分子標的薬の導入により, 長期生存が得られるようになっている 5)-7) 切除不能 進展型肺がんにおける治療は延命および症状緩和を目的としており,QOL 2016.1 臨時増刊号 (Vol.58 No.2) 51 (223)

第 2 章薬物療法のスタンダードとマネジメント を保ちながら化学療法を継続するには副作用のマネジメントが必須である 一般的には, 高度な副作用が出現した場合には減量または休薬が行われるが, 副作用のなかには支持療法を強化することにより減量 休薬を回避できるものがある 多様化する副作用とその対策に対応するためには医師, 薬剤師, 看護師, その他のメディカルスタッフが協働したチーム医療が求められる 薬剤師は, 腎機能や肝機能に基づいた抗がん薬の投与設計や, 支持療法の提案, 副作用モニタリングからマネジメントを通して患者に貢献することができると考える シスプラチンのショートハイドレーションは可能か? シスプラチンはプラチナ系抗がん薬であり, その用量制限毒性 (DLT) の一つに腎障害がある 腎障害は主にシスプラチン投与後の補液や飲水が不十分であったときに発現する急性腎障害と, シスプラチンの総投与量に関連する慢性腎障害に分類される Cvitkovicらは, 急性腎障害を軽減するために, シスプラチン投与前後で大量輸液と強制利尿を実施し, その有効性を証明している 8) そのため, シスプラチン投与前, 投与中, そして投与後に計 2.5 5.0Lを10 時間以上かけて補液することがわが国の添付文書に記載された 一方, この大量輸液のためにシスプラチン投与では入院加療を余儀なくされている そのため, シスプラチン投与時の輸液を減じて投与時間を短縮することが試みられている Horinouchi らは, シスプラチン ( 75mg/ m 2 ) が投与される44 名の肺がん患者を対象として, 計 1.6L,4 時間のショートハイドレーション法を評価している ( 表 1) 9) また Hotta らは, シスプラチン ( 60 mg / m 2 ) が投与される肺がん患者 (46 名 ) を対象として, 計 2.5L,4 時間 30 分のショートハイドレーション法を評価した 10) いずれの試験においても, 主要評価項目である 1 コース目のGrade 2 以上の腎障害 ( クレアチニン値上昇 ; 表 1 ショートハイドレーションの投与例 補液量 : 約 1.6L 投与時間 : 約 4 時間 Rp.1 制吐薬 (15 分 ) パロノセトロン 0.75mg デキサメタゾン 9.9mg 生理食塩水 50mL Rp.2 他の抗がん薬 (10 分 ) ペメトレキセド 500mg / m 2 生理食塩水 100mL Rp.3 CDDP 投与前ハイドレーション (1 時間 ) 開始液 500mL 塩化カリウム 10mEq 硫酸マグネシウム 8mEq Rp.4 強制利尿薬 (30 分 ) 20% マンニトール 200 ml Rp.5 シスプラチン (1 時間 ) シスプラチン 75 mg / m 2 生理食塩水 250 ml Rp.6 CDDP 投与後ハイドレーション (1 時間 ) 開始液 500 ml 塩化カリウム 10 meq CDDP: シスプラチン Horinouchi H, et al:jpn J Clin Oncol, 43:1105-1109, 2013 より 52 (224) 2016.1 臨時増刊号 (Vol.58 No.2)

1 肺がん : 薬剤師の腕の見せ所 CTCAE v4.0) は認めなかった また Horinouchiらは, シスプラチン ( 60mg/ m 2 ) が投与される46 名の肺がん患者を対象として, さらに輸液と投与時間を短縮した ( 計 1 1.5L,3 時間 ) ショートハイドレーション法を評価し, 主要評価項目の1コース目の Grade 2 以上の腎障害 ( クレアチニン値上昇 ;CTCAE v4.0) は 1 例 (2%) で忍容可能であることを報告した 11) しかし, これらの試験における組み入れ患者はperformance status(ps) が0 1であることや, 治療開始前の血清クレアチニン値が正常値かつクレアチニンクリアランスが60mL / min 以上であり, すべての患者に対してショートハイドレーションが可能というわけではないことに注意が必要である 日本肺癌学会および日本臨床腫瘍学会による シスプラチン投与におけるショートハイドレーション法の手引き では, ショートハイドレーションを実施するにあたって下記の項目を実施または観察することを推奨している 12) 1 シスプラチン投与が終了するまでに 1 L 程度の経口補液を心がけるよう患者に促す 2 シスプラチン投与直後から約 2 時間の尿量 体重管理を行い, 当日から3 5 日間は尿量測定 体重管理 飲水量の記録を行う 3 上記 2 時間は目安として1L 程度の尿量を確保し, 尿量測定が困難な場合は尿回数や体重変化 ( 尿回数が3 回未満, あるいは, 体重が2kg 程度増加した場合 ) を用いて水分バランスを十分考慮し, 必要に応じて強制利尿薬の追加を行う 4 シスプラチン投与後 3 5 日間で食欲不振, 悪心 嘔吐で飲水困難となった場合には積極的に追加点滴を行う つまり, ショートハイドレーションを行う場合も1コース目は必ず入院で行い, 薬剤師は患者面談を通して制吐状況や飲水量, 尿量, ショートハイドレーションにおける患者の理解度などを評価し, 主治医とショートハイドレーションの実施の可否を十分に協議したうえで, 可能であれば 2 コース目から外来へ移行すべきである ペメトレキセド投与患者における確認事項は? シスプラチン+ペメトレキセド療法 (p.45 参照 ) は高い有効性と安全性が報告されており, 扁平上皮がんを除くⅣ 期非小細胞肺がんの一次治療として推奨されている 13) ペメトレキセドは複数の葉酸代謝酵素を同時に阻害することで抗腫瘍活性を示す薬剤である また代謝をほとんど受けず, 主として尿中へ未変化体 (70 90%) として排泄される そのため, クレアチニンクリアランスが45mL / min 未満の患者については安全性が確立されておらず, 慎重投与となっている また, 他の葉酸代謝拮抗薬でNSAIDsとの併用による副作用の増強が報告されているのと同様に, ペメトレキセドにおいてもイブプロフェンとの併用でクリアランスが低下することが報告されている 14) そのため米国の添付文書では, 軽度 中等度の腎障害がある患者 ( クレアチニンクリアランス45 79mL / min) に半減期の短いNSAIDs( イブプロフェン, ジクロフェナク ) を投与する場合はペメトレキセド投与の2 日前から2 日後まで 2016.1 臨時増刊号 (Vol.58 No.2) 53 (225)