2015三井住友_研究結果報告書

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2016 年 1 月 25 日 < 研究課題 > 高齢運転者の認知機能低下と運転適性に関する研究 運転適性アセスメントの指標開発に向けて 代表研究者名古屋大学未来社会創造機構 特任助教 河野直子 共同研究者名古屋大学大学院医学系研究科教授 尾崎紀夫 名古屋大学大学院医学系研究科寄附講座教授入谷修司 名古屋大学大学院医学系研究科講師 岩本邦弘 中部大学生命健康科学部生命医科学科教授 野田明子 まとめ 高齢運転者を対象とした個人特性と運転能力に関する調査を立ち上げ, 登録者を神経心理学的検査の成績によって操作的に軽度認知障害 (MCI) 群と認知機能健常群に区分したうえ, 両群の比較から MCI が運転リスクに与える影響を検討した 100 名規模での中間解析では, 自己申告による過去 3 年間の事故歴およびドライビング シミュレータによる運転能力の評定のいずれにおいても統計的に有意な群間差は認められなかった 1. 研究の目的日本は高齢化率 25% を超え, 今後, 特に後期高齢者が急増する超高齢社会である 身体機能が低下しても外出を続けたいと望む高齢者は多いが, 現代日本は車社会であり, 高齢者のモビリティを高水準に保つには, 運転者が折に触れて自ら危険運転のリスクを確認し, リスクに応じて安全に移動するための補完手段や代替手段を再選択できる仕組みづくりが必要である また高齢者臨床の現場では, 度重なる道路交通法の改正を受けて, 安全運転に必要な能力を欠くおそれのある症状や治療薬について運転可否の臨床判断を迫られる実情がある しかし国内外で運転能力に関連する疾患や治療薬に関する証左は不足し, 高齢運転者の危険運転を予測する標準化された指標や評価法は流通していない 先行研究は, Clinical Dementia Rating (CDR) 2 点以上と判定されるような中等度以上の認知症では明らかに危険運転のリスクが高いことを示す一方, CDR 2 点未満では, 群として運転能力の低下が認められても全員が危険な運転者と判定されないことを示し, CDR0.5-1 水準と判定される軽症群から, 危険運転のハイリスク者を判別する方法を研究することが課題として指摘されている (Inverson et al., 2010: Neurology) そこで本研究では, 認知症転換率が 10-45% 程度と高いことが知られ, 認知機能低下が認められるものの日常 社会生活機能は比較的維持されている軽度認知障害 (mild cognitive impairment: MCI) の高齢者に着目し, MCI 特性が運転行動や運転能力に与える影響について, 認知機能健常な高齢運転者との比較から明らかにすることを目指した 特に本研究では, アルツハイマー病患者に先行研究の対象が偏っていることを考慮し, アルツハイマー病の最軽度段階での病像と考えられている記憶障害が前景にたつタイプの健忘型 MCI に限らず, 様々な障害パタンを示す MCI 群を対象として運転リスクを研究することを目的とした 2. 研究方法と経過 2-1 地域在住高齢運転者を対象とした調査名古屋市および周辺地域に居住する高齢運転者を対象としたコホート調査 ( The study of Driving Risk and Individual Variables for Elderly drivers: 略称 DRIVE study) を立ち上げ, 登録者を神経心理学的検査の成績によって操作的に MCI 群と認知機能健常群に区分し, 両者の比較から MCI とそのサブタイプごとの特性が運転能力に与える影響を検討した サンプルサイズは拡大中であるが, H27 年度は 2 度の調査を行い, 書面による研究参加同意が得られた 97 名の 65 歳以上の運転者を対象として評価面接を行った 内, 参加時点で運転中止 中断していた者, 全般的な認知機能状態をスクリーニングする Mini-Mental State Examination にて 21 点未満であった者を解析から除外した結果, 最終的な解析対象数は 89 名となった これらの対象を Repeatable Battery for

the Assessment of Neuropsychological Status (RBANS) 日本語版の成績によって認知機能健常群と MCI 群に区分し, さらに MCI 群を健忘型と非健忘型に区分した RBANS は即時記憶, 遅延記憶, 視空間 / 構成, 言語および注意の認知領域を 30 分程度で評価でき, 難易度が健康な成人から中程度の認知症患者向きに設定された包括的な神経心理学的検査であるが ( 松井, 2009; 松井 笠井 長崎, 2010), 具体的には, この検査で各認知領域の成績が同年齢層の 1SD( 領域指標 85 点 ) 以下となった者を MCI として抽出した 記憶領域に低値が認められた場合に健忘型 MCI とみなし, 記憶以外の一領域でのみ低値が認められた場合に非健忘型 MCI, 二つ以上の領域に渡って低値が認められる場合および総指標に低値が認められる場合は複合型とみなすとする操作的な MCI 定義である すべての参加者に, 運転能力に関連があるとされる神経心理学的指標による評価 ( Frontal Assessment Battery, Clock Drawing Test, Stroop Test, Trail Making Test A & B など ), 感情 精神症状の評価 (Geriatric Depression Scale Sort Version, Barratt Impulsiveness Scale 11th version など ), 運転能力の評価 ( 豊田中央研究所製の運転シミュレータによる追従走行課題 車線維持課題 飛び出し反応課題, 運転中の事故 交通違反歴の聴取など ), モビリティ評価 ( 外出範囲, 利用交通機関など ), 運転態度の評価 ( 運転スタイルチェックシート, 負担感受性チェックシートなど ) を行った 2-2 臨床群を対象とした調査さらに, 物忘れなど何らかの認知機能障 害を主訴として来院, 精査入院し, 背景に認知症関連疾患が疑われるものの認知症とは診断されず MCI(CDR 0.5) 相当とされた運転者をリクルートし, 上記 DRIVE study で得られた認知機能健常群との比較から MCI 特性が運転能力に与える影響を検討することを目指した 研究期間内には 6 名の対象が研究参加に同意するに至り, データ蓄積を果たした MCI を生じさせている背景疾患として, アルツハイマー病およびレビー小体病, 前頭側頭変性症が疑われる者が含まれた 対象への実施評価項目は, DRIVE study と同様であった 3. 研究の成果研究期間内には解析に十分な対象数が得られなかったため, 臨床的 MCI 群は以下の解析から除外している 3-1 参加者の基本属性解析対象 89 名の内訳は, 男性 51 名, 女性 38 名であり, 年齢は 65 から 83 歳までの平均 ( 標準偏差 )71.38(4.53) 歳, 免許取得年齢 16 から 52 歳までの平均 ( 標準偏差 )22.79 (6.61) 歳, 教育歴は 8 から 24 年までの平均 ( 標準偏差 )13.33(2.67) 年, 高齢者用の抑うつ指標である Geriatric Depression Scale Sort Version (GDS15) は 0 から 12/15 点までの平均 ( 標準偏差 )1.20(2.364) 点であった 米国精神医学会が発行している DSM-IV の 1 軸にあたる精神障害を診断するための構造化面接 (SCID) からスクリーニングモジュールを実施した結果, 青年期にうつ病等の既往歴がある者, 心療内科通院歴がある者, 向精神薬服用歴のある者など, 精神障害に関して健常と言いきれない GDS15 = Geriatric Depression Scale Sort Version; MMSE = Mini-Mental State Examination; JART = Japanese Adult Reading Test; RBANS = Repeatable Battery for the Assessment of Neuropsychological Status

者が 4 名含まれた 全員, 調査参加当時, 日常 社会生活は自立しており, 単独で来学, 実験参加した 老研式活動能力指標では, 9 点, 12 点の者が 1 名ずつ含まれた以外, 13 点満点の者で解析対象は構成された 89 名の解析対象の内, RBANS の全ての領域指標が 85 点より高値であった 63 名を認知機能健常と定義し, 85 点以下の領域指標を示した 26 名を MCI と定義した 内, 健忘型 13 名, 非健忘型 13 名であった 表 1 に両群の基本属性を差の検定の結果とともに示す 教育歴について群間差が認められ, 教育歴と RBANS 成績 ( 指標得点の合計 ) との間に正の相関関係が認められたことから (ρ=.42, p < 0.001, n = 89), RBANS を用いた操作的な MCI 定義においては教育歴の影響を考慮する必要があると考えられた 3-2 操作的 MCI 群の運転行動 運転能力ついで MCI 群として抽出された 26 名の運転行動と運転能力について, 認知機能健常な 63 名と比較する形で検討した 第一に, 自分で運転して走行する距離について, 1 週間あたりの総移動距離を 1-10km 11-50km 51-100km 101-300km 301km 以上 の 5 段階で報告させたところ, 認知機能健常群と MCI 群とで回答のばらつきに有意な差は認められなかった ( 両側検定による χ 二乗検定 ) 運転による外出範囲について, 過去 1 週間, 自分が運転して, 以下の範囲 ( 寝室 自宅 町内 市 ) から外に出ましたか 過去 2 ヶ月で, 自分が運転して, 以下 ( 県 地方 日本 ) の範囲から外に出ましたか という問いに, はい, いいえの二者択一で回答させたところ, 町外へ自分が運転してでかけることについてのみ, MCI 群で いいえ と回答する者が多い傾向が認められた ( 両側検定による χ 二乗検定 ) 具体的には, MCI 群には過去 1 ヶ月で, 自分で運転して, 町外へ出ていない者が含まれたのに対して, 認知機能健常群では全員が町外へ運転して出かけていた 第二に, 過去三年間の事故歴, 交通違反歴, 記録に残らない運転の失敗の有無を自己申告させたところ ( 図 1 参照のこと ), 事故歴, 記録に残らない運転の失敗については統計的に有意な群間差を認めなかった一方, 交通違反については, 認知機能健常群において履歴ありと答えた人数が MCI 群に比べて多い傾向にあり (Fisher の直接法, p =.051), 特に男性では統計的に多いことが示された (p =.02) 類似の後向き調査を行っている Jeong, et al.(2012, 国際アルツハイマー病協会による国際会議 ) の報告では, 169 名の MCI 者 ( 抽出方法は不明 ) と 623 名の認知機能低下のない高齢者とを比較した結果として, 過去 3 年間の事故歴, 交通違反歴の自己申告について両群間に統計的な有意差を認めていない 事故歴については, 我々の研究でも群間差を認めない一致した結果を得ており, これらは MCI 段階では健常高齢者と事故率に関して大差なく, MCI 者のすべてが危険な運転者であるわけでないことを指示する 一方, 交通違反歴については, 先行研究と我々の調査結果が不一致であり, 現時点で単純に結論づけることはできない 本研究の認知機能健常群で MCI 群に比べて, 交通違反歴が多かった理由として考えられることとして,

第一の分析観点も踏まえ, 1. MCI 運転者の報告漏れないし報告差し控えによる, 2. 外出範囲, 運転環境などの要因が影響, 3. MCI 水準では違反を起こしにくい運転態度となりがちといった複数の可能性が考えられる これらの可能性を検証するために, 本人による報告に加えて家族からの事故 交通違反歴報告を収集する, 年齢 性 走行距離 居住環境をマッチさせた群間での比較といった更なる検討を要する 第三に, 豊田中央研究所製ドライビング シミュレータ (DS) の課題成績を比較したところ, 実施した 3 種類の課題 ( 追従走行, 車線維持, 飛び出し反応 ) のいずれにおいても, 認知機能健常群と MCI 群と統計的に有意な成績差は認められなかった (Mann-Whitney U 検定 ) 内, RBANS 記憶領域のみに低値を認めた 13 名とその他の領域に低値を認めた 13 名を比較したところ, MCI の下位群間にも統計的に有意な差は認められなかった 臨床的な健忘型 MCI 者を対象とし同一の DS 課題を用いて, 認知機能健常な高齢運転者および若齢運転者と比較検討した先行研究 ( Kawano, et al., 2012: J Am Geriatr Soc) では, 追従走行課題にて健忘型 MCI 群と認知機能健常な高齢群, 若齢群の間および認知機能健常な高齢群と若齢群との間に統計的に有意な成績差を認めている また, その追従走行課題の成績が Trail Making Test B の成績と相関し, ひとまとまりの出来事文を遅延再生させる記憶課題の成績によって調整した後も Trail Making Test B の成績と直線的な関連を示すことを確認している この結果は, 記憶障害に加えて Trail Making Test B に反映するような視覚的探索や実行機能の認知側面が低下を来した健忘型 MCI 者, いわゆる複合型 MCI 者で運転リスクが高まる可能性を示す 本調査では視覚認知や注意といった記憶以外の認知領域に障害がある 非健忘型の MCI も抽出されている 内 4 名は RBANS 複数領域に低値を認めた複合型であった しかし現段階では複合型の影響までは解析しきれていない 今後はサンプル数を増やした上で, MCI 段階での危険運転のリスクについて複合型への移行がもたらす影響を含め解析していく 4. 今後の課題本研究で採用した操作的な MCI 判定法を使用するかぎり, 教育歴ないし病前の知能水準の交絡を排除できない 縦断調査によって個人の認知機能変動を捉える, 年齢, 性, 教育歴層をマッチさせた群間での比較を実施する等, 教育歴の影響を踏まえたうえで様々な角度から解析を重ねることが課題である また, 本研究では, 豊田中央研究所製 DS を主要な運転能力指標のひとつとして用いたが, 若齢運転者に比べて高齢運転者では練習に時間がかかり, シミュレータ酔いも発生しやすいといった特徴が認められた DS によって日常的な運転リスクをより高い精度で予測するために, DS 課題の運転リスクに対する妥当性検証を進めるとともに, シミュレータ酔いが生じやすい対象の事前予測やシミュレータ酔いを生じさせにくくする方法の記述, 適当な練習方法の記述などを進めることも課題である 5. 研究成果の公表方法本研究の成果の一部は, 第 31 回国際心理学会議 (The 31 st International Congress of Psychology: ICP2016) にて報告予定である また解析に十分なサンプルサイズが得られたところで再解析し, 学術論文として国際雑誌に報告する計画である 以上!!!!!!