開放経済短期モデル ( 用語確認問題 ) 1. 開放経済モデルの基本的セットアップ 開放経済のマクロ経済モデルは国内経済と外国経済の間で財と資本が自由に取引されて いる国際経済環境を分析対象とする 開放経済モデルでは次の 3 つの概念が重要となる 1 外国製品の輸入額を実質化する際, 物価水準の影響だけでなく為替レートの影響を取 り除く必要がある そのため, 名目為替レートと実質為替レートの概念が重要となる 2 貿易取引における外国製品に対する国内製品の価格競争力の決定メカニズムを明らかにする必要がある 購買力平価は物価と外国為替レートに関する経済法則で, 内外の 製品価格競争力の指標となる 3 資本取引における外国の金融市場と国内の金融市場での運用利回りがどの程度異なっているかを明らかにする必要がある 金利平価は金利と外国為替レートの関係に関す る経済法則で, 金融市場における運用の有利さを国際間で比較する指標である 外国製品の輸入数量を自国製品の輸入数量に換算する手続きは次のようにまとめられる 外国製品輸入数量 {( 外貨建て単価 名目為替レート )/ 自国通貨建て単価 } 名目為替レート (e) は自国通貨と外国通貨の換算レート (1 ドルを購入するのに必要な円貨 ) である 実質為替レート (ε) は外国製品の外貨建て単価 (P*) 自国製品の自国通貨建て単 価 (P) に対し以下のように決まる ε= e P* / P 実質為替レートは交易条件と呼ばれることがある また, 海外製品を安く購入できる度 合いを示すことから, 自国通貨の購買力とも考えることが出来る 2.2 つの平価関係 : 短期モデルの準備作業 平価とは parity の訳語であり,2 つの変数が等価となることを意味する 購買力平価 (purchasing power parity) とは, 同じ財が 2 国間で等しい価格で取引されている状態を指している 金利平価 (interest parity) とは, いずれの国で運用しても, 同じ運用収益が得られる状態を指している これらは長期的に成り立つことが想定されている 購買力平価が成り立ち自国製品と外国製品が等価であると どちらかの通貨に換算した上で 2 つの製品価格が等しくなる この時, 実質為替レートεが 1 に等しい 購買力平価仮説(Purchasing Power Parity Theory) では, 購買力平価が成立するように名目為替レートが決定されると想定される すなわち, 購買力平価仮説では, 名目為替レートは 2 国の物価水準の比率から決定される (e=p*/p) 資金が国境を越え自由に移動する経済環境では, 外国市場の名目金利が自国市場の名目金利より高いと, 外国市場に資金が集中し, 外国通貨 ( 自国通貨 ) が増価 ( 減価 ) する その結果, 名目金利の両国差に応じて為替レートが調整され, 正味の運用利回りの違い
が解消される 金利平価関係とは, こうした調整を通じて正味の運用収益が 2 国間で等価となる状態を指す 金利平価が成り立つ場合, 次の関係が成立する 1+i=1 (1/e) (1+i*) e e +1 e={(1+i*)/(1+i)} e e +1 ただし,i は自国名目金利 i* は外国名目金利 e e +1 は運用期間が終わる 1 年先の名目為替レートの予想 ( 期待名目為替レート ) とする 合理的期待が成立している場合, 自国金利が上昇すると, 一度大きく円高となり, その後円安傾向を示す このように金利水準の変化は一度大きな通貨の減価 増価をもたらす現象をオーバーシューティングと呼ぶ 3. マンデル フレミング モデル 金利平価関係を組み入れた IS-LM モデルはマンデル フレミング モデルと呼ばれる 開放経済では, 総支出を構成する要素に純輸出 (NX=EX-ε IM) が加わる 輸出関数 (EX) は外国産出量の増加関数となり, 実質為替レートの増加関数となる 一方, 輸入関数 (IM) は国内産出量の増加関数で, 実質為替レートの減少関数となる 実際のマクロ経済においては輸出 輸入数量が為替レートの上昇にすぐ反応するわけではないため, 為替レートの上昇は輸入代金が増加する影響だけが反映され, 純輸出は縮小する しばらくすると, 為替レートの上昇の影響が輸出 輸入数量に反映され 輸出数量が拡大, 輸入数量が縮小し, 純輸出は拡大する傾向を示す このような実質為替レートの純輸出の効果を J カーブ効果と呼ぶ 実質為替レートの上昇は純輸出に対して相反する影響を生じさせる とは, 純輸出関数が実質為替レートの増加関数となるための厳密な条件をマーシャル ラーナー条件と呼ぶ 実質為替レートの上昇によって純輸出が増大するためには, 実質為替レートに対する輸出弾力性と輸入弾力性の絶対値の和が 1 を上回る必要がある 純輸出関数は次のように定式化できる NX=-mY-ni+NX0 ただし m は限界輸入性向,n は純輸出の金利感応度である 開放経済の短期モデルにおいて, 以下の IS 曲線が得られる Y={1/(1-c+m)} [C0+I0+NX0-(d+n) i+g ] 開放経済の IS 曲線には次の 2 つの特徴がある 1 乗数効果が 1/(1-c+m) となり, 限界輸入性向 m(>0) の分だけ低下する 産出量の増大は, 輸入の増大をもたらし, 純輸出を縮小させる分, 消費と所得の相乗効果により産出量が拡大するという効果が弱まる ( 輸入を通じた所得漏出 ) 2 産出量は設備投資の金利感応度 (d) だけでなく, 純輸出の金利感応度 (n) にも依存する 金利の上昇は, 資金調達コストを引き下げ設備投資を低下させるだけでな
く, 為替レートの減少 ( 増価 ) をもたらし純輸出を縮小させるからである 開放経済においては, 財政支出拡大の乗数効果は低下し, 財政支出拡大で生じる金利の上昇は, 設備投資だけでなく, 為替レートの増価を通じて純輸出もクラウドアウトする その結果, 財政政策の効果は弱まる 一方, 金融緩和による金利低下は, 設備投資だけでなく, 為替レートの減価を通じて純輸出を促進させる そのため, 金融政策の効果は強まる 購買力平価, 金利平価関係が成立し, フィッシャー方程式 ( 名目金利は実質金利にインフレ率を上乗せしたものに等しい ) が 2 国間で成り立っているとする この時, 合理的期待が成立しているとすると, 名目為替レート変化率が両国の金利差を反映する金利平価関係と, 名目為替レート変化率が両国のインフレ率差を反映する購買力平価関係はまったく同じ関係を意味する 4. 固定相場制度下の開放経済モデル 変動相場制度が各国で本格的に採用されるようになったのは 1973 年以降で, 第二次大戦後から 1971 年までは各国通貨と米ドルとの交換比率 ( 為替レート ) は固定されていた ある通貨に対して交換比率を固定することをペグ (peg) と言われる 固定相場制度において基軸となる通貨 ( 米ドル ) や金に対する各通貨の交換比率を平価と呼ぶ クローリング ペグ制度(crawling peg) は平価の水準ではなく, 平価の変化率が予め定められている 一方, 厳密な固定相場制度はハード ペグ (hard peg) と呼ばれ, ドル化 (dollarization) や, カレンシー ボードがある 統一通貨制度も固定相場制度の一種である 固定相場制度下のマンデル フレミング モデル: 固定相場制度下でも国際的な資本取引が自由であれば金利平価関係が成り立つ 固定相場制度下では名目為替レートが変化しないので, 金利平価関係が成立するためには, 両国の名目金利が常に等しくなければならない ( i = i*) すなわち, 中央銀行は貨幣供給量を操作し名目金利を変化させる金融政策を行なうことが出来ない 一方, 貨幣供給量を変化させずに政府支出を拡大すると名目金利が上昇し,2 国間に金利格差が生じる この時, 中央銀行は貨幣供給量を拡大すれば金利を従前の水準にとどまるため金利格差を解消できる 固定相場制度下の中期モデルでは物価水準が変化するため, 固定された名目為替レートと実質為替レートは一致しなくなる 開放経済において物価水準が上昇すると, 実質為替レートが増加して, 純輸出が減少する そのため IS 曲線が左方シフトする 同時に, 内外金利格差を生じさせないために, 名目貨幣供給量を操作し,LM 曲線も左方シフトさせる そのため, 均衡産出量は減少する また, 金融政策を展開する余地が無いため, 名目貨幣供給量の変化は総需要曲線をシフトさせる要因とならない 一方, 基準通貨との交換比率 ( 平価水準 ) の変化は総需要曲線をシフトさせる要因となる
演習問題以下の問題では短期モデルを想定するため 内外の物価水準は固定されており P 1と仮 定する また すべての変数はテキストと同様の定義である P 問題 1 以下のような小国開放経済を考える C = 0.6Y+100 I = 20-5r G = 30 NX = -0.1Y-5i+10 Y = C+I+G+NX 政府支出を1 単位増加させたとき 産出量はどのくらい上昇するか求めなさい この値は閉鎖経済のケースと比べると大きいか小さいか また それはなぜか 答えなさい 解答 1 開放経済の場合 乗数効果は 1/(1- 限界消費性向 + 限界輸入性向 ) で計算できた よって この場合は 1/(1-0.6+0.1)=2 が乗数効果となる 閉鎖経済のケースでは 1/(1- 限界消費性向 ) により 2.5 となり 開放経済における乗数効果の方が閉鎖経済におけるそれより小さい これは政府支出の増大は産出量を増加させるものの それによって輸入も増加し 純輸出を縮小させる分 消費と所得の相乗効果で産出量が拡大するという効果が弱まるためである 問題 2 以下のような変動相場制の小国開放経済モデルを考える また 簡単化のため政府部門は捨象する C = 20+0.8Y I = 40-50i NX = 40 0.1Y + 0.2e 0.8Y 300i = M ただし M は貨幣供給量である このとき 貨幣供給量 M を増加させると 産出量 Y および為替レート e はどのように変化するか 論じなさい
解答 2 変動相場制の下での金融緩和政策である 財市場の均衡条件式より IS 曲線は i 3 500 Y 1 250 e 2 貨幣市場の均衡式より LM 曲線は i 0.8 300 Y M よって 貨幣供給量が増加すると LM 曲線が右にシフトする すると 均衡利子率は低下するので 海外へ資金が流出する結果 為替レートは減価し 純輸出が増加する また 均衡金利は低下したので 投資が刺激される したがって IS 曲線は右にシフトし 産出量は大きく増加する 問題 3 小国開放経済の枠組みを用いて 以下 2つのケースについて考える 1 日本のエコカーに対する米国の需要が増え 日本から米国への自動車輸出が増加した 2 日本銀行が不況に対応するべく金融緩和政策をとった これら2つのケースが産出量に与える影響を変動相場制 固定相場制それぞれの下で論じなさい 解答 3 1 輸出の増大は IS 曲線を右にシフトさせる 変動相場制 IS 曲線が右にシフトすることにより 国内金利が上昇する すると 自国に資金が流入し 自国通貨が増価するため 純輸出は減少する また 国内金利上昇により 投資も抑制される よって 右にシフトした IS 曲線は左にシフトバックする 固定相場制 IS 曲線が右にシフトすることにより 国内金利が上昇する しかし 固定相場制の下では 中央銀行は国内金利が外国金利と等しくなるよう貨幣供給量を調整しなければならない よって 中央銀行は貨幣供給量を増やし LM 曲線を右にシフトさせることで国内金利を低下させる 国内金利の低下は投資を刺激するだけでなく 為替レートの減価を通じて純輸出を増加させるため 変動相場制に比べ 産出量は大きく増加する
2 貨幣供給量の増大は LM 曲線を右にシフトさせる 変動相場制 LM 曲線が右にシフトすることにより 国内金利が低下する それにより 為替レートは減価し 純輸出の増加をもたらす また 国内金利の低下は投資の増大を促すため 産出量は大きく増加する 固定相場制 LM 曲線が右にシフトすることにより 国内金利が低下する 固定相場制の下では 中央銀行は国内金利と外国金利を等しい水準に固定させなければならないため 貨幣供給量を減少させ 国内金利を上昇させる すると 為替レートの増価によって純輸出は減少し また 国内金利の上昇により投資も抑制されるため 変動相場制に比べ 金融緩和政策の効果は小さい